
本段
一
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◇◇◇ 雷が鳴っている。 篠突く雨のはげしさと、遠雷のひかり。 雷が鳴っている。 そしてその隙間を縫うように、赤子の泣き声。 雷が鳴っている。 思いがけなく近く落ちた閃光と轟音に、九曜はとっさに両耳をぎゅっと押さえた―― そろそろと両手をおろし、そうして鶯いろの両眸を瞠る。 激しい雨の濡らす門前。かろうじて雨粒の当たらぬ軒下の空間。 御包にくるまれた中から、小さな両手がうごくのが見えた。 抱き上げると雷鳴の大きさにか、一瞬途絶えていた泣声が、より一層大きくなった。 飢饉疫病天災に加え、鬼の跋扈するこの時世。 子捨ても子殺しも、極めてありふれた民草の所業である。 「……が、我が家の門前となると、流石に類例がないな」 「そうなの?」 乾いたさらしで無造作に髪を拭いてやりつつ、六道はそうこぼした。髪を拭かれながら首だけを捻じ曲げ、九曜はそうたずねる。 とるものもとりあえずに家の中に運び込み、家人を呼びたて襁褓を替え重湯など煮させているさなかである。清潔な肌着と暖かな布団、人心地がついたのか或いは単に泣き疲れたのか、赤子は寝息をたてている。 「初代のころならいざ知らず、ちかごろの都でそうそう屍を転がすまいよ。……まして大江山閉山の儀を司ったこの家の門前で」 幾多の御前試合を経て武門としてもそこそこ名の通る当家である。加えて大江山の閉山――一昨年冬にあわただしく行われた、災厄を封ずるこの儀式に筆頭として名を連ねた五代当主が、そこで何を見たか。世人は知らず、ただ憶測ばかりが蔓延り、一族が持つ異形異彩の姿かたちがまた根も葉もない風評を呼ぶ。 「だが、恐らくは――」 赤子の枕元に跪き、その顔をのぞきこんだ。生まれていくらほどなのか、六道にも見当はつかぬ。嬰児のすがたで神世からとどけられた者でもおよそ三日もすれば這い歩き、やがてすぐに言葉を解し得物を手にとり方術を学び始める。それが一族の常である。 ふいにぱちりと開いた両眸と目が合って、六道は苦味を奥歯で?み締めるがごとく確信する。同様にのぞきこんでいた九曜が、目にしたそのままをほろりと呟いた。 「赤い目ちゃんだ」 左様、紅い瞳だ。 この子どもは、紅い瞳をしている…… 八百万の神気を受けて生まれ落ちるがゆえに、冬見の子は異彩である。 土気水気火気風気、たとえば六道の眸は土性土気の強さを示して金色を帯び、初代長女から連綿と続く水神の気を受けて九曜の髪は蒼い。 それはただびとの目から見れば畸なるものには違いなく、かれらを取り巻く畏怖のまなざしに少なからず関与する。 恐らくは、だからなのだ。 見えているのかもわからぬ紅い瞳。生まれたそのときに周囲は驚き、畏れ、忌んだに違いない。 ――河に流そか、首絞めて埋めよか いや、いや、鬼の子は鬼にやろ でなけりゃ六条冬見の門にやろ…… 洛中の童どもが歌う戯れ歌のひとるが思い起こされ、知らず、ぎりりと口唇を噛んだ。 握ったり開いたりするちいさな掌にひとさし指を差し出して遊んでいた九曜が、不安げな顔で言う。 「……どうしようか? この子のおとさんとおかさん、探す?」 言いながら無理を承知している表情だった。手紙どころか身元を指し示すものもなく、唯一あったのは肌着の縫い取り。黒い糸で襟裏にしるされたそれは、ちかげ、と読めた。 「――この子が望むならそうしてやりたいが。俺は無論、お前でも時は足りるまい」 既に一歳五ヶ月、六道は一族としてはいつ寿命が尽きるやも知れぬ老境だ。 この赤子が言葉を覚え、己の境涯を理解するまで、幾時かかる? 十年、或いは二十年、草花のごとく生い育って死ぬかれらに、それは想像も及ばぬ時間の幅だ。 「……そして此処に居ても、良い事にはならぬ。おそらく、どちらも、辛かろう」 そ、と赤子の額を撫でる。一族の呪いの星を持たぬ、まっさらな肌。 「四代当主が懇意にしていた寺に文をやろう。雨彦翁が教えを受けた場所だ、けっして悪いようにはなさるまい」 「そう。……うん、そうだよね」 九曜は己じしんを納得させるように深く息をつき、うなだれるように首をうつむかせる。その指を握って、赤子ばかりがあどけない笑声を挙げた。 |