古代の装身具

 自然銅の利用が装身具に始まったとしても、それが何故一万年前なのかという疑問は依然として残る。ということで装身具についても調べる必要があると思っています。もっとも、装身具の歴史や意味合いについて調べたからといって、「何故一万年前か」に回答を与えることができるとも思えないのですが・・・。ともあれ、何らかの手がかりが得られることを期待して装身具の歴史を概観すべく情報収集中。
 装身具の考古についてもやはり情報に乏しいことから、ここは必然的に?「メモ」代わりのページと化して、常に中途半端な状態です。とりあえず集まったものからUPしていくことにします。

(情報の墓場とならぬことを願ってムニャムニャ)

装身具の始まり
 装身具の始まりについては、中期旧石器年代に化石や水晶などの収集やビーズらしきものの痕跡がないわけではないようですが、後期旧石器時代に始まったというのが大方の見解のようです。金属の利用といった観点からは、装身具が何時頃から使われ始められたかは関係ないのですが・・・。

New!New!New!ネアンデルタール人の首飾り (?)

こちらhttp://122.200.244.199/musubu/05-musubu/で見つけた記事。(読売新聞)

New!New!10万年前の穴の開いた貝殻
 イスラエルとアルジェリアの遺跡から出土していた中心部分に穴の開いた3つの貝殻が約10万年前のビーズと米科学誌サイエンスに掲載。2006.6.23

New!7万5千年前の貝ビーズ、南ア南部のブロンボス洞穴で発見
 Ancient jewellery found in African cave
  http://www.nature.com/nsu/040412/040412-9.html

参考Web
 The World's Oldest Beads (so far) ?
  http://www.handthoughts.com/worldsoldestbeads.htm
 穴の開いた狼の門歯はペンダントに見えますネ。30万年前から4万年前までの空白期間が問題。

 Excavations at Ucagizli Cave,Southern Turkey
  http://w3.arizona.edu/~hatayup/
 このサイトではアクセサリーは”個人を識別するための初期の情報技術だ”みたいなことを言っているようですが、これは最近の考古学界の見方なのでしょうかネ?
 それはともかく、現在知られる最も古いビーズのようです


Ucagizli Cave(トルコ)の貝ビーズ41000BC頃
http://www.eurekalert.org/pub_releases/2002-02/aaft-oo020602.php
 この穴をあけられた貝は、下の写真のような感じで使われた?
 Nassarius貝で作られた
 貝ストリングの例
 
http://www.thebeadsite.com/ABO-WHY.htm
 
 Twilight Cave(ケニア)の卵殻ビーズ
 (38000BC頃)
 
http://www.handthoughts.com/archaeologydigs.htm

後期旧石器時代

『先史時代の社会』G.クラーク、S.ピゴット
 前三万五千年〜前一万年頃、後期石器時代の南ロシアを中心とし、中央および東ヨーロッパにあったグラヴェット文化人は、男性が女性と同じくらいたくさんの装身具を身につけていた。用いられた材料は、穴をあけられたり、さもなければ、ほんの少しだけ手が加えられた自然物である。しかし、時には、加熱した粘土も垂飾りに用いられた。また小玉は象牙を切り刻んで作ったようである。動物材料の中では、歯、とくに鹿の犬歯、およびカタツムリの殻が主に用いられた。その他、ツノ貝、真珠母貝の小板や魚の脊椎骨も用いられた。もっとも広く流布した装身具は首飾りである。一方、小玉は腕輪の材料として、糸に通すように、あるいはヘアネットとか衣類に縫いつけるのに使われたであろう。垂飾りは石の塊や小板、焼いた粘土、さらに切り刻んだ象牙で作られた。後者はパヴロフでは、外面に刻みを入れ、一方の端に孔をうがった先の細い小さい首飾りの形を取っていた。腕輪は小玉を糸に通して作り上げられるか、またはメジンからのすばらしい装飾のついたもののように、象牙の一片を切り取って作ったコスチュンキWからの象牙のピンには、へりにそって研磨し、そして中央部に穴をあけた平らな板状の部分がついており、とくに言及に値する。p.71
 グラヴェット期の芸術のもっともきわだった産物は、疑いなく、動物と女性の小像であった。それらの大部分は、自然物、とりわけマンモスの牙、マンモスの骨の海綿質、および種々の鉱物、たとえば方解石、石炭、赤鉄鉱、石灰岩、砂岩、蛇紋岩、および凍石などを使って彫刻された。p.73

 多数の象牙製ビーズを身に着けた男性遺体

 Sungir遺跡(ロシア)28000-25000BC頃

http://www.stormfront.org/whitehistory/hwr2.htm
『石器時代文明の驚異』リチャード・ラジリー p.272-273より抜粋要旨
 ロシア・ヴラデミール市近郊の後期旧石器時代のスンギル遺跡では、25000年前の埋葬人骨が多数発見されているが、その中の三体は、何千というマンモス牙製のビーズその他で念入りに装飾されていた。
 第一の人骨は60歳位の男性で、合計2936個のビーズとその破片が見つかり、身体各部を飾っていたらしい。ビーズで飾った帽子をかぶっていたと思われるが、その帽子は数多くのキツネの歯でも装飾されていたようだ。首にかけた平らなペンダントは赤く塗られ、片面には黒い点が一つ入っている。両腕には25個のマンモス牙製の細い腕輪をはめていた。
 二人目は13歳位の少年で、4903個のビーズを同様につけ、キツネの歯でも装飾されていたビーズつきの帽子をかぶり、さらに250本以上の北極熊の犬歯で飾ったベルト、動物の形に掘ったマンモス牙のペンダントをつけている。左肩の下にはマンモス牙製のマンモス像、その近くには磨かれた人間の大腿骨があり、その中に赤色オーカーが詰めてあった。遺体の右側に置かれた槍は長さ2.4m、マンモス牙製で重さが数キロもあり、象徴的な品と考えられる。
 三人目は7-9歳位の少女で、5274個のビーズで飾られ、帽子の位置からはキツネの歯は見つかっていない。副葬品には小ぶりのマンモス牙製の槍、鹿角製の杖二本(一本は錐であけた穴を何列も並べて装飾してある)、そしてマンモス牙の円盤が三枚あった。
 ビーズの模作実験では、45分/個程度かかり、膨大な時間をかけて製作されたことがうかがえる。

ネックレスをした女性の小像
(石灰岩を彫刻 H:10.2cm)

Kostenky遺跡(ロシア)
23000-21000BC頃
 
http://www.hermitagemuseum.org/html_En/03/hm3_2_1a.html (写真左)
http://www.hermitagemuseum.org/html_En/04/b2003/hm4_1_21_0.html (写真右)
(故意かミスか? 同じサイトで左右の異なる写真)

 貝化石とキツネの歯で作られたネックレス

 Dolni Vestonice遺跡(チェコ)27000-23000BC頃
 
http://www.hominids.com/donsmaps/dolnivpottery.html

象牙製の動物ペンダント

Sungir遺跡(ロシア)26000BC頃
 
http://www.hominids.com/donsmaps/sungaea.html

 出土年代を読み間違えてる?
 と思わせるこの装飾



 象牙製ブレスレット

 Mezin(ウクライナ)20000BC頃
 
http://www.humanities-interactive.org/ancient/iceage/ex038_04d.html
http://www.hominids.com/donsmaps/wolfcamp.html

参考Web
ANTROPARK http://www.volny.cz/antropark/ 英語版有り
 旧石器時代の想像復元絵画があります↓
  Gallery of paleolit
   http://www.volny.cz/antropark/agalerie.htm
  The Main Cultures of the Middle Phase of the Young Paleolit
   http://www.volny.cz/antropark/astrpal.htm
  Important Cultures of the Young Phase of the Young Paleolit
   http://www.volny.cz/antropark/amlpal.htm

 サルボウ貝、魚の脊椎骨、犬科獣類の犬歯など
 からなるネックレス

 周口店 山頂洞 (中国)18000BC頃
 


 「オーリニャック期ないしマドレーヌ期の新生人類は、人類最古の美術的作品を保有する最古の人類である。15000年前の南フランスのラスコーおよび12000年前の北部スペインのカンタブリヤ地方の洞窟絵画は、現存の色彩に関する遺跡、遺物としてとくに有名である。使用された彩画の彩色はかなり複雑で、白、黒、褐、黄系統の色調が認められるが、青と緑系の色調は発見されていない。 赤鉄鉱、黄鉄鉱、マンガン鉱などから赤や黄や青黒色を、骨を焼いたものから黒を、白亜土から白を得たものとされている。洞窟壁画は赤(鉄系顔料)を主体としたものが多い。」(『顔料の事典』 朝倉書店 2000 p.144)

新石器時代
 氷期から間氷期へと生物にとって大きな環境変化を経験したはずであるが、その影響を感じさせるものが何故かあまり見当たらない。寒冷地に適応した動植物の北上くらいか。アフリカで誕生した人間にとっては、活動しやすい環境となった?
 
 下の写真はチャユヌ遺跡出土のビーズということですが、残念なことに写真が小さくてよく分かりません。 右から二本目の赤く見えるのは紅玉髄(カーネリアン)でしょうか。そうだとすればモース硬度7の石材でビーズを製作していたことになります。ここまで赤いと加熱処理したもののように見えますし、興味深い写真です。(追記 別資料の写真では、赤色ではなくこげ茶色でした。カーネリアンでは無さそう。)
 一般には紅玉髄のような硬い石が加工されるようになったのは5000BC頃といわれています。しかし、webを検索すると情報の信頼性は判りませんが、アシュックル遺跡でメノウ、グリティッレ遺跡で紅玉髄がヒットしました。(ただし、これらの石がビーズに加工されたのか否かまでは不明ですが。)こうしてみるとチャユヌ遺跡での紅玉髄の出土もおかしくないのかも知れません。
 チャユヌ出土の孔雀石製ビーズに開けられた穴は、直径が2mm位のものも見られ、高度な技能が覗えるとは思うのですが、硬い石の加工は別の問題があるのでは。
 (まさかとは思いますが、掲載する写真を間違えていたなんてことは・・・)
 ビーズのストリング

 Çayönü Tepesi (トルコ)
 (cell plan subphase,7000BC頃)
 
http://interactive.m2.org/anatolia/neolithic/RMO42-5.html
(図録)『トルコ文明展』 中近東文化センター 平凡社 1985

 アシュックル・ホユック遺跡出土の銅製ビーズ。
 先土器新石器時代B期(7800-7600BC頃)
The Beginnings of Metal Use in West Asia

 ありそうでなかなか見つからなかったのがコハク利用の始まりの時期。未加工のものならば、さらに遡るようです。意外と古くないというのが感想です。
 コハクが装身具の材料として用いられた理由として、コハクと布などとの摩擦で生じた静電気が物を引き寄せる現象を、コハクが霊力を持つためと考えられたからという説がある。
 コハク製ペンダント

 West Zealand (デンマーク)
 (7000BC頃)
 
http://www.hf.uio.no/iakk/roger/lithic/amberart.html#anchor207478
参考Web
A Brief Human History of Amber http://www.gplatt.demon.co.uk/abrief.htm
追記
 灯台下暗しでした(^ ^; 北海道の「柏台1遺跡」から約2万年前のコハク製小玉が出土しましていました。紐を通す穴が開いているそうです。ずいぶんと早い時期ですね。縄文時代に入ると広くみられるようです。
参考Web
久慈の琥珀博物館の琥珀の歴史
北海道考古学案内の柏台1遺跡について
空想の宝石結晶博物館の琥珀http://www15.plala.or.jp/gemuseum/gemus-amber.htm
同上のHPにトルコ石http://www15.plala.or.jp/gemuseum/gemus-tqis.htmがあります。

 色鮮やかとは言えませんが、透明感があるそうです。石の種類は何でしょう?
中国の玉を連想させるようなペンダントです。
 石製ペンダント
 (色補正をしています)

 Çatal Höyük (トルコ)
 (6000BC頃)
 
http://www.smm.org/catal/artifacts/ground_stone_tools/pendant/

 子供の埋葬遺体の腕輪

 Çatal Höyük (トルコ)
 (6000BC頃)
     考古博物館蔵
 

 チャタルホユック遺跡の子供の埋葬遺体に、色の付いた腕輪が副葬されていたのをテレビで見たことがあったのですが、このたびコンヤにお住まいの方からその写真を頂くことができました。写真からビーズは骨と青味がかった石か骨のようで、見事に穴をくりぬいています。
 この番組では黒曜石製の鏡も紹介されました。直径30cm位(?)の半球形状だったのはチョット意外でした。装身具と直接には関係しませんが、参考までに。
 http://www.archaeology.org/online/news/mirrors.html
 http://www.jttk.zaq.ne.jp/sfuku239/class/Question0445.htm
 チャタルホユック遺跡では、壁画の塗料は細かい毛のブラシで塗られ、そのほとんどはアナトリアで自然に産出する鉱物からつくったもので、たとえば、赭土、藍銅鉱、孔雀石、辰砂、マンガン、方鉛鉱などが用いられた。辰砂はチャタルホユック遺跡の北西60kmに位置するSizmaから得ていたといわれる。

 バルカン半島の付根には、アイ・ブナール(ブルガリア)、ルドナ・グラバ(セルビア)など最古級の銅鉱山遺跡がある。セルビアにある世界最古の銅製錬遺跡であるベロボデ遺跡から、孔雀石製の装身具が出土している。孔雀石は銅鉱床の酸化帯にできる。
Belovode遺跡(セルビア)の孔雀石製ビーズ、ペンダント(5000BC頃)
(THE EARLIEST COPPER METALLURGY IN THE CENTRAL BALKANS)

 金は自然金としても産し、有色金属でもあるところからか最古に利用された金属とよく云われる。しかし、最古の遺物は紀元前5千年紀中頃と、金属遺物としては古くない。


 Varna遺跡(ブルガリア)
 4600-4200calBC頃
 
http://www.anistor.co.hol.gr/english/enback/o033.htm


『古代のメソポタミア』M.ローフ p.66
 メソポタミア北部のガウラ期の墓には、最も一般的な装身具であるビーズを、頭、首、手、手首、腰、膝あるいは足首につけて埋葬されたものがあった。何千個ものビーズをもつ墓が数基あったが、とくにその中の1基には25000個以上のビーズが副葬されていた。これらのビーズは、トルコ石、翡翠、紅玉髄、ラピスラズリ、閃緑岩などを含むさまざまな石や、白色のファイアンス、金、エレクトラム、貝、象牙でつくられている。
 ラピスラズリのビーズは、メソポタミアで発見されたこの濃青色の半貴石の最古の例である。最も近いラピスラズリの原産地はここから2000km以上離れたアフガニスタン北部のバダクシャン地方であり、この墓に500個以上のラピスラズリが副葬されていたということは、広範囲にわたる交易上のつながりがあったことを証明してくれる。

 金、ラピスラズリ、トルコ石製の
 ネックレス

 Tepe Gawra(イラク)
 2900-2450BC頃
 
http://minervamagazine.com/exclusives/iraq_06.php

 日本の場合は『装身具と骨角製漁具の知識』という本にまとまった記載がある。
 記録が無い古代については日本でも色の情報は激減。日本では勾玉などに加工された翡翠が有名だが、写真を見ると緑色部は少なく、さほど綺麗とは思えない。
 硬玉製獣形勾玉
 (縄文時代晩期)

 『装身具と骨角製漁具の知識』口絵2
 
 さらに遡ってみると色彩を気にしていたようには思えない。もっとも、滑石に色を求めるのは無理だろうが、他に適当な材料が無かったのだろうか。
 滑石製ケツ状耳飾りと垂玉
 (縄文時代前期初頭)

 『装身具と骨角製漁具の知識』口絵3
 
追記
 小玉類(首飾り?)
 北海道 湯の里4遺跡 (12000BC頃)

 石質はダナイト(ダン橄欖岩)で、ロシアのバイカル湖周辺のものらしい。他に琥珀も出土している。

 『【カラー版】日本装身具史』中表紙

 鉱物たちの庭http://www.ne.jp/asahi/lapis/fluorite/gallery5/326actino.htmlに中国でもてはやされた玉の材料であるネフライトについて書かれています。
石器材料として最高の素材だった・・・ゆえに。。。 なるほど
同「鉱物たちの庭」掲示板より
「昔のインドやヨーロッパの宝石は護符としての性格が強かったです。例えばキャッツアイや孔雀石やアイ・ジャスパー(あるいは瑪瑙)といった石、また輝きの強い宝石や磨いた金属は、みな邪眼除けに効果があったとされています。現代に邪眼など持ち出すと、非科学的と言われてしまいますが、宝石の歴史を考えるとき邪眼の存在を避けて通ることは出来ません。」

 孔雀石は藍銅鉱や銅の鉱脈から多量に発掘されるが、装飾用の石になるのはほとんど現れない。銅鉱といっしょに産出するが、たいてい溶かして銅にしている。孔雀石の大きな塊はほとんど現れないので、小さい塊を薄板に切って器物の表面に張り合わせる。
 古代からこの石は幼児を守る護符として、あるいは邪眼を防ぐ石として重んじられ、装身具としてはその小塊を使って腕輪、耳飾りなどがつくられている。『春山行夫の博物誌W 宝石A』平凡社 1989

彩り鮮やかな玉から時代の色を読む http://www.pref.okayama.jp/kyoiku/kodai/saguru2-7.html < 古代吉備を探るU
古代中国ガラス http://homepage2.nifty.com/beads/

装身具の製作
 フリント製ドリルとペンダント
 
http://www.indiana.edu/~archaeol/franchthi/etc.html

『古代オリエント商人の世界』H.クレンゲルp.28-29より抜粋要旨
 アフガニスタンとの国境に近い東イランのシースタンに位置するこの土地(シャフリ・ソフタ)及びその周辺での発掘調査で、およそ前2600年から前2400年頃の作業場が発見され、ラピスラズリの原石やビーズの半完成品、完成品および燧石(フリント)製のドリルなどの道具が見つかった。

ラピスラズリのビーズ製造法

  『古代オリエント商人の世界』H.クレンゲル p.30

 右の容器には未完成品のトルコ石ビーズ
 左の容器には燧石製の刃が入っていた。

 Shahr-i Sokhta(イラン)
 紀元前三千年期中頃
 
 『古代オリエント商人の世界』H.クレンゲル p.31

 錐とビット
 
http://www.hindunet.org/hindu_history/sarasvati/html/standard1.htm

紅玉髄製ビーズの加工工程


http://bosei.cc.u-tokai.ac.jp/~indus/2_3_06.html
参考Web: http://bosei.cc.u-tokai.ac.jp/~indus/2_3_07.html

若狭めのう細工 http://www7.plala.or.jp/magobei/wakasa/menou.html
玉匠工房 http://www.geocities.jp/tamasakukouzin1/

参考文献
『装身具と骨角製漁具の知識』考古学シリーズ(13) 江坂輝弥、渡辺 誠 東京美術 1988
『古代人の化粧と装身具』刀水歴史全書25 原田淑人 刀水書房 1987
追記
『【カラー版】日本装身具史』 露木宏 編・著 美術出版社 2008

参考Web
 ビーズ関係
 Society of Bead Researchers http://www.mindspring.com/%7Elarinc/sbr/index/index.htm
 National Bead Society http://nationalbeadsociety.com/page1.html
 Center for Bead Research http://www.thebeadsite.com/
 Bead History and Culture http://www.nfobase.com/html/bead_history.html
 Bead Museum http://www.thebeadmuseum.com/

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