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『はじめての伊豆』   連載30回 07/12/22 
                         『伊豆の風』      

 
      連載 『はじめての伊豆』  

連載第1回
「ちからたろう」が売れたので、どんどん出版の仕事が来るようになった 最初に来た仕事は、あまり条件の良い物ではナかった。
挿絵の仕事だったけれど、本の内容もきがすすまなかった。でも その次の日からどどっと大いにこころが踊る仕事が来るとは思いも寄らないから、気のすすまないその仕事を受けてしまっていた。
ぼくはあとからきた面白い仕事を先にすすめて、最初に来た仕事はあとまわしにした。
でもたのしい仕事が次次とやって来るから、最初に来た仕事にいつまでたってもかかれない。
どうしよう、そうだ!こんな安アパートの四畳半ひと間、赤ん坊の泣きわめく中でだから余計やる気がしないのだ。どこか温泉にでもいって仕上げてこよう!

連載第2回

 その頃ぼくは新宿のバァでウィスキーを飲んだりするほど、ちょっと、カネ回りが良くなっていたようだ。
バァでは、太田大八さん、長新太さん東君平くんらと飲むことが多かった。
飲みながら話すたのしい話題のなかに伊豆でのエピソードもあった。 
まだ一度も伊豆に行ったことのないぼくは 羨ましく話を聞いていたのだった。     
「そうだ伊豆に行こう、伊豆の温泉宿でこの仕事を仕上げてしまおう」ぼくは決意した。
温泉宿なんかに泊まったら、この仕事の画料の何倍もお金がかかるだろうが、もうこれ以上、この仕事を抱えている訳には行かない。    
ぼくは四畳半ひと間に家族を残し伊豆へと旅立つ事になった。

連載第3回

ボロ鞄に絵の具や筆を詰め込み、画用紙をグルグル巻にし、有りったけの現金を持ってさあ出発。
でも、伊豆といっても何処に行ったらいいのかわからない。
 
太田大八さんに電話して聞くことにした。
安い宿、行方など、「ぼくも行く」という返事。 あっという間に大八さんのクルマがアパートの前に来てしまった。クルマなら荷物も運びやすい。嬉しかった。
ところがクルマは再び都心へ、気が付くと渋谷。
長新太さんのお宅の前「長さんを乗せて行くからね」やがて長さんが鞄をさげおくさんと出て来た。おくさんの機嫌がよくなさそう。
 
ゆめみわらし
この時、ぼくのやって
いた仕事がこの本です
「ゆめみわらし」


連載第4回
長さんの奥さんは腰に両手をおいて、ぼくたち三人を眺め渡しながら、ちょっとほほえみながら「あなたたちねチャント仕事を済ませてから行くか、遊んで来てから仕事するか、どちらかに なさったら?」と諭すようにいった。でも ぼくたちは、その言葉にさからって、悪事がばれた悪戯っ子のように、こそこそと出掛けたのだった。
空は青空 心は 軽く といいたいが、大ベテラン太田大八。憧れの長新太。
クルマ快走。ぼくはドキドキ。

お二人の なにげない会話にすら口を挟めない。
クルマは 熱海 伊東 大川 北川 熱川を通り越して今井浜に着いた。
道の端っこに白いクルマが停まっている。
大八さんがクルマから降りて白いクルマに近づいていった。道でも尋ねるのかな?
と思っていたら、なんとクルマから君平ちゃんが出て来たではないか。


    

   
連載第5回
大八さんは君平ちゃんにも連絡をつけてくれてあったんだ。 
ぼくたちは君平ちゃんの幼なじみの女性が嫁いでいる大きな旅館に宿泊することになった。
4人は 離れに泊まる事になった。
離れには四部屋もあって、ぼくらは、それぞれ一部屋づつに別れて 早速仕事をはじめた。 

ゆめみわらし

      
 
ゆめみわらし 「ゆめみわらし」 連載第6回
「仕事をする」と云うので宿が上等の文机を用意してくれた。
伊豆に仕事をしに来た文士は山ほど居るが絵かきは珍しいかも知れない。
ぼくは女中さんから古新聞いっばい貰って、机や畳の上に敷き詰めた。
それから、泥絵の具を膠で溶いていると
、君平チャンがやって来て「大八さんはもう五枚も描き終えチャッタよ」と報告していった。
間もなく、大八さんが入って来て「外へ飲みに行こうよ」と誘いにやって来た。


ぼくは描き始めたばかりだったので、「チョット待って」と断って、これは大変、いつものペースでやってられない、とあわてた。
やっと調子に乗り始めた所へ、また君平チャンが「長さんもおわったら飲みに行こうって」と誘いに来た。
しばらくすると長さんがフラリと入って来て「君平はね、見せないんだよ。
部屋に入って行くとね、描きかけの絵の上に新聞紙をかぶせるんだよ」とスゴイ秘密を見つけた子供のように、ちょっと得意そうに笑った。

     
そこへ大八さんが来たので、長さんが また さっきと同じ得意顔で君平チャンの事を話した。
大八さんは「へっ」と云ってチョットおどけて、「オカシイヨそれは!」と言わんばかりに笑っている。
長さんも「へっ」と云って楽しそうに笑った。
君平チャンがタイミングよく入って来たので大八さんと長さんが「へっ」「へっ」といって笑ったので君平チャンは「あのことかな」と云う目になって、チョットくやしそうに「行こうよ、早く、飲みに行こうよ」と はしゃぎ始めたので、ぼくたちは出掛ける事になった。
第一日目の伊豆でぼくは一枚も仕上げられなかった。   
 
ゆめみわらし
「ゆめみわらし」
連載第7
 二日目の朝、ぼくはメチャメチャ早起きして、描き始めた、
やっと2〜3枚仕上がったところへ、君平ちゃんが「ごはんだよ」と知らせに来た。
朝食の後大八さんがコーヒーを飲みに行こうと誘ってくれたけれど、断って仕事を続けた。でも、しばらくして三人とも「喫茶店がないみたい」といってかえってきた。
昼ご飯の後、大八さんが、「駅の方へ行ってみよう。     


美人がやってる喫茶店があったはずだ 」というので 今度は ぼくも一緒に出掛けた。
喫茶店はあったが、かなり年取った老婆が一人で切り盛りしている喫茶店だった。
長さんがコッソリぼくの耳もとに「大ちゃんには、あの年頃がチョウドなんだよ」と教えるように云うのだった。
大八さんはその頃まだ五十になったばかりなのに、髪の毛が真っ白


だったので、かなり キツイ冗談なんだけど、大八さんは聞こえているくせに 「ええっナニ」と、とぼけながら笑っていた。
コーヒーを飲んで、宿に帰ると、 大八さんと長さんとぼくは仕事を始めたが、君平ちゃんはもう描き終わったのか道具を仕舞って、あっちの部屋に行ったり、こっちの部屋に来たりして皆の仕事のはかどり具合を「○○さんは、 今、××してるよ」と、実況放送の役目をかって出ていた。 

 
 
連載第8
 夕方、君平ちゃんがぼくの部屋にやって来た。彼はもう10回以上ぼくの部屋に入って来ているのに、その度に上手に理由を付けて、感じよくやって来るので、決して、いやな気持ちにさせないんだ。「お風呂にゆこうよ、」と誘ってくれるので、描きかけの絵をそのままに、温泉に入る事にした。
 君平ちゃんと風呂場への廊下を歩いて行くと、向こうから風呂上がりの赤い顔の太田大八さんと気持ち良さそうな浴衣姿の長新太さんとすれ違った。  
長さんが「お風呂に オカマのおじさんが居るよ」と嬉しそうに教えてくれた。  
君平ちゃんは少年のように可愛いから、いかにも狙われそうで心配だ。


「ヤバイぞ」「大丈夫かな?」とか言いながら脱衣所に入ったが、そこには誰も居なかった。
「ナーンダ!うそか」「騙された!」とぼくたちは、わざと、くやしそうなふりをした。
「長さん、オカマがすきだからなあ」
と君平ちゃん。
そう言えば、長さんといつも会う新宿のバァはオカマが居る店だもの。
裸になると君平ちゃんは、ちょっと病弱そうな少年の顔に似合わず、身体は逞しく、胸や肩の筋肉は盛あがって、素晴らしい肉体の持ち主だった。 
彼は、少年時代、この地で、大変な苦労をしている。辛い肉体労働が、彼をこんな素敵な身体にしたのだろうか。

夕べ、君平ちゃんは、この旅館の近所は、彼が八百屋の配達の仕事をしていた時のエリアだとなつかしそうに話していた。
彼のそうした仕事の最後の職業は、写真屋で、彼は絵の具を買う金さえなかったので印画紙と印画紙の間に挟んである黒い紙を使いふるしの剃刀で切って、彼独特の絵を創ったのだ。
「白と黒の歌」新宿伊勢丹で開催された大きな展覧会をぼくは学生時代に見た。
プロフィールに記された彼の生年月日を読んでぼくは驚いた。ぼくと全く同じ。 
カタログにサインをもらおうとして、長い列に並んだ事を思い出した。5年前の事だ。
 
 
連載第9回
君平ちゃんとぼくは、「東京イラストレーターズクラブ」の会員だった。
会には、宇野亜喜良、大橋正長新太、横尾忠則、早川良夫、福田繁雄、和田誠など、
当時第一線で活躍していた二十人ほどの小さな会だが、大きな影響力をもった集団だった。
君平チャンとぼくは最年少会員で、二十代はぼくら二人だけだった。
その事を、何時か君平チャンが「皆のうちで一番若い年代まで、ぼくら まだ四年もあるね」と、ぼくの耳元で囁いたことが有った。

ぼくはその時、「なんというクダラナイ事を考えているんだ」と一瞬思ったが、こんな事までぼくに話してくれる事がとても嬉しかった。
君平チャンは、ぼくと二人きりになると、苦労した伊豆での体験を、ワンセンテンスだけ、なるべく感情を込めずに吐き捨てるように話すのだった。あの時はたしか、あまりの空腹で、配達中の野菜を生で齧ったと言っていた。
ぼくも栄養失調になった苦しい日々はあるけれど自分で選んで求めた道だから、誰にも文句の言いようのない事だ。


君平少年は家庭の事情で家族と別れ、ひとりぽっちだったんだ。
君平ちゃんは、数々の苦労を重ねたこの伊豆で今は、立派な旅館の温泉に身体を沈めていた。
ぼくらは、内湯からつながっている露天に出た、庭の立派な築山を巡って、大きな岩にかこまれて、ぼくらはすっかり、打ち解けていた。
突然、内湯と間の硝子戸がガラガラ開いて、若い女性たちが全裸でこちらへやって来た。

 
 
連載第10回
若い女性たちの嬌声と共に美しい裸体がこちらへ近付いてくる。
はず なんだけど、ぼくは、ひどい近眼だから白い物がボヤーッと見えるだけだ。
一方君平ちゃんの、涼しげな少年の目は、ハッキリクッキリ見えているらしく、「おっ!イイカラダ してらぁ!」などと声をひそめて、ぼくに教えてくれるけれど、ぼくとしては、ちっとも面白くない。
おおきな岩に隠れ潜んで、二人は半時間以上じっとしていた。
君平ちゃんは「こちら向いてる娘は、すげぇオッパイだ」「あの娘オレ好みなのに、あっち向いてる」いろいろ報告してくれるが、だんだんのぼせて来たのだった。
ビリビリ

           ビリビリ
 君平チャンの絵本の処女作は
   当時、至光社からでていた「ビリビリ」
   今は、ビリケン出版から
 
 
連載第11回
君平チャンはうらやましいよ。
オンナの裸を見まくって、ぼくなんか、ドンドンのぼせてしまうだけじゃないか!
という不満が身体の中をかけめぐっているくせに、 まだあの時は君平チャンとぼくの間には遠慮があって、ぼくはそのことを言い出せない。
逆に「どのへんまで 見えてる?お尻は見えた?」などと、浅ましく聞くもんだから、君平チャンもだんだん嫌気がさして来たのか、
「困ったなあアイツら、いつまでいるつもりだろ?」と不機嫌に呟くのだった。
連載第12回
君平ちゃんとぼくは、ほとんど同時に気付いた。
それは、彼女たちが、ぼくたちの存在を最初から知っていて、わざと時間を潰しているんじゃないかということ。
彼女たちが、のんびりあの場所に居るかぎり、ぼくたちは、この岩影から出て行くことが出来ない。
だから意地悪をしているのだ。
でも、彼女たちだって、かなり苦しそうだ。
我慢競争。君平ちゃんは真っ赤になり、ぼくは貧血気味であおくなっていた。
連載第13回
目は霞んで来るし、喉は渇いて、冷たい水を飲みたくてガマンデキナイ。
でも、あの時ぼくは、それほど苦にしてなかったように思われる。
それは君平ちゃんと一緒だという幸せに浸っていたからかも知れない。
あの頃、ぼくは「売れっ子」の仲間に入ったばかり。
君平ちゃんは何年も前から、有名。
例えば、福田繁雄はぼくの大学の時の先生、君平ちゃんにとっては、出版社で一緒に仕事をするデザイナーと画家先生。
だから、福田は君平の事を「先生」と呼び、ぼくは福田の事を「先生」と呼ぶ。一緒に酒を飲んでいる時なぞ変な具合だ。
       
  連載第14回
露天風呂から、どうやって君平ちゃんとぼくが出て来たのか、全く記憶がない。
風呂から出ると、山下明生さんがいた。山下さんは、今では有名な児童文学者で、海をモティーフにした童話を沢山書いている。
でも、当時はあかね書房の編集長だった。峰温泉に飲みに行く事になっていた。
慌てて準備して玄関に行くと、タクシーが二台まっていた。
多田ヒロシさんがいつの間にか、乗り込んでいる。峰温泉には、飲み屋が並んでいて、賑やかだ。
やがて、ギターつまびく「ながし」のおじさんがやって来て、{あたみのよる}という歌を、みんなで、声をかぎりに歌った。
連載第15回 
朝 大八さんと長さんが荷物をまとめて「宿替えだよ」言っている。
君平ちゃんも山下さんも多田さんも、もう居ない。
支払いも済んでいて、ぼくは自分のを大八さんに渡した。「コンナ高い所に居たら、お金が無くなってしまう」二人で騒いでいるけれど、豪かな宿のわりには、安かった。まだ、持って出たお金は充分残っている。
君平ちゃんが帰ったとたんに、「こんな所に居られない」騒いでいるのが、とても面白かった。
三人は、絵の具や紙を大八さんのくるまに積んで、伊豆半島を更に南に向かって、走り始めた。
 連載第16回
車が走り出すと同時に、大八さんは、運転しながらたのしそうに歌い始めた。
アタミノォヨオォ〜ル。良く晴れて暖かく、気持ちいい風が車窓から流れ込んでくるので、大八さんだけじゃなく、長さんも、なんとなく楽しそうで、「昔このへんにゃ、清水の次郎長とか住んでいて・・・ 」なんて話し始めた。
本当はここは、伊豆の国だから駿河にいた次郎長はいない。
けど今の三人にとって、なんでもOK。
ぼくは長さんが、ご自分の長と次郎長の長と関連させてなにか面白い事を云うのかと思った。
       
  連載第17回
♪妻と書かれた宿帳にぃ涙の後がなつかしぃぃ あったみのぉヨォ〜ルー大八さんが急に歌い始めたので、ぼくはビックリした。
長さん少しムッとしたようで「それでぇ 皆の苗字と名前の間に{の}を入れるとさぁ」大八さんは長さんがちょっと不機嫌になり、ちょっとムキになっている事に気付いていない。
それどころか長さんの話に伴奏か、合いの手を入れるつもりで、歌を歌っていたみたい。
でも、少し長がすぎたかな。大八さんが、歌いたくなるほど、気持ちの良い天気なんだ。
大八さんが「アタミのよる」の二番を歌い出さないうちに、ぼくはふたりの間に口を挟む事にした。
「例えば、東のクンペイとか?」「あははは弱そうなヤクザだ」大八さんがハンドルを切りながら楽しそうに笑った。
連載第18回
「東の君平というのは、弱いだけじゃなくってさ、チョコマカしててさ、ホラ!パシリッてかんじなのよ」
長さんは、現物の君平ちゃんを少しデフォルメさせた東の君平像を話している。
でも もっと、極端なイメージを提出しないと「の」を入れた効果が際立たない。
そこで、ぼくは又はりきって、「村娘なんかにチョッカイ出したりして」 すると、大八さんが運転しながら、ぼくの方をチョイと 振り向いて「オヤジに、薪ざっぽで、コテコテに殴りすえられてさ」
アッハッハ アッハッハいい風が窓から入って来て、笑い声を運び去って行く。
連載第19回
「太田の大八」長さんが助手席で、大声を出した。
ぼくの頭の中には、白髪を上品に髷に結った大八さんが、座布団に堂々と座って、笑っている。
その姿は、街道一の大親分と云う感じなのだ。
でも、それを云っても、面白い話にはならない。
長さんが、また大声で云った。「コイツが、とんでもなく悪い奴でサァ、貧乏人からは金を巻き上げるわ、良家の娘は、手ごめにするは、ヤリタイ放題!」長さんが、云うと「太田の大八」そう云う悪いヤクザに見えて来たから、面白い。
アッハッハ アッハッハ アッハッハ 左に海を見ながら、車は走って 行く。
       
   連載第20回
アッハッハ 大八さんも、本当にうれそうに笑っている。 「太田の大八があるいてそうな道だね」 車は、いつの間にか、海沿いの道から、山間の旧街道に入っている。 「手ごめにする娘はいないか、物色しながら、歩いてんだヨォ」長さんが、合いの手を入れるように云う度に、大八さんは、アッハッハと、心から楽しそうに笑う。大八さん五十過ぎ、長さんが四十歳になったばかり。同じ空間に居て、幸せの微粒子を全部、吸い込んでしまいたくなる時間が流れて行く。
連載第21回
大ハさんは口笛を吹き始めた。
また「熱海の夜」かな?と思ったら180度違って軽快でオシャレな旋律だ。
その頃ラヂヲなどで、よく耳にしたメロディーだけど、曲の名をぼくは知らなかったが、後で ポール モーリアの「恋は水色」だとわかったんだけど。
♪ りーりっり、りーりーりー、りーりりりっり、りりりーりー♪
大八さんの口笛はすばらしく上手で、かといって、これみよがしではないんだ。
青い空と緑の山、伊豆の街道を車は軽やかに走って、大八さんの気持ちそのままに、口笛は風に乗って流れてゆく。
長さんも、童歌の節回しで「てーごめ、てごっめ」と歌っている。
連載第22
「タシマのセイゾウ」
長さんが助手席で前を向いたまま言うと、大八さんがすかさず「おっ、これは立派な大親分って感じ!」と、運転しながら大声でかえした。
長さんも、しみじみした調子で「いかにも正義の味方で、強そう!」
ぼくは、うれしくなかった。ボロクソに云われた方が長さんや大八さんと親しくなれた、友達になったと思えるからだ。
だから、どう言葉を返していいのか迷った。
おどけて「ドウダマイッタカ」とやるか、それとも、素直に喜ぶか、はたまた否定的な見解を述べるか。
迷っているうちに、車が停まり「着いたよ!ハナヤに!」と、大八さんが云った。
       
    連載第23回
着いた所は、下田に近い蓮台寺温泉。
今、考えると、随分 遠くまで行ったものだと思う。
伊豆の温泉なら、熱海から始まって、宇佐美温泉、伊東温泉、川奈温泉、大川温泉、北川温泉、熱川温泉、稲取温泉、大きい所だけでも東伊豆に沢山あるのになぁ。
やっぱり君平ちゃんの知人の宿を優先したんだろうか?
それだけじゃない事がつぎの日から徐々に解ってくるのだ。
「ここは、安くて親切なんだ」
大ハさんは、古い木造の昔ながらの旅館の横の空き地に車をいれた。
「バスの運転手と車掌が泊まる宿なんだ」
  連載第24回
「はなや」ではなく「べにや」だったように思えてきた。36年も時間が経過すると、ぼくの場合、固有名詞があやふやになる。
あのときの情景は、はっきり目の裏に蘇ってくるのに。
固有名詞と云えば、蓮台寺に着いた日の夜、3 人で行ったバァの名前は「もなむ」だったか「めなむ」だったのか。
「べにや」に上がると、すぐ、風呂に入り、部屋で、夕飯をいただいた。
ぼくたちの部屋は、二階で、3人でひと部屋。
宿の主人に、仕事をすると云うと道に面した明るい十畳間があつらえられた。



夕べまでの豪華なはなれとは、 ドテンと変わってしまって、庶民的、家庭的な雰囲気になってしまった。
夕飯も部屋に大きな御膳が運び込まれ、3人でユックリ食べる事が出来た。食後のんびりしていると 、主人が女中さんと、今、夕飯をよばれた御膳ほどのテーブルとザイスを3脚づつ運んで来てくれた。
サァこれから、仕事だと張り切っていたら、大八さんが「アツミ キヨコさんやミキ ノリコさんが待ってるぞ!」と云って立ち上がったのだ。
それから、ぼくたちは、「モナミ」だか「メナミ」だか わけもわからぬ所へ出掛ける事になるのだ。
       























連載第25回
伊豆に来て、四日目になるのだろうか。河津浜で二泊したのか、三泊したのかわすれてしまったが、ぼくの記憶の中で、伊豆旅行中はじめて寒さを、それも、強烈な寒気をあの夜、感じたのだった。
伊豆独特の暖かさの中に居たぼくらは、あの寒さの中、モナムだかメナムたかに、三人ででかけたのだった。
長さんが、デニムのジャンパァを羽織っていた事を、妙にはっきり覚えている。
大八さんの赤い皮ジャンは、あれから十年後イタリアのフィレンツェでぼくの双子の兄弟、ユキヒコと三人で旅した時買ったのだから、あの夜は着ているはずがないに、大八さんが今も大切に着ているアノ赤い皮ジャンパァを着て、デニムを羽織った長さんと肩を並べてモナムだか、メナムだかに入って行く姿が、眼に蘇って来るのだ。

伊豆の三月は、菜の花や河津桜が咲き乱れて、春爛漫なのに、なぜ、あの夜あんなに寒かったのだろう。
店に入ると、狭いホールの真ん中に、石油ストーブが燃えていて、にもかかわらず店内は寒々していた。
ぼくは、若者らしくストーブを無視し、奥のカウンターの椅子に腰掛けてしまった。
すぐ両側に女性が座った。一人は四角い顔で、渥美清に似ていた。そして、もう一人は長い顔で、三木のり平そっくり。
連載第26回
ぼくはウイスキーの水割りを注文した。
「あたしタチも戴いていいかしら」とノリコさんが聞くので、とっさに「あぁ」と答えたのがいけなかった。
水割りがやって来るとふたりの女はかぱっと、ひと口で飲み干してしまった。
「おかわり戴いて、よろしいかしら」とキヨコさん。慌ててフロワを振り返るとナント大八さんと長さんはジャンパーをはおったまま立ってストーブに当たっている。
ぼくは勢いよく椅子から飛び降りた。
「寒くて水割りを飲む気にならないから帰ろう」大八さんが財布から千円札を何枚か取り出して支払っている。
ぼくは大八 さんに自分で払うと詰め寄ったけれど、笑って取り合ってくれない。
  連載第27回
ぼくは、 このイタヅラッコのような、おじさんたち二人に完全に担がれてしまったのだ。腹が立つ というよりは、きまりが悪いという気持ちだった。大八さんはしゃぁしゃぁとしており、長さんは、申し訳なさそうにしている。「こんな寒い夜は、美人姉妹の店で、熱燗をキュウッとやんなきゃね。」と大八さん。 「大八さんは、お姉さんの方に、惚れてんだよ。」 長さんは、あの頃まだ太田大八さんのことを「だいちゃん」とは、呼んでなかったような気がする。 でも長さんの話方が、担がれてしまったぼくのことをとりなしているみたいで、ぼくはやだった。

伊豆から帰って何週間かたったある日、大八さんが「蓮台寺のあの店、火事で丸焼けだって」と教えてくれた。 ちょうど長さんも居合わせて「ウイスキーを女にガブガブ呑まれた奴がストーブを蹴り倒したんだ。」と言って笑ってる。 大八さんは、「せいチャンの怨念だね」と 大笑い。しばらくは、蓮台寺のモナミだか、メナムだかの「事件」は、ちゃかしのネタにされていた。 さて、あの寒い夜、三人は笑いながら美人姉妹の店へと向かったのだった。
連載第28回
蓮台寺のあの夜の寒さは、南伊豆では特別の冷え込みだったに違いない。さっき飲んだウィスキーはぼくの体のどこに収まってしまったのか、せっかく摂取したアルコールは、燃焼せず逆にぼくの体を冷やしてるかのようだ。
大八さんと長さんは、お酒を一滴も飲んでいないのだから、ぼくよりもっと寒いはずだ。でも、相変わらず、美人姉妹の話題で盛り上がっている。
美人姉妹の店は、思ったよりもずっと小さかった。
カウンターだけの店で、しかも5人以上座ることは不可能と思われた。
姉妹は間違いなく美人であり、特に姉の方が、より美しかったことを、鮮やかに今も思い出す。 二人とも和服がぴったりの人たちで、姉は三十路に足を踏み入れたばかり。妹の方は二十七か八、現代風のチャーミングな女だった。
連載第29回
美人姉妹のことはそれほどよく覚えていない。
今度、ダイハチさん尋ねてみよう。
話を聞けば思い出すよ、きっと。でも大八さんは「ぼくは死亡適齢期だから」 と言っているから、急がないとね。
もっとも、ダイハチさんの死亡適齢期はとっくに過ぎてしまったから大丈夫だとぼくは思ってるけどね。
連載第30回
美人姉妹の店の話を、太田大八さんに聞くチャンスを逃してしまった。 ちひろ美術館で初山滋の展覧会のオープニングパーティーがあって、大八さんは初山さんと親しく御近所付き合いをしていたので、パーティーにはいらっしゃると、予想していた。予想は当たったのに、ぼくが 新潟の真田小学校に行かねばならない用事が出来て、パーティーには出る事が出来なかった。
大八さんに美人姉妹の話は、聞けなかったけれど、大八さんから昔、聞いた初山さんとのエピソードを思い出したのだった。
大八さんがいつも行く銀行に入っていったら、みすぼらしいなりをした老人が銀行から、摘み出されようとしていた。初山さんだった。
初山さんは、鴨を飼っていたから、いつも同じ身なりをしていなければならない、でないと鴨が怯えて暴れるという。それでボロボロの服を着てたらしい。「このひとは、世界的な大芸術家だ」と言って初山さんを助けたという。

大八さんは身だしなみが、いつも上品だし、大八さんなら銀行でも、警察でも信用される。
パーティーではあの話をしたのかなと思ったら、違う話だったらしい。その話は、初山さんの立派さが、際立つ話だったにちがいない。
大八さんなら、自分が話題にしようとしている人を、どのように語れば、その人が際立つか、常にこころがけているから、初山さんが惨めな目に合ってたところなんて、ネタにするわけがない。大八さんのそういう気配りが、大八さんといると、決して不愉快な目にあわす゛にすむという事実のタネであり、仕掛けなのだ。
そういう大八さんの何気ないこころ配りを、この伊豆旅行で、なんどか体験することになった。
 





 『伊豆の風』
 人人会のメンバー


  斉藤真一、中村正義、 山下菊二、
   大島哲以、左熊桂一郎、星野眞吾、征三。
  今はぼく以外故人に       
           
  伊東の中学校で絵の先生をしていた斉藤真一さんが「タシマ君は伊豆が好きだと言うけとね、あそこは風が強くて、たいへんなところだよ」といつもいっていた。
たしかに、伊豆では、いつでも強い風が吹いている。
手術の後、体重45kgになっていた頃は、横からの風にあおられて土手からおちそうになったこともある。
だからといって、強い風が吹きまくる伊豆がいやなわけではない。
南国土佐で育った僕は、むしろはげしく風が吹いている風景が好きだ。
思い出してみると、斉藤さんはかなり繊細な神経の持ち主で気の小さい所も有った。
風の音は人を不安にさせる。
斉藤さんにとって、来る日も来る日も吹いている伊豆の風は、よっぽどにがてだったんだろうな。
寒風吹きすさんでいる越後の雪景色のなか、瞽女さんと旅を続けていた斉藤さんなのに、伊豆の風はにがてだったんだな。
などと斉藤さんの事を思い出していたら、あるとき、中村正義さんがいつものように、画壇の改革を叫んでいた時、
斉藤さんが「そ、そんなこといっていいんですか?」とあわてたのにたいして、山下菊二さんがもっと過激な発言をしたので、斉藤さん青くなってがたがたふるえていた。
大島哲以さんがとりなしていたのを思い出してしまった。

  伊豆半島のぼくのアトリエ

この家の設計士は下向辰法建築設計です。伊豆半島のアトリエ








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