征三の旅のページ
  スペイン 2007/9/7〜26







スペインからの便り
次男の暮らしているカタルニアの丘の上にある、小さな町にいます。 昨日は、一時間歩いて、野歩(次男の名)の働いているレストランに行った。
牧草地が拡がり、小川が流れる静かな村の中に、素敵なホテルと、馬の放牧場とゴルフ場に囲まれたレストランだよ。
美味しい料理と 飲みやすいカタルニアのワインで、ご機嫌な午後だった。
建設労働者のフリオ
野歩は、二人のスペイン人と暮らしている。三人は、それぞれプライベートの部屋を持ち、みんなで使える台所付きのサロンがある。バス・トイレ付きの洗面場は二つある。 なかなかの暮らしだ。
 僕ら夫婦は、6畳ほどの野歩の個室で少し窮屈な生活だが、広々としたサロンが自由に使えるから、のんびり出来る。
 二人のスペイン人は、朝早くから、夜までいないから気楽な生活。
 でも、スペイン人たちはとても楽しい、優しい人たち。
 今夜は、野歩とフリオがビールを飲んでいる。
カタロニア・ジローナ県、プッチェルダは丘の上の、 小さな町。
フランスとの国境まで、徒歩5分。 この写真は部屋のベランダからの眺め。
牛のいる牧場の上の、画面を横に木が並んでいるところから上は、フランス。

「国境まで5分」
野歩の住んでいる家から、 急ぎ足で約5分で国境を越えることが出来る。
昔、 見た映画で題名を忘れたが、主演はイブ・モンタン。
モンタンは、元共和国軍のパルチザン。フランスに住んでいるのだが、スペインに残って、戦っている仲間に、大切な情報を伝えに行く。
ところが、国境の検問場でパスボートの不正が見つかりそうになる。モンタンは抵抗運動の幹部だから捕まったら、死刑だ。
結果的には、国境を通り抜け、仲間に情報を伝える事が出来る。
あのクライマックスの場面にあった検問場も、ここプッチェルダのような田舎の国境地帯だった。
もう、EUの加盟国となり、通貨もユーロに統一されたから、国境の検問場はその跡しか残っていない。
そこを抜けて今朝もパンを買いに行った。パンはフランスの方がうまいと言うからね。
「バルセロナとフィゲラスへの小旅行」
ノブの家にいる限り、ホテル代がいらないし、身体も休められる。
実は、このスペイン旅行は、1996年、日の出の森の中で、ブルドーザの前に転がって、処分場建設を阻止していた時から書き始めていた童話を、完成させようと思って、持って来ている。
日本にいても、常に手直ししていたけど、ぼくにとっては、絵本とアートが、頭の中をいつでも、占領している。
目の前に、描きかけの絵があり、魅力的な展覧会の誘いや、出版のはなしが入ってくる。
日本を離れると、頭の中を、この未完成の童話でいっぱいにする事が出来る。だから、スペイン滞在中の約3週間で、20世紀から持ち越している荷物を、肩から下ろしてしまおうとしている。
でも、野歩のクルマで3時間のバルセロナに、折角、野歩が休みを取ってくれたのに、行こうよ!
サクラダ・ファミリアは30年前にユキヒコと登ったときと比べると、えらく大きくなっていた。
バルセロナ・フィゲラスへの小旅行
バルセロナでは30年前、ピカソ美術館へも行ったが、今回は5倍以上に大きくなっていた。 
あの頃は、本人が生きていたし、彼の敵であるフランコは死んだ所だったが、『フランコ無きフランコ政権』の時代。でも、こじんまりした『ピカソ美術館』も良かったなあ。
 丘の上の「ミロ美術館」親しみを覚えたね。
中庭に、おかしげな木の実がいっぱい落ちていたから、拾ってきてしまった。全部、作品に使ってしまうから、生態系に影響は及ぼさないよ。

写真  ミロ美術館で、樹の実を拾う征三

ダリとガラが暮らした家
フィゲラスで「ダリ美術館」を見た。途中、ぼくは、体調をくずし中庭のベンチで半分意識不明。 そのまま館外に逃れて、カフェでビールを飲んだので、生き返った。
 もうダリはタクサンなのに、野歩が、ポルトリィガトという、海辺の村に連れて行ってくれた。そこは、伊豆の下田の、鍋田浜に良く似た、静かな入江。 白い館とオリーブ畑、室内のキッチュな品々、喜代恵はスッカリ虜になってしまった。
 ダリもガラも、こんな所で、大人しく暮らしていたとは思えないが・・・・・。

野歩が住むプッチェルダからバルセロナまで約3時間。ものすごい峠道を、くだる、くだる。ついにブレイクが全くきかなくなってしまった。 そして、レッカー車出動。帰りは下り坂の少ないフランスから帰る事にした。海辺の街で美味しい海鮮料理を食べて、小旅行は終わった。
カルメンと踊った
野歩のレストランが4日間 休みがとれたので、この小旅行に出る事が出来た。野歩をあんまり疲れさせられない、という親心とは裏腹に、ピカソ、ミロ、ダリ、ガウディと大サービス。 そして、ついに フラメンコ! 本格的なフラメンコを、きよえは、野歩が最初に住んでいたアンダルシアで堪能しているが、ここでは観光客向け。「観光」はイヤといっていたセイゾゥ、一番乗ってしまった。
処分場建設予定地の赤土に這いつくばってブルドーザと闘っていた時思いついた童話「モリもりさまの森」がスペインのカフェで仕上がった。1996年から書き始めて11年、ぼくの20世紀は、スペイン・カタルニヤ、プッチェルダで終わった。

さようならプッチェルダ
丘の上の小さな街、次男の野歩が住むプッチェルダ 3週間がアッといううちに過ぎてしまった。 さようなら また来るよ 。
ぼくたちが帰った後、すぐ雪景色になった。 
と、野歩からメールが来た。ブルッさむっ!