Iron Maiden Final Stage
Strange World
AzusaYumi
初版:2005/07/29

周りに生臭い血の匂いがたちこめる。
初号機が、叩き潰した量産機の残骸の匂いだ。
量産機の体液と肉片は、空に向けて大きく穴を開けたジオフロントの、カルデラのような地になった場所のあちこちに散らばっていた。
量産機はS2機関搭載だった。"生き物"としては死ぬことの無いモノ故か、彼らの残骸は死に至ってそれが饐えてしまったような匂いはしない。ただ、頭の奥側の脳髄に残って離れないような、淀んだ何ともいえないドロドロとした生々しい匂いが辺りに漂う。多分、このまま放置しておいても腐ることもなく、延々とこの生々しい匂いは漂い続けるのではないかと思われるほどだ。

アスカは激痛の止まない左目を、左手で押さえたまま、この惨状を見ていた。
弐号機と知覚が繋がっているせいか、アスカには、この生々しい匂いを感じ取る事が出来る。彼女が今だかつて感じた事もないような生々しい感覚が彼女の嗅覚に伝わる。彼女の戦いにおいてのスキルは全て機械的なシュミレーション、擬似的なもので培われていた。故に、戦った後の惨状の生々しさなど感じた事がない。
彼女は大学で生物学を専攻していて、このような"生き物"の生々しい有様は慣れているつもりだった。しかし、知識としてのそれと、実際に目の当たりにするのとは違う。五感に訴えて止まないこの惨状に、いくら敵に対して容赦の無い彼女で、激痛に喘いでいても、自分と初号機、シンジのしてきた事に、アスカは顔を顰めるしかなかった。
生き物を殺した後に感じる、後味の悪い虚無感。
アスカは戦いの空しさを嫌というほど感じた。
傍らでは、初号機が今だ吼え続けている。
この戦いに意味があるのか、アスカは次第に分からなくなってきた。

突然、アスカの感覚に、痛みや生々しい匂いとは違うものが押し寄せてきた。
圧倒的な存在感と圧迫感。自分の足元辺りから感じる。
彼女がその感覚を感じ取ってから、突然初号機が吼えるのをやめた。
それが何を意味するのか、よく分からない。
ただ、何かが起ころうとしているのだけは分かった。

「…!!ターミナルドグマより、高エネルギー体が上昇中!!」
呆然と、初号機の暴走の様子をモニターしていた青葉が、初号機が吼えるのを止めた途端に鳴り響いた警告音と共に、突然のデータの異常な数値の上昇を見て、大声を上げて報告する。
青葉の突然の報告に、慌てて日向がターミナルドグマから発生している高エネルギー体の分析を行う。結果は…。
「パターン青!!」
日向の報告に、ミサトが目を見張る。
「使徒?!」
ミサトの声に、日向が分析結果の数値の、使徒との微妙な違い…というよりも、異常なほど"あるモノ"と酷似した分析結果と、その"あるモノ"とエネルギー体を機械的に比較した結果を報告する。
「いえ、"ヒト"、人間です!!」
予想外の日向の報告に、ミサトの目が見開かれる。

吼えるのを止めた初号機は、突然両肩を抱えるような動作をした。
その瞬間、初号機の両肩にあった装甲、正確には"エヴァの力を抑える為の拘束具"を内側から力を解放するように砕いた。アスカが感じていた圧迫感のような物が、足元からでなく、初号機自身から感じるようになった。そして、次の瞬間、赤い羽根のような物が、初号機の背から大きく広がった。広がった羽根は、辺りのあらゆる物…、ネルフ本部の壊れかけた施設の建物、量産機の残骸、ジオフロントに植林され、爆撃で焼け焦げた木々を吹き飛ばした。
"何か"が起ころうとしている。
アスカは自分の左の目から流れる血を押さえながら、ただ、その様子を呆然と見ていた。

「何?この数値?セカンド・インパクトの時と酷似している...?」
マヤが、日向が出した分析結果を元に、数値の上がるエネルギーの解析を、過去のあらゆるデータからMAGIを通して行いながら、その結果に震えるような声で呟く。
「計測メーターの数値が、A.T.フィールドと逆数を表してる...。これは...」
青葉がデータを、別方面で分析し、その結果におののくように言う。
日向が、自分が過去に漁った海外のデータベースのソースや、ネルフにおいての噂などから、ふと、とあるモノの名前を思い出す。
「"リリス"からの、アンチA.T.フィールドか?」
日向が、そのあるモノの名前を口にして言う。
「まさか、"サード・インパクト"なの?」
日向が口にしたモノの名に、ミサトが反応する。
自分も仕事に追われながらも、独自に調べたネルフの裏の情報や、加持が世界を裏から操っていたゼーレに追われながらその死の寸前に、ミサトに渡したネルフやエヴァ、そして使徒に関するデータからその名を割り出していた。死海文書において、ミサトが確認したデータの中に書かれていた十八番目の使徒、リリン、すなわち"人間"と、その始祖たる"二番目の使徒"の存在。
ミサトは、自分の居る位置より高い場所にいる冬月の方を見た。冬月は、まったく動じないで事の成行きを見守っている。
その様子に、ミサトは全てを悟った。
つまり、この事態は予測していた事であり、仕組まれていた事だということを。誰が、どれだけ死のうと、関係がない。"サード・インパクト"さえ起きてしまえば、全ての人々は一つになるか、無に還る。どれだけの犠牲も、まったく意味を成さない。
「...こうなる事を分かっていたのね...。」
ミサトは冬月から視線を逸らして呟いた。

"お還りなさい...。"

突然、アスカの中に、レイの声が響いたような気がした。
一瞬アスカには何が起こったのか分からなかった。しかし、この声から、先ほど感じた圧迫感の元凶が彼女にある事を悟った。
なんとなく聞いた噂や、"老人達"に聞かされていた話から、ファースト・チルドレン、綾波レイが、人工的に作られ、その魂がリリスではないかという事を知っていた。しかし、レイの普段の様子から、アスカはあまりこの噂に信用はしていなかった。だが、この声を聞いて、アスカは聞いた話が本当である事と、今から起こりうる事が何であるのかという事が、はっきりと判った。

サード・インパクトは、使徒とリリスが引き起こすか、リリスとエヴァが引き起こす。
そんな事を思い出した。
ヒトがどれだけ足掻いても、そのヒト自体を無に還す事象。
生きとし生けるもの、全てを無に還す。

突然、足元から白く、巨大な女の形をしたものが、背を伸ばし、そのしなやかな身体を起き上がらせるように、姿を現した。
その姿はまさに、綾波レイそのもの。
「...ファースト…。」
アスカは、見える右目で、"リリス"が、巨大な白い身体をジオフロント一杯に広げる姿を見ながら呟いた。そして、羽根を広げた初号機を、白い体と、その圧迫感を周りに"拡大"しながら、優しく掬い取るようにその両手に抱え込む。
アスカはその様子を、痛む左目を押さえながら悲しげに見守っていた。

彼女のしてきた事が、全て意味を成さなくなった瞬間。
初号機は、リリスに優しく取り込まれる。
アスカが右手を伸ばす。それに応じて弐号機の手も、何かを掴もうとするかのように、拡大してゆく白い身体の女に、手を伸ばす。しかし、その手は何も掴めないまま、空を彷徨う。
アスカの心に、空虚さと、寂しさがどっと押し寄せる。
「...シンジ...。」
彼女が今だかつて味わった事もないような無力さと、悲しみが押し寄せる。
アスカは、血を流す自分の左目を押さえながら哀しげに呟いた。
「...ヤダな。これまでなの?」
彼女の発した言葉は、全力を尽くして戦って、その結果、為すすべも無く、赤く熱せられた地の底に落ちていこうとした瞬間に言ったモノと同じだった。
全てを諦めたあの時の言葉。
シンジに届かない手が、虚空をさ迷う。
彼女を押しつぶすような悲しみが溢れてくる。

日向が今起こっている事象のデータの数値が、既にヒトの形を崩す域まで達したのを確認した。
「"アンチA.T.フィールド"、臨界点を突破!!」
日向の報告に、青葉が現時点で解析しているデータを見直す。出されている数字は、ヒトがヒトの形を維持出来るA.T.フィールドの値を越えようとしていた。
「ダメです!!このままでは、個体生命の形が維持...。」

パシャン!!

青葉が報告しようとした瞬間、何かが弾けるような、そんな音が聞こえた。
突然途切れた報告に、ミサトが青葉の居た席を見る。そこにはネルフの制服と、人が崩れたような後の赤い水だけが残っていた。ミサトはゾッとして周りを見渡す。発令所に居た何人かのオペレーターの席に、ネルフの制服と赤い水が残っている。

突然、ミサトは誰かに呼び止められたような気がした。
ミサトは呼ばれた方向に振り向いた。
そこには...。

「加持君...?」

パシャン!!

ミサトが、音を立てて赤い水になって弾けた。

サード・インパクト。
全てが赤い水になって弾けた瞬間だった。

Iron Maiden Final Stage
Strange World

Author: AzusaYumi

 ここ、何処?

アスカは、まるで濃い霧の中を歩いているような感覚に襲われた。
赤く淀んだ霧。
言い換えれば水の中を漂っているような感じ。

今、何をしている?どうなっている?

たしか、自分は量産機と戦って、周りの地を血で染めていたような気がする。
必死に戦った。
でも、最後の最後で力尽きて、何にもならなかった。
肝心な所で何も出来ない。
自分は誰よりも頑張ったのではないのか?
違う、全ては無駄に終った。
圧倒的な力の前に、力尽きた。
自分はありったけの力を用いて戦った。

でも、結局何もならなかった。

そう、全てを無に帰する力の前に…。

アスカは、普段と変らないエントリープラグの中に居た。
そう、いつも通りのシュミレーション。
ついこの前、第3新東京市で行われた初号機と、使徒との戦い。
それを分析して、MAGIが作り出された模擬的な戦闘。
他にも色々な戦争、争い事、その他諸々の"戦い"を基に、シュミレーションは作られる。

しかし、使徒との戦いは、エヴァに乗る者にとって重要だ。
初号機と使徒との戦いから得たデータから作られたシュミレーション。
アスカは擬似的に作られた使徒を見遣る。

エヴァは人類補完計画の為に作られた。
"選ばれし者"に永遠を与える人類補完計画。
その障害となる使徒。
自分は選ばれた者の一人。
その障害となる奴らを倒さなくてはならない。

この模擬戦闘はアスカがパイロットに選抜されてから毎日のように行われている。
当たり前の日常。毎日同じ事の繰り返し。
だからと言って、手を抜く事は出来ない。
手を抜く事はすなわち、自分自身が見捨てられる。
結果を出さなくては、見捨てられる。
自分にはエヴァしかない。
アスカは、操縦レバーを握り締めた。

シュミレーションの中の使徒は、圧倒的な力で弐号機に襲い掛かって来る。
エントリープラグ内に響く通信。
ドイツ語で、アスカの戦いぶりをモニターする声が聞こえる。
襲い掛かってくる使徒。
アスカはそれまで得た戦闘のスキルを全て用いて応戦する。
銃器の閃光が迸る。
"つくりもの"の使徒は、断末魔を上げる。

シュミレーションの結果は、弐号機は無傷。
使徒は完全に沈黙。
完全完璧なパーフェクト、圧勝。

「まだまだ、だな。前回と結果が変らない...。」
突然、アスカの居るエントリープラグ内に、老人の嗄れた声が聞こえる。

コレじゃダメなの?まだ足りないの?
こんなんじゃダメなの?

アスカの中に焦りと恐怖が生まれる。
切り捨てられる惨めさ。
認められない焦り。
見捨てられる恐怖。

これじゃあ、ダメなんだ。

他人が納得出来ない。
自分でも納得出来ない。

良い結果を出せば褒められる。
それまで以上の結果を出せば褒められる。
以前と同じ結果では満足されない。
常に以前以上の結果を。

彼女は必死に頑張った。

「アスカちゃん、ほら、ママが作ったのよ。」
母が自分とは似ても似つかない人形を相手に、自分の食事を掬って与えようとする。
幼いアスカは、ただひたすらその様子を見る。
その人形を、実の娘のようにたおやかに扱う母。

私じゃないのに。 そんなの、ただの人形なのに。
それでも、母はまるで判ってはいない。
ひたすらその人形に食事を与え続ける。

私は何? 私は"アスカ"ではない? 人形が“アスカ”?

違う。 私は、"人形"じゃない。

アスカは隔たれたガラス越しに、ただひたすら人形に食事をやる母の様子を見る。
大人達の声が聞こえる。

「ああやって人形を娘さんと思って...」
「自ら提唱した実験に...」

大人達のいやらしい声が聞こえる。

違う。 私は、"人形"じゃない。

「今までに無い結果だ。
 シンクロ率70%。予想以上の成績だ。」

老人の嗄れた声が聞こえる。
褒められる。
母にも認められなかった。 そこに居る事すら、判ってもらえなかった。

でも、彼らは褒めてくれる。 嬉しい。

次々に結果を出す。 正確に、確実に。
"老人"は褒めてくれる。 嬉しい。

迷い無く、擬似的に作り出された"敵"を叩き潰す。
褒められる。 嬉しい。
結果を出せば褒められる。

母に存在すら認められなかった自分が褒められる。 嬉しい。

「我々は選ばれた者なのだ。...判るかね?
 ならば、次に何をすればいいのか、判っているだろう?」

"老人"の声が聞こえる。

判っている。
彼らが認められる存在じゃないモノ。
彼らが望む世界の行く末を脅かすモノ。
"選ばれし者"から外れる存在。

"ネルフ"、そして"サード・チルドレン"。
"選ばれし者"を脅かすモノ。

彼らが離反の色を見せれば潰す。
障害になるようなら消す。
"選ばれし者"を脅かす存在なら殺す。

ワタシも彼らから認められたモノだから。
"選ばれたモノ"の一人だから。

だから、彼らを脅かすモノは殺す。

「アスカ。」

…アイツの声が聞こえる。

浅間山火口内。その中に居たサナギの状態だった使徒。
高温高圧の灼熱地獄。極限状態で、圧倒的に不利な状況下での戦闘だった。

やっとの思いで勝てた。
でも、何もならなかった。

使徒の最後の足掻きに、地上と弐号機を繋いでいた命綱が断ち切られる。
助けるモノはない。
彼女はそこで、死ぬしかなかった。

堕ちていこうとする弐号機。
しかし、その時、強い衝撃と共に、彼女に救いの手が伸びる。
彼女を救ったその手の持ち主は、サード・チルドレン。

碇シンジ。

エヴァ初号機。神に最も近い魂の器。
その初号機のパイロット。

今や、"選ばれしモノ"全てを脅かす存在。
彼女が殺すべき相手。

彼はいつも周りのヒトの顔色を伺っていた。
他人に嫌われる事を恐れたのか。
捨てられる事に怯えていたのか。

そんな彼の様子を見る度に、アスカは苛ついた。
彼の様子は、まるで自分を見ているようだったから。

自分とはまったく違うのに。

知り合っただけの時はなんとも思わなかった。
邪魔になったら殺すだけだと割り切っていた。
なのに、彼の側に居れば居るほど、ためらいが出てくる。

そして、

彼に笑いかけられると、何も出来なくなる。

アスカは、使徒戦役で、シンジが死ぬ事を望んだ。
そうなれば、少なくとも彼女が手を下す必要はなくなる。
彼と共に居ると、外と内から重圧をかけられたように、何も出来なくなる。
だから、死んで欲しかった。

なのに、彼は戦っていた。

怯えながら。
逃げては戻ってきて、そして戦っていた。

次第に彼女のシンクロ率は低下する。
しかし、彼のシンクロ率は上昇する。
どんどん使い物にならなくなる自分。

彼女が徹底的に使徒にやられた時、彼は助けに来た。

親友を傷つけたといって。逃げたはずだったのに。

フォース・チルドレン。
シンジの親友。
エヴァごと使徒に乗っ取られたヤツ。
それを始末した初号機。

その時、エヴァにはもう乗らないと言っていたクセに。

助けてくれなんて一言も言ってないのに。

借りだけ作って、彼はそのまま彼女を置き去りにする。

駅のホームでレイと楽しげに話しているシンジ。
彼女の前では決してしない顔。
彼の隣に居るのは自分でなくレイ。
彼の隣に、自分の居場所がない。
レイがいる。 自分は居ない。 居れない。

彼は笑っている。

彼女を置き去りにして。

耐えられない。

「アンタが死ねば良かったのよ!」

「アンタが死ねば、こんな思い、しなくて済んだのよ!!」

彼は怯えた目でアスカを見ている。

「なんでアンタがそんなところに居るのよ!!!」

彼の笑顔が、心の片隅にこびりついて、離れない。

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」

「殺してやる!!!!」

出来ない。


「それで、君は何を望んでいたんだい?」

銀色の髪の少年が問う。

「…判らない。」

アスカは答える。

彼女の意識は次第にドロドロに溶かされていく。
赤い水の中に様々な過去の記憶や、人々の想いが過ぎてはやってくる。

「アスカちゃん、偉いのね。」
暗い雲がたれこめ、冷たい雨が降る。
黒い喪服姿の女性がハンカチで顔を押さえながら、しゃがみこんでアスカに話かける。

何泣いてんのよ。このヒト。
本当は哀しくなんてないクセに。
"可哀想な子供"を見て、それを同情する自分に酔ってるだけのクセに。
偽善もいいところだわ。
こんな涙に、価値なんてない。

私は泣かない。
泣きたくない。
泣くもんか。

「いいの、私は泣かないの。」
アスカは、顔をしかめながらこの女性に言う。
埋められる母の遺体。
墓石には、冷たい雨が伝う。

私は泣かない。
泣きたくない。
泣くもんか。

...なのに、私は泣いている。
父に置いていかれて、大きな鞄の横で、泣いている。

何よ、アレ?あんなの、知らない。"私"じゃない。

...違う。あんなの、"私"じゃない。

父を犠牲に、命からがら脱出できた。
腹部から来る痛みに耐え、荒波に大きく揺られる。
冷たい海の真ん中で、大きく南極の空に大きく羽根を伸ばした"化け物"を見る。
アダム。そして、セカンド・インパクト。
世界を混乱させたモノ。

...違う、これも、"私"じゃない。

仕事が終った。
母を迎えに行こうと、暗い施設の中を歩く。
やっと見つけた母。
でも、出来かけの発令所の中、母が父とは違う男とキスしている。
相手の男は、ゲヒルンの所長。
冷めた目で、遠目から見る自分。

...違う、こんなの、"私"じゃない。

自分とは違う意識や記憶が流れ込んでくる。
ナニよコレ?こんなの知らない。
"私"じゃない。
彼女でないモノがいっぱい流れ込んでくる。何もかも一緒くたにされる。

大学を出て、書いたレポートが、リツコに認められて、直ぐにネルフに就職。
オペレーターとして…。

違う。これも"私"じゃない。

親から見合いを勧められた。
でも、自分には好きな人がいて…

違う、そんなの、知らない。

自分は冴えないギタリスト。
バンドのメンバーの中にいたけど、プロデューサーからは認められなかった。
他にする事がなかった。
だから、ネルフに…。

…違う、こんなのも、"私"じゃない。

「違うっ!!こんなの、私じゃない!!」

「何でもゴチャゴチャと!!私はアンタたちなんかじゃない!!」

気が付けば、彼女は赤い海の中を漂っていた。
左目からは痛みが延々と続く。そして、血が流れ続ける。

シンジがレイと一つになっていた。
男と女の目合いのような姿。
その表情は、恍惚としていて、夢見心地だった。

誰でもいいんだ。
優しくされれば誰だっていいんだ。
何処にも自分が居なくてもいいんだ。
何でも一つになって、それでシアワセなんだ。
何も、無くなってしまってもいいんだ。

アスカの中に、吐き気と嫌悪感が込み上げてくる。

キモチワルイ

「…アンタなんか、やっぱり死ねばよかったのよ。」
左目から流れる血を押さえながら、苦々しげに、言い放つ。

「殺してやれば、よかった。」
右目で睨みながら、言う。

どんどん自分と他人との境が分からなくなる。
彼女の側に、シンジが来たような気がした。
彼が、彼女の心に触れようとする。
一瞬、シンジの想いが、アスカの中に流れ込んだような気がした。

「ひっ!!」

アスカは鋭く悲鳴を上げた。

彼の中は、自分と変らないだけの憎悪、怒り、憎しみ、絶望で満ち満ちている。
そして、その中に、ほんの少しだけの、彼女への想いが…。

それ以上見れなかった。
シンジの心が、怖い。
自分に対する想いが、怖い。
何よりも、このまま一つになれば、自分の想いも流れ出てしまう。
知られてしまうのは、もっと怖い。

「…イヤ。」

「アンタとだけは、死んでも、イヤ。」

「それで、君の望みは叶ったかい?」

銀髪の少年が、赤い瞳に飄々とした表情を浮かべながら、再び問う。

「…判らない。」

アスカが答える。

「ただ、アイツと一緒に居たかった。」

「でも、ドロドロに溶けて何もかも無くなるのは、イヤだった。」

「アイツとアタシの想いの全てが互いに伝わるのは、イヤだった。」

「…でも、」

「一緒に居たかった。」

「…そうかい。」

少年はそう答えると、それっきり、何も答えなくなった。

アスカが気が付いた時、辺りは暗くなっていた。
意識をしっかりさせて、今置かれている状況を確認する。
自分は、仰向けになって横たわっている。

量産機戦で受けた左目の傷は、ある程度傷みが引いていた。
血は、もう流れていない。
しかし、その目は、何も見えない。


見える右目で辺りを確認する。
月、星空。
聞こえるのは、波の音。

今は…夜?

アスカは身を起こして、更に辺りを確認する。

赤い海。
白い砂浜。
サード・インパクトが起きた後…?

傍らにはシンジが死んだように眠っている。
まるで、起きる気配なんて、見せないかのように。
唇は蒼く、顔色も悪い。

アスカは彼を、右目で睨みつける。

「…シンジ。」

アスカは彼に呼びかける。

「シンジ。」

反応がない。

「シンジ!」

反応なし。

アスカは起き上がった。
そして、シンジの上に馬乗りになる。

「起きろ。」

彼の頬に平手を一撃加える。

「起きろ!!」

もう一撃加える。

しかし、彼は起きない。

「起きろ、起きなさいよ!シンジ!!」

何発もの平手を彼の頬に叩きつける。
しかし、目を覚まさない。

「起きろ!!起きなさいよ!!バカシンジ!!!」

アスカは彼のプラグスーツの襟首をもって揺さぶる。

「起きろ!!起なさいよっ!!バカシンジ!!
 アンタはアタシが殺してやるのよ!!だから、起きろぉっ!!」

アスカはシンジの首に手をかける。
彼の首を強く締め上げる。

彼の眉間が、苦しさを表すように寄る。

「うっ…くっ…!」

シンジが苦悶の声を上げる。

「く…苦し…。き、気持ち…悪い…!」

その声を聞いて、アスカが首にかけている手の力を緩める。
シンジの目瞼が開く。

彼はアスカの顔を見て、目を見開く。

「アスカ。」

シンジは今し方、首を締め上げられた時よりも、苦しそうな表情をする。

「目…。」

そう言って、シンジはアスカの左の頬にそっと手を添えた。
アスカの顔が奇妙に歪む。

「…何よ…。」

アスカが右目でシンジを睨みながら、嫌悪感を露わにする。

「…怪我、させちゃった…。ごめん…。」

シンジは苦しそうな表情でそう言うと、アスカの左目から頬にかけて、ゆっくりと撫でる。彼女の頬に付いていた乾いた血が、ポロポロとシンジの頬に落ちる。

「ごめん…。」

そう言ってシンジはひたすらアスカの頬を撫でる。

アスカの中で、モヤモヤとした妙な気持ちが湧きあがる。

嬉しい?悲しい?

「…アンタ、バカァ?
 アンタだって怪我したじゃない?!」

今の気持ちを認めたくなくて、いつもの悪態をつくような、強気の言葉でシンジに言う。

「大したこと…無いよ。」

この言葉に、アスカの目が急に熱くなってきた。

「やっぱり、アンタってバカよ…。」

そう言って、アスカはそのままシンジの上に俯した。

「…本当に、バカよ…。」

そして、泣かないと決めた日から初めて人の前で、彼女は泣いた。

END

管理人から

AzusaYumi(あずさゆみ)様のIronMaiden シリーズ、ついに完結です。
もう、何を言っても言うだけ野暮ですよね。いや、あずさゆみ様、本当にありがとうございました。
皆さんも、ぜひご感想を、AzusaYumi様のサイトまで!

(2005/07/29)

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