ニュースリリース


対日賠償請求を援助 国内に初の基金設置


  中華全国律師(弁護士)協会は29日、中国法律援助基金会と共に「対日民間賠償請求法律援助専門基金」を設立したことを発表した。対日賠償請求を援助するための基金は国内初の設置となる。

  中華全国律師協会は、基金設立の理由について「資金欠乏という問題は、民間による対日賠償請求訴訟に対し、すでにある程度の影響を与えている」と述べている。

  同基金の出資金は30万元で、基金会に関する国務院の管理規定に従って管理・使用される。(編集UM)

  「人民網日本語版」2005年7月30日

旧日本軍毒ガス、中国で後遺症深刻に 民間現地調査

2005年07月30日(朝日新聞夕刊)

 中国・黒竜江省のチチハル市で03年8月、旧日本軍が遺棄した毒ガスにより1人が死亡、43人が重軽傷を負った事故で、被害者の後遺症が深刻な問題となっている。被害者には一時金が渡されたが、高額の費用がかかる治療を受けずにいる人が多い。働き盛りの年代の被害者が職場復帰できない例も目立つという。

 事故後、日本の弁護士12人が被害者弁護団を結成。昨年3月から今年7月まで計7回の現地調査で、被害者43人中40人から聞き取りをした。その結果、被害者の多くが、毒ガスに触れてただれた部分の痛み・かゆみ▽視力低下▽朝晩の激しいせき込みなどに悩まされていることが分かった。

 また、当時16歳以上の被害者35人のうち27人(男性26人、女性1人)が仕事を失ったままになっている。記憶力や体力が低下して授業についていけず、不登校になった子どももいるという。

 日本政府は「遺棄化学兵器処理にかかわる費用」として3億円を拠出。中国政府が被害者に平均約500万円(弁護団調べ)を分配した。

 しかし、弁護団によると現地では医療保険が普及しておらず、40人全員が保険に入っていない。入院すれば年収の数倍の費用がかかることもあり、重い症状を抱えながら治療を受けていない人が少なくないという。

 また、体内に入った毒ガス「イペリット」の毒性は長期間消えず、後になって症状が悪化する可能性もあるとされる。弁護団の南典男弁護士は「被害者は将来の不安におびえて配分金に手をつけられないでいる。日本政府による継続的なケアが必要だ」と訴える。

 被害者のうち6人が29日に来日。8月4日、日本政府に医療支援や年金支給、子どもへの就学援助、根治治療の研究などを要請する。

 弁護団は被害者の渡航や診察の費用を負担しており、「チチハル被害者人道支援基金」(郵便振替00110・6・760615)への支援を呼びかけている。

戦後60年・新聞記者が受け継ぐ戦争(東京新聞)をご覧下さい。
http://www.tokyo-np.co.jp/kioku05/index.html

満蒙開拓青少年義勇軍の隊員として、敗戦後中国黒龍江省哈尓濱市郊外興隆鎮で毒ガス弾を
井戸に遺棄した木村さん(仮名)を取材した鬼木記者の記事です。

木村さんは9月14日に東京高裁で中国人毒ガス遺棄事件損害賠償裁判の証人として出廷す
ることを決意した勇気ある老軍属です。


神栖ヒ素 投棄者を告訴へ 別のコンクリ塊も発見 
 神栖町の有機ヒ素化合物による井戸水汚染問題で、健康被害を受けた町内の住民数人が十二日までに、汚染源とみられるコンクリート塊の不法投棄の指示者を容疑者不詳のまま殺人未遂の疑いで、さらに、不法投棄にかかわったとみられる県内の業者を業務上過失傷害の疑いで、来月上旬にも水戸地検に刑事告訴する方針を固めた。一方、同町田畑の掘削現場では半円状のコンクリ塊(約五b×二b×一・五b)が新たに見つかり、同日、撤去された。
 住民代理人の坂本博之弁護士は指示者を殺人未遂容疑で告訴する理由について、「指示者はヒ素の性質を十分理解した上で投棄方法を指示している。ヒ素が人体に非常に有害だと知りながら投棄させたのは未必の故意に当たる」と説明。
 告訴する住民の一人、青塚美幸さん(28)は二〇〇一年十一月、高濃度の有機ヒ素化合物が検出された井戸の近くに引っ越し、家族四人が吐き気や震えなどの健康被害に遭った。長男(3つ)には発達障害が残った。青塚さんは「少しでも真相を明らかにし、国の責任を追及できる状況をつくっていきたい」と話し、今回の告訴は原因究明に向けた手段の一つであることを示した。
 環境省は先月まとめた中間報告で、コンクリ塊は一九九三年六月下旬以降、何者かによって不法投棄された可能性が高いと指摘している。
 また同町田畑の掘削現場では西側に広げた掘削エリアから新たな半円状のコンクリ塊が見つかり、十二日中に解体した。
 一月に見つかったコンクリ塊の残り部分とみられ、同省はジフェニルアルシン酸の含有量や成分などについて今後詳しく調べる。掘削作業は今月中に完了する予定。
茨城新聞 2005/07/13(水)

旧日本軍毒ガス事故

日本に治療や謝罪要求

 【05.7.3東京新聞ハルビン=鬼木洋一】中国・黒竜江省チチハル市で二〇〇三年八月、旧日本軍の毒ガスが漏れて四十人以上の死傷者が出た事故をめぐり、訪中している日本の弁護団が二日、同省の弁護士会と協議し、日本政府に対し連携して医療体制の整備や公式謝罪を求めていくことで合意した。日本の弁護団の代表四人は六月末から訪中し、今月一日にチチハル市のホテルで被害者や家族らを集め、説明会を開催した。

 弁護士たちは、毒ガス中毒の治療に関する日中共同の研究機関の設立や、将来にわたる生活保障などを日本政府に要請する活動方針を伝え、被害者計三十七人から交渉委任状を託された。被害者九人が今月末に来日、政府交渉に参加することも決まった。

 弁護士の一行は二日、省都のハルビン市に移動し、日本の弁護士会に当たる「黒竜江省律師会」の孟繁旭会長を訪問。協議の結果、同会が被害実態の聞き取り調査を継続したり、損害賠償請求訴訟に発展した場合などに備え、被害者の戸籍謄本の取得などの事務を請け負うことを約束した。

 現地で被害者たちを支援してきた同会の対日賠償委員会事務局長の羅立娟弁護士は「医療体制の確立は、被害者たちが事故後からずっと抱いていた願いだ。日本政府には誠意のある対応を求めたい」と話している。

斎斎哈爾8.4事件被害者が7月末に来日
東京新聞が一面トップ記事で紹介!(05.6.28)
Taro-toukyousinnbunn1.pdf
31面にも関連記事が
Taro-toukyousinnbunnf.pdf

陸自演習場に毒ガス埋設の可能性、防衛庁が調査へ

2005年04月21日 朝日新聞

 千葉県八千代市の陸上自衛隊習志野演習場に終戦後間もなく、旧日本軍の毒ガス兵器が埋められた可能性が高いことが20日、環境省の調査で分かった。土地を管理する防衛庁は近く、現地調査を開始する。

 同省によると、演習場内北側の空挺(くうてい)団訓練場(約15ヘクタール)が戦時中、毒ガス兵器の実験場として使われていたとみられる。複数の旧軍関係者の証言で、戦後、毒ガス兵器のうち、びらん剤の一種のルイサイトがそのままドラム缶に入れた状態で埋められた可能性もあるという。

 ルイサイトはすでに地中で分解されたと見られるが、分解物の有機ヒ素化合物には毒性があるため、環境省は地下水などの環境調査を実施、防衛庁はレーダーや磁気でドラム缶など金属類が埋まっていないか調べる。

 環境省によると、演習場内では51年、ルイサイト入りドラム缶3本が見つかり、14人が負傷し、米軍が処理したとの情報があるという。

旧日本軍毒ガス調査:
「遺棄」10カ所で実施へ 環境省「生活上の安全確認するため」

 ◇10カ所で調査へ

 終戦時に旧日本軍が毒ガスを遺棄したとされる問題で環境省は25日、計10カ所について、環境調査を05年度に実施すると発表した。同省は「念のため日常生活上の安全性を確認する必要がある」としている。【河内敏康】

 来年度、環境調査を実施する10カ所は以下の通り。北海道留萌市▽群馬県榛東村▽東京都新宿区▽千葉県・千葉市▽神奈川県横須賀市▽静岡県浜名湖周辺▽広島県大久野島▽同県阿波島▽山形県米沢市郊外▽宮崎県都城市

毎日新聞 2005年3月26日 北海道朝刊

「毒ガス弾井戸に捨てた」 元軍属男性を証人申請

 旧日本軍が中国に遺棄した毒ガス弾などの兵器で負傷したり、家族を失ったりした中国人被害者13人が、日本政府を相手に損害賠償を求めた訴訟の控訴審の口頭弁論が7日、東京高裁であった。原告側は「敗戦時、黒竜江省のハルビン市郊外で軍の命令を受けて毒ガス弾を井戸に捨てた」とする元軍属の男性を証人申請した。

 原告側弁護団によると、男性は九州在住。1942年、14歳で当時の満州(中国東北部)に渡り、終戦の45年8月当時はハルビン市郊外の基地で軍属として働いていた。同月、上官から毒ガス弾を遺棄するよう指示を受け、基地内の井戸に投げ込んだという。戦後はシベリア抑留を経て帰国した。

 弁護団は「男性の証言で、ソ連国境に近い場所でも軍の命令で組織的に遺棄が行われたと立証できる。強く採用を求めたい」と話している。

 この訴訟は、74〜95年に中国で起きた遺棄兵器による事故の被害者らが起こした。一審の東京地裁は03年9月、国に1人につき2000万〜666万円の賠償を命じ、国側が控訴した。

 控訴審で国は「軍による組織的な遺棄が行われた証拠はない」「ソ連軍の侵攻が迫るなかで、遺棄する時間的余裕はなかった」と主張している。

 旧日本軍が中国に遺棄した兵器をめぐっては、別の被害者が起こしたもう1件の訴訟も東京高裁で係属中。この訴訟では昨年11月、別の男性が「終戦時、上官の指示を受け、吉林省敦化市郊外で毒ガス弾を地中に埋めた」と証言するなど、元軍人2人が遺棄に関与したと名乗り出ている。 (朝日夕刊03/07 13:43)

毒ガス3弁護団新春大久野島ワークショップがさる16日17日に広島県大久野島で行われました。

弁護士19名、国会議員2名、毒ガス島歴史研究所2名、ABC企画1名、毒ガス被害者をサポートする会1名、メディア8名、講師2名の35名が参加しました。
下記のメディアに掲載されましたのでお知らせします。東京新聞としんぶん赤旗は画像にしました。
中国新聞
朝日新聞
毎日新聞j

地下水汚染、井戸近くの地中に毒ガス成分含むコンクリート

環境省の発表資料、写真

 茨城県神栖町の旧日本軍の毒ガスが原因とみられる地下水汚染で、環境省は14日、健康被害が出た汚染井戸から南東に約90メートルの地点の土中から、高濃度の有機ヒ素化合物・ジフェニルアルシン酸(DPAA)を含むコンクリート塊を発見したと発表した。

 DPAAは通常、自然界に存在しない物質で、旧日本軍の毒ガス「くしゃみ剤」が変化したものとみられている。

 コンクリート塊は地下2メートルの深さで見つかった。縦4メートル、横2メートルほどの不規則な形状が露出しているが、まだ埋まっているため全体の大きさなどは不明。全体に不均質でもろい部分があり、「穴を掘ってコンクリートを流し込んだような状態」(環境リスク評価室)。刺さっている木が腐食していないことから、「せいぜい10年程度で、終戦直後の物とは考えられない」(同)という。

 表面にDPAAが600ppm含まれていたほか、内部に点在していた白色の固形物からは1万ppmのDPAAが検出された。周辺の土壌からも最大で1000ppmが検出された。ただ、塊の下のヘドロ状の層からも、8400ppmが検出されていることから、「現時点では汚染源がコンクリート塊そのものなのか、その下に埋められている物なのか特定できない」としている。

 コンクリート塊が見つかった場所は、1985年ごろまで砂利採取が行われ、その後一時期、釣り堀用の魚の養魚池として使われたが、90年代前半ごろに埋め戻され、更地の状態になっていた。同省は今後、コンクリート塊全体を掘り出して分析を進めるとともに、土地の所有者や池を埋め戻した業者などからも事情を聞く方針。

 この問題をめぐっては、汚染された井戸水を飲んでいた住民が手足の震えやめまいなどの健康被害を訴えはじめ、茨城県の調査で2003年4月にDPAAが原因と確認された。現在、髪の毛などから有機ヒ素化合物が検出されたとして、135人が国の健康調査を受けている。

 (2005/1/15/00:16 読売新聞 

元日本軍兵 兵器の遺棄場所示す地図を提供 黒竜江


  黒竜江省哈爾濱(ハルビン)市巴彦県興隆鎮でこのほど、元日本兵・木村さん(77)が手書きの「関東軍弾薬庫埋蔵位置地図」を現地政府に提出した。地図は、中国を侵略した旧日本軍が弾薬など兵器を遺棄した場所を示している。木村さんは地図の提出と同時に、負傷者が出ないよう、早急に対策を取るよう興隆鎮などの現地政府に求めている。興隆鎮付近には、80カ所以上に弾薬が埋められているという。

  木村さんは1945年、当時の関東軍が中国から引き上げる直前に、興隆鎮から約20キロの地点で弾薬を極秘で遺棄する作業に参加した。遺棄作業には100人以上が参加。4人1組で行動し、遺棄場所1カ所の容積は70立方メートルほどで、弾薬箱6箱を重ねて置くことのできる大きさだった。付近にはこうした遺棄場所が80カ所余りあるという。木村さんの提供した「関東軍弾薬庫埋蔵位置地図」によれば、弾薬には、催涙弾や毒ガス弾も含まれる。

  木村さんは「私は興隆鎮での歴史的な罪の証人だ。興隆鎮の地下には毒ガス弾を含め、まだ処理されていない相当数の弾薬が残っている。当時は極秘で埋めたため、場所を特定しなければ発見するのは難しい。万一急に爆発するようなことがあれば、たちまち悲劇が起こってしまう」と語っている。(編集YH)

  「人民網日本語版」2004年11月8日

「ずっと悩み・・・今は、ほっと」
84歳元日本兵「毒ガス弾埋めた」
東京高裁で中国側証人「償いの証言席に」


 「何かできることがないか、ずっと思い悩んでいた」。旧日本軍が先の大戦で中国国内に捨てた毒ガス兵器で、やけどなどの深刻な被害を負った中国人たちが、日本政府に損害賠償を求めた「中国毒ガス遺棄訴訟」。今月初めに東京高裁で行われた控訴審の弁論に、毒ガス弾を埋めた元日本兵が中国側の証人として出廷した。八十四歳になるこの男性にとって、法廷で証言することは過去の重い″十字架″を下ろす作業でもあった。               (鬼木洋一)

 低い家並みが続く神奈川県横須賀市の住宅街。男性は妻と二人で、静かに暮らしていた。
 「今は、ほっとしています。中国で埋めた毒ガス弾のことが、ずっと頭から離れなかったから」
 東京高裁第八〇八号法廷。証言席に座った男性は目をつぶり、記憶を手繰るように、五十九年前の出来事を語った。
 第二次大戦が終結した直後の一九四五年八月。陸軍曹長だった男性は、中国・吉林省の教化市周辺に駐屯していた中隊に所属していた。中隊には膨大な量の毒ガス弾があった。
 「中隊長に呼ばれ、こう言われました。『部隊本部から命令があった。ソ連軍に毒ガス弾を押収されないように、穴を掘ってすべて埋めろ』と」
 現地の中国人に分からないように、夜になって作業を始めた。兵士約六十人が三班に分かれ、男性はそのうちの一班の現場指揮をした。スコップやバケツで土を掘り、三bほどの大きな穴を三つつくった。その中に毒ガス弾が入った木箱を積み上げ、土をかけた。
 「夜が明けたので作業を終えたが、たくさんの箱が残っていた。後でまた埋めるつもりでした」 だが、その日のうちに本部から武装解除命令が出て、中隊ば駐屯地を引き払った。近くの飛行場で、丘士たちはソ連軍に連行され、シベリアに抑留された。男性が帰国したのは、敗戦から三年後のことだった。
 十年ほど前、新聞記事で初めて中国での毒ガス被害を知り、暗然とした気持ちになった。証言に臨んだのは、償いの気持ちからだ。今番、戦友を通じて原告団の弁護士と知り合った。「私でお役に立てるのなら、ぜひ証言させてください」
 日本政府によると、中国には、旧日本軍が残した毒ガス兵器が少なくとも約七十万発あるとされる。工事現場などで掘り起こされ、労働者らが被害を受ける事故は、今も後を絶たない。
 来月九日の弁論では、「軍の組織的な遺棄はなかった」と主張する国側が、男性に反対質問する予定だ。
 「私の証言を快く思わない人もいるでしょう。でも、国にも過去の誤りをきちんと認めてもらいたい」 とつとつと語りながらも、自宅で取材に応じた男性の言葉に、この時だけ力がこもった。
(東京新聞夕刊04.11.30)

黒竜江の遺棄兵器、中日が共同回収作業を開始


  旧日本軍の遺棄化学兵器が見つかっていた黒竜江省寧安市の鉄鋼プレス工場で9日午前、中日双方の関係者による撤去・回収作業が正式に開始された。

  同工場には、化学弾などの兵器計700件余りが埋まっているとみられる。遺棄地点と住宅エリアとの距離が比較的近いことから、長年にわたり、現地住民の生産活動や生活の安全を脅かす問題となっていた。中国政府は日本政府に対し、早期にチームを派遣し、撤去・回収作業に着手するよう何度も要請している。日本政府は今回、30数人からなる調査団を中国に派遣し、中国側も100人余りを現場に派遣した。作業は20日間にわたる見通し。

  撤去・回収された化学兵器や有害物質は、密封、梱包された後、寧安市内にある遺棄化学兵器用の臨時委託管理倉庫に搬送され、適切に保管される。一定の期間を待って、一斉処分される予定だ。(編集MM)

  「人民網日本語版」2004年9月10日

「中国で埋設指揮」元日本兵が証言へ 毒ガス訴訟

 旧日本軍が地中に隠した毒ガスや砲弾を知らずに掘り起こして被害を受けたとして、中国人5人が日本政府を相手に計8千万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、「毒ガス埋設を指揮した」とする旧日本兵の男性が11月2日、原告側証人として東京高裁に出廷することが決まった。原告側弁護団は「毒ガス遺棄が旧日本軍の組織的行為だったことの裏づけになる」と話している。

 弁護団によると、証言するのは神奈川県在住の80代の男性。日本の敗戦直後の45年8月下旬、中国吉林省敦化市の郊外で、上官の命令を受け、部下数十人を指揮して毒ガス兵器を埋める作業をさせたという。

 昨年5月の一審・東京地裁判決は、旧日本軍による毒ガス兵器の遺棄を違法とする一方、「主権の及ばない中国で、遺棄された毒ガスの所在を調べ、回収することは困難」とし、戦後の措置について国に違法性はなかったと判断して請求を棄却した。

 控訴審で、国側は「組織的な遺棄はなかった」と主張している。このため、弁護団は遺棄兵器に関する情報を集めて旧日本兵の男性にたどり着き、証人申請した。

 旧日本軍が遺棄した毒ガスをめぐっては、別の原告13人が日本政府を相手に起こした訴訟で東京地裁が昨年9月、国に1億9千万円の支払いを命じる判決を言い渡している。国側は控訴しており、弁護団はこの訴訟の控訴審でも、男性に加え、同じ部隊に所属していたもう一人の男性を証人申請する方針だ。

 中国に遺棄された化学兵器について、国は97年に発効した化学兵器禁止条約に基づき、現地で回収作業を進めている。国内では、02年に神奈川県で道路建設現場から毒ガス入りの瓶が見つかったほか、昨年も茨城県で井戸水から毒ガス成分が検出されている。このため環境省は国内での遺棄情報について、元兵士らから聞き取り調査をしている。弁護団事務局は「被害拡大を防ぐため、国外の遺棄兵器についても、国は早急に元兵士らに情報提供を呼びかけるべきだ」と訴えている。 (09/11 23:02) 朝日新聞

毒ガス中国遺棄訴訟

元日本兵、出廷・証言へ

 旧日本軍が中国に残した毒ガス兵器などで負傷した中国人五人が、国に計八千万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、毒ガス弾を遺棄した旧日本軍兵士が十一月二日、東京高裁に原告側の証人として出廷することが決まった。日中の外交問題にも発展した「毒ガス訴訟」をめぐり、元兵士が法廷で証言するのは初めて。証人尋問は軍の命令で毒ガスを隠した状況を中心に行われる見通しで、原告側は「組織的な遺棄はなかったとする国の主張を論破できる」と期待している。 

■国側の主張に反論

 原告側弁護団によると、出廷するのは現在、神奈川県内に暮らす八十代の元下士官。この男性は第二次大戦が終結した直後の一九四五年夏、吉林省の敦化市郊外で、上官から毒ガス弾を地中に埋めるよう命じられ、兵士数十人で行った遺棄作業の現場指揮を担当したという。

 訴訟の原告は、黒竜江省の農民や医師ら。五〇年から八七年にかけて、工事現場などで被害に遭った。慢性的な頭痛や腕が動かないといった後遺症が残り、九七年に提訴したが、東京地裁は昨年五月、請求を棄却した。

 控訴審では、国側が「組織的な遺棄はなかった」とした上で「毒ガス弾は旧日本軍のものではない可能性がある」などと主張。これに反論するため、原告側の弁護団が元兵士の証人申請を行い、裁判長が八月末、採用を決めた。

 旧日本軍が遺棄した毒ガス兵器をめぐっては、健康被害を受けた中国人や遺族計十三人が賠償を求めたもう一つの訴訟で、東京地裁が昨年九月、国に約一億九千万円の支払いを命じ、司法判断は分かれている。

 今月十三日には東京高裁で、国が敗訴した同訴訟の控訴審が行われるが、弁護団はこの訴訟でも元兵士と、部下の男性も証人申請する予定。
(東京新聞夕刊04.9.10)

<旧日本軍化学兵器>中国人少女が被害を証言 都内で集会 (毎日新聞)

 中国黒竜江省チチハル市で昨年8月、旧日本軍が遺棄した化学兵器で1人が死亡、40人以上が負傷した事故で被害に遭った中国人少女、馮佳縁さん(11)が22日、東京都内の集会に参加して深刻な被害を訴えた。馮さんは「走ることが大好きでしたが、今は走ることが出来ません。『病気がうつる』と言って、友達も遊んでくれない」と話した。

 被害調査をしている日本の弁護士グループの招きで、母親(39)と来日した。馮さんは近くの中学校の校庭で遊んだ後、足の痛みに見舞われた。建設現場から校庭に運ばれた黒土が、化学兵器に汚染されていたためで、2カ月間入院した。

 馮さんは集会後、「化学兵器と聞いて、怖かった。日本政府に謝罪してほしい」と話した。今も薬が欠かせず、後遺症で疲れやすいという。

 日本政府は事故後、中国政府に3億円を支払ったが、被害者たちは後遺症の懸念から恒久的な医療対策を求めている。【渡辺暖】

[毎日新聞8月22日]

遺棄兵器で児童が負傷、外交部が日本に申し入れ


  外交部アジア司の担当者は27日、在中国日本大使館の幹部と緊急会見し、旧日本軍の遺棄化学兵器により吉林省敦化市の児童が負傷した事件について、日本側に対し厳重な申し入れをした。

  同市蓮花泡林場で23日午後1時ごろ、現地の児童4人が小川で砲弾1つを発見し、うち2人は砲弾の中から流れ出ていた液体に触って手足が赤くただれた。中国側の医師はイペリット(マスタードガス)とルイサイトによる中毒と診断。この2人の児童は現在同市の病院で治療を受けており、命の危険はない。中国側の専門家が現場を検証し、この砲弾が旧日本軍が遺棄した化学兵器だと確認した。(編集SN)

  「人民網日本語版」2004年7月28日

旧日本軍、豪兵捕虜に毒ガス実験 青酸瓶の効果試す−−裁判記録で判明
毎日04.7.27

 太平洋戦争中の1944年11月、旧日本軍が捕虜のオーストラリア軍兵士らに対し、南太平洋のカイ諸島で猛毒の青酸を使った毒ガス兵器の人体実験を行っていたことが26日、オーストラリア国立公文書館(キャンベラ)で見つかった戦後のBC級裁判の記録文書から明らかになった。

 中央大の吉見義明教授(日本近現代史)が発見し、田中利幸・広島市立大教授の協力を得て入手した。吉見教授によると、オーストラリア軍兵士に対する人体実験の詳細が判明したのは初めて。旧日本軍が最終兵器と位置付けていた青酸ガスの効力検査が目的で、連合国軍の攻勢に対抗するため毒ガス兵器を重視していた実態が明らかになった。

 文書は、48年7月15日に香港で行われたオーストラリア軍による戦犯裁判の記録で、英文の判決文や日本語の供述書など計約400ページ。

 それによると、第5師団(広島)の毒ガス兵器担当の中尉は44年11月、上官の中佐の命令で、師団が保有していた青酸ガス兵器の効力が保たれているかを調べるため、オーストラリア軍兵士の捕虜ら2人に対戦車用の青酸入り手投げ瓶を投げ付けた。2人はその場で倒れ、憲兵が刺殺した。

 実験目的について中尉は47年4月17日付の供述書で、青酸ガス兵器が製造から約4年を経過し変質が見られたためとし、実験後「効果はあります」と報告したと述べた。中尉と中佐は裁判で絞首刑の判決を受けた。

 今回の新事実が盛り込まれた著書「毒ガス戦と日本軍」(岩波書店)は28日刊行される。【共同】

旧日本軍戦史資料:
致死性毒ガス使用? 防衛庁資料に「撒毒」の表記−−中国で
毎日04.7.26

 旧日本軍が第二次世界大戦中、中国で「黄剤(きいざい)」と呼ばれた致死性の毒ガス「イペリット」を使用したことを具体的に示したとみられる戦史資料「冬季山西粛正作戦戦闘詳報」を防衛庁が公開した。これまでの資料で特定できなかった指揮官や部隊名が実名で書かれ、「撒毒(さんどく)」の表記で毒ガス戦の詳細をつづっており、防衛庁は「旧軍の文書には、黄剤の使用を『撒毒』と表現しているものがあることから、本史料の『撒毒』とはイペリットの使用を示唆しているのではないかと思われる」と説明している。

 茨城県神栖町の旧日本軍の毒ガス問題に絡み、今年3月に国会で田島一成衆院議員(民主党)が請求し、防衛庁が「公開審査委員会」で再度審査して公開した。

 それによると、1942年2月、中国山西省で燼滅(じんめつ)作戦(三光作戦)を展開した第1軍の弘前歩兵第36師団長が同月6日、八路軍(中国共産党軍)の拠点の村落10カ所を指定し、「重要施設ヲ発見セル場合之ヲ撒毒ス」と命令。歩兵第224連隊長は指揮下の3大隊に「撒毒」を命じ、大隊に毒ガスの専門技術を持つ「特種作業隊」を配属させ、同20〜21日に実行した。

 毒ガス戦の資料は、83年に米国国立公文書館で見つかった「支那事変ニ於ケル化学戦例証集」があり、この中で「黄剤」の使用例を「撒毒」と表記し、冬季山西粛正作戦とみられる事例も出てくる。しかし、作戦の指揮官、部隊などは「○○連隊」などと伏せてあった。

 毒ガス戦に詳しい吉見義明・中央大教授(日本現代史)は「戦闘詳報は軍に報告するために現地部隊が記録した公文書で、実名で書かれ極めて確度が高い。例証集の中にあるイペリットの使用が裏付けられた」と話している。

 政府はこれまで、非致死性の兵器の使用は認めているが、イペリットなど致死性ガスの兵器の使用は、資料が断片的であることを理由に確認は不可能としている。

 防衛庁は「本史料にはイペリットや黄剤との記述がないことから、旧軍がイペリットを使用したと確認できるということは困難である」としている。【吉永磨美】

斉斉哈爾の遺棄毒ガス事件、被害者が原告団を設立


  黒竜江省の斉斉哈爾(チチハル)市で6日、旧日本軍が第二次大戦中に黒竜江省に遺棄した化学兵器から漏れた毒ガス(マスタードガス)で負傷した40人以上の被害者により組織された「斉斉哈爾『8・4』事件原告団」が成立した。同原告団の責任者は事件被害者の王宇亮氏、陳栄喜氏、肖子柱氏、牛海英氏、丁樹文氏――の5人。

  牛海英氏は記者に対し、個人の問題ではなく多くの人に関わる問題であるため、原告団の責任者の一人として、中日双方の弁護士との協力で活動に積極的に取り組みたいと話した。また牛氏は、「私の健康はマスタードガスで大きく傷つけられ、以前のように生活することはできなくなった。私の同胞や姉妹、次の世代を再びこのように傷つけさせることはできない。私は被害者全員を代表して、中国国内のあらゆる化学兵器を必ず一掃するよう日本政府に求める。最後まで訴訟を続けていくつもりだ」との主張を語った。

  遺棄毒ガス弾事件について、斉斉哈爾市で現在事前の証拠収集活動を進めている「中国人戦争被害者賠償請求訴訟・日本弁護士団」の小野寺利孝幹事長は、「原告団の成立は、私が担当した対日訴訟の中でも初めてのことで、訴訟を最後までやり通す『8・4』事件被害者の決心を証明している。われわれは困難を退けて最後の勝利を勝ち取る自信がある」と話した。(編集SN)

  「人民網日本語版」2004年3月8日

社団法人 日本中国友好協会が編集・発行する「日本と中国」
2004年3月5日号のニュースより転載

旧日本軍化学遺棄兵器被害者支援基金を設立

 昨年8月4日に黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍遺棄化学兵器事件を調査のため、2月20日から22日まで現地を訪問していた日中友好協会など日中友好6団体代表は2月23日午後、日中友好7団体が100万円を拠出して中国友好平和発展基金会内に、同事件被害者を支援するための「日本遺棄化学兵器被害者支援基金」を設立したと発表した。

日中6団体の代表が唐家セン国務委員と会見

 村岡理事長ら日中友好6団体代表は2月23日午前、北京・中南海の紫光閣で、唐家セン国務委員と会見した。唐家セン国務委員は会見の中で、「厳冬の中、8・4事件の現場へ足を運び、現地調査を行った日中友好6団体の皆さんの精神に敬意を表し、感謝したい。中国人民の生命の安全と生態環境に深刻な脅威を与えている化学兵器処理問題で、日本政府がさらに努力し、両国間の取り決めを確実に実施し、処理を加速するよう希望する」と語った。

【注】支援資金の「日中友好7団体」とは以下の団体です。訪中したのは議連以外の6団体です。
(社)日中友好協会
日本国際貿易促進協会
日中文化交流協会
日中友好議員連盟
(財)日中経済協会
(社)日中協会
(財)日中友好会館

「日本政府は国際法に違反」 毒ガス弾原告団


  旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器の爆発事故で後遺症などの被害を受けたとして、中国人被害者5人が損害賠償を求めた訴訟の控訴審第1回口頭弁論が12日、東京高裁で行なわれた。原告は「日本政府は国際法に反して化学兵器を製造・遺棄し、中国人民を傷つけた」と非難した。

  原告代表の李国強さんが意見陳述し、「日本政府は国際法に背いて、旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器をこれまで処理・廃棄してこなかった。そのため多くの中国人の幸せな生活が破壊された」と訴えた。

  1審・東京地裁は昨年5月、日本政府が主権の及ばない中国での兵器回収は困難」という理由で、原告の訴えを退けた。これを受けて李さんを代表とする原告5人が控訴していた。(編集TS)

  「人民網日本語版」2004年2月13日

15.12.19
防衛庁

お知らせ

福岡県苅田港等で発見された老朽化化学兵器に係る地元説明会について

 平成12年に福岡県苅田港等で発見された老朽化化学兵器については、化学兵器禁止条約に基づく無害化処理に要する経費を総務省から支出委任を受け、防衛庁において執行することを予定しています。
 当庁では、老朽化化学兵器の無害化処理に関し、環境面・安全面に十分に配慮し、地元の方々のご理解を得た上で、事業を着手して参りたいと考えています。
 この度、処理実施業者(契約相手方:神戸製鋼所)の具体的な事業計画を踏まえ、これに基づく地元住民及び自治体並びに関係機関等の方々を対象とした説明会を下記により開催する予定です。

1.日時:平成15年12月23日(火)10:00〜
2.会場:福岡県苅田町松原区公民館

毒ガス被害者に3億円分配 旧日本軍化学兵器事故で

 【北京31日共同】31日の新華社電によると、中国黒竜江省チチハル市で8月に起きた旧日本軍遺棄化学兵器による毒ガス流出事故で、日本政府が中国側に支払った3億円が30日、被害者や犠牲者の遺族らに分配された。
 3億円の一部は現場の処理費用などに充てられたが、大部分が被害者らに支給されたという。同時に、国内外から寄せられた8万元(約100万円)余りも被害者らに渡された。
 事故では1人が死亡し、43人が負傷。日本側は3億円を「遺棄化学兵器処理事業にかかる費用」名目で「補償」ではないとしているが、実質的には補償金の性格が強い。(共同通信)

茨城新聞 2003/12/11(木) 
神栖・汚染井戸周辺3地点 ヒ素、基準の1000倍超

 神栖町の有機ヒ素化合物による井戸水汚染問題で、化学物質の専門家による環境省の検討会は十日、高濃度ヒ素が検出された井戸周辺のボーリング地点三カ所の地下水から、これまで最高濃度の飲用水質基準(一gあたり〇・〇一_c)の一千倍を超えるヒ素を検出したと発表した。同省は汚染源絞り込みの有力な手掛かりとみて、三地点の周辺約二十カ所でボーリング調査を行う方針。
 同省は十一月末までに、同井戸周辺の五十カ所以上で、汚染源を絞り込むためのボーリング調査を行ってきた。これまでの最高濃度は、同井戸の汲み上げ調査で検出された約五百四十倍だった。
 高濃度ヒ素が検出された三カ所は、それぞれ同井戸を基準に@南西約十b、深さ二十−二十五bで約千八百倍A南東約十b、深さ約二十bで約千六百倍B南東約七十五b、深さ約二十五bで約千二百倍−だった。
 検討会の座長、森田昌敏国立環境研究所統括研究官は「濃度からみて汚染源はかなり井戸の近いところにある可能性が高いが、両地点の中間からはほとんど検出されておらず、さらにデータが必要だ」としている。
 また、同省は十一、十二の両日、長さ約二bの金属反応があった同井戸から南西に五十b以上離れた空き地内の掘削を行う。
 一方、比較的高濃度のヒ素が検出された地区のボーリング調査で、地下水から最大十一倍のヒ素を検出した。今後、同地区でも十二本前後のボーリング調査を行う。
 また、全国調査で毒ガス埋設の可能性が高いとされた千葉県習志野市の旧陸軍学校跡地についても作業班をつくり、具体的な調査の方法を検討するとしている。

平成15年11月28日
昭和48年の「旧軍毒ガス弾等の全国調査」のフォローアップ調査結果について(概要版)

概要  環境省は、毒ガス弾等による被害の未然防止を図るため、関係省庁及び都道府県等の協力を得て、昭和48年の「旧軍毒ガス弾等の全国調査」のフォローアップ調査を行い、その結果をとりまとめた。

本文
(1) 経緯
   本調査は、6月6日の閣議了解「茨城県神栖町における有機ヒ素化合物汚染等への緊急対応策について」に基づき、昭和48年の「旧軍毒ガス弾等の全国調査」のフォローアップ調査として、国内における旧軍毒ガス弾等による被害の未然防止を図るための基礎資料を得ることを目的に実施し、その結果をとりまとめたものである。

(2) 調査方法
   本調査では、関係省庁及び都道府県等に対して調査協力を依頼し、各都道府県は、市町村の協力を得て調査を行った。また、米国・オーストラリア等からも関連資料を取り寄せるとともに、政府広報等を通じて、広く国民に対しても毒ガス弾等に関する情報提供を呼びかけた。
  <調査項目>
  終戦時における旧軍毒ガス弾等の保有及び廃棄の状況
  戦後における旧軍毒ガス弾等の発見、被災及び掃海等の処理の状況
  その他旧軍毒ガス弾等の保有又は発見の可能性が示唆される場所の現在の状況

(3) 調査結果
  (ア) 保有・廃棄・発見・被災及び掃海等の状況
     旧軍毒ガス弾等の生産・保有状況については全国で34箇所、廃棄・遺棄状況については44箇所の地域が報告され、発見・被災・掃海等の処理状況については823件の報告があった。(地図参照)
 
  (イ) 地域毎の状況
     本調査では、今回新たに、ア情報を基に地域毎に集約整理し、全国における毒ガス弾等に関する状況を138(陸域と水域にまたがる5事案を含む。)の事案にとりまとめた。現段階における情報の内容に応じて、各事案の分類及び対応の考え方について整理したところである。(表参照)なお、今回の調査において、健康被害が現に発生している等の切迫した事案で新たに判明したものは存在しなかった。
 また、この分類については、今般のフォローアップ調査に対して提供された情報等に基づくものであるため、今後の現地における調査結果や追加で提供される情報によって変更することもあり得るものである。
    [1]  陸域の事案(114事案)
    a 戦後の被災や発見、埋設、廃棄等といった、毒ガス弾等が現在も存在する疑いを積極的に示す内容や情報源の種類、情報の数(複数情報が一致するものか、単独の情報のみか等)からみた「情報の確実性」、
    b 具体的な対策の実施が可能かといった観点からの、提供された情報の「地域の特定性」、
     等を勘案して、講ずべき対応との関係から、次の4つに類型化した。
 
       毒ガス弾等の存在に関する情報の確実性が高く、かつ、地域も特定されている事案(4事案)
       こうした事案については、現地における、健康影響の未然防止の観点からの環境調査を実施するとともに、土地改変時の安全確保のための措置等を実施することが必要となる。
 
       毒ガス弾等の存在に関する情報の確実性は高いものの、地域が特定されていない事案(16事案)
       こうした事案については、対応を行うべき地域を特定するための、積極的な情報収集の実施が必要となるため、まず、現地周辺の重点的な情報収集を実施し、必要に応じて、地下水等の環境調査を実施することが必要となる。
 
       地域は特定されているものの、毒ガス弾等の存在に関する情報の確実性は不十分である事案(21事案)
       こうした事案については、現段階では、ただちに健康影響の未然防止の観点からの環境調査を行う状況にはないが、情報に関する事実関係を確認するために、現地周辺の情報収集を実施することが必要となる。なお、当該調査の結果、必要に応じて、地下水等の環境調査を実施することが必要となる。
       旧軍問題等の知見を有する有識者等より、特に指摘を受けて、本類型に追加した事案もある。
 
       前記以外の事案(73事案)
       こうした事案については、現段階では特段の対応が必要であると判断する材料は存在しないため、今後とも、継続して関連情報の提供を受け付けることとする。
 
    [2]  水域の事案(29事案)
       水域の事案については、海洋24事案、河川2事案、湖沼3事案であるが、元来、海洋投棄が主要な処理方法の1つであったこともあり、海洋における廃棄、発見等について多くの情報が提供されているところである。
 こうした水域の事案は、特に、通常の生活における被害防止を考慮すべき陸域の事案とは異なり、主として、漁業、船舶の航行、浚渫工事等といった水域の利用形態を踏まえた安全確保等の観点から、海洋、河川等各事案の状況に応じた対応を図ることが必要となる。なお、毒ガス弾等の水域におけるその他の影響については、必ずしも十分な知見を有していないため、なお、引き続き、調査検討することが必要である。

(4) 今後の取組
   今後は、政府と地方公共団体が緊密に連携し、政府全体として一体的に、こうした各類型の状況に応じた、適切な対策を講じていくことが必要であり、そのための取組方針を可能な限り、早急に決定する必要がある。

添付資料 昭和48年の「旧軍毒ガス弾等の全国調査」のフォローアップ調査結果(概要版) [PDFファイル 540KB]

連絡先 環境省総合環境政策局環境保健部企画課
 課長   :小林 正明(内線6310)
 調査官  :平田 悦男(内線6311)
環境省総合環境政策局環境保健部環境安全課
 環境リスク評価室
 室長   :三宅 智  (内線6340)
 室長補佐:武井 貞治(内線6343)

遺棄化学兵器の最終処理を急げ



  斉斉哈爾(チチハル)市富拉爾基区にある日本の遺棄化学兵器の委託管理施設にこのほど、密封処理された砲弾724発がまた運び込まれた。施設にはこれまでも500発以上が保管されていたが、さきに約2・5倍の量が収容できるよう拡張された。最終処理までにはまだ長い期間が必要なようだ。

  防化研究院の束富栄副研究員は14日、「最終処理にはまだ数年が必要だ」と指摘した。束副研究員は、今後もさらに多くの遺棄化学兵器が発見される可能性がある上、最終処理地域の環境影響調査などが必要で、最終処理に着手できるのは2006年以降だろうと見る。

  また外交部筋は13日「中日双方が調印した条約の規定によると、中国で発見された化学兵器は2007年までに最終処理を行い、期間内に終わらない場合は5年延長される」と説明した。

  いまのままでは残された時間は少ない。2007年までに処理を終えるには、これまでの日本側の努力では足りず、進展も非常に遅い。このペースでは、日本が2007年までに処理を終えるのは難しそうだ。(編集SO)

  「人民網日本語版」2003年11月16日

旧日本兵2人 化学兵器の遺棄地点特定に協力へ


  中国人戦争被害者による損害賠償訴訟の日本側原告弁護団と、旧日本軍遺棄化学兵器訴訟の中国側弁護団は29日から12月6日まで、1996年に黒龍江省東寧県で発生した旧日本軍遺棄化学兵器事件に対する合同調査を行う。同中国側弁護団が4日、明らかにした。同事件は死者1人、負傷者1人を出している。

  今回は旧日本兵2人が訪中して遺棄現場の特定・調査に協力する。化学兵器遺棄の直接の関係者が自発的にこのような協力を行うのは初めて。協力を予定している旧日本兵2人はいずれも80歳を超える高齢という。(編集NA)  「人民網日本語版」2003年11月5日

胡主席「遺棄化学兵器処理の加速を」 中日首脳会談





  アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席するためタイを訪問中の胡錦涛・国家主席は20日午前、日本の小泉純一郎首相と会談した。胡主席の主な発言は次の通り。

  中日はアジア、世界の2大重要国家として、世界平和の維持、共通の発展の促進に重大な責任を担っている。中国の新たな中央指導グループは日本との善隣友好関係の発展を高度に重視しており、日本とともに努力し、両国の各分野、あらゆる方向での友好協力関係発展を積極的に推進していきたい。

  新世紀の中日関係の発展を推進するためには、中日友好の歴史と教訓を固く心に刻みこまなければならない。両国間の3つの重要文書が確定した原則を厳守し、戦略的見地から中日関係の重要性に対応し、不断に双方の共通利益を拡大していかなければならない。両国首脳は、歴史を鑑(かがみ)として未来に向かい、長期的視野で大局を考え、末永く安定した健全な中日善隣友好関係の発展を推進しなければならない。特に、歴史問題は慎重に処理し、戦争被害国の国民感情を傷つけることが二度とあってはならない。

  旧日本軍による遺棄化学兵器問題は、中日間に残された歴史問題であり、早急に解決すべき現実的問題だ。日本政府は中日関係の健全な発展のため、できるだけ早期に問題解決の措置を取るべきだ。中日双方はすでに斉斉哈爾(チチハル)の遺棄化学兵器事件の善後策について合意に達した。日本側は実行を急ぎ、早期に被害者を見舞うべきだ。これを契機に日本が遺棄化学兵器処理プロセスを加速することを望む。(編集SO)

  「人民網日本語版」2003年10月21日

中国代表「化学兵器の早期廃棄を」 OPCW会議



  薛捍勤・駐オランダ中国大使は20日、オランダ・ハーグで開催された化学兵器禁止機関(OPCW)第8回締結国会議に出席した。薛大使はOPCWの中国代表も務める。

  同会議で薛大使は「化学兵器禁止条約(CWC)発効後6年が経過した現在も、多くの不足点が残されている。中国は最初の締結国として、同条約の実施を積極的に推し進めたい」と発言。さらに「化学兵器の廃棄は同条約の核心であり、各化学兵器保有国が果たすべき基本的義務でもある。同条約に従い早期の廃棄を実現すべきだ」と強調した。

  日本が中国に遺棄した化学兵器の問題については「日本の遺棄化学兵器は現在までにわたり、中国人民の生命・財産・安全や環境を脅かしてきた。日本側が問題解決をさらに急ぐよう望む」とした上で、「中国側はこの問題に関し日本側に必要・可能な援助を提供する用意がある」と重ねて言明。また、同問題解決へ向けて、OPCWが引き続き積極的役割を果たすことを歓迎する意向を伝えた。(編集NA)

  「人民網日本語版」2003年10月21日

【湖南】旧日本軍の巨大爆弾を処理 衡陽市



  湖南省衡陽市の警察はこのほど、旧日本軍が遺棄した巨大爆弾の処理に成功した。同市では、インフラ建設、井戸の掘削、河川の土砂除去作業などの過程で、各種爆弾300発以上を除去している。

  今回処理された爆弾は、長さ110センチ、直径60センチ、重さ約70キロ。軍事関係の専門家によると、被害半径はおよそ10メートルで、非常に強い殺傷能力がある。起爆装置が完全な状態で残っていたため、わずかな不注意で爆発する危険があった。

  旧日本軍は1937年9月から、衡陽への空爆を30回余り繰り返し、爆弾、焼夷弾、毒ガス弾などを数万発投下した。特に1944年6月から47日間にわたる衡陽攻防戦では、旧日本軍の激しい攻撃により衡陽は焼け野原と化した。専門家は「当時の旧日本軍の攻撃は、衡陽市に今も大きな危険を残している」と指摘した。(編集SY)

  「人民網日本語版」2003年10月21日

3億円支払いで最終合意=毒ガス事故、首脳会談前に決着−日中政府

 【北京19日時事】中国黒竜江省チチハル市で8月に発生した旧日本軍の遺棄化学兵器による毒ガス事故で、日中両国政府は19日、日本側が中国に3億円を支払うことで最終合意した。アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせ、20日にも予定される小泉純一郎首相と胡錦濤国家主席との首脳会談前に問題決着を図った形となった。
 北京で開催された最終協議には、日本側から隈丸優次駐中国公使、中国側から葛広彪外務省日本遺棄化学兵器問題弁公室主任が出席し、19日未明に合意文書を確認した。 (時事通信)
[10月19日13時1分更新]

中国の毒ガス被害、日本が3億円支払いで合意

 [北京 19日 ロイター] 中国外務省は19日、黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍の遺棄化学兵器による毒ガス被害について、日本側が3億円を支払うことで合意したと発表した。
 章啓月報道官が同省のウェブサイトで明らかにした。
 中国側は事故再発を防ぐため、北部に依然埋蔵されている遺棄化学兵器の早期処理を、日本側に引き続き求めていく考えを表明した。
 3億円の具体的な配分は明らかにされていない。
 チチハル市の事故は今年8月に工事現場で発生。地中から発見された容器5個から毒ガスが流出し、1人が死亡、42人が被害を受けた。(ロイター)
[10月19日16時8分更新]

金銭で補償できぬ」=旧日本軍毒ガス事故−中国

 【北京19日時事】中国外務省の章啓月副報道局長は19日、黒竜江省チチハル市で起こった旧日本軍の遺棄化学兵器による毒ガス事故の対応として、日本側が中国に3億円を支払うことなどで最終合意に達したことについて「中国人民の生命安全と民族感情を大きく傷つけた」とした上で、「いかなる額の金銭でも補償できない」とする談話を発表し、不満が残っているとの認識を示した。 (時事通信)
[10月19日15時1分更新]

<中国毒ガス事故>日本、3億円支払いで正式合意

 北京の日本大使館は19日、中国黒竜江省チチハル市の旧日本軍遺棄化学兵器による毒ガス流出事故で、日本側が3億円を中国側に支払うことで日中両国が正式合意したと発表した。

 日本側が支払う金額は「遺棄化学兵器処理事業にかかる費用」として中国側に渡すことにしており、中国政府が被害者ら関係方面に「適切に配分する」としている。

 合意を受け、中国外務省の章啓月副報道局長は同日、事件が「中国人民の生命の安全と民族の感情」を大きく傷つけたとし「いかなる額の金銭でも補償できるものではない」とする談話を出し、中国側の不満が根強いことを示唆した。

 日本側は水面下の交渉で1億円の「見舞金」を提示したが、中国側が難色を示し、北京の実務レベル協議で3億円前後とすることで大筋一致していた。

 事故は8月、チチハル市の工事現場で発生。1人が死亡、43人が被害を受けた。中国では日本への反発が高まり、10月上旬にインドネシアで開かれた日中首脳会談でも温家宝首相が小泉純一郎首相に早期解決を求めた。(北京・共同)(毎日新聞)
[10月19日11時58分更新]

日本の3億円支払いで外交部が談話 斉斉哈爾事件



  外交部の章啓月報道官は19日、斉斉哈爾(チチハル)市で起きた旧日本軍の遺棄化学兵器事件による死傷事件をめぐり日本政府が3億円の支払いを決定したことに関し、次のコメントを発表した。

  8月4日に黒龍江省斉斉哈爾(チチハル)市で発生した旧日本軍による遺棄化学兵器事件で中国の罪のない市民が死傷、現地の産業や生活の秩序に深刻な影響を与えた。事件解決のため、中日外交当局は何度も協議した。中国は日本に対し、責任を認めて損害を賠償するよう厳しく要求。日本政府は、中国に3億円を支払い、事件で中国が被った損害を補償することを決定した。

  今回の事件は、中国人民の生命の安全および国民感情を著しく傷つけ、いかなる額であろうと金銭で補償できるものではない。中国は、今回の事件が生み出した重大な結果および政治的影響を日本が十分に認識し、できるだけ早く約束を履行して同様の事件の再発を防ぐと同時に、旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器の処理プロセスを加速するよう要求した。(編集SO)

  「人民網日本語版」2003年10月19日

毒ガス問題:
日中首脳会談で合意確認へ 3億円拠出方針

 【バンコク浦松丈二】日中両政府は、中国黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍の遺棄化学兵器による中毒事故の対応をめぐる合意文書を近く作成し、バンコクで20日に予定される小泉純一郎首相と胡錦涛国家主席の日中首脳会談で合意内容を確認する方針であることが分かった。日中外交筋が17日明らかにした。日本側が被害者向けに3億円程度の支払いを提示したことから、協議が進展した模様だ。

 外交筋によると、日本側は99年に署名した遺棄化学兵器をめぐる日中間の覚書に基づき、再発防止や事後処理費用などの名目で3億円程度拠出する方針を提示した。中国政府に渡った後の使い方は任せる形で被害者個人に金が流れる仕組みになっている。中国側も当初提示額から大幅に上積みされたことを評価し、受け入れに向けた最終調整を急いでいる。

 中国の温家宝首相は今月7日にインドネシア・バリ島で小泉首相と会談した際、この問題の「早期の処理」を要求し、小泉首相は「誠実な対応」を表明していた。また、今月13〜15日に3回目の日中事務レベル協議が北京で開かれ、拠出総額のほか、毒ガスが漏れ出したドラム缶の処理方法や再発防止策などを突っ込んで話し合った。

 これまでの協議では、日本政府がドラム缶の梱包(こんぽう)チームを11月に現地に派遣して専用容器に梱包し一時保管庫に収納することや、中国全土に広がる遺棄化学兵器の処理事業でも、処理施設の建設位置を年内に決定することで大筋合意している。

 小泉首相と胡主席の会談では、日本側が事務レベル協議の合意内容を確認し、中国国内に約70万発(日本側推定)残されている遺棄化学兵器の早期回収・処理を改めて約束するとみられる。これを中国側も歓迎する見通しだ。

 事故は、チチハル市の建設現場から遺棄化学兵器の「びらん剤」が漏れ出したドラム缶を運んだ中国人作業員1人が死亡したほか、40人以上が炎症などの症状を訴えた。被害者や遺族らはチチハル市を通じて慰謝料や生活補償、葬式費用などを日本側に要求している。

[毎日新聞10月17日] ( 2003-10-17-19:28 )

【黒龍江】斉斉哈爾と神栖町の毒ガス被害者が同日提訴へ


  旧日本軍が遺棄した毒ガス弾による被害問題で、8月4日に斉斉哈爾(チチハル)で発生した事故と茨城県神栖町の井戸水汚染による被害者が、同じ日に損害賠償を求めて提訴する。斉斉哈爾原告団の弁護士で、中華全国弁護士協会・民間対日賠償請求指導グループで化学兵器担当委員を務める蘇向祥氏が明らかにした。毒ガス被害への賠償を認める判決が下された9月29日の裁判を担当した弁護団が、ともに弁護を務める。蘇氏によると、提訴の準備はすでに整っており、中国人被害者・李貴珍さんの妻・劉愛平さんの日本訪問を待つのみとなった。

  斉斉哈爾の被害者のうち、提訴を決めたのは李さんの妻の劉さん1人。残りの43人の被害者は提訴したい意思はあるが、退院時に賠償請求に関する問題は地元政府に委任すると契約を交わしており、現在も政府と日本の関係方面との協議で賠償内容が決定されることを待ち続けている。(編集SY)

  「人民網日本語版」2003年10月13日

斉斉哈爾の遺棄化学兵器事件 近く北京で事後処理折衝



  外交部の章啓月報道官は10日明らかにしたところによると、黒龍江省斉斉哈爾(チチハル)で発生した旧日本軍遺棄化学兵器による死傷事件について、中日双方が13日、事後処理問題に関する第3回目の業務折衝を北京で行う。(編集UM)

  「人民網日本語版」2003年10月11日

■13日に毒ガス問題日中協議【毎日新聞03.10.11】

 外務省は10日、中国黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍の遺棄化学兵器による毒ガス被害への対応を話し合うため、13日に北京で中国側と協議を行うと発表した。再発防止策や遺棄化学兵器処理に関する事業全体の改善策についても協議する。同協議は9月に2回開かれており、今度が3回目。

<毒ガス被害>茨城・神栖町の住民が国に補償要求

 茨城県神栖町で旧日本軍の毒ガスが原因とみられる有機ヒ素化合物が井戸に混入した問題で、健康への被害を受けた住民が8日、国による被害の補償や公式謝罪を求める要求書を小泉純一郎首相らに提出した。要求書は、汚染原因の徹底調査や汚染源の完全除去、健康被害に伴う休業損害や慰謝料なども求めている。(毎日新聞)
[10月8日21時36分更新]

小泉首相、毒ガス事故「誠実に対応」 日中首脳会談

 小泉首相は7日、中国の温家宝(ウェン・チアパオ)首相とバリ島の国際会議場で約40分間会談した。小泉首相は旧日本軍の遺棄化学兵器による中国チチハル市の毒ガス事故について、「誠実な対応」を約束、温首相も迅速な対応を求めた。また、両首脳は双方が早い時期に相互訪問することで一致したが、中国側は歴史問題への対処など環境整備を求めた。温首相は北朝鮮による拉致問題について、早期解決を求める日本の立場に一定の理解を示した。

 日本側の説明では、小泉首相は毒ガス事故への対応について「誠実に対応したい。双方納得できる結論を得たい」と述べた。温首相は「事故を早く妥当に処理し、これを契機として化学兵器処理を加速してほしい。そのようにすることで中国人民の心の中のしこりを解くことができる」と応じた。日中間の事務レベル交渉で難航している治療費などの金銭問題には、双方とも言及しなかった。

 また両国首脳間の相互訪問について、小泉首相が温首相の早期の訪日を求めたのに対し、温首相も「小泉首相の適当な時期での訪中を歓迎する。自分も訪日を希望しており、そのために良好な雰囲気をつくる必要がある」と応じた。そのうえで小泉首相に対し「ぜひ首相の知恵を生かしていただき、両国関係上の問題を解決していただけるよう希望する」と述べた。小泉首相の靖国神社参拝中止を暗に求めたものだ。

 温首相は、かつての日本の侵略など歴史問題について「両国間に影響を及ぼす敏感な問題だ。その責任はかつての軍国主義者にあり、日本人民もその被害者だ」と述べたうえで、「正しく歴史に対処することは両国にとって重要だ」と語った。これに関連して中国の王毅(ワン・イー)外務次官は記者団に「歴史問題は行動に移してほしい」と語った。

 北朝鮮の拉致問題については、小泉首相が「米韓中ロもこの問題に大きな関心を持ってくれている。平和的解決に導きたい」と述べ、中国の協力を改めて要請。温首相は「核問題の平和的解決を求める。日本の拉致への関心についてもよく理解している。日本と北朝鮮の双方が妥当にこの問題を解決することを希望している」と述べ、拉致問題は日朝間での解決を求める立場を示した。

(10/07 22:42) (アサヒコム)

相互訪問へ「良好な雰囲気を」=小泉首相との会談で温中国首相

 【ヌサドゥア(インドネシア・バリ島)7日時事】小泉純一郎首相は7日午後(日本時間同)、インドネシア・バリ島の国際会議センターで中国の温家宝首相と初めて会談した。席上、小泉首相が早期の訪日を要請したのに対し、温首相は「両国関係の発展には指導者の相互訪問が重要」としながらも、「そのためには良好な雰囲気をつくる必要がある」と述べ、歴史問題などでの日本側の配慮を求めた。 
 温首相は同時に、「自分も訪日を希望している」とし、「小泉首相の適当な時期の訪中を歓迎する」と表明。小泉首相は「日中関係を深め、いずれ相互訪問できるようにしたい」と述べた。
 小泉首相は、黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍の遺棄化学兵器による毒ガス事故に言及し、「誠実に対応する。双方満足できる結果を得たい」と述べ、政府間協議により解決に向け努力する考えを表明した。温首相はこれに対し「早く妥当に処理してほしい」と述べるとともに、中国国内に残る遺棄化学兵器の処理加速化を要請。「このようにして中国人民の心のしこりを解くことができる」とも指摘した。
 北朝鮮問題で両首脳は、6カ国協議を通じた平和的解決で一致。日本人拉致問題について温首相は「よく理解している。日本と北朝鮮の双方が妥当にこの問題を解決することを希望している」と述べた。(了)(時事通信)
[10月7日22時35分更新]

2003年10月7日(火)「しんぶん赤旗」

市田書記局長と懇談

原告らの協力要請に賛意表明

遺棄毒ガス国賠訴訟


 日本共産党の市田忠義書記局長は六日、参院議員会館で旧日本軍遺棄毒ガス・砲弾被害国賠訴訟の原告の劉敏さん(27)、弁護団と懇談しました。

 山田勝彦弁護士(中国人戦争被害賠償請求訴訟弁護団事務局長)が今後の運動の課題などを説明。国の控訴取り下げを要求するとともに、遺棄毒ガス・砲弾被害の早期・全面的解決を目指し、日本共産党の協力を求めました。

 劉敏さんは、東京地裁で「納得できる判決」が出された後、母親に国際電話し、「お母さんを病院に連れていける。弟も学校に戻れる。正義を取り戻した」と感じたことを紹介。劉さんは、政府の控訴を「道理がない」と批判、最後までたたかう決意をのべました。

 市田書記局長は、原告・弁護団の要請に「全力をあげて取り組みたい」と賛意を表明。「道理にあったこと、真理は多数の心をとらえます。正義はあなた方にある」と励ましました。

 前日、京都での支援集会に参加した劉さんから古都の印象が語られるなど、なごやかに懇談。劉さんは、市田氏に「お父さんみたいな温かみがある」と語りかけました。

 懇談には、尾山宏(中国人戦争被害賠償請求訴訟弁護団長)、川上詩朗、藤沢整の各弁護士、中国から来日した羅立娟弁護士が出席しました。

茨城新聞の連載記事です。

■1 鹿島実験場 広い砂地、謎の爆発音?
■2 神之池基地 特攻機・桜花の乗員養成
■3 本土防衛拠点 町全域に陸軍混成部隊
■4 毒ガス調査 「機密」の壁、頼みは証言
■5 真実を伝える 平和願い、風化防ぐ努力

日本政府は言い逃れできない

中国のチチハル市で8月に発生した旧日本軍遺棄化学兵器マスタードガス(イペリット)による中毒被害の現場を調査で訪れた中国人学者、王智新さんに、現場の状況や別の被害訴訟の最近の判決について聞きました。王さんは中国の上海出身。宮崎公立大学教授(教育学)で、日本の戦争責任問題など近代日中関係も研究しています。

しんぶん赤旗03.10.6(北京支局雨河未来記者)

 チチハルの現場で見た光景は生涯忘れられないものです。私が訪れたとき、毒ガスで汚染された土は事件発生当時のままの状態で、周りはロープで囲まれ、「この土は汚染されているので取ってはいけない」と書かれた紙が張ってありました。近隣の中学校が運動場整備のために事件当日、工事現場から土を取つたからです。幸い、当時学校は夏休みで、生徒に被害はありませんでした。

頭から毒ガス液 


 事件で43人が入院し、うち1人が亡くなりました。毒ガスの液体に触れて水膨れができ、びらんして皮膚がはがれるなどの症状がありました。呼吸困難を起こし内臓がやられてしまった人もいました。
 亡くなった出稼ぎ労働者の李貴珍さんはまだ31歳でした。彼は廃品回収業者で、工事現場から出てきた金属缶を、中に毒ガスが入っているとは知らずに買い取り、缶の酵体中に頭から毒ガスの液体をかぶってしまいました。被害状況を写真で見ました。足の裏以外全部、全身の95%にやけどを負い、目と呼吸器官をやられ、造血機能が停止して亡くなったということでした。
 中国の各地に散らばっている化学兵器はいつどこでまた掘り出されるかわかりません。子どもが触ったり、地下水や土壌が汚染される危険性もあります。この問題の解決はは急を要します。多くの市民が今日も危険にさらされているのです。
 日本政府は旧日本軍の廃棄の場所と種類などに関するデータの提供を拒んでいます。日本政府は真摯(しんし)な態度で積極的に取り組んでほしい。遺棄化学兵器の問題は過去の問題ではありません。現在の問題です。

画期的な判決


 日本政府に化学兵器を持ち帰ってもらい、中国に遺棄された化学兵器がどんなものなのか、日本人に見てもらいたい。展示する場を設けて、皆さんと一緒にこの問題について考えたい。
 チチハル市は大変なイメージダウンに苦しんでいます。汚染された土を処理し街を清掃しましたが、外国からの投資はもとより、国内の企業ですら、また同じような問題が起こるのではないかと怖がって近づこうとしません。チチハル市は日本政府に損害賠償を求めていますが、日本政府は1972年の日中共同声明を持ち出して「中国は賠償帝求を放棄している」と言い逃れし拒否するでしょう。これは許されるものではありません。
 遺棄化学兵器の被害訴訟で、日本政府の責任を認め賠償を命じた9月29日の判決は画斯的です。司法の公正と正義を世界に示したもので、全中国の市民から歓迎されています。賠償を命じたことももちろん重要ですが、被害者の人権回復が進められることが重要です。判決はこれからの戦後賠償裁判に大きな影響を及ぼすでしょう。
 残念ながら日本政府は3日に控訴しました。責任逃ればかりしないで、一刻もはやく詳細な資料を提出して賠償策を講じるべきです。毒ガス兵器や細菌弾の製造と使用はテロと同様に糾弾すべき国際法違反の、人道に反する犯罪だからです。世界中が注目していることを付け加えたい。

外交部「判決への真剣な対応を要求」 日本政府控訴で



  外交部の孔泉スポークスマンは3日、旧日本軍遺棄化学兵器による死傷事件への賠償訴訟で東京地方裁判所が9月29日言い渡した判決について、日本政府の真剣な対応を求める中国政府の立場を伝えた。

  日本の東京地方裁判所は9月29日、旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器による死傷事件の賠償訴訟で、原告側勝訴の判決を下した。これに対し日本政府は3日、判決を不服として控訴している。

  孔スポークスマンはこれについて記者の質問に答え、「日本が中国に遺棄した化学兵器が中国の人々に重大な被害をもたらしたことは、争えない事実だ。われわれは日本政府に対し、この厳粛かつ公正な判決に真剣に対応することを求める」と述べた。(編集UM)

  「人民網日本語版」2003年10月4日

 九月十八日は日本が中国東北部に公然と侵略を開始した一九三年の柳条湖事件(「満州事変」)から七十二年にあたります。日本の中国侵略を振り返り、両国が今日に生かすべき教訓について、湯重南・中日史学会会長(中国社会科学院世界史研究所教授)と高宋沢・中華全国弁護士協会会長に聞きました。(北京で小寺松雄、田端誠史)【9.18しんぶん赤旗】

「満州国」は日本がつくり上げたかいらい政権
                       湯重南・中日史学会会長

 柳条湖事件からの日本の中国侵略を考えるにあたって、今年とくに留意しておく二つのことがあると思います。
 
 日本政府が今なお「満州国は独立国だった」と言い張っていること、旧日本軍の遺棄化学兵器・毒ガス被害と日本の責任です。
 
 前者は、今年七月、日本人残留孤児が起こした戦争被害賠償要求裁判に関して、日本政府が「『満州国』は独立国だった」とする答弁書を出したことです。
 
 清国をうち立て実権を握った満族は日清戦争、辛亥革命を経るなかで打撃をこうむりました。日本はこの少数民族・満族の反抗意識と復権願望を利用するかたちで、三二年にかいらい政権としての「満州国」をつくり上げました。
 
 これがおよそ独立国でなかったことは、国防を日本にゆだねていたこと、日本の関東軍白身が「満州を日本が経営する」ことを目標にしていたことを見ても明らかです。現に中央・地方の要職は日本人が占めました。
 
 戦後五十八年たってもなお日本政府が「満州は独立国」と言い張るのは、何という無理、矛盾でしょう。想像を絶する強引さです。
 
 一方、日本軍が各地に遺棄した化学兵器は、日本の中国侵略を象徴するものです。今年八月には黒寵江省チチハル市でマスタードガス(イペリット)を浴びて死者まででました。当時の国際法に照らしても、もちろん道徳的にも許されない武器です。
 
 第二次世界大戦時、日本は自国への無差別攻撃にたいして「国際法違反だ」などと主張しました。しかし日本自身は、とくに中国に対して化学兵器という明白な国際法違反行為をほしいままにしていたのです。この点で明確な反省に立っているかどうかが問題です。
 
 日本政府は一九九九年に中国と「日本遺棄化学兵器廃棄に関する覚書」を結びました。それは二〇〇七年までに処理を終わらせると約束しています。日本政府は、まだ二百万個残っているといわれる化学兵器を速やかに処理する責任があります。
 
 今回のチチハル市の事件で、日本政府は「見舞金」を出すことで決着させようとしていると報じられています。たしかに中国は国としての賠償請求はしないと決めています。しかし個人、民間の賠償清求はこれからも続いて起こるでしょう。
 日本政府の反省と誠意がいっそう鋭く問われています。

 湯重南氏=一九四〇年垂慶市生まれ。北京大学卒業、社会科学院へ。中国社会科学院日本歴史・文化研究センター理事長も務める。

賠償問題で日本政府は責任ある、態度を
               高宋沢・中華全国弁護士協会会長

―「満州国」の法的地位をどうみますか。

 「満州国」には主権はなく、日本の操縦によって成り立った溥儀には権力はなく、かいらいだったのです。
「満州国」をとりあげて、自分の罪を覆い隠すのは、下心が邪悪です。「満州国」の法律上の地位はヒトラーですら承認していませんでした。

―日本軍の遺棄化学兵器と賠償の問題について。
 
当時、日本軍が製造した兵器の所在地、数などを明らかにすることは責任ある政府の責務です。日本政府には史実を公開する義務があります。中国は民間賠償要求を放棄してはいません。公権は私権にとってかわれません。
 九月二日に慰労金が示されましたが、賠償にとってかわれません。賠償額の多少が問題ではなく、過去の戦争に対する態度が問題です。この態度は現在の戦争、将来の戦争に対する態度に遷ずるものです。
 中国国民は、(日本政府が)歴史を正しく客観的に認識し、責任ある態度をとるよう望んでいます。

―柳条湖事件を乗り越え、日中友好を達成するのに大切なことはなんだと考えますか。
 
 この事件は、中国の東北、瀋陽で起こされた日本の侵略戦争です。中国人民に与えた生命、財産および心理的な被害はきわめて大きなものでした。また日本人民の被害も巨大でした。
 この間に示された日本共産党の反戦同盟は理念がはっきりしていて、狭い民族主義ではありませんでした。良心的な日本の弁護士もそうです。日本兵士も南京大虐殺を認めています。政権を担当する政府の態度も、歴史を鑑にすれば過ちがないはずです。日本の自衛隊はイラクに行く必要があるのでしょうか。
 日本は科学技術が発達し重工業、自動車産業なども発達しています。中国はまだまだです。衣食さえ不十分な数千万人がいます。中国は、平和な環境のもとでの発展が必要なのです。
 日中友好を築くうえで、歴史を正しく認識することは、建物で言えば基礎にあたります。未来をみつめて、この基礎の上に大きな建物(大楼)をたて、黄海を越える橋をかけましょう。
 若い人たちの闇で友好を育て、歴史の悲劇をふたたび繰り返すことのないようにしましょう。

 高宋沢氏=一九三九年十二月二十五日生まれ、大連海運学院、社会科学院大学院卒。一九九九年から中華全国弁護士協会会長。中国国際経済貿易委員会仲裁員、中国開示仲裁委員会仲裁員。

旧日本軍遺棄毒ガス弾事故 被害者9人が退院


  斉斉哈爾(チチハル)市で15日、先月4日に発生した旧日本軍遺棄毒ガス弾事故による被害者のうち、9人が退院した。退院したのは11〜55歳の、男性6人、女性3人。被害者の退院は、先月21日に続き2度目となる。病院側によると、現在もなお24人が入院生活を続けているが、容態は安定しており、回復に向かっているという。(編集NA)

  「人民網日本語版」2003年9月15日

旧日本軍遺棄毒ガス弾の処理現場を公開 河北省



  河北省鹿泉市で12日、旧日本軍遺棄毒ガス弾の処理現場がメディアに公開され、国内外の記者50人以上が取材に訪れた。日本政府は2日、同市に50数名の職員と専門家からなる調査チームを派遣し毒ガス弾の鑑定、密封を行った。中国側も外交部、国防部などからなるチームを派遣し協力した。6日から始まった毒ガス弾の処理作業は、22日に終了する予定。安全面の問題から、これまで処理現場はメディアに公開されていなかった。

  毒ガス弾が発見されたのは、1991年5月。同省藁城中学の学生寮増築工事の際、腐食した砲弾52個が見つかった。後に中国側専門家により旧日本軍のホスゲン弾と判明し、鹿泉市の専用倉庫に保管されていた。(編集NA)

  「人民網日本語版」2003年9月12日

【石家荘】毒ガス弾回収 日本政府は分布図提示すべき



  河北省石家荘市に旧日本軍が遺棄した化学兵器の回収作業のため、日本政府が派遣した調査団が5日、現地入りした。しかし7日になってもまだ、毒ガス発見地点の同市藁城第一中学での実地調査に着手していない。これについて、自らも1991年に発生した毒ガス事件の被害者である同中学の陳英華校長は不満の意を示し、「今最も緊急を要するのは賠償問題ではなく、日本政府が詳しい資料を提供し、校内の毒ガス弾分布図をわれわれに提示することだ」と述べた。

  1991年5月21日、藁城市藁城中学で宿舎棟建設の基礎工事中、旧日本軍が地中に埋めた毒ガス弾52発が発見された。その後数年、学校側はこのことを日本政府に通告して損害賠償と毒ガス弾の分布図・種類リストの提示を要求し、賠償金によって学校の移転が実現するよう政府に働きかけてきたが、いずれも実現していない。陳校長は取材に応えて「教師も生徒も12年間ずっと化学兵器の恐怖と隣り合わせで暮らしてきた」と心情を語った。

  陳校長は「1991年の毒ガス弾は偶然発見されたに過ぎない。校内のどこに、どれくらい、何種類の毒ガス弾が埋められているか見当もつかない」と不安な面持ちで述べた。(編集KS)

  「人民網日本語版」2003年9月8日

中国の5機関が日本に遺棄化学兵器問題の解決を要求



  旧日本軍の化学戦に関する戦争犯罪展「侵華日軍化学戦罪行展」の開幕式が3日に行われた。出席した中華全国律師(弁護士)協会の高宗澤会長は、中国人権発展基金会、中華全国律師協会、中国日本史学会、中国抗日戦争史学会、中国抗日戦争記念館を代表して「共同声明」を発表。日本政府に対し、果たすべき法律上、道義上の責任を果たし、旧日本軍遺棄化学兵器が被害者を出した問題を迅速かつ適切に処理するよう強く求めた。

  声明では、「8月4日に発生した旧日本軍遺棄化学兵器事件の後、日本政府や関係部門は事件の表面だけを論じて事態を矮小化し、『同情』や『遺憾』などの発言にとどめている」と指摘。また「日本の外務省官僚が『1つの単独事件にすぎない』と発言し、中国政府や被害者に対して、謝罪や賠償をしていない」としたうえで、「こうした頑迷な態度が被害者や中国人民の強烈な不満や厳しい非難を呼び起こしている」と指摘した。

  声明はさらに「日本が中日両国関係の根本的な利益という大局から、歴史を直視し、人権を尊重し、公平かつ理性的に責任をもって8月4日の化学兵器事件を円満に解決することを望む」としている。(編集OS)

  「人民網日本語版」2003年9月4日

【北京】旧日本軍の化学戦に関する戦争犯罪展を実施



  旧日本軍の化学戦に関する戦争犯罪展が3日、北京の中国人民抗日戦争記念館で始まった。

  今回の展示会では、旧日本軍の遺棄化学兵器によって被害を受けた人々の悲惨な記録のほか、旧日本軍による中国での化学戦の研究や実施、化学兵器で中国人を殺害した事件などを記録した150枚以上の写真と10数件の現物資料が展示される。

  中国日本史学会の湯重南会長は「8月4日に発生した旧日本軍遺棄毒ガス弾事故により、人々は旧日本軍遺棄化学兵器の問題に再び強い関心を寄せている」としたうえで、「これらの真実の歴史記録は、『歴史を忘れてはいけない』と人々に訴えている」と述べた。

  この展覧会は黒龍江省社会科学院歴史所、東北烈士記念館、中国人民抗日戦争記念館が共同主催し、11月まで開かれる。(編集OS)

  「人民網日本語版」2003年9月4日

外交部「遺棄毒ガス事件の早期解決を求める」



  黒龍江省・斉斉哈爾(チチハル)市で発生した旧日本軍遺棄毒ガス弾事故の被害者に対し、日本政府が賠償を行う意向を明かにしたことについて、 外交部の孔スポークスマンは2日、記者の質問に答えた。

  孔スポークスマンは「斉斉哈爾の毒ガス弾事故に関して、中日双方は連絡・交渉を続けている。中国は、日本がこの問題を適切に処理し、できるだけ早く実行に移すよう求める」と述べた。(編集OS)

  「人民網日本語版」2003年9月3日

旧日本軍遺棄毒ガス弾事故 被害者の葬儀が行われる



  黒龍江省斉斉哈爾(チチハル)市で4日に発生した旧日本軍遺棄毒ガス事故の被害者、李貴珍さんの葬儀が26日午前、同市第1殯儀館で行われた。

  李さんは1970年5月16日生まれ。河南省出身。4日の事故で全身にイペリット(マスタード)ガスを浴び、21日午後3時、治療の甲斐なく死亡した。李さんの遺族は日本政府に対し、養育費や生活費の援助、慰謝料など7項目の賠償を強く求めている。遺族はまた、李さんの遺体を国家に献体する意向も表明している。(編集NA)

  「人民網日本語版」2003年8月26日

旧日本軍毒ガス弾事故 負傷者32人の容態安定



  黒竜江省斉斉哈爾(チチハル)市で4日に発生した旧日本軍毒ガス弾事故の被害者について、解放軍第203医院は24日、入院中の32人の容態が安定していることを明らかにした。

  20日からの2日間で、被害者10人が退院したが、李貴珍さんが21日に死亡し、入院患者は32人となった。

  同院の孫景海院長によると、すでに退院した10人に今のところ異常は見つかっていない。(編集SY)

  「人民網日本語版」2003年8月25日

【西日本新聞 03.9.6】
苅田港に毒ガス弾?538発 旧日本軍が廃棄か 国交省が磁気探査

 福岡県苅田町沖の苅田港で二〇〇〇年に旧日本軍の毒ガス弾が見つかった問題で、国土交通省苅田港湾事務所は五日、同港内海域の海底磁気探査で、爆弾とみられる五百三十八発の物体を確認したと発表した。これまで同港内で発見された、毒ガス弾とみられる爆弾五十六発と形状や金属の磁気量が類似していることなどから、同事務所は「全部とはいえないが、多くの毒ガス弾が含まれている可能性が高い」としている。

 同事務所によると、今回の調査は今年六月から八月にかけ、前回見つかった海域に隣接する同港内の約八十三万平方メートルで実施。昨年秋までに行われた探査で、約七百カ所で金属反応が認められていた海域で、海底の物体を三次元で解析できる高精度磁気センサーを沈め、形状や磁気量を計測したという。

 探査結果では、爆弾らしき五百三十八発は海域全般に点在。海底の泥の中の二十センチ―一メートル下に埋まっていた。長さは大半が八十センチ前後で、旧日本軍の五十キロ爆弾と似ており、腐食が進んで分解していたり、中身が水中に溶け出していたりしているという。解析データから、同事務所は「五百三十八発のうち三百六十八発は間違いなく爆弾。残りの百七十発も爆弾の可能性が極めて高い」との見解を示した。

 国は二〇〇〇年に見つかった毒ガス弾の処理について、〇二年度予算に二十三億円を計上、本年度にそのまま繰り越した。防衛庁は今年六月に本年度中に同町沖の埋め立て予定地に建設する桟橋上の施設で、毒ガスを無害化処理するとの方針を示している。

 今回の新たな爆弾発見を受け、国交省は今後、防衛庁など関係省庁と引き揚げと処理について協議する方針。防衛庁は「国が責任を持って処理する方針は変わらないが、予算措置の見直しが必要」としている。

■苅田港の毒ガス弾 
2000年11月、福岡県苅田町の苅田港の拡張しゅんせつ工事に伴い実施された海底調査で計56発の爆弾を発見。北九州市門司区の新門司港沖での潜水調査でも01年8月、1発の爆弾が発見された。海上自衛隊佐世保警備隊が18発を引き揚げ、調査した結果、旧日本軍の毒ガス弾と判明。18発は現在も同隊に保管されている。残る38発は同港内に沈んだまま。戦前、現在の同市小倉南区にあった旧陸軍曽根兵器製造所で毒ガス兵器が多数生産され、終戦とともに近くの海域に多くが投棄されたといわれている。

2003/09/05−19:01 時事通信
毒ガス事件「誠実に対応」=小泉首相、中国全人代委員長と会談
 小泉純一郎首相は5日午後、首相官邸で中国の呉邦国・全国人民代表大会常務委員長(国会議長)と会談した。席上、呉委員長は黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍の遺棄化学兵器による毒ガス被害について、遺族や患者らへの支援で「日本側の善処」を求めた。首相は事件への遺憾の意を表明した上で、「外交当局と話しながら、誠実に対応したい」と述べた。 

2003年9月5日(金)「しんぶん赤旗」

中国チチハル市毒ガス事件に慰問金

「賠償にかえられない」

中国紙が日本政府批判


 【北京4日小寺松雄】中国共産主義青年団が主管する北京青年報四日付は「毒ガス事件−『慰問』は『賠償』に取って替われない」との論評を掲載しました。

 八月に黒龍江省チチハル市で、旧日本軍が遺棄した化学兵器の毒ガスを浴びて一人が死亡、四十人以上が入院した事件で、日本政府が一億円の慰問金を出すと伝えられたことについて論じたものです。

 論評は「“慰問”というのは善意の補償だが、“賠償”は法的責任であり義務なのだ」と指摘。「賠償というのは、戦争と戦争が残した問題についての法的責任の追究である」と述べています。

 さらに、今回の事件の背景には従軍慰安婦や日本軍の細菌戦をめぐる裁判、また日本の政界要人の靖国神社参拝などがあり、「中国人民は、日本は戦争被害を認めず、戦争責任を逃れるのに躍起になっていると認識するようになっている」と指摘しています。

 論評は、「毒ガス事件というのは“戦後の事件”なのであり、中国が戦時賠償を放棄したから賠償しないという日本政府の言い分は成り立たない」と批判しています。

中国・チチハル 廃品買取の労働者
しんぶん赤旗より


 【北京22日小寺松雄】新華社通信によると、黒龍江省チチハル市で旧日本軍が遺棄した毒ガス被害で入院、危篤状態だった患者が二十一日夜に死亡しました。

 死亡したのは河南省からの出稼ぎ労働者で、廃品買取所従業員の李貴珍さん(31)。今月四日、工事現場から出てきた金属缶を解体していた際、中の油状の液体が体にかかって大やけどを負い、呼吸困難に陥っていました。缶の中身は、旧日本軍が遺棄した化学兵器マスタード(イペリット)ガスと判明しています。

 この事件では当初四十三人が入院。まだ三十二人が入院しており、うち五人が重症です。中毒被害についてはチチハル市当局が日本政府に賠償を求めています。

 中国の日本大使館によると、旧日本軍遺棄化学兵器による死者は、日本が中国で調査を始めた一九九一年以降初めて。


中国外務次官が日本大使に抗議

 【北京22日小寺松雄】中国外務省の王毅次官は二十二日夕、阿南惟茂日本大使を呼び、チチハル市の旧日本軍遺棄毒ガス被害で死者が出たことを踏まえ、「日本政府は転嫁できない責任がある」と厳しく申し入れました。

 王次官は「中国政府は、罪のない中国国民がこれ以上傷つけられることは決して容認できない」と指摘。そのうえで「日本は両国の約束に従い、本件を早期解決すべきだ。チチハル市側からは補償要求が出ている。日本政府は被害者に対し、実際の行動でしかるべき姿勢を示すべきだ」と述べました。また「日本からこの件の善後処理のため代表団を派遣してほしい」と求めました。

旧日本軍の毒ガス、中国で初の死者 地元は補償要求へ
(朝日08/22 23:37)

 中国東北部のチチハル市で今月4日、建設現場から掘り出された旧日本軍のイペリット(マスタードガス)により住民ら43人が負傷・入院した事故で、21日夜、初の死者が出た。地元の市当局は日本政府に補償を要求している。72年の日中共同声明で「賠償問題は解決済み」とされるなか、日本側の対応によっては日中関係を傷つけるトゲになりかねない。

 現場はチチハル市中心部に近い地下駐車場の建設予定地。現在は消毒作業が済み、イペリット入りの缶が出た地下3〜5メートルの部分には白い土嚢(どのう)が積まれているが、近くで作業する人はいない。周囲は建設中のアパート群で、すでに入居者がいる棟もある。

 チチハル市当局や新華社通信によると、8月4日早朝、ここから高さ約75センチの金属缶が五つ掘り出され、うち1本から中身が飛び散っていた。廃品回収業を営む李貴珍さん(31)が買い取って解体。液体が流れ出て李さんにかかった。李さんは体表面の95%にやけどの症状が出て、市内の人民解放軍203病院で21日夜、死亡した。

 缶の液体に直接触れた人だけでなく、市内各所に運ばれた土によって被害者が増えた。汚染地は市内11カ所に及ぶ。

 チチハル市の中毒事件緊急指導グループ長を務める郭海洲・市顧問(安全担当)によると、事故の発生直後、怒った被害者の家族らが市庁舎や203病院の前に集まり、市政府関係者との話し合いを求めた。日本の旧軍国主義への不満や、被害に対する補償を訴えたという。

 郭氏は、日本側に(1)事件現場や汚染土などの消毒費用(2)被害者の医療費や仕事ができない分の補填(ほてん)(3)障害を負った人への補償(4)建設工事中断や不動産価格下落など損害への補償――の4点を要求する、と表明。中旬に訪れた日本外務省の担当者にもこの要求を伝えた。

 日中が国交正常化した72年の共同声明で、中国側は先の戦争にかかわる賠償請求権を放棄した。しかし、郭顧問は「もともと日本政府は中国での化学兵器の存在を認めてこなかった。今回、日本は被害を起こした兵器が旧日本軍のものと認めた。共同声明で中国が放棄した賠償とは別だ」と主張する。

 「被害を受けた中国国民に、実際の行動をもって、しかるべき姿勢を示すよう強く求める」。中国の王毅(ワン・イー)外務次官は22日、阿南惟茂・駐中国大使を外務省に呼び、チチハル市の補償要求を挙げてそう迫った。日本政府に、善後策協議のための代表団を北京に派遣するよう求めた。

 中国外務省が日本大使館幹部をこの問題で呼び出したのは3回目。同国内では「8・4事件」と呼ばれ、連日大きく報道されている。

被害者43人に増
日本に補償請求

旧日本軍の毒ガス


【朝日新聞】03.8.18より抜粋

【北京=五十川倫義】新華杜通信によると、中国黒竜江省チチハル市で発生した旧日本軍の遺棄毒ガス兵器による毒ガス事故で17日、新たに入院患者が2人増え、計43人に達した。また、チチハル市は16日、日本政府に対して4項目の補償を求めたことを明らかにした。
 補償要求は郭海洲・同市顧問が述べたもので、@現場の処理費用A被害者の医療費B被害者の身体、精神的損害補償C建設工事中断による損失補填――を求めている。
 郭顧問は、外交ルートで日本政府に求めるこれらの補償以外に、「被害者個人が民事訴訟で権利を要求することも積極的に支持する」と語った。


中国の毒ガス被害
日本政府は謝罪せよ
サポートする会が緊急声明

【しんぶん赤旗】03.8.17より抜粋

 旧日本軍の毒ガスによるとみられる健康被害が日本国内と中国で相次いでいるなか、毒ガス被害者をサポートする会(矢口仁也代表)は15日、日本政府が被害者に対して謝罪し、十分な医療ケア、補償などを行うよう求める緊急声明を発表しました。
 声明は、8月4日、中国黒竜江省(こくりゅうこうしょう)チチハル市内の建設工事現場で、旧日本軍が遺棄した毒ガスの入った金属容器が見つかり、中から漏れ出したイペリットガスの溶剤で重体者数人を合む多数の被害者を出した事故を重視。日本政府が長年にわたって旧日本軍の毒ガスの使用、遺棄、隠匿の事実を認めずに放置してきた結果起きた悲劇であると批判しています。
 サポートする会では、日本政府が過ちを認めて被害者に謝罪し、十分な医療ケアと完全な補償を行うこと、徹底した情報収集と情報開示により真相の究明を図ることを強く求めています。
 特に、生命の危機に直面しているチチハルの被害者の医療ケアは緊急を要するとして、現地に医療スタッフや医療機器、医薬品をおくるよう要望.しています。

旧日本軍の遺棄兵器
化学剤入り容器日本チーム梱包

【朝日新聞】03.8.17より抜粋

【北京 五十川倫義】中国黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍の遺棄化学兵器による毒ガス事故で、北京の日本大使館は16日、日本政府派遣の専門家チームが、化学剤が入っていたドラム缶状容器を仮梱包したことを明らかにした。容器は五つあり、二つは空だったが、三つには化学剤がまだ残っていた。


サポート通信 03.8.15
下記文章を報道関係にFAXしました。
………………………………………………………………………………………………………
報道関係各位

2003年8月15日

8月13日より3日間行われました「旧軍毒ガスホットライン」の結果についてお知らせしたいと思います。
皆様のご協力により、たくさんの情報が寄せられました。感謝したいと思います。概括的にご報告いたします。
情報については(1)国内、(2)国外、(3)その他、と分けて整理してあります。

(1) 国内についての情報

@
父が旧日本軍の化学班にいた。北海道の旭川の師団。終戦時は千葉県にいて毒ガスの処理をした。小屋の辺りに埋めた。米軍に知られると罪になるかも知れないと言っていた。

A
習志野演習場にガス学校があった。
警察予備隊で、習志野に演習に行った。
山の中で塹壕を掘った。小さなドラム缶が出てきた。両サイドがくぼんでいる黄色い線があった。イペリット、ルイサイト?ひっかぶっちゃった液体が出る。
肩にかぶった。体の六分の五がやけど、習志野国立病院に入院だんだんやけど症状。背中と足以外全部1か月以上入院。

B
入間の国民学校に戦車隊が来て、鉄砲を学校の庭にあった井戸に入れた。

C
父が大久野島で働いていた。

D
通信隊として中千島(千島列島)に派遣された。敗戦翌日、部隊の防疫給水部がドラム缶入り毒ガスを5〜6本以上を上陸用舟艇「大発」に積み込み、船ごとに沈めるのを目撃した。

E
磯子から根岸方面に向かってロケットを発射する訓練が行われていた。内容は分からなかったけれども毒ガスが入っているという噂であった。

F
神奈川県寒川町の相模海軍工廠でイペリットを弾につめる仕事をしていた。   
イペリットの被害でみんな苦しんだ。
第1工場で作ったものを、第2工場に持ってきて、弾につめた。それを第3工場で爆弾に組みたてた。組みたてた爆弾は瀬谷と池子の弾薬庫に運んだらしい。
朝鮮人の徴用工が300人いて、50kgのイペリットが入ったタンクを防毒マスクもつけないで、トロッコで運ばされていた。

(2) 国外についての情報

@
中国には5〜6年いた。牡丹江 寧安と展開したが、ソ連軍・八路軍が攻めてきたときに武器などを相手にとられるのがいやだったので、鏡泊湖に毒ガス弾・戦車八台・武器を捨てた。内地が終戦になったのは知らなかった。

A
イペリット・ルイサイト・青筒・赤筒などを毒ガス中隊で扱った。牡丹江に行く手前の虎林で捨てた。

B
濱江省(黒龍江省)莫爾山(ハルビン近郊)。
野戦病院弾薬庫前の井戸に山砲式ガス弾を1週間から10日かけて捨てた。終戦時のこと。

C
宇都宮14師団にいて、昭和16年3月、チチハルに行った。チチハルには14師団の司令部があった。そこで毒ガスの訓練を受けた。防毒面をつけて、赤筒や緑筒を入れたガス講堂の中に入れられた。
その毒ガスの部隊には30kmくらいで走る軽装甲車があった。

D
友人(軍人)は、敗戦時に部隊全体の兵器を全て鏡泊湖に投棄した。膨大な量であった。

E
ハルビンの東郊外の周家に駐屯。
敗戦時にソ連が攻めてくるということで、毒ガス弾の信管だけを除いて古い井戸2〜3ヵ所に投げ込んで隠蔽した。その毒ガス弾は近くの弾薬庫(倉庫並みの仮の弾薬庫)に保管されていた。その毒ガス弾は直径が約10cm、長さが約40cmの砲弾で、イペリットが入っていた。その倉庫は敷地約1000平米くらいのところに5〜6つあった。

(3) その他

@
中国人の女性から:チチハルの事件の救済の要請。

A
専門家(大学教授)から:水質検査などの協力の申し出。

B
サリン事件の被害者から:国からの援助も無く、歩行も困難で、診療に困っている。

その他、毒ガス事件の心配をする声も複数ありました。

合計23件。

今後、これらの情報に関し、追跡調査を更にしていきたいと考えています。
なお、ホットラインについては、次回、9月16、17、18日の10時〜15時に開設します。

中国人戦争被害者の要求を支える会
毒ガス被害者をサポートする会
TEL 03-5396-6067
FAX 03-5396-6068

緊 急 声 明

 さる8月4日、中国黒龍江省チチハル市内の建設工事現場において、旧日本軍の遺棄した化学兵器である毒ガスが入った金属容器5本が見つかり、中から漏れ出たイペリットガス(マスタードガス)の溶剤により多くの者が被害を受けた。37名が入院し、数名が重体となる事件が発生した。被害者の中には9歳、10歳、14歳の少年も含まれている。私たちはこの悲惨な事件を耳にし、またかとの思いを禁じ得ない。

 旧日本軍が、敗戦時、日本国内及び中国内に、大量の化学兵器を遺棄・隠匿してきたことはもはや公知の事実である。中国内に遺棄・隠匿した化学兵器だけでも、推定で70万から200万発にも上るといわれている。国内においても敗戦時、各地で遺棄された。戦後、国内外を問わず、これら遺棄・隠匿された化学兵器による被害が後を絶たない。これは、長年にわたって日本政府が旧日本軍の毒ガスの使用及び遺棄・隠匿の事実を認めず、何らの対策もとらずに放置してきた結果にほかならない。

 日本政府は、このチチハルの被害が旧日本軍の遺棄化学兵器によるものであることを正式に認めている。中国政府は,日本政府がただちに被害者と中国政府に対して真剣な態度で責任を負い、善後策を講ずることを正式に要求している。

 私たちは、日本政府がこの要求に速やかに応え,旧日本軍と日本政府の犯した過ちを認めて、被害者に対する真摯な謝罪と十分な医療ケア及び完全な補償を行うこと、今後二度とこのような悲劇を繰り返さないために遺棄化学兵器に関する徹底した情報収集と情報開示により調査・発見につとめ、真相を究明することを強く要求する。

とりわけ、今現在も毒ガス被害に苦しみ,生命の危機にさらされているチチハルの被害者のための医療ケアは急を要する。日本政府は、緊急に、現在考えられ得る最高水準の医療スタッフを現地に派遣するとともに、必要な医療器具及び医薬品等の給付を行い、被害者が万全の医療ケアを受けられる体制を作ることを強く要望する。

2003年8月15日

       毒ガス被害者をサポートする会
       (毒ガスの過去・現在・未来を考え,旧日本軍の被害者をサポートする会)
       代表 矢口仁也
       東京都豊島区南大塚3-44-14村田第二ビル3階
       TEL03-5396-6067 FAX03-5396-6068(連絡先 090-2421-7986 長谷川)

お世話になります。昨日記者会見でお会いさせていただきましたジャパンタイムズの清水です。

会見のときの記事が本日掲載されましたので、お知らせします。下記の弊社サイトからご覧になれますので、アクセスしてみてください。

http://www.japantimes.co.jp/cgi-bin/getarticle.pl5?nn20030814a6.htm

今後ともご案内よろしくお願いします。

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ジャパンタイムズ
編集局 報道部
記者 清水 香帆

2003年8月14日(木)「しんぶん赤旗」

「中国の湖に毒ガス弾捨てた」

生々しい情報相次ぐ

旧軍毒ガス情報ホットライン


 「私は終戦直後に中国黒龍江省(こくりゅうこうしょう)の湖に毒ガス弾と戦車を捨てました」。茨城県神栖町や神奈川県寒川町など、旧日本軍の毒ガスが原因とみられる被害が相次いでいるなか、被害や廃棄の真相を市民の手で解明しようと十三日開設された「旧軍毒ガス情報ホットライン」には、早速生々しい情報が寄せられました。


 このホットラインは毒ガス被害者をサポートする会(矢口仁也代表)と中国人戦争被害者の要求を支える会(大谷猛夫事務局長)が共同で開設したもの。日本国内と中国など外国での旧日本軍の毒ガス被害の実態を明らかにし、日本政府に補償を求めていく活動の一環です。

 ホットラインには、旧日本軍の毒ガス製造や廃棄についてなど十五件(十三日午後四時集計)の情報が寄せられました。

 このうち、一九四五年八月の終戦直前、「中国黒龍江省寧安(ねいあん)市付近の鏡泊(きょうはく)湖に隊長の命令で毒ガス弾と戦車五両を捨てました」との旧関東軍兵士という人からの情報は今までにない新しい重要な内容で、今後さらに詳しい裏付けをとりたいとしています。

 在日中国人から「中国の被害者を助けるために日本から医師や薬を送ってほしい」という要請もありました。

 旧軍毒ガス情報ホットラインは十五日まで、午前十時から午後三時まで次の番号で受け付けています。電話03(5396)6067 ファクス03(5396)6068


サポートする会が会見

深刻な被害実態知ってほしい

 毒ガス被害者をサポートする会は同日、東京都内で記者会見し、「毒ガス被害者の尊厳を回復し毒ガス兵器の完全廃絶を求めるアピール」を発表。旧軍関係者が高齢化している現在、今が最後のチャンスととらえ、ホットラインを生かした情報の収集と公開に努めたいと述べました。

 会見には、神栖町のヒ素汚染で深刻な健康被害を受けた度會(わたらい)孝子さんも出席し「夫は仕事を辞め、私は料理も出来なくなりました。一人でも多くの人に被害の実態を知ってほしいです」と訴えました。

茨城新聞 2003年8月13日付
◆遅れるB地区住民への対策 支援態勢の強化要請

 神栖町木崎地区の井戸水汚染問題の発生から約四カ月半。基準値の約四百五十倍とヒ素濃度が一番高かった井戸の周辺ではボーリング調査が引き続き行われているが、一方、十数カ所の井戸から約四十倍までの比較的高濃度のヒ素が検出された同井戸の西方約一`の地区では、いまだ本格的な調査が着手されていない。この間、住民らは原因究明と被害補償を求めて、被害者の会を組織。環境省から九月までに調査を開始するという回答を得たが、先の見えない状況に住民らは不安な日々を過ごしている。

 ■被害者協を発足

 今回、旧日本軍の毒ガスに起因するとみられる有機ヒ素化合物、ジフェニルアルシン酸による汚染が見つかった地区について、国や県は便宜上、四百五十倍の井戸を使用した集合住宅をA地区、そこから西に一`の地区をB地区と区別。これまで、原因調査や医療費支給などの取り組みはすべて、深刻な健康被害者が多数出たA地区を優先させてきた。

 B地区は県の健康診断を受けた三十六人のうち十七人の尿から同化合物が検出され、医療手帳の交付を受けたが、健康被害を訴える住民は今のところいない。それより、懸念されるのは土地や建物の資産価値下落などの経済的被害だ。移転したくても、”地下水汚染”のレッテルを張られた土地の買い手はなく、銀行に担保の追加を要求された住民もいるという。

 求める補償内容の違いから、B地区住民らはA地区住民の被害者組織には参加せず、七月に独自に「旧日本軍毒ガス汚染被害者協議会」を発足。池田三富郎代表は「これまで有志で二度、要望書を提出してきたが、被害住民がまとまって国などに要求していくことが必要だ」と説明した。

 ■待たれる調査開始

 同協議会は、会員を井戸水や体内から同化合物が検出された直接の被害者(Aグループ)と、土地の評価損など間接の被害を受けた周辺住民(Bグループ)に分類。Aグループは十三世帯五十一人、Bグループは六世帯二十二人が参加する。

 被害補償と並ぶ活動の柱は原因の早期究明。B地区はヒ素濃度の高い住宅を中心に放射状に汚染が広がっているのが特徴。そのため、池田代表は「A地区が点の被害なのに対し、B地区は面。B地区の地下に原因物質があると考えるのが自然で、早く取り除かないと汚染が広がってしまうのでは」と不安視する。

 それに対し、環境省は先月二十九日の住民説明会で「当面、八、九月中をめどに地歴と地下水流動の把握、地下水調査を実施し、その結果に基づき、引き続き実施する調査について検討する」と約束した。

 ■届き始めた住民の声

 「当事者のわれわれに情報が入らないのはおかしい。これでは不安は増すばかりだ」。四日に同町役場で開かれた同協議会と岡野敬四郎町長ら町幹部との懇談会で、同協議会幹事の一人は住民の不満を代弁した。これまでほとんど要望が受け入れられなかったことから、「A地区ばかりが優先され、B地区は無視された状況だ」という不信感もいまだ根強い。

 だが、同協議会の発足を境に状況は変わってきた。超党派の議員連や社民党、共産党の国会議員らが国との橋渡し役を務めるなど支援態勢が広がり、以前より住民の声が通りやすくなった。

 池田代表は「ようやく順調に進みだし、行政の目もこちらに向いてきた」と喜びながらも、「会員の意見をまとめ、あらためて要望を続けていく」とより訴えを強めていく構えだ。

茨城新聞2003年8月10日付

◆神栖ヒ素 「今後も調査継続」 茨城大調査団 住民に結果報告

 神栖町の井戸水汚染問題で、茨城大の同町有機ヒ素地質汚染調査団(団長・楡井久茨城大教授)は九日、同町木崎の大野原コミュニティセンターで、比較的高濃度の有機ヒ素化合物が検出された井戸のある地区を中心に行った独自の調査結果を同地区の住民らに報告した。

 楡井教授は同地区と周辺について、井戸の深さとヒ素汚染分布や地下水流の調査などから、同地区の人工地層内に独自の汚染源がある可能性が高いと指摘。同町木崎、大野原両地区にまたがる南北二つの大きな地下水流があり、汚染地区を含む流れの北側の流れについては安全性が高いと強調した。

 同教授は「調査は汚染の状態を解明し、住民の被害回復と地下水に対する不安を解消して安心して使えるようにするのが狙い。今後も汚染地区の地下水流の特定など調査を進めたい」と話した。

 この日は、同地区の住民を中心に同町幹部ら三十人以上が出席。住民からは「汚染した地層の浄化法はあるのか」「四百五十倍の井戸とは別の汚染源なのか」などの質問が相次いだ。同地区の住民らで組織する「旧日本軍毒ガス汚染被害者協議会」の池田三富郎代表は「調査結果には多くの疑問点があるが、この地区に独自の汚染源があるとする結果については納得できる」と話した。

 同調査団は七月二十五日、東京都内で開いたNPO法人・日本地質汚染審査機構(理事長・楡井教授)のセミナーで、同調査の結果を発表している。

毒ガスで2人危篤状態に 中国の旧日本軍毒ガス事故

 【北京10日共同】新華社電によると、中国黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍が遺棄したとみられる毒ガスによる事故で、現地の軍病院は10日、入院患者が3人増えて32人となり、うち2人が危篤状態、8人が重症であることを明らかにした。
 同電は9日、被害者は計36人で、うち29人が入院中と伝えていた。被害者総数が増えたのかどうかは不明。中国側は日本に対し被害者への賠償などを要請したという。(共同通信)

中国首相、遺棄兵器中毒に言及=適切処理を約束−福田長官

 【北京10日時事】中国の温家宝首相は10日、北京での福田康夫官房長官との会談で、同国東北部・黒竜江省チチハル市で旧日本軍の遺棄化学兵器とみられる物質による中毒で32人の入院患者が出たことに言及し、「歴史問題は国民の感情に触れる敏感な問題だ」と述べた。
 これに対し、福田長官は「日本の専門家が現地で調査を行っており、真相が明らかになれば、適切に対処する」と語った。
 新華社電によると、物質の入った金属缶は5個あり、建設現場で掘り出された。中国側の調査によれば、缶の中の物質はマスタードガスだった。 (時事通信)
旧日本軍の毒ガス爆弾を発見=中国
 【北京9日時事】中国中部・長沙市(湖南省)の地元紙(インターネット版)が9日伝えたところによると、同市内を流れる川のほとりで6日、旧日本軍の毒ガス爆弾が発見された。亀裂から白煙が上がっていたため、警察が亀裂をふさいだ上で撤去した。
 この爆弾は全長約1メートルで、日中戦争中に日本軍機が投下したものという。

毒ガス被害者36人に 中国、イペリットと認定

 【北京9日共同】9日の新華社電によると、中国黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍が遺棄したとみられる化学兵器の毒ガス弾による事故で、被害者は36人に上ることが分かった。入院した29人以外に病院で治療を受けて帰宅した軽症者が7人いた。
 中国の外務省、国防省、人民解放軍による調査チームはドラム缶状の金属容器から漏れだした溶剤を分析した結果、びらん性のイペリット(マスタードガス)と認定した。
 36人のうち3人が白血球数の減少、呼吸困難などの重い症状を示しているが、ほかの被害者の容体は安定しているという。
 一方、北京の日本大使館によると、黒竜江省牡丹江で遺棄化学兵器の調査に当たっていた専門家4人が事故の通報を受けて9日未明、チチハル市の現場に急行、旧日本軍による遺棄化学兵器かどうかを含め事実関係の調査を始めた。(共同通信)
 
中国が日本に中国遺棄化学兵器毒剤被害事件の適切な対処を要求
 
【8.9中国大使館のホームページから】

 2003年8月4日、中国黒竜江省のチチハル市の建築現場で化学毒剤による被害事件が起こった。中国の専門家たちの鑑定によると、これらの化学毒剤は戦時中中国を侵略した日本軍が遺棄したものであることがわかった。

 2003年8月8日、中国外交部アジア局の傅瑩局長は中国駐在の日本公使を緊急に呼び、これについて日本側に厳正な交渉を申し入れた。

 傅瑩局長は次のように指摘した。生物化学兵器を使ったことは中国を侵略した日本軍が戦争で犯した重大な犯罪である。日本が中国に遺棄した化学兵器とその毒剤は戦後においても中国国民に多数重大な被害を与えた。日本側がこの戦争遺留問題の解決に転嫁できない責任を負わなければならない。

 日本側は歴史に責任をもつ立場で、中国に遺棄した化学兵器毒剤による被害事件を真剣に対処し、中国側の損失に対して負うべき責任と義務を尽くさなければならない。

 中国側の協力で、日本側が中国に遺棄した化学兵器を処理する作業が間もなくそれを実質的に廃棄する段階に入る。この問題に対し、日本側は中日共同声明等の政治的文書の精神と「化学兵器禁止条約」の規定に基づいて、自ら負うべき政治、道義責任と法的義務を履行しなければならない。日本側は関係作業のペースをあげ、中国に遺棄した化学兵器問題を早急に徹底解決しなければならない。

発育遅れ取り戻す傾向 小児治療グループが報告 神栖ヒ素
【2003年8月8日付 茨城新聞】

 神栖町木崎地区の飲用井戸から旧日本軍の毒ガスに起因するとみられる有機ヒ素化合物が検出され、住民らが健康被害を受けた問題で、県の小児科医ワーキンググループは七日、県庁内で開き、主治医らが、症状の重かった幼児が歩けるようになるなど、発育の遅れを取り戻す傾向にあることを報告した。

 ワーキンググループの土田昌宏委員長(県立こども病院副院長)によると、報告されたのは治療対象となっている幼児、児童八人のうちの七人についてで、特に症状の重い幼児らについては運動、知能両面で進歩していることが医学的にも確認された。また、有機ヒ素化合物の排せつを促進するため、慎重に投与されているキレート剤の副作用も認められないという。

 ただ、「幼児らの発育の進歩が子どもの自然な発達なのか、治療効果によるものか判断はまだできない」(土田委員長)とし、ワーキンググループでは現在の治療を継続しながら、国からも要請されている神経や発達、知能指数などに関する調査を行い、経過を観察していく方針だ。

毒ガス被害者をサポートする会から例会のおしらせ 2003.8.6

サポートする会は記者会見の案内と支える会がホットラインの案内を報道関係者に送付しました。

記者会見には神栖町の被害者が出席をして実情を訴えますが、記者会見後に被害者の方々と懇談をしたいと思います。また寒川町と新宿区の報告や原告の李臣さんが来日する9月29日の判決の取り組みなどご相談したいと思います。

例会として午後1時の記者会見からご参加下さるようご案内申し上げます。

………………………………………………………………………………………………………
      記者会見のご案内

「毒ガス被害者の尊厳を回復し毒ガス兵器の完全廃絶を求めるアピール」呼びかけ人毒ガスの被害者をサポートする会連絡先090-2421-7986長谷川順一(サポートする会事務局長)

1 記者会見の目的

1)「毒ガス被害者の尊厳を回復し毒ガス兵器の完全廃絶を求めるアピール」の発表

このアピールは、3月8日に行われた国際シンポジウム「毒ガスの完全廃絶を求めて」で採択されました。国際シンポには、奥山さん(元相模海軍工廠工員・毒ガス障害者)、仲江さん(中国人遺棄毒ガス弾被害者)、常石さん(神奈川大学教授)、歩平さん(中国黒竜江省社会科学院副院長)、水島さん(早稲田大学教'授)、吉見さん(中央大学教授)などが出席し、討論の中で「兵器というモノの廃棄だけではなく、被害者への補償や実効性のある再発防止策が講じられてこそ『毒ガス兵器の全廃』が実現される」ことが明らかとなりました。シンポの後、神栖町の住民が毒ガスに汚染された井戸水による被害を受けるなど、このアピールの意味はますます重要なものとなっています。二度と人間の尊厳が奪われないために、国民の多くがこのアピールに賛同されることを訴えます。

2)「旧軍毒ガス情報ホットライン」への協力の訴え

1 日日本軍による毒ガス兵器の開発、実験、生産、貯蔵、配備、使用、遺棄、廃棄、発見、被害の実態(補償も含めて)に関する情報の収集とその公開などの再発防止策がなされてこなかったために、日本国内でも申国においても毒ガスによる被害が後を絶ちません。環境省がようやく戦後58年を経て情報提供を呼ぴかけていますが、民問でもこれをフォローしていきたいと思います。二度と人問の尊厳が奪われないために、旧軍関係者の方々や毒ガスによる被害を受けた方々などの情報の提供を訴えます。

2 記者会見の出席者

○常石 敬一さん アピール呼びかけ人。神奈川大学教授。科学史専攻。
寒川町、神栖町の毒ガス被害についても現地を調査。

○度倉 孝子さん 神栖町住民。井戸水を飲んでいたところ、手足がしぴれるようになり、入退院を繰り返した。その井戸水から毒ガス兵器に特有なジフェニールアルシン酸が検出された。夫も同様の被害に遭う。

○青塚 美幸さん (文書で訴える) 神栖町住民。一歳の子が重大な被害に遭う。

その他、サポートする会、旧日本軍毒ガス・砲弾遺棄被害賠償請求事件弁護団からも出席します。

3 記者会見の日時・場所
日時8月13日(水)午後1時〜
場所南大塚社会教育会館

4 旧軍毒ガス情報ホットラインの日時・連絡先
日時8月ユ3日(水)から!5日(金)までの3日問、3日間とも午前10時から午後3時まで
連絡先(中国人戦争被害者の要求を支える会気付)
電話03-5396-6067FAX03-5396-6068
………………………………………………………………………………………………………
中国人戦争被害者の要求を支える会が旧軍毒ガス情報ホットラインの開設をします

 旧日本軍の化学兵器は国内で研究、開発、製造されましたが、国内のみならず旧満州で演習が繰り返され、戦争中は中国戦線などで実戦に使用されています。敗戦後、残存した化学兵器は国内各地や戦地に遺棄され、遺棄毒ガス弾などによる被害は国内や中国で多数報告されてきました。
 半世紀を経た今日において、神奈川県寒川町や平塚市、茨城県神栖町などで旧日本軍が製造したとみられる毒ガス被害が新たに発生したことにより、環境省は各都道府県を通じて、終戦時における保有及び廃棄並びに戦後における発見及び被災状況などの情報提供を呼びかけています。中国においても、日本政府による遺棄毒ガス弾処理が行われています。

 私たちは国際法に違反した旧日本軍の化学兵器による被害を見過ごすことがあってはならないと考えます。日本人の責務として、国内の情報だけでなく、国外についても旧日本軍が毒ガス兵器をどこで、どれだけ、どのように使用したのか、そしてどこにどれだけ、どのように遺棄したのかを明らかにすることが必要ではないでしょうか。

 私たちは、市民の側から環境省のフォローアップ調査に協力するために下記の通り、旧日本軍毒ガスホットラインを開設することにしました。旧軍毒ガス兵器に関する国内外の情報をお持ちの方々に情報提供を呼びかけます。

          記

1)名称:旧軍毒ガス情報ホットライン
2)日時:8月13日(水)から15日(金)までの3日間
時間は、3日間とも午前10時から午後3時まで
3)媒体:電話・FAX
     電話03−5396−6067
     FAX03−5396−6068
4)提供をよびかける情報:旧日本軍による化学兵器の開発、実験、生産、貯蔵、配備、使用、遺棄、廃棄、発見、被害の実態に関する情報
5)情報提供上の注意:提供された情報は公表する場合がありますが、個人のプライバシーは厳守しますので、必ず氏名・住所・電話番号もお知らせください。
【サポートする会通信】2003.6.25
2003年6月25日付茨城新聞を転載します。
◆神栖の井戸汚染 17人の尿からも有機ヒ素

 神栖町木崎地区の飲用井戸から旧日本軍の毒ガスに起因するとみられる高濃度の有機ヒ素化合物が検出され、住民らが健康被害を受けた問題で、県は二十四日、新たに、比較的高濃度のヒ素で汚染された井戸水を飲んでいた住民十七人の尿から有機ヒ素化合物が検出されたことを明らかにした。県は検査結果を環境省に報告する予定で、国の支援策の対象になる可能性が出てきた。
 県保健予防課によると、有機ヒ素化合物が検出された十七人は、ヒ素濃度が水質基準の四百五十倍だった井戸の半径五百メートル圏内にある一カ所の井戸(ヒ素濃度十三倍)と西へ一キロメートル離れた十一カ所の井戸(同十四―四十三倍)を使用していた八世帯の住民(十六―七十四歳)。
 これらの井戸を使用していたのは十三世帯・四十四人(男女各二十二人)。
 このうち三十六人が県の健康診断を受け、県衛生研究所の検査で十七人からは尿一ミリリットル中〇・〇一―〇・四三マイクログラムのジフェニルアルシン酸が検出された。

 有機ヒ素化合物に汚染された井戸水を飲用し、毛髪や尿から検出された住民を対象とする国の支援策については、既に四百五十倍の井戸を使用していた住民三十人に実施されることが環境省の臨床検討会で決まっているが、今回の検査結果により、新たな十七人についても医療費の自己負担分と療養手当の支給対象となる可能性がある。
 十七人の健康管理などについて県は、今月三十日に開催する専門委員会に諮る。
 健康診断を受けた同地区の学習塾経営男性(58)は「自分の体内から有機ヒ素化合物が出て、がっくりきた。どうしたらいいのか分からないというのが正直な心境だ。髪の毛や爪など、より詳しい検査をしてもらいたい」と話した。

【サポートする会通信】2003.6.18
「ヒ素、プール用井戸から 茨城・神栖など少学校3校」
 茨城県神栖町の町立大野原小学校でプールの水から基準値の約8倍に当たるヒ素が検出された問題で、県は17日、プールに使用した井戸水から有機ヒ素化合物を検出したと発表しました。井戸水は飲料水には使われていませんが、県は念のため同校児童に問診表を配布し、健庚状態を確認します。ヒ素検出後、プールは水道水への切り替えが決まっています。
 また、神栖町に隣接する同県波崎町の小学校2校のプール用井戸水から、水質基準値を上回るヒ素が検出され、波崎町教委はプール使用中止を決めました。
2校は波崎東小と土合小。

"龍谷大敷地に 日本車毒ガス″投書受け再調査へ
 京都市伏見区の龍谷大学深草学舎校内に旧日本軍の毒ガス兵器を埋めたとの投書が京都市に寄せられ、環境省と京都市が調査していたことが17日、明らかになりました。19日には、環境省が現地調査し、市と合同記者会見を行う予定。投書は5月19日、「終戦のの2〜3日前、上官の命令で16師団兵器部兵器倉庫の片隅5尺(約1M65S[)の地中に毒ガス兵器を埋めた」というもの。
(しんぶん赤旗6月18日付より転載)

 茨城県神栖町で旧日本軍の毒ガス成分によるとみられる健康被害が相次いだ問題で、茨城県は17日、神栖町立大野原小学校のプール用井戸水から、毒ガス成分のジフェニルアルシン化合物を検出したと発表した。
 同校は、水質基準の450倍のヒ素を検出した井戸から西に約1キロで、井戸水から5月に水質基準の8.1倍のヒ素が検出されたため成分を調べていた。
 同校は既にプール用の水を水道水に切り替えたが、県は児童らの健康を調査するため問診票を配る。
 茨城県によると、同県は17日までに約3000本の井戸のヒ素検査を実施。
1割を超す三百数十本で水質基準を超すヒ素を検出している。 毒ガス成分については、このプール用井戸を含め18本の井戸から検出している。
( Kyoto Shimbun 2003.06.17 Newsより転載)

毒ガス情報収集急ぐ 環境省が自治体説明会

 神栖町や神奈川県などで旧日本軍の毒ガス関連物質が相次いで見つかり健康被害が出ている問題で、環境省は二十四日、終戦時の遺棄状況などについて全国調査を行うため、都道府県と政令指定都市の担当者約百人を集め、都内で説明会を開いた。
 同省は「戦後約六十年が経過、調査は最後のチャンス」と協力を呼び掛けた。
調査結果は今秋をめどにまとめる。
 調査は、旧日本軍の毒ガスや原料物質などについて(1)終戦時の保有や廃棄状況(2)戦後の発見や被災、処理の状況(3)保有や発見の可能性が示唆される場所―などを把握することで、被害の未然防止を図る。
 都道府県などは調査結果を八月末までに提出。同省は十月末をめどに中間的に整理、関係省庁などの追加情報とまとめて発表する。
 具体的な調査方法は、自治体が保管する行政文書や地史、新聞記事を点検。
製造や遺棄などの関係者への聞き取り、被害情報の収集を行う。都道府県は市町村に協力を求め、広報誌やホームページでも市民に情報提供を呼び掛ける。

 説明会では、自治体側から「旧軍の毒ガス問題は国に責任があり、国が一元的に調査するべき」「調査の締め切りが近すぎて効果が薄い」「自衛隊や米軍の基地になっている場所はどう対処するのか」などの意見や質問が相次いだ。
 政府は一九七三年に全国調査を実施、十八カ所の軍施設に少なくとも約三千八百七十トンの毒ガスが保管されていたことが判明。
 しかし、神栖町木崎地区の飲用井戸から毒ガスに起因するとみられる高濃度の有機ヒ素化合物が検出されるなど、十八カ所以外でも被害が相次ぎ、再調査となった。
 県の担当者は「情報提供の窓口になる部署などを早急に決め、広く協力を呼び掛けたい」とした。

 「サポート通信」2003.6.14

 さる3月8日の国際シンポに参加された常石敬一神奈川大学教授が6月13日のしんぶん赤旗に「なぜ今、日本軍の毒ガスか?」「日本人の健康を考えず処理、30年前の調査に問題あり」「政府は徹底的調査、体制・予算に責任を」という重要な提言をされました。
 これに呼応するかのように東京・新宿区は毒ガスを貯蔵していた旧陸軍科学研究所があった、同区百人町の井戸水15箇所を7月末までに調査することを発表しました。
 常石教授は『30年前の「旧軍毒ガス弾等の全県調査報告」は次のように書いている。「旧軍毒ガス弾等の処理は、在日米軍司令部の命ずるところによって実施された。処理方法は焼却破壊及び海中投棄が・・・採用された」。占領軍の作業は「当時の在日米駐留軍の資料の存否も調査したが当該資料は皆無に近い状況であった」ため、その実態は分からないというのが現実だった。
 それにもかかわらず、30年前の調査の基本的なトーンは、米軍が処理済だが、漏れているものはないかというものだった。大筋としてはその通りだろうが、ひとつ誤解があったように思える。それは米軍の意図だ。米軍による日本軍の毒ガス処理の方針は、日本人が米軍を攻撃する武器を廃棄する、ことだった。日本人の健康や安全を意図したものではなかった。その典型日本人の健康考えず処理30年前の調査に問題ありが周防灘など比較的浅い海への毒ガスの投棄だ。結果として米軍は「くしゃみ剤」などは重視しなかった。大久野島ではさらし粉と海水で処理し、防空壕に埋めるという処理をした。』と指摘しています。そして『しかし、神栖町の事例は毒ガスの毒性もさるながら、それが分解して元の原料剤となっても、健康被害をもたらすことを示している。大久野島のくしゃみ剤もくしゃみ剤としての毒性は消えたが、ヒ素の毒性は残る。神栖町の例に戻ると、くしゃみ剤のままであれば刺激が強くその存在は察知し易いが、刺激が少ない原料に戻ったこで察知し難く、それが長い年月飲料水を汚染することになった。これは盲点だった。
 こうした事態を繰り返さないため徹底的な調査が必要だが、そのためには、政府は必要であれば各自治体に予算をつけ、問題が明らかになった場合には、きちんと処理する体制・予算を事前に用意しておくことが必要だ。また各自治体は、この際毒ガス疑惑があれば十分に調査し、その結果を積極的に政府に伝え、より総合的な分析を求め、疑惑が事実であれば、毒ガスの廃棄を政府に強く求めるべきだ。さもないと神栖町のような被害はあとを断たないだろう。』と国の責任を強く求めています。
 また、新宿区は12日、毎年行っている区内の地下水汚染調査の調査項目を増やし、旧日本陸軍科学研究所があった同区百人町を重点的に調査することを決めたことを新宿区議会環境建設委員会に報告しました。
 今回、調査項目に加えたのは、旧陸軍が保有していたとされる毒ガスに合まれるヒ素と全シアンの2項目。例年のトリクロロエチレンなど3項目と合わせて計5項目となります。調査場所は、毎年行っている区内の井戸、わき水、事業所の用水施設など60カ所に加えて、同区百人町三丁目周辺の15カ所を重点的に調査し、7月末に調査結果を公表します。
 区環境保全課長は、四月21日に環境省が公表したことは新宿区に毒ガスが所在していたことについては寝耳に水だった。水の採取は区職員が16日から27日までに行い、水質分析は民間業者に委託する。予算は通常経費内で行えると話していました。(長谷川)

■イベント案内

国際シンポジウムのパネラー吉見義明さん(中央大学教授)が毒ガス問題で講演します
ので是非ご参加下さい。

日本の戦争責任センター・連続ゼミナール
日本軍の毒ガス戦について
   アメリカ・日本の新資料から
講師:吉見義明さん(中央大学教授)

アメリカの日本帝国情報公開法により、日本の毒ガス戦に関する新資料が出はじめています。
また、防衛庁防衛研究所図書館も徐々に新資料を公開しはじめています。その中から判明した新事実を、日本軍の毒.ガス戦史の中に位置づけていただきます。
2003年4月18日(金)午後6時半
中央大学駿河台記念館640号室
JR「お茶の水」駅、・千代田線「新お茶の水」駅下車徒歩2分
参加費:一般 800円
 会員・学生 500円
問い合わせ:日本の戦争責任資料センターTel:03-3366-8261 Fax:03-3366-8262

サポートする会通信No2

第二次遺棄毒ガス裁判判決が近づいてきました。皆さんのご支援をお願いします。

原告の張岩さん、蘇弁護士、黒龍省テレビ局など13名が来日します。
黒龍省テレビの法廷取材が許可されました。

■5月14日(水)

毒ガス裁判関係者の来日(東京着は夕方頃)

毒ガス裁判関係者の来日歓迎会
午後6:30〜
場所:新宿障害者福祉センター調理室
   参加費:3000円

■5月15日(木)判決日

午前 9:20 東京地裁玄関前集合。傍聴券発行(予定)
        原告、弁護団入廷行進
午前10:00 判決言い渡し。103号大法廷
終了後、東京地裁門前で報告集会
午後 1:00 衆議院第二会館第4会議室で院内報告集会
        受付ロビーで入館証をお渡しします。
夜の判決報告集会
午後 6:00 弁護士会館12階 講堂
(判決文要旨をお渡しします。) 

■5月16日(金)

午前 8:30〜9:00 法務省前ビラ配布行動
午前10:00 国会議員要請行動 参議院会館第2会議室集合
        受付ロビーで入館証をお渡しします。

■5月19日(木)毒ガス裁判関係者の歓送会

午後6:30〜
場所:農協会館8階会議室
   参加費:3000円

■5月21日(金)毒ガス裁判関係者の帰国


第二次遺棄毒ガス裁判の不当判決には原告、弁護団と私達が抗議声明を出しました。5月23日に中国政府が公式にこの判決を批判しました。戦後補償裁判では初めてのことです。(注)
控訴審と9月の第一次判決の勝利に向けた運動を強めていきたいと思います。つきましては皆さんとご相談したいと思いますので下記の会議にご参加下さい。
■6月5日(水)午後6:30〜
場所:新宿区役所5階(地下一階の受付で毒ガスできたと言って下さい)

(注)
中国が東京地裁判決に反論
旧軍が放置の毒ガス兵器
解決は日本政府の責任

【北京23日時事】旧日本車が中国に放置した毒ガス弾などの爆発で後遺症を受けたとして日本政府に損害賠償を求めた中国人五人が敗訴した問題で、中国外務省の章啓月副報道局長は二十三日、「日本政府は遺棄化学兵器の問題解決で責任を回遊することはできない」と反論するコメントを発表しました。同日の新新華社電が伝えました。
 章副局長はさらに、中国政府として日本が戦争問題に誠実に対応し、適切に処理するよう改めて要求することを明らかにしました。
 この訴訟の判決は十五日、東京地裁であり、同地裁は「主権の及ばない中国での毒ガス兵器回収は困難」として、計八千万円の賠償を求めた五人の訴えを棄却していました。
  しんぶん赤旗5月25日付に掲載されましたので転載します。
 

サポートする会通信 2003.3.31 No.1

■実行委員会のお知らせ

3月26日の実行委員会で次のことが決まりました。
1)国際シンポジウムの報告書は録音テープを起こしてから作成する。
2)5月15日の判決について弁護団から、国際アピールを成功させたい。シンポでのアピール文を参考に確定し、判決前の4月中旬頃に公表したいという提案があり、弁護団から南典男弁護士、会からは山本俊廣、小川久穂、長谷川順一が国際アピール問題を担当することになりました。尚、中国では4月3日に「戦争遺留問題と中日関係」というテーマでシンポジウムを行うが会場で声明文を出す予定だそうです。

 次回の実行委員会は4月9日(水)午後7時から都民中央法律事務所で開かれます。
主な議題は5月15日の判決の対策問題です。中国の被害者である原告は張岩さんが来日予定です。また、黒竜江省テレビ局の大型取材陣も来日します。どなたでも参加できますのお出で下さい。
都民中央法律事務所 電話03−3355−3341【交通】地下鉄/都営新宿線曙橋駅下車徒歩5分

■3月8日の国際シンポジウムを終えて
代表 矢口仁也
 寒さも漸く終わりを告げようとしているのに、世界は米英のイラク侵略によって逆に厳しい寒さを招いております。
 このような時に行われた3月8日の国際シンポジウム"毒ガスの完全廃絶を求めて"〜悪魔の連鎖を断ち切ろう〜は本当に時宣に適した実り深き集会であったと自負しております。中国からの仲江さん、大久野島の村上さん、相模海軍工廠の奥山さんの毒ガス障害に直接関係した3人の方の証言。そして中国の歩平さんと水島さん、常石さん、吉見さんの計4人の方の専門的な研究によるシンポジウムは、集会の内容を広く且つ深く問題に迫っていただき充実したものでした。また、参加された150人の皆さんが得るものは改めて多大なものがあったと推察しております。
 それは、イペリットを中心とする毒ガスの知識は勿論のこと、それをめぐる歴史的背景などを通して戦争そのものに及び、特に加害者としての日本の在り様にまで言及された深い内容であったからです。
 と同時に、改めて私達に大変な課題をつきつけられたことになりました。毒ガス障害者の補償、廃絶、そして戦争拒否のために具体的に動かなければならず、侵略戦争加害者としての責任を意識的に果たしていかなければならないという深い認識を痛感せざるをえませんでした。
 皆さん 各自それぞれの立場で動き、連帯してこの重い課題に取り組んでほしいと願っています。

■メッセージ
 「国際シンポジウム・毒ガスの完全廃絶を求めて」を計画・実施する文書が届きました。アメリカのイラク攻撃を目前とし、このような平和へのシンポジウムを開催することはすばらしいことと存じます。個人賛同金は後日発送いたします。当日のレジュメなど宜しくお願いします。最近はこれらの会議(開催日)が土曜に集中しいつも参加できず残念です。
 屈斜路湖の毒ガス遺棄弾の証人は3名が死亡し、一名のみやっと生存している情況下にあり、証言などは困難かと存じます。これからの私の課題として、解っている部分、証言など文章化しようと考えているところです。
シンポジウムの成功をお祈り致します。2003.2.24 網走市 森 亮一

■毒ガスシンポの成功をバネに5月15日の勝利判決に向けて頑張りましょう !

 「日本が残した毒ガス被害者を支える会」は昨年10月、(1)国際アピール運動(2)12月5日の2次訴訟結審での傍聴参加と報告会の開催(3)大久野島スタディーツアーの開催(4)国際シンポジウムの開催(5)体制の強化を確認しました。そして議論を進める中で会の名称は「毒ガスの過去・現在・未来を考え、旧日本軍の被害者をサポートする会」としました。
 結審で判決日が5月15日と決まったこともあり、日本が日中戦争以来、ふりまいてきた毒ガス問題を包括的に検証し、日中の毒ガスの被害者と毒ガスをめぐる各分野の第一線の研究者が一堂に会する初めての国際シンポジウム「毒ガスの完全廃絶を求めて〜悪魔の連鎖を断ち切ろう〜」を3月8日に開催することになりました。
 国際シンポの当日は東京・飯田橋「家の光会館」を約150人が会場を一杯に埋め尽くしました。
 中国からは、原告の仲江さん、遺棄兵器被害の現地調査に当たった黒竜江省社会科学院の歩平副院長が出席。日本側からは、生物・化学兵器問題に詳しい科学史の常石敬一神奈川大教授、毒ガスの歴史検証を精力的に行っている日本近現代史の吉見義明中央大教授に加え、パネルディスカッションのコーディネーターとして、有事法制などについて活発な意見表明をしている憲法学の水島朝穂早大教授が参加。さらに、大久野島毒ガス史料館の元館長、村上初一さんと、旧相模海軍工廠の工員だった奥山辰男さんも体験談を語りました。
 「双方の毒ガス被害者が団結して日本政府の責任を追及し、正義を求めようではないか」中国人被害者の仲江さんは、この言葉で証言を締めくくりました。仲江さんは1982年、黒竜江省牡丹江市で土木工事の監督中に、たまたま見つけた日本軍の致死性毒ガス、イペリットを浴び、重症を負った「戦後の戦争被害者」です。後遺症に苦しみ仕事の継続を断念、妻と子どもも仲江さんのもとを去る厳しい生活を強いられているだけに、団結の呼びかけの意味は深いものがあります。
 討議では、「非核宣言」に続く「毒ガス廃絶宣言」の決議を国会に求める意見などが提起され、最後に『兵器というモノの廃棄だけではなく、被害者への補償や実効性のある再発防止策が講じられてこそ「毒ガス兵器の全廃」が実現されると訴え、日本政府に対し、責任の所在を明確化した上で、全ての被害者への補償、新たな被害を食い止めるための情報の公開などをすみやかに行うことを求める』要旨のアピール(4
頁)を採択しました。
 遺棄毒ガス・砲弾被害賠償請求訴訟弁護団の南典男弁護士から3月31日の第二次訴訟の結審と5月15日の第一次訴訟の判決に向けた運動の提起があり、最後にサポートする会の代表矢口仁也さんから閉会の挨拶の後、散会しました。また、会場からのカンパは約4万円あり、中国放送の尾崎祈美子さんから寄贈された著書「悪夢の遺産」は25冊販売されました。

シンポで証言をして頂いた村上初一さんから会の活動に役立てて下さいと3万円のカンパがありました。