「冬明」
 ―ふゆあかり―

 京の冬は、ひたすら深々と寒い。
 四方なる山々から風は吹きあげ吹きおろし、雪花の白く妙なるは冷えびえと土を凍えさす。それでもその無情さにも関わらず、辺りを白くふうわり覆い隠すさまはさながら薄絹の優しさで、この現世から諸々の禍事罪穢を祓いきよめるが如く。

 日の出づる前の、うっすらと墨を流したような薄闇。
 右京が下に位置する鬼狩の武門、冬見家の裏木戸にも夜目に仄かな灯のように雪が積んでいた。
 古びた木戸は小さく軋む音を立てたが、いま、木戸を開いた人影は猫のように音を殺して静々と歩む。それでも新雪は、さく、と一足毎に幽かな音を立てて沈んだ。
 新年を迎えるにあたって用意した、真白な足袋に紫の鼻緒が映える足ごしらえ。墨染衣に網代笠という僧形である。清々としたいでたちから、雪のつめたさが足の指に染みる。
 笠の陰にかくした口元。そこから白く吐息がこぼれた。苦笑したのだった。
 かれ――六道は、そうやってその早朝、家用にて冬見の屋敷を出た。
 1024年、一月元旦の鶏鳴の刻のことである。

***

 日出でてのち。
 軒下の氷柱が眩しく、みずみずしい光を雫にしてしたたり落としている。
 赤い髪の双子は、連れ立って冬見家の門から出てきた。
 そろって立ち止まり口を開けて、その軒下の氷柱にを暫く見惚れていたが、やおら顔を見合わせ何をするかと思えば、石拳(じゃんけん)をしている。兄の常葉は指二本、妹の葉常は握りこぶし、負けた方はぶつくさ言いながら、勝った方は機嫌よく鼻歌なんぞ歌いながら、それぞれ二手に別れた。
 辺りの家々からはほんのりと、新年を迎えて膳をととのえる芳い匂いがしている。

 さすがに元旦の早朝である。
 都の大路小路にはまだ人影も見当たらず。
 道に積った白くひかる雪に、己の足跡がついてくるのが嬉しく、葉常は歩くたびについつい後ろを振り返ってしまう。その都度何故か、照れ笑いに似たきもちが湧いて、やっぱりついつい含み笑ってしまうのだ。
 まったく元気なものである。双子の兄ともども、一月に渡る討伐行にともなわれ帰還したのはつい昨日、さいわい治癒術の及ばぬような怪我もせず、それぞれ血と泥に塗れた戦装束に悪態ついたり、よろよろと疲れ果てた足取りで槍の石突を杖代わりにしていたり、そんな道中のさなかに百八つの除夜の鐘を聞いたばかりだというのに。
 いやはや、若いというのは素晴らしい。今月隊長をつとめた七生――冬見家六代当主――など、起こそうとしても起きあがれぬ有様である。腰が痛くて痛くて、と泣きそうな声を出した。これから皆で遊びにいこうと言うと己が起きあがれぬことを大層悔しがり、そろって寝床を覗きこんでいる双子の両方に"お年玉"を握らせたものである。
 ――おれのぶんまで遊んできなさい。これ、当主命令ね。
 ……何もこんなところで当主権限を主張しなくとも良いのでは。
 自称・常識人の葉常はそうは思ったが口には出さずに肩を竦めるだけにとどめ、双子の兄貴の常葉はといえば玄関から出る前に"お年玉"を包んだ袱紗を解き、予想以上の大枚が顔を出したのでびっくりしていた。
   ――な、なあ、これせめて半分は返した方が良くねえ?
 ――莫迦だなあ兄キは。当主様の心意気って奴よ。汲んでやるのがあたしたちの仕事ってもんんじゃない。
 やや腰が退けている常葉を拳固でどやしつけて景気づけたのち、石拳をして「当主様へのお土産を買う係」を決めた。
 元旦ではあるが、この京では今日から祭。どうせ正月祝いもそこそこにまた討伐である、遊べるときに遊んでおかねば罰があたると云うものだ。

***

 さく、さく、さく、と。
 道すがら、己の足音が後ろからついてくるというのは何処か落ち着かぬものだ、と六道は思う。
 静々と音を立てぬ歩き方はかれの癖とでもいうべきものであったが討伐行の際など、これが中々役に立つ。隠形の術から死角を狙い撃って機先を制する、そのような戦術をかれはことのほか好んでいる。
 血飛沫。ぎりぎりまで絞られた矢弦の軋み。音もなく風を切る矢羽根。両の腕に込めたこころよいまでの緊張。気脈の導引、結印と口訣。戦を繰り返す毎確実に力量は増す。殺すたび己が口の端に刻まれる、確かな笑み。
 ――そしてそれはしかし、それだけのものだ。
 そう思う。
 樹の根が水を吸い上げるように。目にまぶしく赤い陽神が、あまりにも当たり前に闇に落ちるように。
 よって事の是非をさえ、六道は問わぬ。問うこと自体を、自らに禁ずる。
 ただ居心地が悪いと、ただただひどく居心地が悪いと、それだけを思いながら、雪の往路を歩いた。

***

 蒸したての米の湯気が木臼からたちのぼった。新年を祝う路地の方々、人々の吐息が白くたゆたい、その蒸気とまざりあう。
 あちこちから聞える歓声。
 掛け声まじりの囃子歌。
 童らの笑う声。
 晴れ着の裾をからげて杵をふるう者、一杯機嫌のあから顔して歩く者。
 その中のひとりになっているということが、いまの葉常には何より嬉しくてならない。すらりのびやかな足を跳ねるように動かしてそこらを闊歩している。膝丈の単のうえから羽織った綿入れ、紐の結び方がわからなかった頭巾はもうはや外れかけ、ことさら目立つ赤毛をのぞかせていた。そのことを誰も深くは気に留めぬのがうれしい。先程曲がり角のところで餅を搗いているのを眺めていたら、童のひとりが餅のひとつを寄越したのでそれを食べつつ、また辺りを眺め回している。歯に粘りつくほど柔らかく、米そのものの甘味がほんのりするのが実に美味である。これまたうれしい。
 午も近くなり、祭はいよいよ賑やかしい。見るものはまだまだ沢山ある。そう思うとやっぱり、ぞくぞくするほど楽しかった。
 あちらあの門に居る坊さまは、新年の門付けという奴だろうか?年始祝いの祭文を詠ずる行者さまかもしれぬ。手に持つ錫杖がりん、と高い音を立てる。深く笠をかむっているので顔のあたりはよく見えない。ただきりりとした肩のあたりが誰かに似ている、と思った。
 だれだろう。
 そう思って眺めるきもちが目筋に込められていたものか、僧形をしたその人物は何気ないしぐさでこちらを振り返る。
 笠に添えられていた右手がぴくと上がった。ふさ、と流れた髪の毛は今まで笠の中に押し込められていたものだろうに、癖ひとつ無い。
 葉常はひと呼吸して、それこそ跳ねる足取りで――むしろ雪を蹴立てる仔犬のごとく顔かがやかせ、その墨染色した袖めがけてとびついていく。

***

 先には先を、と云う信条を持つ六道は、陽が中天を回るころには顔見知りの神社仏閣からご近所付き合いの要の老人会まですでにひととおりに挨拶を終えていた。さて家へ帰ろうかというところで、顔馴染みの薬種問屋につかまったのである。ついつい断り切れずにいたところを、年始休みで閉じられているはずの店屋のなかに引き込まれ、駆けつけ三杯とばかりに丹塗りの杯を持たされる羽目と相成った。
 苦味の利いた屠蘇を遠慮とともに口にふくんで飲み下し、しきりに燥ぐ薬屋の隠居と、普段店では見かけぬそのつれあいと。
 冬見の家には異彩・異形の生まれつきは多かれど、年経るままに皺を刻み歳月に髪を白くした老人とはいたく馴染みないものである。
 老いる以前にすみやかに死ぬ。
 戦で死なぬとしても、ほんの二年足らずの寿命。春に死んだ己の父も年老いぬままの相をとどめ、ただびとでいえば三十路にも足らぬ齢相であったことなどを思い返し思い返し、六道は大層ふしぎな心持ちでいたのだった。
 呪いを厭い鬼を憎み、そうした念をそのとき何故か、すっぽり忘れていた。不思議だ、とただそう思ったのである。
 ――とても不思議だ。
 そうして悪くない気分になった。知らず知らずにほんのり笑み零し、勧められるままに盃を重ねては、そのうちに老爺老婆に乞われるままに双六の駒を持たされ、ほどほどに負けてからその場を辞したのである。

 そしてその木戸を出でたところ。笠の緒を結び直しているときに、ちょうど道端に立ち止まっていた葉常と目が合ったのだった。
 この寒い季節に薄着で出歩いたからか、膝小僧を赤くして。ただでさえ黒眸がちな目をまんまるにしているのは、思わぬところで思わぬ相手とでくわしたからか、それとも六道が纏うた墨染の法衣姿がめずらしいのか。
 笠を傾け顔を見せると、戯れつくように駆けてきていきなり腕を取られ、足元が危うくなった。草鞋履きに雪の上である。滑る。六道がとっさに木戸の横木につかまらねば二人して路上で雪まみれになっているところだ。
 その代わり、ぱさ、と軽い音立てて、今の今まで手にしていた網代笠が雪のうえに落ちた。

***

「は、は、は、」
 一拍おいて。六道が声を立てて笑い出す。かれがそんなふうに笑うことは葉常自身、片手で数えるほどしか見たことが無い。息を区切り、如何にも可笑しそうに笑いつづけているので、葉常もつられて笑い出してしまう。幾分かの照れがまじって、頬があかくなったことを気付かれやしないだろうか?きっと大丈夫だ、こんなに寒いので苹果のように血色が良いのだと、きっとそう思う。
 暫くして、かろうじて笑いをおさめ、六道は身を屈めて落した笠を拾おうとした。葉常は仔犬のようにまつわりついた。
「びっくりした?ねえ、びっくりした?」
「ああ、とても。とても驚いた」
 笑ってしまうくらいびっくりした。
 六道がまた腹のあたりをおさえるのは、普段笑い馴れぬくせに大笑いしてしまったからである。これ以上笑ったら腹筋が攣るかもしれぬ。葉常は白く息を吐き、また笑った。
「でもあたしだってびっくりしたんだよ、りくちゃん坊さまの格好なんてしてるんだもん、誰かと思った」
 笠に押し込められていた長い長い髪の一房を引っ張りながら矢継ぎ早に畳み掛けてくる従妹に六道は苦笑を返し、そうしてその赤毛から外れかけていた頭巾の位置を直してやる。
「この格好だと面倒がなくて良いのでね。今日何を着てゆくか考える手間が省ける」
 本音である。法衣とあらば俗世のことに構いつけぬで済むとばかりに活用しているのだ。
「ふうん。根、それってやっぱりお寺から分けてもらったの?それとも縫い子さんに頼んだとか?」
「いや、遺品だ。蔵掃除のときに見つけてな、何かと思って箱を開けてみたらば、ほれ、この錫杖に念珠までひとそろい。…但し書きを見たらどうやら、俺の祖父のものらしい。父の父、三代の時世に生まれた弓使いで、四代当主を務められた雨彦どの」
「じゃ、その人、りくちゃんと同じくらいののっぽさんだったんだ?」
 六道がそう言って己の袖をつまむと、その袖の先を葉常はぎゅっとつかまえている。
「裾も継がずに済んだ品だからな。そのようだ。……ほら、」
 そのようなことを話しつつ、六道は次に何をするかと思えば、その袖をつかんでいる手をもう一方の手で握り返したのだった。慌てて手を引こうとすると、心外そうな顔をする。
「寒いのではないのか?」
 たしかに指は冷えている。こんなとき答えようとして思わず口ごもる癖のあるのは双子の兄の方の筈なのだが、どういう加減か。ついに自分も発症したか。
「あッ――え、っと……うん。」
 開き直ってみることにした。顔はやっぱり赤いだろう、良いのだ、寒いのだから。当たり前のことだ。そう思うと、また照れた笑いが口元に湧いた。
「まあ、俺の指ではあんまり足しにもならんだろうが。何もせぬよりは良い、」
 六道の方はそんなことを言う。相変わらず、いつもと同じ涼しげな横顔をしている。
「りくちゃん、その台詞好きだね」
 葉常はもうすっかり赤い鼻の頭をまた、繋がない方の手指でこする。
「ああ。……何も、どんなことも、何もせぬよりは良い。父上が言うておられた」
 ん、と深く、首だけでうなずく。
 繋いだ指は、いつもならもう少しひんやりと感じる。六道はいたって体温の低い男である。それでも辺りが寒いからか、今日はたいそう暖かいと、そう思った。かるく小首を傾げ、六道がこちらを見る。
「雪の日も良いな」
「雪の日も良いね」
 発した言葉はどちらからともつかず、二人して同じことを言ってしまい、また顔を見合わせて大笑いした。
 さく、さく、さく、と。
 足音が二人分で、足跡も二人分。高さの違う肩を並べて歩くと、六道は足音が気にならぬことにふと首をかしげ、葉常は振り返ると足跡が並んでついてくることが何故か無性に嬉しい気がした。
 そうして二人して雪路を歩き四辻にさしかかったところ、人だかりに行き合った。二人して見にゆくと、やたらと見覚えのある赤髪の若者が輪の真中あたりに居り、実に愉しげに掛け歌を歌いながら杵をふるっているのである。
 常葉だった。
「――どうしたものかな」
「応援しようか?」
「……困ったものだな」
 言いつつも、六道はさして困っているようにも見えぬ。せいぜいが苦笑というところ。その笑みを横目でたしかめると、葉常はふたたび仔犬のように駆け出した。
 あれがどうするか、見物だな。
 そう思い、底意地悪く唇を曲げる笑い方をして、六道は傍から高みの見物を決め込んだ。

***

 ……常葉は結局、大層ぶすっとした面で約二名の闖入者を出迎えた。
 なにせ突然声など掛けられたもので手元が狂い、相方が餅を返す手を杵で殴りつけてしまうところだったのだ。とっさに避けようと体重を掛けて傾けたので悲劇は危うく避けられたものの、代わりに己が重心を崩して派手に尻餅をついた訳で、これではすっかり喜劇である。格好悪いことこのうえない。
 おまけに後から出てきた六道がその秀麗な面つきに意地の悪い笑みをのせ、
「いや、なかなか堂に入った勇姿だったな。壊し屋にしたいくらいだ」
 などとのたもうたのだ。どうして機嫌が良くなろう。
 それでも己で搗いたぶんは持ちかえっても良いと言われ、土産として皿一杯に丸餅を持たされ嬉しくもあり、半面そんなお手軽な己の性が哀しくもあり。とどのつまりは常葉は、大層複雑な気持ちである。
 まあこと常葉に限っては珍しくも無い心理だ。六道と同じ場に居合わせるとき、常葉は十中八九、そんな面である。他にどんな顔をすれば良いのかときどき自分でもわからなくなるくらいだ。
 そう言う訳で他の面子は気にも留めない。妹の葉常など歯牙にすらかけず、路傍の露台から甘酒売りののぼりを見かけて買いに行ってしまった。ぶすくれてその露台に腰掛けたままでいると、「そう拗ねるな」などという言葉とともに餅のひとつが目の前に差し出される。無言のままで受け取り、もくもくと食らう。餅が口の中で粘つくせいで、飲み込むまでは口が聞けぬ。ひとつ食い終わったと思えば、もうひとつ。
「……おもしろがってるだろ、おまえ」
「うむ。中々愉しい。親鳥になった気分だな」
 我が意を得たりとばかりに微笑む齢上の男は、どうやら本当に面白がっている。自棄食いで二個目にかぶりつき、呑み込もうとしたところ喉が詰まった。折り良く妹が持ってきた甘酒で流し込まねば窒息しているところだ。
 葉常はやれやれとばかりに肩をすくめたが、六道は申し訳無いとばかりに背中を叩いたり世話を焼いてくれたので、常葉の機嫌もやや持ち直した。

***

「で、おまえら、何で二人揃ってこんなところに居んの?」
「あたしはお祭見物。」
「俺は年始廻りの帰りだ。…常葉こそ何で餅なぞ搗いていたんだ?壊し屋にしたくなるじゃないか」
「……おまえなあ。今更そんなこと、手遅れだっつの。――まあ良いや、あんな、これっぱかしのこんまい餓鬼がいてな、目が合ったの。通り掛かりに。で、そいつが杵かつごうって取りついてうんうん唸ってたと思え。手を貸さずにいられるか?で、持ってやったら、何か流れで、ついそのまんま――」
「兄キらしい話だね」
「うむ。実に常葉らしい成り行きだ。」
「……どういう意味だ?そりゃ
」  そのまんまである。
 言い合ううちにも皿の餅はひとつ減りふたつ減り。ちなみに六道がひとつ食する間に双子は二人で三つ分の勢いで手を出している。
 路傍の露台に座り、のんびりとやや一方的な会話を交わすのも悪くはないが、そろそろ足元が冷えてきた。
「そろそろ動くか」
「ねえ、甘酒もう一杯頼んでもいい?」
「止してくれ。……俺ひとりで二人揃って担いでいくのはさすがに無理がある。」
この双子、ふたり揃っててきめんに酒に弱いのだ。しかも好きだときているから、更に始末が悪かった。
 半数は家人への手土産にと残した餅の皿を片手に常葉が腰を上げ、六道が錫杖を持ち直す。
 この三人、並んで歩くとなると、いつも六道が双子に挟まれる形になる。意識している訳でもないのに、何故か必ずそうなるのだ。それこそ初陣前、これっぱかしの童のころに二人してまつわりついていたときから変わらぬ。
 空いているほうの腕にそろりと葉常が手を伸ばし、握り返されると酷く嬉しげな顔をした。常葉はついつい鼻の頭に皺を寄せ、はたと我に返るとあわてて首を振って明後日の方角を見た。
 だってそんなの餓鬼っぽいじゃないか?今更、口が裂けても言えやしない。
 その明後日を向いた頭の後ろで、六道は苦笑した。手ぶらでいる葉常に目配せしてみる。繋がない方の手でかれの錫杖を受け取って、悪戯小僧じみた笑顔を返す。
「ほら」
 ぐい、と皿を持たぬ方の腕を引っ張られた。常葉が何事かとあわてて振り向く。こういうとき大抵、六道はやや強引なほどの力を込める。その昔、それはそれは素直でない子供の指南役を賜ったときに身につけた対処法である。
「何の為に手が二本生えていると思っている?」
 こんなとき、いけしゃあしゃあとそんなことをのたまう指南役に、その昔指南を受けた覚えがある常葉は勝てた覚えが無い。常勝不敗の涼しげな鉄面皮を見ていると、怒ろうと思っても腹に力が入らないのである。その代わり、眉が情けなく八の字に下がる。それでも抵抗を示し、反論を試みた。
「……双子といっぺんに手をつなぐ為じゃあないと思う。」
「そうか?俺はその為だけに生えているのでもいっこうに構わぬぞ?」
 言い切られ、常葉は不承不承、ようやく腕から力を抜いた。手をつなぐなんてまったく久し振りだった。不覚にも緊張してしまう。こっそり一、二度深呼吸していると妹と目が合った。にんまり底意地悪い笑みをしているので、いたたまれずにまたそっぽを向いた。
「ね、偶には良いよね」
「ああ。偶の事だしな」
 人の頭越しに、葉常がはしゃいだ声を出す。六道が首肯し、よりにもよってこっちに振った。常葉は口をへの字に曲げる。眉も八の字なので大層情けない表情になる。おまけに耳の先まで熱いのだ。答えようなどないのだった。
 さく、さく、さく、と。
 足音は三人分で、足跡も三人分。
 葉常はたびたび後ろを振り返っては嬉しそうな顔をし、常葉は仏頂面をして前だけ見ている。六道はそんな二人の間で、穏やかに歩を進める。
 大路を外れると、雪はまだまだ新しい。祭のざわめきも遠のいた。家路に向かうかれらに降るのは、仄かに白く照り返す、淡雪の光だ。