噂の検証・・・騎馬像になった人物の死因

いつの頃からか、ネット上で
『日本の武将の騎馬銅像は、
馬の脚が4本とも地についていれば病死や老衰などの自然死
1本浮かせていれば戦闘での負傷が悪化するなどの後日の死
2本浮かせていれば戦死
というように、その武将の死因を示すのが
伝統的な様式になっているらしい』

 

というつぶやきが流布するようになっております。
果たしてそれは本当なのでしょうか・・・。

これは事実を検証せねばならぬということで 早速確認をしてみましょう!!


まずは「騎馬像の馬の脚が2本浮かせてあれば、戦死」説

◆楠木正成・・・湊川の合戦で獅子奮迅の活躍をするが戦死。
         

◆源義経・・・・兄・頼朝に追われ奥州藤原氏を頼り、平泉に落ち延びる。
しかし頼朝を恐れた奥州藤原氏急襲され衣川の合戦により戦死
    

◆新田義貞・・・・藤島の合戦にて、北朝勢の奇襲にあい、戦死。
      

◆織田信長・・・・・京・本能寺にて明智光秀の謀反により戦死。



脚が2本浮いている騎馬像は、歴史上、
有名な戦で戦死した武将を象ったものがほとんどでした!!?


では、「脚が1本浮かせていれば戦闘での負傷が悪化するなどの後日の死」説

◆井伊直政・・・・関ケ原の合戦終盤に敵軍中央突破を試みた
島津軍を追撃中に反撃に遭い負傷。
数年後、その傷が原因で死亡。


おおっ・・・・これも また法則通り・・・・・・。


では 
「馬の脚が4本とも地についていれば病死や老衰などの自然死」説。

◆藤堂高虎・・・・・外様大名ながら徳川家康からも信任を得る。
三代将軍:家光の代まで徳川政権を支え、
江戸の藤堂邸で75年の生涯を終える。



◆大山巌・・・「陸の大山、海の東郷」と呼ばれた明治日本陸軍元帥。
西郷隆盛の従兄でもある。
晩年は胃の病気を患い療養していたが75歳の生涯を終える。
                        


なんとっ・・・・・ これも 法則通り・・・・・・。




結論!!
 「日本の騎馬像は、馬の脚によって死因を示すのが
伝統的な様式になっているらしい」
は 本当だった!!!





ちょっと待たんか〜いっ(怒) 大バカ者!
 ← と仏が怒っています





そういえば、あの有名騎馬像がまだ登場していなかった気がしますので、
もう少し検証してみましょう。


◆楠木正成
湊川の合戦で 戦死のはずが・・・・・
 馬の脚が1本上がっている=戦の負傷が元で死亡  間違い!!



◆伊達政宗
独眼竜と呼ばれ徳川政権下でも常に恐れられていたが、
晩年は三代将軍:家光から厚い信任を得、天下の副将軍と呼ばれる。
癌性の病気を患い70年の人生を終える。

病死のはずが・・・・・・・・・・ 
馬の脚が1本上がっている=戦の負傷が元で死亡  間違い!!



◆最上義光
出羽の戦国大名で伊達政宗と東北の覇権を争った。
病気を患い山形城で69年の生涯を終える。

病死のはずが・・・・・
脚が2本浮いている=戦死・・・間違い!?




◆太田道灌・・・室町時代の文武両道の武将。江戸城を最初に築城したとして有名。
その名声を主君に疎まれ暗殺された悲劇の名将である。

暗殺(戦死)のはずが・・・・
脚が1本浮いている=戦での負傷により後日の死亡・・・・間違い!?



◆源義仲・・・・・平氏一門を京都から追放し朝日将軍と呼ばれた源氏の棟梁。
後に源頼朝と対立し、宇治川の合戦で惨敗、僅かな手勢と共に落ち延びるが戦死。

戦死のはずが・・・・
足が1本浮いている=戦の負傷が元で死亡・・・間違い!?



◆平将門・・・・平氏一門の争いから京の政権と対立を深めるようになる。
新皇を名乗り関東に新政権樹立を目指したが、
俵藤太率いる軍勢と激突し、戦死

戦死のはずが・・・・・
足が1本浮いている=戦による負傷が元で死亡・・・・間違い


まだやりますか?


◆上杉謙信・・・軍神の異名を持つ。
領土拡大を目指す野心ある戦国大名を成敗するために戦った義将。
織田信長征伐のため、上京を計画していた矢先に病死。

病死のはずが・・・ 
脚が1本浮いている=戦での負傷が元で死亡・・・間違い



◆真田幸村・・・・日ノ本一の兵(つわもの)と呼ばれた名将。
大阪の夏の陣では、起死回生の作戦を決行し
徳川家康の本陣に突っ込みあと一歩まで迫るが、力尽き 戦死

戦死のはずが・・・・・・
脚が1本浮いている=戦により負傷がもとで死亡・・・・間違い!?





もういいですよね・・・・。


一部の騎馬像だけでみれば、あの説は正しいように思われますが、
それだけに惑わされてはいけません。

結論:
『日本の武将の騎馬銅像は、馬の脚が浮いている数により、
その武将の死因を示すのが伝統的な様式になっているらしい』
という噂は嘘だった!!

日本の騎馬像は、銅像作家先生達の感性により創作されたものですので、
脚の浮いた数によって死因を示す
ルールなど制定されていなかったというのが結論でした。


検証:日本の銅像探偵団   2017/2/14






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