Starship Trooper
第四話 Hard As Iron
by しムす
初版:2005/05/09
改訂:2005/05/13

Hard As Iron

跪いて許しを乞うがいい
俺達は壊し尽くしてやる
最後にお前が聞くのは
俺達の凱歌、勝ち鬨さ

俺はジョニー・リコ。
機動歩兵第214連隊に所属する二等兵だ。機動歩兵というのは、そうだな、そのちっぽけな体一つだけを頼りに敵地に乗り込み、敵を破壊し、蹂躙し、二度と立ち上がれないほどの打撃を与えるのを仕事とする、少しばかり頭の足りない、いつも腹をすかせたモンキー野郎どものことだ。俺たちは、そのためだけに訓練で鍛え上げられてきた。

俺たちは命令一つでどこへでも行く。そう、それが例え火星の上でも、だ。

火星の上で、俺たち歩兵が活動できるのは、この強化服のおかげだ。
この強化服こそが、俺たちを俺たちたらしめている全てであると言って過言ではない。
こいつは、ちょっとした鎧のようなものなんだが、俺たちがどんな場所ででも、そう、例えば酸素すらない火星の地べたを這いずり回るために必要な、全ての機能を詰め込んである、素晴らしいスーツなんだ。

最初は、こいつらの現実離れした派手なカラーリングには馴染めなかったが、そのうちに慣れた。こいつときたら、基本は白で、胴体が青と赤、ちょっとした突起物が全部黄色に塗られているという毒々しい代物だったのだ。それでもこれはまだいい。指揮官用のスーツときたら、全面ショックング・ピンクというお茶目で素敵なカラーリングだった。しかも額の部分には仰々しい角飾りまでついている。それもこれも、タイ・アップという技術の応用らしい。俺たちモンキー野郎の足りない頭では判らないが、こういう塗装を施すと、何かいいことがあるんだそうだ。

そういえば、同僚のシンジは、こいつをはじめて見たとき、えらく原始的だ、とか呟いていた。無理も無い。奴は宇宙軍総司令官の息子で、子供の頃に、最終決戦兵器の、臨時のパイロットをやる羽目になってたと聞いた。それから比べれば、確かにお粗末で素朴な兵器なんだろう。
カラーリングに関しての意見にしても俺とシンジでは違ってた。なんでも奴の乗ってた決戦兵器ってのは、よりにもよって全面紫色に塗られていたらしくて、このトリコロールの配色のほうがまだマシなんだと。

そう、シンジだ。奴とは入隊以来の付き合いになる。同じキャンプ・キューリーで訓練を受け、たまたま、そのまま同じ部隊に配属された。奴とは、何故だかよくわからないが、気が合った。ちょっと見た目は大人しい、陰気な奴で、普段の俺なら絶対に友達にはならないタイプだったが、どこか境遇が似ていたんだろう。入隊の動機なんかもそうだ。奴も彼女の気を引くためにパイロットに志願して、機動歩兵に配属されちまったらしい。実は、俺もそうだったんだ。俺の場合は憧れていた同級生のカルメンが入隊するっていうから、見栄を張って、俺も入隊した、ってのが真相だ。俺たち二人とも、機動歩兵なんかにはなりたくなかったんだ。

俺の「彼女」と俺の仲は、実はそこまで進展していなかった。でもシンジの方は正真正銘の彼女だったみたいだ。キャンプ・キューリーの訓練中隊に居た頃だったか、仲間内で、くだらない意地の張り合いをしていたときに、奴は言ったもんだ。
「僕の彼女は、料理が下手でね。当番にしていたんだけど、結局いつも僕が作る羽目になるんだ」
「おいおい、何だよ、まるで一緒に住んでたみたいな口ぶりじゃないか」
「一緒に住んでたんだよ。保護者は居たけどね」
「この野郎、嘘は罰走30周だぞ!」
「でもさ、いつだったか、彼女がポーク・ジンジャーだって主張する料理を食べさせられたんだけど、一体どうやったのか、煮詰まっちゃって、佃煮かってくらいの、すごい味付けになっちゃっててね。一切れでご飯がどんぶり一杯食べられるくらいでさ。それを全部食べさせられたんだよ。頭痛はするし、目は回るし、大変だったんだ。本当に」
「なんだ、それ、そんなことくらい、何でもないね。俺なら」
「食べてないからそんなことが言えるんだよ」
「いや、俺なら皿まで食ってやるぜ!」
ジェンキンスは本当にステンレスの皿に歯型を刻みながら言ったもんだから、みんな大笑いしたものだった。

そんな気楽な新兵の時期はあっという間に過ぎた。
訓練を終えた俺たちは、それからすぐに実戦部隊に配属され、早速地獄の釜の中に投げ込まれた。

第三新東京市の宇宙軍総司令部。
宇宙軍総司令の碇ゲンドウを中心に、左側に冬月副司令を始めとする、旧NERVの高官、右側に旧国連軍の将軍達が着席している。
そのテーブルに相対して、国連の事務総長、各国の大臣級閣僚をはじめとした要人が陣取っていた。

「これより、宇宙軍の現在の作戦状況に関するブリーフィングを開始いたします。なお、このブリーフィングにて開示する内容の一部は、機密扱いとなっております。メモはご遠慮願います」
宇宙軍参謀部の葛城ミサト中佐は、軽く咳払いをして、その背後にあるスクリーンの図を援用しながら、戦況について報告を始めた。
「ご存知の通り、我々は生命の樹を火星上に撃退することに成功しました。しかしながら、その時点で我々が蒙っていた損害もまた大きく、火星上から姿を消した生命の樹を追撃するだけの戦力は残っていませんでした」
列席者全員が大きく肯く。
「その後、我々は、火星上に到達することのできる機材の開発に全力を挙げ、とりあえず火星上に、拠点となる基地を置くことまではできました。しかしながら、その後の状況は・・・」
背後のスクリーンの映像が変わり、昆虫のような生物が、強化服姿の歩兵をなぎ倒していく映像が映し出された。
「地下から突如として現れた、巨大な敵性生物の攻撃が開始され、火星の探査を行おうとする度に、大きな損害を受け、生命の樹の状況を把握するどころか、唯一の拠点である基地の維持ですら困難な状況に追い込まれています」
どこからともなく、うめき声ともつかない、唸り声が上がった。

その方向に軽く一瞥をくれてから、ミサトは続ける。
「現在の我々にとって、生命の樹の殲滅が最終目的であることに変化はありません。しかしながら、その実現のためには、まず、どこかの地下深くに潜んでいるであろう生命の樹の所在を確認すること、そのために、火星上に拠点を確保、維持していくことがどうしても必要です」
「橋頭堡が確保できなければ、軽装備の機動歩兵によるヒットエンドラン攻撃しか、選択肢がありません」
「位置さえわかれば、生命の樹は殲滅できるのかね?」
「その可能性は増大すると申し上げておきます」

「そして、現在の戦況ですが」
また、背後のスクリーンに映像が映し出される。
「現在確認されている敵性生物は、調査の結果、過去、地球上に現れた『使徒』に非常に良く似た生命であることが判明しています。ただし、地球上に現れた『使徒』に比べると、小ぶりですし、いくつかの点で脆弱です」
「結論から言うと、宇宙軍は、この敵性生物を生命の樹が生んだ、一種の兵隊生物だと認識しています。
彼らがかつての『使徒』に比べて脆弱なのは、生命の樹そのものに蓄積されたダメージ、また地球と異なる環境によるものと推定しております」
『使徒』という言葉に、かつての災厄を想起して、身震いする大臣も居た。たまらず質問が飛ぶ。
「かつての使徒は、人類の最終決戦兵器たるエヴァンゲリオンでしか殲滅できなかった。使徒の前には、国連軍はほとんど無力だった。どうして、エヴァンゲリオンを使用しないのかね!」
「エヴァは使用できません。サードインパクトを起こす危険性があるということだけでなく・・・機密事項ではありますが、実は・・・生命の樹そのものが、エヴァの初号機なのです。我々の敵は・・・エヴァなのです」
大臣は、椅子に体を投げ出すと、深くため息をついた。
「因果応報、ということか」

「ご安心下さい」
ミサトが続けた。背後に機動歩兵の訓練の様子が映し出される。上半身裸の、汗臭い男たちが何かの器具にしがみ付いている。筋肉が躍動し、血管がぴくぴくと、それ自体で意志を持つかのように動いた。
「我々は、生命の樹に対して、互角以上に戦っています。宇宙軍は決して無力ではありません」
一瞬、ミサトはその映像に、うっとりした様子を見せたが、すぐに口を手で拭って続けた。
「我々は、現在、先ほど述べた、機動歩兵によるヒットエンドラン・・・ピンポイントでの火星への強襲降下を繰り返し、敵の反応を探っています。そして可能であれば重機材を着陸させ、そこを新たなストロング・ポイントとしてネットワーク化することを試みています」
「その代償に、どれだけの血が流れていると思っているんだ!」
ミサトは、臆することなく睨み返した。
「現在のところ、約3万人分。しかし、生命の樹の跳梁を許した場合の損害は・・・恐らく、地球上の全人口ということになりましょう」

キャンプ・キューリーで一緒だった俺とシンジ、キトゥン・スミスの3人は、ヴァリイ・フォージという強襲揚陸艦の中隊に配属された。

作戦要領自体は単純なものだった。俺たちに与えられた使命は、とにかく、
火星に降下しろ。
動くものは破壊しろ。
そうして、3時間ほど、その地点を確保し、帰って来い。
ただ、それだけだった。
これは、この頃、よく宇宙軍が実施していた作戦で、特に変わったものではない。重機材を火星に降ろすのは非常な困難が伴ったので、まず、地表を機動歩兵で「消毒」して、やれそうだ、となったら・・・安全が確保された頃合を見計らって・・・おもむろに大型輸送船が着陸する、という筋書きだ。
しかし、これは逆に、最初に着陸する俺たち自身は重火器の援護を受けられないということでもある。もし着陸地点に敵が居たら、「消毒」されるのは俺たちということになる。何しろ、俺たちの武器である自動小銃程度の火器では、よほど火力を集中しない限り、敵にかすり傷一つつけることができないときている。それでも、消耗品である俺たち機動歩兵と引き換えに、宝石以上の価値がある、火星で使える貴重な重火器は損なわなくて済む。

「いいか、新米ども。貴様らは、員数外だ。ブラザーの背中だけを見てろ」
軍曹が言う。
「命令があるまで撃つな。命令があったら、撃て。これだけだ。これなら貴様らモンキー野郎どもの足りない脳味噌でも理解できるだろう」
「サー・イエス・サー!」

俺達はそれぞれ、古参の上等兵に付けられた。俺たちはその指導員である上等兵をブラザーと呼ぶことになっていたが、古参兵からすると、実戦経験のない新兵なんてものは、邪魔者以外の何者でもない。今になってみればわかるが、それほど新兵って奴は扱いにくいものなのだ。
その時も、スーツの点検中に、その上等兵にどやしつけられたもんだ。
「いいか、新米!俺の邪魔なんかしやがったら、生きて帰れないと思え。絶対に足を引っ張るな」
「サー・イエス・サー!」
そのブラザーの言葉に、いよいよ実戦か、と思うと、俺の膝は、情けないことにガクガクと震え出した。スーツに乗り込み、最後にヘルメットを装着する。もう、膝の震えは誰にも見られる心配は無い。なのに、列の向こうのシンジと目が合った。奴は、俺の内心を見透かすように、右手を軽く上げて、大丈夫だ、というサインを示して、少し微笑んだ。不思議なことに、俺の膝の震えは、それだけでピタリと止まった。そう、奴はもう子供の頃に既に実戦を経験していたんだな。そんなことを思い出した。

暗闇の中で音がする。

ごとん、シュー、ごとん。

俺たちは小さなカプセルに詰め込まれて、まるでおもちゃのピストルの弾みたいに、火星に向けて射出されていく。カプセルの表面には、ジョニー・リコ二等兵と刻まれているはずだが、それはもう俺からは見えない。
モニターを点灯したい誘惑に駆られるが、この時点で電源を入れてはならない。どうせカプセルが外の世界と俺たちを完全に隔てている現実を再認識するだけで、貴重な電力の無駄になるからだ。

ごとん、シュー、ごとん。

また、震えが来る。いつもそうだ。訓練であっても、この時間が一番嫌いだった。

ごとん、シュー、ごとん。

気を紛らわせるために、10個目までは数えた。俺は第2分隊で、3番目に射出されるから、あとは・・・

ごとん。

ひときわ大きな音がして、俺のカプセルがチャンバーに装填されたことがわかった。
あっという間もなく、体に軽いショック。
射出されたのだ。

ふらふらと揺すられるような、嫌な感覚が収まると、今度は頭に血が上るような感覚。俺たちを詰め込んだカプセルは、今、火星の大気に突入しつつあった。
ガン、と殴られるような振動。じわじわと温度が上昇していく。外から俺たちを見ると、真っ赤に灼熱した卵が、地表めがけてまっさかさまに落ちていくように見えるだろう。
数を数える。
・・14,15,16・・・
今度は別のショックで、カプセルが揺すられる。
カプセルの最外殻が燃え尽きて、剥離したんだ。
こうやって、カプセルが順々に燃え尽きていって、俺たちを護ってくれるのだが・・・・下手なパイロットにかかると、射出タイミングのちょっとしたずれのせいで、必要な高度になるまでにカプセルごと蒸し焼きになってしまうことだってあるんだ。実際に、ある中隊はそれで全滅したことがある。中隊全部が、燃え尽きてしまったんだ。そして、今、この射出がそうでないという保証はどこにもない。

・・・31,32,33・・・
最後の殻が剥離した。
一瞬で視界が開ける。
赤い大地が頭上に広がっている。

どうやら、パイロットの腕は確かだったようだ。後はもう、こっちの仕事だ。パラシュートを開くには、まだ高い。高度計とパラシュートの開傘は連動しているのだけれど、俺たち自身で決めることも出来る。俺は、ブラザーの姿を2時方向に見つけたので、その開傘に会わせて手動で操作することにした。

・・・45,46,47・・・
ボン、と火星の大気を揺るがして、先行するブラザーのパラシュートが開いた。
あわてて、俺もパラシュート操作をする。
ガツン、とショックが俺を襲うが、それどころじゃない。今のショックで、ブラザーを見失っちまった。

パラシュートを切り離せ!とモニターに警告が出る。減速しすぎで、規定の降下位置から外れてしまう。しまった。慌ててパラシュートを切り離す。

ブラザーを探しているうちに、高度が下がってきた。まずい、降下してから追いつこう。俺は背中に背負った使い捨ての着陸用ブースターを地上方向に向ける。噴射!

駄目だ、今度はタイミングが早すぎた。燃料を使い切ってなお、俺は空中にいた。畜生、訓練なら、こんなことくらい、何てことないのに!

ええと・・こういう時には。
地面がぐんぐん迫ってくる。体が、硬直して動かない!
だしぬけに補助ブースターが突然作動した。
降下速度を感知して、最後の最後で作動するようにセットされていたのだ。そんなことすら、すっかり忘れていた。
余分な燃料を使って、やっとの思いで俺は地上に降り立った。

「間抜け、早く位置を修正しろ!」
ブラザーからの叱咤が飛ぶ。レーダーで自分の位置を確かめる。なんてこった。俺はブラザーのはるか後ろに着地していた。
頭が真っ白になった俺は、何も考えずに跳躍した。
その瞬間、目の前を、プラズマ化した大気の煌きが通り過ぎた。
「馬鹿野郎、そんなに高く飛ぶ奴が居るか!」
敵だ。
「砲台型」と呼んでいる奴で、八面体の本体から、何らかのビーム兵器で攻撃してくる、厄介な敵だ。
ブラザーが援護射撃をするが利かない。
「止まるな、動け!」
分隊長の怒声が響いた。
俺たちは敵が待ち構えているまん前に降下してしまったのだった。

作戦は最初から大混乱に陥った。
敵の出現は想定範囲内だったが、集中すべき火力が足りない。
分隊長は、降下した分隊をまとめて敵に当たらせる位置につけようとしたが、実際に地表に降りている機動歩兵の数は、どうみても足りなかった。中隊長殿のビーコンも見つからない。何か、手違いが起こっている。

砲台型の他に、「蜘蛛型」と呼んでいる敵が、地表からわらわらと湧いてくるのが、肉眼でも見えた。本来なら、こいつらはそれほど頑丈ではないので、まとまって当たればそれほど恐ろしい敵ではない、と教えられていたが、そんなことを言った戦技士官は、自動小銃一つでこいつと相対したことがないに違いない。完全編成の1個分隊が火力を集中して初めて五分五分の戦いに持ち込める、というレベル。それが、地表を埋め尽くすかのような勢いで湧いて来るんだ。

分隊長は、足りない兵隊を輪形陣に移行させようとした。ばらばらに戦っていたのでは蜘蛛どもに蹂躙されてしまう。かと言って、1点に集まってしまえば、今度は砲台型のビームの餌食になってしまう。
「両翼は煙幕を張れ、その後、両端を丸めろ!、奇数番号、射撃開始!」
命令と同時に、左右に展開していた連中が、煙幕を伸展していくのが見えた。とりあえず、砲台のビームから逃れなければ。だが、八面体の敵の放つビームは、煙幕を悠々と透過して、その位置にいた機動歩兵を瞬時に焼き尽くした。
「砲台型を殺るぞ、ロケットランチャーだ、タイミングを合わせて一斉に射出!準備、3、2・・1!」
砲台型の敵の足?元に4本の火矢が飛ぶのが肉眼でも見えた。大爆発がおこる。しかし、それでも敵にダメージを与えられたようには見えない。
「新米、下がれ!」
俺のブラザーが悲鳴をあげる。
俺は訳も判らないまま、訓練どおりに補助ブースターを前に向けて飛び下がった。次の瞬間、ブラザーの居たはずの場所が白く灼熱した。バイザーが自動的に光を遮ったので、目をやられることはなかったが、俺にはもう何が何だかわからなかった。

右手から、蜘蛛型の敵の一団が突っ込んできた。恐怖に駆られて、俺はひたすらに撃った。弾倉にあった全ての弾を撃ち尽くしてなお、俺の右手はトリガーから貼りついたように離れなかった。
次の弾倉を装填するのに、手が震えて、なかなか装填できない。
「総員後退、残っている者は、集合せよ!」
いつの間にか、撤退の指令が出ていたが、それに気付いたのも、いつの間にか隣に居たシンジにヘルメットを小突かれてからだった。

俺たちの本来の撤退用ロケットが降りてこなかったのか、それとも俺たちが乗り遅れたのか、よくわからない。とにかく手近の脱出艇に乗り込んだ。なにしろ、自分の軍籍番号さえ忘れてしまうほど、俺は動転していたんだ。
後で聞いたところによると、俺たちの乗っていたヴァリイ・フォージは俺たちを射出していた最中に、僚艦と接触し、大破してしまっていたらしい。キトゥン・スミスを始めとする中隊の少なからぬ兵隊たちは、その事故により、地表に降り立つことなく、カプセル射出管に居る間に死んだようだった。

かくて俺たちの経験した最初の作戦は、大失敗に終わった。

だが、宇宙軍総司令部は、この作戦を、戦略的には成功、としているらしい。貴重な重機材を損なわずに済んだからか?俺にはよくわからなかった。
俺に良くわかっているのは、俺たちの中隊の兵籍簿の半数に近い欄が「MIA」という印で埋まったことだけだ。作戦行動中行方不明、Missing In Actionという意味の記号だが、宇宙空間や火星の上で、一人ぼっちの兵隊がどうやって生き続けることができるのだろう。これはほとんど戦死、Killed In Action、「KIA」と同じ意味だった。
この頃は、大損害を受けていた中隊は一つではなかったし、定数を満たしている中隊の方が稀なくらいだったから、俺たちはこの直前にやっぱり半数近い損害を出していた別の中隊に、まるごと吸収されることになった。

「手詰まりかな」
将棋板を挟んで、碇ゲンドウと冬月コウゾウが相対している。
盤面から目を上げて、ゲンドウがいぶかしげに聞く。
「何の話だ?」
「火星の話だよ」
「作戦は着々と進んでいる」
「兵隊を無駄にすりつぶしながら、な」
「こちらが辛いときは向こうも同じだ。大局を見誤るな」
ふうむ。冬月は盤面を見詰めたまま、ため息を漏らす。ゲンドウの桂馬が突出している。これは誘いか?
「だが、このままでは、ユイ君に有利だ。時間は彼女に味方するぞ」
冬月は、さんざん悩んだ挙句、桂馬を取った。
「火星の赤道面に関しては、重ポジトロン砲を軌道上に配備できるようになるから、こちらが抑えられるだろう。いかに使徒もどきとは言え、軌道上からの砲撃には対抗できまい」
ゲンドウは盤面をもう一度、隅から隅まで見回すと、手駒に手をかけた。
「そうすれば、少なくとも火星基地の機能は回復できる。火星上に橋頭堡を築いてしまえば、もうユイに逃げ場はない。それまでだ。それまで、時間を稼ぐことができさえすればいい」
「当然、ユイ君もそのくらいのことは承知しているだろうな」
「ああ、奴も必死なのだ。だから、自分自身の回復を度外視してでも、牽制攻撃にいちいち反応してくる。そこが付け目だ」
ゲンドウは、桂馬を取るために一瞬、生じた隙をついて、冬月の穴熊陣に踏み込んできた。形勢が一気に逆転する。
「機動歩兵は捨て駒か・・・」
冬月は顔をしかめる。
「犬死ではない。この攻撃は、断じて必要なものだ」
ゲンドウは盤面に視線を戻した。ここまではシナリオ通りだ。しかし、後一手が足りない。ここからは、一手でも失着した方が負けだ。ありとあらゆる手立てを計算に入れて。四手先、五手先が読みきれているだろうか。

この灼けつくような緊張感。そうだ、これこそが、勝負の醍醐味だ。ゲンドウはサングラスを押し上げる。口の端から、悪魔のそれを思わせる笑みがこぼれた。

つづく・・・かな?