植物はどのように病害虫から身を守るのでしょうか?

熱帯林にすむサルは木の葉を主に食べていますが、1種類の葉を沢山食べることは決し てなく、木から木へと渡り歩いて葉を 食い散らかします。葉はかなり強い毒を持っているので、その毒に中毒するのを避けるためです。このように、植物は病害虫や 害獣から身を守るために様々な物質を自ら作っています。そうでなければ、 熱帯林のような高温多湿な条件で、4億年もの長い間したたかに生き延びてくることはできなかったでしょう。 ここでは、植物の病害虫防御戦略について簡単に述べましょう。 植物は病害虫の攻撃に対して次の3つの戦略でこれに対抗します。

1. 植物が既に持っている、あるいは感染や食害を受けた部位の周辺で直ちに作る二次代謝物
2. 植物に遺伝的に備わった抵抗性機構で、活性酸素の発生
3. 全身獲得抵抗性(Systemic Acquired Resistance, SAR)といわれるもので、抗菌性タンパク質や 抗害虫性タンパク質の合成
これらについて、簡単に説明しましょう。


1. 二次代謝物
生命維持や生体構成に不可欠な物質を一次代謝物といいます。これに対して、生命維持には直接関係 はないが、情報を伝えたり、外敵、寒さ、乾燥などから身を守るために作られる物質を二次代謝物 といいます。情報物質(Semiochemicals)のうち、同種内の情報物質をフェロモンというのに対して 、種間情報物質を他感作(用)物質(Allelochemicals)といいます。他感作物質は通常、 発信者と受信者が受ける利益、不利益から、次のように分類されています。

他感作物質発信者受信者
アロモン (Allomone)有利不利
シノモン (Synomone)有利有利
カイロモン(Kairomone)不利有利
アンチモン(Antimone)不利不利

生物の生存に不利な変異はすばやく淘汰されるため、自分に不利な進化はしません。従って、カイロモ ンやアンチモンのように自分に不利なものを何故作るのでしょう? 生物は多くの種と相互関係を持っており、ある条件では不利であっても条件が変わると有利になり、 有利の方が大きければ、多少の不利は進化的に受け入れてきたのでしょう。以下に例をあげてこれらの説明をしましょう。

植物が生産するアロモンとカイロモン
植物が害虫の攻撃から身を守るためには、毒物や忌避物質を持つことです。代表的な例は除虫菊のピレスリン、 タバコのニコチンなどがあげられ、古くから殺虫剤として用いられてきました。今でもそのもの、あるいは合成された類縁化合物 が殺虫剤として用いられています。それでは、これらの植物には害虫はつかないかというと、これらの植物にも 多くの害虫がいます。例えば、タバコにはタバコガ(Helicoverpa zea)やタバコスズメガ (Manduca sexta)など重要害虫がいます。 これらの害虫は特殊な機能を発達させて、植物の生産する毒を克服してきました。このような植物と昆虫との関係を 共進化といい、その害虫を共進化種といいます。
昆虫が植物の毒を克服するのに、その毒を分解・解毒するものと、その毒を体の中に貯めこんで、天敵から自分を守るために 用いるちゃっかり者とがいます。

ヒマワリのクロメンを解毒・排泄するハムシ
ヒマワリは殺虫性のクロメンを持っているので、バッタやヨトウムシなどは、これを食べませんが、 ハムシの1種(Trirhabda geminata)はこれを好んで食べます。このハムシは毒を吸収する ことなく、排泄する機能を持っているからです。これは前者の例ですが、後者の例として、オオカバマダラがよく知られています。

トウワタの毒を体内に蓄積して、身を守るオオカバマダラ
オオカバマダラ(Danus plexippus)は北米にいる美しいチョウで、 右図のように、目立つ色をしているのに、 鳥に食われないことが古くから知られていました。 ブラウワー博士はオオカバマダラが鳥に食べられないのは、カルデノライドという毒を持っており、この毒は食草である トウワタ(ガガイモ科)に由来することを見つけました。しかも、幼虫がトウワタを食べ、その毒を成虫になっても持ち続けて います。これを選択蓄積と呼んでいます。毒を持たない植物で育てたオオカバマダラは幼虫も、成虫も共に 毒を持っていません。雛の時から育てた鳥(カケス)に毒のないオオカバマダラを与えると、喜んで食べますが、この鳥に毒のある オオカバマダラを与えると、これを食べて中毒し、激しい嘔吐を繰り返します。一度中毒を経験すると、この鳥は二度と オオカバマダラを食べることはありません。従って、鳥は生まれつき毒チョウを知っているわけではなく、経験によって知ることが わかります。
カルデノライドはある化合物群の総称で、代表的なものはジキタリスに含まれるジギトキシンです。強心剤として、医薬に用いられ ています。数年前、実をつけたモロヘイヤを食べた牛が3頭死んだ事故がありましたが、 この原因はモロヘイヤに含まれていたカルデノライドにありました。

ウリ科の苦味を好むウリハムシ
ウリ科植物に含まれるククルビタシンは苦い物質で多くの昆虫はこれを嫌います。すなわち、アロモンです。しかし、共進化種の ハムシ(cucumber beetle,左図)はククルビタシンを摂食誘引とし、これがないと食べません。 従ってカイロモンになります。幼虫がウリを食べて、ククルビタシンを選択蓄積します。成虫は花粉を食べるので、ククルビタシンは 摂取しませんが、幼虫時代のククルビタシンを持ち続けて、天敵から身を守っています。
この様に、植物が苦労して作った毒を摂取し、体に貯め込んで、天敵から身を守る昆虫は多く知られています。

葉に溝を掘って、毒を避けるニジュウヤホシテントウの一種
ニジュウヤホシテントウの一種(Epilachna borealis)は、幼虫も成虫もウリ科植物を食べますが、 ウリ科に含まれているククルビタシンという苦い物質があまり好きではありません。 そこで、葉を食べる前に,左図のように、 葉の真皮の最下層のみを残して円形に溝を掘り、その内側のみを食べます。 ウリ科植物に傷を付けると、ククルビタシンの合成が誘導され、濃度がどんどん高くなりますが、溝が掘ってあるので、 円の内側にはククルビタシンは入ってきません。この虫は毒の少ない内側だけを食べるという実に巧妙な行動を身につけた ものです。彼らに傷の付いた葉のみを与えると、生存率は著しく低下し、雌成虫の体重、産卵期間、産卵数も減少します。 この虫とハムシを一緒に放つと、円の内側はこの虫が、外側はハムシが食べます。
アサギマダラ幼虫はキジョラン(ガガイモ科)を食草としていますが、ガガイモ科の毒* を避けるために、上と同じように、葉に丸く溝を掘って内側を食べるとのことです。
*:ガガイモ科植物には毒成分として、カルデノライドが含まれていますので、これを避けるためと思いますが、確かではありません。
(右図の幼虫は植物友の会の伊藤文子さんの許可を得て掲載しました。 成虫はこのホームページを引用させていただきました。)

オオモンシロチョウの産卵を抑制するキャベツの知恵
チョウがひらひらと、あたかも木の葉を叩くようにして、木から木へと飛んでいくのを見かけたことはありませんか? チョウは前肢の先端の部分(付節)にある繊細な毛で化学物質をキャッチし、食草を知るのです。これをドラミングと いいます。孵化した幼虫がすぐに摂食できるようにするためです。オオモンシロチョウ (Pieris brassicae)の雌成虫は、すでに産卵されているキャベツの葉と産卵されて いない葉とを、ドラミングしないで、見分けることができます。 すなわち、触覚で揮発成分をキャッチし、この物質を発散している葉には産卵しません。 この産卵を抑制する揮発成分は、オオモンシロチョウが産卵することが刺激となって、 キャベツが作ることが明らかになりました。この物質はまだ同定されていませんが、産卵を抑制するので、キャベツにとって アロモンですが、オオモンシロチョウにとっても、産卵密度の調節となるので、シノモンとも考えられます。

植物が生産するシノモン
最もよく知られた植物ー昆虫のシノモン関係は、被子植物ー花粉媒介者の関係です。一億年前、これまで地球を覆っていた裸子植物 に代わって、被子植物が数を増していったのは、大気中の酸素濃度が増し、昆虫の飛翔条件がよくなり、多くの昆虫が花を 求めて飛び回り、植物の受粉に貢献したからだと考えられています。風媒よりも虫媒の方が受精の確率が高いことを知った植物は より多くの昆虫を集めようと、競っていい香りや蜜を出すように進化しました。被子植物の繁栄により、裸子植物は北へ北へと 追いやられ、恐竜の絶滅の一因となったとの説もあります。花の出すいい香りや蜜は、植物にとっても、昆虫にとっても 共に利となるので、シノモンになります。

ナミハダニの食害を受けるとSOSを発するマメ植物
ナミハダニ(Tetranychus urticae)がマメの葉を食害すると、マメは揮発性の物質 (SOS物質といいます)を出して、 捕食性のチリカブリダニ(Phytoseiulus persimilis)を呼び寄 せます。SOS物質 として、主な4成分が同定されています。未加害のマメはもとより、 人為的に傷つけたマメではSOS物質は作られません。 SOS物質の生産は、加害された部位だけでなく、未加害部位、同一植物の別の葉でも誘導され、 時間が経つと別の株にも誘導されます。
これらのSOS物質はテルペノイド化合物で、これらのテルペノイドを生合成するのに 必要な酵素の遺伝子がイチゴから取り出されました。シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana) にその遺伝子を導入すると、その遺伝子組み換えシロイヌナズナはSOS物質を発散して、 チリカブリダニが集まることが、最近報告されています。通常植物は、害虫の食害を受けた時にのみ、SOS 物質を生産しますが、この組み換えシロイヌナズナは常時SOS物質を放出しています。 食害を受けたときにだけ、SOS物質を生産する植物を作るにはもう少し時間がかかるようです。

ヨトウムシの食害で誘導されるSOS物質
トウモロコシやワタをヨトウムシ(Spodoptera exigua)が加害する とSOS物質が出て、寄生バチが誘引されます。物理的な傷では、 SOS物質は出ませんが、この傷にヨトウムシの唾液をつけると、SOS物 質は出てきます。ヨトウムシの唾液中にあるVolicitinという 物質がエリシター(植物の防衛反応を誘導する物質)となって、作られることが明らかになっています。 しかも、SOS物質は植物体中にもともと 準備されているのではなく、新たに元から作られることが、同位元素を用いた実験で明らかにされています。 炭素には、放射性の同位元素( 14C)が存在します。 この同位元素で炭酸ガスを作って、植物に与えると、SOS物質の中に、同位元素が入っていること からわかります。

害虫の種が違うとSOS物質の構成比が異なる
植物にはただ1種の害虫がつくとは限りません。加害する害虫によって天敵は違いますから、 すべての天敵を誘引するのでしょうか?タバコにはタバコガ、オオタバコガ (Heliothis virescens)、タバコスズメガなどが加害します。これらの害虫に はそれぞれの寄生バチがいて、タバコガが加害すると、タバコガの寄生バチが、オオタバコガにはオオタバコガの寄生バチが選択的 に誘引されます。どうしてこのような選択的な誘引ができるのでしょうか?SOS物質を分析すると、 成分組成は同じですが、成分の構成比が違うことが明らかになりました。しかし、どのようなメカニズムで構成比が変わるのかは 分かっていません。

植物の発散する物質は、昼と夜とで異なる
タバコガやタバコスズメガなどの害虫はヤガに属し、成虫は夜間活動します。当然産卵も夜間に行われますが、同種の幼虫が加害している 植物には産卵しません。植物は幼虫が加害すると、SOS物質を出しますが、これは昼間だけで 、夜間は別の化合物群を生産して放出します。これらの夜間放出される化合物は成虫に対して、忌避効果や産卵抑制効果を持っており、 これも害虫の種類によって、化合物の構成比が異なることが明らかにされています。

ハムシの食害を受けたトウモロコシは根からSOS物質を放出して寄生線虫を呼び寄せる
上に示したように、 植物は葉から揮発性物質を放出して天敵を集めますが、根から物質を発散して、天敵を集める植物もあります。 トウモロコシは、 ハムシDiabrotica virgifera virgifera)幼虫が根を食害すると、 それに反応して、セスキテルペン(化合物名は(E)-β-caryophyllene)を根から放出して、 ハムシに寄生する線虫(Heterorhabditis megidis)を誘引することが分かりました。 ヨーロッパのトウモロコシ品種や野生の原種(teosinte)は、このハムシの食害に反応して、 この化合物を放出しますが、アメリカの品種は、品種改良の間にこの化合物を生産する能力を失ってしまったようです。 したがって、アメリカでは、このハムシの被害は大きく、トウモロコシ栽培に大量の殺虫剤を消費しています。 トウモロコシの畑の土中にこの化合物を注入すると、ハムシの出現は半分以下に抑えられたという報告もあります。
ちなみに、日本では、これに類似の線虫(Steinernema carpocapsae)が、 土壌害虫の防除を目的として、農薬登録されています。

アブラナ科植物は、アオムシの害を受けると、寄生バチに助けを求める
アブラナ科に含まれるシニグリン(からし油配糖体)は多くの昆虫に対して毒性があるのでアロモンですが、この毒を 克服した共進化種の代表例がアオムシ(モンシロチョウ、Pieris rapae crucivora)で、 アオムシはシニグリンを摂食誘引としているので、シニグリンがないと食べません。すなわち、シニグリンはアオムシに対しては カイロモンです。アオムシが食害すると、植物はシニグリンをアリルイソチオシアネートという化合物に変えて放出し、 天敵の寄生バチを誘引します。
アリルイソチオシアネートは揮発性の辛い物質で、マスタードの辛み成分です。この化学変化を触媒する酵素(ミロシナーゼ)と シニグリンは別々の場所に保存されており、害虫が食害した時に両者が混じり、反応が起こります。植物は余計なエネルギーを消費 しないように、必要なときのみこれを生産しています。 おろし大根が辛いのは、おろした時にこの反応が起こり、辛み成分ができるからです。

おろし大根を食べるのをやめますか?
ところで、このアリルイソチオシアネートは発がん性の物質です。では、おろし大根を食べると、癌になるでしょうか? 毒性学での発がん性と健康上の発癌は全く関係がありませんので、安心して大根を食べてください。発癌には、放射線や紫外線の ように、癌のもとを作るイニシエーターと癌の進行を促進するプロモーターとがあります。イニシエーターはその影響が少しづつ 累積しますが、プロモーターはある濃度(閾値といいます)以上になると初めて癌の進行を促進する作用を発揮します。それ以下 の量では何の影響もありません。多くの化学物質はプロモーターです。私たちが毎日食べている野菜や果物の大部分は発癌物質を 含んでおり、11.5g位の毒性物質を食べているそうです。 野菜や果物には ビタミンACE、カロチノイドなど 栄養的に重要な成分が豊富に含まれていますから、他の食品とバランスよく摂取してください。

2. 活性酸素の発生
 植物が病原菌に対して耐性であるか感受性であるかを決める第一段階は、感染初期に植物が病原体を 認識できるか否かにかかっています。感染を受けると、感染部位の細胞はアポトーシスを起こして死 に、結果として壊死(ネクローシス)の状態となり、病原体の成長をごく小さい範囲に閉じ込めて、そ れ以上の侵入を阻止します。これを過敏感反応といいます。この時、活性酸素の発生を伴ない、 活性酸素で直接病原菌を殺したり、酵素活性を高めて抗菌性物質を作ったりして、身を守ります。

ネクローシスとアポトーシス
細胞死には大きく分けて、ネクローシスとアポトーシスがあります。ネクローシスは火傷や切り傷などで細 胞が死ぬことで(事故死)、死んだ細胞を片付けるために白血球が集まり、そのために炎症を起こしたり、熱をも ったりします。これに対して、アポトーシスは遺伝子にプログラムされた細胞死(自己死)で、細胞は内部から 分解、断片化し、周りの細胞に取り込まれるため、自覚症状は出ません。オタマジャクシの尻尾がなく なったり、指の切れ込みができたりするのは、アポトーシスで起こります。

活性酸素
地球上に生物が現れた約35億年前、地球上には酸素はなく、生物は酸素を利用しないで エネルギーを獲得する仕組みを持った細菌のようなものに限られていました。これらの生物は酸素があると、生きられなかった のです。約30億年前、海中に藍藻(シアノバクテリア)が現れ、彼らが光合成によって作り出した 酸素が次第に蓄積してきました。当時の生物にとって酸素は非常に有害で、彼等は酸素を逃れて生活をしていましたが、 その中から、有害な酸素を克服し、逆に酸素を利用して非常に効率よくエネルギーを生産する生物が出現しました。 多くの生物は酸素の危険性を知りつつも、敢えて効率のよいエネルギー生産の道を選び、酸素を利用する生物との 共生が始まりました。これが高等生物のミトコンドリアと葉緑体です。地球上の酸素の濃度が高まると、エネルギー 効率が高まり、生物は活発に活動できるようになりました。このように、酸素はエネルギー生産効率を高めるには 有用ですが、反面において高い反応性を持っているので、危険性も併せ持っているのです。
酸素自体も反応性が高いのですが、特異な電子配置を持ち、酸素よりもさらに高い反応性を持った酸素を活性酸素と呼んでいます。 生物体内では、活性酸素は容易に生じ、人では、老化、免疫力の低下、発癌の助長など様々な障害が生じます。 植物では、病気や害虫による食害によっても活性酸素が発生します。活性酸素は殺菌作用があるばかりでなく、 害虫の成長も著しく阻害します。また酵素活性を高めて、いろいろな抗菌性、抗害虫性物質の生産を促します。 しかし、植物自体にも悪影響を及ぼすので、過剰の活性酸素はすみやかに除去しなければなりま せん。そのため、抗酸化剤であるビタミンACEやカロチノイドによって、植物はこれを除去します。従って、抗酸化剤の含量が高いも の、すなわち高品質の作物品種、ほど病害虫に対して感受性が高く、被害を受け易いのです。病害虫の食害によって、 ビタミン類やカロチノイドが40%も失われることが報告されています。

3. 全身獲得抵抗性―免疫
 植物が病原菌や害虫に攻撃を受けたとき、植物が潜在的に持っている遺伝子を発現して、 抗菌性タンパクや抗害虫性タンパクを作り、これらの病害虫に抵抗性になることを全身獲得抵抗性とい います。感染あるいは食害を受けた部位から全身にシグナルを送り、全身が抵抗性になります。その シグナル物質として、サリチル酸、システミン、ジャスモン酸などが知られているますが、これらの物 質が直接移動するのか?あるいは他に仲介するものが存在するのか完全には解明されていません。

サリチル酸
  植物に病原菌が感染すると,酵素(PALPhenylalanine ammonia lyase) が活性化され、フェニルアラニンからケイヒ酸を経てサリチル酸が合成され、抗菌性タンパク遺伝子 の発現が活性化されます。サリチル酸がシグナル物質であることは次のような事実から明らかにされて います。
@植物にサリチル酸を投与すると、病原菌の感染で誘導されるのと同じ遺伝子が発現し、植物は抵抗性となります。
Aサリチル酸を分解する酵素遺伝子(nahG)を導入したタバコでは、生じたサリチル酸が直 ちに分解されるため抵抗性になりません。nahGを導入したタバコを台木とし、これに非組換えタバコ を接木して、台木に病原菌を接種すると、台木は抵抗性にはならないが、接ぎ穂は抵抗性となります。 従って植物体内にシグナルを伝える物質はサリチル酸そのものではなく、他の分子が存在すると考えられ、 その候補として活性酸素の一つである過酸化水素が考えられています。 植物が抵抗性になるには、サリチル酸の蓄積が必要ですが、シグナルを伝える分子は必ずしもサリチ ル酸の蓄積を必要としないようです。
Bサリチル酸と特異的に結合する受容体タンパクが分離され,これは過酸化水素を分解するカタラーゼ活性をもっていました。 従って、サリチル酸がこのタンパクに結合し、カタラーゼ活性を阻害するため 過酸化水素が蓄積し,これが抵抗性関連遺伝子の発現を促すと考えられます。しかし、そのメカニズムはまだ 明らかではありません。
また、病害を受けた植物から近隣の植物へのシグナルは揮発性のサリチル酸メチルが伝達します。

システミン
 害虫に食害されると植物は害虫抵抗性となります。食害を受けた部位でシステミンが生じ、これがシ グナルとなって20種以上のタンパク遺伝子の発現が誘導されます。  システミンはアミノ酸18残基からなるタンパクで、維管束を通って食害部位から遠く離れた部位 に移動します。この抵抗性の現象は特異性がなく、害虫の食害だけでなく、物理的に傷を付けたときにも、全く同 じ現象が現れます。

ジャスモン酸
 システミンの誘導により、リノレン酸からジャスモン酸が生じ、これが直接遺伝子の発現を誘導して抗 害虫性のプロテアーゼ・インヒビターなどのタンパクが合成されます。食害や物理的損傷を受けた直後か ら2時間ぐらいで初期遺伝子群が維管束中で発現し,続いて 抗害虫性タンパクなどの後期遺伝子が葉肉細胞中で発現します。  後期に発現して生成される酵素(polygalacturonidase)は植物のペクチン (polygalacturonic acid)を 分解する酵素で、この酵素の作用で生じたペクチンの断片が、活性酸素発生系のスイッチをオンにします。 このようなスイッチをオンにする物質をエリシターといいます。 活性酸素は傷口に病原菌が感染するのを防ぐとともに害虫に対しても生育阻害活性を示すと考えられています。
 ジャスモン酸メチルは揮発性で、これが空気中を伝わって近隣の植物にシグナルを伝達します。

4, 植物機能の害虫防除への応用
 植物は病害虫から身を守るために種々の毒物質を作り上げてきましたが、その毒も完璧に相手を倒すもの ではなく、この毒を摂食刺激とするような共進化種も出現しました。すなわち植物は多少の犠牲は払っ ても他の生物と共存する道を選んできたのです。 それに対して、私たちの食べる農作物は毒を作るエネルギーを栄養や食味成分の 生産に振り向けてきたため、病害虫に対しては非常に弱く、人間の保護なしでは生存し得ません。 農作物に毒物質をより多く生産させるのは進化に逆行するもので、作物の質的低下につながります。 事実多額の研究費をつぎ込んで、長期間をかけて開発したジャガイモやセロリーなどが人に毒性を示す ことで市場から姿を消した例もあります。このように作物の病害虫防御を作物が作る毒物質のみに頼る ことはできません。 今後は化学物質の力を借りて植物が潜在的に持つ機能をフルに発揮させることが望まれます。そうすれ ば化学物質の投与量を減らすことができるばかりでなく、天敵を集めたり、産卵を抑制したりするなど 防除方法の選択肢を広げることができるでしょう。

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