最終更新日:2000.11.16


ラウル・ガルシア・サラテ コンサート

2000年11月16日(木)ルーテル市ヶ谷センター
主催:テイクオフ

すごい人だと言うことだけは知っていた。
しかし自分はギターに関してはほとんどなにも知らない。フォルクローレで用いられるいくつかのコードを知っていて、多少のベースやアルペジオをつま弾くことができる程度だ。なので、ラウル・ガルシア・サラテ氏が、ペルーを代表するギターの名手であるということは、知識として知っていたが、実際になにがどうすごいのかということは全くわかっていなかった。なので、ファンが待ちに待っていたという初来日コンサートがあると聞いても、自分はわりと冷めていて、あまり関心を持っていなかった。1週間前までは行かないつもりでいたが、たまたまマルカ・パンパータのドン・ペペのライブの時に、ある方から「行かないで後悔するくらいなら、行って後悔した方がよい。」と薦められたので、月曜日にぴあでチケットを購入した。
会場はルーテル市ヶ谷の福音ホール、つまり教会の小ホールのようなところで、200席くらいのところだった。中央の通路には折り畳みのイスが何脚か並べてあり、チケットの売れ行きが良かったのだなと思った。開場時間を5分くらい過ぎて受付をしたのだが、幸いなことに前から3列目の中央の席が空いていた。開演前に会場にギター演奏のCDが流れていて、ついついうとうとしてしまった。本番でも寝なければ良いな・・・などと心配した。
竹村淳氏の挨拶のあと、ラウル氏登場。少し話をして、演奏。おっとどうしたことだ。ラウル氏の姿が見えないぞ! 最前列中央にはさみさんが座っていて、ちょうどその後ろ姿が陰になって、死角の位置に座ってしまっていたのだ。なんとか首を傾けて、はさみさんと、その後ろのおろさんの頭の間からかろうじて見える。おろさんの頭がリズムにのって揺れて、さっそくノっているようだ。第一部は8曲ほど、アレキーパからアヤクーチョ、プーノ、クスコなどの地方の曲を演奏する。確かに音色はきれいだし、指さばきは早いし正確だし、じいさん、なかなかやるな、と感心して聴いていた。しかし、感動するほどのことではない、如何せんこの体勢は首が疲れる・・・などと思っていた。そして休憩。
休憩ではブリサの伊藤さんにいろいろ話をしてもらった。それによるとその地方地方の特色をうまく取り込んでいて、奏法も変えているとのことだ。私には全部ペルー一色にしか聴けなかったが、やはり違いの分かる人が聴けば、そのすごさも認識できるのだなと思った。
そこで、第二部では、そのことに注意して、ラウル氏のメッセージを聞き取ってやろうと意気込んだ。第二部はゲストで、エルネスト河本氏が、ケーナ・ソロを1曲、ソンコ・マージュ氏がギターと歌をソロで2曲演奏した。この演奏おかげで、ラウル氏の演奏がどれほどすごいのかがようやく自分でも分かった。申し訳ないのだが、彼らの演奏はすばらしいとは思えなかった。中味がスカスカではないかとさえ思った。音楽には無限の情報を織り込むことができ、それを受け手がどれだけ受けいれられるかで、聴く側の収穫量は個人差がある。しかし、それは情報が載せられていた場合であり、送り手の力量によっては情報をわずかしか送れなかった場合、聞く側はそこからはそれ以上の情報を得ることはできない。その意味でゲストの演奏は、物足りなかった。
続いて、再び、ラウル氏の演奏に戻る。すると、いろいろな情報が送られていることをようやく気がついた。まず最初に私が見たのはペルーの風景だった。ペルーでも自分が一度も行ったことのない場所の風景が現れた。もちろんそれは私の想像で、間違ったイメージかもしれない。それは送り手の情報を正確に認識できないせいだ。しかしラウル氏はそれ以外にもいろいろなメッセージを送っていた。自分はただそれがどういうものか分からない。例えてみれば、スペイン語で話しかけられており、そこにはさまざまな情報が織り込まれているのだが、自分はそれを理解できないので、意味がわからない。しかし、なにかしらのメッセージが送られてきていることだけは事実として理解できる。そういう状態になって聴いていた。なんとかそれを理解しよう思った。そういうふうに思うと不思議なもので、それまで気になっていた周囲のことが全く気にならなくなった。自分の体全体が耳になったようで、その場にはラウル氏と自分以外なにも存在しない感覚になった。完全に引き込まれてしまったのだ。ラウル氏が自分に直接語りかけてくれる。ペルーの音楽はこういう特徴があり、この地方にはこういう歴史があるから、こういう音楽なのだということが言葉以上に説得力を持って伝わってくる。彼の音色を聴いていると、自分が知識の泉を浴びているような感覚すら覚える。ただただ感動した。感動のあまり終わりの3曲は涙が止まらなかった。おそらく、これだけのものを聴いているのに、自分はほとんど理解できていないという悔し涙もまざっていたと思う。
仮にギターに込められたメッセージをラウル氏本人、もしくはそれを理解できる人がすべてを文章に書き起こしたとすれば、それはペルーの音楽のエッセンスを語った今あるどの本よりも詳細なものになるに違いない。たとえば、コンサートのあと、はさみさんと同席していろいろお話を伺ったが、はさみさんはこの日の演奏について、それぞれの曲のギターの調弦法について、こと細かく記しており、私にそれぞれの調弦について解説して戴いた。私にはそれすら理解しきれなかったが、調弦ひとつとっても多くのことを物語っていて、分かる人が聴けばそれが、その意味を知ることができるのである。またおろさんから、ギターの演奏にする際も、原曲の良さをそこなわず、歌詞の歌い回しなど、その要素を忠実に再現していると教えてもらった。それらをまとめれば軽く本の1、2冊になるのは当然である。もしラウル氏のメッセージを受け取り、それをすべて理解することができる人がいたら、その人はペルーの音楽について、すべてを理解できると言っても過言ではないだろう。それだけのものが、ラウル氏の演奏には込められているのである。ペルーの音楽をひとつの生き物とするならば、ラウル氏はそのDNAと言えよう。自分の力量がないため、このコンサートで多くを学ぶことができなかったが(最初から気づいていれば、1部を無駄に聴くことはなかったものを!)、そのことだけははっきり確信することができた。レコードやCDではそれらの情報がすべて再現されるものでは当然ありえない。その情報量も半分以下に落ちてしまうだろう。実際に演奏を聴くことで、ようやく本当にすごい人だと言うことが分かった。

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