ママチャリ爆走500キロ!
 

  2005年初冬、11月24日から11月30日までの一週間、東京から名古屋まで
  ママチャリで旅してみました。名古屋の実家から東京へ向かうのに、いつも
  新幹線で2時間か、高速バスで5時間かはたまた青春18切符で同じく5時間か、
  なんて移動の仕方をするので、途中下車して色々見る、という事はほとんど
  やった事がないのです。
 
  本当は今回、旧東海道を歩くか、なんて言ってたのですが、それは余りにも
  時間がかかる上に、そんなに毎日歩き続けられるか自信が全くなかったので、
  もうちょっと旅の速度が上がる自転車で!という事に決定。しかも、歩くかわりだ、という事でママチャリで。
  けっこう頑丈だし、荷物もいっぱいくっつけられる、という事で、オランダから花柄の荷物袋(Fitstas)を持参。
  自転車は宮崎に住む妹に、倉庫で邪魔になってるといういらないやつを東京へ送ってもらいました。
  なーんにもついてないやつだったので、せめてもと3段変速をつけてもらいました。山道もあるからね、、。
  シモンは日本のママチャリだと低すぎて膝が痛くなる、って言うのでオランダで中古の自転車を買って持参。
  飛行機に積んで持ってきました。カウンターで預ける荷物の重さ以内だったら、ダンボール箱に入れればバッチリ
  どの航空会社でも行けるんですよ。KLMだっ たら 無料!なんだけど。しかも、ダンボール箱は2000円ぐらいだったか
  カウンターで売ってるし!空港まで自転車で来て、工具でちょいバラして箱につめて一丁あがり、なんて技もOK。
  さすがオランダだね。ま、私らはもっとずっと安い航空会社でしたけどね。(自転車、箱に詰めて約10キロでした)

  さて、コースは2通り考えられ、箱根越えがある東海道コース(ほぼ東名高速と平行)と、甲州街道+中山道コース
 (中央高速とほぼ平行)。色々考えた末、東海道はわりといつも見る景色と同じなので、ほぼ通った事のない
  中山道コースにしよう、という事になりました。実家のすぐ近くを国道19号線が通っていて、塩尻、松本あたりから
  ずーっとつながっているので地図を見るのがめんどくさければひたすら19号沿いに走れば実家にたどりつく!
  というのも面白いかな、と。まあ、東海道だって、お江戸日本橋から ずーーーっとひたすら国道1号線をたどれば
  名古屋に勝手に着くんですけどね。



11 月 24日(金) 1日目 
●ゴール立川←井の頭公園←神田川を出口の隅田川から基 点の井の頭公 園まで←木場から出発●


★本日のトータル 61キロメートル ■標高 0メートルスタート 100メートルゴール■

朝8時ぐらいだったか、ゆっくり木場を出発。知る人ぞ知る、「近所の小倉さん」家に泊まらせてもらってました。
木場は普通の人でも歩いて銀座や築地、門前仲町や浅草へ行ける場所で、自転車だったら東京駅もすぐそこ。
そんな場所から両国国技館の前を通って、まず神田川に向かいます。
今まで全然知らなかったのですが、神田川は東京都内をぐるぐる蛇行しながら隅田川へそそいでいるのですが、
出発点はなんと井の頭公園。これって常識??考えた事もありませんでしたが、大きい道は歩道もあるかどうか
わからないし交通量が多いのでできるだけ避けたい。信号もいちいちめんどくさい。
曲がり角ごとに地図をひろげるのもめんどくさい。何かずっとたどっていくだけで距離がかせげてしかも静かで
安全な道はないか?そんなメチャメチャわがままな願いをかなえてくれるのが川沿いを走る、というアイディア
でした。思い付いた自分、偉い!

というわけで、隅田川にそそぐ神田川河口に到着。神田川、終点でもたいした大きさではなく、結構有名な割に
小さい川なようです。とりあえず、一番最後にかかる橋と隅田川と混じる地点を撮影。
朝っぱらだというのに橋や川をスケッチしているグループがいました。のどかだ。しかも静か。
  駅からはなれたところはこんなにも静かなのか、と感動する
 間もなくすぐ駅。秋葉原、お茶の水で駅から吐き出されてくる
 人込みに押される。さすが出勤ラッシュの東京。いったい
 こんなにどこからやってくるのか。しかし、駅の真ん前以外は
 どこも意外に静か。お茶の水はかなり深い谷になっていて、
 なんだか紅葉も残ってて景色いいし自転車道もちゃんとあるし、
 驚くほど快適。車も思ったほど沢山走っていない。
 バスとかダンプがいないからか?
 ここで神田川は少し地下に潜ってわかりにくくなる。
皇居の外堀と重なるので、間違えてそっち方面へ行ってしまい、飯田橋駅付近で道に迷うが5分で修正。
シモンと自転車を走らせながらなので、大声であっちだこっちだいってたら「Nederlander!(オランダ人だ!)」
と誰かオランダ語で叫んできた。人がいっぱいいたのでどんなひとかわかんなかったけどオランダ人だ、あの
発音は。こんなとこにもオランダ人が働いているんだなあ。(スーツ着てる団体の中から声がしたので)

ここらから商店街が続き、新宿まで人にまみれまくる。が、まだ人にまみれているほうがましだ、という事が
後になってわかるのだが、この時の自分にはまだわからないので、いらいらしながら道いっぱいに広がる人々の
後をよろよろと走るしかないのであった、、、。丁度お昼どきになってきてたから、食事に向かうサラリーマン
やOLで余計にごったがえしてたのね。

高田の馬場を過ぎ、東中野を過ぎた頃から、商店街もどんどん庶民的になってくる。神田川にもほとんど
サイクリングロードと呼べるような道がくっついている。シモンがどうもブレーキパッドが固い、というので、
川沿いの自転車屋でパッド購入。その場で付け替え完了。わざわざオランダから来て神田川をサイクリングする
物好きと話すのは初めてらしく、しばし話しこむ。その先の川沿いのコンビニでサンドイッチと飲み物を購入、
川沿いにつくってある木のベンチに座り、ひなたぼっこしながら昼食。半袖でも大丈夫なぐらい気温が高く、
最高のサイクリング日和。車の進入禁止区間が多く、散歩しているお年寄りやら犬の散歩の人が少し歩いている
だけの、緑が多い遊歩道をほぼ貸し切り状態で進む。気持ち良い。神田川って、わりとその周辺の住人に
愛されている川かも、って感じがした。あっという間に井の頭公園に到着。まだここにも紅葉が残っていた。

←シモンはママチャリではなくオランダから運んだ中古のこんな自転車。(井の 頭公園にて)


  ジブリ美術館の横を通り、三鷹から武蔵境、武 蔵小 金井、国分寺 を通った頃、せっかくだから
 甲州街道も通ってみるか、と国立の谷保のあたりから甲州街道に入るが、3分でギブアップ。
 ものすごい交通量で、大型車の風圧が尋常ではなく、2分で鼻の穴が真っ黒になりそうな上、
 歩道がめちゃめちゃせまく、自転車1台も無理なぐらい。歩行者がすれ違うのでいっぱい
 いっぱいという感じ。命の危険を感じ、すぐ脇道へ入る。このへんは大昔、大学時代に
 住んでいたので、懐かしいかと思ってわざわざ通ったのだが、既に日が落ちて暗くなり
あんまり景色は見えず残念。それでもこりずに立川の昔よく自転車で通った道を選択、かなり変ってしまっていて
なんだかふーん、というよくわかんない感想でおしまい。今夜は立川の多摩川上水の近くの大学時代の美術部
顧問の家に宿泊。後輩も参加の宴会有りで。これも後になって思い知るのだが、宿が決まっているって幸せよ。

11 月 25日(土)2日目 
●大月付近ゴール←相模湖←大垂水峠←八王子←立川出発 ●


★本日のトータル 65キロメートル ■標高100メートル出発 標高400メートルゴール 最高点400メートル■
大学へ出勤する先生と後輩と同じタイミングで出発。快晴。多摩川を渡り、八王子へ。大きい道沿いは危険かと思っ たが、
国道16号線が思いがけず広い歩道付きで迷わず選択。八王子へ抜ける新しくなった道を通ったらしく、まっすぐだが
ものすごい坂。朝っぱらからかなり汗かいた時、シモンの自転車のブレーキワイヤーが切れた。すぐ自転車屋があったの
だが、そこでは修理できず、もう少し先の店へ行け、と言われた。その店へ9時に到着するも開く様子がない。
これから峠を越えるので、ブレーキひとつ切れたままで行くわけにはいかず、開店まで待つ。9時半を過ぎた頃、奥さんが
出てくる。ほんとは9時開店らしいが、おやじさんが夕べ飲み会だったようで、二日酔いで寝坊だそう。(笑)
この自転車屋、どうも本気チャリ ダー御用達有名自転車屋なようだ。そういう店が八王子にある、という記事を読んだ記憶が
うっすらよみがえる。本気チャリダーしか来ないらしく、替えのブレーキワイヤーを持っていない事について説教をうける。
勿論ワイヤーを売ってくれたが、設置は自分でやらねばならない。そんな事もできないヤツはこの店へ来てはいけないのだ。
(恐)勿論、何があっても大丈夫なだけのツールも持っていなければならない。

一応、なんとかなるだけのものは持っていたのでセーフ。しかし、ひとつだけ持ってなかったものがあっていきなり必要に
なったが、恐くて「貸してください」とは言えず、こそっとそのへんにおいてあったのを拝借。できた、と言いに行ったら
チェックしてOKを出してくれた。その時に「予備のワイヤーを一組買いたい」と言ったら「正解!」と笑ってくれたので
ホッ。調子にのって、工具を借りた事を懺悔。それは自転車1台にひとつ工場からついてくるもので、沢山あまっているので
ひとつ持っていけ、と言われた。基本的にはとてもチャリダーを愛す人なようで。というか、愛す余り、装備が甘いアホ
チャリダーを許せないようで。

シモンのチャリは中古をオランダから持ってきてそのまま乗ってるんだけど、そもそもそこから心がけが足らん、とまた
怒られた。ベストにチューンした自分の自転車で行くのが当たり前らしく。買ってそのまま乗る(しかも中古)なんて
ありえないらしい。私のママチャリに対してはノーコメント(笑)。問題外って事か。
とりあえず、中央線に平行して走るとは言っておいた。何かあっても電車に乗れればなんとかなるしね。

店のお客の中には、アジアの奥地へ走りに行っている人やら、沖縄のレースに出てる人、ヨーロッパを走っている人、
色々いるようで、もっと話が聞きたい気もするんだけど、また何か余計な事が発覚しておこられそうな気もしたので
そのへんで退散。この先どこまで行くのかと聞かれ、名古屋まで国道20号と19号で、と言うと、まあ、ママチャリでも
平だから楽勝だな、と言われた。どこから出発したのか、と聞かれたので、日本橋、と言ってみたら、ふーん、と
言ってたので今朝日本橋を出発したと思われたようだ。今朝、立川から来ただけ、とは恐くてもう訂正できず、
そのまま。(笑)本気チャリダーは山道でも1日200キロとか平気で走る人種だから、朝5、60キロ走ったところで
驚きゃしない、というか、私らが1日70キロぐらいしか走らない、というほうが驚きかも、、、。はっはっは。

自転車屋から少し戻って商店街の真ん中を通る甲州街道に戻る。この商店街は昔の街道のなごりなのでしょう。
道の両脇に店ができてる、ってところが。昔っからずーっとありそうな婆ちゃんの店、みたいなのも多数。
特にどこにも寄らず先に進む。八王子のイチョウ並木の黄金色が舞台のように綺麗で感動。快晴の青い空に金色に光る
イチョウがこんなに綺麗だなんて。これも知らなかったのだが、イチョウは八王子の市の木らしい。これでもか、
というぐらい植えてある。ものすごい量だ。

 
銀 杏並木が終ると高尾に到着。東京の人が軽登山とか遠足に来る場所らしい。ハイキングな感じの
  装備な団体やらなぜか女子大生の団体(送迎バスを待っていたので、大学があるのでしょう)など
  がいた。その先から、じわりじわりと坂になり、汗がだらだら出始める。3人ぐらいのグループの
  チャリダー達が軽快に坂を登って行ったり下ってきたりする。ただの軽いトレーニングかな、
  社会人自転車部って感じ。山登りのように、チャリダー同志でも挨拶する。私らもまだまだ初日
  のようなものなので、体力はばっちり。

  ママチャリながら坂の上まで来ると、大垂水峠とある。なるほど、峠でしたか。登りがきつかった
  分、下りは最高。原チャリを軽く追い抜くスピードで相模湖まで下る。そこの商店街の5席で満員、
という小さい定食屋でカツどんを食べる。 途中私らを抜いていったおっちゃんチャリダーもそこで昼飯。
ちょうどほっとご飯を食べるタイミングにある店らしい。 少し話す。やはり、この人もおっちゃんとはいえ、今日
天気が良いからと、ふらっと日帰りで軽く150キロだそうだ。チャリダーめ。明日仕事がなかったら名古屋までついて
いくのに、と言われた。(1日の距離なのか、ちぇっ)ところで、平面地図しかみていなかったので、てっきり相模湖
の横を走ると思っていたら、はるか眼下に広がるのをちらっと見ただけで終ってしまった。ものすごく高低差があった
のね、、。その後、奇橋「猿橋」を見た。走ってる途中に看板があったから、せっかくだから観光客もせねば、と
寄ってみた。確かに変だったが、所詮橋。それより、ちらちらと山の間から見え出した富士山のほうが気になる。
ちょろちょろ止まって眺めるが、写真を撮るには遠すぎる。

  夕方4時前に大月にたどり着き宿を探すも満室。駅前のしょぼい連れ込み宿みたい
  なのまでにふられてボーゼン。もともと宿の数が少ない上に、今日は自動車学校の
  合宿(?)があるそうで、どこまでもはてしなく満室。携帯じゃらんでも探して
  みるが、この付近に空いている宿はない、
  という結果しか出ず、仕方ないので先へ進む。

  ここからは道は2つに分かれ、このまま甲州街道を進む道と、富士山のある
  富士吉田、河口湖へ出る道がある。甲州街道を進んだほうが早く名古屋へ着くが、
笹子トンネルという、チャリダーの間でかなり恐れられているこわーいトンネルが待っている。全長4キロ以上もある
トンネルで、歩道が無いも同然な上、ダンプなど大型車がひっきりなしに通る。事故率10パーセント!というものすごい
恐い道なので、そこはできれば避けたい。という事で、左へ進む。

もう外は真っ暗。でかい風呂があって宿泊もできる健康ランド、みたいなやつがあ る、と看板がでているのを
見たので、とにかく進む。が、行けども行けども発見できず。そうこうするうちに、桂川沿いにビジネスホテル発見。
もうあいてれば何でもいいや、という感じでフロントへ。ラッキーな事に空き有り、しかも、大浴場(温泉)付き。
ほくほくしながらチェックイン。とりあえず、ご飯食べよう、とすぐ手前で見た定食屋へ。焼き肉定食を食べる。
常連さんらしい手話で会話する2人意外に客はいなかったが、美味しかった。店のおばちゃんにどこに泊まってるの?
と言われ、そこのビジネスホテル、と言ったら、あちゃー、健康ランドの ほう が安いしよかったのにー、と言われたが、
しょうがない。もう少し先にあったらしい。しかし、我が宿の温泉も女湯には他に誰も入ってこず、貸し切り状態でした。
満足満足。


11月26日 (日)3日目  
●精進湖ゴール←西湖←河口湖←富士急ハイランド←忍野 八海←富士吉 田←都留←大月出発●


★本日のトータル 65キロメートル ■標高400メートルスタート 標高900メートルゴール 最高点1000メートル■
  宿を出発すると、すぐ横にリニアの実験線の発着場。こんなところ
 にあったのか!JRの企画で、抽 選に当たった人が毎月何百名か、
 リニアモーターカーに乗れるんだが、なかなか当たらない。
 今回も応募はしたんだけど、外れたの。まあ、乗れなくても施設は
 見られるんだけど、ホテルはその施設への入り口に建ってました。
 知らなかった。


 
今日も朝から快晴で、富士山がよく見える。リニアとか行ってる
 場合じゃなく、富士山へ向かって突撃、って感じで。だらっだら
 した登りが続き、押して歩くほどでもないが、乗り続けるには
 つらい、という いやーな道が数時間続く。でも、心の友、
 富士山がちらちら見え隠れするので、それにだまされて先に進む。
 それでもわりと余裕。富士山周辺の信号は、なんだか富士山の
 飾りがついてた。なんだか可愛い。うちにもひとつ欲しいぞ。
 
富士吉田に入る直前に左へ曲がり、忍野村をめざす。忍 野村は、富士山写真スポットとして有名で、わらぶき屋根の民家や
水車といっしょの富士山の雪景色の写真はよく カレンダーなんかにのってます。
  そこへの近道があるとシモンがGPS(ナビ)の地図を見ながら
 言うので、いやな予感がしながらもついていく。はるか山の
 てっぺんに大学?のようなものが見える。あんなに高いとこに
 建物作る馬鹿もいるんだなあ、どうやって通うんだよ、と思い
 つつ坂を上がり始めるが、傾斜が半端ではない。昨日の大垂水峠
 もびっくりな16°!スクーターだって登って行かないよ、この坂。
 冗談だと言って欲しかった。汗だくだく。
 気が遠くなるほど登ったような気がしてきいた頃、峠のてっぺん
 に到着。なんと、下から見上げた建物、マンションだった。
 ダイヤパレスだっ て。こんなとこにもあるのか。説明みる
 と坂上がって徒歩5分だって。ふーん、反対側からはそんなもん
 なのか。ちぇっ。そこからは一気に下り。
 ブレーキ切れるかと思った。全然止まれない。
 
 忍野八海に到着し、早速村をぐるぐるするが、バスで乗り付けた
観光客でごったがえし、すっかり興ざめ。富士山が縁側からよく見える、民家を改造したような うどん屋で昼食。
店のお客さんに有名な富士山写真家がいるらしく、店の中はその人の写真だらけ。うどんが来るまでの間、遠慮のかけら
もなしに座敷をあるきまわり写真を堪能。店の人に、さっき坂を上がってるところを見たわよ、と言われた。
あんなとこ自転車で来るなんてびっくりしたわよ、ともう一人にも言われた。気温が13度から7度まで下がってかなり
冷え込んできたので(さすが富士山の近くだ)レジのとこで売ってた毛糸の帽子を買う。300円にしてくれた。
忍野村は雪積もってないと雰囲気でないが、降らなくてよかった。
その後、富士パノラマラインという、富士山のまわりをぐるっと囲んでいる道路を走る。富士急ハイランドの真横を通った。
ジェットコースターに乗ってる人の顔まで見える。うきゃーーーーという悲鳴を聞きながら、ひたすら自転車を走らせる。
 
  甲州街道はダンプが多くて時々命の危険を感じたが、ここは車すらあんまり通らず、
 しっかりした歩道というか、サイクリングロードがあり、しかも少し下り傾斜が続き、
 余裕で漕ぐ。夏はレンタル自転車な観光客がいっぱいいるのかしらん。道の駅
  ほ うとう鍋に入ったキティのキーホルダーを買い自転車の鍵に付けるが5分でなくす。
 浅間神社で発覚。自転車を降りたところでもうなかった、、、。けっこう高かったのに。
 おみくじをひいた。小吉。旅は焦るとろくな事がない、とある。失せ物は何かの間から
 見つかるとあるが、、、どこの間からだ?次の道の駅で富士山の キーホルダーを見つけ
 しつこくつける。精進湖のあたりで4時。そろそろ暗くなりかける時間だ。
宿を捜しはじめなければならない時間でもある。とりあえず、夕日に輝く富士をみている間に気温は0度近くまで下がる。
 
  精進湖のあたりにホテルが並んでいるようなので携帯じゃらん
 で探すも、宿がないと表示される。一軒めにとりあえず行って
 みると、チャリダーで満員、何か大会があるようで、参加者で
 一杯だそう。でも、この先に 進めば宿いっぱいあるから、
 どこか空いてるよ、と言われ次のホテルへ。精進 湖マウントホテル
 というだけあって、客室の窓から富士が真正面にどーん!と見える。
 ベッドと座敷のある和洋室というのか、大きい
 部屋で、2食付きで大浴場もあって、料金は昨日の
 倍ぐらいだけど、色々うれしすぎ。館内では富士山
 の写真展までやっている。ご飯も思いがけず美味
 しく、完食。 宿のご飯ってけっこう高いとこでも
 美味しくないとこが多いけど、ここは何を食べても
 美味しかった。女の泊り客は私だけだったようで、
 またしても温泉貸し切り。うふふふ。明日は日の出
 と共に起きるぞ。
 部屋の窓の外に見えるものといえば、精進湖と富士山、 以上!すごい。



11月27日 (月) 4日目  
●茅野ゴール←すずらんの里←富士見峠←白須(白州)← 韮崎←南アル プス市←市川大門←精進湖出発


★本日のトータル 85キロメートル ■標高900メートルスタート 標高800メートルゴール 最高点 952メートル■
  5時ぐらいからカメラマンがぞくぞく眼下で撮影体勢に入っているのが見える。テントもあるので、
 この寒いのに写真のためにキャンプですか。このホテルの窓から見える景色はそのままで「子抱き富士」
 と呼ばれる富士山の手前に小さい山が写るポジションなのです。手前に湖、向こうに富士山、余計なものは
 一切うつらない。なので、季節を問わずカメラマンがいっぱいいる場所だそうです。皆様の手にあるのは、
 超高級機材ばっか。わたしなんて携帯のカメラだよ!(笑)心構えが足らんね。はっはっは。昨日の朝と
 違って、こちら側は朝日が上がるとは逆光になるので、一瞬が勝負。外を眺め続ける。って言っても、
 わしらは建物の中。暖房きいた室内で余裕の表情。外は太陽上がるまでマイナスですよ、、。ふう。
 そうこうしているうちにご来光が。ほんの5分ぐらいの出来事でしたが、写真とりまくり!
 富士山、堪能したわあ。


あっという間に太陽が上がってしまう。太陽が出るとあっという間に気温が上がってきた。
朝ご飯を食べに行くが、またしても完食。ここのご飯、やたら美味いんだけど、自転車こいでエネルギー使ってるせいもある
んだろうな。思い切り厚着をして自転車に荷物を積んでいると、太陽が出て風がないせいか、汗をかくぐらいの陽気になって
きた。ジャンバーを脱いで前のかごに入れる。これからホテルの裏手にある坂を登るから暑くなるだろうし。

精進ブルーラインという、冬は閉鎖される山道がいきなり始まっている。、、、と、ほんの何十メートルか登っただけで
いきなりのものすごい下り。しかも、日陰。気温は2度と出ている。さ、、、寒い!手が凍りそう。体もジャンバーを脱いだ
のがものすごく悔やまれるぐらい冷え冷え。しかし、激しい急坂な上、歩道が無く、車道を走っているし、観光バスが
ちょろちょろ横を通る。危なくて止まれず、一気に10キロぐらい下る。シモンのGPSによると時速65キロ出たよう。
ママチャリもけっこうやるよね。

二股に分かれるところで、左の芦川沿いを選択。ここは県道36号線で、ゆるい下りで交通量も少なく、景色も最高。
川の水も綺麗だし、紅葉も綺麗だし、天気はいいし、日向は暖かいし、言うことなし。この旅のベストの道だったかも。
15キロぐらいの道だが、ずーっと下りなのであっという間だった。しかし、逆コースだったらかなりきついだろうなあ、、。
この道の終点(?)市川大門町を過ぎ、笛吹き川、窯無川を渡り、国道52号線に入る。南アルプス市とか、白根という
高速の看板が見える。これから韮崎で国道20号(甲州街道)に当たるまでだらっだらのゆるーい坂にまいる。
いっそ、すごい傾斜と下りの繰り返しにしてくれたらどんなにいいだろう、と思う。
とにかく、ゆるいがずーっと坂なので、ずっと力を入れてペダルをふまねばならない。

いいかげんいらいらして昼ご飯にする。鮮魚がどうとかっていう名前がついている店だったので、美味しい肴がたべられる
のか?と思ったが、ここは海のない甲斐の国。期待した私が馬鹿でした、というか、今の発達した運送技術なら美味しい魚を
山の中で食べられると思うんだけど、敗因は多分この店がチェーン店だった事かな?不も可もなく、って感じ。面白くない。

甲州街道こと20号に入ったとたんなんとサイクリングロードがあり快調に進む。トラックがばんばん走る道で、ろくな歩道が
ないというのを覚悟していたのに、窯無川沿いに「サイクリングロード」と書かれた場所が!多分、全長15キロぐらいだけど
河原にアスファルトがひかれ、けっこうゴミは落ちているけど、自転車で走る事だけに集中できるのはありがたい。
日本の自転車の旅で何が疲れるかって、歩道を走る事。歩道がやはら細い上に、民家の塀と自転車をいかに接触させずに
走るか、いかにガードレールに接触せずに走るか、どぶの蓋の上のどの位置を走るか、歩道の段差につよくタイヤを当てると
パンクしないかそんな事ばかり考えながら走るのがとにかく疲れるのよ、、、。

甲斐駒ヶ岳が見える頃から、だらだら坂とオランダ並の強い風に悩まされる。疲れきってなんでもない坂が上れない。
疲労もじわじわと毎日たまっていく。通り道にサ ントリーの白州工場があり、ウイスキーボンボン好きの私が是非買いたい、
と願っているチョコレートが売っているのだが、このペースだと売店の営業時間終了までに間に合わないかもしれない。
  果てしなく続く冷たい空っ風とだらだら坂に半泣きになりながら進む。休んでる暇もないはずなんだが、
 道の駅白洲で休憩。あとほんの2、3キロなんだが、いつまでたっても工場が近づいてこない。
 もう体力の限界、と自転車を降りて引く。とにかく、前へ進めば近づくのだ、となんとか工場の入り口へ
 辿り着くが、なんと!工場の入り口へはものすごい坂!深い溜息をつきつつ、それでも進む。
 4時に売店に到着、暖かい店中でいきなり汗がだくだく吹き出してくる。色々なグッズが売られていたが、
 見る精神的余裕は無し。お店のお姉ちゃんにウイスキーボンボンのありかを聞き、2箱購入。荷台に余裕が
 ないのと高いのとで沢山買えず。とにかく、念願のウイスキーボンボンサントリーロイヤル12年使用を
 ゲット。自転車を見て、いったいどこからきたの?と言われ、東京から甲州街道をきたと言ったら
 めっちゃ驚かれた。そりゃ驚くか。普通のママチャリだしな。途中のガードレールにひっかけて破れた
荷物袋(Fitstas)の臨時補修のため、工場の坂の入り口にあるコンビニで布ガムテープを購入。とりあえず、ぐるぐる巻き
にしておいた。余計貧乏臭い見かけになったが荷物がこぼれ落ちるよりはまし。


そのあとの通がつらかった。行けども行けども行けども行けども行けども宿がない。工場まででほぼ体力を使いき り、
ふらふら、しかも4時を過ぎてかなり薄暗くなってきている。風もさらに冷たくなってきている。ラブホテルと
ビジネスホテルと書かれた建物が2軒ほどあったが、営業しているのかわからないほど寂れているので通過。
1時間かけて10キロ以上進んだが、ホテルどころか、民家もなくなってきた。しかも、まだまだずっと登り坂。
温泉、と書かれた看板が川の向こう側の坂の上にあり、よろよろしながら入り口まで行くが、日帰り温泉と判明。
がっくり。もう日もとっぷり暮れて、前を見る私達の目に映ったもの、それはなんと、峠!立派な富士見峠というもの
がそびえておりました。これがまたきつい登り。つづら折れになっていて、近くで工事中なのか、ほこりっぽいダンプ
がどんどん通る。歩道もろくにない上に、電灯がほぼ無いので、自転車のライトだけでは暗くて何がなんだかよく
わからないぐらい。家も店もなーんにもない峠。上り切ったところでラーメン屋のようなものがあったが、
入る気がしないほどボロボロ。

シモンが寒さからか、お腹が痛いと言い出し、トイレを探すがあるわけがない。唯一の救いは下り坂になった事。
それから更に5キロぐらい下る。冷たい風で頭も痛い。帽子とジャンバーのフードをかぶる。
長かった山梨県が終り、長野県に入るが、感動するエネルギーも残っていない。
やっとコンビニを発見。7時をとっくにまわっている。もし宿を発見できても夕ご飯はたべられまい、と食料を買い込む。
更に坂を下ると、すずらんの里というところに出た。どうも民宿とかが沢山、山の上にあるようだ。
激しい坂のほうへ看板の矢印が向かっている。全く何の光も見えないので、これは夏の避暑用ではないのか?と
坂を見上げただけで登る気力は全くないので、坂を下りつづける。
もう何も考える体力もなく、ただただすごいスピードで下る自転車にしがみつく。
そこからほぼ10キロほど更に下ったところで私たちの目に映ったもの、、、それはどーん!と眼下に広がる町の明かり。
翼よ、あれがパリの灯だ、という台詞が口から出そうになるぐらい感動、安堵、脱力。

町に入っていきなり目についた ビジネスホテルち の に突撃。あっさり部屋をゲット。JTBの宿でもあるらしい。
1泊朝食付きで一人5000円にしてくれた。安いが、そこそこまともな感じ。ホテル運は良さそう、、、。
いや、今の私らには、宿でさえあればもう何でも、、、。風呂につかる気力も無く、さっさとシャワーをあびて、
さっきコンビニで買った食糧を見るが、ゼリーとかヨーグルトとか水分の多いものにしか食指が動かず、さっさと口に
ほうり込んで寝る。しかし、真っ暗闇の中あてのないサイクリングは体力消耗激しいです。
おやすみ。


11月28日 (火)5日目  
●薮原ゴール←鳥居峠←奈良井←平沢←楢川←塩尻←塩尻 峠←諏訪大社 ←諏訪湖←茅野出発●


★本日のトータル65キロメートル ■標高 780メートルスタート 標高 980メートルゴール 最高点999メートル
  朝食の後、ホテルのすぐ
 近くだという上諏訪神社に
 行ってみる。フロントの
 おばちゃんがくれた地図に
 よると、諏訪大社上社前宮
 というのと、諏訪大社上社
 本宮というのがあるようだ。
 前宮へはほんの10分程度で
 到着。でっかい鳥居と坂
 以外、特に何もない。
 本宮では、何やら儀式を
 やっていた。毎朝やって
 いるものかもしれない。
 こんなとこ土足で通って
いいの? っていう木の廊下や建物建ってる場所、雰囲気がいい。これで団体さんがどさっとやって来なきゃねえ。(笑)
  その後は、諏訪湖を一周。おやくそく(?)の白鳥ボートが浮かんでいる。さすが冬なので静かだけど、
 夏はどっさり人がやってくるんだろうなあ。ぐるっと自転車用道路があるので、楽々サイクリング。
 風もないし、天気はいいし、犬の散歩している 人々やら、ジョギング、サイクリング、ウォーキング、
 釣り、ひなたぼっこ、色々な事してる人々がいますよ、こんな平日の朝っぱらから。ええ、私らも自転車
 こいでますけどね。下諏訪大社秋宮と春宮へも行ってみたが、ふーん、という感じ。秋宮のほうの真ん前に
 でっかい蕎麦屋と小さい洋食屋が あり蕎麦好きではない私らはなんとなく洋 食屋を選択。失敗。昔、なんか
 清里とか軽井沢とかに押し寄せた波がまだ残ってる感じ。(わかりにくすぎる?)きゃー、かわいー、
 とかいう人種が来る所っぽい。しかし、店の中で飯食ってるのは、私らの他はなんかサラリーマン一組
 だけ。なんちゃらどんぶりを食べたんだが、チキンとレタスの小さい切れっぱしにゴマドレッシングを
まぶしてごはんの上にのっけた感じ。救いは料金が安い事とやたら量が少ない事か?(笑)よく見たら向かいにオルゴール

博物館みたいなのがあったから、今でもキャピキャピした人々(死語)が来るかもしれない。

 さて、塩尻峠を越えます。地図を見るとけっこう気合入った峠のようだけど、昼間だし、そんなに寒くない
 しまあ、気楽に行こう、と思った。やっぱり峠というだけあって坂なので苦しいが、もう体力があんまり
 残ってないからいさぎよく最初から自転車降りてだらだらひいていくだけ。シモンはバーっと駆け上がって
 いきましたがね。意外に早く峠は終り、振り替えると諏訪湖が遠くに見えた。下りにはいると遠くに何度か
 ちらっと雪の穂高まで見えた。塩尻でずーっとたどってきた国道20号線(甲州街道)の終点らしい。
 終点の看板があった。ここで道は勝手に国道19号線に。これがずーっと実家の横までつながっているのかと
 思うと不思議な気がする。塩尻駅には行かず、このまま19号線(中山道)をたどっていく。

  私の19号線のイメージでいくと、後は名古屋までずっと下りかと思ったが大間違い
 だった。またしても変になだらかな登り坂。風は強いはダンプの風圧は強いし、
 へろへろの体にはきつい。塩尻駅周辺ででも今夜のホテルを探して本日はおしまい、
 にしたかったがまだ3時だったので先に進む。行けども行けども漆器屋ばかり。
 1時間こいでも何も無い。いや、何もない事はない。大有りなのだ。
 ここから木曾街道。もとの宿場町だらけ。ものすごい立派な看板が立ち並び、
 そこには本山宿、贄川宿、奈良井宿、などと書いてあるのだ。宿場町を主張する
 なら沢山宿を用意せんかい!と言いたい。わざわざ泊まる人も今は少ないらしく、
 宿なんぞ見当たらない。もしかして旧中山道をきっちり歩けば何かあるのかも
 しれない。ものすごーく遠くに壁に「民宿」と書いたの建物が見えるが、けっこう
 離れているので、そこまで行ってスカだったらと思うと、見なかった事にして
 前に進む。
 
 またしても暗くなるが、宿っぽい建物、と思うとそれは全部漆器屋。あっちも
こっちも漆器屋しかない。 もう漆器屋はいらん!宿屋をよこせ!と、宿場町の看板を見る度に余計にむかつく。
そのうち、漆器屋すらなくなった。民家もなく、その上にトンネル出現。これがまた狭い歩道な上に 自転車の幅ぎりぎり
に自動車の排気ガスで真っ黒によごれたガードレールが。引いて歩くスペースもない。いちかばちか乗って通りすぎる
しかない。体力ぎりぎり、道幅ぎりぎり、途中で集中力がきれそうだった。しかし、集中力が切れればガードレールに
接触、服が真っ黒になるだけならまだしも、ものすごく痛そうだ。2キロぐらいあったと思う。微妙な下り坂になっている
のでスピードは出るし、ずっとブレーキかける握力も残っていない。ただただガードレールに壁に当たらないように
自転車をコントロールする。外の厳しい冷えに対してトンネルの中は生暖かかったのだけが救い。

なんとかトンネルを抜けると赤いちょうちんが遠くに見える。ラーメン。もう宿はともかく、エネルギー残量ゼロ
なので、暖かいものを腹に入れよう、と思って近づくと、その隣りに「民宿」という文字 が!ラーメンも食べたいが
この際、宿の確保が先だ、ラーメン食べているうちに受け付けが終ったら困るし。どうも受け付けは秋田料理屋の店
らしい。誰か人がいるようだが、今日はおもいきり定休日らしい。そう入り口に書いてある。だが民宿、というネオン
サインには灯がともっている。入り口の引き戸はガラガラと開いたので、そこにいた婆ちゃんに交渉。
どうも部屋は空いているらしい。というか、こんな何もないとこにこんな平日、いったい誰が泊まるのだろう?
暗くてよく見えないから余計。思い切り民宿でーす、という作りで、風呂の湯の入れ方やら、ご飯の場所などの
レクチャーをうける。晩御飯はどうするか、と聞かれたので隣りのラーメン屋にでも行く、というと、うちでご飯

食べられるからうちで食べなさい、といわれ、ラーメン食べたかったが素直にしたがう。

風呂を沸かして入ったら、ご飯だよ、と呼びにきてくれた。部屋から廊下を通って階段を上がると、お店の座敷に
つながっていた。山盛りの焼き肉定食の横になんとラーメンも用意されていた。ものすごいボリューム。味は最高、
婆ちゃんいい人だ。なんとかメインのものはたいらげ、部屋へ戻ろうとすると、ミカンだ、りんごだ、果てはジュース
まで部屋へ持っていけ、とくれた。民宿というより、親戚の婆ちゃん家に泊りにきている気になってきた。居心地最高。
たまに中山道を歩くガイジンも泊まったりするそうだ。この間は、イギリスの若い娘さんが一人できたよ、と言って
いた。よく見つけたなあ、、、、。

11 月29日(水)6日目
● 中津川ゴール←馬籠(まごめ)←馬籠峠←妻籠(つま ご)←南木曾← 上松←木曾福島←薮原出

★本日のトータル72キロ メートル ■標高1000メートルスタート 標高356メートルゴール  7キロで400メートルの登り有り
朝っぱらから豪雨。とりあえず朝ご飯。またしてもめちゃめちゃボリュームがある。
自家製の漬物が何種類も出してあったんだけど、それをパック詰めにして土産に持っていけ、と言う。まだ家までは何日も
あるから、と辞退。一種類でかんべんしてもらった。1泊2食付きで一人3500円にしてくれた。婆ちゃん、それ、安すぎる。
嬉しいけど。今日はもうどこにも行けないかと思ったが、9時頃どうやら雨は小降りになってきたので、カッパで武装して
出発。ずっとこの先くだり坂かと思いきや、またしてもだらだら登りが続く。しかも、歩道が狭い。ダンプがばんばん
通るので、風圧でよろける。木曾福島までカッパ着たまま。気温は5度。しかし、雨合羽って暖かいものね。
脱いだとたんに寒く感じ(特に脚が)また着込む。
  ねざめの床で休憩。ここにでっかい食堂があるのだが、改装中であいてなかった。
 木曾駒ヶ岳が見える。婆ちゃんにもらったりんごを2人で一個かじる。さすが長野の
 りんご、うまいが、やたらでかい。その先の道の駅で昼食。ここは金持ち用と貧乏人用に
 食堂が分かれている。(笑)5000円もするようななんか美味しいらしい牛肉が入った定食
 (しかも1日数食限定)なんてのとか、安いのでも千円じゃ食べられない、なんて料理を
 出すほうと、ラーメン1杯で300円、みたいな私らの味方、みたいなほう。勿論、ラーメン
 300円なほうにしましたとも。ゆうべの婆ちゃんのラーメンのほうが贔屓目無しでも
 かなり美味しかったけどね。

  しっかし、このへんは歩道設置状況が非常に悪い。この旅の中で一番悪いんじゃないかな?おまけに
 ダンプの数もやたら多いし。旧中山道はいつもすごーく下のほうを走ってるので、それが終る度に
 19号線まで坂を駆け上らなければいけないのがきつい。なので、体力がかなり落ちている今、ダンプが
 通っても道が悪くても傾斜が少ない19号に張り付いていたい。トンネルの度に自転車歩行者はものすごい
 坂道にまわされる。車のほうを坂登らせろよ、、、。

 さて、妻籠にやってきました。馬籠とあわせて、木曾の観光名所ナンバーワン でしょう。岐阜県と
 長野県の県境にあります。私もシモンも、車でなら2、3度来た事があるんだけど、自転車では勿論
 初めて。 19号線をずっとたどるなら、ここに寄る必要はないんだけど、中山道を行くなら是非通り
たいところ。 島崎藤村の小説「夜明け前」も読んで予習したし、妻籠ー馬籠間を歩いているおばちゃんの団体とか
  見た事があったんで、歩けるのは知ってた。ネットで調べたんで、
 馬籠から妻籠へ 歩いたほうが楽、というのも知ってた。
(わたしらは道順の都合上、逆向き) 、、、しかし、物事には限度
 ってものがあるだろう!おい!
 ええ、妻籠から馬籠まで行きたいって言ったのは私です。
 馬籠峠っちゅー峠を超えるのも知ってました。が、しかし、
 あんなにきつい坂とは!(旅人が歩く道じゃなく、自転車なので
 観光バスが行く 超くねくね道を使用。)たしかに、馬籠出発なら

 
最初ちょっと登りなだけで、あとは爪先が痛くなりそうな下りが
 ずーーーーっと続くわけです。しかし、私らは妻籠から。
 手を放したら自転車が坂の一番下まで行ってしまいそうな、
 なんというか、スキーだったら30度とかの上級者用斜面って感じ。
 それがなんと7.5キロもくねくねと続くわけです。ただ歩いてもそんな
 距離は長い。そこを、荷物満載の自転車を押し上げていくわけです。

シモンは最初の2キロ地点ぐらいでパンク。私はもう疲労コンバイ、って漢字も出ないぐらい疲れきっているので、
声もかけず、そのまま横を通り過ぎる。薄情ですまん。
恐るべし馬籠峠。地獄の入り口って感じ。7.5キロって終った後だから書いてるけど、登ってる時は何キロあるのか知り
ません。っていうか、知りたくもなかった。どこか平らになっているところがあるのかも不明。峠だから、その距離の
真ん中で下りになっているのかそのまま全部が登り坂なのかも不明。わかってきたのは、角を曲がっても曲がっても
永久に続くかと思われる急な登り道が目の前にあるだけ。ほんっと、ずっとくねくね道なので、次の坂は!次の山は!
とか思いながら毎回裏切られ更に上へと続く道が見える。3時間登ってもまだ終らない。ふくらはぎはつりそうだし、
肩はぱんぱん、ハンドルを握る親指の皮がむけそう。この旅一番の坂道。これを思ったら、旅の一番最初の難所、
大垂水峠なんてお嬢様が鼻歌まじりにスキップで行けそうだし、塩尻峠だってただの坂道に感じる。最悪の道。せめて
自転車がなかったら、、。

もしかして、歩行者用のほうの旧中山道は、こんなぐるぐるまわっていなくて、もうちょっとましな道かもしれない。
2時間ぐらいで歩くらしいし。でも、自転車をかついではとても行けない道(荒い石畳とかあるし)なので、確かめよう
もないけど。とりあえず、ここを越えない事には今日は終らない。ルートは二度とやらないと誓う。疲れが何もなかっ
たらこの峠は、、、、とも考えたが、考えるだけ無駄なのでやめた。泥のように疲れきっている自分がいる事実がある
だけだし。
そうこうしているうちに、パンクの修理が終ったシモンがぜいぜいいいながら坂道をこいであがってきた。が、やはり
全部を上がるのは無理。さすがに引いて上がっていくところが増えてきた。観光バスがどんどんやってきて、私らを
抜いていく。シモンに手を振って応援する人も有り。もうとっくの昔にてっぺんについて団子でも食ってるかと思った、
と言われたが、私もそう思ってた。そこから更に1時間進んでもまだ着かない。顔を上に上げる気力もなくなった
もうすぐ4時か、という時、ついに峠のてっぺんに到着。あとは下るだけ。村を通り越しそうな勢いで坂を下る。
一応馬籠の村の中も見るが、こんな時間なのに観光客が多く、自転車を引いたうちらは非常に邪魔っけ。店も閉まり
はじめたし、暗くなってきたので宿探しに入る。

こんな観光地なのに、誰もこのへんで泊まらないのか?村の中には高級な予約制の民家がいくつもあるはずで、
いろりばたでご飯を食べたりするんだろうが、見当たらないし、予約もしてないし、いきなり泊めてくれそうにない
感じだったので、村を出て探す。3分ぐらい坂を下ったすぐのところになかなかよさそうな温泉付きのホテル

(温泉の日帰り有り) があったので、速攻フロントに行くと今日は満室です、という事だった。わしらのあやしげな
見かけに断ってんじゃないの?ってぐらいなんか無礼なフロントマンだった。ちくしょ。
遠くからバスで来る団体さんは、こんなところに泊まっているのね。うちの母親も知ってるぐらいの有名ホテル
だった。このへんにはここしか宿はないです、といわれ、まさか、中津川の町へ出ないといけないのか?と言うと
そうですね、としらっと言う。いったいあと何キロあると思っているんだ!って思ったが、実はよくわかっていない
私。10キロぐらい?車でも狭い山道だし30分か?頭が失望と絶望と疲れと空腹と、なによりまだ何十分も自転車
漕がねばならん事実にクラクラした。あっさり見つかったとぬかよろこびしただけに、余計にきつい仕打ち。(泣)

ぐんぐん気温が下がる中、怒りと傾斜とで、ものすごい勢いで坂を下る。時速60キロは出てた。
時々地面が白く凍っていたが見なかった事にしてほとんどノーブレーキ、無言で一息に坂の一番下まで降りる。
あ!っという間に中津川到着。なんだ、近いじゃん。途中で見かけた看板のビジネスホテルに決める。
朝食付きで一人5000円 ちょいと書いてある。昨日とはえらい物価の違いだ。さすが都会は違う。
(中津川は宿場町時代、大都市だった)でも、もう泊まれれば何でもいい。なんだかやたら小奇麗なビジネス
ホテルで、フロントには上品に奇麗なお姉様が3人もいた。何だろう?自転車も、露に濡れないいい場所をくれた。
かなり親切だった。駐車場に泊まっている車もなんかいい車が多かった。なぜだ?ただのビジネスホテルなのに??

晩御飯を食べる気力もあまり残っていない上、やたら寒いので、なぜかそのへんにあったスパゲティー屋に入る。
おっちゃんが一人できりもりしている、なんかスイス?みたいな内装の店。予約の団体さん(10人ぐらいか)が
入ってきてにぎやかになった。特にまずいわけではなかったが、疲れすぎかな、味があんまりしなかった。
帰りになんだか老舗っぽい和菓子の店でクリの菓子と、その隣りにあった不二家でケーキ買って帰った。
甘いものが不足しているようだ。シモンもこの旅では疲れているようで、トータルでビール1本も飲んでいない。
おかしい。これでケーキでも食べだしたら本格的におかしいから、医者に連れて行くか?(笑)
明日は春日井の実家にたどりつけそう。


11 月30日(木)7日目  
●春日井ゴール←内津峠←多治見←土岐←瑞浪←武並←恵 那←中津川出 発●


★本日のトータル 66キロメートル ■標高300メートルスタート 標高36メートルゴール 最高点360メートル■
昨日まで通ってきた村や町が軒並み雪に埋まっている、というニュースを見る。あと1日づつ予定がずれていたら、
雪のためリタイヤ、という事になっていたでしょう。なかなか運がいい。かなり寒くなってきたが、雪よりまし。
さて、中津川から19号線をずっと進むには、ダンプが大量に横を通るので楽しくない、という事で、旧中山道を少し
進みます。って、いきなり朝食を吐きそうな急斜面が続々やってくる。小手ノ木坂、広久手坂、甚平坂、地味にきつい。
甚平坂なんかなんでも、明治天皇がこのへんを通った時にあまりの坂で馬車が登っていかないので、1mぐらい削って
道幅も広げた、という立派な解説看板が出てたよ。たしかに車でもきつそうな急坂だ。でもまあ、ほんの10分ほどで
下りが見える。昨日の馬籠峠経験者には何も驚くものはないぜ、という心境。おほほほほ。

ところどころ中山道です、という看板が出してあって、けっこうここを歩く人がいるんだな、という感じ。
旧街道をウォーキングするのがはやっているって聞いたけど、思ったよりずっと多いのかも、という印象。
休憩するところが作ってあったり、意外に昔の感じがあっちこち残ってたり残してあったり。
中津川あたりは、個人的にお金を出して雰囲気を維持しよう、という感じの家も何軒もあった。
信じられないぐらい狭い道を路線バスが走ってたけど、多分、その道こそが昔メイン道路だったとこだろう、と
思いそれに沿っていくとばっちり正解。昔はこれで大きい道だったのね。

  美濃坂本から恵那を過ぎて19号線に戻ったとたんにシモン車の後輪がパンク。
 ガラスのかけらがはまっていた。こういう交通量の多い道路の歩道には、
 かなり沢山のフロントガラスのかけらなどが散っていて、ものすごーくパンク
 しやすく特に細いタイヤのスポーツタイプの自転車だとイヤだろうなあ。
 丁度パンクしたところが19号と平行して走っている県道421号の入り口だった
 ので、そっちを走る。もしかして、昔はこれが19号だったのかなあ。
 うるさくて恐い19号とは一転、嘘のように静かで景色の良い421号。はるか
 山の上のほうを中央高速と19号線が重なって走っている。武並、釜戸を過ぎ
 てもまだ421号は続いている。白狐温泉、という多分日帰り温泉発見。
釜戸から3キロぐらいのところ。バス停が真ん前にあったが、多分思い切り本数が少ない。一度寄ってみたい感じ
の佇まいだった。せっかく気持ちのいい道だったのに、瑞浪手前で19号に吸収される。車の量にどっと疲れる。

自転車の荷台でずっと揺すってきたためか、シモンのカメラの望遠レンズが壊れた。土岐あたりでハードオフの
前を通りかかったので一応、と覗くと、なんとジャンク品の中にまさに同じレンズが。ちょっとゴミが入っている
という事で、投げ売り価格になっていた。中古でも数万円するやつが5000円。カメラにつけて試すが、問題は
なさそう。ラッキー、と浮かれた気分そのまま、そのへんのラーメン屋で乾杯。一度来たことがある店だった。
なんか見た目はどうか?って建物だけど、ラーメンはうまい。駄知5キロ、とかいうサインを見ながら、「あー、
100万人ぐらいの人がこのサイン見ながら’駄知かんぞ’(名古屋弁)と言っただろうな、と思いつつ通り過ぎる。

左膝がいきなり壊れたが、まあ漕ぐしかないので、だましだまし進む。

しっかし、このあたりの歩道は許せない。まあまあ幅が広いのはいいが、何がって、いきなり歩道が終る。
終ってどうするか、高い歩道橋が出現、それを渡って反対側へ行きなさい、という事だが、疲れている上に
荷物満載の自転車を押し上げるのはかなり大変。せっかく渡ってまたしばらく走ると、また歩道が終って歩道橋が。
いいかげんにしてくれ。それを何度か繰り返して倒れるかと思った頃、最後の難所と思われる内津峠に差し掛かる。
トンネルの歩道はどうなっているのか、かなり心配していたが、意外にも新しくなったトンネルには、3、4人の
歩行者が横に広がって歩けるぐらい広い歩道が設置してあった。楽々通過。たまにはいい事するじゃん。
トンネルの中を歩いている2人組がいて追い抜いたが、トンネル内誰かを追い抜いたのは初めてかも。
そんなに気前がよく広い歩道はなかったから、すれ違えって言っても無理だったけどね。

その先はもう潮見坂を越えたら旅は終ったようなもの。春日井インターの下をくぐったところでなんと自転車専用道
ができていた。ほんの数百メートルしかまだできてない上に、この先名古屋までつながるのか?多分無理、、って
感じのものだけどね。3時ちょい過ぎには実家に到着しました。仕事から帰ってきた父親とはちあわせ。
もう着いたのか!と驚いてました。風呂入って洗濯して、良い匂いがしてきたので近所のうなぎ屋に行って祝杯。
尻も脚も全身筋肉痛なので、明日はだらだらしようと思う。来週から10日間の温泉ツアーが嬉しい。
順番逆じゃなくてよかった、、、。(両親と山陰、山陽旅行に行って きました)

ここまでの走行距離 476.2キロメートル。けっこうな距離ですな。しかもママチャリで。
往復にしなくて心からよかったと思う。
(最初、東海道で東京行っ て、中山道で帰ってこようかと言ってた

12月1日(金)おま けの日
●春日井から大須まで往復


★本日のトータル40キロメートル ■標高36メートル 標高差7メートル■
結局、次の日は休みとか言っておきながら、名古屋の大須まで自転車を漕ぐ。レンズはばっちりなんだが、
カメラの調子が悪く、温泉旅行前にいい中古があったら見ておきたい、と言うので出かける。
途中大雨に降られながら、あちこちうろつきまわる。その距離、およそ40キロメートル。ま、500キロメートルも
走ってしまうと40キロメートルなんてたいした事ないのね。しかもほぼ平らだし。名古屋に自転車で行くなんて
中学校の時に一度やったっきりだったんだけど、あの時はけっこう距離あったと思ったよ。ま、20号線出発して
終りまで走って、19号線にスイッチしてその終点まで行っておしまい、っていうのはなんか正しい気がしたんでいっか。

というわけで、ママチャリ走行記録でした。
最後まで読んでくれてありがとう。
途中、数字とか色々記憶があいまいなところがあるけど、 あんまり深く 追及しないでね。(笑)
あんまりメモとる気力もなかったよ、、。

しっかし、私の自転車、丈夫だった。一度 もパンクしな かった上に、一度も空気入れたりしなかったし、
何も壊れなかった。そのへんの(宮崎だけど)自転車屋のやっすい自転車だけど、やる時はやるね。
シモンのなんて2度もパンクしてたけど。
ただし、Fitstas(荷物袋)は破れた。これは安物だったからなあ。
応急処置のガムテープ取って針と糸で手縫いして修理したらばっちりもとに戻ったけどね。
でもま、一番の原因は、安いからというより、せまい歩道のガードレールに何度もやられた、って事でしょう。
自転車一台もまともに通過できない歩道が多すぎる。 オランダの自転車環境は天国なんだと思い知ったね。

私もこんな旅やってみようかしら?とかっ て思う人はあ んまりいないと思うけど、やるなら季節は選んだほうがいいよ。
雪 が降ったら終りだからね。車道が通れるようになって も、除雪したそ の雪は、歩道に捨てられるから。
いつまでも溶けません。 夏 は暑すぎるし、やっぱり、春か 秋だね。景色 もいいし。
それじゃまたー。


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