
「身毒」
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されば大悲の観世音 みづからこれまで参ること わが子を氏子に参らさむ 暑い。 額に浮いた汗のしずくを手の甲でぬぐい、雨彦はちいさく息をつく。九十九折の坂道の途中、すれ違う人影もごくたまにしかない。あったとしても、柔和な貌に更に柔和な笑みをうかべて会釈する雨彦をいぶかしむ者もいまい。 こざっぱりとしたいでたちに人品卑しからぬふるまい。雨彦をひと目見て鬼狩の武門のあるじと思う者も多くはあるまい。どちらかといえば飄々とした文人墨客のたたずまい、じじつ書をこのみ詩歌を能くし、血腥い生業のかたわら、そちらの方でも多少名が知れていた。手桶に柄杓、季節の花などたずさえ、盛夏の時候も相俟って、何処から見ても墓参の人である。 だが、これは奇妙なことだった。 初代からうち続いてはや四代目。かれが当主をつとめるこの時世まで鬼王の呪に倒れた一族はすでに両手両足の指の数に余るがそれだけの死者を得て、なお墓所は持たぬのが冬見の家のならわしであるのだから。 ◇◇◇ 葬地を探すのは雨彦にとって、さして難しい仕事ではなかった。 父は付き合いの広いほうではあったが概して交際は浅く軽くに留め、知人というほどの知人は片手の指で足りる。その伝手から更に幾つかの社寺に書簡を出し、三番目の寺院から届いた返事に記されていた。難しかったのはむしろ稼業の寸暇を盗むことで、八月盛夏のこの時分となれば御前試合のための準備も控えている。じじつ、帰ったらまた確かめねばならぬ書状や手配をせねばならぬ武具などが控えていて、ほんとうは京郊外の墓所に参ずる暇はない筈なのだ。 だが揺らぐ。 白く灼けつく道の土あたりに目を据えていると知らず知らず吐気を覚えるのと同じく。 蝉の鳴く声が無数の鉦を打ち鳴らすように耳の中で反響し、きつくこめかみを押さえる。出来るなら、今すぐ引き返したい。 それなのの己は、どうしてこの道の途上に居るのだろう、 見苦しくないよう衣服をととのえ、勝手の知れぬ作法に悩みつつ水と香をたずさえ、花なんか持って。 嘆息。 くちびるの間から細く息を吐き、かれはまた歩き出す。此処ではあんまり日射しがきつく、ものを考えるのには向いていない。 書簡にしるされた文字から伝わるのはまだ生々しい悲哀に対するいたわりと同情で、受け取ったときにはひどく当惑し、また隔世の感を抱いた。昨年師走というからには、この八月では新仏ということになろう。初七日も四十九日も、冬見の屋敷に過ごす限りはいたって縁なき所行、まったく関わりない区切りで日々は過ぎゆく。 文面から察するかぎり、返事を寄越した僧侶に父は遠縁のものだという説明をしたようだ。確かに、他にうまい言い訳もできまい。無縁仏として打ち棄てることも、尚更に。 坂の終わり、次第に姿をあらわすのは簡素なまるい墓石、添えられたまだ新しい白木の卒塔婆。 その下に居るのは死んだ女と、生まれなかった子供。 足元が揺らぐような、目眩と吐気がぶり返す。ほんとうはちっとも遠くない。そこに死んでいるのは父の子で、女を殺したのは父から伝わったその血の毒だ。目を閉じ、目眩がおさまるのを待った。手桶に活けた花々は暑気にぐったりと瑞々しさを失いつつある。けっきょく自分は、墓前にこれを供えるためだけにこの坂を登ってきたのかも知れぬ。 石楠花。鶏頭。葉鶏頭。 夾竹桃に鳳仙花、白粉花が葉月の風に死人のようにやさしくゆれ、鬼百合のゆらめく炎めいた花弁はひときわ毒々しい。雨彦はもう一度、ちいさく息をつく。 ――この、地獄詣りの赤い花。 |