御万人の勝利
 八月二日の今日、沖縄の辺野古から平良夏芽さんが国会前で抗議の座り込みにやってきた。彼のアピールには次のように書かれていた。「平良夏芽です。辺野古の座り込みも一〇二日を越えました。本来は、辺野古ではなく東京の国会前で座り込みがなされるはずだとずっと思っていたのですがそのような動きはなかなか伝わってきません。私たちの声を届けるべく選出された糸数慶子議員の初国会の時に、辺野古の想いを携えて国会前に座り込むことが必要だとテントの下で話し合いました。しかし、那覇防衛施設局長が変わったばかりで辺野古は予測不能な緊張の中にあり、多くの者が長期間留守をすることは許されない状況があります。そこで、私(平良)が一人で国会前に座り込むことにしました」そして、「関東地方の仲間のいる方はご連絡下さい。共に座り込む仲間を募集中です。」と呼びかけてくれた。早速私の友人たちから連絡が入り、今日の朝から座り込んでいる。そして、私も含めてどうしても昼間動けない人のために、夕方の6時半からの防衛施設庁への申し入れ行動に平良さんも参加してもらい、その後で報告交流集会を開くことになった。その結果、国会前には多いときで80人、延べ人数で200人近い人が座り込み、そのまま夕方の行動から報告集会には80人を超える人が結集した。

 平良さんのこうした積極的な動きを促しているものは、一連の御万人の勝利行動に他ならない。昨年の春、普天間基地を抱える宜野湾市の市長選挙で、名護への移設を条件としないで五年以内に返還を実現すると公約した伊波洋一氏が当選し、秋の衆議院選挙では、同じ選挙区で社民党の照屋寛徳氏が見事に自公候補者に競り勝った。そして、今回の参議院選挙。野党統一候補の糸数慶子さんは、明確に名護海上基地建設反対を公約とし、折りしも闘われていたボーリング調査阻止の座り込みにも参加し、選挙の勝利が海上基地建設強行を止める力になると訴えて、最近の選挙ではなかった十万票近い差をつけて圧勝した。更に、今や世界的なミュージシャンとして有名な喜納昌吉さんが、民主党の比例区から出馬し、見事に当選を果たした。彼が選挙期間中一貫して訴えていたのは、「全ての武器を楽器に、全ての軍事基地を花園に、そして、全ての人の心に花を」という世界的なヒットを続けている「花」に込めた非武装、非暴力の思想であり、小泉政権を倒し、民主党も壊し、日本が憲法を改悪するならば、沖縄が憲法九条を引き取って独立するという決意だった。

 この力強い勝利の流れはどこから生み出されているのだろうか。今から九年前,少女に対する米兵の性暴力事件に反米、半基地の怒りが爆発したことがあった。その後独立に向かう動きまで生まれていた沖縄。しかし、日本と米国政府は、特別行動委員会によって、在沖縄米軍基地の整理縮小というお題目と財政援助という札束の麻薬によって民衆の怒りを捻じ曲げ、県知事選挙、名護市長選挙という天王山での勝利を売るために全力を使った。

 その過程では、御万人の力の後退局面が確かにあった。それまで革新の側にいたはずの公明党が、権力の側に寝返ったのである。そのプラスマイナスの差は、勝敗を決する要因として大きかった。しかし、この間の小泉内閣の反動政策と対米追従路線は、沖縄では自民党、公明党の支持層の中でも分裂を引き起こすほど我慢の限界を超えていた。

 決定的な分岐点は、自衛隊の海外派兵の強行と有事法制の成立だった。五十九年前の地獄のような沖縄戦が、イラクへの侵略戦争によって否応無く蘇り、戦争につながるもの全てを拒否する決意となって噴出してきたのである。
 沖縄御万人の「命どう宝」の叫びが、聞こえてくる。

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