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真夏の夜の夢
「うーん、暑い。」
フィリアは、寝返りをうち、時計を見る。
「もう、夜中の3時ですねぇ…」
フィリアは、ふーと息をつき、ベットの片側の窓を開いた。
すると、カーテンが大きくはためき、心地よい風が部屋を吹き抜ける。
「気持ちいい…」
フィリアは空を見上げる。
雲一つない闇に、大きな月がふんわり、浮かんでいた。
「月は夜に抱かれているみたいですね…」
フィリアは、少し躊躇したが、窓を開け放したまま、再びベットに寝そべる。
一階の寝室の窓を開いて寝るというのは、さすがに不用心かもしれないが、こう、暑くて
は仕方ない。
フィリアは、静かに寝息を立てはじめる。
月明かりに照らされた、薄手のネグリジェから透ける肌はまるで、月の様に闇に浮かび上
がっていた。
しばらくして、フィリアは、頬に触れる冷たい感触に、身体を揺する軽い振動に、目を覚
ます。
気が付くと、薄闇にぽうっと輝く青年の姿。
「…あなた誰ですか?」
フィリアはベットに横に腰を降ろし、頬に触れている青年に問う。
青年は困ったような顔をする。
「…どうしたんです?こんな夜中に?」
フィリアは起きあがり、尋ねる。
目の前の男は、抜けるように白い肌、女のように端正な顔立ちをしていた。
全身、白い絹の様な光沢のある衣で包まれ、無言でフィリアに寄り添っている。
「道に迷ったんですか?」
フィリアは、不法侵入者に呑気に尋ねる。
男は、ふいに、フィリアの腕を掴んで、引き寄せる。
「きゃっ」
次の瞬間フィリアは、見たこともない場所にいた。
深い森の中、一面白い花が咲き乱れていた。
気が付くと、柔らかい竪琴の音色−
奏でるのはさっきの青年。
フィリアは駆け寄るが、寸前のところで、何かに阻まれる。
青年の周りには、透明のガラス壁の様なものが張り巡らせている。
「これ何です?」
フィリアは青年に向かって、叫ぶ。
青年は、哀しそうな瞳で顔を上げ、唇を動かした。
タ ス ケ テ…
「助けて?っていっているんですか?」
フィリアは問うが、ふいに、意識が遠くなってしまう。
再び目を開けると、
ジラスの度アップ。
「ばあ♪姐さーん、朝飯は…」
ジラスの顔にフィリアの拳がめり込む。
「…姐さん、し、どい」
ジラスは、ひくひくとベットにめり込む。
「きゃあ---っ、ご免なさい。いきなり、いきなり、びっくりするじゃないですか!!」
フィリアは、ジラスを抱き起こした。
「姐さんの懐、柔らかい…」
再び、ジラスは床にめり込む。
「きゃあ、ご免なさい。ジラスさん、大丈夫?」
「へ、平気。あれれ??」
ジラスは、ベットの下から、小さな光る物体を取り上げる。
「指輪?」
ジラスが見せたのは、指輪。
中央の巨大なダイヤの粒を頂くプラチナリング。
「姐さんの??」
「違います。」
フィリアはその指輪を見て、声を上げる。
「中に、人が…います。」
「え``」
ジラスも覗き込む。
透明の石の中には5ミリにもみたない亀裂の様な筋が。
ジラスは目を皿のように顔を近づけた。
「よーく、目を凝らして下さい!」
「ほんとだっ!姐さん、人形みたいの中にいるっ」
「なんでしょうねぇ?」
その日から指輪はフィリアの枕元に置かれた。
そして、毎晩のように繰り返される夢。
指輪に閉じこめられた青年がベットに座りフィリアの髪を撫でる。
気が付くと、深い森の中に二人佇んでいる。
何度問いかけても青年は言葉を紡がない。
夢の最後はいつも同じ−
タ ス ケ テ
青年は薄い唇を微かに動かす。
「姐さん、目にクマが出来ていますぜっ」
グラボスは壺を肩に乗っけたままフィリアを見つめる。
「熊?」
しょうもないジラスを、グラボスが壺で押し潰す。
「なんか、姐さんやつれてやしませんか?」
グラボスは尋ねる。
「えっ?」
フィリアは頬を両手で覆った。
言われてみれば、近頃身体のあちこちが痛いし、目眩がする。
「たいへんだっ 病気 病気?」
ジラスは青くなってフィリアの額に手をあてる。
「だっ大丈夫です。」
フィリアはベットの横のろうそくをふっと吹き消した。
「ジラスさん達は大げさですよ…今夜はよく寝て明日から元気にならないと…」
フィリアは枕に顔を埋めると−そこは夢の中。
靄の向こうの鬱蒼とした森
草の香りが鼻につく
「また あなたなんですね?」
フィリアは溜息混じりに青年に頬笑みかける。
でも、彼は口がきけないのだろう。
声が出ないのだろう。
フィリアは青年の傍らに腰を降ろす。
青年はフィリアの長い髪を指で弄びながら、愛おしげに見つめる。
「いつも、最後にタスケテってどういう意味ですか?」
青年はフィリアの手をとって、そこに文字を記す。
サビシイ
「淋しい?」
ソバニイテホシイ
「側にいて欲しい?」
「こうして夜はずっと側にいてあげますよ。といっても私は眠っているのですけど…」
ホント
「はいっ。あなたは指輪の石の中から出られないのでしょう?」
…
「ずっと一人じゃ淋しいですよねぇ…」
…
「でも、どうして貴男は指輪の中にいるのですか?」
…ズット ソバニイテクレル?
「は…」
フィリアが答えかけたとき、突風が二人の間を遮る。
「いい加減なことを答えるものではありませんよっ!」
強い口調で割って入ったのは黒いマントの男。
「ゼロスっ?なんで、あなたが私の夢の中に入って来るんですか?せっかく、あれ以来存
在を忘れかけていたというのに!ここは私の寝室です!魔族みたいな…」
「どこが寝室ですって?」
フィリアはいつの間にかゼロスの腕の中に抱き上げられていた。
しかも、肌をかすめる冷たい風。
眩しい月明かり。
「あなた野宿が趣味ですか?それとも夢遊病ですか?」
「どうなっているんです?」
フィリアは目をしばしばさせた。
「僕は偶然アストラルサイドに、感じの悪いフィリアさんの気配を感じたんでふと見てみ
たら、ネグリジェのフィリアさんがお外で寝ていらっしゃるではないですか?」
「えーーっ??でも私ちゃんとベットで。」
「徘徊ですか?お若いのに…」
「違います−?とにかく降ろして下さい。」
「本当にいいのですか?」
「いいに決まっているでしょ!」
フィリアはゼロスの腕をふりほどき地面に着地しかけ、
ゼロスの首に思わず抱きつく。
地面がぐにゃりと曲がった。
「状況が解りましたか?ここはアストラルサイドと現実世界とのグレーゾーンです。僕の
力の影響下から出ればあなたは奈落の底に墜ちます。」
「何で、こんな意地悪するんですかぁ!」
フィリアはゼロスの襟元をきゅっと掴んだまま、抗議する。
「なっ、僕のせいじゃありませんよ!!あなたがコソコソあっている方のせいでしょ!」
「…?」
「で、彼は誰です?」
「わかりりません。」
「あなた、解らない人と毎晩、毎晩、いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃしていたん
ですか?」
「毎晩?」
「細かいとこをつっこまなくていいんです!」
「あの方は、多分指輪の中の人だと思うんですけど…」
フィリアはゼロスの腕に抱き直されつつ答える。
「指輪?」
「はい。これです。」
フィリアは薬指につけた指輪をゼロスに見せる。
「あなた何で薬指に指輪なんてしているんですかっ!」
「人差し指だと壺磨きのときひっかかるんですもの!」
「とにかく抜いて下さい。」
ゼロスは強引にはずさせると、石を覗く。
「聖霊ですね…しかもずいぶんと負のエネルギーをためた。」
「ずっとその中に閉じこめられているのですよっ!負の感情が沸き上がって当たり前で
す。」
「あなた、自分がこんな目にあって何を庇っているんですか?」
フィリアは訝しげにゼロスを見上げる。
「別に何もされていません。ただ淋しいから夜は側にいて欲し…」
「夜は側にいて欲しい?あなた彼の恋人ですか?」
とてつもなく冷たい眼でゼロスはフィリアを見つめる。
「違います。」
フィリアは平然と答える。
「恋人でもない人間のために、身体がぼろぼろになるほど寝る間も惜しんで、彼に会いに
行くんですか?死にますよ。」
フィリアは言葉に詰まる。近頃、身体の調子がおかしいのは…
「あなたの生気がどんどん心許なくなっているんですけど、解ってないんですか?あなた
方のような生きとし生ける者が睡眠もとらずに意識を働かせ続ければ、いずれ死ぬという
ことでしょう?」
「まっ…毎晩はいきすぎました。でもあんなに困っているんですよ。1日おきなら大丈夫
ですっ!!」
「そんな理屈が、彼に通ると思っているんですか?彼があなた夢、すなわちアストラルサ
イドと現実世界にあるあなたの意識を、勝手に侵攻しているんです。」
「話せば、きっと解ります。」
「…ほんとに馬鹿ですね。」
ゼロスは大きくため息をつく。お馬鹿な神族の巫女を見捨てて帰りたいという衝動にから
れる。
本来、僕は愚かな方は好きじゃないんですが…
しかし−
「彼が、あなたに会いたいだけだと思うのですか?」
「え?」
「彼はあなたなんかに別に会いたくないですよ…彼は身代わりを捜しているだけです。こ
んな風にねっ!」
ふいにゼロスは杖をふり黒い防御壁をつくる。
白い目映い光が手の様な形になり、フィリアを奪おうとする。
「これは『戒めの石』です。罪をおかした聖霊が閉じこめられる幽閉用封印結界です。ま
あ、聖霊の創るものですから、何かを幽閉するという意志によって維持されている植物と
ても思って下さい。彼は、植物の特性をいかして、自分の変わりにあなたを石に閉じこめ
逃げるつもりです。空間が不安定な夢の領域から、あなたを自分の中に取り込みながら、
ずるずると石に引きずり込む。」
「嘘…?」
フィリアはゼロスを大きな瞳で見つめ、そして襲いかかる光の手に眼を細める。
すると、急に光の手は、いつもの美しい青年の姿に戻る。
キガトオクナルホドノジカン
トジコメラレ
クルイソウ
ココヲデルタメニハ
ダレカガカワリニナルシカナイ
ダレカガ…
タスケテ
タスケテ
タスケテ
フィリアは唇を噛みしめた。
「私がかわりに石に入れば、あなたは自由になれるのですね?」
タスケテ
「どうすれば…」
フィリアはゼロスの腕を外す。
「フィリアさん?」
ソバニイテ
ズットソバニイルト
ココロカラ
チカッテ
光の手がフィリアにからみついた−
が、ゼロスがその空間を両断する。
「何を考えているんですっ?」
フィリアを腕に抱きすくめ、珍しく声をあらげた。
「だって、彼はずっと一人きりで、あの石の中で泣いてたのですよっ。」
「それは罪人だからでしょう?」
「罪人でも、そんなひどいこと、ずっと孤独ですよ。そんなのいけませんっ!」
「かわりにあなたが石に入って何の解決になるのですっ!」
「彼は救われます。」
「…あなたは本当に偽善者ですね。おきれいなみあげた精神ですよ。」
ゼロスはふいにおそろしく鋭い眼でフィリアを捉える。
「私の勝手です。離して下さい!」
「ヴァルガーヴさんはどうするんです?あなたの帰りをまっている獣人たちはどうするつ
もりです?」
「…ヴァルガーヴにはジラスさんやグラボスさんがいます。それに私に本当にヴァルガー
ヴを育てる、彼の側にいる資格があるのかわかりません。いくら考えても…だったら、彼
のかわりに石の中で罪をつぐなった方が…」
「まだ、そんなこと考えていらっしゃるのですか?」
ゼロスはフィリアを抱いていた腕に力を込める。フィリアの柔らかな腕にく爪がい込ん
だ。
「リナさんが聞いたら何と言うと思います?あなたがそうやってくよくよ、暗い道に飲み
込まれることを生きている方が喜ぶとでも思うのですか?」
「それは…」
「第一、あなたは自分の罪を軽くしたいだけ、耐えられないだけじゃないのですか?ヴァ
ルガーヴのそばにいる資格がない?権利がない?そうじゃないでしょ?あなたは彼の側に
いる責任があるんです。やりたい放題して罪の意識に耐えられず、彼から逃げる。ほんと
に、何の成長もしていないんですねっ!」
「そんな…」
フィリアは眼を潤ませ、心が負方向へ溶けていく様がゼロスにはしっかりと見えていた。
「わたし…」
タスケテ
タスケテ
必死に送られる聖霊からの信号
「でも………彼は一人きりなんです。ヴァルガーヴよりも一人なんです。誰よりも私の助
けを欲しています。」
「あなたを失って哀しむモノについて、貴女は考えたことありますか?」
ゼロスはフィリアの白い手をかろうじて握ったまま続けた。
「どうして、ゼロスがそんなこと言うんですか?変ですよ。」
フィリアは頬笑んだ。
「ゼロスこそ綺麗事です。私がいなくても。みんな大丈夫です。だって、みんなとっても
強いですから。」
フィリアはゼロスの腕を離させた。そして、青年の方に引き込まれていく。
許しませんよ −
空気を割く低い声が飛び込む。
すると、青年を包む光が四散する。
続いて、凄まじい爆発。
フィリアは、伏せようとして、ぐっと心臓を抑えた。
身体の内部が引きちぎられたように痛む。
息が出来ない。
「苦しいでしょ?」
かすむ視界の端に黒いマントがちらつく。
「あなたの夢ごと奴を葬りましたから。アストラルサイド側の貴女もずいぶんとダメージ
を受けているはずです。」
ゼロスは粉々に砕け散った光石の粉をフィリアの目の前に、落とす。
「息が出来ませんか?でも、自業自得でしょう?」
ゼロスは崩れかけたフィリアの身体を乱暴に起こした。
「さんざん時間を差し上げたのに、言うことを聞かないからですよ。あなたには失望させ
られました。そんな精神力でよく巫女が務まりましたね?」
フィリアはせき込む。肺が圧迫されているようで、空気が吸えない。
「…苦しむだけ、苦しむがいいんです。」
ゼロスは冷たく言い放つ。
が、フィリアの唇を捉えると息を吹き込む。フィリアはゼロスの与える酸素を弱々しく吸
う。ゼロスはフィリアの身体を横たえ、気道を上手につくりながら酸素を送り続ける。
フィリアの細い手が、すがるようにゼロスの胸元を掴んでいた。
午前2時、月は不気味なほど明るく闇を照らす。
寝室の窓は開け放たれ、白いカーテンが幾分強い風にはためいていた。
ベットの上には2つの影。
「僕の目の前で、ろくに知らない方のために、勝手に滅びようとするなんて、馬鹿にして
いるんですか…?」
意識を失い、胸にもたれかかっているフィリアの髪をもてあそびながら、ゼロスはその頬
に唇をよせる。
「今度、勝手なことをしたら、本気であなたを壊します。」
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