
アイマス雑文5 「そろそろアイドルマスターを総括する・後編」
06/2/10記
第3章 アーケード展開のインパクト
・好調なキャラクタービジネス
『アイドルマスター』のキャラクタービジネスは中々好調と聞く。なんとも言い難い内訳で7650円というプロデューサーセットは結構売れ、1個1240円のスタンドポップは完売。ポップの生産量がどのくらいだったのかは不明だが、『ときメモ』や『シスプリ』でも出ていた同種のポップが大体800円くらいだったことを考えると、この値段で完売したのは好調といっていい。
CDでは、MASTERPIECEシリーズの第一弾『魔法をかけて』がオリコンアルバムチャート最高68位、登場3回。第二弾『9:02pm』が最高49位、登場1回。第三弾『ポジティブ!』が最高43位、登場1回となっている。ちなみに『魔法をかけて』の順位が低いのは、CDの初回プレス数が少なかったためである。『ネギま!』やアイドルデビュー直後の藤崎詩織には及ぶべくもないが、 しかし昨今のギャルゲーやアニメCDと比べると、大健闘といっても良い。参考のためにいくつか挙げると、『シスター・プリンセス〜12人の天使たち〜』は最高94位、登場1回。 『D.C.〜ダ・カーポ〜 Vocal Selection Vol.1:Ribbons&Candies』が最高89位、登場2回となっている。こう見ると、『アイマス』は高い認知度を誇っているといえる。少なくとも、『らぶドル』『誕生』などといったコンシューマーのアイドルゲームや、同じナムコのトゥーンレンダリング使用ギャルゲー『ゆめりあ』のキャラなどよりは、ずっと知られているといっても良かろう。『アイマス』こそ、2005年を代表するギャルゲーであるといっても過言ではないのではないか(ちなみに『To Heart2』PS2版の発売日は04年12月)。このようにキャラクター展開に成功したのは、キャラクターの魅力にとどまらず、アーケードゲームでギャルゲーというインパクトゆえであったと考えられる。
・開かれたプロモーション
アーケードとコンシューマーには様々な相違点がある。想定するユーザー、難易度設定、操作機器、あげれば切りがないが、ここではプロモーションの違いを考えてみたい。もちろん、アーケードやコンシューマーに関わらず雑誌に広告を出すくらいのことはするし、当然HPは作る。だがアーケードと家庭用とでは、大きな違いが出てくる。
家庭用の場合、年間に何百種類というソフトが発売される。過去の作品もまた、新品あるいは中古として店頭で購入できる。もちろん、一つの店で陳列できる品数には限界があるが、しかしゲーム購入の場合は、店頭で見て決めるより、事前に買う商品を決めてから売ってる店を探すのが大半であろう。この場合、買うゲームを選ぶ上での選択肢は無数になる。メーカーからすれば、その中からユーザーの目に留まり、選んでもらわねばならないのだから、「先鋭化・特化」してユーザーを絞るのも仕方ないのかもしれない。ともかくギャルゲーの場合、プロモーションの対象は多くても3万人程度の顕在ギャルゲー市場となり、実際は、泣きだとか、妹だとかメイドだとかいった形でさらに絞ってくる。当然、ギャルゲーに興味のない層に訴えかけることはほとんどない。ギャルゲーに限らず、店頭ではジャンルごとに分けて陳列されているのだから当然だ。
ところがアーケードの場合は、選択される(遊んでもらう)ための前提条件が違う。一つの店で設置できるゲームの数はたかが知れているし、遊ぶためには置いてある店に必ず行かなくてはならない。職場から近くて昼休みにふらっと行けるゲーセンだとか、自宅から自転車で行けるゲーセンだとかいった形で、選択肢が少なくなる。だからこそ、店側としては設置するゲームのラインナップが重要になってくるわけだが。家庭用ゲームがレンタルビデオだとすれば、アーケードは映画であり、ゲーセンは映画館ということになる。家庭用と違い、アーケードゲーマーは、ゲームの選択である程度受け身になるのだ。なにか目新しかったり大掛かりだったり珍しかったりするゲームがあると、とりあえず興味を持って眺めてみたり、リーフレットを読んでみたり、 場合によっては1プレイだけ遊んでみたりする。
であれば、たとえギャルゲーであってもアーケードで大規模展開する以上、広いユーザー層の目に留まるし、また広い層にアピールしなくてはならない。これが家庭用であれば、広い層にプロモーションしようと意図しても、届く範囲は結局既存のギャルゲーマー層に終始してしまう。そう考えると、アーケード展開という選択自体が効果の大きいプロモーションであったといえる。その意外性は、ギャルゲーマー以外の層にもインパクトを与えたはずだ。さてここで、前編で述べたような、「先鋭化・特化」以前の古き良きギャルゲーを売り出したのであるから、既存のギャルゲーマーの枠を飛び越えて、元ギャルゲーマーやアイドル好きをも獲り込むことになった。それが、関連商品の好調にも繋がっているのではないか。
・ゲーセンは『アイマス』に何を期待したのか
1セット680万円とも850万円ともいわれる高額な『アイマス』筐体は、飛ぶように売れてナムコに利益をもたらした。これら多くの設置店舗は、何を期待して『アイマス』を入荷したのか。もちろん、ロケテの大盛況から高インカムを見込めそうというのが一番の動機だろう。だがそれだけではなく、『アイマス』をきっかけに新たなアーケードゲーマー層が開拓できるのでは、との期待もあったのではないか。
世間のゲーセンでは、かなり以前から客離れが進行し続けているという。ビデオゲームの衰退が硬派ゲーマーの離脱を呼び、かといって替わりの客獲得も不十分だ。前項で述べたような選択肢の少なさ・受け身性が、最近のゲーマー(というよりは消費者全般か)の消費意識に合わなくなっているとも考えられる。オンライン麻雀が中年層を獲得し、また『DOC』に始まるカード使用ゲームもまた育成ゲーム好きを取り込んでいるものの、全体としてゲーセンの経営は厳しく、新規開店する店舗より閉鎖する店舗の方が多い。ここで『アイマス』というギャルゲーを入荷することで、ギャルゲーマーという、既存のアーケードゲーマー層とはあまり被っていなかった層を開拓できるのでは、という望みをかけたのかもしれない。
ゲーセンにギャルゲーマーが入り浸って散財した時期は、過去にもあった。10年ほど前の第一次ギャルゲーブームの頃がそれで、UFOキャッチャーで『ときメモ』や『セングラ』などの景品に大金を注ぎ込んでたものである。『セングラ』人気の最盛期(それは、ゲームの発売前であったというどこかで聞いた話なのだが)には、景品のCD欲しさに、当選率0.2%などという設定のルーレットマシンで万札費やしてゲットしたとか、そんな逸話が今に伝わっている。『アイマス』は古き良き時代を彷彿とさせるゲームだと前編で書いたが、あの時代に郷愁を感じたのは、ユーザーだけではなかったのではないか。
第4章 ゲームシステムに関わる諸問題
・発売前の期待と不安
コンプティークのインタビュー記事で、開発者が「アーケード版のアイドル育成ゲームということで、あんまりにも前例がなさすぎて、おそろしく手探りのところが多すぎたゲームでしたね」と述べている通り、『アイマス』は他に類を見ない特異なゲームである。これまでにもアーケードでは、『ときメモ〜対戦ぱずるだま〜』や『きらめきスターロード』、それに『アイマス』と同スタッフが手がけた『青春クイズ カラフルハイスクール』などギャルゲー的なものは出ていたのだが、それらはどれもパズルやクイズが基本で、キャラはその彩りという形であった。そもそもクイズゲームというものは、競馬にしろ戦国にしろ必ずなにかモチーフがあり、純粋にクイズだけで成立するようなものはほとんどない。確固たるギャルゲー的システムを持つゲームは、『ときメモ〜おしえてyour heart〜』くらいのものであろうか。
だが『アイマス』は、アイドル育成とオーディションを、クイズやパズルや音ゲーなどの単なるモチーフにとどめず、アイドル育成ゲームそのものとして作り上げるという。しかもカード使用で。 こんなものをどうやって形にするのか、という戸惑いは、まず興味となり、優れた開発によって実際に形になれば面白いに違いない、という期待へと転じ得る。「ミスマッチの妙」への期待だ。まだ形にならないうちは、公式HPにある見てもよくわからないムービーを見ながら、期待しながらも半信半疑で待っていたものだが、04年12月のロケテでいざ、その一端が明らかになると、『アイマス』への期待は確固たるものとなった。ロケテ時の評としては、「荒削り」「完成度が低い」といった声も多かったが、だがそういった感想は、失望ではなくむしろ完成品への期待につながった。ロケテが大盛況となったのは、正式稼動が待ちきれないというだけでなく、「このままお蔵入りになるかもしれないから最初で最後の遊ぶ機会かも」と思ったからという要因もあったらしいが、しかし大盛況ゆえに製品化の目処はついた。ともかくこのロケテの時点で、『アイマス』の前評判は確固たるものとなった。
・稼動開始と客離れ
そうして、「古き良き時代」を想起させるキャラクター設定、「ミスマッチの妙」で興味を惹くゲームシステム、広い層にアピールできる大規模アーケード展開、といった多くの仕掛けとともに『アイマス』は05年7月26日の稼動開始を迎えた。もっとも実際には、その一週間前の7月19日から一部ナムコ直営店で先行稼動を行なっていたのだが。ついに稼動開始した『アイマス』は、しかし多くの店では期待通りのインカムとはならず、せっかく用意した整理券や順番待ち記入用紙も、ほとんどの店では使われることはなかった。
こうなった要因については色々なところで述べられている。しかし現状を見るに、全キャラのTrue Endという、ギャルゲー的な発想からすれば「上がり」を迎えてもなお、多くのユーザーが遊び続けているあたり、ゲーム自体の出来は決して悪くはなかったといえるかもしれない。この辺は議論の分かれるところであろうが。ゲーム自体はやらなかったり早々に撤退するなどしても、CDやグッズなどキャラクターグッズは買うという層もまた結構いるらしい。
ここで、現在のような状況に至った原因を簡単に述べさせてもらえば、
この三点と思われる。もっと根本的なことがあるのではないかという指摘もあろうが、その根本的なことに触れるのを避けてもこれだけ重要な要因を挙げられるのだ。
- 初期投資の高さ
- 難易度
- ゲームシステムの説明不足
初回プレイが600円、チュートリアル3週完了するのに1000円では、始めるのに躊躇してしまう。しかも、カードを使わない「お試し」プレイができない。せめて初回が500円ならまだ良かったのだが。この点は、トライアルカードの導入や、Ver.1.20からの初回3週600円化である程度改善された。
次に難易度であるが、これもVer.1.01から改善された。
システムの説明不足だが、これが一番大きい要因なのではないか。『アイマス』は複雑なシステムを持つにも関わらず、当初店頭で配布された「プロデューサーズガイド」という小冊子には最低限のことすら載っていない。曲変更は何週目に行なうのか、同ジャンルを連続させて良いのか否か、JAの存在、駆け出しPではパートエディットできないこと、テンションとアピールポイントの関係……。これら基本的な情報を知るのにも、それこそ2chのスレを読まねばならなかった。そもそも、ハートの上にある数字が思い出の残数であることすら、小冊子には載っていない。これでは、よくわからないまま進めて負け続け、最終週では社長の言の従って無理なオーディションに出て負け、最低の状態で解散コンサートを迎えて、1ターン目から思い出スロットを発動させてBADを出しまくり、嫌なエンディングを見てそのまま遊ばなくなる、というパターンになりやすい。
『アイマス』というゲームがいかに独特であるかは、苦労した開発者が一番よくわかっているはずだが、であればこそ、特殊で複雑なシステムの説明に努めねばならなかったのではないか。既存ギャルゲーの萌え要素における「先鋭化・特化」は分析できても、自前のゲームシステムに潜む「先鋭化・特化」には無自覚であったといわねばならない。
池袋と大阪で行なわれた第二回ロケテ当時のログを読むと、稼動開始後のVer.UPでようやく改善されたようなことがすでに指摘されてることに驚かされる。そう考えると、改善が後手に回ったのが致命的であったといえる。第一回ロケテの初日から指摘された、P名やユニット名の入力時間が短い、という問題が未だに改善されてないのが象徴的なのではないか。
終章
『アイマス』の大規模なVer.UP等はもはやないといわれている。アーケードゲームとしての『アイマス』は、動きもなくこのまま推移していくのだろう。であるから筆者も「総括」を書いたわけである。
筐体が売れたことでナムコは利益をあげ、周辺商品が好調なことでも利益をあげ、コロムビアも利益をあげ、ファンは新しい魅力的なキャラクターコンテンツを得た。ファンにとってのキャラクターコンテンツとは今の時代、ただ受け身で楽しむにとどまらず、二次創作という形で作り手となり利益をあげるものでもある。事実、同人誌の世界では『アイマス』がバブル的な人気になっているという。ゲームの難しさからプレイ自体は辞めても、キャラクターに魅力を感じて 関連商品は買い続ける層は意外と多いようだ。それなら、ゲーセン以外はみんな得して結構ではないか、という声も出そうだが、しかし考えてみれば、残ったのはただキャラクターコンテンツに過ぎないのだ。ゲームがキャラクターコンテンツを売るための仕掛けに過ぎないのであれば、 それこそ凡百のギャルゲーと変わらないことになる。ただ、そのキャラクターが今風でないだけの違いだ。ギャルゲー的には「復古」、アーケードゲーム的には「革命」という意義を持つ、『アイドルマスター』という運動は、なんとも中途半端な結果となったのである。