思い出のテレビ駄菓子屋映画
わが劇場未公開テレビ放映作鑑賞記

Memories of Unknown Movies
on the Good-Old TV


1981


怪奇!血のしたたる館 The House That Dripped Blood

1971年・イギリス

監督:ピーター・ダッフェル

出演:クリストファー・リー、ピーター・カッシング、マイリー・ダウン・ポーター、ジョン・ベネット、トム・アダムス

TBSテレビ 1981年1月30日

空き家になった洋館をめぐるオムニバス形式の怪奇映画。冒頭では、映画スターの失踪事件を捜査する刑事が、そのスターの借りていた館を訪れるエピソードが登場。館の管理人が刑事にこの場所のいわれを紹介するかたちで物語が始まる。第一話はそこから2年前のお話。館を借りた怪奇小説家と妻が主人公。殺人鬼を描いた小説を書いていくうちに、その殺人鬼が実在するかのように思えてくる小説家。実際は夫と別れたい小説家の妻が、愛人に殺人鬼のふりをさせていたのだ。だが、愛人は本気で自分が殺人鬼だと思いこんで暴走する…。第二話で館を借りるのは、証券会社を退職した初老の紳士(ピーター・カッシング)。彼は街の蝋人形館で、今は亡きかつての恋人そっくりの人形を見つける。そこへたまたま彼の旧友が訪ねてくるが、この男はカッシングとくだんの女を奪い合った仲。そして彼もまた蝋人形を見て虜になってしまう。ところがその人形は蝋人形館の主人の妻がモデルだった。この主人は浮気した妻と相手の愛人を殺し、彼女を人形のかたちに残していたのだ。嫉妬に狂った蝋人形館の主人は、再び訪ねて来たカッシングと旧友を斧で殺すのだった…。第三話で館を借りるのは、娘を連れたクリストファー・リー。ところがリーは娘を学校にやらずに家庭教師を雇う。実はリーの亡き妻は悪魔信者だったので、娘にも恐怖を感じていたのだ。案の定、娘はロウでリーの人形をつくり、それに針を突き刺して暖炉の火に投げ込んでしまった…。第四話で冒頭のエピソードに戻って、怪奇映画のスター夫妻が館を借りる。その夫の方が骨董屋で吸血鬼のマントを見つけて購入。だがその骨董屋の主人はホンモノの吸血鬼で、ずっと自分の後継者を探していたのだ…。だが、ここまでずっと話を聞いていた刑事は、管理人の話を戯言と思って笑い飛ばす。そして管理人が止めるのも聞かずに夜中に館を訪れるが、そこでいまや吸血鬼となったスター夫妻に襲われてしまう…。こう書いていくと実に面白そうなんだが、実際のところどうだったんだろうか?

 

サイレント・ランニング Silent Running

(1972年・アメリカ)

監督:ダグラス・トランブル

出演:ブルース・ダーン、クリフ・ポッツ

テレビ朝日 1981年4月11日

「2001年宇宙の旅」「未知との遭遇」のSFX監督ダグラス・トランブルが監督したSF映画ということで、当時鳴り物入りで放映された作品。地球が公害で汚染された未来、最後に残された緑を収めたドーム型の宇宙船が舞台の物語。ある日地球からこの宇宙船の乗員たちに、ドームを爆破して帰還せよ…との命令が下る。主人公の植物学者(ダーン)はこれに反発するが、同僚は地球に帰れるから単純に喜ぶ。こうして理想家肌の主人公は同僚の間で浮いていき、孤立したあげくに同僚を殺してしまう。このあたり、思い詰め型でキレた演技が得意だったダーンにピッタリだったようだ。かくしてダーンは地球からの命令に逆らい、土星の陰の部分に逃げ込んで追跡をかわす。映画の後半部分はほとんどダーンとロボット二体しか出て来ないので、ちょっと話が単調になって来るようだ。ただし低予算らしいにも関わらず、特撮はさすがの出来映えだったと記憶している。驚いた事に、特撮スタッフには後に「スター・ウォーズ」のSFX監督となったジョン・ダイクストラも加わっており、もっとビックリしたことにはマイケル・チミノも脚本に参加していた。なぜかジョーン・バエズの歌が二曲も流れるようだが、映画のテーマからして「環境保護」メッセージ的な意味合いがあったのかも。

 

荒鷲の砦 Partizanska eskadrila (Partisan's Squadron / Battle of the Eagles)

(1979年・ユーゴスラビア)

監督:ハイルディーン・クルバニッツ

出演:ベキム・フェーミュー、ベルミール・シボイノビッチ、ラドシュ・バイチ、リュビッシャ・サマルディッツ

東京12チャンネル 1981年4月16日

第二次大戦中、ユーゴのパルチザンに存在した「空軍」の物語。パルチザンに空軍があったとは初耳だったが、映画の開巻まもなく主人公ベキム・フェーミューも同じ事を言っていたから、知らなかった僕も無知というわけではないようだ。このフェーミューはパルチザンの上官に「空軍」をつくるように命じられる。こうして、戦闘機2機、乗員4名、後は乗員ではない隊員数名で即席の「空軍」が発足。初陣はナチの空軍基地の攻撃で、敵に大被害を与えるもこちらも早速1機を失う手痛い打撃を被ることになる。以下、このパルチザン空軍に集う兵隊たちのエピソードが数々積み重ねられていく。まずは、ナチ空軍基地で働かされていたチビとデカのユーゴ人二人組が、戦闘機を盗み出してパルチザンに加わる話。飛行機乗りではないパルチザン隊員の青年兵と、近くの農家の娘との恋。イタリアから戦闘機を盗んでパルチザン入りする名パイロットと、射撃主として彼と組む男(これが上記の農家の娘と恋に落ちる青年)との交流。そして隊長であるフェーミュー少佐と女通信兵との淡い恋物語…。映画の中盤からはパルチザン「空軍」に試練が訪れ、ナチに基地を嗅ぎつけられて攻撃され、拠点を転々とせざるを得なくなる。上記のさまざまなメンバーにも不幸が相次いで襲いかかる。チビ・デカ二人組は自分たちの飛行機を手に入れて喜んだのもつかの間、敵戦闘機に撃墜されてチビは死ぬ。パルチザン青年と恋に落ちた農家の娘は基地の移動に伴って一緒についていくが、恋人青年兵の目の前で撃ち殺される。イタリアから加わった名パイロットはナチ空軍基地から戦闘機を盗む際に撃たれ、逃げる最中に瀕死状態で同乗の青年兵に操縦法を伝授。パルチザン基地まで無事辿り着いたところで息絶える。…と、浪花節的な泣かせるエピソードの連打。こうしてやって来た映画のヤマ場は、ナチの海岸線奪還作戦阻止のために、峡谷に架かる橋を爆破してナチ戦車軍団の道を断つというもの。これが壮絶を極める戦闘となって、パルチザン「空軍」は次々撃ち落とされるが、最後は銃弾を浴びた一機が橋に特攻をかけてケリがつく。ところがこの作戦を終えて帰還しようとしたパルチザン「空軍」に、またしても敵機の大群が襲いかかる。最後はフェーミュー機と敵機の一対一の対決となるが、女通信兵の願いも空しくフェーミューは帰らぬ人となる。フェーミューが実際に戦闘機に乗り込むのはこのラストの戦いのみだが、ここで敵機が残り一機になったとたんに友軍機に帰るように命じ、自分だけで敵機と対決する「男同士の戦い」ふうの行動に出る意味がよく分からない。別にそれまでの物語で、この敵機に乗っていた乗員と「敵ながらアッパレ」というライバル感情を芽生えさせる伏線もないようだし、ハッキリ言って無駄死にって感じがするのだが…。彼が惚れた女の名を呼びながら死んでいく悲壮感を強調したかったのだろうが、このあたりはちょっとクサい趣向だったかもしれない。ラストは、立派な設備と機材と人員を擁する現在(映画製作当時)のユーゴ空軍の基地が登場。ここに初代「空軍」の生き残り三名が現れ、英雄として敬礼で迎えられるところで幕となる。主演のフェーミューは古くは「冒険者」とか、あのティント・ブラスの「サロン・キティ」など、西側映画にもよく顔を出していたスター俳優。戦闘シーンはかなり派手で特撮もふんだんに使い、共産圏の映画にも関わらず戦争アクションとしてもそれなりの出来映えだったらしい。それって言うのは、元々「ネレトバの戦い」など大衆娯楽の要素も強い戦争映画をつくってきた、ユーゴというお国柄なのだろうか。

 

アベンジャー Il Cittadino si ribella (Anonymous Avenger)

(1976年・イタリア)

監督:エンツォ・G・カステラーリ

出演:フランコ・ネロ、ジャンカルロ・プルテ、バーバラ・バック

テレビ東京 1981年12月17日

フランコ・ネロが本国で主演したアクション映画。たまたま銀行で三人組強盗と出っくわしたばっかりに、こいつらの逃走用の人質にさせられるのがネロ。しまらないパトカーとのカー・チェイスなどもあるが、この間、ネロは犯人たちにボコボコにされたりする。それでも最後は気絶したところを犯人に解放され、ネロは命だけは助かったと喜ぶかと思いきや、いきなりブチ切れ。警察は無能だと決めつけ、一人で犯人を探してやると宣言する。これが何ともオカシイ。確かに人質になっている間に犯人たちにイヤがらせはされたものの、この映画のネロってそれほど徹底的な屈辱や致命的な痛手は被っていないはず。それなのに「殺してやる!」などと尋常でない怒り方なのである。彼の恋人役は「007/私が愛したスパイ」のバーバラ・バックだが、彼女まで「気でも狂ったの?」と言ってるところを見ると、脚本も演出もコレがオカシイと分かって描いているのか? ネロは身の危険を冒してまで単身三人組強盗を追いつめ、無理矢理おびき出そうとする。途中でまったく別の泥棒と知り合い、親しくなったりするエピソードが挟まる。最後は一人でショットガンによる大立ち回りで犯人を全滅。だが、例の親しくなった泥棒が殺されたりするからスカッとしない。ネロの暴走の巻き添えをくった印象になっちゃうのだ。ラストがまたイヤ〜な感じで、事件が解決した後で街を歩くネロの耳に、「警察は無能だから自分で身を守るぞ!」という誰かの声が聞こえて来て、ネロが「その通り」とばかりにニヤリと笑う幕切れ。そういえばこの映画の冒頭にはひったくりや誘拐や殺人などのさまざまな犯罪が描かれるし、劇中でも再三「警察は無能」「犯罪者とツルんでる」「税金ドロボー」などと警察への悪口雑言がこれでもかとばかり並べられる。これって当時の治安が最悪だったイタリアの状況を反映した映画なんだろうか? ただ外国人の僕らからすれば「社会派」的な意味合いはあまり感じられず、フランコ・ネロが異常にキレまくり暴走するハタ迷惑映画にしか感じられない。何だかこいつマトモに見えないから、到底ヒーローなんかには思えないのだ。当然後味も最悪だったはず。そういえば主演のネロと監督のカステラーリは「死神の骨をしゃぶれ」なるマカロニ刑事アクション(スゴイ題名だ!)でもコンビを組んでいた。

  

 

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