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トリステイン魔法学院に於ける春の行事。新二年生による使い魔召喚の儀。
その中、度重なる失敗により周囲からの失笑を浴びながら、憤怒の表情で杖を振りかざし続ける少女の姿があった。
その名を、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言う。
一度たりとて魔法の成功を果たさぬ彼女に与えられた二つ名は、「ゼロ」、「ゼロのルイズ」と言う、恥と屈辱にまみれた物である。
そんな彼女に、使い魔召喚の魔法、『サモン・サーヴァント』が成功させられるのか? 此度の召喚により、今までの汚名を返上させる事が出来るのか?

 出来る。出来るのだ。

 両手に余る回数の失敗を越え、馴染みとなった爆発と共にルイズが呼び出だしたるは、常の使い魔としては存在し得ぬ、一人の平民であった。

「あんた誰」
「……虎眼流。藤木源之助にござる」

 いきなり巻き込まれた状況に困惑しながらも名乗りを上げた、トリステインでは見受けられぬ面妖な格好をする剣士は、これが紛れもない現実であると悟り、その鼻から一筋の血を垂らした。

 ――失態である。

 血を吐く様な願いを込めて呼び出した使い魔が、高位の幻獣どころか、よりにもよって平民であったのだ。周囲からの失笑と嘲笑に包まれながら、ルイズは無念の涙を流した。
当の源之助には現状が理解出来ない。これが現実である事には変わりないが、彼にとってまるで訳の分からぬ世界に放り込まれたのだ。混乱を顔に出さぬだけまだマシと言えよう。傍から見れば呆けている様にも見える。
教員に召喚のやり直しを提案するルイズであったが、伝統に於いては例外を認められぬとの判断により、それは却下された。それでは残る道はただ一つである。

「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」

 突然の行為を咎める事も出来ず、源之助はルイズによってその唇を奪われた。勢い余った彼女の歯が唇にぶつかり、源之助は唇に血を滲ませる。

「…………」

 終始、源之助は無言のままであった。接吻の後に感じた、焼け付く様な左手の甲の痛みにも表情一つ変える事無く、ただその鼻から血を垂らすばかりだ。
何の反応も示さぬ源之助に、教員のコルベールは「物狂いか?」という懸念を浮かべた物の、彼の左手の甲に浮かんだルーンを目にし、珍しさ故にそれに心奪われた。
皆もただ座したままで、身じろぎ一つしない源之助には奇異の視線を向けていたが、実の所彼は脳内の処理速度が現状に追いつかず、思考を凍結させているだけである。
形はどうあれ、これにてルイズは藤木源之助と言う寡黙な剣士を使い魔にするに至った。

「いい? これからはご主人様の為に忠を尽くすのよ?」

 元より封建社会に生きた男である。仮初とは言え、衣食住を提供する側と主従の契りを為したとすれば、彼女の言葉に従うまでだった。
結論から言えば彼は良くルイズに尽くした。典型的なマゾヒストである彼とルイズでは、主従の相性が良かったのかも知れない。
ただ、ある時、源之助のとった苛烈な行動にルイズは頭を悩ませた。
ゼロのルイズという蔑称を殊更嫌う彼女を憂いてか、目の前でその罵倒をした人間を殴り倒したのだ。その犠牲者の名は、ギーシュ・ド・グラモンと言う。

「ゲンノスケ。もう少しこう、何と言うか、手心と言うか……」
「ルイズ殿……痛くなければ覚えませぬ」

 最もだと思う反面、使い魔が行うにはあまりにも行き過ぎた行為であった。
源之助の精妙なる手加減により、その意識を留めていたギーシュは、貴族の名誉を賭けて彼に決闘を申し込む運びとなった。
それが、ギーシュにとって致命的な選択だったとは、誰も考え付かぬ事だったろう。

 ギーシュによって、ヴェストリの広場へと呼びつけられた源之助の姿を目にした衆目は、一様にその首を傾げた。
彼が常より腰に差していた大小の刀が見当たらないのだ。決闘と言う名目を掲げている以上、帯刀していないのは不自然である。ましてや平民がメイジを相手にしようと言うのだ。唯一の武器を手放すとは一体何を考えているのだろうか?

「ゼロのルイズの使い魔は、さっきので味を占めたのかい? ……不意打ちなどでなければ、君が僕に触れることなどできはしないと言うのに」

 一輪の薔薇の造花を源之助に向け、ギーシュは少しばかり歪んだ顎で言う。源之助によって付けられた打撲による物だ。気の遠くなりそうな痛みが彼を襲っていたが、貴族の矜持が彼の意識の手綱を引っ張り続けている。
対手である源之助は、ゼロのルイズという単語を再び耳にし、眉をぴくりと動かした。背後に控えているルイズが息を呑む気配がした。
まがりなりにも主である人物を二度も侮辱したのだ。静かなれど、源之助の心中に怒りの炎が灯る。

「参られい」

 源之助の一声を受け、ギーシュは己が得物である、女性型のゴーレムを生み出した。
魔法についてはそれがどういう物か、ある程度の見識は得ている。知っていれば驚く事も無い。

「僕は青銅。青銅のギーシュ。先ほどの借りは、僕のワルキューレが返すよ」

 名乗りに対し、源之助は着物の上をはだけさせ、まるで剣を抜く直前の構えを素手で取って見せた。握りこまれた拳に、いくつもの血管が浮かび上がっている。相当な力が篭められている事は想像に難くない。
ルイズはこの決闘に対して否定的な意見を口にしていたが、戦いを前にした源之助の鬼気迫る雰囲気に呑まれ、今となっては口を開く事すら出来なかった。
両者の間に張り詰めた空気が流れる。
ワルキューレを通して、五メイル程の間合いに、小さく風が吹いた。それが合図であった。

「行け! ワルキューレ!」

 ぴゅう、とワルキューレの剣が源之助の頭上を通り過ぎた。咄嗟に屈んで回避したのだ。そして、源之助はワルキューレに目もくれずにひた走る。

「え? な……」

 目前のメイジの首級を上げるのに、余計な相手に構う必要は無い。こと戦いに於いては徹底的なまでに詰めた考えをする男である。
慌てて追加のゴーレムを呼び出そうとすうギーシュだが、一手遅かった。
振ろうとした杖が、その手ごと源之助の弧拳によって打ち砕かれる。「ぎぃ!」と短く低い呻き声が上がり……

「ごぼぉ……」

 返しの裏拳によって強かに腹部を打ち据えられた。血反吐を吐いてのたうち回るギーシュ。
あまりの早業に、周囲の面々も言葉も無い様子である。誰が知ろう? 虎眼流印可を授かる源之助の鍛えこまれた拳が、無刀であろうと凶器その物であるという事を。
ギーシュの怪我は明らかに重傷であった。手首に負った粉砕骨折。そして、腹部に叩き込まれた拳により被った、内臓損傷。早々に手当てをしなければ命に関わる。
最早激痛により夢も現も無い状態に陥った彼に対し、源之助は低いが良く通る声で言ってのけた。

「野良犬相手に表道具は用いぬ」

 ドットとは言え、メイジを相手にそう言い切った源之助に対し、生徒達は表情に戦慄を浮かばせる。
その後、源之助は学院長のオスマン氏より、一週間の謹慎を申し渡された。決闘という建前があれど、いささかやり過ぎであったのは誰の目から見ても明白だった。
一週間後、寝食時以外、ルイズの部屋の前でただひたすら正座し続ける源之助の姿が、寮のちょっとした名物になっていたのは、余談である