ジラスを追えっ!

 

 

 

 最近ジラスの様子がおかしい。
 店番が終わり夕食を食べた後に、こそこそと家を抜け出しているようなのだ。
 夜中に抜け出しているものだから寝不足に少しやつれ、店番中もうとうとしたりしている。抜け出しているということは、夜の外出を秘密にしておきたいらしく、ずばり聞き出すこともままならない。体調の事を聞いてもただ寝つきが悪いだけだと返されるばかり。
「そういうわけでグラボスさん・・・?」
 いつもジラスとつるんでいるグラボスにフィリアが尋ねてみる。
「俺は知らねーっすっ!」
 フィリアとゼロスを前にして、グラボスがぶるぶると首を振る。
「しかしこんな夜中にどこへ行くんでしょうね。こんな夜中にやっているところと言えば・・・・酒場か賭博か・・・・。いわゆる『飲む・打つ・買う』にはまっていたりして♪」
「まさかジラスさんがそんなこと・・・」
 それは非合法なことではないけれど、あまり勧められたものではない。
 楽しみの域を越えてしまい、身を持ち崩していく者の例は数え切れないと聞く。
 ゼロスの言葉に不安がじわじわと広がる。

「出かけました」
 ジラスが出て行くのを見てゼロスがフィリアの部屋に報告にくる。
 そうするようにフィリアが頼んだのだ。後をつけるためである。

  グラボスはジラスに口止めされているという可能性もあるし、尾行のことを彼に教える可能性が捨てきれなかったので、彼には内緒にしてある。
 だからフィリアはゼロスと共に夜の街をこそこそと歩いて行った。
「・・・今、声を掛けたら駄目なんですかー?」
「駄目ですっ。現場を押さえないと」
「飲んだくれや、賭博に興じてる人に何言っても無駄ですってー。ジラスさんは大人なんですから放っておくべきでしょう」
 博徒の前で聖女面を引っさげて正道を説くフィリアの姿を想像すると、ゼロスでも頭が痛い。
 しかし、ゼロスの意見はフィリアを素通りした。
「全く、何でそう他人のことに首を突っ込みたがるんだか・・・」
 夜の繁華街をフィリア一人で歩かせる訳にもいかず、何だかんだ言いつつもゼロスはフィリアと共に歩いていく。
 そんなに文句をたらたら言うのなら、卵の育成者の保護なんて仕事なんかサボればいいのに、とはフィリアの思い。
 しかし実際、路肩に酔客が寝ている姿などを目の当たりにすると、隣にゼロスがいることは心強かった。

「あ、あの建物に入りましたっ!行きましょ、ゼロスっ!」
「あの、それは・・・」
 乗り気じゃない様子のゼロスをぐいぐいと引っ張っていく。
 中に入るとそこはロビーらしかった。てっきり酒場かなにかだと思っていたのに少し肩透かしを食わされた気分だ。
 従業員風の男が二人の姿を見て寄ってくる。
「いらっしゃいませ」
「あの、今、ここへ入ってきた獣人の・・・・」
 フィリアが口に出した途端に不審な顔になる。
「当店では、お客様のことを他の方に教えることはできないんですけど」
「でもっ!」
「ご利用にならないのでしたらお引取りください」
 相手は聞く耳持たず、という風情で慇懃無礼に断った。
「あの、でも・・・」
 なおも続けようとするフィリアをゼロスが抑える。
「今のことは忘れて、案内してください」
「ご利用になるのですね?」
「はい♪」
 ゼロスが言うと、従業員は奥から別の者を呼んで、ゼロスとフィリアの二人を案内するように告げた。
 廊下を歩きながらも、フィリアはジラスがいないかときょろきょろと辺りを見回す。かなりの数の部屋があるようだった。しかし、扉は全て閉じられていてその中はうかがい知れない。この幾つもの部屋のどれかに彼がいると思われるのだが、従業員のいる前では勝手に開けることもできない。
 その中の一つの部屋の前に来ると、二人を案内していた者が足を止めて扉の鍵を開ける。
「それではごゆっくり♪」
 促されるままに部屋に入ると背後で扉が閉められた。
 


 まずフィリアの目に飛び込んできたのは大きなベッドだった。
「宿屋・・・?」
 こんな所に何故ジラスがいるというのか。謎は深まるばかりである。
「今すぐに部屋を出るとさっきの人に見つかるかもしれませんね。ジラスさんを探すにはもう少ししてから行きましょう」
 フィリアはベッドに腰を下ろし、辺りを眺める。
 なかなか設備の整った所のようだ。一部屋に一つずつバスルームはついているし、内装が凝っている。
「『探す』って・・・・どうするつもりです?」
「それはもちろん、部屋を一つ一つノックしてジラスさんがいないかどうか確かめて・・・」
「・・・そ、それはやめた方が・・・」
 呆れたようにゼロスが頭をかく。
「どうしてです?まだこんな時間なら、そう皆さん寝てはいらっしゃらないと思うんですけど・・・・」
「いや、それはどうだか・・・。・・・眠ってはいないでしょうけど・・・ある意味寝ては・・・」
 最後の方はぼそぼそと口の中で呟いた。
「起こしてしまったら確かに申し訳ないですけど、でも、ジラスさんが・・・」
「ジラスさんは多分そこらの部屋にはいませんよ」
「どうしてそんなことが言えるんですっ!無責任に決め付けないでください」
「いえ、ですから、こういった所は一人の客には使わせてくれませんから」
 きょとんとした顔のフィリアにゼロスがため息をつく。
「フィリアさん、ここを何だと思ってるんですか」
「宿屋でしょう?」
「・・・・」
 再び大げさにため息をついたゼロスにフィリアが首を傾げる。
「だってベッドがあるじゃないですか?」
「ベッドの使い方は一つじゃないでしょう?」
 不意にゼロスがフィリアの腕をとり、ベッドの上に押し倒した。
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。
 ゼロスが上に圧し掛かかり、体重をかけられて思うように動けない。
「ゼロス・・・?」
 戸惑いながら見上げても彼はくすくすと笑うばかりで、そこから退く気配はない。
 間近に迫った彼の顔と触れ合う身体。
 高鳴るこの鼓動も相手に伝えてしまいそうな距離。
 自分の置かれた状況を把握したフィリアは真っ赤になって抵抗した。
「冗談はやめてください・・・っ」
「冗談だからやめられないんです♪」
 ふざけた口調がフィリアの怒りに火をつけた。
 冗談で組み敷かれるなんて、それこそ冗談ではない。
 しかし、ゼロスは暴れるフィリアをやすやすと押さえ込み、身体を弄り始める。
 彼の手が豊満な胸の形をなぞると、フィリアは抵抗をいっそう強めた。
「きゃぁっ!・・・どこ触ってるんですかっ!変態っ!」
「・・・変態・・・・」
 ゼロスが苦笑する。
 フィリアはありとあらゆる罵詈雑言を浴びせたが、それも彼が指先で探り当てて弄び始めるまでだった。
「・・・ん・・・ふ・・・っ」
 知らず切なげな声がもれた。
 突き放そうとしていた手から力が抜ける。どきどきと煩い鼓動と与えられる感覚を持て余して身をよじる。
「おや、随分感じやすい」
「・・・い・・・や・・・っ」
 自分がどうにかなってしまいそうな怖さにフィリアが涙を零し始めると、ゼロスはあっさりと身を起こした。
「ったく、お子様なんだから。・・・余所の部屋では皆、こういうことをしているんですよ」
 説明終わり、と肩をすくめるゼロスに、フィリアも慌てて起き上がる。

「・・・この場所の用途はよくわかりましたけど」
 きっ、と涙目でゼロスを睨みつけるが、相手はけろりとしたものだ。
 自分はまたこの魔族にからかわれたのだ。それが恥ずかしくて惨めで堪らない。
 早鐘のような鼓動をそのまま怒りの原動力と変えて、
「だからって、言えば済む問題じゃないですかぁああああぁぁぁぁっ!!」
 怒鳴りながら愛用の武器を振り回した。
 ゼロスは笑い声を上げながら部屋の外へと逃げ出す。
 二人の追いかけっこはかなり騒がしいものとなった。
 喧騒に廊下の角から従業員らしき男が姿を見せる。
「お客さん、どうした?」
 エプロンと三角巾をして手にはゴミ袋やらの掃除用具を手にしている彼こそが。
「ジラスさん・・・・っ!」
「あ、姐さんっ!」

「何でそんな格好で・・・」
 ジラスは慌てて隠れようとするがもう遅い。しっかりとその首根っこを捕まえられると大人しくなる。
「あ、姐さんたちこそ、何でこんな所に・・・っ」
 ちらちらとジラスは視線をフィリアとゼロスの交互に送る。顔を赤くしているジラスの胸ぐらを掴んでフィリアは怖い顔で睨みつけた。
「・・・妙っっっな誤解はしてないでしょぅねぇ!?」
「だ、だってっ!」
「僕たちはジラスさんを追ってきたんですよ」
「俺を・・・?」
「そうですよ。心配したんですよ?」

 廊下でいつまでも立ち話をしているわけにいかず、彼らは従業員用の控え室に場所を移す。フィリアに問われてジラスは困り果てていた。
「俺、ここでバイトしてる。それだけだ」
「そんな・・・、どうして・・・私のお給金じゃ足りないと・・・?」
 落ち込みそうなフィリアにジラスが慌てる。
「ち、違うっ!」
「だって、それじゃぁ何故夜中にバイトなんか・・・っ。使い道も私に言えないようなことなんですか。・・・私じゃ力になれないんですか」
 自分は信用されていないのだろうか。
 ジラスが必死に首を振っているが、話してくれないということはきっとそういうことなのではないだろうか。
「それは違いますって」
 今にも泣きそうに考え込みだすフィリアを見かねて、同じ部屋にいたこの店の従業員が口をはさんだ。ジラスの静止は間に合わない。
「この人、プレゼントを買うんだっていってましたよ。それ多分、あんたあてなんでしょ」
「プレゼント・・・?」
 フィリアが目をしばたたかせる。
 内緒にしておきたかったことが暴露されて、ジラスはぽつりぽつりと語り始めた。
「プレゼント・・・・。俺、『母の日』に姐さんにプレゼント買いたい。でも、それ姐さんからもらったお金で買う、駄目な気がした・・・」
 自分が給金に見合う働きをしていないとは思わないけれど、お店の売上はフィリアあってのもの。自分一人で稼いだと胸を張って言えるお金が欲しかったのだという。
「・・・そうだったんですか」
 フィリアはジラスの手を包み込むようにして握った。
「・・・でも、そんなふうに夜も寝ずに働いていたら身体を壊しますよ。私にとってはプレゼントよりもジラスさんの方が大事なんですから・・・。お金なんかかけなくても、その心だけで十分素敵なプレゼントですよ」
「姐さん・・・」
 ジラスは瞳を潤ませてフィリアを見上げる。
 横で繰り広げられる感動的な光景にゼロスがため息をつき、水をさす一言を放った。
「ところで『母の日』って、この間過ぎたばかりですよね。一年計画ですか?」
「え?」
 ジラスが慌てて指折り数える。
「・・・そう言えば一月前ですよね・・・」
 フィリアの言葉にジラスが愕然と口を開けて完璧に固まる。一押ししたら倒れこみそうだ。そこでゼロスがにっこり笑顔で彼を突っつき、とどめを与えた。
「ド・ジ・ラ・スさん♪」
 瓦解していくジラスを慌ててフィリアが励ます。
「あぁっ!ジラスさん、そんなに落ち込まないで・・・っ。別に、母の日にこだわらなくてもいいじゃないですか、ね?ゼロスっ!ジラスさんをいぢめないでくださいっ!」

 その後、フィリアの家では『姐さんの日』が作られたという。

 

 

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