Starship Trooper
第参話 Toy Soldiers
by しムす
初版:2005/02/18
改訂:-

Toy Soldiers

一歩一歩、心と心、左、右、左
僕らはみんな、落ちていく
おもちゃの兵隊のように

零下20度を下回る寒風が、荒地を吹きぬけていく。
「起床!いつまでマスかいてるつもりだ!パンツ上げろ!」
僕らは、他の哀れな犠牲者数千人と共に、機動歩兵訓練センター、キャンプ・キューリーに送り込まれた。
「もたもたするな!クズども!」
起床ラッパの音と共に、訓練教官である伍長達が、僕らのカイコ棚のような寝床にやってきて、手当たり次第に指揮棒で叩いて回った。5分で洗面、寝台上げ、着替えを済ませて、零下5度の北辺の大地に、シャツ1枚で整列する。
「教育第21分隊、総員22名、事故なし、現在22名!番号・・・始め!」
「1!」
「2!」
「3!」
「聞こえんぞ!もう一度!」
「教育第21分隊・・」
「ふざけるな!インポ野郎!クビ切り落としてクソ流し込むぞ! 」
点呼で色々と難癖をつけられて、そのまま、罰走。もう10キロは走っているはずだ。段々目の前が暗くなる。僕が列から徐々に下がり始めた時、雷のような軍曹の罵声が浴びせられた。
「貴様、それでも総司令官の息子か!」
「こんな腐れマラの親父が総司令官だったら、勝てる戦も勝てんぞ!」
僕が、国連宇宙軍総司令の息子ということは秘密でも何でもなかったようで、軍曹はあっけらかんとそれを当てこすった。

格闘技の訓練では、さんざんに痛めつけられた。
どうやら、ちょっとは腕に覚えのあったらしいジョニー・リコですら、軍曹や伍長たちにかかると、まるで子供扱いだった。
「殺すつもりで来い!」
「サー!イエス!サー!」
ジョニーは勢いよく軍曹に向かって突進し、フェイント気味に左拳を突き出した。本命は・・・右の前蹴りで、軍曹の膝を狙った。軍曹はそれを交そうともしない。軍曹の膝が、砕ける・・・
しかし、ジョニーは、次の瞬間、なぜか背中をしたたかに地面に打ち付けていて、起き上がろうとした瞬間には軍曹の拳が、ジョニーの喉笛を制していた。
「どうした、気合を入れろ!ジジイのファックの方が、まだ気合入っているぞ!」
何が起こったのか、側で見ていた僕らですら判らなかったくらいだから、ジョニーも混乱しているんだろう。真っ赤になって再び立ち上がり、今度は小細工なしで渾身の突きを放とうとした。ああ、だがしかし、それより早く、軍曹の掌底がジョニーの顎を捉えていた。ジョニーは、一度空中で静止したように見えたが、顎を軸にして、ふわっと浮き、そして体ごと落ちた。今度はバケツで水を掛けられるまで、気を失っていた。

一日中、がむしゃらに小突き回されて、ようやく夕食にありつく。体中の筋肉が悲鳴をあげていて、スプーンを取るだけで腕がきしむ。
それでも食事はおいしい。いや、ひょっとすると、ただお腹が減っているからそう感じるだけかもしれない。とりあえず食事の時だけは走らなくてもいい。それだけで幸せだった。
「ちくしょう、あの軍曹の野郎、いつか、絶対に仕返ししてやる」
僕の隣に座ったジョニー・リコが、腫れ上がった顎をさすりながら毒づいている。
「ねえ、食べなよ、体が持たなくなるよ」
「こんな状態でメシが食えるかよ!」
「いいから、食べなよ」
僕は、トレーの上に盛られたスクランブルエッグをスプーンで口に運んでやった。
ジョニーは噛みもせずに、コーヒーでそれを無理やり流し込んだ。
「シンジはオカマみたいなナリして、意外とタフだよな。さすが総司令官の息子ってところか」
テーブルの向かい側から、ブリッケンリッジが呆れたように言った。
「そんなことないさ、僕も一杯一杯だよ」
これは僕の本音だった。なぜ今も自分がここで頑張っていられるのか、全く不思議だった。ただ、エヴァで戦っていたときに比べれば楽な部分があるのは確かだ。
最初はこんなに濃い人間関係には辟易していたが、同じ飯を食い、同じシゴキを受けているうちに、心理的に「飾る」必要がなくなっていた。だって、こんな状況では秘密なんて持ちようが無い。自分の一番みっともないところも、何もかもさらけ出してしまっているんだから。悩むなんて贅沢は許されなかった。

「俺はもう駄目だ。もう嫌だ。帰りたいよ」
「そんな情けないこと言うなよ、皆でこのセンターを出るんだろ」
「帰るところがある奴はいいさ。さっさと帰っちまえよ。俺は絶対に辞めないぞ。軍曹に仕返しをするまではな」
ジョニーが再び口を開いた。
「お前だって大金持ちの息子じゃないか」
「そんなこと、関係あるか!」
そうこうしているうちに、時計は段々8時に近づいていく。
「ああ、もう時間だ」
一応規則では夕食後1時間は自由時間となっているが、実際には制服の修繕、洗濯、入浴、課題と、こなさなければならない仕事で一杯になっていて、これから就寝までにやりとげなければならない事の多さに、頭がくらくらした。

テーブルの端で僕らと同様に食事をしていた教育係の伍長が、悠然とトレーを持ち上げた。食器を片付ける道すがら、彼は僕らにウインクしてみせた。
「坊やども、今日はさっさと寝たほうがいいぞ。俺なら、そうするな」
伍長は一言声をかけると、にやりとして、歩き去った。
その一言で僕らは真っ青になった。また、アレだ。アレがあるんだ。
「ああ、夜も寝かせるつもり、ないんだな」
ヘンドリックがテーブルに突っ伏した。
深夜の非常呼集。真夜中に叩き起こされて、2分で完全装備で外に整列しなければならない。一体、どんな人間にそんな真似ができるのか、僕らには想像もつかなかった。そして、それができなければ・・・そう、夜が明けるまで、また走らされるのだ。
「そんなに走ることが大事なら、馬か犬を機動歩兵にすりゃいいんだ!」
「そりゃ駄目だよ」
まだテーブルの端に残っていたもう一人の伍長が、にやりと笑っていった。
「奴等にゃ鉄砲が持てないからでありますか!」
「いや。奴等の方がはるかに上等だよ、お前らよりな。だけど、奴等、残念なことに一つだけできないことがある。サインできないんだよ、入隊願いに」

それでも、キャンプ・キューリーでの最初の4週間は、まだまだ天国のようなものだった。
戦闘訓練が始まると、もう、僕らにとっての唯一の楽しみであった食事も睡眠も、ろくに与えられなくなった。
分列行進や受命・報告の訓練が懐かしい。
長距離偵察訓練という名前で呼ばれる、ちょっとしたピクニックなどはその最たるものだった。
ある日、突然非常呼集がかけられて、整列させられ、そのまま、地球の裏側まで行ってしまうのではないかというくらい走らされる。小休止は歩きながら、歩調を緩めるだけ。

そして、仮想の敵性地域に入って以降、睡眠は、各分隊の判断で取ることになる。これが曲者で、夜中に仮想敵となった教育係の下士官達が攻撃を仕掛けてくる。しかも、その銃には、100発に1発の割合で実弾が混ぜられていて、油断をすると、本当に死ぬことになる。最初は誰もそんなことは信じていなかったが、ブリッケンリッジが右手を打ち抜かれてからは、皆、ほんの10cmの出っ張りでも、身を隠せるものを血眼で探し回った。

下士官達の攻撃は巧みで、僕らの小隊は一晩に何度も「全滅」した。
昼間に、なぜ下士官達の攻撃が「そう」行われたのかが説明されたが、翌晩にも全く同じ手でやられた。
僕らは相互に見張りを立てたり、罠を作ったりして、少しでもまともに眠れるように、知恵を絞ったが、いつも結果は同じだった。

「貴様らの脳みそは一体どうなっているんだ?俺が6歳の誕生日に買ってもらったおもちゃの兵隊のほうが、よっぽどマシだ!」
後ろ手に拘束され、木に吊るされた僕らを、軍曹が罵っている。
「軍曹にも6歳の頃なんてものがあったんだな」
ジェンキンスがこっそり毒づいた。
「生まれたときから髑髏の徽章を下げてたんだと思ってたぜ」
「やめろって」
「そこ!」
軍曹が、ナイフを投げた。僕を吊るしていた紐が見事に断ち切られ、僕は拘束されたまま落下し、地面にしたたかに叩き付けられた。

今日も下士官チームの圧勝だった。彼らは、罠を見破り、これを解除して、僕らが設定していた警戒円に密かに侵入した。たった二人だったとは後で聞いたけれど、伍長たちの張る弾幕に射竦められ、身動きが取れなくなったところにガス手榴弾を投げ込まれて、僕らはまとめて「戦死」していた。

「やる気の無い奴はさっさと辞めてしまえ!この穀つぶしどもが!」
軍曹は地面にぶざまに這いつくばった僕の顔を睨んだ。
「ああ、貴様、辞めるか?」
ああ、ここで「はい」と言ってしまえば、どれだけ楽になるだろう。でも、僕の口は、その言葉の重さに、意志とは異なる恭順の言葉を選ばせた。
「サー!ノー!サー!」
隣の紐も切られた。どすん、とジェンキンスが落下した。
「貴様は?」
「サー!ノー!サー!」
ジェンキンスは、僕なんかより、はるかに決然と、噛み付くように言った。

そうは言っても、実際に訓練中の事故で2名の死者が出たときには、相当な脱落者が出た。ほとんど裸同然で真冬の荒野に放り出されて、100km離れた集合地点に3日以内にたどり着くという訓練だった。 死んだ2名は、一週間の徹底的な捜索の結果別々の場所で発見された。機動歩兵は仲間を見捨てたりはしないのだ。
彼らは、二等兵の位を贈られ、最大限の敬意を込めた軍隊葬で葬られた。僕らの訓練部隊で、そんなに高い階級に上がった最初の男達だった。だが、それが最後でもなかった。
僕らは始終追い立てられ、やがて無感動になり、そしてひどく不安定になっていた。全く希望というものが持てなくなり・・・未来永劫、この責め苦が続くように感じて息苦しくなっていた。そんなとき、こういう些細な事件をきっかけに、一人でも除隊する者が現れると、心が折れそうな哀れな新兵たちは、ついその誘惑に負けてしまうのだ。

僕も、除隊願いを書くことは書いたが、それを提出するきっかけがつかめなかった。業務に追いまくられて出しそびれ、そのまま、ずるずると訓練を続けていた。
まだ、やれる。もうちょっと。無理なら、すぐに、これを出そう。そう思うと、少しだけ気が楽になった。そして、除隊願いを隠していたのは僕だけではなかった。ジョニーのトランクからはみ出したその紙片を見て、なぜだか気が楽になった。

残った僕らは、もう、歩きながらでも眠れるようになったし、たまに飛行機から投下される食事にありつけた時には、一度に食べてしまわずに、何かのときのために少し取っておくことも覚えた。ちょっとした地面のでこぼこであっても、それが自分の身を助けてくれる、とても有り難い遮蔽物であることを覚えた。この頃では、訓練弾に含まれる実弾の割合は、100発に1発から、50発に1発の割合にまで高まっていたが、もう何の感慨も覚えなかった。

そして、僕らを機動歩兵たらしめている、更に危険な軌道降下の訓練に入ったが、この頃にはもう除隊願いのお守りも必要なくなっていた。事故で除隊していく者は増えたが、自ら除隊を願い出る者の数はぐっと減った。

僕らは、分隊ごとに整列させられて、軍曹の問いかけを受けている。僕らの中隊は、いつの間にか小隊の規模になってしまっていた。
「貴様らは、機動歩兵隊を愛しているか!」
「この命をかけて!ガン・ホー!ガン・ホー!ガン・ホー!」
腹の底からの大声で答える。そう、僕らは機動歩兵だ。
「草を育てるものは?」
「血だ!血だ!血だ!」
「生きるために、為すべきは何だ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!」
「ふざけるな!聞こえんぞ!」

そうだ。僕ら兵隊に必要なのは、常に、とてもシンプルなことだったのだ。腹いっぱい食べて、眠りたいだけ眠って。そして・・・

「殺せ!殺せ!殺せ!」

キャンプ・キューリーでの最後の日。

気が付くと、僕らの体つきは二周りほど大きくなっていた。
僕らは、装備とわずかな私物を持って、あのいまいましいグラウンドに整列した。
珍しく咳払いをしたズイム軍曹が、僕らを見回して、高らかに宣言した。
「本日をもって貴様らはウジ虫を卒業する!
本日から貴様らは機動歩兵である!
貴様らのくたばるその日まで、地球だろうが、火星だろうが、どこにいようと機動歩兵は貴様らの兄弟だ!
機動歩兵は貴様らを見捨てない。絶対にだ!
そうだ、貴様らは、晴れて、栄光ある機動歩兵の一員になったのだ!」

歓喜が僕らを包んだ。

僕らは、僕らがこれから投げ出される現実というものがどういうものか、この時はまだ知らなかったんだ。

つづく・・・かな?