インスタレーション作品集  installation
                    © 写真 酒井敦

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 目次

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  T「イガグリモンスター」
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1、第二処分場

イガグリ・モンスター」自然素材を使って、ナニか創ってみたい、
と思い始めたのは、1990年だったと記憶している。

1969年から暮らしていた東京都西多摩郡日の出町玉の内に
二つ目の巨大処分場の建設計画が持ち上がった頃だった。
妻のキヨエとぼくは、急速に開発が進んでいた日の出町の中で心を
痛めていた仲間たちと小さな会を作り、活動を始めた。

会のマスメディアへのデビュウと仲間増やしを兼ねて、町の真ん中
を流れる、平井川(当時は、東京三大清流のひとつ)の河原で写生大会を催した。
プロの画家はぼくひとり、当然スケッチブックをかかえて参加した。
だが、ぼくはスケッチもデッサンも大嫌い。
参加者はぼくがどんな写生をしているか注目しているように思える。
そこで、苦肉の作。河原に生え繁っている雑草や砂や木切れなどを
スケッチブックに貼付けてみた。なかなか面白い。

あの日は、主催者の立場であったし、コラージュを制作するための
用意がなかったため、集中出来なかった。
だが、この時が、自然素材に目を向ける最初の体験をした日だった。

  2、イガグリ・モンスターの始まり(2000)

日の出村のわがやの庭に大きなクリの木がある。毎年、大量のクリが採れる。
ぼくらには 邪魔なだけのクリのイガ、これもまた大量に落ちてくる。
触ると痛い邪魔モノは、よく見ると、ナカナカ美しい。
それを畑の土の上に、人型に並べてみた。

カメラマンの酒井くんがチョウドやって来たので、イガグリ男の近く
で焚火をし、その光だけで撮影してもらった。
結果は期待した程のモノにはならなかった。

     

  3、二年目のイガグリモンスター(2001)

次の年、イガグリはより大量に採れた。
今度は、立体にした。すなわち、木の枝を組合せて、畑に立て、
それにイガグリを黒い糸でいわえ付けた。
酒井くんは、ライトなど撮影の用意をしてきていた。
イガグリ男の頭部は細い枝を組み合わせ、そのなかにイガグリを詰め込み、
外側には、特別大きな二つのイガグリを、その内側の白い所に腐って黒くなった栗をそれぞれ一個づつはめ込んだ。
 ところが、イガグリ男は酒井君が、シャッターを切る直前に、ぶっ倒れ頭の内部の、
イガグリが飛び出して、四方に飛び散った。
 でも、おかげで、イガグリ男は、とても魅力的になったんだ。

  4、イガグリ男、伊豆熱川に現る(2002)
   
2003年伊東市にある『池田20世紀美術館』で個展が決まった時、
ぼくは、『イガグリ男』を、出品したいと思った。
そこで、日の出の家から、大量のイガグリを、「いわさきちひろ美術館」から借りている熱川の、ちひろの別荘に運び、そこで制作する事にした。
撮影中に倒壊するような事がないよう、青島左門くんに参加してもらう事にした。
左門くんは、ぼくと正反対の慎重な性格だから。  
 また、製作スタッフに、ぼくの事務的な仕事のアシスタントである渡部淑子さんにも加わってもらった。
 彼女は、イガを左門くんが作ってくれた木の心棒に、いわえ付けるために、モール状の物を考案した。
 デザイン会社『カットクラウド』の文男ちゃん,ケイちゃんたち、
平塚のレインジャー米木君、映像作家を目指してる片山君(彼は後に「もくれんおじさん」の出来るまでを制作してくれた)大勢手伝ってくれて、2003年の『池田20世紀美術館展には、堂々、高さ6Mのイガ・オブジェが完成した。
それはもう、『イガグリ男』ではなく、『イガグリ・モンスター』と呼ばれるモノとなっていた。