片翼の鳥たち

 

 

『双翼の涙』を下記の時刻に頂戴しに伺います♪
 お茶を用意して待っていてくださいね
                怪しい盗賊 ゼロス

 
 丸文字の最後には、猫の足跡のスタンプが押してある。

「…ふざけた予告状ね」
 ひらひらと白いカードを振りながら、フィリアの向かいに座った栗色の髪の貴婦人はケーキの真ん中にフォークを突き刺した。
 貴婦人らしからぬ作法に眉を顰める者は、この席にはいない。自分も含めてだ。こういった光景は自分達の間では、ごく見慣れたものとなっているからだ。
 むしろ、控えた給仕の方が目をむいている。 
 本人曰く、『こうした方が、食べてるって実感、湧くでしょ』ということらしい。
 けして、彼女は礼儀作法が出来ないというわけではない。正式な席では、思わず目を見張るほど、完璧に振舞う彼女の姿が見かけられる。
 となれば、あとは本人の好みの問題だ。

 穏やかな昼下がり。貴族の館の庭園に設けたお茶の席。
 テーブルの向かいにはリナ、そしてその隣には金髪の惚けた感じの男がやはり菓子を突付いている。ガウリイだった。
「どうしたのよ、フィリア。少しも手をつけてないじゃない。食べないなら貰っちゃうわよ〜」
「いいですよ」
 フィリアは、自分の皿をリナの方に押し出す。

「…ダイエット?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど…とても食べる気がしなくて…」
「そ?さんきゅっ」 
 皿を手元に引寄せながら、リナの視線がフィリアの手に落とされる。
 この席についてからずっと、フィリアは手を四角いケースにのせたままだった。布が張ってあるそれは、傍目には何が入っているのかはわからないだろう。
「そんなにびくびくすることもないって。まだ時間じゃないんだから。あの怪盗は予告に嘘はつかないってことらしいし」
「なぁ、リナ…。この怪盗って…」
「いくらガウリイでも、それくらい知ってるでしょ?最近、巷を騒がしてる奴よ」
 ガウリイはきょとんとした顔で首を傾げた。その様子からは、とても怪盗の話に思い至っているとは思えない。
「はいはい。ガウリイに聞いたのが間違いでしたっ」
 リナは肩を落とす。
 この青年に何かを尋ねて、まともに答えが返ってきたためしがない。
 これで彼に近衛兵が務まっているのだから、世の中は実におかしなものである。
「嘘はつかない…。…今まで、予告して失敗したことはないという噂ですよね…」
「ったく、びくびくしてんじゃないのっ。
 今回で初めての嘘つきになってもらおうじゃないの。予告失敗、盗賊捕まる、ってね」 

 今、三人がいる所はフィリアの屋敷――いや、正確には、フィリアの唯一の肉親である祖父の屋敷である。しかし、その祖父が風邪をこじらせて床に伏せっている現在、フィリアがこの屋敷の主と言ってもよかった。
 そのフィリアの屋敷に、先刻届けられた予告状。それが目の前にあるこの白いカードである。  
 『怪盗』を名乗る、あまりにもふざけた輩からの犯罪予告。しかも、この予告はフィリアの家のみならず、新聞社にも送りつけられているのだという。そうして標的に十分警戒を促した上で、予告違わず盗みを行うというのが、この犯人の手口だった。 
 その名も『ゼロス』。
 これが犯罪者個人をさすのか、何がしかの犯罪組織の名なのかはわからない。
 ただ、その姿を見たと言う者の証言は重ならない。ある者は女であったと言い、ある者は老人であったと言う。彼らの目撃証言は犯人断定へと繋がらないということだけが、事実として横たわっていた。
 
「…この宝石は両親の形見なんです。これを持っていかれてしまったら…」
 フィリアは、片時も離さないようにしているケースに、視線を落とした。
 その中に『双翼の涙』と呼ばれる対の宝石が収められている。血のように紅い玉と深海のような青い玉の二つの宝石が。
 このよく似た大きさのルビーとサファイアは、それぞれ父親と母親の持ち物だった。その両親は今はもう亡い。
 家族は祖父のみとなった今は、フィリアがその二つの石の主だ。
「ま、アメリアも乗り出してきていることだし?今度こそ、とっ捕まるんじゃないかしら」
 リナは先程から聞こえてる喧騒の方を振り返った。
 その視線の先では、黒髪の少女が警備の者にあれこれと指図をしている。友に降りかかろうとする災厄を払おうと、彼女は王女の身でありながら、陣頭指揮を買ってでていた。
 警察やら、王女づきの親衛隊やらがフィリアの家のあちらこちらを走り回り、辺りはすっかり騒々しい。
 その中で三人は優雅にお茶を飲んでいたのだ。

 リナがアメリアに手を振ると、彼女が近寄ってくる。
「警備は万全ですから、安心してください。フィリアさん」
「過信は命取りになる。油断はしないことだ」
 自信を持って言うアメリアの横から、ゼルガディスが告げる。彼女の背後に控えているこの男は、親衛隊長のゼルガディスだ。
 ゼルガディスは、王女相手にも物怖じしない男だった。王女に対する口の利き方とは思えないが、そんなことはこの場にいる者はやはり誰も気にとめない。自分達もまた似たりよったりだからである。
 アメリアとゼルガディスが空いている席に着くと、すみやかに給仕の者が動き出した。 

 ここに集っている者たちは、宮廷でも変わり者と呼ばれる一団だ。
 それぞれの出会いは別々だったのだが、今ではこの5人が集うことは見慣れた光景となっていた。類は友を呼ぶとはよくいったものだ。今では、互いの身分も地位も関係なく語り合える仲間となっている。
 彼らは予告状の話を聞きつけ、フィリアが呼ぶまでもなく、その元に集まってくれた。
「いやぁ〜、退屈していたから、いい暇つぶしになるわ〜♪」
「……リナさん…」
 彼女の本音はそこにあるのかと思い、フィリアはじと目でリナを見た。
「もおっ、冗談よ♪仲間を救うために決まってるじゃない♪」
 リナが慌ててフィリアの背中を叩く。
「世間には?『きゃー、怪盗様、かっこいいー♪』なんて言う無責任な奴がいるけど?要は盗人、住居不法侵入者じゃない。
 ふっふっふ。犯罪予告なんておちゃらけて調子に乗らせとくのも、ここまで。憂さ晴らしさせてもらおうじゃないの」
 『悪人に人権はない』という、いつもの口癖をリナは繰り返した。
 実際、お忍びに出かけた先で、短銃やら剣やらを使って、その通りのことを彼女は実行してしまうのだ。お転婆なんて言葉で片付けるのは無理がある。貴婦人としては、かなり無茶苦茶だった。
 そして、輪をかけたように破天荒な王女が、拳を振り上げる。
「捕まえれば、王室から報奨金も出しますっ!」
「そして奴の盗んだ財宝も頂き♪」 
 リナの本当の目的はそれかもしれない。
 フィリアは小さなため息を零した。


 夜の帳が降りる。
 あと一刻もすれば、怪盗の予告してきた時刻である。
 事に備えて食堂で腹ごしらえをしていた一行は、怪盗を待ち構えるべき部屋に移動するべく、席を立った。
 怪盗はその予告を違えない、という前提があるからこそ、まだ悠然と構えていた。
 歩む廊下の窓からは、中庭の木々と月のかかっていない空が見える。
「新月の夜を狙ってきたな」
 ゼルガディスは空を見上げて、ため息をつく。
「闇に乗じる、か…」
 庭内のあちらこちらには篝火がたかれてはいるが、闇を全て照らすことはできない。闇の中、さらに色濃い影を作り出してさえいる。 
 警備を任じられている者としては、好ましくない条件だろう。
 フィリアもまた闇に目をやり、ため息をついた。
 こんな闇の深い夜は、好きではない。
 自分の両親が死んだのも、こんな夜だったという。

 二人は絵に描いたような幸せな夫婦だったと思う。この宝石がまるでその象徴だった。
 宝石箱の中にはいつも、蒼い石と紅い石が仲良く鎮座していた。横から覗き込む自分に、母親が幸せそうに語ってくれたのを覚えている。 
「これは、ずっとずっと昔から、コプト家に伝わる石なんです。不思議な言い伝えのある、素敵な石…」
「言い伝え?」
「この宝石は対の宝石なの。お互いにずっと一緒にいたくてひかれ合うんですって。もし別れて離れてしまっても、いつか必ず二つは揃う、仲のいい石…。
 だから『いつまでも一緒にいられますように』って願いを込めて、お父様がお母様に贈ってくださったのよ。この蒼い石がお母様の…そして」
「では、紅いのがお父様のなんですねっ♪」
「そう、次はフィリアの番ですよ。フィリアが大きくなったら、この石たちはフィリアの物。
 同じように願いを込めて、お婿さんに贈ってね?」
 いつまでも一緒にいられるように。
 まるでその言葉を実現したかのように、両親は一緒に亡くなってしまった。乗っていた馬車が強盗に襲われたのだ。
 自分もその馬車に一緒に乗っていたのだが、その時の記憶は失われている。
 気付けば、両親の葬儀に出ている自分がいた。
 あまりにも辛い記憶を封じてしまう。そういうことは稀に見られることだ、と主治医は告げた。周囲の者も、フィリアの失われた記憶をあえて取り戻そうとはしなかった。 
 フィリアにとって、惨劇の記憶はなくても、両親の死という事実だけでも苦しみを与えるのに十分だった。
「フィリア、何してんの。行くわよ」
 リナに声をかけられて、ぼんやりと立ち止まって窓の外を眺めていた自分に気付き、歩き出す。


 フィリアたちは屋敷の奥深くの一室に陣取っていた。窓もないその部屋の入り口は一つだけ。話しあった結果、ここが一番迎え撃つのに相応しいということになったのだ。
 この部屋にいるのはフィリアたち5人のみ。
 扉の外と、この部屋に至るまでの廊下には、幾人もの警備兵が配備されている。
 部屋の中央に置かれたテーブルには、先程のケースが乗せられている。
 最初こそ雑談を交わしていた5人だが、予告時刻が近づくにつれ、口を閉ざした。
 緊張に張り詰めた空気。
 
 広間に置かれた時計が重々しい音で時刻を告げる。その音はフィリアたちの構えた部屋にも、微かに届いた。
 それとほぼ同時に、激しい音がして空気が震えた。まるで何かが爆発したような音。
「ゼルガディスさん…っ!」
「…おそらく陽動だろう…」
「でしょうね」
 リナとゼルガディスは浮き足立つことはなかった。その落ち着いた様子をみて、飛び出しかけていたアメリアが平静さを取り戻す。 
 しかし、部屋の外は騒がしい。
 廊下を駆けてくる者の気配に、ガウリイが構える。
 バンっ、と音を立てて扉が開かれた。
 駆け込んできたのは一人の警備兵だった。
「火をかけられましたっ!」
 彼は息を切らしながら、自分が走ってきた背後の廊下を指す。彼は報告もそこそこにゼルガディスの指示を仰ぐ。かなり狼狽している様子だった。
 ゼルガディスが、寄りかかっていた壁から身を離す。
「ちっ、そこまでするかっ」
「ゼルガディスさん、消火の指揮をしに行きましょうっ!」 
 既にアメリアは部屋を後にしようとしていた。
 宝石を盗まれるという被害よりも、火災の被害の方が恐ろしい。全てを焼き尽くされてしまっては、宝石を一つ二つ守ったところで意味がない。
 そして何よりも恐ろしいのは、人的被害がでることだ。
「リナ、この場は頼んだぞっ」
 そう言うと、ゼルガディスとアメリアは駆け去る。

「火が…」
 フィリアは不安で堪らなかった。
「おじい様…大丈夫かしら…っ。アメリアさんもゼルガディスさんも…っ」
 窓のないこの部屋からは、外の様子はわからない。
 駆けつけたいけれど、自分に課されている役目を放り出すことも出来ない。焦りと苛立ちがつのり、うろうろと室内を巡るフィリアに暢気な声が届く。
「大丈夫だろ?ゼロスが人を殺したって話は聞いたことないぞ?」
「ガウリイは怪盗の話も覚えてなかったでしょーがっ!! 言っても、説得力ないわよっ」
 間髪いれず、リナがガウリイの頭をはたく。
 この近衛兵の記憶力の怪しさは、フィリアも知っている。リナの言葉通り、ガウリイの話を聞いても安心はできない。
 代わりに、リナが続けた。
「ま、あのおじーさんには人をつけといたし。アメリアとゼルガディスなら、火に巻かれるようなドジは踏まないわよ。
 それに、確かにガウリイの言う通り、ゼロスは人を殺さないという話もあるしね」
「ちょっと待て、リナ…。俺が言ってたことはあってたのに、何で頭を叩かれるんだ?」
「もちろん、ガウリイの言う事には、まず、突っ込んでみなきゃ♪」
「リナ…っ」
 恨みがましい視線を軽く流して、リナは更に続ける。
「そういうことで、あれはオトリでしょうね。あっちに人手を割いて、警備を手薄にしようって腹でしょうよ。人殺しを嫌うなら、火の手はそう大きくないとみていいわ」
 それがわかっていても、指揮権を握るゼルガディスとアメリアがここに居続けるわけにもいかない。部下に任せていたとはいえ、混乱の中で指揮をとるのは代理の者には荷が重い。
 そうしてまんまとゼロスの計略通りに、二人はこの場を去らざるを得なかったというわけか。
 残ったのはフィリア・リナ・ガウリイの三人と、今駆け込んできた警備兵。
 リナの言葉を聞いて、警備兵が不安げに言う。
「それでは既に怪盗の思惑通りなんですよね。もう、邸内に侵入していると…。
 ここに宝石を置いておくのは、危ないのでは?他の場所に動かした方がいいのではないでしょうか」
「それもそうね。ここに来るまでの廊下に配置されていた警備兵も、皆、火事の方に狩りだされたようだし」
 リナは警備兵をねめつけた。
「でも、あんた。そのケースに置いた手を離しなさい」
「はい♪」
 言葉とは裏腹に、警備兵はケースを持って踵を返し、走り出す。

「おい…っ!」
 ガウリイが咄嗟に短剣を投げようとするが、その一瞬前に、警備兵は部屋を出てしまっていた。
「ゼロスっ!!」
 ちっ、とリナが舌打ちをする。
「追いかけるわよっ!!ガウリイっ!」
「あ、あのリナさんっ!!」
 呼びかけるフィリアの声は、リナの耳には届かなかったようだ。リナはドレスのすそを蹴散らして、ゼロスの消えた廊下を走っていってしまう。
 部屋にはフィリアだけが取り残された。
 フィリアは一人、ぽつりと呟く。
「…あのケースは空なのに…」 
 どうしても宝石を傍から離したくなくて、ケースにしまったと見せかけて、宝石はフィリアが隠し持っていた。そのことは彼らにも言っていない。
 彼らの走り去った方から短銃の音が幾つも響き、フィリアはびくりと身を震わせる。
 どちらが発砲したのだろう。リナたちならいいが、怪盗が撃って犠牲者が出ていたら大変だ。
 心配になったフィリアは部屋を抜けて、後を追った。

 屋敷は閑散としていた。皆、火事の方や、怪盗を追っかけて出て行ってしまったのだろう。
 庭からは、放たれた犬の吼え声に混じって、人の声が響いている。窓からは火の手は見えなかった。しかし、もうもうと上がる白煙が篝火に照らされている。
 邸内に気配がないところをみると、リナたちは戸外へと飛び出していったのだろう。少々火薬の匂いがするが、誰が傷ついて倒れているというわけでも、血痕が落ちているというわけでもない。
「何もたもたしてんのよ、そこっ!!怪盗が――顔の知らない警備兵がこっちに来たでしょっ!?
 …こんの、あんたもくらげかーーーーっ!!」
 庭ではリナの声。喧騒の中だというのに、彼女の声はひときわ大きく届く。
「やはり、リナさんたちですからね。取り越し苦労でした」
 あの喧騒と白煙の中に混じる気は起きなかった。フィリアは静かな広間でほっと息をつく。
 怪盗は失敗したのだ。獲物を追う立場から、追われる立場へ。あの騒ぎが怪盗を追い立てているという証拠。 
 フィリアは胸元から小さな革の袋を取り出した。
 かちり、と二つの石が中でぶつかり音を立てる。
「ケースに入れておかなくてよかった…」

 取り出したのは失敗だった。
  

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