不如帰

 何をして、どのような表情をしていたのかは克明に思い出すことができる。
 たとえば、俺が呼ぶ。そうすればおまえは振り向いて、ほんの少し困ったふうに眉根を寄せ、それから小さく拳をかため、それで俺の肩あたりをこづくだろう。一言二言、何か軽口のひとつも叩くかもしれない。おまえはそういうのが巧い。巧くなった。たった一月でだ。指南役としては誉めるべきかもしらんが俺は誉めたくないので誉めん。俺はもう二度と、おまえのことなぞ誉めん。自業自得だ。伯父上に蔵に鍵を掛けられてしまえ。家に入れなくって泣いてしまえ。暗くなっても迎えになんぞ、俺は行かぬ。
 しかし、だったら、誰が行くのかな。妹はおまえといっしょにおるのだし。まあいい。しばらくそこにおれ。仲よう、遊んでおれ。きょうは盛り塩といっしょに白墨を出しておこう。消炭のほうがいいか。あれなら塀にも描ける。絵はきらいではなかった筈だ。筈だと思う。何、しばらくだ。じきだ。もう、ほんの一瞬きだ。

 ――何を考えていたのだったか。

 ああ、そうだ、おまえたちのことだ。おまえのことだ。俺は困っているのに、おまえたちときたら肝心なときにはおらぬのだ。
 とても困っている。
 毎日毎日おまえたちのことを思い出している。忘れるのが厭だからだ。怖いからだ。足元が覚束ぬ。緞帳が落ちる。柝の音。一瞬で奈落だ。そう知っている。だから思い出す。そうすれば大丈夫だ。俺は平気だ。
 それなのに時々、ふいに、思い出せなくなるのだ。



 なあ。おまえ、どんな顔をしていた?



声はして 涙は見えぬ ほととぎす
わが衣手の ひづをからなむ

――――よみ人知らず