ここは、Disneyland Paris、ディズニーランド・パリに関する情報を
 提供する個人的なページです。



★オープン5周年記念でデコレーションされた眠れる森の美女の城★


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 写真に関する説明。1997年のサイト開設当初の写真はわざとモノクロに加工してあります。あまり、種明かしをして、実際にそこへ行った時の感動を壊すのもどうかと思ったからですが、昨今、ブロードバンド環境下でそれをやるのもどうかと思ったので、この頃のはカラーに、ファイルサイズも大きくなっています。

2003年6月半ばのDLP訪問記
※ ジオシティーズ引越記念に、何とか画像を編集アップしました。
トータルで240枚、7メガほどの写真があります。2004年3月update

パークへのアクセス
オフィシャル・ホテル
ディズニーヴィレッジ
パーク・ガイド
98年秋のレポート
99年初夏のレポート
DLP来訪者による1999年暮れの情報

1998年11月オープンの別館

メルヴェイユーディズニー
長らく当ページに情報をご提供頂いていた在仏邦人の方のサイトです。
出発前の最新情報はこちらから入手して下さい

2001年6月の訪問記(07/16)
2001年7月の女房子どもの訪問記(2002年6月up)
2002年7月初旬のWDW訪問記

 DLPの現状に関して書きます。2003年は、DLPにとって呪われた一年となりました。DLPは、アメリカからの来訪者も当て込んで営業されています。アメリカ人はみんなオーランドやアナハイムへ行けるかというとそうでもないんですね。NY辺りからだと、フロリダもパリも似たようなものです。フランス旅行のついでにDLPもというアメリカ人は少なくありません。
 所が、まず 9.11 テロでアメリカ人が国外旅行を手控えるようになりました。続いてイラク戦争を巡る米仏関係の悪化で、更にフランスへ赴く観光客が減りました。加えて地下鉄ストです。ハイシーズンの夏中、数ヶ月に渡って続きました。これがボディブローのように効きました。おまけにとんでもない猛暑。
 夏のハイシーズンでも、DLP内で稼働しているアトラクションは6割を僅かに越える程度です。開いているレストランも僅かに4割を越える程度です。しかもパーク共々開いている時間が短い。
 経営的には、全く綱渡りが続いています。年間パスポートもありますが、御近所のリピーターを見込めるまで至っていない。ロケーション的に、30年前の筑波学園都市をイメージして貰えると解りますが、そこの従業員が、例えば自転車でアパートからパークに通えるという環境でも無い。辺りは何もありません。ただ、この頃、ようやく御近所にショッピング・モールが出来たり、新しい街も出来てきました。将来的に、パークを囲むようにコミュニティが出来れば、今の状況から脱することも可能でしょう。それまで運転資金が持てば良いですが。2004年3月

フランス語版ディズニーランド・パリ公式ホームページ アメリカディズニーランド公式ホームページ
Tips & E-Mail
2004年3月、People がとうとうプロバイダ・サービスから撤退したため、ひとまずジオシティーズへ引っ越しました。

Last modified 2004年03月 Maintained by E.OISHI