Top(1)トラベルジャーナル(2)私説3億円事件(3)そして悔恨の日々(4)西方体験録(5)流れ星(6)人生の小劇場(7)いのちの電話(8)傀儡(9)マニラの黄色い太陽 (10)ダンのエッセイ(11)短編小説集




(BGMは、Celene Dionの Color of my love.)

名称未設定



(1)トラベル・ジャーナル

Written By Dengakudan




目次
第1話. 見えないものが見える人
第2話. 易学綾の綾先生
第3話. スズメバチ事件
第4話. 離人症
第5話.ドッペンゲルガー
第6話.シフト・パーキング







第1話. 見えないものが見える人





A社で製品開発関係の仕事をしていた時のことだ。2カ月に一度の間隔で、全員が集まると丁度13名になるという、開発関係者だけの横断的な有志の集まりの会があった。会の名は「住宅関連異業種交流会」、略して「住異交」という。大阪堂島の電機倶楽部で午後1時から会合を開くのが常。いつも5~6人の常連がおり、私もその中に入っていた。会の終わりが午後5時頃になり、梅田から直帰できるから誠に都合が良く、だからこの会の出席を私は一度も欠かしたことがなかった。座長は、清水成型工業の取締役開発部長の伊庭氏。伊庭氏は言葉のスピードが速く、機関銃のようにガンガンと速攻で、まくし立てる。乗ってくると、舌をもつれさせ、顔を紅潮させ、ボディー・ランゲージも加えて、全身で喋るのが特長だ。小柄だがしゃくれた顔に、堂々とした態度なので、外国人様な風貌と威圧感を漂わせている。喋りでは、彼にはかなわない。為に、会員の皆には、仕切りは彼にお任せしようという暗黙の了解ができていた。イトカン開発課の田辺課長というニューフェイスが、ある時入会してきたことがあったが、雰囲気がまだ分からなかった彼は、喋りすぎた為に、後から伊庭氏の激しい質問責めに合いシドロモドロ。それ以来、その新人も口を慎むようになったものだ。


最初に出会ったときから、直感で彼の人柄を察知した私は、専ら聞き役に回ることを自分に義務づけていた。そして、いつものように彼が場を仕切り、人に指図して発言を促してくる。だから、彼の指名が来てから初めて、私は発言する。しかも、会社で用意しておいた、環境ホルモンとか、ホルムアルデヒト吸着剤とかを紹介した新聞記事のクリッピングを皆に配ってから、ほんの少し解説を加えるだけにして、極力喋らないように留意していた。結構早口でまくし立て、本来は仕切りたがり屋な私は、彼のお株を奪ってはいけないと、自重していたからだ。しかし、だから駄目なのだろう。人を押しのけ、人を平気で押し潰してさえ自分を出し、仲間を束ねていく者を皆は評価するのが、この世の常なのだから。


ある時、その伊庭氏が突然に、開発部長から、自分が開発した製品を製造販売している事業部を、今度直接担当することになったので、今日で「住異交」を脱退したいと言ってきた。皆はあっけに取られたが、人事異動なら仕方がない。彼の居ない会ではもう意味がないから、事実上「住異交」の解散である。そのことが皆よく分かっていたので、では今日、早速、伊庭氏の送別会をやろうということになった。急遽、その日の会合が終わった後で、堂島の飲み屋にと、皆で繰り出すことになった。そして、いつもの常連6人が参加した。この話は、その飲み会という空間で突然に起こった、誰もが予期せぬ「あの話」のことなのだ。


彼、佐橋氏は、内田商事という日本で随一のコルクメーカーの開発部長をしている。勿論、我々のこの会の常連である。私と同様に、会に毎回精勤していた彼は、今日の送別会にも当然出席している。顔からして、私と同年輩のように思える。桟木に何枚もの和紙を張り付けて作られている日本古来の襖に着眼し、発砲スチロールを基材にして両面に0.2mmの薄い鉄板を張り付けてから襖紙を貼るという襖の代替品を、彼は苦労して開発した。反りが出ないようにと、温度と湿度を厳密に管理して、特別な接着剤で鉄板を基材に貼る方法を発見したのだという。これを住宅公団に納めたところ、見事に当たり公団の標準品となる。大半のハウスメーカーにもこの襖が採用され、現在80億円もの売り上げを上げているのだと豪語して、ビール・ジョッキを軽々と空け自慢する。赤ら顔で小太りの、殆ど髪の毛のない、かすれた声で喋る、事業家風の風貌をしたこの佐橋氏から、その言葉は突然に発せられたのだ。丁度、私の真正面に座っていた彼は、私の顔と私の背面をじっと凝視しながら、それは始まったのだ。


「私にはですね、普通の人には見えないものが見えるのです。ほら、名前は言えませんが、ここにおられる、ある方の背後にも、二人も来られておられますよ。こんな話は、本当は親しい間柄でも殆どしないのですが、今日は特別です」

一瞬にして、皆の顔は凍り付いた。

『何を言うのだい、おっさん。おい冗談を言うなよ。まさか、俺のことじゃないだろうな。さっきから、ジロジロ俺の方ばかりを睨んでいるが、妙なことを言わないでくれよ、おっさん。俺の背後ばかりを見るなよな、気持ち悪いだろ』

私は、無言の言葉を発して、佐橋氏を睨む。皆は、ビールを飲むことすら忘れて、次の言葉を一言も漏らすまいと、彼のタバコをくわえた口元に注視する。

「先程の自分が作った新製品を売るためにですね、全国を東奔西走しましたよ。これに失敗すると即刻クビだと思いましたから、本当に命懸けでした。その出張先で宿泊しますとね、特にホテルの一番端の、特に妻側の部屋に泊まった時なんかには、殆どお出ましになりますよ。なあに、自分の話をですね、もっと、もっと、洗いざらい全部聞いて欲しい、と言って出て来られるのですがね」

「一度なんかは、3人も4人も、沢山で来られるので、困り果ててロビーに電話しました。すると支配人が、矢張りそうでしたかと言って、部屋まで来て平謝りして、夜中なのに大急ぎで、別の1ランク上の客部屋に交換してくれたこともありましたよ。あれは、私になら、辛い話を聞いて貰えると思うのか、何故か、皆で連れだって、私に寄ってくるのですよ。真夜中には必ず」

「夜も2時を過ぎて、疲れてシンドイ時にはですね。ベッドの上に正座し精神統一して、頭を深々と下げて、どうかこのまま帰って下さいと、何回も、何回もお願いするのです。すると、分かったと言われるので、それから立ち上がって窓を開けると、大概はスーッと出て行かれますね。私の場合は、窓を開けないと駄目です。ですから、窓のない部屋だけは、私でも、絶対にイヤなのです」

赤ら顔でさらりと言ってのける。どういう人だ、この人は。更に、次々と饒舌に話が続く。

「覚えておられますかね。神戸の六甲山をブチ抜いたトンネルに、あれが出たというのが新聞記事に、一度書かれたことがありましたが、随分昔です。それを、最初に見たのが、何を隠そう、実は、私だったのです」

「大学を卒業して就職してから、すぐの頃です。車を買った友人と二人で、出来たばかりのトンネルを走っていた時のことです。トンネルの中程まで来たときに、左前方に立っているのをハッキリと見たのですね。友人には見えなかったそうですが。それ以来です、皆には見えないものが、私にだけは、霧が晴れるように見えるようになったのです。すみませんね、こんな話ばかりして」

「住異交」の解散会というこの場にいた者の現実空間場が、ごくごく普通の人だと思っていた佐橋氏から「あれ」について語られることによって、一瞬にして奇妙な「異空間」へと裏返ったように、誰もが感じたのは言うまでもない。


その佐橋氏は、それから3カ月後、同社の執行役員になったと聞く。80億円の売上高を上げるという、金の卵の新製品を生み育て、そして自ら第一線で販売活動にも当たり、会社に大きく貢献したという論功行賞であった。年収も3倍になったという。しかし、私には、現世と冥界とを自由に行き来できた佐橋氏は、実は人間の皮を被ったエイリアンであったのではないだろうか、或いは第一級の超能力者として、噂のアカシックレコードさえも読めたのではないかと確信している。


          <第1話完>



第2話. 易学綾の綾先生



京都KBCラジオの放送で、月曜日から木曜日の午後12時10分から30分まで、相談コーナーを先生は持っておられる。これを「初代斎王代、易学綾の綾先生の相談コーナー」という。車で外出する時に、このラジオを聞くのが、私の楽しみの1つだ。兎にも角にも、易占いなのに、全くよく当たる。この番組では、毎回二人ずつの相談者が、電話で綾先生に相談するのだが、その遣り取りをラジオで生放送するというものだ。夫婦の生年月日を聞いただけで、結婚した時期すら、サラリと言い当てる。少女の様な、ハリのある可愛いい声で喋られる。その声からは、スリムで背が高く足の長い今風の、若い女性の姿が想像できた。


夫婦の相性、自分の金運、子どもの進学、就職先の方角、恋愛している相手との相性、家を建てる時期、事業を興す時期、結婚の時期、相手の金運、仕事が見つかる時期と方角、妊娠の時期、子どもが生める時期とかの、人が生きていく上での、殆どの悩みが相談される。相性は、50分の23番とか17番とか、5番とかいう数字で表現される。滅多には出ないが、1番が最も相性がいい。相性のいい夫婦は、二人して財産を残すということだそうだ。これは本当らしい。


ある時、私は家内に連れられて、この綾先生のご自宅に伺ったことがある。家内が、どうしても一緒に来てくれと強要するからだ。次男のことと私との相性で、彼女は悩んでいたようだ。彼女が、私の知らぬ間に手紙を書いて、先生との予約を取り付けておいたので、確か真夏の暑い日だったが、京都の丸太町衣棚通り下ルにある綾先生宅へと、先生から指定された時間に訪問した。そこは、3間程の間口の、京風の2階建て町屋造りで、そんなに大きくはない、どこにでもある、京都のごく普通の家だった。


玄関にインターホンがあり「予約者以外の方は入れません。お名前を仰って、了解を得てからお入り下さい」と明示してある。ボタンを押すと、受付の女性の甲高い声で、中に入ってお待ち下さいと言われる。東向きの明るい玄関に入ると、蘭の花の薫りが漂っている。シンビジュームだ。綺麗に整頓された床には男物が一足、女物が2足と、靴が三足置いてある。我々より前の順番の人なのだろう。曇りガラス戸で仕切られた相談室に、既に3人は入っていた。


相談者の話し声が、我々の居る待合室の明るい三畳部屋にまで、アケスケに聞こえてくる。話の内容から、母親と年輩の男性とその妻という3人のようだ。サラリーマン稼業を辞め商売をやりたいが、どういう商売を、いつ頃始めるのが良いか、についての相談で全部が丸聞こえだ。そうこうする内に、我々の次の順番の相談者が入ってきた。白い洋服姿の水商売風の中年女だ。この女に、我々の話も聞かれると思ったから、注意してその女を観察する。その女の顔を見て私は、いつの日かは思い出せないが、どこかで会ったような懐かしい感じがしたものだが、そのことは家内には、話さないでおこうと考えた。


次の方どうぞという綾先生の声に促されて、前の相談者と入れ違いに、我々夫婦が部屋に入る。実は、家内は今日で2回目だという。「兎に角、スゴイ先生だから、こんな人は今までに見たことがないわよ」と前々から言われていたので、綾先生に会うのに大変に興味を持っていた。ラジオで想像していた如く、スラリとしたお嬢様風の、時々TVで見る霊媒師の様な可愛い美人だろうと思っていたが、私の想像はもろくも砕かれることになる。


「どうぞ、お気楽にして椅子にお座り下さい。奥様は、今日で2回目ですが、今日はどんなご相談なのでしょうか」

ラジオで聞く明るい声で綾先生は優しくおっしゃる。京都の蒸し暑い夏だからか、綾先生は、黒レース仕立てのノースリーブ・ワンピースを着て、机の前に座っておられる。しかし、先生に、黒レースの服は、全く似合っていない。家内が相談している間、好奇心にかられた私は、先生の表情と部屋の中を詳細に観察する。小さい顔で顎が二重、小さい目と口、白い肌だが、でっぷりと太っておられる。アイラインも目からハミチョロ。想像は裏切られた。失礼だが、どこが斎王代だよ。ごく普通のおばちゃんじゃねえのかい。綾先生は、何故か私の視線を避けて、私とは決して目を合わせようとはされない。家内が、我々の生年月日を伝える。すると綾先生はカシャカシャと何かを叩いている。席からは見えないが、パソコンに入力しているのが、音で私には分かった。


「お宅達は、21年前の3月に結婚されましたね。相性は50分の7番ですよ」

『来た、来た。来たぜ。ラジオの通りだよ。なんで、始めてあった人の結婚した時期が、お互いの生年月日だけで分かるというのだい。本当かよ』私は、思わず呟く。

「しかもお二人は、前世の因縁によって結ばれました。だから相性が50分の7番なのです。この数字は、滅多には出ないのですよ。財産も残しますよ」

『げえっ、何を言うのだい、この人は。前世の因縁だと。なに、来世も一緒だと。どうすりゃいいんだい。まるで、ホラーチックの世界じゃないかえ。どこで、そんなことが、あんたに分かると言うのだよ。本当かよ』


その時私は、誠に奇妙な感覚に取り付かれたことを記憶している。板張りの四畳半ぐらいのごくごく狭い、そして暗い相談室ではあったが、部屋全体が、何かよく分からない、ある種の霊的バリアで包まれているように感じたものだ。そして、息苦しい程に、何か私の思考が拘束されているように感じる。まるで過去と未来が混和した空間に、迷い込んだような気分だ。えっ、待てよ。すると、先ほどの白い洋服の女は誰なんだ。家内は、相変わらず、色々と相談ごとをしている。ふと視線を天井の方に向けると、そこには、記号と呪文のような奇妙な文字が書かれた、ハガキ程の大きさの真っ白の和紙が、部屋の四隅に貼られているではないか。この呪文と綾先生の気がバリアを張って、この異質な空間を作っているのかもしれない。小柄な綾先生の姿が、急に大きく膨らむような錯覚に囚われた。そして黒いレースの姿で、私を威圧しようとしてくる。


次は幻覚だ。私の脳裏にノイズの混じった映像の断片が次々と映ってくる。今の私は、オーストリアの田舎で、羊を飼っている20才の青年。山の南斜面の緑色の世界で、私は母と120頭の羊を飼っている。そして、村のお城にミルクとチーズをお納めしているのだ。これが、私達の生活の糧である。お城には、18才の美しいお姫様がいる。その方と私は恋仲になってしまったのだ。頭が混乱する。頭がどうかなってしまったのか。ここはどこだ。映像が強制的に脳髄に入ってくる。家内の相談はまだ続いている。ぼやけた映像だが、お姫様との語らい、緑の光に包まれた彼女との散歩、ラベンダーの薫り、城の王様の激しい反対、悲しむ母の顔が写る。私の脳髄にザラザラした映像がインストールされてくる。ほんの2、3分間の間の出来事だ。異空間に紛れ込んだから、前世の断片が投影されてくるのか。きっとそうだ、すると先程の女性は私の祖母なのか。


家内の相談が終わり、元の部屋に戻ると、白い洋服の女は待合室にはいない。靴もなくなっている。そうか、智先生の話を一緒に聞きたかったのかも知れない。私は、深層脳髄に内蔵されていた「異空間」にトラベルしていたのだ。そして、お姫様は、今や我が家の女王様として君臨されており、私は前世と同様に彼女にかしずき、ミルクとチーズの替わりにと、今や給料と言いつけられるままの無償の労働をお納めしているのだ。これが現実である。現世もまた、「異空間」へのトラベルなのだろうか。


この驚くほど当たる、「易学綾の綾先生」の連絡先を知りたいと思う方、またご自分の前世の幻覚を見たいと思う方は、どうぞ連絡を下さい。秘密は厳守しますよ。但し、どんなトラベルが待っているのかは、私は保証しませんからね。悪しからず。諸君、トラベルはいかがですか。お気軽にどうぞ。トラベルはいかが。


 <第2話完>



第3話. スズメバチ事件



ある年の初夏、蒸し暑い夕刻に、その事件は起こった。彼女はある大規模団地の一角で、子供相手に学習塾を経営していた。


この団地は、近畿都市部の後背地であるS県にあり、同県の中でも、更に更に田舎に属する、広大でなだらかにうねるような丘の上にあった。丘の南側と西側はまだ開発がされないままに、松、杉、竹や雑木が実生で育ったままの自然林がそのままに残されており、団地全体の周囲が自然の緑に囲まれた住宅地となっていた。総数6,000区画にも及ぶこの団地で、既に戸建住宅に入居しているのが、何と1,500所帯にもなるという巨大団地だ。


この団地は、今から25年程前に大手のOK建設よって、近畿地区の大型別荘地を造成するとの目的で、山を切り拓きデベロップメントされてきた。従って、当初は、近府県各市のお金持ち連中の別荘用地として、1区画100~200坪単位で販売がなされ、申し訳程度の別荘用の小さな家しか建っていなかった。その後、広い土地の割には価格が安く、ここ10年程前から、付近にも、自動車メーカーや電子部品の大規模な工場が進出してきたこともあり、車で通勤するには便利で、サラリーマンには適した住環境だとの評価で、現在では新興住宅地として、割と若い人達が住み始めている。この不景気な時代でも、月に10棟前後は若者好みの派手なデザインの建売住宅がドンドン建設されてくるようになった。


従って、子供の数が大変に多く、この団地だけで小学生の数が2,500から3,000人に達するすごさだ。生徒の数が減って、学級数を減らしたり、或いは小中学校そのものを統廃合したり、また校舎を老人ホームに改築したりして対処しているのが全国的な風潮なのに、この地区だけは子供が膨張する地域なのだ。だから、真新しい豪華な設備で、今流行のレンガ・タイルを張った洋風建築として、小学校の校舎も、団地のある丘の下に新築された。しかし、都市型団地にあるようなショッピングセンターとかファミレス、また病院や各種の文化施設等が、この団地には皆無で、住民も子供も都市文化に飢えていた。従って、学習塾の経営には、この場所は誠に好都合で好環境の市場である。


そこで、学習塾チェーンの新たな拠点として、ここに目を付けて、彼女が、手頃な物件が出るまで長い時間をかけてやっと見つけて購入したものだった。場所的には、団地全体の最南端に位置していたが、まだ未開発の自然林が、すぐ側まで迫ってきているので、散歩したり、山ツツジを鑑賞したり、自生の山椒の実を採取したりと、塾としての目的以外にも、気分がやすらぐ、彼女の別荘としても、大変に恵まれた環境にあった。


塾経営者のK子は、たまたま塾の休みの日曜日に、次週からの教室整備にと、夫を連れて教室に来ていた。そのとき教室の天井裏から聞こえてくる羽音を聞いた。ブーンという力強い羽音で何匹もいるらしい。そのうち、一匹が天井板と框の隙間から顔を出した。スズメバチだ。それは、それは大きくて、黄色と黒の縞模様もはっきりした、お尻の光沢もツヤツヤとした、強そうなデカイ蜂だ。もう、尻から針を出して準備をしている。


「キャアッー、スズメバチよ、なんとかしてよ。生徒が刺されたら大変なことになるわ。ボオッーとしてないでよ。ちゃんと処置をしないと、家から放り出すわよ」

いつもの台詞だ。まるで、夫の所為だといわんばかりに、ヒステリーを起こしている。何かあると、矛先が夫の方に向いていく。短気ですぐに逆上する彼女の習慣だ。逆らうと、激しいドメスティック・バイオレンスが待っているという。


K子は夫に命令して、床下から蜂に入られないように目の細かい金網をつけさせたり、天井板の隙間に目張りをさせたりの方策を講じさせた。しかし、2、3匹は室内に飛び出してくるのもいる。頼りない夫も、慌てて新聞紙を丸めて叩き殺したという。


「生徒がスズメバチにさされると大変なことになるのよ。悪い評判が広がって、生徒も減るわよ。補償金だって出さなくてはならないのよ。こんなことは、あってはならないことなのよ。絶対に一匹も出てこないようにしてよ。いつも頼りないのだから。完璧に始末してよ。完璧によ」

まだ、ガンガン喚いている。


その後、家の中から蜂が出てくることはなくなり、この騒動は収まった。それから数日経ったある日の、その蒸し暑い初夏の夕刻のことだ。塾での学習を終えた生徒2、3人が帰ろうと玄関から外に出たとき、生徒の悲鳴が聞こえてきた。通常の学習日なので、夫は勿論、その日は現場には居合わせていなかった。


「キャアッー、先生助けてー。大きなスズメバチが沢山、飛んでいるよー。刺されるよー、怖いよー。先生ー、先生助けてえー」

彼女は血相を変えて外に飛び出した。夕刻で、辺りはほんのりと薄暗くなりかけているから、既に玄関灯と門灯が点灯している。その光に向かって多くの蜂が集まっているのが見える。


どうやら向かい側の家の方から飛んでくるようだ。急いで、彼女は、顔面を紅潮させ目をつり上げて、「コラー、コイツー」と奇声をあげながら、竹箒でスズメバチを叩き落としている。子供がスズメバチに刺されて死ぬ場合もある、そのことで頭が一杯の彼女はこんなに振り上げたことがないという程、竹箒を振り回して蜂をたたき落とした。竹箒の細い筋に打たれて、何匹もの蜂が、頭を取られたり、腹と背がバラバラになり、ヒクヒク痙攣しながら14、15匹は死んでいる。ひとまず、その騒動は収束したという。


ふと向かいの、元A市の某銀行支店長だという人の別荘を見ると、2階にあるベランダの屋根の軒先に付いているハンドボール大のスズメバチの巣を、業者が殺虫剤をスプレーしたり、大型のはえ叩きのような道具で蜂をたたき落としたり、突いたりしている。それを見て、K子は全てを察知した。そこから逃げてきた蜂が、こちらに集まってきたのだ。彼女は、血相を変えて、業者の作業を下で見ていた元支店長夫婦に向かって走って行ったという。


「オイッ。お前らー、非常識やないか。巣の処置をするんやったらなあー、事前に近所に連絡しとかんかい。ウチは学習塾をしているんじゃー。塾の生徒が刺されたらどないしてくれるんや。こんな夕方に、暗くなってから蜂退治するとは、お前ら非常識やないか。何を考えとるんや。ウチの塾の方にいっぱい、スズメバチが集まってきとるやないけ。生徒が怖がって逃げまわっとるやないか。生徒が、刺されて死んだり、怪我をしたりしたら、お前らの責任やど」


普段から、前世が男だと吹聴している彼女は、顔面を紅潮させ、デカイ声で、男言葉の柄の悪い言い回しで、大変に興奮して人差指で夫婦を指しながら、激しく問い詰め、非難している。誰をも恐れない強気の彼女の剣幕に押されて、銀行の元支店長だったという、64、5歳の男も顔面蒼白となってオタオタしている。


「塾の先生か、どちら様か、どこの誰か知りませんがねえ、私の家の蜂だと、決めつけて言わないで下さいな。どうして、宅から飛んでいった蜂だと分かるのですかね。山の方から飛んできて、お宅さんの玄関灯に集まってきたのじゃござんせんか。そうに、決まっているわよ。蜂に名前が着いている訳がありませんからね。おほほ。お宅は、誰に物をいっているのか分かってらして。宅は、銀行の支店長だったのよ。気をつけて物をおっしゃい」


支店長の妻とかいう、ど派手なシャネル・ブランドを着た60歳過ぎの女が、顎を上に突き出し、人を見下した言い方で、逆にK子に食ってかかってきたという。この夫婦から頼まれた、蜂退治の作業員も2階ベランダの上から、何が起きたのかと下のやり取りを怖々見ている。


「なんやと、お前とこが、巣を突っついたから蜂が逃げたんやないか。見てみー、今も飛んで行ったやないけ。何を言い逃れしとるんじゃい。生徒が、刺されたら絶対に損害賠償を請求するぞ。いいな親父」


元支店長というその男は、大人の女の喧嘩にオタオタしながらも、K子の追求に申し訳なさそうな顔をして、頭も下げて頷いたという。しかし、元支店長の妻だというその女は、自分の非を決して認めようとはせず、人を小馬鹿にした、落ち着き払った態度はついに変えなかったという。


「あんなやつ、呪い殺しやる。もう絶対に許さない。仕返しは必ずしてやる」

「もう絶対に許さない」

「・・・・・・・・・・」。と、


帰宅したK子は、まだ興奮冷めやらず、その日の顛末を夫に語り、スゴイ形相で怨念を込めた声で、歯ぎしりして、そして何かを念じながら、元支店長の妻だというその女を恨んでいる。ブツブツと、何かを唱えながらだ。


毎週のように、別荘に2人連れだって来ていた元支店長夫婦は、その事件のあった翌週からは、パッタリと姿を見せなくなった。その別荘の5、6軒先に住んでいる、元支店長の妻の友人だという老女に、K子がそれとなく聞いてみた。すると、元支店長の妻の方は病気になり、元支店長はその看病で別荘には来られなくなったということだ。そして、この事件があった丁度1年後には、とうとう女の方が亡くなり、ショックで男の方も床に伏せたきりになってしまったと聞く。元支店長のその別荘は、その後は、誰も人が出入りすることがなくなり、こ綺麗に手入れがしてあった庭にも雑草が伸び放題となり、今や廃屋同然となってしまっている。


そこで、この女が死んだ因果関係についてだが、この話をK子の夫から聞いた、夫の親友である私は次のように考察する。


塾経営者のK子の強い怨念が、彼女の激しい性格によって更に倍増されて、異空間に念エネルギー波動となり、支店長夫人に到達したのだ。その怨念がして、彼女を死に至らしめたのではないだろうかと。


男が想念することで、死んだ最愛の妻が蘇生するという、理性の海につつまれている「惑星」を表現した、ロシア映画界の鬼才アンドレイ・タルコフスキーの異空間世界の映像、「惑星ソラリス」の逆世界を表す事件ではないか。気丈の意志力で相手を殺傷するという強い、強い念波動を出す能力を友人の妻K子が持っているのを、こうして私は発見するに至ったのである。赤熱の念エネルギーを異空間に波動放射して、怨念を実現させたのであると。この事件の真相について、賢明な諸君は、いかに判断されるでありましょうか。


          <第3話完>



 第4話.離人症



私が、結婚当初の頃のことだ。夫婦2人で、小さな食卓のテーブルに向かい合って食事をしていても、右目の上の方向、つまり右上の天井の隅の方から、いつも誰かに見つめられているような視線を頻繁に感じて仕方がなかった。見ているのが自分かも知れないと思い始めると、『ではここにいる自分は誰なんだ。ここにいる自分と、天井の隅にいる自分とは、どっちが本当の自分なんだ』

と訳が分からなくなることが度々あった。自分が、食事をしている自分から抜け出て、天井から自分達2人を眺めているという、誠に奇妙な、居心地の悪い、落ち着かない、精神が混乱したかのような気分がしたものだ。


このことを、妻にも話してはいなかったが、どうも当時は一過性の離人症に罹っていたような気がしていた。しかし、今ではこの現象について、離人症ではなく、2人以外の誰か他の者から見られていたのではないかと、説明が出来るようになった。では、この現象について、私流の解釈をしてみよう。 


私達は、その年の3月に無事に結婚式も済ませ、横浜の田舎で戸建て形式の2軒長屋の新築アパートに住み、私は、そこから東京は霞ヶ関のA社に通勤していた。結婚した当初に、誰もが経験する新婚時代のことである。しかし、彼女の父親が、突然にその3カ月後、つまりその年の6月に逝去された。一番に可愛がっていた末娘の新婚生活を見ずに、急逝されたのである。義父本人も大変に、大変に残念で、本当に無念であったろうと思う。


「これから、横浜にいる末娘に会いに行く。その前に、ワシは散髪屋に行くんじゃ」

旧家育ちでその地域では名士であった義父は、家人にそう言い残して家を出た。そして、散髪をしてもらっている最中に、何と言うことか、脳内出血を起こしたのだ。病院に運んだが、その翌日には他界されたという。


これは、私の想像だが、死につつある大脳の中枢にある映像ファイルには、横浜の娘の住処に行っている自分の姿、久し振りに娘と出会って彼女の話を聞いている自分の姿、娘婿つまり私とも話し込んで

「あのなあー、婿殿・・・・・・・・・」

と人生の忠告をしている自分の姿像が、きっと残っていたのではないかと思う。そして、この映像ファイルは自らを転写して異空間を通り抜けて、娘の住処に自らをインストールして、そして末娘に会いに行っていたのではないだろうかと。つまり、私が私から離人して私だと感じていたのは、実は私ではなく義父のそれであったのではないだろうか。


実は、最近になってから、こう思うようになった。では、その根拠となる、最近に起こったトラベル・ジャーナルを、ありのままに、諸君に報告することとしよう。


私たち夫婦は、実はあれに見守られているに違いない、という感覚が最近いつもしている。これは、私は感じで分かっているが、妻の方もそう思っているらしい。彼女の感じ方まで、私には説明できないが、私の感じ方は次に説明する様なことだ。余談だが、この世界では名を馳せた、スピリッチュアリズム研究所の江原啓之氏によると、人間には、守護霊(ガーディアン・スピリッツ)、指導霊(ガイド・トピリッツ)、支配霊(コントロール・スピリッツ)、補助霊(ヘルパー・スピリッツ)という、四つの霊に依って守られているということであるからして、私のあれはヘルパー・スピリッツに違いないと思う。


家の中にいても、何かある毎に、やはり右目の上の方から後頭部にかけて、一瞬スッと黒い陰が走ることがあるが、これが私には見えることが多い。普段から見えている訳ではないが、私の身体が危機的状況にあるとか、感情が異様に昂っているとかの時に限って、室内外を問わず、それは現れる。


考え事をしながら歩道をボーツとして歩いているとき、脇道から車が急に飛び出してきて、私の体と、ほんの2、3㎝の隙間を急スピードですり抜けて、間一髪で事故を免れ血の気が引くことが度々あった。この時は、後ろの黒い陰の助けで、一瞬予感がして、体が後ろに引っ張られる様に感じたものだ。また、教育事業の拠点として欲しかった物件が、業者よりもほんの10分先に手付が打てたとか、先に手付を打っていた人が何故か知らないが辞退した為に落札ができて、つまらない不動産を買わずに済んだとかの経験もある。どこかから聞こえてくる、「買え」との声があって、幸いにも入札していたからだ。


つい最近にも、妻が中耳炎で入院している時のことだ。横浜の旭区の借家から始めて、私達は、今では本宅、西宅、東宅と、三軒の自宅を持っているが、その西宅にあるウッドデッキに、前からしなければと思っていた、防腐剤を塗布する作業を、私はしていた。その作業の終盤で、今から思うと大変に恐ろしい事故を起こしてしまったのだ。


私は、庭に立って、防腐剤のクレオトート油の1リットル缶を左手に持って下げ、右手の刷毛でデッキの外側のラチスパネルを塗布していたが、悪いことに、地面に転がっている園芸用の細い青竹を、不注意にも踏んでスリップ・ダウンしてしまったのだ。下をよく見ていなかったからだ。それは、大の字状態になる転倒だった。クレオソート油は、強い刺激臭と共に、皮膚に付着すると深く浸透してスグに赤く爛れ火傷になって、いつまでも痛いという、知る人ぞ知る大変に危険な防腐剤なのだ。


思い出すのも嫌なことだが、缶にまだ半分程残っていた、そのクレオソート油を、私は、顔から左肩にかけて浴びてしまった。


「ぎゃー、助けてー」

周りには誰もいない。液が目にも入り、慌てて、たまたましていた日避のサンバイザーと常用している眼鏡を一緒に、庭の草むらに投げ捨てて、無我夢中で家の中に駆け込み、洗面台に走って行って、急いで石鹸で洗って中和した。目も真っ赤になっており、もう目は潰れてダメかもしれないと思ったが、何回も何回も石鹸水を手に付けて、顔と目を洗浄した。医者に行く時間もないし、自分一人だし、兎に角、洗浄が先だと判断して、洗いまくった。洗面台もクレオソート油で茶色く変色している、体の左側の首筋や肩や腹もチクチクと痛くなってくる。慌てて厚手の作業衣と下着も脱いで、左肩にかけて体に茶色く付着しているクレオソート油を、石鹸を付けて洗い流した。顔、目、体を何回も洗浄して、なんとか自力で処置をしたが、鏡に映っている真っ赤になった、チクチクと刺すように痛い左目を見て、恐怖で自然に体が震えてきた。


「キット、左目は潰れたろう。えらいことになった。これから、どうして生きていけばいいか・・・」


それがどうだ、私の目も体も全くの無傷で再生した。視力も落ちていない。会社にも通常通勤している。思うに、何らかの介助があったのではないかと、今にして思えば、私は考えざるを得ない。


まず、偶然にも被っていたサンバイザーだ。これと、眼鏡を装着していたが為に、これらが屋根となって、多量のクレオソート油を浴びるのを、顔と目から防いでくれたのだ。厚い雲に覆われた曇りの日だったが、何故か紫外線避けのサンバイザーをしなければならないと感じて、その日に限って、作業に入る前にそれを装着していたから助かったのだ。次に、当日は何故か厚手の作業衣を、寒いからと二枚も着ていた。


そして最後には、スリップ・ダウンした時に、『実は流れ出る油の量が最も少なくなるような体勢で、上手に転倒していたのではないか』と思われることだ。着ていた衣服は二枚とも右側が真っ茶になり、サンバイザーも表面が溶けて光沢すら無くなってしまっていたが、私の体は、無傷であった。何故かならば、缶の防腐剤は零れて殆ど無くなっているだろうと思っていたが、実は缶にはまだ半分ほど残っていたからだ。


大の字で転倒したにも拘わらず、ほんの少ししか零れていなかった。つまり、缶から少ししか零れない様に、上手に転倒したということに他ならない。背後から何者かの支えがあって、上手に転倒したのだとしか、私には思えない。あの大転倒の場合だと、缶の中身は、普通なら全部が無くなってしまうのが当然だったと思うが、そうではなかった。だから、ヘルパー・スピリッツの介助があったに違いないと、私は確信するに至ったというわけだ。


          <第4話完>



第5話.ドッペンゲルガー



人間は、あの世から転生をしてきて、現世に生きている訳であるが、私の場合には、その『魂の転生インストール』がどうも不完全であるような気がする。丁度、生物発生が不完全であるのと同じ様な状態なのだろう。あの世とは、宇宙生命母胎ではないかと、漠然とではあるが、私は感じている。


何というか、最近になって、私自身が異なる場所や時代に、行き来しているような気がして仕方がないからだ。その間における自分は、どうも無意識下あるようだ。なにをしていたのだろうと思うことが、多い。意識の欠落というか、記憶が出来なくなってしまっているというか、歳のせいだけではない、トラベル状態の時もあるようだ。さっきまで何をしていたのかも分からなくなることが最近多い。


私が、通勤の最寄り駅である、地下鉄の高架地上駅のホームに立って、平行して走っている高架道路の車をボーッと眺めていると、白いワイシャツにピンクのネクタイをした男が運転している車が一瞬過ぎ去るのを目撃したが、なんと、それは私ではないかと思えるほど、横顔のよく似た男が運転していたのだ。また逆に、同じ道路を私が社用車を運転していて、何となく気になる、その駅のホームを見て探すと、そこには、私自身がホームに立っているではないか。空似というには、誠に瓜二つの男が、そこには写っている。まさしく、私そのものに間違いない男が、蜃気楼のようにホームに立っているではないか。最近は、その駅以外の場所でも同様の体験が、一回や二回ではなく頻繁に起こっている。


他人の空似か、私がもう一人居るのか、もう一人の私が私を監視しているのか、もう一人の私は、また違う人生を歩んでいるのか、誠に説明しがたい、離人症に似た、誠に奇妙な感覚体験を幾度となく経験してきている。最近では、その駅だけでなく、営業で都市部のオフィス街を車で走っているときにも、この現象が起きている。運転中に、注意して探してみると、向かい側の歩道に、何と、私自信が歩いているのを発見したものだ。逆に、ファサードが全面ガラスの小綺麗なレストランで食事をしていると、車で走っている私自身を目撃することもあった。


「これは、一体どういうことだ。私の妄想か、見間違いか、空似の他人か、私の陰か、第2の私か、私の複製イメージ像か、どちらかがどちらかに行ったり来たりしているのか、どうなのだ。離人症が復活したのか」

自問自答してみても、明快な答えがでない。しかも、最近、この現象が、頻繁に起っているのだ。そうだ、これはドッペンゲルガー現象に違いない。きっと、そうだ。


現在は、地球年の西暦2003年5月。殊に、体調がすぐれない。持病の心房細動の発作が、また頻繁に起こる。不整脈も激しい。心臓の激しい発作時は、脳髄がクラックラッとして、一瞬、無意識状態となり、前後不覚となる。この現象は、心臓の持病からくるのか、或いは離人症からか、はたまた、宇宙生命の母胎からの転生インストールが未熟だったからか、ドッペンゲルガーの副作用なのか、私には判断がつきかねる。


そうか、もしかすると、宇宙生命母胎からの、次なる転生指令の前触れなのかもしれない。次なる転生は、蜃気楼のように地球地面にだけ這い蹲っている狭い視野の地球人ではなく、超念導エネルギーを発見して、宇宙を過去現在と自由に時空移動ができる、宇宙生命母胎から最初にインストールされた、私の魂の生まれ故郷である、カニ座大星雲のα星人にインストールしてほしいものだ。異空間を、時空ワープ・スルーをして、α星人としての、新たなスタートを切りたいものだ。


「地球人諸君よ、さらばじゃ。さあ、これからが、本当のトラベルだ。トラベル・ジヤーナルの始まりだぞー」


第5話完



第6話.シフト・パーキング



これは、私が、自転車で通勤ができる程ごくごく近くにある、或るデイサービス介護施設に、2年前に送迎の運転手として勤務していたときに、実際に遭遇した事件である。


送迎には、車椅子をリフトできる介護用大型車が3台と軽自動車が3台用意してあり、我々3人には、それぞれに違う車種の大型車があてがわれていた。大型車の送迎には、安全と作業の分担を図る為に女性の従業員が補助として必ず同乗することになっていた。


この介護施設では、ケアーマネージャーが1人、看護婦が2人、シフト制で当日のケアーワーカーが6人(全員では18人)、利用者に昼食や間食を提供する調理婦が2人、そして送迎の男性運転手3人が、月~土曜日まで働いていた。


社長は不動産屋が本業の人で、この業界には詳しくはなく、ほとんどを従業員任せで施設の運営がなされていた。


ここの売り物は、入浴施設を2基持っており、利用者を毎日入浴介護できることにあった。また、送迎運転手以外は全員が女性であり、そのことも男性利用者の興味をそそり、介護施設の中でも大変に人気のある施設となっていた。


一方、ここはNPO法人格を取得しており、建前はサービス重視で利益は追求しないということになってはいたが、実際はその逆で、(1)従業員に対して勤務時間をカット申告させるという手でコトスカットをし、また(2)介護内容の過剰申告を義務付けていた。


(1)について言えば、例えばこういうことである。 従業員の勤務時間は、原則8:00~17:30の1日8時間勤務。運転手は8;00~10:00と16:00~17:30の1日3時間30分勤務と決められていた。しかし、全従業員は、朝は30分以上前には出社して当日の受け入れ準備をしなければならない。運転手も朝夕の2回共、30~40分以上前には出社して、車の整備をする。この早出手当は出ない。


終業は17:30だが、毎日大体1~2時間の反省会があり、この残業代も出ない。夏季と冬季の休日に年2回の施設全部の大掃除があるが、手当ての付かない無料奉仕だ。そして、この毎日の反省会と大掃除にも、運転手は同席することが義務付けられていた。


また、イベントと称して利用者を日中に花見や喫茶店等へと連れて行くが、運転手にとっては規定時間外の勤務にも拘らず手当ては出ない。更に、足りない用品は施設が買って補填するのでなく、従業員に家からのものを持ってこさせていた…等々である。


(2)についても書いておこう。 介護施設では1人の利用者ごとに、朝の送迎から、施設内での個別のケアー、昼食、入浴、洗顔、先髪、下着の取替え、そして自宅に送り届けるまでの間、ケアー内容(メニュー)ごとに、こと細かに請求金額が決められている。


その前提となるのが個々人ごとのケアー日誌だ。例えば、利用者Aさんが○月○日の13:15~13:34まで入浴したとすると、その記録は日誌に残していなければ、自治体には請求ができない。


逆に言えば、日誌に記録がさえ残っていれば、請求はできる。本人が、入浴を断っても、日誌では入浴していたと記録すればよいのである(過剰申告)。


だから、月末は大変である。社長本人では処理しきれないから、その時だけは社長婦人のお出ましとなる。日誌とメニューと請求書の整合性を調えるために、2人は必死であった。


このような状況の中にあっても、女性達は社長に対して誰も文句は言わないし、意見具申もしない。皆は主婦として生活を抱えており、解雇されるのを恐れていたからである。


私が何故ここまで知っていたかというのは、彼女たちが送迎で補助として私と同乗する毎に、事細かに私に話すことで憂さばらしをしていたからだ。


運転手の仕事といっても、運転するだけではない。 私の車はN社製で、運転手を含めて全員で10人乗り。その内1人が車椅子で同乗できるようになっていた。同乗の女性がいるから、残りの客は7人。


その日その日によって、送迎に向かう場所とルートは異なる。出社すると、まずは8人分の送迎のルートを頭に描く。しかも個々人の時間指定もしてあるから、Aさんの次にDさ んを拾って、そこから国道に入ってCさんとEさんを乗せるという風な.ルート図である。


新しい人の所は、資料を見たり知っている人に聞いたりして、場所を覚えなければならない。日によって乗る人が変わるから、利用者85名全員のルート地図を頭に入れな ければならない。


そして、最初のAさん宅に着いたとしようか。施設の利用者の方々は、認知症の人と大体において脳梗塞などで身体に異常のある人が多い。このAさんも歩けないから、車に積んでいる車椅子を出して、私が家の内まで車椅子を押して迎えに行く。


Aさんはベッドで寝ているから、同乗している女性が、本人を起こして服を着替えさせ、なだめて靴を履かせる。次は、私が本人を抱えて車椅子に乗せる。体重が重いから女性では無理なのだ。そして私が、自分の車まで押して行き、車椅子をリフトアップして所定の手順で車に固定する。


この固定が甘いと走行中に車椅子が転倒したりして、大変危険だ。ここまでの作業を同乗している女性と分担して一緒に行う。けれども、殆どの場合、その人の家族は出でこない。見て見ぬ振りをしている。金を払っているのだから、お前らでやれよ、という訳だ。


残りの人8人は車椅子ではないが、歩行が困難な人もいる。これらの人全員を乗せて、シートベルトを締めて、そして施設にまで連れて帰る。


我々運転手の3人の車とケアーワーカーが運転している軽自動車3台が拾ってきた、1日当たり25名の利用者全員が施設に入れば送迎の仕事は完了する。後は、歌を唄ってお遊戯をさせたり、、ゲームをさせたり、食事、入浴などをさせて遊ばせて、お年寄りの幼稚園となる訳だ。


帰りは、拾ってきたのとは順番を逆にして、Aさんを最後になるようにして家まで送り届ける。終わってからは、例の反省会に我々も参加して、クレームを聞く、…..ということになる。


つまり、この施設の事業にとって我々運転手は、なくてはならない中枢の業務を担っていたのである。


本題に戻るが、このことには予兆が2つあった。危ない仕事の片棒を担ぐのはもうやめよという、天からのお告げだったのかもしれないと、今では感謝している。


<予兆1>


その人の家が、S駅の裏手にあるからという理由で、いつもの通り裏道を走っていたときのことである。特にその日は殆ど対向車が来ないから、ライトも点けて堂々と道路の真ん中をゆっくりと運転していた。


と、そのとき何が起きたかは分からなかったが、車の左側のバックミラーが突然にババーン音を立てて閉まり、そして左側面に、青色をしたトラックが急ブレーキをかけて止まった。


私が走っていた道路の方が広くて優先道路だったが、枝道からトラックが一旦停止をしないまま突入してきて、バックミラーに接触はしたが、私の車に当たる寸前で、何ということか10cm手前で、停止したからであった。


乗車していた利用者にも、同乗の女性にも被害はなく、車にもバックミラーが閉まっただけで、無論損害はなかった。私は、相手の運転手に注意を促す言う為に、車から降りて運転手に近づいた。


ところが、相手は分が悪いと思ったのか、大声を出して高飛車に「徐行運転せんかい、お前」と怒鳴りつけてきた。


「徐行はしてましたよ。こちらが優先なのに、お宅が一旦停止をしないからですよ」とやんわりと相手に非があることを諭したが、相手は真っ青な顔をして私を睨み、まったく聞き入れようとしない。


車のネームから、近くにスーパーがあり、納品した帰りの精肉店の車だと分かった。話がこじれると嫌なので、また実害もなく、送迎の途中でもあったので、警察にも連絡せずに、そのまま先を急いだ。


そして、その日の反省会で、詳らかに事の次第を報告した。その日に限って、たまたま道路の真ん中を走っていたが、もし普段どおりに左端を走っていたならば、間違いなく車が大破するとか、左側に乗っていた人に、人身事故が起きていたに違いない。私には、何らかの力が働いていたとしか思えなかったのである。


<予兆2>


その道は、川沿いの細い一車線道路である。先のほうに丁度、別の介護センターの送迎車が利用者を下ろしているのが見える。そしてその車の左側には川沿いに建っている喫茶店が道路まではみ出でおり、その喫茶店が邪魔で擦違えないから、私はその車の20m位手前で待機することにした。


その介護車が出発して、私の車と擦れ違い、後方に走り去ったのを見て、私は車をゆっくりと走らせた。車の前部が、その喫茶店を越えて2mも過ぎた頃か、突然にその喫茶店からバックで軽自動車のアルミバントラックが突び出してきた。


ババァーンとものすごい大きな音がして、私の車の左側前部が壊れ、運転席左側のガラスも割れ、左側ドアも凹んだ。私は気が動転して、車を急停車させる。あまりも大きな音だったので、吃驚して近所から何事かと数人が出てきてこちらを見ている。


その喫茶店の影に軽自動車トラックが前進で駐車していたが、前の介護車が出発したのを見て、喫茶店後方に私の車がいるのを確認せずに、駐車場からバックで道路に飛び出してきたのだった。


110番していたので、すぐに来てくれた警察官が事情を聴取した。加害者の軽自動車運転手はブリブリに太った女性で、この店に食材の納品に来ていたようだ。


いつもはバックして駐車していたが、この日に限って、前進で駐車させたと、太った彼女が警官に説明する。先を急いでいたので、喫茶店の後方にいた私の車も確認せずに、バックで駐車場から出ようとしたらしい。当然、この加害者に100%の非と責任があった。


事故でもう車は走れないからと、電話で要請しておいた応援隊の軽自動車三台の力を借りて、幸いにも同乗していた利用者には外傷が全くなかったので、分散して軽に乗せ自宅へと送り届けさせた。


私の取った行動と対策には何ら問題はなかったが、我々の仲間の一番年長の運転手が、「その道は見通しが悪いから、俺はいつも逆から入ってるよ」と、私の行動を非難していたようだ。


しかし、これは偶然が重なり合って起こるべくして起きた事故で、どちらから入っても同じだったのではないかと私は思う。車の破損だけで済み、人身事故にならなかったのが、幸いの上にも幸いであった。


<シフト・パーキング>


何故そうなったのかは、はっきりとは思い出せないが、その日私は、いつもの私の担当の車であるN社の車でなく、先ほどの年長者の愛車であるT社の車に乗っていた。


この車は、サイドブレーキの利きが甘く、そしてアクセルペダルとブレーキペダルの位置や大きさが、N社のとは微妙に異なっている。また車の横幅も、N社より少し広くなっていたので、運転がしずらい。


この車にガソリンを入れるときに、GSに向かって乗ったりしていたから、妙に相性の良くない車だと普段から感じていた。


夕刻16:00に我々はここのデイサービスを出発する決まりになっている。私の車にも1人の車椅子の方と、その他の利用者7人全員を乗せ、女性の同乗者が「全員が乗りましたので、出発OKです」と言って乗り込んできた。


私は、サイドブレーキを緩めて、キーを入れエンジンを掛けた。足でブレーキペダルとアクセルペダルを探っていたが、突然にその位置が分からなくなってしまった。オートマチック車だから、もう車はゆっくりと走り出している。


プレーキペダルを踏みたいが、間違えてアクセルを踏むと急発進するから怖くてペダルが踏めない。このことに気を取られていたから、車は左側にそれて直進している。


その先には、弱い鋼線製の白い色のフェンスがある。フェンスの先は垂直に2mは落ち込んで田圃となっている。私の車は、フェンスの前においてある車止めの間もスーッと、何故かくぐり抜けて走っていく。


このままいけば車ごと田圃に転落する。分かっていたから、恐怖で頭が真っ白になる。


どうしたらいいのか、ブレーキを踏めばいいのだが、位置が分からない。間違えてアクセルを踏めば、それこそ崖から飛び込むようなものだ。車も人も大事故になる。どうしたらよいのか、頭が混乱してなすすべがない。その間ほんの、3秒ぐらいの間。恐怖だ、もう死ぬと思った。


その時だった、「パーキングを押せ、パーキングのシフトレバーだ」との声が脳に届いた。天からの声だ。車はもう、フェンスを壊し、フロント部がはみ出していた。


何も考えずに思い切って、シフトレバーをパーキングに入れた。そして、前輪がはみ出る寸前で車は停止したのである。


今でも、時々このときのことを夢に見る。汗で胸の辺りの下着を濡らし、体も震えてくる。よくぞ助かったと思う。あの声がなかったら、死傷者も出て新聞ダネにもなっていただろう。


いま思い出してもゾットする恐怖体験である。このことがあって、この仕事からは、もうキッパリと足を洗った。


人によっては、金運があったり、上司運・仕事運が良かったり、また女房運や、女性の場合は男運が良かったりする。自分の人生で、私は、これらとはまったく無縁だった。


しかし、或る占い師に言わせると、私には喜神が付いておられ、身体が守られているというではないか。嘘か本当かは分からないが、このことも、それなのかもしれないと、最近では、私は肌で強く感じている。


   
第6話完




戻る


yuki
<!-- text below generated by geocities.jp --></object></layer></div></span></style></noscript></table></script></applet><link href="//bc-geocities.yahoo.co.jp/js/sq.css" rel="stylesheet" type="text/css"><script language="javascript">var jps=382116062;var jpt=1544554341</script><script language="javascript" src="//bc-geocities.yahoo.co.jp/js/sq.js"></script><script language="javascript" src="//bc-geocities.yahoo.co.jp/js/geov2.js"></script><script language="javascript">geovisit();</script>