Starship Trooper
第六話 Rush You
by しムす
初版:2005/05/20
改訂:-

Rush You

急かすつもりはないから
あなたを失いたくないから
もう苛々させたりしないから
私はあなたを愛してる

成り行きとしか表現の仕様のない事情で、アスカはザンダーと共に、ルナツーのバーに居た。
本当であれば、シンジにルナツーを案内させるはずだったのに、全てがぶち壊しになっていた。

・・・本当は、このきりっとした純白の第一種軍装を見せて、シンジからありったけの賞賛の言葉を得るはずだったのに。
そして、逞しく成長したシンジは、仲間から囃し立てられながら、そこだけは昔のシンジのまま、ちょっと照れて、顔を赤くしながら、私の手を取って、私をルナツーの町に誘い出したはずだったのに。
そして、ちょっと静かなバーで、二人はカクテルなんかを注文して。
そこには、冬月副司令みたいな、銀髪のバーテンダーが、寡黙にグラスなんかを磨いてたりして。
あんまり似合いのカップルだから、ちょっとだけ眉を上げちゃったりなんかして。
そろそろ行こうか、ってシンジが言ったときに、私は、自分のカードを出して、ここは私に奢らせなさい、なんて。
そりゃ駄目だよ、なんて言うシンジの手を押さえて、それから・・・

・・・なのに。

アスカの、過大な思い入れが描いていた身勝手なシナリオ、と言うよりも、より正確に表現するなら、ただの妄想は、予想もしなかった現実の前にがらがらと、あっけなく崩れ去っていた。

しかも強面の軍曹から、直接アスカに対してではないものの、下士官である彼が、士官である我々に対して許される表現の範囲内ぎりぎりで、きっぱりと、『迷惑だから来るな』と宣言されてしまう始末だった。

ショックで口も利けなくなったアスカは、ザンダーに連れられるがまま、バーのスツールに座っていたのだった。

ルナツーは基本的には宇宙軍の基地だが、宇宙艦隊の一大工廠でもあったから、民間人も大勢住んでいた。そういう雑多なニーズを充たすため、ちょっとした歓楽街を持っていた。
この店も、そんな歓楽街の一角に位置する店で、格式から言うと士官用らしい。
店構えやバーテンダーの佇まい、そして出されたカクテルは、アスカの妄想そのままだったけれど、アスカは悄然としてカクテルを啜っている。ソルティ・ドッグのグラスの縁の塩味が、アスカの心に沁みた。
さすがにアスカの白の第一種軍装は、軍人が6割以上を占めるルナツーにおいても目を引く存在だったが、この店では、そんな視線を感じずに済んだ。それだけは幸いだった。

「第一種軍装を着た士官が、そんなにしおれててどうする」
「・・・着てこなきゃよかった。私って、馬鹿みたい」
「ま、馬鹿もやれるうちにやっとかんとな、身につかんから」
ザンダーはロックのグラスを揺らしながら、からかう。

ようやく落ち着いてきたアスカは、ザンダーに促されるがまま、ぽつりぽつりと話し出した。
「あいつは、私の同級生。私はあいつのこと、なんでも知ってると思ってた。でも、入隊してから、ずっと会ってなくて」
「なるほどね」
「最初は、あの化け物みたいな筋肉の塊に、ただ、驚いただけ。どうせ作り物だったんでしょうけど、どんなに姿形が変わってるか、判らなくて不安だったから、余計にショックで・・・」
「そりゃ、無理もないな」
ザンダーの乾いた笑い。

「でも、本当にショックだったのは、違うの。そんなことじゃないの」
「?」
「さっきの、アレを見て・・・あのふざけぶりがどうのこうのじゃなくて、その、アイツにはもう帰るべき場所も、仲間も居て、そこでそれなりに楽しくやってるんだな、なんて思ったら、なんだかアイツが、全然手の届かないところに行っちゃったような気がして。まるで全然知らない人のように思えて。それで、私、急に不安になっちゃって」
「君にも帰るところはあるさ」
「中尉にはわからない。私たちが・・・いえ、すいません」
「いや、いいよ。言いたいことは言っちまったほうが」
ちょっと微笑んで、ザンダーはグラスを口に運ぶ。その仕草は、微妙に着崩したパイロットの略服と相俟って、映画の一シーンのように決まっていた。
アスカは、ふと、昔々、憧れていた加持リョウジのことを思い出す。内面を伺わせない照れたようなはにかみ。同じような手触りを、ザンダーに感じる。

「アイツはいつもいじいじ、おどおどしてて。それでも、時々、びっくりするくらい格好よくて。二人で、凄く辛い時間を過ごして。でも、最近はその頃のことばかり思い出して。それも、その辛い時間にアイツがしてくれた、ちょっとしたこととか、楽しいことばかりを」
「そういうことってあるよね。でも、過去は常に美しいからな。そして、いつかそれに裏切られるわけだ」
「そうかも。今のアイツは、もう私が知ってた彼じゃない。彼を引きずり込んだのは私なのに」
「一緒に志願して、君はパイロット、彼は歩兵ってわけか。珍しい話じゃないよ」
「あいつには全然向いてないのに。似合ってないのに・・・」
「罪の意識を持って付き合うならやめた方がいいな。それに、仕事上、機動歩兵と付き合うのは問題だしね」
「どうして?」
「上官の立場と、個人的見解の2つがあるんだけど」
カラン、とグラスの氷を揺らして、ザンダーが答える。
「上官としてはね、彼ら機動歩兵は、船にあっては治安維持が任務だ。だから、海軍兵士と馴れ合うことは許されていない。士官たる我々としても、彼らの、そういう立場は尊重しなければならない。そうでなければ、組織は維持できない。公式見解は、そういうことだ」
バーテンが、グラスを取って、琥珀色の液体を注ぐ。フォア・ローゼズ、と書いたボトルのラベルがちらりと見えた。
「・・・・」

「それで、個人的見解の方なんだけどね。・・・辛いんだよ」
ザンダーは憂いを含んだ表情でバーテンダーから受け取ったグラスを見詰める。その表情は、いつもザンダーが女性に対してだけ見せる、魅惑的な表情とはまた違っていた。

「俺も最前線であいつらを火星上に送り出してた。その指揮官は気のいい大尉で、まだ宇宙艦に乗り始めて間もない俺のことを気に掛けてくれて。いい人だったよ」
「実戦部隊でも、士官は士官用食堂で、正式なディナーを取るんだ。その席ではね、機動歩兵と海軍の士官が交互に座る決まりになっていたから、俺は最下位の海軍士官として、機動歩兵の隊長の横に座ることになった。そんなこともあって、彼は色々俺に教えてくれたよ。時間があれば、空手の稽古をつけてくれたりもしたな。初めての実戦勤務だったんだけど、今思い出すと、楽しかったよ」
「でも、ある作戦で、俺は帰還用ボートを操縦していたんだが、発進時刻になっても、攻撃隊指揮官用の席は空いたままだった。遠くに強化服が発信する生体反応はあったよ。でも、還って来ることはなかった。多分、負傷してたんだろうな」
ザンダーは事も無げに続けた。その内心を表情から読み取ることは出来ない。

「君もよく知ってるとおり、母艦とのランデブーポイントは厳密に決められてる。遅延は許されない。俺には、どうしようもなかった。待てなかったんだよ」
ザンダーはグラスを、一口呷る。
「後のことはよく判らない。少なくとも、その地点は危険レベル『アンバー』に指定されたから、それ以降、今に至るまで、半径100km以内に着陸した者は居ない筈だ。だから、大尉は、今でも火星の上で、一人で帰りのボートを待っているよ」
アスカが顔を伏せるのを見たザンダーだが、それを咎めるように、指を一本立て、それを振りながら続けた。
「いいかい、誤解するなよ。これは俺の職務上絶対に必要な判断だった。この判断は100%正しかった。そのことを気に病んだりしてるわけじゃない。次にそういうことが起こっても、俺は躊躇せずにボートを出す。そのことについて、疑念は一切ない」
彼は一息に言い切ると、穏やかな調子に戻って、話を継いだ。
「だけどね、出来れば、そういう思いは、あんまりしたくないし、させたくもないんだよ」

「だから、あなたは機動歩兵を嫌おうとしているの?」
「正確には、何とも思ってないよ。俺にとっての奴らは単なる荷物だ」
「意外に繊細なのね」
つい、まぜっかえすような言葉が口をついて出た。アスカだって、そういう冷たい方程式は、子供の頃から存分に体験してきたのだ。
「そんなことはないけど・・・まるで俺が四六時中、女のことしか考えてない馬鹿だと思ってないか」
「そうだとばっかり思ってた」
「ま、こんなに美人で魅力的な部下が、始終身近に居たら、しょうがないよ。そこは割り引いて考えてくれないと」
もう、いつもの彼に戻ったザンダーは、少し微笑んで、アスカに向かってグラスを上げた。
アスカは、それをザンダーの照れととって、初めて少し笑った。

アスカは、初めて彼のことを、男として感じた。
上っ面だけのプレイボーイ気取りってわけでもないのね。

ふわふわとした、現実味のない、浅いほろ酔いの海を、アスカの思考は漂う。

この男に身を任せてみるのもいいか、と思う。
それに。少なくとも、この男は私を求めてくれる。それが刹那的な、即物的なものであったとしても、誰にそれを責められるだろう。

・・・誰に?

・・・もう、シンジには、私は要らないみたいだし。

・・・彼はシンジなんかより、ずっと大人だし。

・・・もう、私には帰るところなんて、どこにもないし。

アスカは、カクテルを傾けながら、少し甘えた声で尋ねた。
「ねえ、さっき、軍曹の言ってた、死すべき運命の、って、どういう意味なの?」
「文字通りの意味だろ。人はいずれ死ぬ。真剣に考えるな」
ザンダーは、ちょっとおどけて呪文のようなものを唱えた。
「ひとつの指輪は、空の下なるエルフの君に
ひとつの指輪は、死すべき運命の人の子に・・・」

そして真顔に戻って、彼は付け加えた。
「彼ら機動歩兵のモットーでもあるな。こういう言葉がある。
・・・我々、機動歩兵は死ぬ
死ぬために我々は存在する
だが機動歩兵は永遠である
つまり・・・我々もまた永遠である、だったかな」

「もう覚悟はできてる、ってこと?」
「なんて言えばいいのかな・・・実際のところはよく判らんよ、当たり前だ。俺は彼らじゃない」
先任士官である彼としては、本来は指導の一環として、アスカに、軍人たるものの本分を教育すべき立場にあったが、彼自身は、軍人の本分とか、そんな胡散臭いもののために殉ずるつもりは毛頭無かった。彼は、充実した生のためだけに軍人の道を選んだし、そのための対価として自分の生命を差し出さなければならないこともあるだけだ、と勝手に解釈していた。

「それに、さっきからの話で言えば、彼ももう古参兵なんだろ。さっきの船の様子を見てれば判るよ。仲間だって、随分死んでるはずだ」
微妙に話題をずらしたザンダーだったが、自分の言葉に、自身、永遠に喪ってしまった仲間達の仕草や表情を思い出す。あれはどこでの話だったか。同じような酒場で・・・ランディはいつも笑ってたっけ。

「そういう厳しいところを通り抜けてるんだ。奴ももう、立派な機動歩兵なのさ」
自分のグラスに目を落としていた彼は、アスカの表情が、一瞬、変わったのを見過ごした。

「まあね、人はいずれ死ぬ。だからね、今をエンジョイしよう、って話さ」
ザンダーはアスカに向き直って、ことさら陽気に語りかけた。
「さあ、どうだい、場所を変えて、もっと深く人生について語り明かさないか」

「すいません、中尉殿、お誘いは有り難いんですけど、私は帰ります」
「さっき言ったろ?機動歩兵のことは忘れろ。いや、忘れさせてやる」
ザンダーは少し腰を浮かせて、慌てて言った。
「彼にとっても、辛いだけだぞ」

アスカは唐突に気付いたのだ。

罪の意識?違う。私は、ただ、シンジが欲しかった。シンジの全てが欲しかった。エヴァのパイロットでなくなった私は、シンジが欲しいがために、自分の得意分野にシンジを引き込もうとしたんだ。自分の得意分野なら、もう、私は自分の足で立つことが出来る。
・・・ただ、いいところを見せびらかしたかっただけなのかも知れない。

それでもシンジは私に付き合って、意図せず投げ込まれた過酷な環境にも耐え抜いた。そして、今の彼自身を得た。明日をも知れない、儚い人生に正面から向き合う、屈強な一人の機動歩兵として。
自分の足で立っているのは、皮肉なことに、どうやらシンジの方だ。

結局、今までと同じことよね。

私はいつもシンジに張り合おうとした。そして、私はいつも空回り。でも、シンジは、それにいつでも応えてくれた・・・少なくとも、今回に限っては・・・もしかしたら・・・私だけのために。

でも、そんなことすら、もう、どうでもいい。私たちは死すべき運命の人の子なんだから。

今、私が一番欲しいものを、
今、精一杯求めよう。
それは・・・

「実は・・・釣り合わないのは私のほうかも知れないの」
悪戯っぽくアスカは笑った。
「立場、ってことで言えばね、シンジは・・・中尉が殴った彼は、ああ見えても、宇宙軍総司令官の一人息子なのよ。玉の輿って言うのかな?」
そして、自分自身にしか聞こえない声で、確かめるように呟く。
「アイツには、そんなこと、全然関係ないんでしょうけどね」

あっけに取られたザンダーを残して、アスカは店を出た。

ルナツーでの休暇を終えたシンジ達ラスチャック愚連隊は、再び火星軌道上に展開を開始していた。

今日もアスカは、士官用データベースで、愚連隊の動きを追っている。
「何よ、バカシンジったら。急いでルナツーを出て行ったと思ったら、また最前線じゃないのよ!」
アスカは端末の画面を睨みながらブツブツ呟く。そして、何度も見た人事異動情報の画面を、再び呼び出す。昇格者の項目、碇シンジ『上等兵』の名前を、何度もカーソルでなぞる。

「シンジ、頑張んなさいよ・・・でも、必ず、帰ってきなさいよ」

つづく・・・かな?