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 家屋敷に起居する分には、無明は、無口ながらもしごく柔和な少年である。縁側からあがる前、泥に塗れた足をきちんとぬぐうことも忘れない。蓬々と乱れた髪も湯さえ使えば艶々としろく、すんなりと降りて、櫛を入れることをいやがることを除けばまったく、何処ぞの上臈かと云われて良いほどの容貌である。襟を正し、きちりと袴なぞ纏い、背筋を伸ばして凛然と坐せば一見、折り目正しい若武者にさえ見えるのだった。……そのまま終日、日が暮れるまでぼうっとしてさえいなければ。黄昏を過ぎて座敷に光が失せ、それでもいっかな動こうとしない。まるでひっそりとわだかまる樹木のごとき気配である。何の心準備もしないままうっかり座敷に入ってしまった瑜伽なぞ、大層びっくりし、思わず覚えたての"赤玉"なぞを唱えてあやうくその髪を焦がすところであった。御蔭で当主さまとイツ花にこってり怒られた。腹立ち紛れにむこうを見ればその当人は、やっぱり座敷童子もかくやの風情でじいと座ったまま。 これで腹を立てねばおかしいというものだ。瑜伽は当然、機嫌を損ね、次の日早速八つ当たりした。
 何を見ているのだと問えば、ようやく視線を無限遠の彼方から此方へと揺り戻し、戸惑いがちに瞬きするのだった。
「……ことばは、むつかしい。ことばでは、とてもむつかしい」
 さっぱり要領を得ない、つたない言葉つき。何の回答にもなっておらぬので、瑜伽は無明の、ずいぶん高いところにある頭をぽくん、とぶった。なにせずいぶん背が高いので、ぶつにしても相手が屈んでくれぬと難しい。とどめに長い髪の房を引っ張ってやり、ようよう許してやる気になった。されるがままに痛そうな顔をして、無明はまだじぶんの頭をさすっている。
「おぬし、上手く言えぬとすぐだまる。悪いくせだぞ、」
 こんな言葉を投げると、いかにも神妙に頷く。縁側でその様子を眺めていた父――草壁が笑った。「仲が良い、」と言うのである。いかにも楽しげに余韻を含めた声で、瑜伽は今度はそれに腹を立てた。
 とんでもない誤解だ。
 腹立ち紛れにそう言うと、無明はひっそり首をかしげる。
 とんでもない誤解だ。
 瑜伽は結局、腹を立てたまま男二人を置き去りにして今日の習練に出ることにした。弓場に立って的射ちをするのである。天気の良い日はあの日のように弓を片手に野遊びに出もするが、今日はどうもそんな気分ではなかった。
 その背後で無明がまた首をかしげるのにも気付いた様子がない。我が家の姫君の直情径行ぶりを見送り、草壁はしずかに笑んで、ひとりごとのように呟く。娘が生まれて、このほっそりとものしずかな男はふしぎな余裕のようなものを得た。何か、奥行きのようなもの。ひろがりのようなもの。背なで結わえた黒髪を揺らし、喉を鳴らす大猫のようにみちたりた笑い方をするようになった。
「だれに似たのだろうな。ああも気性が強いのは」
 草壁の覚える限り、その母神にも似てはおらぬ。ただ、天つ界の母は、つかみどころのないうちにも何処か熱した針のような鋭さを隠し持つ女であった。最も旧き由緒を誇る神名と、権威をふるうに馴れたものごし。うっすらと笑むともつかぬ唇と、日輪の海に没するときのような金色をした眸。
 もしやすると天にいますのではなく地上に生まれれば、その気性はあのちいさな娘子のようであったかと思うと、ふと胸があたたまる。あのように向こう気の強い、かわゆらしい気性であったかと思うと、じつに満たされる心地がする。
 と、いまのいままで黙って頭をさすっていた無明がふいに言葉を口にした。ひどく珍しい。この男がひとりごとを言うのも、この童子がそれに応えを返すのも、酷く珍しい。気性は違えども、静かなることはどちらにも相通ずる男どもであった。
「……でも、いいこだ。」
 ああして朝晩弓を引く。だれも言わぬのに、弓を引く。おれは、あの子がまじめなところが好きだ。あの子がまじめに、ほかのなにも見えぬほどまじめに打ちこんでいるのを見るのが、とても好きだ。
 どちらの言葉も独り言に似ているのは、この童子が主に草壁から言葉を学んだことが多分に影響している。そしてそれはこの実直な弓使いが意図したことでは、別にない。どちらにもただ、それだけで足りているのだ。ことばの積み重ねとは、偽ることに、とても近い。そうと本能的に知っているので、言葉を切る人種である。
 草壁はますます微笑ましく、薄暗い縁側から日溜りに目をやる。童子は更に薄暗い座敷にひっそり座り、いつもと同じく目を半眼にして、どこを見ているのか知れぬ顔つき。
「それは瑜伽に言っておやり。私に言っても仕方がない、」
「……言ったら、おこる。」
 そこで初めてこちらに目を向ける。どうやらこれを訴えたかったものらしい。何ぞ思うところなく口をひらくなどしない子どもでもあるのだった。やや気難しくて扱いにくい。人によってはおそろしく可愛げのないふうに映るのだろうが、その点、草壁は何の問題も感じない。その目を眺めるとその白目の部分が青いほど澄んでいる、虹彩も碧というにはずっと淡く、瞳孔の深い黒がその色合いをそのときどきに変えるさまは猫の眸に近い。安らいでいるときは色淡く、らんとひかる鬼火の蒼に燃ゆるときはその激情を示し。言葉で判断するよりも、ずっとたやすい。そのようなことを思いつつ眺めるうちにも、訥々と途切れがちの言葉を繋いでゆく。
 あの子は、すぐおこる。どうしてか、すぐおこらせてしまう。ほめたつもりで言うても、なんでか、上手くいかぬ。おこらせるつもりでないのに、すぐおこる。
「……だから、ことばはむつかしい」
 目だけでその子の好悪を読む草壁ならばともかく、会話に惑わされる。返答のきつさに面食らう。もしや思い違いをしているのではないかといつまでも思い悩む。ああこの童子がものを言わぬのはそういうことでもあるのだなと、草壁は「ははあ」と息を洩らした。 「ああ。難しいな。」
「むつかしいだろう?」
 驚くべきことに、会話が持続している。首肯や手振りで最小限の意思疎通をしか試みない無明との間では、これまたひどくめずらしい。
「難しいものだよ。童子。だがそういうものだからそうするしかない、そんなものなのだよ」
「……やっぱり、むずかしいのだな」
 むむむ、と眉間に皺寄せて考える顔をする。
「ま、頑張ることだ。気長にやれば良い、瑜伽とは付き合いも長くなる。ゆっくりゆっくり、そうしてゆけば難しくなくなる。」
「……ながくなるのか」
「ああ。私よりずっと長い付き合いになるだろうさ。だから、辛抱強く、仲良くしてゆけばよいのさ」
「……そうか」
 納得しているのかいないのか。すん、と鼻を鳴らす子どもに、草壁は笑いかける。そうして、とん、と己の膝をたたいてみせた。するすると傍らに寄って、童子――無明は至極当たり前のこととして、そこに頭をのせる。
 草壁はこの子が眼疾で手探りをしていたときを知っているし、実父が急死した直後、屋根裏から降りてこなくなったときのことも知っている。あの七日間はほんとうに大変で、ほとんどものを食べず、無理に食わせてもすぐ嘔吐した。人に触れられることを極端に嫌がるようになり、なにかにつけてすぐ暴れた。それはもう暴風のように容赦ないいきおいで、土器は割れ障子の桟は折れ簾は吹き飛んでぼろぼろになり、取り押さえようとすればその腕にかぶりついては逃げ出し、また屋根裏にこもるということを繰り返した。家人のうちで、そんな幼子を相手にもっとも辛抱づよく接したのが草壁であり、その段を受けて後見をもつとめ、いまだ名を持たぬでいた童の名付け親ともなった。
 極めて異例のことである。
 討伐へゆけるかどうかさえあやぶまれていた幼子であった童子はつい先月に初陣を果たし、それらの懸念を振り払って余るほどの腕を身につけつつあった。身ごなしは軽く、己の腕の延長のごとく薙刀を扱う。間合いを読むにかけては天与の才があり、その目はほかの誰より鋭く、ほんの一寸の隙にさえあやまたず長薙刀の刃先を叩きこむことさえやってのける。
 一体、それ以上何を望もうか?
 ことん、と力を抜いた首の重みが心地良いのは、娘の生まれる前も生まれて後も変わらぬ。さらさらと、柳の花のごとき手触りをした髪を撫でると猫の仔のように目を細めるしぐさもまた同じ。
 一時期棒のように細くなった手足も、しなやかな骨格にしっかりと筋肉が乗り始めている。背は、むかしより、ずっと伸びた。小さな頃からきっと大きくなるだろうと思っていたから、草壁にはそのことがなんとなくうれしい。
 そんなことを思ってしみじみ悦に入っていたら、退屈したのか、無明は草壁の腹にごつりと頭をぶつけてきた。もうとうにそんな所作の似合う齢相でもないのだが、この童子がやるとまるで違和感がないのがまたふしぎだ。
 頭をすりつける動作はまるで猫の子どもである。肩をまるめ、体の前にちょんと両手を添えているのでますます猫のしぐさに似る。思わず失笑が湧いた。
「なんだ。あそびたいか。かまってほしいか?」
 猫にするのと同じに喉のしたをくすぐってやると、いやそうに顔を背ける。くすぐったいのが苦手なのだ。無論いやがらせである。
「……ぐあいが悪いのならいい。瑜伽とあそぶ」
 ぷいとそっぽを向いたとしても、どうせ膝の上である。
「悪くはないさ。ただ年寄なだけだ」
 草花よりも早い速度で、年老いてしまっただけだ。
 わたしはやがて死ぬだろう。
 この家のはじめから、誰もがそうしてきたように死ぬだろう。
 ――ああそれでも。
 それでもこの子は、この子たちは死なないかもしれない。
 生きて、生きて、生きて生きて生きて生きるのかもしれない。
 この血に生まれた、だれもが望むその精華を手にして。
 そうして草壁は、それならばいいかと思うのだ。
 己では思いも及ばぬ、長い長い時間の幅をこの子らが生きてゆくのはたやすいことではないだろう。軋轢と苦難と、五蘊のかぎりを尽くした人の世の不幸を思い浮かべ、それでも、と思う。
 生きてあれ。倖福であれ。かず限りなくおまえたちを言祝ごう。
 生きて。生きて。生きて生きて生きて生きて。
 ひっそりと目を臥せると、眼裏に浮かぶのはいつか来る未来。
 ふと手を取られ目を上げれば、眼前にはいつか泣いていた子ども。
 ――今は泣いておらぬ。
「ぐあいが悪いか?だいじょうぶか?」
 目の開くのも遅ければ言葉を覚えるのも遅く、少々人の世での理にも疎いが、そのぶん汚濁からも遠い。生まれて四月目、もうすでにいくさに馴れた固い掌、心配げにぎゅっと眉根に刻まれた皺。
 おさなごのように心許なく、隠者のごとく達観しつつ、そうして草壁は、それでいいかと思うのだ。わたしは、今までかず限りなく救われてきたおまえたちを見送ろう。
 祈るが良い、願えば良い、瞼を閉ざし、その一瞬に世界は滅び、そして救われる。
「だいじょうぶだ」
 うっすらとほほえみ、膝に置かれていた手で握り返す。この手で、この子は世界を最初に知ったのだ。
 その世界のいくぶんかに、己で出来ていた部分もきっとあるだろう。
ならば滅びぬ。失われぬ。
ここに。おまえの掌の中に。
 ほんの幼子のときと同じく屈託なく笑い、うれしげに手を繋ぐ童子と草壁は庭へと降りる。不機嫌そうに弓を引いていた娘が振り向く。春のひざしが矢鱈とまぶしい。ほんのたわいない午後のひざしが、酷く目に痛く、けれど不快ではなかった。

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