これまでの研究  
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研究会 第7回
日時
2007年11月10日(土曜日)午後1時から6時まで
場所
東亜大学13号館7階
発表者
木村健二 「明治期山口県農漁民の朝鮮進出の背景」
山田寛人 「日本人に朝鮮語を教えた朝鮮人教師の経歴」
コメンテーター
上水流久彦(県立広島大学)

※ご案内
木浦会
2007年10月21日 午後4時から6時まで
新幹線新山口駅近い みやけホテル

 


 

写真:上田崇仁 氏、鄭鴻基 氏

第一日
 
日時
2007年8月19日 18時全員集合 19−21時
場所
韓国釜山アリランホテル(電話051-463-5001)
発表
崔吉城 「麗水・巨文島調査団結成に当たって」
礒永和貴 「地籍図から読み取れること」

第二日
2007年8月20日 
8時半〜18時半
12時巨済島長承浦食堂で鯖料理で食事、
13時 「入佐村」(新冨洞)の神社跡鳥居は切断されて踏み台になっている。
漁村記念館では漁船の模型など見学
19-21時
麗水アミガホテル(061−643-9920)
講演
「樹奐 「日韓における海苔産業」
金鶏有「麗水発展史」

第三日
 
7時40分巨文島行き10時10分着
観察やインタビュー調査
巨文島神社の跡、中吉旅館、学校、イギリス人墓、
19時NHK放映の「巨文島へ47年ぶり」を見ながら談話
地元の参加者元面長の朴鐘山、面長の崔炳満氏職員など数名

第四日
2007年8月22日
インタビュー調査、徳村の申轍安氏宅など
16:30から老人亭で映像を見ながら昔を語る集い

第五日
2007年8月23日
9時40分出港
12時10分着豚カルビ昼食

参加者
 
日本 11名
崔吉城 上田崇仁 堀麗子
礒永和貴 竹本正壽  
木村健二 山田寛人  
鈴木文子 上原雅文  
櫛田宏治 北村皆雄  
韓国 8名
崔仁宅 李文雄  
徐恵卿 金秀姫  
崔錫栄 鄭鴻基  
張龍傑    
李良姫    

 

研究会 第4回
第一日
 
日時
2007年7月14日 18−21時
場所
プラザホテル下関
主題
「麗水を懐かしむ」談話会

 植民地は19、20世紀の世界的な現象であった。しかし植民地は完全に終わっていない。人々の意識構造にはまだ強く残っている。それがさまざまな国家間や民族間の関係に肯定的に、否定的に影響している。本研究では戦前、朝鮮に移住漁村を作った人々の活動を中心に意識構造を探っていく。
 西日本の山口、広島、福岡などには戦前、朝鮮半島などに住んで引き上げた人が多い。彼らは特に外国で敗戦を迎え、辛い体験をしている。しかし、彼らの多くは当地を懐かしむ。それは人類普遍的な感情かもしれない。しかし「懐かしむ」ことが植民地自体を懐かしむかのように誤解され、彼らの発言が注目されることがなかったが、本調査では彼らに注目し、移住、定着、引揚、再定着などの過程をリアルに描くところから始める。

進行
 
研究の趣旨と研究者紹介
崔吉城
麗水会の会員の紹介
河崎威、大木信夫、河崎威、植田清香、植田研也、兵頭信子、林和男夫妻
崔吉城 「写真で見る麗水会の歩み」
大木信夫 「朝鮮海峡を出版するまで」
河崎威 「醤油の営業」
懇談会
インタビューと撮影
北村皆雄

撮影:上田崇仁 氏

第二日
 
日時
2007年7月15日 10−13時
場所
東亜大学13号館7回

鈴木文子:「引揚者のライフヒストリー分析にみる在朝日本人社会と今後の課題」
 オーラルヒストリーは文献研究に対しする補完的な意味もあるが、本研究では植民地において「支配」「強制」に対する生活実感を中心にするという。インタビューの重要な項目は@渡朝の要因、A入植地、B内地への往来、C日本人と朝鮮人の乖離、D食事、E文化的摩擦、F経済的差、G引き上げられた時の状況である。既に調査した事例の紹介があって調査の実感が湧いてきた。この研究ではwritten culture とoral cultureの調和を図っていくのが妙味であろう。
藤井賢二:「日本統治下の朝鮮漁業」
 韓国側は日本統治期において日本人が経営する「遠洋漁業」と朝鮮人の沿岸漁業の格差があったと批判しているが、日本側は朝鮮総督府がむしろ方針は動力船を持たない零細な朝鮮人沿岸漁業者を保護育成したと主張したと相反する見解を紹介した。国家レベルでの見解差が民間の差と整合するかと、これから民間レベルでの調査が深められるのであろう。


日本統治下の朝鮮漁業について
科研研究会 2007年7月15日
姫路市立姫路高校教諭 藤井 賢二
はじめに
吉田敬市『朝鮮水産開発史』による、朝鮮漁業発展の時代区分。

第1期:日本漁業者による通漁出稼ぎ時代(明治時代)
第2期:移住漁村建設時代(大正時代)
第3期:自由発展時代(昭和時代)

特に「第3期:自由発展時代」の朝鮮漁業に関する評価の対立
・日本人引揚者:発展を「開発」と評価。日本人と朝鮮人の関係を協調と捉える。
・韓国政府:日本人による搾取を強調。日本人と朝鮮人の関係を敵対と捉える。

1 両者の主張の検討

1.韓国の日本統治批判


→日本人が経営する「遠洋漁業」と朝鮮人の沿岸漁業の格差を批判。

2.日本の主張

1朝鮮漁業の総体的発展
2朝鮮総督府の方針は動力船を持たない零細な沿岸漁業者の保護育成
3吉田敬市の見解
4朝鮮引揚水産関係者の自負

2 韓国漁業に「内実化」した日本統治期の朝鮮漁業

1.韓国政府の「遠洋漁業」振興方針


1韓国政府発足当時の「遠洋漁業」とは「トロール漁業」「機船底引網漁業」「機船鯖巾着網漁業」「捕鯨漁業」
2韓国政府の「遠洋漁業」振興方針は朝鮮総督府の施策を継承したもの
3韓国の「水産大国」への志向

2.日本統治期の「日韓漁業紛争」

1日本の底曳網漁業
2朝鮮総督府と日本のトロール漁業者の対立
3第三回支那東海黄海漁業協議会

3.韓国政府の海苔輸出再開要

―日韓の「経済的結合の復活」を求めた韓国

おわりに

「引き上げ」主題の小説So far from the Bamboo Groveの読後感を公開します。
崔吉城

 先日韓国旅行中連日テレビでカワシマヨ-コ作「ヨ-コ物語り」(韓国語版の題)が話題になっていた。それは終戦直後日本人が韓国人から被害を受けたという英文小説がアメリカの中学推薦参考書になっていることに対して韓国系アメリカ人たちが反撥して裁判まで起こしているというニュースである。それは従軍慰安婦問題とともに韓国人の反日運動がアメリカまで広がっていることを意味する。

 私は早速英文の小説を注文して、一日で一気に全部読み終えた。久しぶりに英語の小説を楽しく読んだ。私は朝鮮戦争を著者とほぼ同年で体験しており、鮮明に記憶しているので戦争の時のことをいろいろと書いたが、いつかそれを詳しく書こうと思っており、この本には特に関心を持っている。また最近日本人の植民地からの引き上げに関して韓国やサハリンなどで調査をし、北朝鮮からの引き上げの状況も知りたいと思い、この本に注目した。

 主人公のヨーコ(11)は母、姉、兄とともに満洲に近い咸鏡北道庁所在地羅南に住んだ。羅南は当時朝鮮を代表する軍都であった。毎晩のように空襲警報が続き、ヨーコはサイレンで夜中に起こされる。ある晩ソ連軍の上陸、ヨーコと姉、母は病人用の車両に乗り込む。元山を出て間もなく列車のエンジンが故障、三人は共産主義者グループを恐れて髪を剃り落として徒歩で南に向かい京城駅に着き、そこで姉のコーが韓国人が女の子を拉致して木陰に連れ込んだり、実際に強姦している場面を目撃した。また釜山で倉庫のトイレで女性が四人の男に拉致されて連れられて行くのを目撃し、日本人女性が強姦されることを目撃した。博多に上陸し、母は京都で下車、ヨーコとコーを学校で学ばせる。しかし母が息を引き取る。一方兄のヒデヨは南へ逃げる途中金氏家によって保護され、再び京城を目指して旅立つ。京城、釜山を経て舞鶴に上陸。1946年4月、ヨーコ達と再会した。

 この本は終戦直後に当時11歳だった作者ヨーコが体験した苦労を描いた児童小説である。日本植民地から解放を喜ぶ韓国人による強姦の危険が最大の恐怖であったことなど戦争の残酷性を描いた良い教材として高く評価されて米国国内5〜8年生の学生たちの推奨図書の60冊に含まれた。この作品について「真実ではない」「歪曲」「嘘」だということに対して著者は「内容は事実」だということと、英語教師らの「戦争の惨酷さをよく表した作品」だという主張が相反する。

 ボストンやニューヨークなどに住む韓国人が教育委員会当局に韓国人を加害者、日本人を被害者として描写し、歴史の歪曲だと強く抗議した。そして韓人女子児童が自ら授業をボイコットするなど社会運動として展開されていった。それが韓国や北朝鮮にも大きく報道されるようになった。

 筆者の感想としてまず真実に基づいたではいないという非難の的とはかけ離れた印象を受けた。また「日本人が被害者だ」ということへの批判も当てにならない。戦後の状況では日本でも一時期朝鮮・韓国系の人が勝者のような行動をしたことを考えると私はむしろ戦後直後の状況を良く描いた小説として評価したい。さらにこの小説は反韓的な小説でもない。兄の逃避行の章では韓国人の温かい保護が描かれている。

 この騒動は小説の読む力の足りなさと反日感情の塊が生んだものであろう。まず多くの批判や非難は作品を文学作品としてきちんと読んでいないのではないかと思われる。小説はフィクションで嘘ではない真実であるといことを知って読んで欲しい。私は彼女の母親が知恵を絞って子供を危険から守りながら日本まで引き上げて勉強させていく「母の強さ」に感動した。

 

研究会 第4回
第一日
 
日時
2007年7月14日(土曜日) 午後6時-9時
場所
プラザホテル下関
「朝鮮半島南部の移住漁村『日本村』に関する調査研究」(基盤A)
『朝鮮海峡』の著者大木信夫氏などへのインタビューと撮影

第二日
 
日時
2007年7月15日(日曜日) 10-13時
場所
東亜大学 13号館 709
鈴木文子 「韓国・西海地域の調査から」
藤井賢二 「日本統治下の朝鮮漁業」

研究会 第3回
日時
2007年6月2日 午後2時-6時
場所
釜山観光ホテル

呂博東(啓明大学校) 「移住漁村の研究概況」
崔仁宅(東亜大学) 「引揚者の調査から」



会議の模様と神社の跡地に立っている釜山タワー
調査対象の情報
・釜山には日本人墓がある(市の共同墓地)
・写真コレクションの方がいる(絵葉書、風景、人物)
・釜山には国家記録院分院がある(土地台帳)
・日本人会「芙蓉会」
研究会 第2回
日時
2007年5月19日 午後6-9時
2007年5月20日 午前10時〜
場所
東亜大学13号館711号室
崔吉城(本学教授) 「ポストコロニアルから植民地研究」
北村皆雄(ビジュアル・フォークロア代表) 「韓国 「日本村」の映像」
竹本正壽(本学教授) 「映像記録の方法」
初公開「韓国多島海の映像」




2007年5月8日
東亜大学 崔吉城

「朝鮮半島南部の移住漁村『日本村』に関する調査研究」(基盤A)


2007年5月20日
東亜大学13号館 710
崔吉城


「ポストコロニアルから植民地研究」(発表要旨)
■はじめに
 植民地は20世紀初め、アフリカなどほとんど世界的な普遍的な現象であった。日本の植民地もその一であった。そしてそれはほとんど終戦と共に終ったが植民地の影響は後期植民地postcolonialにおいても残っている。新領土を占領して植民地を行った、その帝国主義の植民地になったその地域colonyが現在主に第三世界とよばれている地域アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどである。
 反旧宗主国感情、たとえば反日感情は戦後の数多い旧植民地においてさまざまである。それは戦後の関係に響くのである。植民地史は過ぎた過去ではなく生きている遺産であるので客観的に理解する必要である。従来日本では植民地研究は暗黙のタブーであったが、最近植民地研究は盛んである。
1.ヨーロッパ諸国の植民地
 ポルトガルとスペインは16世紀中・南アメリカなどでインディオを略奪、奴隷化、強制労働させた。17世紀にはオランダ、フランス、イギリスなどが アフリカ、アジアで東インド会社を設立して奴隷貿易も行った。
 18世紀には宗主国同士の争いも起こり、イギリスとフランスは植民地争奪のために七年戦争(1756〜63)もした。その結果イギリスはより植民地を広大化することができ、インドを植民地化し、中国を半植民地化した。19世紀にイギリスとトルコの戦争でイギリスがまたトルコから解放した国々を植民地化した。
 20世紀になってアメリカと日本が遅れながら植民地に手を出した。アメリカはフィリピンなど、日本は近隣諸国、つまり台湾、樺太、朝鮮、満州などを植民地化し、広く東南アジアまで拡大して占領し、大東亜共栄圏を構築しようとし、敗戦した。
2.日本の近隣植民地
 日本は植民地において日本の制度をそのまま進める、いわゆる内地延長主義、同化政策を取った。台湾、樺太、朝鮮、満州(偽満州国)など特に朝鮮と台湾が日本に地理的に近く、民族文化的に類似している。台湾と朝鮮への植民地政策として同化政策をとる日本にとっては文化的に共通する点に注目をした。
 同祖論という言葉が象徴する。特に植民地を正統化するために文化の面において文化政策が必要であったと思われる。そのためにはまず歴史学を必要とした。そして特に朝鮮史は植民地の産物であるといっても過言ではない。したがって主に歴史や文化の変容を認めた上での差異をみて台湾と朝鮮の総督府は植民地政策の参考のために調査を行い、厖大な調査資料を残したのである。
3.日本植民地の遺産
 シンガポールでは植民地主義者と思われるイギリス人ラッフルズRafflesは今も尊敬されている。韓国で日本植民地主義者が記念されることが可能であろうか。どんでもないことである。それは何故であろうか。反日感情は時の流れによって自然に濃度をうすめていくものとは思われない。それはむしろ再生産され、国家や民族にダイナミックに影響していることが窺われる。
 世界的にみて旧宗主国に関する態度は実にさまざまである。日本植民地であった台湾、韓国、旧満州、サハリン地域などにおいて反日感情は一様ではない。大雑把に言って日本植民地とされた地域において戦後、その宗主国であった日本に対する態度が異なっている。特に韓国における日本植民地自体は台湾とは対照的である(ピーティー、1996:276―301)。日韓両国の間には歴史認識の違いが依然として横たわっている。
4.旧宗主国の日本:移住漁村の研究
事実と反省のために研究

1 日本人が朝鮮半島南部に移住

2 在朝日本人として定着、生活(崔吉城編『日本植民地と文化変容』1994年、映像あり

3 戦後の日本への引き揚げ過程

4 日本での定着過程

5.調査分野

1 植民地史、移住・植民colony・移動の歴史

2 村生活の復元(地籍、アルバム、メモリアル、面接、映像記録)

3 語り(自分史、「懐かしさ」)

4 調査地域(入佐村、広島村、岡山村、愛媛村、香川村、巨文島、兼二浦、清津、青島、大連)

 


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