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バンコクの黒い絨毯(バンコクゴキブリ事情)
その日私、関根清隆は宿泊していた安ホテルのロビーでホテル内のレストランのオーナーに
相談を持ちかけられた。彼によるとそのレストランには日本人がよりつかないので悩んでい る、とのことだった。最近増えている日本人バックパッカーを集客したいという。
話を持ちかけられたとき、私ははっきりいって無理だと思った。私はオーナーにこう言った。
「チャック(オーナーの名前)、オマエの店にはゴキブリが多すぎるんだよ。これじゃあ日本人
は入ってこないぜ。」
するとオーナーは不思議そうにこう反論した。
「何でだ?この虫には毒とかはないんだぞ!?」
私は半分呆れながら、文化の違いというか、生活習慣の違いというか、とにかく返答に困って
しまった。
「とにかく日本人はこの虫が嫌いなんだよ!ゴキブリを退治しない事には日本人は客として来
ないよ。」
その後も彼はゴキブリに毒がないことを力説していたが、何とか私は日本人が(病的なまで
に潔癖で、この黒い脂ぎった昆虫が)大の苦手である事を彼に理解させることが出来た(ここで ひとつ説明しておくと、彼の店は四六時中件の黒い油虫が徘徊しており、当時それがあまり苦 手でなかった私ですら閉口するほどだった・・・)。
彼は私に「じゃあどうしたらいいだろう?」と言ったが、正直私は彼の店のゴキブリがあまりに
多かったため良い考えが浮かばなかった。店を経営する彼ですらこの調子なのだからゴキブリ 退治専門の業者などいないだろうし、いたとしてもこういう場末の安食堂で依頼できるほど安い 料金ではないだろう。
そこで私は当時日本で発売されていた「バルサン」という殺虫剤に目をつけた。あれならばこ
の店の大量のゴキブリ達を一網打尽に出来るかもしれない。
幸いこのバンコクには多くの日本人が住んでおり、日本人街?もあった。当然そこには日本
人御用達のスーパーマーケットもあり、大概の日本製日用品は揃えることが出来た(余談では あるが何を勘違いしたのか、のり巻きにジャムをくるんだものまで売っていたのだが・・・)。
その後私はそのスーパーマーケットにて10個以上のバルサンを買い込んで使い方を知らな
いオーナーに代わり、店の中にセットした。
そのときそこには私とオーナーの他に友人のジャーナリストM氏(アホ)、その弟子のカメラマ
ンY氏(バカ)、その他日本人旅行者の女の子Hさんと男が二人いた。
全ての容器に水を入れ、缶を投入し、店のシャッターを下ろした。しばらくすると、当然の事な
がら店の中にあの独特の白い煙が充満する。やがてそれはシャッターの隙間や窓、換気扇な どから溢れ出した。
それを見たオーナーは急に騒ぎ出した。こういうものを見た事がなかったのか、火事か何か
と勘違いをしたようだ。
私は彼に心配ないと説明したのだが、しまいには泣き出す始末で「店の様子が心配だから中
を見せて欲しい」と言い出した。
ここでシャッターを開けると煙が逃げて効果が削がれると思い私は反対したのだが、結局彼
に押し切られて開ける事になる。
それが大きな間違いだった・・・。
彼がシャッターを開けた瞬間。
バルサンの白い煙ではなく代わりに黒い塊が飛び出してきた!!
例えるなら宮崎駿のアニメ「となりのトトロ」に出てきた「まっくろくろすけ」のような感じだった。
いうまでもなく「黒いもの」とはゴキブリだ!
昔ある本で黒い絨毯という蟻の大群の話を読んだ事がある。それはまるで大地に黒い絨毯
を敷き詰めたような光景で、それが通った後は草一本残らない。人間などはものの数分で骨 になるという。
まさにそれのゴキブリバージョンだった!!!
オーナーを除くその場にいた6人はそれを見たとたん一目散にホテルに向かって逃げ出し
た!オーナーだけはその場に残りゴキブリまみれになりながら「何をお前らそんな大騒ぎして いるんだ?」という顔をしてこちらを見ている。
レストランのシャッターは廊下の真ん中辺りにあり、廊下の突き当たりは我々の宿泊している
ホテルの入り口で、反対側は外の通りに通じていた。
私達6人は必死になって走った!「冗談じゃない。これ以上関わっていられるか!」というの
がそのときの私達の本音だった。
中でも女の子であるHさんは必死であった。ものすごい形相で私達を追いぬいて走っていく。
彼女は学生時代陸上の短距離の選手だったそうなのだ。
彼女は我々に5m以上の差をつけてホテルのドアに飛び込んだ!
そこでもさらに悲劇(喜劇?)は続く!
彼女は何を思ったか、自分だけホテルに飛び込むと、内側からカギをかけてしまいやがっ
た!!!
私達がドアに辿り着いたとき彼女はカウンターの所でうずくまって震えていた・・・
中に入れない私達は必死になってドアをたたき「カギをあけろー!!!」と怒鳴っていたが、
彼女はとても開けてくれそうにない(なんて女だ!)。
こうしている間にもだんだんとゴキブリどもの密度は濃くなって迫ってくる!
私達は追い詰められ、不本意ではあるが強行突破をするしかなくなった!
口火を切ったのはM氏だった。
「しょうがないよ!通りの方へ突破しましょう!」
そう言って彼は今きた道をダッシュで走り出した。私もそれに続く。
子供の頃からかけっこでは常にビリだったが、このときだけはカールルイス(古い)より早くな
った気がした。事実、足の裏が地についている感覚が全くなかった。その代わり、足の裏でゴ キブリどもがグチャグチャ踏み潰されていく感触だけは、なぜかリアルに私の脳みその中へ刻 み込まれていく…。
体に飛びついてくるゴキブリを払い落とし、足の裏でゴキブリどもを踏み潰し、半分泣きなが
ら私は出口に向かって走っていった。周りのことなど何も見えていなかった。
気がつくと私はM氏と一緒に通りに出ていた。周りの屋台の売り子や旅行者などその場にい
た人たちは怪訝な顔つきで私達二人を見ていたが、そんな視線なぞ気にもならない。
ふと顔を上げると、Y氏達3人はホテルのドアのところで体によじ登ってくるゴキブリ達を必死
になって払い落としている。ここから見ていると、その様はまるで踊っているかのように見えた。
オーナーはただシャッターの所でポカンと3人の方を見ていた…。
この一件の後、私はゴキブリという生物に対して病的なまでの恐怖症に陥ってしまった。個人
旅行者にとってそれは致命的な欠点なのかもしれないが、しょうがねえだろ?こんな目に会っ ちゃあ!?
我々はその日のうちに全員宿を変えたのは言うまでもない。
ちなみにこの後、薄情者Hは我々5人に帰国するまでこの件でいびられ続けたのであった
…。
直接見に行った訳ではないが、その後件のレストランはゴキブリがめっきり減り、日本人も入
るようになったそうな。
全てのタイ人がこういう感覚だとは思わないし、この話自体かなり前の事件なのだが、未だに
思い出すと体中がかゆくなってくる。これは立派なトラウマとなって私の人生に付きまとうことだ ろう…。
事件の後、Hの言った一言は忘れられない。
「あなたたち男なんだからあれぐらい大丈夫でしょう?」
んなわけねえだろう!!
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