苦しみよりも、痛みよりも。

 

「フィリア?顔色悪いわよ?」
 次の町へと続く街道の途中、前方を歩いていたリナが少し調子の悪そうにしているフィリアに声をかけた。
「えぇ…少し。」
 さっきから、何だか胸に重苦しさを感じていたフィリアは素直にそう言った。
「本当、真っ青ですよ?ちょっと休憩取っていきますか?」
「大丈夫です…もうすぐ次の町に着くでしょう?」
 心配そうに尋ねるアメリアに、無理に笑顔を作って答える…が、ふいに目前にいる黒髪の少女の姿がぶれる。そしてそのまま、フィリアの意識は途絶えてしまう。
バターン!!
「きゃあぁっ、フィリアさんっ!!」
「ちょっ、ちょっと!…やだ、すごい熱…ガウリィッ、フィリア背負って!町まで急ぐわよ!!」
「分かった!…けど早くは着かないぞ、フィリア…竜だから重いし。」
 ガウリィがフィリアを背負いながら言った。
「おい…それじゃどうするんだ、これは一刻を争うぞ…!」
 あまりに先ほどと容態が急変したフィリアの様子を見て、ゼルガディスが。
「おやおや、皆さん慌てたご様子で…どうなさったんですか?」
 そこへいつものようにのほほんと獣神官のご登場。
「ゼロスッ、いいところに!アンタの愛しいフィリアちゃんが大変よ!!」
 そうリナが言った途端…ゼロスの目付きが変わる。
「フィリアさんが…何ですって?」
「急に倒れて…高熱なんですぅ〜っ!!」
 ガウリィの背中で荒い息をしている彼女を見留めると、彼からフィリアを奪い取り自分の腕の中に収めた。いつもよりかなり熱く感じる肌の温もり…鼓動などないのに、ゼロスは嫌な胸騒ぎを覚えた。
「先に次の町まで行ってます…後からいらしてください。」
 フィリアを抱きかかえたまま、ゼロスは虚空に消える。

ドンドンドンドンッ!!
 町へ着くなり、ゼロスは町医者のドアを叩いた。
「はい…、おや神官様…どこか具合の悪いところでも?」
「僕じゃなく…彼女を―…」
 腕の中の彼女はいまだ苦しそうな息をしている。町医者は彼女を診ると、
「これは……神官様の方がお詳しいのではないでしょうか。」
「…どう言うことですか?」
「おそらく下級モンスターの霊を取りこんでしまわれたのでしょう…、聖水で内側から浄化すれば、きっと熱も下がります。」
「そう…ですか。」
 ゼロスはフィリアを抱いたまま、静かにその場を離れた。
 …聖水を飲めば、彼女は助かる。教会へ行けば聖水はいくらでももらえるだろう。…だが…自分は……。
「僕が、教会に立ち入ることができれば……っ!」
 肩を震わせ、きつく彼女を抱きしめる。
「ゼロス、フィリアッ!!」
 と、そこへ人目も気にせずリナ達がレビテーションで舞い降りてくる。
「リナさん達…」
「どうなんだ、フィリアの具合はっ?」
リナに抱き付いて飛んできたガウリィが、地面に顔からスライディングしながら。
「聖水を…飲ませれば、助かると言われました…。」
 告げて、俯いてしまう。フィリアを見つめる表情もどことなく辛そうで…その意味に気付いたリナが、
「…わかったわ。あたし達聖水もらってくるから、そこの宿屋で休ませて…!」
「……お願いします。」
 歯を食い縛りながら、ゼロスはそう言った。

ハァハァハァ……
 ベッドで苦しげに息をしているフィリアの横に付き添い、彼女のほっそりした手を握りしめる…今の自分にはそうすることしかできなかった。
 今まで自分の在り方に疑問を持った事など一度たりとてなかった。魔族として、全てのものの滅びを望んできた…―だが今確かに望んでいるのは、目の前で死の淵をさまよっている彼女の"生"。
 自分は、彼女の為に何も出来ないのだろうか?こんなに苦しんでいるのに何一つ、してやれないのだろうか…?
「フィリアさん…。」
 たまらなくなって彼女の名前を呼んだとき、ふいに扉が開き、
「教会から聖水もらってきたわよっ!」
 バタバタとリナが、瓶にいっぱいの聖水を持って駆けこんでくる。
 ベッドで高熱にうなされているフィリアの口から聖水を流しこむが、意識もほぼ無いに等しく…飲みこむことができず口元からこぼれていく。
「フィリアさん、飲んでくれません〜〜っ!」
 ほとんど泣きそうな顔でアメリアが。ゼロスはジッと黙っていたかと思うと、静かに、
「皆さん…部屋から出て行ってくれませんか?」
「おい…まさかもう最後の別れとかする訳じゃないだろうな?」
「んなことしたらラグナ・ブレードで斬りつけるわよ!」
「そんなことする訳ないでしょう…いいから出て行ってください。」
 釈然としないリナ達を部屋から追い出すと、獣神官は手にした瓶を見つめた。
 自分にとっては、毒以外の何ものでもない聖水…ゼロスはその"毒"を自らの口に含んだ。途端に身体が引き裂かれるような痛みに襲われる…それは彼の内に発生した矛盾、だった。体内で反発しあう光と闇…その痛みを堪えつつ、彼女に口付ける…
コクン…コクン……
 自分が口移しで聖水を飲ますたびに、彼女の喉が鳴る。その音を確かめながら、ゼロスは二度・三度と、聖水を口に運んでは竜の巫女へと口付ける。
(フィリアさん…。)
 僕には聖水に与えられる痛みよりも…フィリアさんに触れられる喜びの方が大きかった。痛みよりも…何よりも、大切な…大切なひと……お願い、目を開けてください。いつもの深海色の瞳で、僕を見つめて、微笑んで―…。

「…ゼロス……?」
 やがて、うっすらと彼女の瞳が開き…小さく、だがしっとりと透き通った声で自分の名を呼んだ。
「フィリアさん…無事で……?」
 尋ねかけた獣神官だったが、途中で言葉を区切った。…彼女が抱き付いてきたから。
「大丈夫なのですか、フィリアさん?」
「…恐い夢、見ました。貴方がどこか遠くへ行ってしまう夢――。『自分は魔族だから』って。『貴女は神族だから』って。」
「僕はここにいますよ、フィリアさん。」
 気がついたばかりで、まだ意識がしっかりしていないと思ったゼロスは、彼女を落ち着けるために優しく抱きしめた。…だが違った。彼女はぼんやりとうわ言を言っている訳ではなかったのだ。
「あのね、私…神族としてどんな苦しい思いするより…貴方の側にいられなくなることの方が辛い、です。」
 しっかりと、その青い瞳で見据えられて…ゼロスは降参、といったような微笑みを浮かべて、
「僕もですよ、フィリアさん…。」

想いはいつでも一つなのですね……

苦しみよりも、痛みよりも―誰よりも何よりも大切な人。

 

 


筆者様のお言葉

自身のアイデンティティーが危ぶまれる状態にあっても
なお惹かれ合う、ようするに互いの存在が何よりも大切なものである
ことの再確認、なお話。


 

開設のお祝いに葵芹香さんから小説を頂きました♪

ありがとうございますvvv