Paradise City
by しムす
初出:2004/10/06
改訂:2004/10/30

Paradise City

パラダイス・シティに連れて行って
草は青々と繁り
女の子たちは綺麗だ
連れて帰ってくれよ、家に

夢を見た。
嫌な夢。悪夢ということだけは判る。
輪郭のぼやけた、夢。

「ほら、アスカ、早く起きなよ!」

「ん?・・」

光が、あたしの周囲を充たす。
怯えが、急速に去っていく。

「いつまで寝てるんだよ! 遅刻しちゃうよ!」
「えー? 今、何時?」
「もう、7時30分だよ!」
「な、何ですってぇ! 何でもっと早く起こしに来ないのよ!」
「何度も起こしたじゃないか!」
いつものように、朝、シンジと喧嘩をして。

二人で駆け出した。
通学路の途中で、ヒカリたちに追いついた。もう大丈夫。
「おはよう、アスカ」
「おはよう、ヒカリ」
いつものように学校に行って。

退屈な授業。でも嫌いじゃない。平和な時間。
シンジの奴は、ぼーっと外を見ている。
外には青空が拡がっている。
「碇君、答えなさい」
そら、見なさい。
あたしは、どぎまぎしているシンジに、そっと答えを教える。
「ありがとう、アスカ。助かったよ」
席につきながら、シンジがあたしに礼を言った。

授業が終わったら、シンジとファーストの3人でNERVへ。
今日は簡単なシンクロテストだけだった。
わくわくしながら、結果を聞く。シンクロ率トップ。
「まあ、当たり前よね。精進しなさいよ、あんたたち」
あたしは鼻高々だ。

シンクロテストが終わった後、休憩所に行くと、加持さんがいた。
「アスカ、凄いな。またトップだったんだってね」
「へへん、当たり前でしょ」
加持さんは、あたしの頭をなでて、缶ジュースをくれた。

シンジがやってきた。
「全く、あんたったら、間の悪いところに来るわね、今、加持さんといい雰囲気だったのに!」
「ちょっと待ってよ、テストで勝ったからジュース奢れ、って言ったのはアスカじゃないか」
「間が悪い、って言ってるのよ!ちょっとは気を利かせなさいよ!」
加持さんは微笑んでいる。
一通りシンジを小突き回した後。

あたしはシンジと二人で帰るんだ。

家に。

あの夢を見た。
嫌な夢。
あたしは身動きできない。
何かが近づく気配。
背筋が寒くなる。

「ほら、アスカ、早く起きなよ!」

「ん?・・・」

光が、あたしの周囲を充たす。
恐れが去っていく。

「いつまで寝てるんだよ! 遅刻しちゃうよ!」
「入ってこないでって、言ってたでしょ、このバカシンジ!」
「もう、7時30分だよ!」
「な、何ですってぇ! 何で、もっと早く起こしに来ないのよ!」
「何度も起こしたのに、起きないからじゃないか!」
いつものように、朝、シンジと喧嘩をした。

いつものように学校に行く。
ファーストは本を読んでいる。
シンジたち三バカは、なにやら雑誌を見ている。
あたしはヒカリたちと他愛も無いおしゃべりをして。

授業が終わったら、今日は街でショッピング。
ヒカリを誘って。荷物持ちにシンジと・・トウジも必要ね。
「今日は街まで買い物にいくわよ!」
「何でわしまで行かなあかんねん」
「荷物持ちが必要でしょうが!」
「まあ、しょうがないよ、トウジ」

今年の新作のワンピースに靴。
「ねえ、似合う?」
「んー、アスカは何着ても似合うから・・」
「ヒカリもそんな地味な奴じゃなくてさ、これなんかどう?」
さんざん盛り上がって、買い物をして、駅でヒカリ達と別れる。
「アスカ、今日も楽しかったね」
あたしの荷物を抱えたシンジが微笑む。

そして、あたしたち二人は帰るんだ。

家へ。

携帯が鳴った。緊急呼び出しだ。
使徒だ。
あたしたちは、プラグスーツに着替えるのももどかしく、ケイジに向かう。

先発するのは零号機と初号機。

使徒の情報が少なすぎるので、用心深くシンジが使徒に接近する。

零号機がパレットライフルで援護する。
使徒の肩から何かが伸びた。
シンジは危うくそれを避けた。
接近戦に入る。

シンジの初号機が使徒を突き放した瞬間、
ファーストがパレットライフルを掃射するけれど、効かない。
再び初号機が突進する。
中途半端な間合いでは、逆に不利だと悟ったのだ。
しかし、伸縮する使徒の腕に切り刻まれて、絶体絶命のピンチだ。

「アスカ!」ミサトがあたしの名を呼ぶ。
切り札登場、ってわけね。
いよいよあたしの出番!
加速Gが心地よい。

「弐号機、リフト・オフ!」

もう使途の攻撃は見切った。

使徒の背後に射出されたあたしは、地を蹴って使徒に向かう。
ママの存在を感じる。
あたしは護られている!
誰にも負ける気がしない。

使徒が振り向いた。
アンビリカルケーブルをパージしてジャンプ!
空高く。空中で一回転して、使徒の攻撃をかわす。
そのままの勢いで、使徒を蹴り倒し、
ブログナイフを振りかぶり、コアに突き立てる。

「使徒、完全に沈黙しました!」
「やったわ、アスカ!」
「さすが、NERVのエースパイロットね!」
賞賛の声が響く。

「アスカ、凄かったね。どうやったらあんな動きができるの?」
「当たり前でしょ!あたしはNERVのエースなんだから!」
「そうだね。・・助けてくれて、ありがとう!」

そして、あたしたち二人は帰るんだ。

家へ。

また、あの夢を見た。
何かに取り囲まれている。
あたしは身動きできない。
奴らが近づく。
あたしは絶叫する。
それでも、身動きがままならないのだ。

「ほら、アスカ、早く起きなよ!」

「ん?・・・」

光が、あたしの周囲を充たす。
それでも恐怖は去らない。
リアルな夢だった。
汗をかいた感触が手に残っている。

「いつまで寝てるんだよ! 遅刻しちゃうよ!」
「待って・・今日は、学校、休む・・」
「どうしたんだよ?」
「シンジ・・来て」
恐る恐る、シンジがあたしの部屋のふすまを開ける。
「夢を見ていたの。恐ろしい、夢」
「?」
「怖かったの。動かないの。体が!」
「夢・・だったんだろ?」
「でも、本当に怖かったの」
「わかった。僕も今日は学校を休む。アスカの側に居るよ」

あたしは一日、家でごろごろすることに決めた。

シンジが紅茶を淹れてくれた。
甘い香りが部屋に漂う。アップルティーだ。
「アスカらしくないよね」
シンジがティーカップを片手に、あたしをからかう。

ちょっと悔しかったので、
「本当に怖かったんだだからぁ・・」
と顔を覆ってみせる。
シンジが慌てて、
「ごめん、ごめん、大丈夫?」
心配そうに覗き込む。

お昼はあたしが作ることにした。
残り物をかき集めて、パスタと炒める。
ナポリタンもどきができる。
チーズを振ると、いい香りが立って、食欲がもどってきた。
「おいしいよ。アスカ、料理、上手じゃない」
「当たり前でしょ、こんな簡単な料理」
そう言いつつ、あたしは嬉しかった。あたし、本当は料理の才能あるのかも。

シンジは、あたしにつきあって、一日中、あたしの側にいた。
あたしは満足だった。

ここはあたしの家だ。

最近は夜、眠るのが怖い。
ずっと昼間ならいいのに。

優しいシンジ。
「心配しなくてもいいよ。僕はずっと君を見ているから」
あたしは安心する。
シンジが淹れてくれた紅茶は、あたしの気持ちを落ち着けてくれる。
ずっとこのままで居られればいいのに。

夜になると、あの夢。
取り囲まれている。
あたしは身動きできない。
白い、無機質な使徒が近づく。
あたしは絶叫する。
弐号機は、身動きできない。
行動限界。
動け、動け、動け・・!
弐号機は動かない。

「シンジ・・」
シンジの部屋をノックする。
「どうしたの、眠れないの?」
シンジが眠っていなかったので、あたしはほっとした。
「うん」
あたしは頷く。
「またお茶、淹れようか」
立ち上がろうとするシンジを制した。
「一緒に寝て」
「うっ・・ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「へ、変な意味じゃないからね!変なこと、しないでよ!」
「・・いいよ、それでアスカが眠れるなら」
やけに素直に、シンジがベッドの場所を空けた。
あたしはシンジのベッドにもぐりこんだ。
背中をシンジに向けたけれど、シンジの体温を感じて、あたしはドキドキした。
「丸まってないで、体、伸ばしたらいいよ」
シンジがあたしの右手を優しく握り締めた。

夢の中。
身動きできない弐号機の中で、
少しづつ、鮮明になっていく状況。
なんでシンジが助けにこないの?
そうだ・・シンジは、もう来ないんだ・・
あたしがシンジを突き放した・・
恐怖が急激に込み上げる。
あたしはもう身動きできない。
鋭いものが、私を目掛けて襲い掛かってくる。
助けてよ!シンジ!

「変よ!あたしはどうしちゃったの!」
あたしは叫んだ。
学校にもNERVにも、もう5日は行っていない。
「アスカ、落ち着いて」
「あたしはエースパイロットなんかじゃなかった!あたしは、いつもシンジに助けてもらっていた!」
「そんなことないよ。この前の使徒だってアスカが倒したじゃないか」
「NERVも変!学校も変!ミサトも!ヒカリも!あんたも!」
「どう変なのさ。なにもおかしくないよ。アスカは、優等生で、エヴァのエリートパイロットで、NERVのエースだよ」
「違う!違う!違う!あたしはエヴァで出撃して・・負けつづけて・・エヴァシリーズに切り裂かれて・・」

「エヴァシリーズ?」

「・・思い出してきたんだね・・」

「あんたは誰!誰なの?」
「シンジだよ」
「嘘!あんたなんか、シンジじゃない!シンジはもっと・・鈍感で・・繊細で・・」

「いや、僕はシンジさ。ただし、君のこころが作り出した・・ね」

「今、なんて言ったの・・」

あたしは本当は聞きたくない。
聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない・・

それでも、あたしの口から、言葉がすり抜けていく。
「説明してよ・・」

「・・もうわかっていると思うんだけれど、ここはアスカの心象世界。アスカのこころが作り上げた、アスカだけの王国」
そう、本当はわかっていた。何もかも、あたしに都合が良すぎる世界。

本当は、あたしには何もない。
本当のあたしにはもう何も残っていなかったはずだった。

「ここには君を傷つけるものはない。君の記憶以外には、ね」

「・・あたしは・・どうすればいいの?・・」

たっぷり時間をかけて、シンジが言う。
「まず、一つ目の選択肢。目をさますこと。この虚構の王国を捨て去ること」
「そして、二つ目は・・今までどおり、この居心地のいい世界に閉じこもること」
「・・虚構とわかっていても、いや、わかっているからこそ、心の平安が得られる。この世界が虚構とわかった今、忌まわしい記憶ではあっても、折り合いをつけていけるだろう。正体のわかった幽霊みたいなものさ」

あたしは、現実の自分が、どんなにひどい状況になっているか、想像した。
背筋を寒いものが走る。そうだ。もう、瀕死の状況に違いないのだ。
そして、そこには、誰が生き残っているだろう。
暗示されていた加持さんの死。廃墟と化した街。戦略自衛隊の総攻撃。不死身のエヴァシリーズの跳梁。失敗した任務。あたしの記憶する現実は、本物の悪夢を示唆するものばかりだった。

「戻りたくない・・」
あたしはかろうじて精神の平衡を維持して、ぽつり、と言った。
「それも、いいさ。僕はずっと君のことを見ているから」

ふっと、シンジの顔を見る。
「あなたは誰?」
「シンジ。碇、シンジ」
「どうしてあんただけ、この世界のことを知っているの?」
「君がそう望んだから」
「あたしが?」
「そう」

「あんたも虚構の一部なの?」
「・・・それは・・・僕には判らない」

そして、思い出した。

赤い世界の砂浜で。
あたしは生きていた。

けれども、もう何もかもが失われた。あたしのこころは何にも反応しない。
シンジがあたしの手当てをしていた。
あたしは自分自身がどうなっているのかにも興味がなかった。あたしはからっぽだった。
痛みも感じない。
打ち捨てられた、壊れた人形。それがあたしだった。

シンジが、あたしの首を締める。
憎悪に引き攣った、シンジの顔。

あたしのこころは、不思議なくらい、平静だった。恐怖も、憎しみも湧かなかった。
それでもあたしは、こころを動かさなきゃ、と思った。
死にたくない、ということではなくて。
受け止めるべき対象を失った、空回りしている憎悪が寂しいから。

そして、それは、ひどく骨の折れる作業だった。

あたしはシンジの頬に触れる。
それがあたしの精一杯のこころ。


呼吸が楽になった。
シンジは泣き出した。
涙が、あたしの頬に落ちる。

疲れてしまって、あたしのこころはまた動かなくなった。
嫌いな顔。自分のことしか考えない顔。シンジの一番嫌いなところ。自分勝手で、寂しがり屋で。自分が一番不幸だと思っている。
それなのに、相変わらず、あたしのこころには憎しみも悲しみも・・何の感情も湧き起こらない。

ひどく疲れるけれど・・こころを動かさなきゃ。
ひとりは寂しいから。例えそれが憎しみの対象であっても。
それは誰よりも、あたしがそれを知っているから。
そしてそれがあたしにできる、多分最後のプレゼント。
何でもいいから・・動かさなきゃ。動け、動け、動け・・

「気持ち悪い・・」

これがあたしの精一杯だった。
あたしは本当に、満足した。
それがシンジにどんな反応を呼び起こすのか、あたしにはもうどうでもよくなっていた。
とにかく、どんな形であれ、シンジの激情に応えることが出来たのだから。
もうどうなっても構わない。あたしは再び眠りに落ちた・・

そう・・シンジは、自分勝手で、鈍感で、情けない奴で・・あたしを殺そうとした。
殺そうとするほど、あたしを憎んでくれた。

あたしは唐突に気付いた。
そうだ!シンジは生きてる!

目の前のシンジに問い掛ける。
「目を、覚ますには、どうすればいいの?」
シンジは少し、驚いたようだ。
「簡単なことさ。ただ、念じればいい」
目の前の霧が晴れたような気持ちだった。

「あんたも、いい男だったけどね」

・・・この世界に別れを告げる前に・・・

「あっちののシンジは、もっとおどおどしてて、卑屈で、自分勝手で、あたしの気持ちなんか全然わかってくれない、嫌な奴なんだけどね」

・・・あたしの気持ちを確かめておこう・・・

「だけど・・いや、だから、あたしがついてないと、駄目なのよ」

・・・これは精一杯の嘘。

目の前のシンジが微笑んだ。あたしの一番好きな笑顔。

あたしは、目を覚ました。
知らない天井。
病室のようだった。

左眼がぼやける。
恐怖が再び、あたしを包む。
あたしはどうなってしまったんだろう。

ふと、右手の感触に気付く。
包帯と、それとは別に、暖かい、感触。

シンジだ!

シンジが、あたしのベッドの側で、椅子に腰掛けた状態で、眠っている。
あたしの右手を握り締めたまま。

「シンジ・・ただいま」

あたしはそっとつぶやいた・・

おしまい

あとがき

アフターEOE物ってことになりますでしょうか。
でも、なんかありがちです。
こうなると、最後に数行加えて、ひとひねりしたくなるのですが、なんとか堪えました。