「三枝」


 三日星とてけっして最初から頑固だったり、融通がきかなかったりしたわけではない。

 そう言うと七生はあおじろい前髪からのぞく眼を子どもの頃そっくりにくりっと動かし、「嘘だあ、」と言ってからまじまじと人の顔を見るのだ。
 ちょいちょい、と指を動かすと猫の子のようにのこのこやってくる六尺ゆたかな弟の頭に、三日星はおもむろに拳固を落とす。がつん、と痛そうな音がした。
「でもねえ、ほんとよ?昔はけっこう泣き虫だったわ。夜の廊下が怖くって泣いちゃったりしたもの」
 のんきに茶をひとすすり、縁側に並んで座っていた睦月が口を出す。しまった余計な口を出された。あんのじょう七生はさすっていた頭をぱっと上げ、
「え?ほんと?他には、他には?」
「そうねえ、よく犬に追いかけられたりとか。あと何か無かったかしら、ねえ?」
「……当の本人に聞かんで下さい、姉上……」
 これ以上此処に居たらどうれだけはずかしい過去を暴露されるかわかったものじゃない。あの手この手で引きとめようとする七生の手を振り切り、厠とかなんとか適当な理由を並べて席を立つ。ほうほうのていで逃げ出す弟の背中をにこにこと見送り、睦月はまた茶をひとすすり、
「でもねえ、ナオちゃん、わたしたちナオちゃんが来てくれてよかったわ」
 枕に付いた少量の喀血。失望の溜息と憐憫の視線。やさしかった人もいたけれど、あのころ、姉弟ふたりにこの家はあまり、居心地の良いところではなかったから。
 手持ち無沙汰に三日星の残していった皿から茶菓子をつまんでいた七生が首をかしげて聞く。
「それ、ほんと?」
 睦月はほんの少し目を閉じる。鼻先を吹き抜けていく、三月の初春の風。それからにっこりと美しい微笑みをして、
「ええ、ほんとうよ」
 
 たとえ同じ父を持つ弟にあの子が内心、生半可でない鬱屈を抱えたにせよ。生来の躯の弱さを文字通り血を吐きながら呪ったことがあったにせよ。

「ふうん……」
 直接に血はつながらぬ末の弟は、一度だけ睦月の表情をまじまじと見た。
 それから目をそらし、膝に置いた手を組んで伸びをし、もう一度、
「ふうん……」
 と、言う。
 傍目には何を考えているのかよくわからぬ七生であるが、睦月にはよくわかる。めずらしく照れている。
 広いばかりで手入れの足りぬ野趣溢れる庭先、それでも眺め回すと片隅に黄色い裂いたような花をつける潅木が目に入り、睦月はもう一度口唇をほころばす。後で切って、綺麗に活けて、弟の部屋に持っていってやろう。
 あの木の名は三椏という。言葉通り、花の咲くところに三枝の枝分かれを持つ木だ。

 けれど三枝はおなじ音を重ねて、幸草(さえぐさ)とも書くのだ。


B.G.M「夢虫」