
「冬日永」
―ふゆのひなが―
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近頃はどうしてか、一日がやけに永いのだ。 ◇◇◇ 昨夜、京に初雪が降った。 花咲くのもことのほか早かったこの年、小巡る時の糸車も駆け足で回る。とおく山の遠景に白いものがちらちらした、その一夜のうちに雪雲は山をくだり、新雪は低地をうっすらと蔽うのだった。 簾を掲げ外を眺めると、日輪は雲のむこう、おぼろげな暈ばかりがその在所を示す。それでもふしぎに明るいと思うのは、降り積んだ雪が光を反射するからだろうか。 早朝――鈍色の空に地上の雪ばかりがしらしらと明るい。前栽のようすをしばらく眺め遣り、屋敷の裏手にしつらえられた鍛錬所のことを考えた。矢道も巻藁も戸外に立ててある。はやばやと掻いてしまわねば不便をすることだろう。そう思いつつも、六道はいつもより身仕舞いにのろのろと時間をかけた。 寒いせいだ。そう思った。きょうは何故か、普段よりずいぶん躰が重いのだった。 疲れているのだろう。そう思って、そうしてそのまま、そのことは忘れた。 厨にまわり、そのままそこで余りの飯など軽くつまんで朝餉のかわりとさせてもらった。起き抜けにはどうも食が進まないのだ。その序(ついで)、きょうは雪掻きをしてしまおうか思っていると話すと家人はこころよく胸を叩いて請け負った。 「もうもう、そんな水くさいこと言わないで下さいな!イツ花こう見えても力仕事は得意なんですから。ちゃッちゃッと片しておきますから、きょうぐらい、お休みしちゃえばいいですよ。ね?」 「そうか?では頼んでしまおうか。裏手と門前あたりは掻いてしまわねば不便をするが、前栽は残しておいてもよいかな。あの子らも雪あそびがしたかろうし」 言うと、相手はちょっと小首をかしげたがやがて得心がいったらしく大袈裟な動作でうなずいた。 「え?――ええそうですね、まだまだお小さいですもんねェ。あとで雪兎、つくってさしあげますよ。九曜様も欲しがるかしら」 そのとき思い浮かべたのは銀髪の、まだまだ幼さが色濃く残る少女の姿だ。ほほえみ答え、頷きを返す。 「ああ、きっと。きっと欲しかろう」 お昼はちゃんと食べてくださいね、との説教に背中であいまいにうなずいて誤魔化しながら、六道はその場をそそくさと辞した。 ◇◇◇ ……さて困った。 休めときゅうに言われても。 外へゆくにも空合い悪しく、出掛けるのは億劫だ。 部屋で香のたぐいをひろげるにしても、好きなだけに気が乗らぬときにはしたくない。読みさしの書物は何処へ置いたやら手近に見当たらない。探すのも手間だと思えるこんなときに読んでもはかがゆくまい。 幼時からろくな遊びもせずに育ってきたからか、六道はどうもこの、「遊ぶ」ということがうまくない。石拳をすれば十回中七回は確実に負けるので、むかしからかくれんぼのときはひたすらに鬼役に徹してきたという過去を持つ。それでふきげんになるほど子どもではなかったつもりだが、それでも思い出せばこう、一抹の理不尽がこみあげるわけであり。おかげで滅多矢鱈と家じゅうの隠れ場所にはくわしく、どこぞの双子の兄のほうが拗ね不貞腐れて屋敷のどこに隠れようがあっと言う間に見当がつくというのが余禄の特技にもなったがそんなの一体有り難いんだか有り難くないんだか。 ほとほとと渡殿を歩きつつ、思い出してやや複雑な気分になってしまうのもまあ、かれとしては無理からぬ成り行きなのである。隙あらば「あそぼ」等と声をかけてくる六代目と一緒にしてほしくはないと心から心から心から思う。 何をしようか。何して遊ぶ? ……亡父が存命のころには、六道は、遊びといえば殆どひとり遊びしかしたことがない子どもであった。貝合わせの貝やら色とりどりの歌牌やらを部屋じゅうに散らばして遊ぶのだ。床に寝そべりきれいな色やら繊細な紋様やらをなぞりつつ、遊び相手がいるつもりになって遊ぶという遊びである。 何をしようか。何して遊ぶ? 並べていたはずの札がひとりでにぱらぱらと裏返る。絵貝のお気に入りのひとつがどこかに消えてまた思いもかけないところから出てくる。手習いの手慰みに折った折り鶴がいつのまにかむこうを向き、風もないのに風車がかたかた回る。その程度のことではいちいち驚かなくなったのも、かれにとってはこの幼い頃のあるゆえだ。 父が亡じてからはぱったりと、そんな遊びもしていない。 何をしようか。何して遊ぶ? 『何して遊ぶ?』 屈み込んで、目と目を合わせて、にっこり笑う。 白い大猫じみた六代当主が、そうして言いにくるようになったので。 それまでも、このいっぷう変わった小父上はたびたびそう誘いにきてはまだまだ小粒な六道を振り回してくたくたに草臥れさせたものだったが、それがいっそう頻繁になった。少なくとも日に一度、多いときには二度三度。当主職を継いで多忙になったと思いきや、ぜんぜんそんなことはなかった。つまりかれと遊ぶため、ほかの仕事はちっとも全く何一つしなかったわけである。これではだめだと三日星に相談したところ、あれなりに気を使っているのだろうと逆にさとされ、睦月にはさびしんぼうな子だからどうかかまってやってねと手を合わせられた。頼まれたのだからしょうがない。幼いなりに気を使い、ほどほどに遊んでやってから仕事に連れ戻すのは大層骨が折れた。なにせ七生が相手なので、幼少から周囲の大人にずいぶんしっかりものの子どもだと感心とともに心配されていた六道でさえ、ふと気づくと日が暮れていたりした。遊ぶということにかけては他の追随を許さぬ才を誇っていた。いいからその才を別のところに使えと幼心に何度思ったことだろう。いやまったく才をもてあますという言葉はぴったりで、そういうふうに生まれつく人というのはいるものだなあと感心したりもしたがちっとも羨ましくなかったのは何故だろう。やがて知恵もつき、すこしだけだが背も伸びて、六道が一人前に仕事の手伝いもできるようになると一丁前の口をきいてこのなまけものの六代当主を仕事に追い立てるのもじつにわけないこととなったのだが。 思い出し笑いとともに、かじかむ両手に息を吐きかける。呼気は白く霞んで、ゆるやかに下方に流れていった。 ……ところできょうは、如何してこんなに静かなのだろう? 双子のあの子らはむろん、すえの九曜が生まれてからは屋敷がこのように静かであるなど殆どあるまじきことのように思われて、かれはまた白い息を吐いて苦笑した。まったく、騒がしいことこのうえない。今ごろは何をしていることだろう、暖かい火鉢を囲んで双六の骰子の目でも振り合っているのか、それともこの寒気にふたりして布団から顔も出せずにいるのだろうか。あの子らは夏の生まれであるからして、さだめし目をまろくしてこの雪をながめることだろう。 かく言う六道も春の生まれで、それ以前の冬のことなどむろんあずかり知らぬわけだがそこはそれ、齢上の特権。知ったふりをして眉ひとすじも動かさずにいようとすでに心には決めてある。 三月弥生の落花の風情を枝に積もった雪帽子に見立て、かれはまた思い起こす。芳しい石畳の往路を、花降りやまぬ春の麗らかな甍を。空は甘やかな白銀に花曇りして、風運ぶ爛漫の百花の香とともに初めて屋敷の門をくぐった。不安に鳴り止まぬ胸をむりに張って、小さい背をせいぜい大きく見せようとして。屋敷に来たときのことなど、あの子らは覚えているものだろうか?…… 庭木のひともとにふと目を留めたとき、六道はちょうどそんなことを考えていたのだった。雑木の多い、荒みがちの庭は手入れがあまり行き届かず、それゆえちょっとした疎林のような趣がある。季節柄、殆どの樹々が葉を落として寒ざむしい枝が差し向かうなか、濃緑をした照りのある広葉をこんもりと茂らせているのがひときわ目についたのだった。葉陰にひとつ、ふたつと簡素ながらあざやかな色彩の花も目に好もしく、しぜん口唇がほころんだ。 渡殿から高欄をまたぎ越す気になったのは、あの子らがはじめて屋敷に届けられた日のことを思い出したからだ。履はない。足袋が濡れるが、まあかまうまい。いたずらをしにいく子どものような気持ちになって、夏のある一日を、かれは思い出す。暑い日だった。日影にいてさえじっとりと肌膚が汗ばむ陽気、文机に姿勢わるく取りついている七生のほうへ、六道は手にした書物で扇代わりにあおいでやったものだ。朝方からこっち、ずっとこんな調子でうんうん唸ってばかり。一度は腹痛でも起こしたのかとイツ花が様子を見にきた。当のふたごは座敷に雁首そろえて並べられ、しまいには縁先に寝転がって四本の足をばたばたさせてむずかりだし、しょうがないから一遍、裏庭に盥を出して行水を使わせたものである。洗いあげた髪を拭いておろしたての単を着せてやるころにはもう日も傾きかけ、うつらうつらと舟を漕ぎ出した。遠いところから届けられた、その疲れもあったろう。こっくりこっくりしていた赤毛の頭ふたつはしまいには縁側で涼んでいた六道の膝の一方ずつに落ち着いて、安穏な寝息を立てていた。息をするたんびに鼻が鳴る調子まで申し合わせたようにおんなじなのが何ともふしぎで、また可笑しかった。 出来たあ、と宿題をすませた子どものように七生が声をはりあげたとき、すでに空には一番星。厨のほうからは炊ぎの烟が白く漂い、夕餉の膳をととのえるいい匂いがしていた。頬にまで墨を擦った跡をつけて得意満面、差し出す半紙にはなんとも巧拙を判断し難い筆致で同じ文字をふたつずつ上下逆さにした名が記されて、どうだと言わんばかりに朱筆で囲んで強調されている。常葉と葉常。盛夏の時節にも不変(かわらず)のみずみずしい常盤木をゆびさして、あれから思いついたのだと大威張りだった。まあまあですねと気のないへんじをしたのは、うっかり膝枕をさせ過ぎて両足が痺れを切らしていたからだ。御蔭でしばらく立てなかった。その日は結局、膳部を運んでもらってそのままその部屋で夕餉をかこんだ。八月葉月初旬。あの子らが家にやってきた、いちばん最初の日。 ……ところで何故、きょうはこんなに足が重いのだろう? ひどく息が切れてならない。また、ひどく汗が出てならない。厭な汗だ。ふつふつと額に玉粒のように並ぶのに、どうしてか、ひどく冷たくて粘るのだ。胸の奥、胃の横あたりに重苦しい鉛のような違和感がある。痛くはない、ただ気持ち悪い。目の奥でちかちかと明滅する目眩。緩やかな波に揺すられるように、ただ歩いているだけの地面に足を取られそうになる。ざ、と音をたてて雪を蹴立て、ようやっと白い木肌に手をついた。指先の感覚が鈍く、布越しに振れたような遠い感じしかしない。 花に。 呼吸をととのえながら腕を伸ばし、指で触れようとした。ぽっとりとした花弁はいかにもきめ細かく、またしっとりと冷たいだろう。熱ぼったい掌を冷やしたかった。 花を。 小ぶりで、きれいな花弁を備えた一輪であった。瑕ひとつない瑞々しさにも心をひかれた。特に意識もせず手を伸ばした。 触れれば落ちる。 足下をうすく蔽った雪の層に、音もなく吸い込まれるようにして落ちていった。黄金いろの蕊から花粉が散った。六道はそれをなぜか酷く、ひどく焦りにみちた目で追った。 ――こんな雪では冷たかろうに。 その一瞬、どうしてかそんな言葉が浮かんで消えた。かき抱くよう、さしのばした腕は目測をあやまり、いたずらに雪を掻いた。きゅうに躰を屈めたせいか、咽喉にひどい吐き気が詰まり、息苦しさに膝が落ちて、雪と泥土に塗れた。すうっと頭から血が引いていく感覚、目は開いているのに目の奥から暗闇が滲み出してきて、何も見えない。何も聞こえない。闇雲に地面をまさぐると、雪と水と土の冷気ばかりが指のあいだから沁みた。 咽喉がごろごろと音を立てて鳴り、二、三度、激しく噎せた。そのたびにいまは何も見えぬ目の奥に火花が散る。躰を支えていた腕が、咳の拍子にがくりと落ちた。痙攣するように指が土を掻いた、はずみに、雪とも土とも違う感触のものが触れる。 掴んだ。 しんなりと優しく掌に触れる花弁だと、見えずとも知っている。先刻この手から、掴みきれずに落とした。あの子らにやろうと思ったのだ。一枝なりと手折って渡してやろうと。そうして話もしてやろう、おまえたちがもう忘れてしまっただろう、小さいときの話もしてやろう。…… 口腔になまぐさい血の味があふれ、なまぬるく口の端からしたたった。倒れたまま、落ちた花の一輪をすがりつくよう手に掴んだまま、背をまるめ腕で躰をささえ直して咽喉に残った血を吐いた。さして量は多くない。躰が弱ってくると胸腔に血が溜まるのは、己の父方の血筋だ。幼い時分、病父の枕元に置かれた金盥にどろりと生肝のようにわだかまる血が吐かれていたことを、かれは思い出す。それが幼い頃に酷く不気味で、そして不安なものであったことも。 ――今はもう、さして怖くもない。 ただわずらわしいとそう思う現在、そのこと自体が、少しだけ淋しい。 目の奥からゆっくりと暗闇が退いてゆくのとともに、血の温度に雪が溶け出していくようすをかれは見ていた。血が足りず、まだ視界の隅がちかちかするが、すぐに戻るだろう。吐いたあとはいつも、普段よりずっと気分は良くなるのだと、かれはもう知っていた。ほんとうはもう、ずっと前から知っていた。 ――忘れていたかったのだが。 ぼんやりと輪郭の暈けた意識で、そんなことを思う。 着物に血と、溶け出した雪が沁みてきて居心地がわるいのだが、まだ暫くは動けまい。深くついた息に鉄錆のにおい。口のなかが粘つくのが気持ちわるくて仕方ない。大体こんなふうに庭先で寝ていては行儀がわるいではないか。齢若の者に示しがつかぬ。そこまで考え、かれはまた、弱く息を吐いてわらう。手にした花をもっと近くに引き寄せようとすると、これが思いのほか、骨の重みが腕の付け根にこたえて思わぬ大仕事だった。眠い。酷く――眠い。 当主様当主様と呼ぶ声がいまにも泣き出しそうに聞こえ、六道は、眠りに落ちかけていた瞼をゆるゆると持ち上げる。すると目の前には養い子の千影がくしゃくしゃに顔を歪めていて、悲痛な声で呼ぶのだった。すあしには草履をつっかけ、綿入れを羽織り、またその手にもう一枚羽織るものを持っているので、これはどうやら自分を探していたものらしい。 ああそうか。きょうは、朝におまえを呼ばなかったものな。心配させてしまったか。 そう思いつつ、悪戯をみつけられた子どものようにばつが悪かった。家人のだれにもみつからぬうちに立って、部屋に戻って、身の始末をしてしまうつもりでいたのだった。肩を抱き起こされ、腋下に腕がさしいれられる間じゅう、かれはきまり悪げな小声でぶつくさと言訳とも小言ともつかぬ繰言を垂れていた。後でお聞きしますゆえといまは頑として言うことをきこうとしない養い子に対する照れかくしが半分以上と、あとはきまりが悪いのを誤魔化したいだけなのだった。 だから、ぽつ、と呟いたかれの一言はそんなふうな、多くの言の葉にまぎれてうっかりと取り零したのだろう。べつに言うつもりはなかった。困らせるつもりは、さらにない。 ――私はけっきょく、あの子らに話をしてやったろうか? 一年前だった。冬だった。きょうのように雪が降って、きょうのように閑日であった。きょうとまったく同じふうに起きて、きょうとまったく同じふうに庭に降りたのだった。 あのとき、私はあの子らに話をしてやろうと思っていたのだが。花は折ったろうか。あの子らはどんな顔をして、どんなことを言っただろうか。伯母上の一輪挿しに挿してやろうと思っていたけれど、あの銅の花器はいったいどこへやってしまったのだろう。…… 思い出せぬ。 もの覚えの良いつもりでいたけれど、私はやはり、いろいろなことを忘れている。 かれの手にはいまだ、拾いあげた花の一輪が握られている。雪水に濡れ、すこし血で汚れてもいるのだが、手を離す気分にはどうしてもなれぬ。 覚えていることは数知れぬほどあるというのに、かれは吐息とともに独特の、無限の遠くを見る目つきでいまを見る。千影が困り切った顔をするのがなんとはなしに気の毒で、他愛もなく話を変えた。 「今、何刻だ」 「五ツ半です、」 まだ、午にもならぬのか。 ――近ごろはどうしても、一日がとても永いのだ。 若いときにはもっと飛ぶように過ぎていったものを、半分も感じない。ひどく密度の濃い過去の比重に現実が傾いていき、時間の流れがゆるゆると遅くなる。 だからだろうか。六道は、ときどきわざと迷子になるように、あの子らを探したくて仕方ない。養い子の肩に遠慮がちに躰の重みをかけながら、それでもひょっこりと、あの簾の蔭からでもあの双子のどちらかの顔が出るような気がして仕方ない。 |