箱田城

歴史
 この城は戦国時代、上野国の守護代長尾氏の出城として、箱田地衆によって築かれたと考えられる。
 城の形式は丘城で、長袖140m、横幅75mと西北ー東南にやや長い。山頂を内郭としてその周囲に土居、土居の外側に壕、更にその外側に土を盛った高土居となっている。城の東北に追手虎口、西南に搦手虎口が開き、両虎口ともに内枡形様の構造をもっている。搦手の内側には武者屯、北角には櫓台址があり、中世末期城郭の築城法がわかる好遺構である。
(現地案内板より)
現状(2006.1)

 北橘村の日帰り温泉”ばんどうの湯”に隣接して箱田城の跡があります。しかし、曲輪をめぐる土塁ははっきりと確認でき、遺構には看板が立っています。
 現在城跡には、ばんどうの湯とは別の温泉施設で、天守を模した建物が建っています。