「雷童」
序ノ段


 簡素な帙におさめられた、いたって飾り気のない態の書物である。

 丁重な手つきで書見台にのせ、冬見家八代当主こと千影はさきほどから首をひねってばかりいる。
「ちぃ、如何した。何ぞ書き方のわからぬことでもあるか」
 あるなら見てやらぬこともないぞ――
 目を通していた書簡の束から顔をあげ、三世はそううそぶいて肩をそびやかした。八代目補佐をつとめる弓つかいの娘は元服ちかくの齢相に至ってますます玲瓏たる容姿、だが仕草と言葉つきだけは幼時、少年のころの千影をさんざに振り回したころのまま。
 たしか、薙刀の奥義創作の段を書き加えんがため、滅多に触らぬ書物を引っ張り出してきたのであったか。
 ううん、と千影は胡乱なへんじをしてもう一度首をひねった。
「いや、書き終わってはいるけど、わからないことはわからない」
「何だそれは」
 三世は千影のかたわらにいざり寄り、手元の書物をのぞきこむ。
 鬼狩の武門、その呪われの血筋の系譜をしるす家史である。
 家風でもあるのか、どの頁もどの文章も、極めてそっけない。生まれた子の名前、死した先人の名前、倒した大鬼の記録やその年月ばかりが記され、成程これは書き方のわからぬことはなかろう、三世がそう思い千影のほうを横目で見やると、千影はかるくうなずいて指をたばさんでいた書物の頁をひらいた。
 家史のはじめ、生まれの末葉を書き加えてゆく系図。
 初代からひろがり続き、ところどころに途切れた空白がさむざむしい。だが三世にとっては見も知らぬ親族、命とわざを燃やして消えていった道行のしるべ、それ以上でもそれ以下でもない。
 何のおかしいことがある、と言いかけて、滑らせた視線が下端ではたと止まる。
「……ちぃ。初耳だがお前、吾の兄であったか?」
「……わからない。きいてないよ、そんなの」
 その口調は、途方に暮れた幼子のよう。
 八代当主とその補佐は、額をつきあわせんばかりに家史をのぞきこむ。
 系図の下方、そこに記された自分達の名前、三月ちがいの生まれ月でふたつ並んだそれらは一方は破線で、ひとつの名前に繋がれてある。

 六道。

 それは確かに霜烈な気性で知られた、冬見家七代目当主の筆致であった。