「落花情ありて流水意なし、と云うのだよ」

 たそがれどき、そう呟いたおひとはお坊さまのなりをしておりました。
 花を仰いでおりました童(わらべ)に手をのべて一花くださり、そう仰ったのです。

 そのおひとと遭ったのはみやこの片隅の、とある廃寺であったと記憶しております。
 ほんに、童らというのはあそぶということにはさかしく出来ておりますようで、どこへでも入りこんであそび場にしてしまうものです。
 ひっそりと、そのおひとは境内で葩をほたほた落とす樹のしたでたたずんでおりました。
 あんまり静かで、そう、幽霊というのはああいうふうに出るものかしらと思いえがくとおりの姿であったものですから、あそび仲間のみんなはあっと声をあげて、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまったのですよ。わたくしはそのころ、ひとりだけみんなより小さくて、いつもそう、おみそにされていたような子でありました。そのときもわたくしばかりがつまづいて、置いてけぼりにされてしまって。思わず、泣いてしまいました。いいえ。いたいの血が出たのと、そんなふうではなかったように思います。ただわあっと跫(あしおと)が遠ざかってゆくのが、こう、床にくっつけた頬っぺたから聞こえてきて。埃のにおいがつんとして。そういうことが悲しかったのでしょうねえ、泣く子は泣くときに、そんなことは思いませんけれど。
――いたいか。どこか怪我をしたか?
 そうあたまのうえから声がして。幽霊というのはずいぶんやさしいことを言うものだなあとふしぎに思っていたら、そのひとがこう、ぐいっと。両肩をうしろから持ちあげてくだすったのですよ。
 そのころはなにしろ、もの知らずの童でありますから。
 泣いておりましたことも忘れました。みんなに置いてけぼりにされてしまったことも忘れました。
 ずいぶんときれいな人がいるものだなあと子ども心にうっとりするばかりでありましたよ。
 しろいお顔が何と言いますか、お空にあがる三日月のようにほっそりしていて。お坊さまというものはつむりを剃りあげておられるものだとばかり思うておりましたが、髪をそのまま解きおろして背に流しているのがなんとも高雅なふうで。有髪?そう呼ぶのですか。山伏などというには、ええ、そんな荒れ法師のようでもなかったかと。泣いた鴉がもう笑うとはこのことで、わたくしはしきりなしにあれはなあにこれはなあにと尋ねてはそのおひとを困らせました。いちいち答えてくださるのですが、答えてくれることがうれしくて、なにを聞いたかも覚えていないようなことばかりお話ししましたものです。
――あの花が欲しゅうて、ついつい降りてきてしまったのだよ。
 そう答えたからにはどうしてここにいるのとお尋ねしたのでしょうねえ。いまではもう、ちいとも思い出せぬのですが。大人の背丈ほどもある、りっぱな椿でございます。白い枝がしっかりと張って、つやつやとした葉は枯れてもいないのに、花ばかりが咲いては落ちてゆくのです。
 ほたりほたりと、風も吹かぬのに咲きみちた花から落ちてゆくのが夕ぐれに、なんともさびしいたたずまいでありました。落花流水と、その言葉をこぼしたのはそのおひとのうすい、色みのすくない口唇でありました。
 花が落ちたところにもそれを抱きとめる流れる水があるという、うつくしいひびきの言葉をわたくしが覚えたのは、思えば、あれがはじめであったのでしょう。落ちる花に流れる水、俗世に言う、おとことおんなのことも指すのだとはさすがに教えて貰えずじまいでありましたが。
 指さし、仰ぎ、その合間にも、椿はほたほた散ってゆきます。そうしてそのおひとはつと身をかがめ落ちた花を拾い、ひとつをくれたのでございます。
 しろい指でございました。葩の、茶色くなりかけた端を撫でる手つきのやさしいこと。わたくしはどうしてか、それを身を切られるような、かなしいしぐさだと思ったのでございます。そのとき、そのひとのくちびるは微笑んでおりました。けれどそれもどうしてか、かなしい顔だと思ったのでございます。ほんとうに、見ているこちらが泣きたくなるほどかなしい。
――落花情ありて流水意なし。そういう言葉もあるのだけれど私は好かないな。
――落つる花にも情けはあるのだよ。流れる水にも心がないなどと、一体だれが言い切れよう。
――もう日も暮れた。帰るといいよ、子ども。
 お堂から崩れかけた寺門へむかうとき、わたくしは一度振り向きました。
 きら、と朽木にかかる蜘蛛の巣に、落日の最後の光がひかったような。
 帰り道、塀のほうから荒れ庭へと回ってみたのですけれどもう、だれひとりおりません。

 ええ。いまでもわたくしは、あの折のおひとはあの寺堂で朽ちかけていたほとけさまではなかったかと、そう思うているのでございます。