NASA World Wind・Google Earthの旅・・・アメリカ合衆国の河川・湖・運河・水路水上交通
アレゲニー川(ALLEGHENY RIVER)
 アレゲニー川 (ALLEGHENY RIVER)
イーストブラディーから3kmほど上流のアレゲニー川 (拡大)
 アレゲニー川は、ペンシルバニア州ポッター郡コーダーズポートの北東を源流とし、ペンシルバニア州ニューヨーク州、再びペンシルバニア州を流れ、ピッツバーグでマノンガヒラ川と合流しオハイオ川となる(右図No.1)、およそ523kmのオハイオ川の支流です。(水系図参照)
 16世紀のアレゲニー川渓谷の地域は、ショーニー族イロコイ族間の係争の地でした。1669年にフランス人の探検家ロベール=カブリエ・ド・ラ・サール最初の遠征隊が、カナダからアレゲニー川を下りオハイオ川を最初に調査しました。その後フランス人が進出し、地域はフランスの植民地となっていきました。1755年からフレンチ・インディアン戦争がイギリス、フランス間で戦われ、1760年にフランスはイギリスに敗れました。
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 1763年のパリ条約で、地域は正式にイギリス領となりました。戦争の間に、主要なキッタニング(右図No.7)の村は、中央ペンシルバニアからのイギリスの報復急襲によって完全に破壊されました。
 独立戦争にアメリカ合衆国は勝利し、1783年にオハイオ川流域が合衆国領となりました。東部とミシシッピ川を結ぶオハイオ川は、水上交通が盛んになっていきました。
 1811年にはピッツバーグ(上図No.1)から蒸気船の航行が開始されました。ピッツバーグの発展と共に木材の需要が高まり、支流を含め伐採が進められました。アレゲニー川や伐採が進められた支流は木材の筏輸送が行われ、筏の曳航に蒸気船に使われました。
 アレゲニー川は早瀬が多く、蒸気船の航行は容易ではありませんでした。1827年にキッタニングに、1828年にはフランクリン(上図No.12)に蒸気船が航行しました。ピッツバーグからフランクリンへは、32時間を要しました。1830年にはピッツバーグから更に上流に航行しウォレンへ、更にニューヨーク州のオーリアンに到達しました。しかしオーリアンへの航行は困難を伴い、この一回のみで繰り返されませんでした。(水系図参照)
 ペンシルバニア州の運河系は、1826年から建設が開始されました。ピッツバーグとカンブリア郡ジョンズタウンを結ぶペンシルバニア運河の西地区運河は、当初フリーポート(上図No.5)-ピッツバーグ間はアレゲニー川を使うことが検討されました。しかし工事が難しく、KISKIMINETAS川の川沿いの運河はフリーポートでアレゲニー川を水道でまたぎ、ピッツバーグまではアレゲニー川の川沿いに運河が建設されました。運河は1830年に完成、またキッタニング(上図No.7)まで延伸しました。(運河ルート図)
 ビーバー(上図参照)とエリー湖エリー間を結ぶビーバー・エリー運河の建設は、1831年から開始されました。
水系図 (拡 大)
 アレゲニー川のフランクリン(上図No.12)からは、フランクリン線が建設されました。フレンチ川の川沿いの運河は、1844年に完成しました。(運河ルート図)
 ニューヨーク州のロチェスターとアレゲニー川上流のオーリアンを結ぶジェニシー川に沿ったジェニシーバレー運河は、1862年に完成しました。エリー運河とアレガニー川を結ぶ運河でした。(水系図参照)
 しかしペンシルバニア州はアレゲニー川上流の航行改善を計画せず、その間に運河の需要は低下しました。ニューヨーク州は、
オーリアンまで建設した運河部を1878年に遺棄を決定しました。ペンシルバニア運河の西地区運河も鉄道との競争で需要がなくなり、1860年にペンシルバニア鉄道に売却されました。その後運河は、1864年に閉鎖されました。
 1859年にクロフォード郡タイタスビルオイル川川沿いで、近代石油産業の始まりとなったドレーク油田が採掘されました。支流のオイル川河口のオイルシティ(右図No.13)は、ドレーク油田からの石油の艀の集積地となりました。1860年に、最初の石油が蒸気船でピッツバーグに輸送されました。以降油田から艀で集積された石油は、蒸気船で曳航されピッツバーグなどへ輸送されました。アレゲニー川は、オイルシティ、フランクリンとピッツバーグとの輸送が増加していきました。また、アレゲニー川水系の木材の伐採は続き、1886年には自然林の40%が残るのみとなりました。
 1890年代に入り、アレゲニー川にロック&ダムの建設プロジェクトが開始されました。1箇所はオハイオ川との合流点から27.4km、スプリングデール(上図No.3の少し上流)に1897年から建設を開始、1904年に完成しました。もう一つは合流点から11.3km(上図No.2)に1902年から建設を開始、1908年に完成しました。これにより、ピッツバーグ近くの下流域は航行が確実になりました。
 1830年代よりピッツバーグで発展を始めた製鉄産業は、1870年代後半より鉄鋼産業として更に発展しました。ピッツバーグに近いアレゲニー川の川沿いには、1906年には62箇所の鉄鋼工場がありました。マノンガヒラ川流域と合わせ、一大鉄鋼生産地となりました。
 1910年代に入り、さらに上流へのロック&ダムのプロジェクトが推進され、先に造られた2箇所のロック&ダムの造り直しを含め、8箇所のロック&ダムが1920年から1938年にかけ随時建設されました。最上流のロック&ダム9は合流点から100.1kmに建設、1938年に完成し、イーストブラディー(上図No.10)までおよそ116kmの輸送水路が完成しました。大型艀での輸送により、アレゲニー川下流域の産業は更に発展しました。特に鉄鋼産業は、マノンガヒラ川流域と合わせピッツバーグを合衆国一の鉄の都市にしました。
ロック&ダム.2
 アレゲニー川の上流では、洪水調整のためダムの建設が計画されました。ウォレン郡アレゲニー国有林地域にKinzuaダム(写真)の建設が1960年から開始され、ダムは1965年に完成しました。セネカ揚水発電装置発電所も建設されました。(水系図参照)
 1970年代に入ると鉄鋼産業は停滞の時期に入り、1980年代よりの日本、韓国の安い輸入鉄鋼との競争に敗退していきました。アレゲニー川、マノンガヒラ川川沿いの鉄鋼産業は大打撃を受け、鉄鋼工場は次々と閉鎖に追い込まれました。職を失った労働者は地域を離れ、地域の人口は大幅に減少していきました。アレゲニー川の輸送量も、大幅に減少しました。ピッツバーグの人口も1950年の676,806人をピークに、2000年は334,563人と半減しました。
 現在のアレゲニー川は、8箇所のロック&ダムによりイーストブレーディーまで9フィートの水深で陸軍工兵隊が維持する輸送水路です。艀による輸送が行われています。イーストブレーディーより上流は、モーターボート、小型クルーザーでの航行となります。途中に急流が何箇所もあります。オイルシティにある早瀬は、水量が少ない時は浅く遡上が困難です。またオイルシティの冬の川には流氷止めが設置され、遡上できません。
 主な支流は、ポテト川、オーリアン川、KINZUA川CONEWANGO川BROKENSTRAW川ティオネスタ川オイル川フレンチ川クラリオン川レッドバンク川マホニング川、KISKIMINETAS川です。小型クルーザーで航行が可能な支流は、KISKIMINETAS川です。
 旅のポイント
 旅は、ピッツバーグ(上図No.1)より、オイルシティ(上図No.13)を目指します。およそ213kmの旅です。このため旅のポイントは、下流から上流に向けNo.をとっています。主要な都市、町、水上交通路として重要なロック&ダムを主として旅のポイントとしました。
 右上のNo.をクリックすると、そのNo.のNASA World Wind・Google Earthの写真ページが開きます。上段が「旅のポイント」、下が「写真」、その下が「緯度、経度、撮影高度」、下段が「写真の説明」になっています。地名等の固有名詞でカタカナ読みのわからないものは、そのまま英字で表示しました。
 各都市、町の状況は、NASA World Wind・Google Earthだけではわからないため、ホームページのある都市・町・村はオフィシャルウェブサイト(ない場合は商工会議所)にリンクしました。リンクしている都市・町・村は、「旅のポイント」欄にアンダーラインで表示しました。和訳でリンクしているため、表示に少し時間がかかります。
また「写真の説明」欄のアンダーライン表記は、「Wikipedia, the free encyclopedia」にリンクしています。日本語表記はすぐに出ますが、和訳は文字数が多いため表示にさらに時間がかかります。(和訳がでない場合は、英文でリンク)
 写真及び緯度、経度、撮影高度
 写真は、Google Earthの精細写真あるポイントはGoogle Earth、ないポイントはWorld Windの写真を使用しました。緯度、経度は、Google Earthの写真は上端中央部、World Windの写真は中心部を示します。写真は、全て上方向が「北」です。
 ロック&ダム
 各ロック&ダムの詳細は、陸軍工兵隊のウェブサイトにあります。軍のウェブサイトへのリンクは?のため、下記サイトのアレゲニー川を検索してください。(英文です)
 http://www.lrp.usace.army.mil/nav/nav.htm