The Chicks Have Arrived  by Junichi P Semitsu
グラミー賞のバックステージ  チックス公式ブロガー、ジュンイチ・セミツ氏の記事より


日も暮れた金曜夕方、カルバーシティにあるソニースタジオでは、今から三日後のグラミー賞授賞式に向けて、”Not Ready To Make Nice"を演奏するチックスの
リハーサルが行われようとしていた。

7番スタジオに向かう彼女達は、クイズ番組「Wheel of Fortune」と「Jeopardy」 の名司会者、ヴァンナ・ホワイトとアレックス・トレベックの巨大なポートレートが神の
ように掲げられているのに全く気づかなかった。ツアーのサウンドエンジニアだったファーン、マーティ、ビルの3人が、この倉庫をワーキング・リハーサルスペースに変
身させていた。そしてツアーバンドの面々〜デイヴ、キース、オードリー、ジョン、ラリー〜も集まっていた。今回に限り、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミスが
ドラムを叩くことになっていた。またコンポーザー/プロデューサーのアンナ・スタッフォードがヴァイオリンを、そしてベックのベーシストで白人だが立派なアフロヘアの持
ち主であるジャスティン・メルダル−ジョンセンがベースを弾くことになっていた。

リハーサルの必要性自体は低いようだった。チャドとジャスティンはTaking The Long Wayにも数曲参加していたし、アンナは自分のパートより編み物に集中して
いた。

僕は初めてチャドに会った時、ウィル・フェレルそっくりだと思った。こう感じたのは僕だけではないらしい。彼がスポーツの試合を見に行くと、自分の顔が場内の大画面
に写し出されて「ウィル・フェレルが見に来ています!」とアナウンスされるそうだ。彼は間違いなく才能ある最高のプロフェッショナル・ドラマーなのだが、注意欠陥障害
の子供みたいな信じられないほどバカなことをやらかすので、ますますウィル・フェレルと区別がつかない。だから彼がエミリーに会って「おはよう、マーティー」と言って
るのを見ると、もうかわいそうというか、笑えてくる。

ほんの30分ほどでメンバーはお互いを見回し、もういいだろうということでリハーサルは終了してしまった。

土曜の朝、チックスとバンドメンバー達は、今度は授賞式が翌日夜実際に行われるステープルズセンターにリハーサルしに集まった。

まだ式の当日でもないというのに、会場は大さわぎだった。バックステージには可動式のステージが壁に向かってパレードみたいに並んでる。そして通路を歩き回って
みると、そこにはナールズ・バークレイのキーボード、シャキーラのパーカッション、ルーダクリスのトロンボーンが。まるで現代のミュージックシーンの博物館のようだっ
た。スタッフが大勢いるにもかかわらず会場は混乱気味で、きっと僕がジョン・メイヤーのピックかチリペッパーズのドラムスティックを盗んでも、誰も気づかなかっただ
ろう。

チックスの番が来たので、僕は彼女達についていった。そこには、まるで中華料理レストランによくあるレゴ製の巨大ボートみたいな、どっしりとしたセットがあって、ま
だスタッフの一団が仕上げの作業をしている途中だった。床も階段も壁もギトギトの赤でペイントされていて、ラスヴェガスのつまらないショウにだって使われそうもない
くらい派手だった。

座席に向かうと、そこにあったものが一瞬、有名人の墓石ばかりを集めた墓地みたいに見えてしまった。前から10列目までそれぞれの座席に、エンターテイナーの名
前が書かれた大きなカードボードが置かれているのだ。チックスには3列目があてがわれていた。ルーダクリスの後ろで、コリーヌ・ベイリー・レイの前だ。

僕は一番前の列、しかもカードボードバージョンのネリー・ファタードとシャキーラの間に割って入ることにした。うらやましいだろう?君が「男カードボード」だったらの話
だけど。

3度目の”Not Ready To Make Nice”の前に、一人の女性がチックスの曲を、ウッディー・ガスリーと音楽を通じた抗議活動の歴史になぞらえて紹介した。この女性はジ
ョーン・バエズそっくりだった。しばらく観察してみて、きっとジョーン・バエズのそっくりさんとして有名な人なんだろうな、と思った。しかし実際は、ジョーン・バエズ本人
だった。

こんなことを経験するうちに、これから僕が出席するのがけっして高校のタレントショーじゃないってことを実感した。

チックスのリハーサルが終わると、あちこちにいたグラミーのスタッフやボランティアたちから一斉に拍手が沸き起こった。近くにいた女の子集団が口々に、「受賞して
欲しいーっ」「絶対たくさん取るわよ」といって、それから「ヤダ、見て!ジャスティン・ティンバーレイクがいる!」

*


日曜の朝が来た。カレンダーではずっと先だと思っていた、グラミー賞授賞式の日が遂にやってきた。

ベーカーズフィールド近くの一角に車を停め、警備やら警察やらたくさんのチェックを受け、遂には本物の「ポリス」に遭遇したりしていると、僕は突然、極度の緊張に襲
われた。僕には、チックスが今までやってきたこと全て〜何度も重ねられたリハーサル、ツアー、宣伝活動、ドキュメンタリー、そしてこの僕との契約さえも〜が今日とい
う日のために用意された、序章のように思えたのだ。

しかしチックスの楽屋に一歩足を踏み入れたとたん、気分はツアー中のある一日に戻ってしまった。そこにいるみんなが、日曜朝のブランチのようにリラックスしていた。
あえてひとつ違うとすれば、ナタリー・メインズがブロンドじゃないってことだけだった。もし前日の段階で彼女がブロンドじゃなかったとしても、ナタリーのお姉さん・キム
がブルネットなので彼女と間違えても仕方がない。ナタリーは最後の最後に、なんとなしに髪をカラーリングしようと決めたらしい。

ヘア・メイクの間、僕はチックスが受賞スピーチの内容を相談しているのではないかと思って様子を見てみた。しかしナタリーはクロスワード、エミリーは子ども達にメー
ルを打ち、マーティーは雑誌をパラパラとめくっていた。表には天文学的数字のリポーター達が質問をぶつけに待ち、さらに何百万ものテレビ中継視聴者達が受賞の
スピーチをかたずを呑んで待っているというのに。

ナタリーがマニキュアを塗ってもらうために、僕の前のソファに移動してきた。僕は、「PCを打っている間、僕になんか食べさせてくんない?」と彼女に頼んだ。ナタリーは、
「何で?お腹空いてんの?じゃハーレムみたいにブドウを食べさせてあげようか?お望みならやるわよ」と言ってトレードマークのケタケタ笑いをし、僕のこのレポート作成
の邪魔をした。しかし実際は彼女は、上気管支感染症にかかって家で休んでいる息子のベケットのことを気に掛けていた。彼女は家で面倒を見ているルーキーを電話
口に呼び出していた。ルーキーを信頼して任せていたので、ナタリーの夫エイドリアンも今日授賞式に一緒に出席することができた。

なぜかベケットの話から、妊娠中何キロ太ったかという暴露話に発展した。ナタリーはスレイドの時に、本当に、28キロ(!)太ったそうだ。ベケットの時には22キロ。
実際にスレイドが生まれたとき、担当医が「あまり羊水が出てこなかったね」といったそうだ。ナタリーは、28キロ分の「羊水が」出てこなかったのよ、と強調した。

ナタリーはまたクロスワードをやり始めた。4文字で、最後がTの、ドイツ人哲学者は誰だと言う。僕は「カント」と答えた。

エミリーがふざけて、キモノ風のシルクローブを羽織って僕に近づいてきた。まるで、アジア風の模様の入ったものを着ていれば僕が大人しくなると思っているみたいだ。
彼女は髪をヘアスタイリストのブレント・ローラーの手によって完璧な編みこみに仕上げられ、さらにLL COOL Jみたいな黒いストッキングのドゥラグをかぶっていた。こ
ういうタイプの業界イベントでは、ストリートファッションにも通じているところを見せるのはいいかもね、と僕は彼女に言った。

ナタリーが「苗字がフィッツジェラルドで、名前の3文字目がLの人は誰?」と聞いてきた。そこにいたみんなが同時に「エラ」と答えると彼女は「そんなん分かってるわよ」。
チックスのメイクアップアーティストのディーンがふざけて言った。「彼女はシンガーです」。

エミリーが空けた椅子を、今度はマーティーが座ろうとして回したとき、彼女は椅子の背に5センチくらいのダーク色の髪の毛が付いているのを発見した(僕のブログを
よく読んでくれる人なら、マーティーは本来あってはならない場所に髪の毛があるのを見つけてしまう傾向があるのをご存知だろう)。マーティーは、これはエミリーの髪
の毛だと断定し、彼女が本当は男だったと告発した。ナタリーはクロスワードから顔を上げ、「私、知ってた」と叫んだ。ディーンは「だから高い声がでないんだ」と付け加
えた。

皆の笑いが収まったあとも、部屋には平穏さが漂っていた。ドアの外の大騒ぎを無視しているかのようだ。僕はトイレに向かった時、そんな外側の衆愚政治を思い出さ
せられた。クリス・ブラウンのバック・ダンサー達、スティーヴィー・ワンダーの介護人たち、ナールズ・バークレイの聖歌隊メンバー達(彼らはMCハマーのバック・ダンサー
チームから引き抜かれたんじゃないか)の間をぬって僕は歩いた。あちこちのセキュリティ・ガードが今にも僕にタックルしてきそうだった。

やっとトイレに着いて「小」の前に立った時、僕は自分がスモーキー・ロビンソンの隣にいることに気づいた。やっぱり高校のタレントショーなんかじゃない。

僕はチックスの楽屋に戻って皆の前でこう言った。「うらやましいだろ。スモーキー・ロビンソンの隣でオシッコしちゃったぜ」。ナタリーが「見たの? ね、見たんでしょ?」。
僕は彼女のくだらない質問にはまともに答えなかった。僕がミラクルズの一員のようなもんだってばれちゃうじゃないか(後でライオネル・リッチーの隣の個室に入った
話も書いたのだが、担当の編集者から削除するように言われた)。

時計の針が3時を指した時、チックスはレッドカーペットを歩く準備を始めた。実際は彼女達はもう
建物の中にいるのだから、ちょっと馬鹿みたいだ。チックスのスタイリストはマリアンだ。エミリーの
ゴージャスな黒いドレスはプラダ、イヤリングはフランシス・クライン、ブレスレットはマーク・ジェイコ
ブス。シューズはフェンディ、バッグはクリスチャン・ルブタン。マーティーの黒のストラップレスドレス
はイブ・サンローラン。ステファン・ウェブスターのイヤリングに、シューズはフェンディ。ナタリーもス
テファン・ウェブスターのイヤリングを耳からぶら下げ、イブ・サンローランのドレスを着ていた。この
ドレスにはメタルのリングやチェーンがたくさん付いているのがとても印象的だが、入り口の金属探
知機一つ一つがそれに反応してしまって大変だった。

30分遅れでチックスは荷受口から出て、巨大な黒のSUVに次々と乗り込んだ。そして苦痛なほど
長い2ブロックを移動し、レッドカーペット・エントランスにたどり着いた。
そして彼女達が優美に(注:決してブリトニー・スピアーズの様にではなく)車から降りると、モルモン
教の教会に集まった信者くらいの数のセキュリティと、護衛と、メディアのリポーター達がヘッドセッ
トに向かって一斉にアナウンスした。「ディクシーチックスが到着しました!」

ひとつの軍事基地丸ごとを統括できるほどのテクノロジーと警備とが集まった巨大なグレーのテン
トのもと、チックスは2007年初めてとなるレッドカーペットに挑んだ。
ものすごい数のセレブ、ボディーガード、広報、エージェントそして見物人たちが、ボトックスとシリコ
ンの匂いでむせ返るこのハリウッドの土地に集結していた。

チックスは授賞式の冒頭で登場することになっていたので、同じ5つの質問をするのに躍起なメディ
アの群れを早く通り抜かせようと、広報のシンディとメイガンが3人を急がせた。

エンターテイメント・トゥナイトとインサイド・アクセスのインタビューを受けた後、彼女達はE!のリポー
ターを務めるライアン・シークレストのところにやって来た。そして彼から、この夜最初のグラミー獲
得となったカントリーグループ賞受賞の第一報を聞かされた(ほとんどのグラミー賞はテレビ中継の
数時間前に発表される)。


1つ獲得、残るは4つ。


2007 Frank Micelotta

レッドカーペットの終点に着くころには、3人は息をする暇もないほどだった。彼女達は衣装替えとステージ準備のために、ヒールのままダッシュでアリーナに戻った。

楽屋に戻る途中、僕はナタリーに聞いてみた。「いま他にやりたいことってある?」。「面白いこときくわね」と彼女は言った。それからしばらく考えて、「やりたいことはない
わ。今はギターヒーローとかマージャンやるより、ここにいたいと思ってる」。最近彼女からゲームのギターヒーローにどのくらいハマっているか聞かされた後だったの
で、僕はこの答えに驚いてしまった。彼女自身も、この答えには少し驚いているようだった。この数ヶ月間、彼女がハマったものの移り変わりだとか、メディアやプロモ
ーション嫌いなのも見てきたので、ナタリーが今ここにいることを楽しんでいるのを見て、僕もなんだか嬉しくなってきてしまった。

*


ついに授賞式がポリスの再結成でスタートした。チックスはステージ用の衣装にさっと着替える。エミリーはステファン・ウェブスターのジュエリー、プラダのシューズ、そ
してのちにファンから「女王様スタイル」なんていう声も聞かれた、刺激的なプラダの黒いドレス。ナタリーは天使のように白いアレキサンダー・マックイーンのドレス、イ
ブ・サンローランのシューズ、そしてカロライナ・アマトのグローブ。マーティーはマーク・ジェイコブスのドレス、セルジオ・ロッシのシューズ、そしてステファン・ウェブスター
のジュエリー。衣装が気になる人のために書いてはみたけど、なんだかまた外国語を書いているみたいな感じがしてきた。

式のプロデューサー達が、チックスにステージに上がるよう指示する。ヘア・メイクチームは最後の最後まで、髪の毛一本、糸くずひとつまで気を使って仕上げの作業
をした。3人はお互いの歯にゴミがついていないか確認し、そして伝統の”鼻くそチェック”をした。ロードマネージャーのミンディは、3人用に色分けされたストローとフィ
ジーウォーターのボトルを取りに走った。

彼女達がステージ上でスタンバイするとすぐに、ジョーン・バエズの紹介が始まり観客達が歓声を上げた。ああ、まるでツアーの時の雰囲気そっくりだ。一つ違うのは、
1万人の観客の代わりに2200万人の視聴者が見てるってことだ。ソフィー・ミューラーの手によって再編集されたプロモーションビデオをバックに、チックスはNot
Ready To Make Nice
”を熱演した

僕はバックステージにあるゲストルームで演奏を見ていた。そこにはコートを持ったクイーン・ラティファとファーギーがいた。チャド・スミスの演奏は曲にまたちょっと違う
味を加えてる。それはいつものことだから驚きはしないが。なんたって彼はリハーサルの時から一度だって同じ風に曲を演奏したことがない。

*


演奏が終わってチックスは、レッドカーペットの衣装に着替えるためにドレッシングルームに戻ってきた。メイクアップカウンターで化粧直しを受けながら、ナタリーは父
親のロイド・メインズと電話で話をしていた。このとき初めて、僕は彼女が実は演奏の出来をとても気にしていたということを知った。何度もしつこく尋ねる娘に対して彼
は、音程や歌い方も最高だったと太鼓判を押した。サウンドエンジニアが何人彼女に「最高だった」と言ったとしても、父親の言葉ほど彼女を安心させるものはないの
だろう。

そろそろ6時というころになると、ミンディがチックスの3人に会場の席に着くように急がせた。「ソング・オブ・ジ・イヤー」の発表が近づいてきたのだ。チックスにとってこ
の夜初めてTV中継される賞だ。会場には既に3人の夫〜エイドリアン、ガース、チャーリー〜が待っているという知らせが来た。エイドリアンは来られるかどうか直前ま
で分からなかったので、これは特にナタリーにとって嬉しいニュースだった。ミンディとアシスタントのコリィがCM放送中に3人を席まで連れて行ったとき、ちょっとした混
乱が起こった。他の出席者が間違って彼女達のシートに座っており、残りの席が2つしかなかったのだ。確かめている暇がなかったので、とりあえず3人が席に着き、残
り2席を会場スタッフが埋め、エイドリアンたちはドレッシングルームに向かった。

午後6時9分、本人達を除くチックスキャンプの全員が中継を見るためドレッシングルームに集まった。シールとバート・バカラックがソング・オブ・ジ・イヤーのノミニーた
ちを読み上げる。この賞はチックスにとってとても意味があったし、彼女達も獲得したいと祈っていた。シールが封筒を開けてマーティーの名前を読み上げ始めた時、
ものすごい叫び声が部屋中で沸き起こった。さらに会場の観客達が3人をスタンディング・オベーションで迎えるのを見て、みんな胸が一杯になった。誰にも邪魔のでき
ない、この純粋な喜びにみんなが満たされていた。

ステージに上がろうとする3人の目は、心からの涙で潤んでいた。ナタリーのスピーチにはみんな大笑いした。「言葉に詰まるなんて、生まれて初めてだわ。マーティーと
エミリー、ずっとついて来てくれてありがとう。グラミー取らせてあげるって言ったでしょ?これからもついて来んのよ」。

みんなの予想通り、彼女のスピーチはスクリプト表示されなかった。


2つ獲得、残るは3つ。


6時半になると、僕らはまたTVの前に集まった。今度はリアン・ライムス、ルーク・ウィルソン、マンディ・ムーアがベストカントリーアルバム賞を発表するのだ。発表まで
の間、みんなの予想はウィリー・ネルソンとチックスとで意見が割れた。

そして結果は・・・・ディクシー・チックス。

部屋にはまた歓喜の声が沸きあがった。マーティーがステージに向かう途中少しつまづいたので、その時はみんな一瞬ヒヤッとした。

ナタリーはスピーチでこう切り出してみんなを驚かせた。「面白いことになったわ。あの”シンプソンズ”で言ったら、”Ha-ha”って感じかしらね」。

後で分かったのだが、あのネルソン・マンツの真似は、メインズ家ではお互いをからかう時の決まり文句らしい。過去3年の間、主要ラジオ局から避けられ、追放されて
いたカントリーというジャンルでの、しかもグラミーの受賞。それに対するナタリーのコメントだったわけだ(他のノミニーに対しての”Ha-ha”だったと受けとめた向きもあ
るようだが、それは完全な間違いだ)。

マスコミは絶えずチックスとカントリー業界の不和を取り上げているが、当の本人達はとっくに次のステップに進んでいる。だから彼女達が、たとえ冗談ででも、カントリ
ージャンルで受賞したということに触れるだけで僕達にとっては驚きだ。

ここでひとつ興味深いトリヴィアを紹介しよう。この4年間グラミーでベストカントリーアルバムを受賞したアーティスト達はみんな、主要カントリーラジオ局ではめったに曲
をかけてもらえない人たちなのだ(2004年ルーヴィン・ブラザース、2005年ロレッタ・リン、2006年アリソン・クラウス&ユニオン・ステーション、2006年ディクシー・チックス)。

じゃあ、最後にナッシュビルのラジオ局からフル・サポートを受けていた受賞アーティストは誰だったかって?「HOME」で受賞したディクシー・チックスなのだ。

ほんと、皮肉だろう?

マーティーはスピーチでリック・ルービンにこう言って感謝した。「最初彼は私達を聴いてこう言ったの。すごく才能はあるけど人気は出ないだろうし、ファッションも悪い
って。そしてそこから私達を助け出してくれた」。

そしてエミリーは自分の番になると、すべての「ずっとついて来てくれた、コアなファンたち」に感謝した。あの酷い嵐を一緒になって耐えてきた以前からのファンに対す
る感謝の気持ちが、なおいっそう彼女達の目に涙を促したようだ。物言うディックシー・チックスファンにとって、ここ数年は本当につらい時期だっただろう。

僕はこのエミリーの感謝の叫びが、世界中の無数の、テレビの前で踊っているファンに届いたのを感じる。みんなのチックスに対する気持ちが、やっと報われたと思う。

しかし一番驚いたのはその後、拍手するリーバ・マッキンタイアが画面に映し出された時だった。どうやら今夜のショーの監督には、とびきりのユーモアのセンスがある
らしい。


3つ獲得、残るは2つ。


中継がコマーシャルに入ると、大事な関係者(やあ、クレイ・エイケン!)とか、バミューダ・トライアングルから突然現れた高校の同級生(やあ、比較文学で一緒だった
ジョン・ローウェン!)とかからのお祝いの電話やメール対応に、ドレッシングルームはおおわらわになった。

この時点でチックスはもう3つグラミーを取ったので、手ぶらで帰ることはないと実感できる喜びがあった。

コマーシャル中、チックスの前に座っていたレッド・ホット・チリ・ペッパーズが、もしチックスのせいで受賞を逃したら裏切り者のチャド・スミスはクビにしてやる、とジョー
クを言った。

7時57分、今度はトニー・ベネットとクイーン・ラティファがレコード・オブ・ジ・イヤーの発表のためステージに上がった。これは明らかにチックスが受賞を逃しそうなカテゴ
リーだった。ナールズ・バークレイの「クレイジー」はジャンルを超えて、クラブやラジオでガンガンかかる大ヒット曲だ。コリーヌ・ベイリー・レイはちょっと難しい感じだが、
ジェームス・ブラントは2006年もっともラジオでかかった曲として無視できない。さらにメアリー・J・ブライジだって、もういい加減に大きな賞を受賞してもおかしくないのだ。
シンディは発作が起きたソルトシェイカーみたいに震えながらつぶやいた。「すごく緊張してきちゃった」。

チックスがこれも受賞してしまうと、ドレッシング・ルームには衝撃に近いものが走った。レコード・オブ・ジ・イヤー!特別ボーナスが出るみたいな大狂乱になった。まる
で2004年10月27日にレッドソックスが優勝した時、バンビーノの呪いがとけるのを86年待った永年のファンと一緒に、ボストンのバーにいるみたいだった。少なくとも3人
が同時に「マジかよ!」と叫んでいた。

マーティとエミリーは今回やっとメモを用意してきて、マネージャーやソングライター、シンディやミンディ・ペルティエに感謝の言葉を贈った。ツアーマネージャーのミンデ
ィは、チックスのために力を尽くして働いている。

スピーチの終わりを促す音楽が流れ始めると、ナタリーが言った。「もう気が利いたことがいえないわ。ネタ切れよ!」。ディーンは自分が感謝されなかったので、テレビ
に向けてこう叫んだ。「もう化粧直しはしてやんねえ!」

みんな、大笑いになった。


4つ獲得、残るは1つ。


グラミー4つ。自分でこうやって書いていても信じられない。

僕は自信を持って言うが、マーティ、ナタリー、エミリーを含めた関係者全員が、チックスが4つもグラミーを取るとは予想していなかったはずだ。楽観視していた人でさえ
3つだった。

この夜最後のカテゴリー、アルバム・オブ・ジ・イヤーの発表がやってきた。スカーレット・ヨハンソン、ドン・ヘンリーがステージに上がる。この2人の組み合わせは冗談
を言うにしても、とてもぎこちなかった。ドンは、「チックスを応援している」と言う一方でヨハンソンとの会話にはまともに答えなかった。雑誌マキシムを読んでいる男性
諸君には、この態度は理解できないだろう。ノミニーの発表が始まると、誰もが黙って固唾を呑んだ。まるでエイリアンに侵略されつつある地球の運命を、TVの周りに
集まって見守っているみたいだった。それまでの快進撃をにもかかわらず、主要3部門を含む全5部門を総ナメにするだろうなんて本気で思っているスタッフはほとんど
いなかった。

しかし、それが現実になった。

テイキング・ザ・ロングウェイ。

アルバム・オブ・ジ・イヤー獲得。

もう、みんな、大騒ぎになった。

チックスはついにソング、レコード、アルバム・オブ・ジ・イヤーという主要3部門を獲得したアーティストとなった。これは1993年にエリック・クラプトンが達成した3連勝単
式以来のできごとである。

そして女性グループとしては初のこの快挙を、あっというまに成し遂げてしまった。この夜、僕はアメリカ人であることを心から誇りに思った。僕のぐらつきがちな信念も、
確かなものに戻っていくようだった。そんな感傷に浸っていると、ディーンの叫び声で現実に戻された。「もうエコノミーシートには座わんねえぞ!」。

レコーディングアカデミー協会が政治的な考えを表明しただとか、単にいい音楽を表彰しただとか、そんなことは僕にはどうでもよかった。ハリウッド仕立てのカムバッ
ク・ストーリー?音楽界がチックスに新しい居場所を与えたかった?どうだっていい。

一番、価値のあったこと。それは、ナタリーがみんなの雷のような拍手に迎えられて、ドレッシング・ルームに戻ってきた時のことだった。彼女の肩から重荷が消えてい
たのだ。

そして、ナタリーは泣いていた。本当に、声を上げて泣いていた。ここ数年心に溜めていた感情があふれ出してきたようだった。僕達と喜びのハグをしたあと、母親から
の電話に出るとまた涙をあふれさせた。時間がたつごとに受賞を実感してきたのだろう。僕が今どんな気持ちか尋ねると、とてもまじめな態度でこう答えた。「本当に嬉
しくて、胸がいっぱい」。

何ヶ月も彼女に同行してきたが、ナタリーが「本当に嬉しい」と言ったのを僕はこのとき初めて聞いた。一年前にチックスに会った時から、この言葉を聞くのを僕は待っ
ていた。彼女の家族も待っていた。マーティーとエミリーも待っていた。2003年以来起こった数々の出来事に付きまとわれ、ナタリーは確実に内向的になっていた。だか
らこうして泣いて心を洗い、次のステップに進むことが一人の人間として必要だったのだ。

マーティーは部屋に入ってくると、「もう引退しまーす!」とふざけた。それからすぐにピザを取りに行って、その後は歯ブラシを取りに行った。エミリーも似たような感じで
部屋に入ってくると、何人かとハグを交わした後トイレへ直行した。戻ってくると、僕と一緒の写真を撮って欲しいと人に頼んだ。彼女は僕の肩に手を掛けると、もう片一
方の手には僕に見えないようにヴァセリンのビンを持っていた。今夜グラミーをいくつも取った人が、ヴァセリンで僕をからかうことを思いつく時間があるなんて信じられ
ない。

それからチックスはシャンパンを開けてみんなとお祝いし、ボトルネックを鳴らして乾杯しているそれぞれの夫とキスを交わした。記者会見とソニー主催のアフターパー
ティーまでまだ1時間あったので、3人はヘアメイクの直しに入った。ずっと泣きっぱなしだからメイクが崩れた、とディーンはブツブツ言っていた。

5/19最終更新分

ブレントとディーンが作業している間、僕達はチックスを囲んで話を聞いていた。謙遜からか、3人の話題の中心は他のアーティストだった。
一番パフォーマンスが良かったのはメアリー・J・ブライジだったわとナタリーが言うと、マーティーはキャリー・アンダーウッドの声が大好きと言った。

メイクの直しが終わると、僕達はステープルズ・センターのスイートルームがある階に向かった。それぞれの部屋では記者会見、写真撮影、ビデオインタビューが行わ
れており、チックスはそこを行ったり来たりした。部屋に入る度に、今夜の主役であるマーティー、エミリー、ナタリーに向けて拍手が沸き起こった。

今回の受賞でチックスが正しかったと証明されたことになるか、とレポーター達が盛んに質問してきた。しかし3人は自分達のアルバムこそが証明、と答えて周りを巻き
込むことを避けた。
「私達を支えてきてくれた人たちに今夜のこの受賞を贈ります」とエミリーは言った。本当にそうだ。そして、この3人の女性の長く、途方もない旅の記録の集大成は、ま
ぎれもなく今夜の出来事になるだろう。

チックスの曲から引用して言えば、彼女達はTop of the worldに ”いた”。グラミー賞もたくさん、正確に言えば9つも取っていたのだ。


そして時を経てこの夜、ディクシーチックスはついに帰ってきた。