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「雨、降ってしまいましたね、
折角こうして“月見団子”までこしらえて準備したのに…」
窓の外、ザーザー降りの雨を恨めしげに眺めながら
フィリアはひどく残念そうに呟く。
「はぁ…」
僕はといえば、実は非常に退屈で…
何か面白いものはないだろうかと周りをキョロキョロと見回していた。
なにげに目に留まった白いススキの穂、ちょっとした悪戯が閃く。
フサフサとしたものを一本取り出して
こしょ、こしょ…
彼女の首筋を擽る。
「何するんですかっ?!」
顔中真っ赤にして怒る、その表情が可愛らしくて―
「やめられませんねぇ」
クスクスと笑う。
「やめて下さいっ!」
手を伸ばして、ススキの穂を取り上げようとする。
その手を捉えて彼女の体を抱き寄せる。
「ちょっ、と、悪ふざけはやめて下さいねっ!」
腕の中、ジタバタと暴れる竜娘。
動く度に、フワリとまとわりつく匂い。
「甘い、匂いがしますね…」
黄金の髪から、白い項から、立ち上る花の匂い。
「茉莉花の匂いだ」
「…私、何もつけていませんけど?」
朱に染まったままの頬で、それでももうジタバタするのはやめて
僕を見つめる蒼の瞳。
一点の曇りもない蒼天の蒼。
今回の旅で彼女にとっての辛い真実もいろいろと見てきたはずなのに…
それを乗り越えて未来に向かって生きていこうとするしなやかな強さ。
“生”を望むもの、火竜王に仕えていた黄金竜の最後の生き残り。
誇り高い竜族、きっとこの世界の終末にも“生きる”ために戦って
その命散りゆく時にも、彼女の魂が還る場所は“創世”へ向かう母の子宮。
僕達の望む“虚無”とは対極にある。
相反するものだけれど…惹かれてしまうのは、やはり彼女、だから?
「僕は獣の性ですからね。今夜は月こそ出ていませんけれど、満月、でしょう?
普段以上に鼻が利くんですよ」
クン、一つ鼻を鳴らして髪の匂いを嗅ごうと顔を間近に近づける。
彼女はビクン、と体を硬直させる。
「茉莉花の匂いは―男を誘う女の媚薬、です」
耳元に囁けば
「あなたを誘ってなんかいませんっ!そんな媚薬、なんて―私知らない!」
耳まで真っ赤にして、言い募る。
可愛らしい、本当に初な少女なんだなとは思う。思うのだけれど
彼女ガ欲シイ―騒ぎ出す心。
僕のこの手で―メチャクチャに壊してしまおうか?“少女”という繊細な器を。
「封じられた真実を知って、それを乗り越える強さはあるのに
こと男女間のことに関しては…初なんですねぇ、フィリアさん?
ダークスターの一件でお付き合いさせて頂いた頃から思っていましたけれど。
あの頃も、何も知らない箱入り竜娘でしたが…いつまでも少女でいるつもりですか?」
スーッと瞳見開いて、初な竜娘に問い掛ける。
知らないなんて言わさない、いつまでもこのままなんて許さない。
何も気付かないフリされて、他の誰かのものになるなんてとんでもない!
「放っておいて下さいっ!あ、あなたになんかっ!」
彼女はプイと横を向く。
「フィリアさん…放っておけるワケないですよ。
だって、こうして僕が触れるそばから…この匂い強くなる」
おとがい捉えて、顔を向けさせる。
驚いて小さく半開きになった唇、鮮やかに奪って
「僕のこと、本気で拒絶するなら…逃れる術はありますよ。
竜に変身すればいい。そうですよね、フィリアさん?」
「…竜、に」
僕の言葉を反芻し、ポツリと呟く。
ボーっと顔を赤らめたまま、未だ放心状態、である。
「フィリア、さん?」
「……」
フ、フフフフ…
いきなり笑い出して、支える力失ったみたいにポテッと僕の胸元にしなだれかかる。
そして
「―いい匂い。何かしら、香木?みたい。そう、白檀がこんな匂いだわ。
こんな、感じですか?あなたも、感じますか?
体中、痺れさせるような…熱を帯びてくる」
熱い吐息混じりのくちづけを僕に返す。
「ゼロス、あなたは知っているんですよね?この火照り冷ます術を―
だってあなたは獣、なのだから」
身じろぎ一つでぱさり…と床に落ちる紗、
恥じらうように胸は両手で隠すように押さえていたけれど―
やがてその腕をひろげて
全てを僕に委ねる決意をした…んですか?
そっと閉じられた瞼、微かに震えている。
震える瞼に唇づけて
「決断はつきましたか?」
以前にも同じようなセリフでフィリアさんにチャチャを入れたような気が…しますね。
「魔族のあなたになんか言われたくありません―って言ったんですよね、私。
あのダークスターとの最後の決戦の時に。神魔融合魔法―今に思えば暗示的な―
あ…あん―」
彼女の唇から漏れる声、これまでの彼女の声と違う艶を孕んだ女の声。
触れた柔肌熱く火照りだして、なお一層強くなる甘い匂い。
混じり合って、一つに溶け合う茉莉花と白檀の。
噎ぶように官能的な匂いが、辺りに漂いその匂い和らいだ頃―
ふと耳を澄ませばザーザー降りの雨は上がり、薄暗い闇の中の僕達を仄かに照らすは、
雲の切れ間からちらりと顔を覗かせる十五夜の月。
「綺麗な―月。ゼロス、おなかすいていませんか?
私、何だかおなかすいてきちゃって…月見団子でお茶しません?」
一緒に包まっていたブランケットから這い出ると、そそくさと脱いだ紗羽織って
湯を沸かし、お茶の用意をする。皿の上に山の形に盛りつけられた団子。
餡と、醤油だれ。
「お好きな方をつけて食べて下さいね」
湯気立つ熱いほうじ茶を僕に差し出して、彼女自身は餡をからめた団子を一口
幸せそうにほおばる。
「色気の次は、食い気…ですか」
半ば、感心して僕は呟く。
食い気第一主義の魔族殺しな女魔道師とその保護者の顔を思い出したりしたが…
彼女達は今、どこの空の下なのでしょうか?
「何か言いました?」
「い、いいぇ何も…」
「フーン、ゼロスが何考えていたか、当ててみましょうか?リナさん達のこと、
じゃないですか?」
クスクスと笑いながら
「違いますか?」
「当たり、ですね」
やっぱり―
「リナさんは、きっと変わらずにリナさんしていますよ。ガウリイさんと仲良く―」
明るく弾んだ声で最後にしめくくった言の葉は
「ケンカしながら、仲良くしていますよ―」
後の言葉を僕が続ける。
「僕達、みたいに?」
彼女は、極上の微笑みで応える。
魔族の僕が言うのはヘンだけれども、
たまにはこんな“幸せ”というのも良いのかもしれませんね?
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