湖遊月

 

 

 


刺すように冷たい水が私を阻む。
もう歩けない。
どこにも行くことは出来ない。
囚われてしまった。

 

 


ざわめく心。
揺れる水音に目を覚ます。
遠くに聞こえる水音。
少し森を抜けば現れる大きな湖の水音が今日はやけに耳につく。
冷えきった空気が音を鮮明にする。
一度ざわついた心はなかなか平静を取り戻そうとはしない。
まるで湖に広がった波紋のようにざわつきを広げていくばかり。
耳は遠くの水音を逃そうとはしない。
不思議な感覚が体を支配する。
「どうして。」と、考えるより先にもう体は湖に向かって走り出していた。
追い求める誰かがいるのだろうか。
分からない。
でも、体は走ることを辞めようとはしない。
月明かりに照らし出された木々が揺れる。
風と共に誘われる。
辿り着いた湖は物音一つしなかった。
耳鳴りに似た空気の音が聞こえるだけ。
音のない世界。
暗闇は月明かりに照らされている。
水面に写る月がたゆたむ。
軽く息切れした呼吸器が痛い。
今更に思う。
―――何故ここに来たのか。
求める物が何かもわからない私がここに来て何になるというのだろうか。
空気が体を冷やす。
いきなり飛び出してきたから薄い服の上からは何も羽織って来なかった。
「寒い。」
小さく零した言葉がやけに周りに響く。
夜行鳥すら鳴いていない。
夜露に濡れた月光草が輝きを増す。
それでも私はここを離れられない。
ここに何があると言うのか。
響かない思考。
うるさい耳鳴りはまだ聞こえる。
何に惹かれる。
何を求める。
何を探している。
何。
何。
何が此処にある。
でも、気が付くと一点だけを見つめていた。
それから目をそらすことは出来ない。
何かがざわつく。
心。
体。
水鏡。
・・・・・・水面の月。
消えそうで消えない。
輝きは地上に。
風に揺らめき歪む月。
―――今なら手に入る。
何かが弾けた。
見つめる一点。
もう逸らせない。

夢中で踏み出す。
指先に感じる冷たささえどうでもいい。
何かに食い破られた思考。
流れ出す心。
気温よりさらに冷たさを増す水温に体が悲鳴をあげる。
でも、心は止まらない。
止められない。
今なら手に届かない何かが手に入る。
必死で進む足に何かが巻きついて邪魔をする。
もう、そこにあるのに。
もうすぐ手に入るのに。
バシャ、バシャと湖を割って行く。
辿り着いた其処には・・・・。

「はぁ。はぁ。」
水の中を歩くのは思ったより体力を消耗する。
腰まで湖につかった体の前に揺れる月。
光は私に。
月を手中に。
清められた水と共に掬い上げる月。
でも、だらだらと指の間から流れ落ちる。
どうする事も出来ない。
何も残らない。
掴めない。
近くにあるのに。
何回も掬い上げるのに、そのたびに月は指の間をすり抜けていく。
「どうして。どうして。」
狂ったように何回も何回もするのに。
でも・・・・。
すり抜ける。
すぐ側にあるのに。
一瞬の喜びは絶望と摩り替わる。
手中に納めたのは何だったのか。
手に入ると確信できた物は何だったのか。
まるで全てが否定されたみたいだ。
何に希望を見ていた・・。
何を求めていた・・・。
一体・・・・・何だったんだ。
「ずぶ濡れじゃないですかフィリアさん。こんな真夜中にどうして貴女がこんなところにいるんですか。」
突然現れた存在。
水面に軽く足先をつけ、水面の上に立っていた。
漆黒の髪が闇に濡れる。
見つめる紫闇の瞳。
其処に写る存在が自分とはなかなか確信できない。
自分は本当に此処にいるのか。
何もかもが現実味を帯びない。
全てが指の間から零れ落ちるみたいな錯覚に襲われる。
「・・・・手に入らないんです。・・何も。」
両手を呆然と見つめたまま一人零す。
ゼロスは軽く口元に笑みを含む。
「・・・・手に入ると・・・思ったのに。」
軽く上を向き虚ろな瞳で彼を見る。
月が大きくて、
あまりにも大きくて、
目が痛い。
そして、気が付く。
痛みは現実に引き戻した。
食い破られた思考はそのままに。
風に金糸髪がなびかない。
清められた水面を漂うばかり。
「会いたかった・・・あなたに。手に入ると思っていたのに。」
痛みと共に認めた思い。
求めていた物は目の前に。
水面の上の闇は、濡れた金糸の髪を一房掬い軽く口付ける。
「貴女は本当に僕を楽しませてくれますね。楽しくてしょうがないですよ。でも、簡単に僕は手に入らないですよ。貴女はもう僕のものですが、僕はまだ貴女のものではありませんから。」
闇の体は水中に沈んで、目の前に立つ。
紫闇の瞳は相変わらず私を見つめたまま。
「でも、いいです。別に手に入らなくても、今あなたが此処にいてくれて私に触れていてくれれば。」
確信はなくなった。
手に入らなかった。
でも、・・・・・。
一瞬の幸せは今此処にある。
月光を纏った彼が輝いて見える。
「でも、今だけ。今だけは私の物になって。」
懇願するように見つめる。
求めて、
求めすぎて、
何も見えなくなる前に、
一瞬の幸福を知りたい。
「いいですよ。今だけなら。僕は喜んで貴女の物になりましょう。」
微笑んだ闇が胸を痛くする。
「私を強く抱きしめて。あなたに抱きしめられているのが現実だとわかるように強く抱きしめて。」
瞳は涙を零さない。
渇ききった心を満たして。
今だけでいいから手中に。
ざわめく心を癒して。
視界が真っ暗な闇になる。
体は闇に強く抱きしめられていた。
心を満たす。
痛いほどの抱擁を感じて、
一瞬の幸福を感じて、
癒されて、
でも、
手に入るのは今だけの幸せ。
それでも、私はいいのです。
今だけは手に入ったから。
今だけは私のもの。
今だけは月は私の物。
ざわめく心は癒されたから。
求める物は此処にあったから。

森の闇は深くなり、
月の光は輝きを増し、
湖は人を惑わす。
水面の月はただ揺れるばかり。

湖に佇む二つの影はいつまでも離れることはなかった。

 

 

 

 

 


 

筆者様のお言葉

 

私の駄作なるものを最後まで読んでいただきありがとうございます。
話の筋も内容もない話でしたのではないでしょうか?
そんな話でも気に入っていただけたなら何よりです。
湧さんの「湖」の雰囲気を壊してないかかなり心配です。
本当に湧さん絵は素晴らしいです。そのような絵を勝手に題材にさしていただいた私はかなりの己知らずです。でも、そこは湧さんお広い心に免じてお許しを頂きたいと思います。
許して湧さん!!
もしよろしければ感想なるものをいただけましたなら幸いです。

 

 


 

キリーさんより6000hit祝いとして頂きました♪

おそれおおいことに、自作絵の間の「湖」が題材だそうです。

許すどころか、こちらが平伏ものです。

ありがとうございますvvv