オズの魔法使い
「…ったく、どこよ、ここは…」
気付けば、リナは見知らぬ家の中にいた。
「あ?何であたし、こんな所にいるんだろ」
解からないのは理由だけではない。
「…………あたし……誰…?」
何も思い出せなかった。解かるのは自分の名前だけ。そう、あたしはリナ=インバース。
腕を組んでしばらく考えても、何も解からなかった。
何か足りない気がする。
「う〜ん、わかんないわ〜」
がりがりと頭を掻いた後、傍らに置かれていた剣に気付く。見た所、何の変哲もない剣。だけど、これは手放してはいけない気がする。
自分が既に細身の剣を身に付けているのだとしても。
「誰か捕まえて、あたしのことでも聞いてみよっ」
リナは剣を取ると、家の外へと出てみた。そこは緑豊かな草原。
きょろきょろと辺りを見回しても、誰も見つからない。
ただ延々とレンガの道が地平に伸びていた。
「はぁ〜、おなか減ったわ…。どっかに食堂でもないのかしらね」
ため息をつくリナの前に突如、人が現れた。
「ありがとうございますぅっ!!」
いきなり抱きつかれて頬にキスを受けたら、ヒくのは当然である。リナは慌てて振り払い、真っ赤になって相手を見た。
目の前にいるのは長い金の髪を持った娘。
リナのコンプレックスを刺激してくれるナイスバディーを持っていた。
「小さい魔女さん、貴女のおかげです」
「………ちょっと。小さいって、何が小さいのかしらぁああぁっ?」
「えっ?ああ、すみません、こう見えても私は結構、長く生きているものですから…」
ナイスバディーに抱きつかれて、『小さい』の言葉に過敏になっていたようだ。
「…大体、あんた一体あたしの何なのよっ!」
「あ、すみません、嬉しくてつい…。初対面の方なのにっ」
我に返った娘は、自分の振る舞いを恥らう。
「初対面…?」
「そうです。私はフィリア。『北の魔女』とも呼ばれています」
「魔女ぉ〜!?」
魔女というよりも聖女と言った方が似合いそうだが。
「んで?」
「はい?」
「だからっ!何でいきなり『ありがとう』なのよっ!」
「え?貴女が倒してくれたのではないのですか?」
何を言っているのかわからない、という顔でフィリアはリナを見た。
「はぁ?誰をっ!?」
「ですから…」
リナが今出てきたばかりの家の方をフィリアが指し示した時だった。
空より男の声が響いた。
「貴様っ!」
「あ?」
「よくもガーヴ様をっ!」
「はあ?」
どいつもこいつも自分に解かるように話そうという気はないのか。リナは激しく頭を掻き毟った。
この腕だけが別な生き物からとってつけたような男は、何故か空に浮かんでいるこの男は、一体何者だというのだ。
横で、フィリアが一歩前に踏み出す。
「ヴァルガーヴっ!復讐なんてやめてくださいっ!」
「……」
ヴァルガーヴと呼ばれた男は、目を細めてフィリアを見る。やがて舌打ちをすると、
「この仇は必ず取るっ」
という捨て台詞を残して、一瞬で姿を消した。
「……………んで?」
「はい?」
「だ〜か〜ら〜っ!!説明しろって言ってんのよっ!一から全部っ!!」
一体、何回繰り返させる気だろう。ただでさえ、自分のこともわからないっていうのに。リナの語調が自然と荒いものになる。
「ほ、ほんとに何もわかってないんですね…」
フィリアが困った顔でリナを見る。
「…間接的にとはいえ、貴女が東の魔王ガーヴを倒してくれたんです」
「いつ?」
「たった今です。竜巻で飛んできた貴女の家に、ガーヴは押しつぶされて…」
「げ…っ」
おいおい、それじゃ、あの下には、げろんちょな死体が…。
リナは嫌そうに家を振り返った。
少しでもはみ出していたらどうしよう…。さすがのあたしでもしばらくお肉、食べらんないかも…。
幸い、そんなものは欠片も見えなかった。
「気にしなくていいんですよっ。相手は悪い魔王なんですからっ!この世界を滅ぼすために存在してた奴なんですっ!この世界のために、感謝を捧げたいくらいですっ!」
「は…。そ、そう…」
自分が倒したと言われても、実感は湧かない。そのガーヴとやらが本当に悪い奴だったかは知らないが、ま、不幸な事故だったとしかいいようがない。
こんな大きな墓石を背負える奴などそうそういないだろう。
「…それで、あのヴァルガーヴとかいう奴は?あたしのこと恨んでいたみたいだけど…」
「……西の魔法使いです…。ガーヴの腹心だった人で…」
「腹心…」
そういうことか。あの憎しみに満ちた目で自分を見ていた理由は。
リナは大きなため息をついた。
何でこんな厄介ごとの中に、いきなり放りこまれているんだろうか。
「…ところで、フィリア。あたしさ、何も覚えてないんだけど」
「は?何も、とは?」
「何もかも、よ。覚えてるのは自分の名前だけ。こんな家に覚えもなければ、家族もわからない」
「まあ…っ。家が落ちた衝撃でどこか打ったのかしら…」
「…そうかもしんない。…あんた『魔女』なんでしょ?こうぱぱぱーっと、何か呪文となえて一挙に解決っていう手はないの?」
「そんなこと言われても…そんな魔法、知りません…」
「そっか…」
これからどうしたらいいのか。
しばらく沈黙が訪れた。
不意にフィリアがぽんっと手を打つ。
「そうだわっ♪」
「何かいい手、思いついたのっ!?♪」
「ええっ。よく言うでしょう?
記憶喪失になった時と同じ衝撃を与えれば…って♪」
「ちょっっっっと待゛ったぁーーーーーーっ!!!」
スカートの中からモーニングスターを取り出したフィリアに、リナのスリッパが炸裂する。
「何するんですかーーーっ」
「死ぬでしょっ!?そんなことしたら死ぬでしょぉっ!?」
涙目で訴えるフィリアの胸倉を掴んで、リナもまた涙目で揺さぶる。
何をし始めるのかと思ったら。さすが『魔女』の名を冠するだけのことはある。どこか常人と違うらしい。
「……私は、これくらいなら平気ですけど…?」
「あんたと一緒にしないでぇええぇぇっ!
大体それが乙女の持つ物っ!?」
「だって…世間は怖いって…護身用です…」
彼女は照れながら、スカートの中に武器をしまいこむ。
あんなものを片手で操れるのなら、大抵の相手なら彼女が素手で立ち向かっても平気だろう。
「で、他に方法は?」
「他に…?」
考え込んでいたフィリアが、嫌そうにリナに目をやる。
「あまり、いい方法じゃないかもしれないですけど…」
「あるなら教えてよ。こっちは藁でも掴みたい気分なんだから」
「……エメラルドシティにいる『偉大なる魔法使い』なら、何とかしてくれるかもしれません…」
フィリアはレンガの道を指し示す。
「偉大なる?そいつに会えばいいのね?」
「でも、きまぐれな人ですし…、人の頼みなんか聞いてくれるかどうか…」
ぷうっと頬を膨らませるフィリア。
「聞いてくれないんなら、従わせるまでよっ!」
リナは駆け出した。
「あ、貴女、名前は…っ?」
走り去る背にフィリアが問う。
そういえば、未だ彼女に自己紹介をしていなかった。
あたしの名は。
「リナ=インバースっ!」
わかっていることはそれだけ。
「あーーーーーっお腹減ったーーーーっ!!」
目指す町が決まったのはいいものの、自分はこの国の通貨を持っていなかった。自信持って差し出した銀貨を『使えない』と言われて返された時は、かなりショックだった。
リナは、とぼとぼと歩いていた。
その目の端にトウモロコシ畑が目に入る。
…かなり誘惑だ。コレを茹でて…焼いて…
盛大な腹の音が響く。
ダメだ。これはお百姓さんが精魂こめてつくったもの。悪徳地主のものならともかく…ああでも、こんなに可愛い少女が行き倒れしかけているのだから、天も許してくれるんじゃ…っていうか、ばれなければ…
葛藤するリナの耳にその時。
「おおーーい、食うかぁ?」
背の高いトウモロコシの畑の中に、それよりも背の高い男が立っていた。トウモロコシと似た金色の髪を持つ男が。
「え!?食べていいの?」
「もちろんだ」
目の前が開けた気がする。
「いやーー、助かったわーー。ありがとうっ……えっと…」
「俺の名はガウリイ」
「そ。ありがと、ガウリイ♪あたしはリナ=インバース」
リナは茹でトウモロコシから顔を上げてにっこり笑った。その傍らではガウリイが焚き火でとうもろこしを焼いている。
「リナ、か…。ほら、これも食べろ」
「えへっ、それじゃ遠慮なく♪」
何処に行くんだ、とかいう彼の質問に答えながらも、リナの食べるスピードは落ちることはない。
ガウリイはリナが美味しそうに頬張る様子を満足げに見ていた。
「あれ?ガウリイ、あんたはいらないの?」
「ああ、俺は食べちゃダメだって言われたから…」
「誰に?医者?」
頑丈そうな身体だが、どこか悪くて食事制限でもさせられているのだろうか。せっかくこんなに美味しい物を作っているのに、自分が味わえないなんてもったいない。
そんなことを考えていたリナだったが。
ガウリイの次の言葉に止まった。
「この畑の持ち主に食べちゃダメだって言われた」
「……………………あんたがこの畑の持ち主じゃなかったの?」
ガウリイが目を丸くする。
「まさか。
俺はただ、ここにいて、カラスを追っ払えって言われただけさ。それが俺の仕事だって…俺はただの雇われ人さ」
「雇われ…?カラスを追っ払え…?
…あんた、トウモロコシを人にあげていいって言われた?」
「さあ?ダメとは言わなかったぞ」
嫌な予感がする。
「…トウモロコシを守れって言われてたのよね…?」
「ああ、カラスからな」
「『案山子』の役目だ、とか言ってなかった?」
「ああ、そう言えば何かそんな単語を言われた気もするが…。…『案山子』って何だ?」
うんがーーーーーーーーーっ!!
目の前が真っ暗になった。
「あ、俺の雇い主だ。おおーーいっ」
ガウリイが立ち上がって、のんきに手をふる。
不味い。もちろんトウモロコシは美味い。
――て、そんなことを言っている場合か。
そんなつもりはなかったとはいえ、完全に野菜泥棒である。
果たして言い訳を聞いてくれるだろうか。下手するとガウリイと共謀していたと思われてしまう。
…やはりここは。
「ガウリイ、それじゃあたしは行くわねっ」
「え?あ、おい。リナ?」
そそくさと立ち上がり、リナは走り出す。
後ろも見ずに。
幸い畑の持ち主に顔を見られることもなかった。リナはレンガの道の傍らの木陰で安堵のため息をついた。
不意に、肩に手を置かれる。
げっ!追ってきたっ!?
「リナ、忘れ物だぞ」
振り返るとガウリイがにっこり笑って、自分の持っていた剣を差し出す。
追手というわけではないらしい。
「あ、あああありがとうーーって、何、一緒の方向に歩いていんのよ。あんたの来たのはあっちっ!」
「ああ、俺もお前と行くから」
「は?」
「子供が一人じゃ危ないだろ。保護者が必要だからな」
「子供ってあんた。あたしをいくつだと…っ」
「いくつなんだ?」
さらりと問われて、リナは押し黙る。
答えられない。自分はそんなことも覚えていないらしい。
「ほら、そんな奴を放り出すわけに行かないだろう?」
まるでそれが当然だというかのように、肩を並べて歩いていく。それが何だかとてもしっくりとくる。
何故なのかはさっぱりわからなかったが、彼を追い払おうという気は起きなかった。
レンガの道は森の中でも途切れず、続いていた。
「おい、リナ。さっきの剣、借りるぞ」
「え?あっちょっと、それはあたしの…」
リナが答える前に、ガウリイは剣を奪って抜いていた。それが意外とさまになっている。
「ほお、よく気付いたな」
「ヴァルガーヴ…っ」
見上げると、樹の枝に憎しみの眼差しを向ける男が立っていた。
「…リナ、お前の知り合いか…?」
「………西の魔法使いよ。あたしを逆恨みしてるの」
「逆恨み?」
「なんか、アイツの大事な人を、風にのって飛んできたあたしの家が潰しちゃったんだって」
「……かなり悲惨だぞ、それ…」
リナと同じ想像をしたらしい。ガウリイが顔を引きつらせる。
「あたしのせいじゃないわよっ!」
「ふん、お話はそこまでだ」
ヴァルガーヴは、ふわりと二人の前に降り立つ。
彼が手を伸ばすと掌に光が収束していく。そこにあるのは圧倒的な力の気配。
「…魔法っていうやつ…っ!?」
あんなものが剣で防げるのだろうか。多分無理だろう。
一体どうしたらいいのか。
「逃げるわよっ!!!」
二人は道をそれて森の中へと入る。ヴァルガーヴはそれを追ってくる。
その時である。
「危ないっ!」
めきめきと異様な音と共に声が響いてきたのだ。
「…嘘!?」
三人目掛けて、大きな樹がぐらりと傾いてくる。ヴァルガーヴは瞬時に虚空へと逃げ込む。
けれど、あたしは。
あら、樹液吸ってる虫発見。…じゃない、逃げなきゃっ。
「リナっ!」
「ひゃっ」
あたしが自分で飛び退るより早く。ガウリイがあたしに腕を廻して、地を蹴った。
枝の折れる激しい音と、地響きが轟く。 まさに間一髪。 守るための結果とはいえ、自分に覆い被さってる男に、とりあえず一発お見舞いして起き上がると。
「やれやれ、危ない所だったな」
木陰から、手に剣を下げフードを被った男が現れた。
「うおりゃぁーーーっ!!」
キインっ、と高い音を立てて剣と剣がぶつかり合う。
リナの不意の攻撃に、男は剣でもって防いでいた。
「…いきなり何を…っ」
「それはこっちの台詞よっ!もう少しでガーヴの二の舞するとこだったじゃないっ!」
鍔迫り合いをしながら相手を観察する。
どうみても怪しい男だ。岩のような肌。針金のような髪。
それを隠そうとフードを被って口を覆って。しかし完全に隠れてないという、怪しさ大爆発の男である。
「だから、危ないと声をかけただろうっ!大体、お前らが樹の倒れる方向に現れたんじゃないかっ!」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
「まあまあ、リナ。一応、このきこりのおかげで助かったんだし」
ガウリイは剣を抜く気配もない。彼の野生の勘はこの男を安全と判断したようである。けして深い洞察に基づくものではないだろう。
「……そうね…」
双方、頃合を合わせて剣を引く。
岩男はフードを脱ぐと、鋭い目つきで二人を睨んだ。
「………で、誰がきこりだ」
「あんたよ、与作」
「俺は与作なんて名じゃないっ」
「いーの、いーの。森の中で木を切ってりゃ与作で、きこりと決まってんの」
どうせここでおさらばするのだから、リナにとっては大した問題じゃない。
言われた方は、たまったものではないが。
「俺には、ゼルガディスという名がある…」
「あ、そう」
リナはくるり、と踵を返した。
「勝手な女だ…」
ゼルガディスはため息をつくと、膝をつく。彼は、切り倒したばかりの木の切り口に短剣を突き立て、何かを探り始めた。
剣を突き立てて削るような音に疑問を覚えて、リナが振り返ると。
ゼルガディスの手が、幹から宝石の連なりを引きずりだしていた。
「お宝っ♪♪」
「……お前、行ったんじゃなかったのか…?」
瞬時に傍らに立っているリナに、ゼルガディスは気圧される。
「ねね、何でそんなとこからそんなもん出てくんのよっ!!?ここらの木、全部そうなの?」
「さあな」
「もう、いぢわるしないで教えて頂戴よ、ゼルガディスちゃん♪」
「…よせ、気色悪い…」
乙女ぶりっこ攻撃に顔を赤らめて、心底嫌そうに顔を顰めている。
「俺はただ、伝承を調べているだけさ」
「伝承?あんた考古学者かなんか?」
「違う」
「トレジャーハンター?」
「…俺はただ、この身体を完全な人間にする方法を探しているだけさ。 昔、この森の神木のうろに、何かすごいものを納めたという伝承を聞いて、何か手がかりになるかと切っては見たが…。…つまらんものだったな」
木が成長するにつれて、置かれたお宝を飲み込んでしまったということは想像できたが。
何か今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
「……………………『神木』?」
そういうのって、切っていいんだっけか?
もちろん、よくなかったらしい。
「お前ら、何してるっ!!?」
タイミングよく、ご神木を崇めに付近の住民なんかが来ちゃったりして。
「逃げるわよっ!!ガウリイっ!!」
…なんか、あたしの旅、逃げてばっかし?
そうして、レンガの道に戻ったリナであった。
「ったく、あんたのせいで、あたしまで逃げなきゃいけなくなったじゃない…」
「………すまん」
ゼルガディスが、ぼそりと呟く。
「ところで、お前も何か聞いたことはないか?人間になる方法を」
「そう言ってもねぇ。あたしも記憶なくしてて、わかんないことだらけでさ」
ガウリイには…………聞くまでもないかもしんない。
それをわかっているのか、ゼルガディスはガウリイには尋ねなかった。なかなか、見所のある奴である。
「記憶を…?それで、どうするつもりなんだ」
「仕方ないから、偉大なる魔法使いのとこでも行ってみようかなって…ああっ!あんたもそこ行けば、何とかなるかもしんないわね」
「本当かっ!!?」
「さあ?あたしも会ったことないし。でも『偉大』とかって言うんだから、凄いんじゃない?これで凄くなくて、ただのおとぼけ親父だったりしたら、たこ殴りにしなきゃ、気が済まないわね」
「魔法使いか………行ってみる価値があるかもしれんな…」
「おーしっ!それじゃ、出っっ発ーーーっ!!」
レンガの道の先をリナが示して、歩き出す。
その背を見て、ゼルガディスがため息をついた。
「…一緒に行くと言った覚えはないんだが…」
ガウリイがそんな彼の肩をぽんっと叩く。
「…よろしくな、与作。俺はガウリイ、あいつはリナ」
「……………ゼルガディスだ…」
もう一度、ため息をついた。
ゼルガディスは、結構お買い得な拾い物だったかもしんない。
彼が見つけた宝石は高値でさばけて、お陰で素敵なご馳走にありつけた。
野外に設けられたテーブルで、三人は盛大に食事をとっていた。
「…お前ら、一文なしだったとはな」
こんなことなら、一人で目指した方が良かったかもしれない、とゼルガディスは積みあがった皿にため息をついた。もちろん、ゼルガディスもその皿を積み上げた者の一人でもあったのだが、目の前の少女は、その上を行っていた。
そんな時である。
「そこの三人組っ!!」
またしても高い位置からの声に、ヴァルガーヴの仲間かと身構える。
空を見上げると、そこには肩にかかるかどうかといった長さの髪の少女がいた。空に浮かんでいるわけではない。屋根に上っていた。
なにゆえに。
「何なのよ、あの子?」
「知り合いか?」
「知らないわよ?ガウリイ、あんたは?――って、聞くだけ無駄かっ!!」
「そんな、リナ…」
返事をする前に決め付けられて、ガウリイは情けない声をだす。
「何よ、文句ある?じゃ、ここにいるコレの名前はっ!?」
と、リナがゼルガディスを指差した。
「……………指をさすな…」
「何いってんだ、それくらい俺にだってわかるぞ。ゼルガルディルスだっ!!」
「『ル』が多すぎる…っ!」
「かかしーーーーーーっ!あんた、本当に脳みその代わりに藁でも詰まってんじゃなないのぉっ!?」
リナがガウリイの頭を引っつかみ、ぐるんぐるんと揺さぶる。
「決めたっ!!あんた、脳みそ、もらいなさいっ!!あの偉大なる魔法使いとやらにさっ!」
「そんなこと…勝手に決めるなって…」
三人で、わいわいと不毛な話を繰り広げていると。
「む、無視しないでください…っ」
屋根の上の少女が顔を歪めて訴える。
ちっ、まだいたか。呆れて帰ってくれればいいものを。
再び皆の注目が集まって、少女は気を取り直したようだ。
「ふ、お遊びはそれまでですっ!貴女たちの悪行もこれまでっ!!この勇気を求める士、アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンが、貴女たちに正義の鉄槌を下してあげますっ!!」
「『悪行』って、あたしたちが何をしたっていうのよっ!」
「ふ、まだとぼける気ですかっ!?」
とぼけるも何も、身に覚えのないこと…と、言い切れない所が辛い。
「お百姓さんが精魂込めて作ったトウモロコシ畑を荒らしっ!神聖なご神木を切り倒しっ!その上、言い逃れまでしようとは、言語道断っ!!」
やっぱ、ばれてるよ。
しかし、ここで這いつくばって情けを乞うわけにはいかない。
「……証拠は?」
「はい?」
「それが、あたしたちだって証拠は?」
「目撃証言ですっ!」
「ふっ、そんな不確かなもので、あたしたちを悪党呼ばわりっ!?」
「不確かって…、だって、金髪で背の高いとぼけた男と…」
「そんなの大勢いるわよっ!?」 「栗色の髪で、背と同じように小さい胸の女…」 おにょれ、誰だ、そんなこと言った奴っ!
危うく、怒りあらわにして自分だと認めそうになる所だった。 「…それこそ、そんな奴いっぱいいるじゃないっ!!」 口元、ひきつってるなぁ、きっと。 少女は、こちらの開き直りに自信が揺らいできたようだ。
しかし、少女はなおも続ける。
「じゃ、じゃあ、フードを被って人間とは思えない岩のような肌をした男…」
う゛。それは、そうそういないかもしんない。
ここでゼルガディスとはおさらばか。とかげのしっぽきり作戦実行ってやつ?
『なんとかしろ』という思いを視線に込めて、ゼルガディスを見た。
「……………俺には………双子の弟がいる…」
ゼルガディスが呟く。
…おい。かなり苦しいぞ、それは。
わかっているのか、彼も自己嫌悪に陥っていたが、自業自得ってものだろう。
「え゛えっ!?では、あなた方ではないと言うんですかぁ〜」
屋根から、すごすごとアメリアは降りてくる。
…あのゼルガディスの台詞が通じるとは、こちらも只者ではない。
「はぁ…、これで賞金がもらえると思ったのに…」
「賞金って…、『正義』とかなんとか言ってたわりに、ただの賞金稼ぎなの?」
「いえっ!『正義の志士』ですっ!けれど、それで賞金ももらえるのなら、否はありませんっ!!正義を貫くにもお金が必要なのですっ!!」 「へえ、ライオンか〜。とても、そうは見えないけどなぁ」 「…ガウリイ、それは『獅子』だ」 「ガウリイ、よく『獅子』なんて単語知っているじゃないっ!?」
脱線していく会話の最中に、アメリアの腹の音が盛大に響いた。 顔を赤らめる少女。…お金が必要って、まさか。
「…………一文なし?」
「…はい」
リナは給仕の方を振り返った。
「おっちゃーん、もう1コース追加ーーっ!!」
「あ、ありがとうございます…」
アメリアが、うるるると瞳を潤ませて、席につく。
「誰があんたにやるっていったのよ。あたしのよっあたしのっ」
言うと、アメリアが潤んだ瞳を通り越して、涙目になる。
「おい、リナ。本当にお前が食うのかっ。大体、誰が払うと思ってんだ、誰がっ!!」
ゼルガディスが眉を顰める。
冗談の通じない奴である。
「わかってるわよ。冗談でしょ、じょ・お・だ・ん♪ほら、支払いはゼルがしてくれるって言うんだからさ、盛大に食べたらいいわよ」
「リナ…今の本当に冗談か?」
疑わしげに、ガウリイが見ている。
「………俺の金だ…。お前が仕切るな…」
とは言ったものの、半ばゼルガディスは諦めていた。
「そうですか、皆さん、偉大なる魔法使いに願いを叶えてもらいに行くんですか」
なかなかこの子も爽快な食いっぷりである。
「そういうこと。あたしは元に戻るために」
「俺は人間の身体を」
「俺はリナの保護…」
「あんたは脳みそもらいにでしょっ」
つい、スリッパで叩いてしまった。
『保護者』なんてこっぱずかしい台詞を、何回も聞かされてはたまらない。『リナさんを守るためなんですね〜♪』なんて言われようものなら、憤死するぞ、あたしは///。
「私もご一緒しますっ!」
「はあ?」
「一飯の恩、返させて貰いますねっ!エメラルドシティまで護衛しますっ!!」
それは少し困りものだ。いつ自分たちがやったことに気付いて、正義の鉄槌とやらを振り下ろされてはたまらない。
それをわかっているのはあたし以外では、やはりゼルガディス。
「必要ないな」
「そんなぁ〜」
ゼルガディスに冷たく言われて、傷ついたようだ。
「でも…ご飯ご馳走になっちゃって…ゼルガディスさんに悪いです…」
「そんな事は気にしなくていい。こっちも下心があってやったんだからな」
「え゛っ!?」
そこでアメリアが顔を赤らめている。
「そ、そんな…ゼルガディスさん、不潔ですっ!!」
恥じらいながら言われて、ゼルガディスも顔を赤らめて慌てて否定した。
彼女が何を想像したのか、わかったようだ。
「違うっ!!俺はただ、これで俺たちを犯罪者扱いしないでもらおうと、他の奴にも言…」
「ゼルちゃ〜ん、あんたも隅におけないわねぇ〜♪」
「…俺の話を聞けぇっ!!」
もちろん、本当は聞こえてる。
うーん、面白い奴だ。
「…決めましたっ!!」
不意に、アメリアが拳を振り上げる。
…なんか、頬を染めてないか、この子?
「何を?」
「私も、偉大なる魔法使いに会いにいきますっ!」
「…会ってどうすんのよ」
「私にも欲しいものがあるんですっ!」
「何だ、それなら一緒に行けばいいじゃないか。な、リナ?」
例によって例のごとく、何も考えずにガウリイが口にしてくれる。ここでダメだと言ったら、その理由を聞いてくるだろう。
そんなこと、アメリアの前で答えられるわけもない。 そしてこの男は、自分の場合の話とかを持ち出して、トウモロコシ畑に自分がいたことを、さらりと喋ってしまうのだ。
「わかったわよ…、一緒に行きましょ」
こうなれば、ばれないことを祈るしかない。
あるいは、その前にアメリアも共犯にしてしまうか。
「で?あんたの望みは?」
「それはもちろんっ、『正義を貫くための勇気』ですっ!!」
いや、それはもう十分な気がするぞ?
思ったけれど、誰も口にしなかった。
next
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