「宝船」
 ―たからぶね―


 長き夜のとおの眠りのみなめざめ
         波のり船のおとのよきかな

◇◇◇

 1025年一月二日、払暁。
 新年に相応しからぬ騒々しい足音を六道は、枕におしあてたままの寝耳で聞いていた。常日頃戦では専ら俊足を尊び、反応の迅速さで売っているかれとしてはこの鈍さも珍奇といえば珍奇であったが、なんのことはない。昨晩付き合いのある街の衆から新年の祝い酒が樽で届けられ、少々御酒を召し過ぎたのだ。蓋を割られた樽の中身のどれだけがその胃の腑に落ちていったのかは知るすべもない。が、正直知るのも相当恐ろしい、と人に思われがちなところがまた、六道の人となりのなせるわざである。  いつものようにいつものごとく絡むだけ絡んで寝てしまった双子を部屋まで運んで寝かしつけ、一人悠々雪見酒と洒落込んだはいいが、途中からどうも記憶が曖昧だ。何処か、行灯のともった部屋で誰かとさしむかいして延々と正座で説教していた気がする。初夢としては面白みに欠けるが、或いはこれもまた誰かの夢であるかも知れず、そうだとしたら、それはそれで嫌だ。どれだけ説教好きだと思われているのだ自分。
 それでも夜明け前にはきちんと自室の布団に入っており、喉の渇きで一度目が醒めて枕元の水差しにそのまま口をつけ、ついでに手水を使いにいってちゃんとまた戻ってきている。よくやった自分。流石だ自分。途中で見かけた、床に横ざまに転がった空き樽は見なかったふりをした。認めてしまえばなんとなく、明日目が醒めたら自分でも知らなかったのだが正体は鱗の生えたうわばみだった、とかそんな理不尽なことになってしまいそうな気がしたのだった。
 目は醒めかけているものの意識の輪郭はなかば眠りに溶け込んだまま、六道は一度寝返りを打った。これは不幸なことだった。なんとなれば、六道は横になるとき半ばうつぶせの姿勢で眠る癖があり、そのままの体制でいれば次に起こる悲劇はその被害を四割がた軽減できたであろうから。
 床を蹴立てる足音――次いで、戸を勢いよく引き開ける物音。
 きゃー、と歓声が静かな部屋に響き、その時点でようやく意識は完全に明瞭としたものの、いかんせんやや二日酔いの気味のある筋肉は戦時の反応をしてはくれなかった。同じ瞬間、開いた目に飛び込んできたのは薄暗い部屋に踊る影。猫に寝ている頭上に落下された経験のある方はそれを思い起こされたらよろしい。かなり近い。そして怖い。
「〜〜〜〜ッ!?」
 ぼす。
 体重が軽い猫であれ上空から落下してきた場合、その小さな四足のもたらす衝撃はかなりのものである。急所に入ればなおのこと。場所も場所、よりにもよって鳩尾にその重量による衝撃を喰らい、六道はひとたまりもなく悶絶した。
 そんな布団内悲劇は何処吹く風、当初の目的は何処へやら、きゃーきゃーと歓声を挙げて飛び跳ね続けるのはこの悲劇の元凶。どうやら、もこもこしている布団に飛び降りたり滑り落ちたり登ったりするのがいたくお気に召したらしかった。どうでもよくないが、布団の中身はその御蔭で半死半生である。
 数分後、この状況は朦朧としつつも六道が自分に乗った相手を布団ごと引き剥がしひっくりかえすという起死回生の荒業で解決をみた。勢いよく滑り落ち、部屋の端まで転がっていって、壁のところで止まった。その間中きゃっきゃと笑っているのだから、これもまた新しい遊びかとでも思ったのかもしれなかった。
 朝っぱらから少なからぬ体力を消耗し、ぜえはあ言いながら布団の端を握りしめたままの六道は、そこでようやっと相手の仔細をつぶさに確認することができた。
「……六代様?」
 まあこんなこと朝っぱらからやらかすような輩は現在、冬見家家中に一人しかいないのであるが。  冬見家六代当主・七生といえば巷で、でくのぼうとか独活の大木に類する代名詞として使われる名前である。無能とはけっして思いたくない家族心はさしおいて、とりあえずぼーっとしていて、そしてとりあえずでかい。この二点は六道とて認めるにやぶさかではない。かれがぼーっとしているのは否定しようない事実であったし、そして身の丈六尺余りの大男であるのも自明の事。鴨居に頭をぶつけてばかりだからあんなにぼんやりしているのだ、というまことしやかな風説を耳にすると、六道はそっと聞かなかった振りをする。実は内心、否定できん…とか思ってしまったりしているのだった。
 その筈なのだが。
 なんか小さい。
 目算したところせいぜい、己の腰ほどまでの身長しかあるまい。それに合わせて手足もその身の丈に合った小ささ、幼い顔のつくり。一族の成長速度には個人差が大きいものの、多く見積もっても初陣前後。都人のいうところの七歳そこら、という辺りの容姿である。銀髪を括った尻尾もまだそんなに長くはなく、円い頬を子どもらしく上気させ、目のくりっとしている辺りがよそ目で見ても結構かわいい男の子だった。目線が合うと、口の角を引いて、にー、と笑う。猫のように。その瞬間、根拠がそれだけにも関わらず六道は、ああ確かにこれは六代様だ、と確信できてしまった。
「あそぼ?」
 言われた台詞が予想と寸分違わなかったので、六道は軽く絶望した。何だかわからないけれど何か、色々と。
「六代様」
 あんた一体何したんですか。
 続いた台詞が、六道が七生のことを普段からどう思っているのか、を如実に表している。どうして、でも何があった、でもなく、何をした、である。
 質問を理解できないのかそれとも理解できない振りをしているのか、目をぱちくりさせる子どもを前に置き、六道は暫し答えを待った。が、およそ一分弱でらちのあかなさに耐えかね、肩を震わせむんずとその襟首をつかみあげる。まったくもって、外見に似ずに短気な男である。やがて、本日第二の荒い足音が離れから母屋に続く渡殿に響き割ったのだった。

◇◇◇

 正月二日目とあって、武門の冬見家の家中にもさすがにのんびりとした空気が漂う。いつもの月なら五日あたりからまた討伐の下調べやら糧食の準備やらが待っているのだが、先月療養ついでに九曜の指導を任されていた六道が都にいて、そんな仕込みをおろそかにしている訳がない。
 よって二日酔いにもならず元気に目覚めた常葉と葉常は餅を三つずつ入れた雑煮をぱくぱくたいらげ、重箱から御節料理をつまみ、今日はまったり花札でもしようかという塩梅。
 足音がした。
 床を叩くというよりむしろ抉るような、しかも広い歩幅と乱れた歩調、叩きつける勢いで扉が開く。正月から暗雲の如き六代当主補佐の顔色をみとめ、双子が双方目を白黒させた。どれだけ六道が不機嫌な顔つきをしているのか知れようというものだ。
 とるものもとりあえず、手近に居た兄の方に、ずい、と鼻先を近づける。
「常葉。正直に答えてくれ」
 お、おう、とやや腰の引け気味な答えが返ってきた。だがそんなのいつものことなので、六道はもはや気にも留めない。相変わらず、ちょっとだけ哀れな奴である。
「これは、何だ」
「…えっと、当主サン。六代目。叔父貴の七生サン」
「――……何処かおかしくはないか?」
「うちの当主サンがおかしいのなんていつもじゃん?」
 どしたの、お前。
 まるで動揺のない、まっさらな表情と返答が返ってきた。しかも心配そうな声色付き。ひきくらべ、髪を乱し息を切らせ動揺しまくっている自分の方が傍目から見れば確かに怪しい。「いや……」と曖昧に答え、いったん右手で顔を覆った。ぎゅっと目をつぶり、そろそろと開けながら指を下ろして、自分の手元の七生を見る。
 やっぱり小さかった。
「りくちゃん、どしたの?疲れてるときは甘いものがいいんだよ、栗きんとん食べる?」
「いや……うん、頂こう。ところで葉常。これは当主様だよな?」
「そだよ。はい、お箸。当主サンもほしい?」
「ほしいー!」
 元気のよいのは良いことだ。思わず遠い目をしかける六道である。とりあえず小皿に分けられた栗金団をもそもそと口に運ぶと、少しは気分が落ち着いた。あくまで気分だけだが。事態はまったくちっとも何ひとつ解決しちゃあいないのであるが。

◇◇◇

 仮定其の一。この子どもと六代当主・七生は同一もしくは類似した存在であるとする。
 仮定其の二。他者にはこの存在とそれに付随する状況はまったく違和感なく普段どおりに受容せらるるものである。
 以上二項から導き出される推論――奇妙なことは何ひとつ起こっておらず、この現実を受容できぬ己の方に問題があるのではないか、云々。
 ものごころついて以来人に見えないものばかり観てきた悲しさで、六道は正直他人のものの見方をあまり信用していないが、自分の観るものも先ずは頭から疑ってかかるのだった。難儀このうえない性格である。
 だがとりあえず今のところ、目の前で碁石を縦に積んでは崩しして遊んでいる七生が子どもに見える、というのは幾ら見方を変えても覆らないようだった。うつぶせに寝っ転がって、そうっと花を包むように合わせていた両掌をひらくと、手妻のように小さな石を積んだ仏塔があらわれる。計五個目。家中新記録達成。
 黄金いろの粘りある糸を引くほど柔らかく煮潰された栗は歯を立てると粘りの中にもこりこりとした歯ごたえが返ってきて、大層美味だった。
 箸を返し、食べ終えた小皿を重ねた。思いついて、ちょうど傍らで炬燵にあたっていた常葉に「そういえば、九曜は?」と尋ねてみる。ちょっと気になったのだ、寝起きのよくない子だから、まだ布団で夢心地なのかもしれないが――
「九曜?」
 返ってきた言葉に、六道は心底ぞっとした。
 まるで知らぬ名を、ただ鸚鵡がえしに繰り返す口調だった。
 やはりこの現実には、何かが欠けている。

「――出かけてくる、」
 まるで邪気のない声音が「それ、だれ?」等と続くことに耐えられず、六道はそう言い置いて逃げるように席を立った、ひとまず外に出て、頭を冷やしたかった。
「初詣か。昨日忙しかったもんな」
 少々ずれた受け答えだったがまあ、常葉らしいといえば常葉らしい。「おれもいくー!」と右手をたかだか挙げて宣言するのは当の、問題の渦中にして台風の目である子どもである。放っておいたらいそいそと――じつは太平楽にも、まだ寝巻のままだった――身支度をはじめる。双子は花札の勝負が佳境に入り、睨み合いながらいってらっしゃいを言う側。うんせ、うんせ、と帯と格闘する幼児は愛らしいといえないこともなかったが、とりあえず、六道のほうが見ちゃあおれなかった。
「……縦結びです、合わせも逆。ああそっちじゃない、何度言ったら覚えるんです。もう貸しなさい」
 そしてすっかり正月の晴れ着の着付けをすませてしまった後で我に返り、六道は「やっている事がいつもと変わらない……」と一人がっくり頭を垂れた。まったくもって、変わらない。大きくたってこんな調子である。
 そんな六道をよそに、七生はご機嫌な様子で髪に挿された南天の一枝に触っている。可愛いから、と葉常が庭木から折ってきてくれたのだ。霜を思わせる白い髪に実の紅色がよく映えて、まるで雪を積んだ一枝をそのまま移したような風情。
「いっしょにいこ?」
 上目遣いにそう言われ、何か色々と自暴自棄な気分になった。ああわかりましたよ行けばいいんでしょう行けば。ふわりと袖を通す僧衣に網代に編んだ笠。出がけに三和土に立てかけてあった錫杖を手に取った。可愛いことは認めないでもないがしかし、ちょっと殺したい。というかむしろ、今なら殺れる。行って帰ってくるまでに自分が殺人を犯さぬよう、今は亡き三日星あたりに祈りたい気持ちでいっぱいだ。いつから自分はこんなに歪んでしまったのだろう。少なく見積もって三分の一位は七生――今の子ども姿のではなく、あの白い大猫めいた昼行灯のほう――のせいのような気がするのだが。

◇◇◇

「――如何してこんな事をするのです」

 さく、さく、さく、と。
 耳に聞こえるのは二人ぶんの、雪を踏む音である。昨夜夜半に白いものが散らめいて、雪は昨日より少し深くなった。足元がしんと、静かに冷たく感じる。昨日より少し堅く、締まった感じがするのは日差しに溶け、夕暮れに凍みたからであろう。六道が発した声音はその足元の冷気と同じくらいに落ち着いて、そうして冷ややかだ。あえて人の顔を見ずにものを言うのはかれがことさら怒っているときの癖であり、しかし今は怒りよりも戸惑いの方がはるかに強い、そんな表情だった。
 手を引く子どもの、足は早い。跳ねるようにあぶなっかしい足取りで、しかし不思議と転ばない。
 握り合わせた手はあたたかく、そうして少し湿った感じだ。子ども独特の肌理の積んでしかもごく薄い皮膚、その下には血が通う。
 手に触れるものだけが、いつでも真実なのだ――
 結局、いつだって六道は、その結論に辿り着く。ものごころついたときからそうなのだ。目に映らぬものも映るものも何も真実ではなく、ただ仄かなぬくもりや、闇に漂う花の匂いや、手で触れる生絹のさらさらとした感触ばかりが真実なのだ。ずっと、そう信じてきたのだった。だから逆に言えばこうして手にしているかぎり、どんなことであれ、信じずにはいられない。それもまた、悲しいことであるのだと、かれ自身は知らずにいるのだが。
 独白のように、もう一度言う。
「如何して、こんな事をするのです」
 聞いているかどうかなんて、殆ど考えてもみなかった。第一普段から人の話を聞いているのかいないのか判然としない相手である、ということも起因している。
 しかし子ども姿の七生は振り向き、ん、と襟巻きに埋めていた顎をあげた。
 丁度冬の雪神二柱の縁日で、祭りの屋台が並んで出ていた。それなりに人通りも多い大路に出ていて、客もそこそこ、売っているのは子供向けの玩具やら菓子やらが多い。
「……買えと?」
 こっくりされた。
「――良いでしょう」
 但し、交換条件ですからね。
 そう付け加えるのは忘れなかった。言質を取っておかねば信用できないという辺り、つくづく大きい方の七生との付き合い方が身に染み付いている。

 しかし、それだけの努力を払いつつ、尚も。

 七生が屋台の大半を制覇し凧も独楽も面子(めんこ)も買ってもらって堪能し、日暮れの薄い金色が雪道を染める頃には六道は、なんだかとってもこういう事が前にもあった、と逃れ難い感覚に襲われていた。以前にも絶対あった。いつだったかはちょっとすぐには思い出せないが、とにかく自分の初陣前あたり。あれ、秋ごろの祭りだったけ?ところで年齢差が逆転しているのにも関わらず、やっていることが全然変わらないのは何故だろう。あっははちょっとわからないな自分には。
 ああ既視感。
 元々人ごみがあんまり得意ではない六道は振り回されすぎでぐったりと道端の燈籠にもたれかかり、子どもはまだまだ元気で足元にしゃがみこんで独楽なぞ回していた。
 参拝の人波もまばらになりかけた、神社の参道である。
 驚異の事実として、この連中はこの時点になってもまだ初詣を済ませていないのであった。
 途中で具合の悪そうな様子に心配になったらしい七生が「もうかえる?おうちでやすむ?」と言っても、「こんな中途半端はいやですっ」と頑として六道のほうが聞き入れなかったのだ。本人達は気付いていないがこの二人、強情さ加減では本当にお互い、よく似ていた。
「だいじょぶ?まだあたまいたい?」
 吐き気と頭痛とその他諸々の理由で疲労困憊しているにもかかわらず、ついつい反射的に笑顔をつくり「大丈夫ですよ」と答えてしまう自分を、六道はちょっともの悲しい、と思った。あくまでほんのちょっとだけ。段差に腰をおろし、小さいときの双子によくしてやったように膝に乗せてやると子どもは燈籠に積もっていた雪を手に取り、こちらのこめかみに押しつけてきた。冷たくて気持ちいいけれど、それでもついつい口が出る。
「霜焼けをしてしまいますよ」
 七生は答えずに、にー、と笑った。袖口で、濡れた小さな掌を拭いてやる。しっかりと丹念に、指のいっぽんいっぽん、間違っても腫れて痛痒い思いなどせぬように。くすぐったそうに、でも嬉しそうにじっと膝の上に座っている子ども。ぎゅう、と首に腕をまわし、頬に頬をおしつけてきて、言った。
「たのしかったねえ?」
「さて、如何でしょう」
「おれ、すごくすごくたのしかったよ」
「それは結構」
「だって、いっしょにいきたかったんだ。だから」
 六道はそこで、ん?ちょっと待て、という顔になった。
「それで、ですか。まさか」
 まさかそれだけとか言わんで下さいああもう聞きたくない。
「うん。それだけ。あとねえ、これ」
 言いやがった。
 しかも一点曇りもなく良い笑顔で。やっぱりちょっと殺しとけばよかったかも知れない。いや、今からでも遅くないか?  諸々の絶望失望恩讐逆恨みひっくるめ、むくむくと不穏な気を起こしかけたところで、七生はそんな六道をよそにまだ自分の髪に挿さっていた枝を取り上げる。南天の、赤い実のついた一枝。それから邪魔な髪の房を後ろに流し、あらわにした耳元に子どもなりにうやうやしい仕草でそっと挿し入れる。

「おとしだま」

 ああ、敵わない。

 まったく、いつだって敵わないのだ、私は。

 一瞬、桜貝めいた色に耳朶が紅潮した。
 ついで六道は腹の皮がよじれる笑いの発作に襲われた――普段むっつりしているので気づかれにくいのだが、実はこの男、笑い上戸の気があって壺に入ると止まらないのであった。これぞ知る人ぞ知る秘密である。
 膝から降りると子どもは既にもう六道の目にも子どもには見えず、長すぎるきらいのある手足をうん、と伸ばして「ああ、やっぱりこっちのがいいや」等とほざいていた。何をどうやったのかは後でみっちりじっくり探り出すとして、六道はひととおり笑いの発作が収まるまで軽くなった膝を叩き体を折って笑い続ける。そろそろ笑いすぎで腹筋も苦しくなってきた。ちょっと収まったかな、と思ったあたりで七生が目をくりっと動かして、「おれ、そんなおかしなこと言った?」なんて聞いてくる。ひとたまりもなく、もう一度噴いた。

◇◇◇

 ちなみに初詣から帰った家では影も形もなかった筈の九曜は七生の部屋の奥座敷で何ごともなくすやすやと寝息を立てていて、六道はひとかたならぬ安堵の吐息をついた。
 さらに後日、かれが父子の枕から何やら面妖な絵とも字ともつかぬ書き込みの為された札を発見し、「幾らぎっくり腰で動けないからといって」で始まる新春初の長い長い説教と愛の鞭としてきつい拳固をかまされた七生がそれから数日間、縁側で膝を抱えてしょぼくれたままだったという顛末はまあ、言うまでもない。

B.G.M「ひぐらし」「ひまわりの夢」