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masquerade
街はいつもと異なった雰囲気を纏っていた。待ち行く人はいささか浮かれ気味、商店の者はやや忙しそうにしていて、街の至る所で露店の準備がされていていた。
フィリアの店も例外ではない。
「明日が仮面祭?」
「そうです。結構、盛大らしいですよ」
値札を書き換えながらフィリアは返事をする。テーブルの上には値札の山と仮面が置かれていた。
ゼロスは何気なく仮面を手にとり弄ぶ。
「ふうん、これも売るんですか?」
「一応、ですけど。大抵の方は先に準備して、明日は最初からつけて出かけるんです」
道行く者全てが仮面をするわけではないけれど、せっかく祭りに参加する以上、大抵の人は仮面や衣装を用意している。
誰が誰だかわからない。素性も身分もその日だけは意味をなさなくなる。
「お忍びで王様とかいらっしゃるらしいですよ」
「王…では、側近の者とか警備とかも来るんでしょうね…」
ゼロスはフィリアの顔の前に仮面をかざして眺めた。つけたところでも想像しているのだろう。
フィリアは席を立って大事な商品を返すように言う。差し出された手にゼロスは苦笑して仮面を戻した。
「でも、仮面をつけても、その耳が出てたら、フィリアさんだってことが丸わかりですね」
いつもの飾りと仮面を同時につけるのは無理である。
「別にわかってもいいです。それに私はお店番があるんでそう遊んでる暇は…」
フィリアの言葉を聞かずにゼロスが杖を振りかざした。
「えっ!?きゃあっ!」
違和感がフィリアを襲う。自分の一部を切り離されたような喪失感。
それと同時に、重力に従って床に引き倒そうという重みが足にかかって、フィリアはその場に崩れるように座りこんだ。
彼女の足を引っ張った正体は彼女の愛用の武器。それが重みを増し、彼女を守る支えが今は枷となってフィリアを床に縛り付けていた。
「な、何をしたんですかっ!!」
「祭りが終ったら戻してあげますよ」
フィリアの問いに答えることなしに、ゼロスは空に浮くとそのまま虚空にかき消えた。
「ゼロス…っっ!?」
武器を吊り下げているベルトをはずして立ち上がる。
この武器が重くなったのか、自分の力が弱くなったのか。それを他の武器で確かめてみようと店の方に行くと、フィリアを見るなりジラスが目を丸くした。
「…姐さん、耳、どうした?」
「え?」
フィリアは『人間』になっていた。
姿形はもちろんのこと、その力も人間の女性並みになっている。今回の祭りの売り物としては武器に重点をおいていたというのに、その肝心の商品を持つだけで一苦労だ。
祭りも半ばまで過ぎるとフィリアはへとへとに疲れ果てていた。腕が重く自分の物ではないようだ。
「姐さん、少し休む」
見かねたグラボスとジラスが声をかける。
「そうっすよ。俺らだけで大丈夫っすから」
「でも…」
「どうせそろそろ客の波もおさまるっすよ。花火が始まったら皆、気をとられて買い物なんかそっちのけっすから」
街の中央では曲が奏でられ踊る人々、軒を連ねる屋台、大通りを行く仮面のパレード、そして祭りの終盤は花火というのがこの祭りの定番だということだ。
「姐さんも花火、見てくるといい♪」
「そうっすよ、姐さん、他の祭りでも店番で見てねーでしょう?」
「いえ、まだやれますっ。ジラスさんたちこそ少し休んでください」
そう言いながら、商品が売れて空いた場所に新たな武器を立てかけようとした。
静かに置こうとしていたのだが、疲れにさらに握力が落ちていたフィリアは、重いモーニングスターを陳列棚に落とすように置いてしまう。その衝撃に、その棚に立てかけられていたその他の武器が音を立てて倒れていった。
「姐さん、大丈夫かっ!?」
手などその下に引こうものなら骨が砕けてしまうだろう。
ジラスが慌てて駆け寄る。元に戻そうとしていたフィリアの手を彼は止めた。
「大丈夫、俺、直す。ここはまかせる」
完全に足手まといになっている。意地を張ってこのままここにいても、彼らに気を使わせるばかりだ。
「すみません、それでは少し席をはずしますね…」
大人しくヴァルガーヴの様子でも見に行こうと店の奥に入ろうとするフィリアを、獣人たちはまたしても止めた。
「ほんと花火でも見てきてくださいっす。いっつも俺らばっかり遊んでて、悪いっす」
「そう、姐さん、まだ花火、ちゃんと見てない」
フィリアの店からでも見えないわけではないのだが、この場所からでは遠くて迫力にかけるのだ。
獣人たちは仮面を手渡して、フィリアを押し出すようにして見送った。
軽やかに浮き立つ音楽の中、フィリアは申し訳ない気持ちで一杯だった。その祭りにそぐわない浮かない顔を、仮面が隠してくれるのが幸いだ。
さもなくば、美しい女性の憂いを晴らそうと、幾人もの男たちが群がっていただろう。
大事な時に役立たずになっている自分がもどかしい。
祭りが終ったら戻してくれるとゼロスは言ったけど、それではもう間に合わない。ため息が次第に身勝手な彼への怒りと変わっていく。
――あの生ゴミっ!元に戻ったら、焼却処分にしないと気が済みません
怒りに血を昇らせて歩くフィリアには、前方からやってくる一団に気付くことはできなかった。道行く者が彼らに自然と道を空けていることにも。
互いに避けようともしないものだから、すれ違いざまに肩がぶつかってフィリアがよろめく。
「あ、すみませんっ」
「おい、姉ちゃん。人にぶつかっておいてその程度の謝罪で済むと思ってんのか」
4人の男たちは兵士の制服に身を包んでいた。仮面はつけていない。おそらく街の警備に狩り出された者だろう。
フィリアは仮面をはずすと深々と頭を下げる。さらさらと金の髪が流れた。
「申し訳ありません、私の不注意でした」
仮面の下に現れたのは男たちの予想以上に美しかった。そしてその姿態は男心をかなりそそるもの。
彼らの言葉を借りると『上玉』というものだった。
再び仮面をつけてその場を後にしようとするフィリアの腕を掴む。フィリアの手にしていた仮面が落ちた。
「ちょっと待ちなよ、姉ちゃん」
「ちょっと職質させてもらおうか」
彼らは引きずるようにフィリアを人気の無い路地へと連れ込む。
路地の真ん中に大男が立ち、フィリアを大通りから隠す。彼は懐から小さな酒瓶を取り出しあおった。
「…どいつもこいつもいい気なもんだぜ。何がお忍びだ。狩り出される俺たちの身にもなれって」
「ま、そう腐るなって。この姉ちゃんでせいぜい楽しませてもらおうや」
男たちの下卑た笑いに嫌な感じがする。警備兵だから従ったというのに、彼らから街を警護する気概は感じ取れなかった。
彼らの、自分を舐めるように見るその眼差しが酷く不快だ。
「…何ですか、私は先を急いでいるので」
「まぁ、そう言うなって、姉ちゃん。俺たちと遊ぼうや」
逃げられないように男がフィリアの腕を掴む。
「逆らうって言うなら牢にぶちこんでもいいんだぜ?」
「逆らわなくても、今度はあんたにぶちこむけどなっ!」
「違いねぇっ」
どっと笑う男たちにフィリアは青ざめた。
「離してくださいっ!」
力一杯の抵抗でも、一番小柄な男の腕を振り解くことすらできない。
いつもなら武器を振り回して威嚇することもできるのに。竜になって逃げることも、竜の力で相手をひれ伏させることも今はできないのだ。
あれもこれも全部ゼロスのせいだ。
「誰かぁあっ助け…」
「しっ!騒ぐんじゃねーよ」
叫ぼうとした口を手で塞がれる。
いつも狙い済ましたかのようなタイミングで現れる男も、今回は現れない。力を奪っておいて放り出した彼への悪態が、幾つも幾つも胸の中に浮かんできた。
後ろから羽交い絞めにされて完全に抵抗を封じられる。
男の息がかかった。
―――怖い
冷たい恐怖が背筋を走り、フィリアを竦ませる。
ゼロスへの怒りでなんとか心を紛らわせていたが、それも限界に近い。
涙が溢れそうになるのをフィリアは必死で耐えた。
泣いたら駄目だ。泣いたら好機が来ても叫べなくなる。
「ぎゃっ」
突如、フィリアを取り囲んでいた男の一人が吹っ飛んだ。
――ゼロスっ!?
心の内で彼の名を呼びフィリアが振り返る。
しかし、そこにいたのはいつもの獣神官の姿ではなかった。
「騒ぎを起こさないように取締りをするのが、警備兵の役目じゃなかったんですかね」
声も違う。
大通りの明かりを背中から受けて銀の髪が冷たく煌いていた。
銀髪で蒼い瞳の青年が、拳をほぐすように振る。
「ふんっ、俺たちは職務質問をしていただけだぜ。…だが、お前のやったことは確かに『騒ぎ』だな」
「取り締まれってか」
二人が剣を抜いて青年に向けて構える。小柄な男はフィリアの腕を掴んだまま逃がさないようにしている。
体格を見るだけでも明らかに警備兵の方が強そうだった。
腐っていても兵。なんといっても普段から鍛えている者たちである。一ひねりにする自身が彼らにはあるのだろう。
「親衛隊に逆らうとはいい度胸だ」
「ふぅ…」
青年が気だるそうにため息をつくのが、また火に油を注ぐ。
「ここでその女性を解放したら水に流そう、といったら聞いてくれませんかね?」
青年の提案など無視して、警備兵たちはじりじりと間合いを詰めていった。
それを見た青年は肩を竦めて再びため息をつき、底冷えさせる視線を向ける。
「それでは遠慮なく」
告げると同時に、彼の足が地を蹴った。
相手は剣を構えているというのに、彼は怯むことすらない。
素早く近くにいた方の懐に入ると、剣を握る手に手刀を叩き込む。
音を立てて剣が転がる。その音が止む前に青年の蹴り足が警備兵の鳩尾にめり込んでいた。
うめき声を残して崩れ落ちた男には目もくれず、青年はフィリアを捕らえた者に向き直る。
「ひっ!」
睨まれて小柄な男はフィリアを思わず離し、恐れをなして逃げていく。
去る者は追わず、青年は次の目標を定めていた。
残りの一人、そして最初に吹き飛ばした大男が再び立ち上がって向かってくるのを地面に伏せさせた後。
立ち尽くしていたフィリアに青年が近づく。
先程までの闘いをしていたとは思えない程、貴公子然とした立ち振る舞いだった。
「大丈夫ですか、娘さん」
「あ、ありがとうござ…」
フィリアが礼を言おうとした時、大通りに警備兵の制服を来た者が数人現れるのが目に入る。仲間が近くにいたらしい。
フィリアを救った青年を指し示してこちらの方へ駆けてくる。
「―――逃げましょう」
「あ、あの…」
青年はフィリアの腕を掴むと彼らとは反対の方へ走り出した。
「待てっ!そこの二人っ!」
人ごみに紛れると、追いかけてくるその声も聞こえなくなる。。
「どうやら巻いたみたいですね」
息を切らして青年は周囲を巡らす。水路に掛かる橋の上で走り疲れた二人は一息ついていた。
ただでさえ、疲れていたフィリアはただ無言で息を整えていた。
「危ないですよ。あんな路地に一人で…。どうしたんです、連れとはぐれたのですか?」
問われたことが意外で、フィリアはまじまじと青年の顔を見つめた。
「いえ…連れがいるわけではないんですけど…」
「ああ、それは丁度いいですね」
「?何がです?」
「僕も一人なんです。よろしければ、ご一緒しませんか」
「え…?」
フィリアは首を傾げた。青年に浮かぶのは悪戯っぽい笑み。
「…………そうですね」
フィリアも微笑んだ。
「…お名前をお聞きしても…?」
「今宵は仮面祭。身分も名前も意味のない日。互いの素性を明かすなんて野暮はやめましょうよ」
おどけた口調の彼にフィリアも笑ってみせる。
「でも、それではなんとお呼びしたらいいんです?」
「呼ぶ必要なんて。ここには僕と貴女の二人しかいないんですよ?」
どうしても名を明かす気はないらしい。
――最後に聞かせてくれるのでしょうか
「わかりました。もう聞きません」
フィリアはくすくすと笑って答えた。
青年と共に行動するのはなかなか楽しかった。
彼の話は機知に富んでいて、いつしかフィリアは惹き込まれ、疲れも後ろめたさも浮き立つ心に吹き飛んだ。
「この街のお祭りって楽しむのは初めてかもしれません♪」
そうそう店を離れることもできず、離れた時は他の知り合いの所を訪ねる程度。こんなふうに誰かと過ごしたことはなかった。
「僕も初めてなんですよ。貴女のおかげでいい思い出ができそうです」
青年はにっこりと笑う。
ぼうっと彼の笑顔を眺めていると、またしても、道行く人と肩がぶつかってしまった。
「す、すみません」
今日は注意力散漫になっている日らしい。
先程よりも人が増えているというせいもあるのかもしれないが。
「込んできましたね」
「そろそろ花火が始まりますから」
皆、よく見える位置を確保しようと移動してきているのだ。
はぐれないように彼はフィリアの手をしっかりと握った。
「いい場所を知っています」
雑踏の中を、手を握られて無言で歩いていく。
それが何か気恥ずかしい。かといって、そんな理由で振りほどくのは変だし、第一、こんな人ごみでは本当にはぐれてしまう。
彼に握られた掌が熱い。
その熱さが徐々に全身へと伝わっていく。鼓動が速いのは少し速足だからという理由だけではないだろう。
青年が連れてきたのは、フィリアには少し躊躇わせる程の高級料理店。展望を売りにする高楼だった。
張り出したテラスには幾つもの席が設けられていて、フィリアたちはそこの一つの席に案内された。
ほとんど席は埋まっているが、街の人ごみからは考えられないほどすいていた。
始まりを告げる小さな花火が打ち上げられる。
「ああ、始まりましたね」
青年に促されるまま、フィリアは席を立つと、テラスのきわまで歩む。
花火の音が身体に響く。
眼下の人ごみからは歓声があがっていた。
光の華は一瞬輝くと、夜の闇に溶けていく。真の闇が訪れる前に、また新たな華が咲く。
――命みたいだわ…
フィリアはそっと傍らの青年を見上げた。
―――こんなふうにゆったりと過ごすことは今までなかったですね
フィリアの視線に気付いたのか、彼が微笑んで首を傾げる。
「どうかしました?」
「い、いえ…っ」
慌てて視線を前に戻した。
そんなフィリアを微笑んで見ていた青年は、手すりとの間にフィリアを挟んで手をつく。
肩や背に微かに彼の身体が触れる。
振り払わねばならないほど密着しているわけでもない。自然に身体をずらして避けるのには彼の腕が妨げとなっている。身体中の神経が背中へと集まったように、背後の気配が気になって仕方がない。
変に意識するから気になってしまうのだ。
空にひときわ見事な花火が咲いた。
花火の音に紛れないよう、青年がフィリアの耳元に口を寄せて囁く。
「綺麗ですね…」
闇が染まった頬を、花火の音が動悸を隠してくれるのが救いだ。花火よりも背後の気配の方がフィリアの心を震わせていた。
もちろん、そんなことを言えるわけもない。慌てて花火に魅入ってるふりをする。
「そ、そうですね…」
「貴女のことですよ」
「え…?」
振り返って見上げると彼が自分を見つめていた。面と向かってそんなことを言われるとは思ってもいなかった。
花火の音が遠ざかった気がする。
代わりに自分の鼓動の音が聴こえてくる。
彼の瞳に花火の光が煌き消えていくのをフィリアはただ見つめた。
――こんなふうに馬鹿みたいに見つめてて…変じゃないかしら
けれど、彼から目を離せない。
気付けば青年の唇が重ねられていた。
「――…っ」
青年を突き放そうと彼の胸に手をかけると、彼の腕が自分を抱きしめた。
愛しげに、まるで離さないと言っているかのように。
男は腕の中で彼女の力が抜けていくのを確かに感じていた。胸にあてられた彼女の手はもはや拒絶のためなのか縋るためなのか、わからなくなっている。
それを確かめると、怒りが噴き出してきて、反射的に肩を押してフィリアを突き放した。
不意の拒絶にフィリアが軽くよろめいて、手すりにすがる。
そんな彼女に冷たい一瞥を与えて、銀髪で蒼い瞳の青年の姿をとったゼロスは身を翻した。
人間界に潜入している魔族がこの祭りを訪れるという情報を仕入れていた。自分とは異なる者を主に戴く者が。
古代竜が転生してこの街に暮らしているということは、未だ他の魔族には知られてはいない。知るのは自分の主とその下の数人のみ。
知られれば、どんな横槍を入れられるかわからない。隠しておかなくてはならないのだ。
自分の気配がこの街にあることも疑問をもたせる原因となってしまう。黄金竜がこんな街で暮らしているというのも同じだ。
だから、フィリアの力を封じて目立たないようにした。彼女の力に干渉する術は心得ている。
そして、偶然にフィリアがあの者に出会わないとも限らなかったので、避けさせるように彼女を連れまわす。出会ってしまえば、力を封じる魔力の僅かな痕跡に気付かないという保証はなかったからだ。そのために、自分も完全に力を切り離して姿を変えたのだ。
必要があってやったのだ。
別に彼女を試してみようという気など最初はなかった。そのまま正体を告げてもよかったのだ。
ただあまりにもこの姿に対するフィリアの態度が柔らかくて、『獣神官』に対するものと異なっていたから、少し悪戯心が騒いだのだ。
結果はどうだろう。
幾ら気が合ったとはいえ、相手はわずか数刻前に会ったばかりの男。それに対してでさえこの程度の抵抗なのだ。
普段の自分が仕掛けた時と変わらないではないか。いや、むしろ普段よりも…。
苛立ちがゼロスの胸の内に黒く渦巻いている。
花火の音も、意味無く上がる歓声の声も、人々の喜びも、何もかもが煩わしくてたまらない。
もう祭りも終る。
これ以上フィリアを連れまわす必要もない。
こんな浮かれ騒いだ場所に用はない。
しかし。
フィリアが発した言葉がゼロスの歩みを止めさせた。
「もう、帰るんですか…ゼロス…?」
フィリアに背を向けられているため、呼ばれた青年が驚きに目を見開いたことは彼女にはわからなかった。
青年がゆっくりと振り返る。
「ゼロス…?どなたのことです?」
「貴方のことです」
それは確信の口調。
揺るぎない眼差しが真っ直ぐにゼロスを貫く。
「……いつから気付いていたんです?」
「え…?最初から…でしょうか…?『仮面祭』だからお互い他人のふりをしておこうということではなかったのですか?」
あの悪戯っぽい笑みを見た時に、そういう趣向なのだと思ってこちらも付き合ったのに。
互いに力を封じて
魔族だということも神族だということも 今宵だけは全て忘れて
お互い何も知らずに初めて会った人間同士のように
しかし、今のゼロスの問いによるとそういうわけではなかったらしい。
酔狂な彼のことだから、と受け入れていたけれど、確かによく考えればおかしいかもしれない。魔族が祭りなんてものを楽しみにするとは思えない。
でもそうすると何のためにこんな真似をしたのかがわからない。
「最初から…?」
ゼロスは呟いた。
竜ならば精神世界により敏感であるとはいえ、今は完璧に人間に化けているはずである。魔竜王にすら正体を気づかせなかった冥王のように、自分も気付かれないという絶対の自信を持っていた。
なのにこの娘はやすやすと看破してしまったのだ。何故か悔しさは微塵も浮かばない。
断言してもいい。自分の術が未熟だったわけではない。
実際、自分はこの町で同族とすれ違ったというのに、相手は気付きもしなかったのだから。
何故、彼女が自分を見分けることが出来たのかはわからない。別に理由などわからなくてもいい。
ただその事実に笑いが込み上げてくる。
「…ゼロス…?」
一人楽しそうに笑う銀髪の青年にフィリアは首を傾げた。
「素晴らしいですね、フィリアさん♪」
フィリアの腕を引いて、彼女を自分の腕の中に収める。
「は、離してくださいっ!」
不意の抱擁にフィリアは抜け出そうともがいた。
「先程は大人しくして頂けたのに…」
「もう仮面祭も終わりですっ!貴方の仮面も剥がれ落ちてしまったんですからっ!」
祭りの楽しげな雰囲気に自分も浮かれていたのかもしれない。
彼の誘いにのるなんて。
抗いなかばに唇を許してしまうなんて。
「魔族のくせに…」
ありもしない感情を装う行為。彼にとってはただの戯れ。
「僕が魔族じゃなければいいということですか?」
「そんな仮定は意味ないでしょう?」
あがいても事実は変わらない。
心にかたく刻んでおいたはずなのに、一瞬、それを忘れる夢をみた。
「…それもそうですね…」
彼の声に宿る切なげな響きが、フィリアの抗いを止めさせた。
フィリアを抱きしめたまま、彼は夜空を見上げる。
「…今だけです。祭りはまだ終ってませんから」
彼の視線を追うようにフィリアもまた、空に咲く大輪の花に目をやる。
花火はまだ終ってはいない。
彼の腕を暖かく感じながら、フィリアは魅入られたように空を眺め続けた。
儚く散る夢に今だけは身をゆだねて
……明日にはいつもの魔族と神族とに戻るのだから
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