荒野のウエスタン劇場

第5部 F's ウエスタン・ショー

Chapter 5: F's Western Film Reviews


 「リオ・ブラボー」

  Rio Bravo


 

 ここは西部の町リオ・ブラボーの安酒場。今しも一人の見るからにアル中ミエミエの男が、ヨロヨロしながらこの酒場にやって来た。無精ヒゲを生やし着るモノもお粗末なこの男ディーン・マーティンは、しかし金にも事欠く様子。みんながグビグビやってる様を、羨ましげに見つめているのみだ。そんなマーティンをニヤニヤ笑いながら見つめていたのがクロード・エイキンズ。彼はマーティンを嘲るように見つめながら、彼に向かってコインを恵んでやる素振りを見せる。だがマーティンが一瞬喜んだのもつかの間、エイキンズは酒場のカウンターから、マーティンの足下のタン壺にコインを投げ込んでしまった。そんなに金が欲しけりゃタン壷に手を突っ込みな。

 だがこの際背に腹は代えられないマーティンは、タン壷に手を伸ばす。そんな彼の目の前で、タン壷を蹴り飛ばす男がいた。町の保安官ジョン・ウェインだ。情けねえマネをするんじゃねえ、マーティンよ。

 だが酒欲しさに目がくらんだマーティンは、そんなウェインを後ろからぶん殴る。隙をつかれたウェインはのびちまった。勢いのついたマーティンはエイキンズにも殴りかかるが、逆に取り押さえられたあげく奴にボコボコにされる。あまりのアリサマに見るに見かねた酒場の客は、エイキンズを止めた。

 俺に触るんじゃねえ。

 銃声一発。エイキンズは止めようとした酒場の客を撃ち殺す。ここは西部の無法の町。ならず者エイキンズはやりたい放題で酒場を出ていった。

 その足で、自分たちの息のかかった酒場に寄るエイキンズ。だがその酒場に追ってきたのが、先ほど倒れたウェインだ。にわかに緊迫する店内、ウェインを狙うならず者の銃口。だが間一髪、先ほどウェインを殴ったマーティンが加勢した。ウェインを殴ったのは酒に目がくらんだがゆえ。本当は長くウェインの相棒を勤めてきたマーティンだった。彼はエイキンズ子飼いの酒場のならず者を牽制。ウェインも鮮やかな手並みでエイキンズを倒してしょっぴくのであった。

 そんなリオ・ブラボーの町にウォード・ボンド率いる馬車の一団が訪れたのは、それから間もないある日のこと。すると町の入口にあのディーン・マーティンが保安官バッジをつけて立っている。酔いどれマーティンをかねてより知るボンドは、すっかり見違えちまったぜと一言。だがマーティンは、ボンドに忠告をしに来たのだ。

 町はいまや一触即発の様相を呈していた。それと言うのも、ウェインが例のならず者エイキンズを逮捕したため。エイキンズは町の有力者ジョン・ラッセルの弟だった。そのためラッセルは近くより金でならず者をかき集め、エイキンズを捕らえている保安官事務所を威嚇しているのだ。ボンド旧知の仲であるウェインも出てきて、ボンドに忠告する。ここに長居は無用だぜ。

 そんなヤバい状況の保安官事務所はと言うと、急場の保安官助手の酔いどれマーティンと、足の悪い老いぼれウォルター・ブレナンしか加勢がいない。

 そんな町は当然ひっそりとしたもの。メキシコ人ペドロ・ゴンザレス・ゴンザレスが経営する町唯一の宿屋にも、ほんの一握りの客しかいない。新顔は馬車でこの町に着いた女アンジー・ディッキンスンと、一人のギャンブラーの男だけ。

 さて今夜も町の見回りに出たウェインとマーティンだが、マーティンは酒が切れれば手元はフラフラ。危なくてしょうがない。何とか宿屋のバーまでやっては来るものの、先行きの不安は隠せない。

 そんなウェインの窮状を見かねてか、ボンドが加勢を買って出る。だがウェインはもういい歳のボンドの身の安全を考えて断った。それでは…とボンドが白羽の矢を当てたのが、自分の幌馬車隊の護衛をしていた若者リッキー・ネルソンだ。このネルソン、歳は若いし生意気盛りだが、銃の腕前だけはホンモノだぜ。

 だがネルソンは自分には関係ないと加勢を辞退する。今時の若造は…と面白くないボンドだが、ウェインはここは関わらないのが利口だと言って慰めた。

 それでも頼りない仲間しかいないウェインを案ずるボンド。酔いどれのマーティンじゃアテになどなるまい。そんなボンドにウェインが語ったのは、かつてのマーティンの物語だった。

 元々ウェインの有能な片腕として保安官の仕事をしていたマーティン。だがそんな彼の運命を狂わせたのは、馬車に乗って町に現れた一人の女。ウェインが止めるのも聞かず、マーティンは彼女にゾッコン。彼女について町を出ていったものの、しばらくすると夢破れて町に帰ってきた。やはりロクでもない女だったのだ。そしてマーティンは酒に溺れた…。

 そんな宿屋のバーでカードに興じるお客たち。その中には例のディッキンスンとギャンブラー男も入っていた。早々にディッキンスンは引き揚げるが、男は絶好調で勝ちまくる。だがそれがイカサマであることを見抜かぬウェインではなかった。

 早速、ウェインはディッキンスンを部屋に訪ねる。実はこの女、手配書が町に出回る札付きだった。頭っから彼女をギャンブラー男とグルだと決めつけていたウェイン。だが彼女は例の男とも無関係だし、イカサマ賭博でもシロだった。そんなディッキンスンがワルぶりながらも話したのは、哀しい女の打ち明け話…。

 かつての亭主が身を持ち崩し、ドップリと溺れたのがイカサマ博打。しかしディッキンスンは愛する亭主がイカサマに手を出したとは知らなかった。結局亭主は殺されたものの、一緒に町から町へと流れていたディッキンスンも当然ワルと見なされた。それからと言うもの、自分のことを誰も信用してくれない。いやが上にもヤバイ橋を渡らない訳にはいかない…。

 そんな彼女の話を聞いた後、ウェインが宿屋を立ち去ろうとした時、あのボンドに向かって何者かの銃口が火を噴いた。ウェインへの加勢を申し出たばっかりに、ボンドはならず者たちの餌食になってしまったのだ。さすがに怒るウェインとマーティン。町の納屋に隠れた狙撃者を追うが、すんでのところで取り逃がしてしまう。いや、マーティンの銃が確かに奴を仕留めたはずなのだが、錆び付いた銃の腕前のおかげで致命傷には至らなかったのだ。

 奴は例のエイキンズ子飼いの酒場に逃げ込んだはず。だが、ウェインとマーティンが乗り込んでも、酒場の連中はみなしらばっくれるのみだ。しかも、奴はそんなウェインとマーティンを物陰から狙っていた。そんな絶体絶命を救ったのは、いまだニブっていなかったマーティンの勘と機転。ウェインはそんなマーティンを心から喜び、憎まれ口を叩きながらも自信を回復させようと励ました。

 さて、後日宿屋に現れたウェインはディッキンスンと再び顔を合わす。彼女はウェインの置かれた窮状を知って、彼の身を案じていた。そんなディッキンスンへの謝罪に代えて、ウェインは誤った手配書を取り消すと告げる。これには、今まで親切にされたことのなかったディッキンスンも驚いた。やさぐれ女ディッキンスンのささくれた心に、ウェインの無骨な優しさがじわりとしみる…。

 一方、徐々にアル中から回復しつつあるマーティン。だが彼の取り戻した自信は、実はまだ強固なものではなかった。保安官事務所に戻る時にたまたま間違って老いぼれブレナンに銃をブッ放されると、たちまち怯えて自信喪失し始めるマーティンだった。

 しかもならず者たちはそんなマーティンの泣き所を見透かしたように、町のはずれで見張っていた彼を捕らえて孤立無援のウェインを襲おうとする。危機一髪のウェインを救ったのは、札つき女ディッキンスンと若造ガンマンのネルソンだった。ネルソンは恩人ボンドの死に考えを変えて、仇討ちついでに加勢を買って出たのだった。

 だが今度はマーティンがすっかり怯えてしまった。保安官を辞めると泣きを入れるマーティン。それならそれで止めないぜ。ウェインは心を鬼にして彼に冷たく言い放った。いっそ、酒を一瓶一気にグイッと空ければいい。

 だが、すんでのところでマーティンは目を覚ました。事務所の外から聞こえてくるメキシコの古い歌…その名もアラモ砦攻略の時に奏でられたという「皆殺しの唄」。まるで平尾昌晃作曲の「必殺シリーズ」テーマ曲みたいなメロディを耳にするや、マーティンは思わず酒瓶を置いた。

 「あの曲を聞いて、敵が誰かを改めて思いだしたぜ

 そうなりゃ加勢は一人でも多いに限る。いまや腕に自信のネルソンも加え、保安官事務所も意気上がる。

 ところがそんな矢先、またしてもマーティンがならず者たちに捕らえられた。連中の目的はただ一つ。マーティンと逮捕されているエイキンズの交換だ。場所は町はずれのジョン・ラッセルの家。

 さぁ、果たしてウェインたちはこの危機をどう乗り切るのか。マーティンは立ち直れるのか。ディッキンスンとウェインの心に通い始めた、淡い恋心の行方は…?

 

 ハワード・ホークスのあまりにも有名な西部劇の傑作…と言いたいところだが、僕がこの作品を見たのは小学校高学年の頃のテレビ洋画劇場。正直言って記憶もおぼろげなんだよね。面白かったかどうかも覚えてない。当時の僕は、外国映画ってだけで嬉しかったからねぇ。

 今回DVDを手にして感慨に耽っちゃったのは、実はこの映画の製作された1959年って僕の生まれた年でもあるんだよ。つまり僕はこの「リオ・ブラボー」と同い歳なんだよね(笑)。同級生なわけ。

 その後、あのジョン・カーペンターが熱心なホークス・フォロワーだと聞いて、かつての「要塞警察」やら近作「ゴースト・オブ・マーズ」を考えてみると、なるほど確かに似たようなところがあるわいと合点がいった。周囲をワルに取り囲まれて、孤立無援状態の「砦」に立てこもる主人公。その協力者はというと頼りにならない頼りに出来ないハンパ者。そして無骨な主人公のタフさと、不器用ながらも見せる優しさ。ワルだろうと何だろうと、見かけで人を判断しないフェアな男気…。

 そういや無理やりこじつければ、あの「スター・ウォーズ」第一作目のハリソン・フォード扮するハン・ソロに、一見合理主義者の若者リッキー・ネルソンがダブらないか? 最初はつれなく協力を断りながら、いよいよのところで駆けつけるあたりはその雰囲気があるよね。この映画、その後のさまざまな作品に断片的に引用されているらしき雰囲気は、確かに濃厚に漂ってる。

 そうそう。「スター・ウォーズ」つながりで言うと、今回改めて見てビックリしたことがあるんだよ。この映画の脚本に参画しているリー・ブラケットって、「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」の脚本も手がけているんだよね。やはりジョージ・ルーカスもホークスをどこかで意識してたんじゃないか?

 しかもしかも、このリー・ブラケットなる人はSF作家でもあるらしい。なぜSF作家が「リオ・ブラボー」なの(笑)? そこらへん、なぜかホークスが柄にもなくSFホラー傑作「遊星よりの物体X」を制作したあたりとつながっているのかもしれない。そしてこの「物体X」をリメイクしたのがカーペンター…となれば、一応話がぐるりと一回りして戻ってくるわけ。

 それならこいつは楽しめるはず…と、ほぼ30年ぶりにDVDで見直してみた本作。しかし、見てみるとそんな予想は一気に覆されたんだね。イメージしていたような作品ではなかった。

 まず、ユルい

 「要塞警察」やら「ゴースト・オブ・マーズ」などのカーペンター作品がまず頭にあったから、この映画のユルさに驚いた。確かに孤立無援でならず者に包囲はされているのだが、絶えず攻撃を仕掛けられているわけではない。ウェインやマーティンは、町の宿屋やら酒場に始終出入りしては、いろんな奴とダベったりしてる。ウェインの表情には緊迫感ゼロ。唯一ガランとした夜の町の見回りシーンにちょっとしたサスペンスや脅かしがあって、ここはカーペンター作品などに共通するものを界間見せる。悪党が隠れた酒場に乗り込むあたりも、ちょっとしたサスペンス風味が漂う。しかし、それ以外は結構ゆったりしてのんびり話が展開していくんだよね。

 何せクライマックスのマーティンとエイキンズの交換シーンと、それに続く銃撃戦ものんびりしたもの。しまいにはダイナマイトをぽ〜んと放り投げて、ドッカンドッカンと家を吹っ飛ばして敵を降伏させるんだから、何とも大らかなヤマ場なんだよ。激しくスピーディーでダイナミックなアクションを期待したら、思いっきりハズしてしまう。とてもじゃないけどカーペンター作品なんか連想出来ないよ。

 そもそもお話も後半に入ると、保安官事務所でディーン・マーティンとリッキー・ネルソンが歌う場面なんかが出てくる。考えてみればマーティンとネルソンなんて歌手が二人も主役級で出ている映画だ。元々本格アクション映画として企画されてなんかいなかったんじゃないか? この二人が歌う歌がまたのんびりとしてて、「ライフルと子馬と俺」とか何とかユルユルに歌ってる。今でこそ西部劇の傑作と持てはやされるこの作品、実は当初はそんな傑作つくろうなんて考えてなかったことは明白だ。

 では淡々と枯れた映画なのかと言うと、それはちょっと待っていただきたいと言いたい。冒頭のディーン・マーティン登場からクロード・エイキンズが逮捕されるまでのプロローグを見よ。ウェインがエイキンズを捕らえる最後の最後に来るまで、実はこの映画のプロローグでは一言の台詞も言わせない。サイレント映画…いや、人物のアクションに寄り添うようにディミトリ・ティオムキンの音楽がまるで効果音のように使用されている、極めて大胆な演出ぶりだ。先に述べたマーティンとネルソン起用から考えてみると、ちょっとしたミュージカル的趣向も意図していたんだろうか。とにかくここは古い西部劇という先入観をとっぱらって見て欲しい。ホークスはえらくトンがった演出やってるよ。

 そしてホークスが最も力を入れているのが、ウェインを取り巻く人間たちとのやりとり。前述のように緊迫感ゼロのウェインは、憎まれ口を叩きながらのんびりやってる。頼りがいはあるけどことさらにタフガイぶりは発揮しない。そんな彼と悩めるアル中のマーティンとの葛藤がお話のメインだ。

 そのウェインとマーティンの話がメインなら、サブ・ストーリーとして出てくるのがウェインとアンジー・ディッキンスンの訳アリ大人の恋心。これがまた不器用ウェインとスネに傷持つディッキンスンという二人で、なかなかいい味出してる。ディッキンスンは今時女優みたいに脱ぐ訳でもないが、それでもお色気が充満してなかなかなんだよね。ラストなんざウェイン相手に「これからはもっと脱がしてね」なんて結構悩ましい大胆発言までしてるから驚いた。これが明朗西部劇かよ(笑)。

 そんな状態だから、ひょっとしたら今時の映画ファンだと少々かったるく思うかもしれない。やっぱり古い西部劇だから、テンポが遅くて面白くないなとかね。そんなみなさんには、この映画は元々アクション映画なんかじゃないんだと申しあげたい。これは訳アリ過去アリの大人が見せる、会話中心のドラマなんだよね。お坊ちゃんお嬢ちゃんにはチト早い映画なんだよ。

 考えてみるとカーペンターも、緊迫アクションとサスペンスにホークスを引用したんじゃないんだろうね。おそらくは無骨な心意気と、そんな無骨さでないとわかり得ない人間同士の共感を描きたかったんだろう。「見た目いい人」やら「露骨なやさしさ」やら「デレデレした甘え」とは無縁の、あえて憎まれ口を叩きながら、冷たく突き放しながらの共感。それなら西部劇が廃れきった今でも通じる。今時映画と比べて時代遅れとか、スピードもパワーもないなんて見ちゃいけない。この映画は決して古びちゃいないよ。

 「リオ・ブラボー」と同い歳の僕としては、この点を強く強く主張したいね(笑)。

 

 

 

 

リオ・ブラボー Rio Bravo(1959年・アメリカ)

ワーナー・ブラザース映画製作

製作・監督:ハワード・ホークス

脚本:ジュールス・ファースマン、リー・ブラケット

出演:ジョン・ウェイン、ディーン・マーティン、リッキー・ネルソン、アンジー・ディッキンスン、ウォルター・ブレナン、ウォード・ボンド、ジョン・ラッセル、クロード・エイキンス

 

2003年1月10日 DVDにて鑑賞

 


 

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