茨城道路広報誌「HITAMICHI」映画コラムより

Movie Columns of the Ibaraki Publicity Magazine "HITAMICHI"

(1999/05/16)

 今は懐かしい、1995年春の「HITAMICHI」創刊号。


ひたみち[直通] 奈良時代に編纂された「常陸国風土記」に「然号くる所以は、往来の道路、江海の津済を隔てず、郡郷の境堺、山河の峯谷に相続ければ、直通の義を取りて、名称と為せり」とあるように、直路の陸路だけで往来できるというところから、常陸(ひたち)の名の由来となったといわれる。

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かつて、私がコピーライターなどという肩書きになりたての頃(今でもこの肩書きに見合った仕事をしているか疑問ですが)、どうにかして映画という大好きな趣味を仕事に生かしたいと悪戦苦闘したものです。新しい企画を立てるたびに映画ネタを提案。しかし、何度出しても企画が実ることはありませんでした。そんな事態が一変したのは、1994年の暮れ、茨城県の国道を管轄する建設省・常陸工事事務所の広報誌発刊を提案したとき、さりげなく映画コラムを企画に混ぜておいたら、これがOKになったのです。写真使用での著作権の問題があるので、取り上げる作品は新作ではなく旧作だけに限られましたが、広報誌のテーマである「道路と人」の関わりを中心に、映画を紹介するコラムがスタートすることになりました。しかし、やはりいいことは続きません。季刊である本誌の創刊直後、私は当時長く在籍していた会社を辞めることになってしまいました。かくして、あんなに待ちわびていた企画を実現しながら、私はわずか3回でそれを手放すはめになってしまったのです。…まぁ、人生なんてそんなものなんでしょうね。


 

1995年春号 「激突!」

From the Spring Issue/1995 : "Duel !"

 

1995年夏号 「或る夜の出来事」

From the Summer Issue/1995 : "It Happened One Night"

 

1995年秋号 「用心棒」

From the Autumn Issue/1995 : "Yojimbo"

 


「HITAMICHI」1995年春号/ROAD MOVIES フィルムをはしる道

 激突! Duel

 1972年/アメリカ

 監督:スティーブン・スピルバーグ/出演:デニス・ウィーバー

 

 乗用車が住宅地から走りだし、ロサンゼルス市街を越えて郊外へ。さらに人里離れて、道路の周囲には家一軒、人っ子一人いない光景が広がる…スティーブン・スピルバーグ監督の出世作「激突!」のオープニングは、道路を乗用車が走る一人称ショットの連続で始まる。この周囲には何もない、果てしなく続く道という設定が、これから起こる異常な事件を納得させてしまう、実に巧みな導入部だ。

 この長い長いオープニングが終り、乗用車の運転者である主人公(後にTV「警部マクロード」で知られるデニス・ウィーバー)が観客に紹介されるとすぐに、物語のもう一人(一台)の主役、巨大なタンクローリーが煙を吐いて登場する。やがて、乗用車がこのタンクローリーを何げなく追い越したことから、恐怖のドライブの火ぶたが切って落とされるのだ。

 「激突!」はもともとTVムービー(アメリカでの好評を受けて日本など国外では劇場公開)として製作されたこともあり、以後エスカレートするタンクローリーの報復、追いつ追われつのサスペンスは余計な感情移入やドラマを排し、スピーディーでまったくムダのない鋭さだ。やがて、この成功で劇場映画の監督に起用されたスピルバーグは、2作目の「ジョーズ」(75)で早くもその名を決定づけることになるが、ムダをそぎ落としたようなサスペンス演出の粋は、そのままこの「ジョーズ」に受け継がれたと言っていいだろう。

 「激突!」には、もう一人のクセ者クリエーターが関わっている。それは原作・脚本を担当したリチャード・マシスンだ。マシスンはSFやホラーの作家として知られ、TVの「トワイライト・ゾーン」シリーズにも脚本家として参加していた人物。スティーブン・キングをはじめとして、アメリカのホラー作家は異常なドラマの中に日常性を盛り込んでリアリティを出すのがうまいが、マシスンもその名手の一人である。そのあたりが、「未知との遭遇」(77)など一連の作品の中で、日常の中の異常事態を好んで描くスピルバーグの資質とうまくマッチしたのに違いない。

 「激突!」の成功の原因も、まず日常性の導入に尽きる。周囲には人っ子一人いない、どこまでも続く道。それはアメリカの日常では、極めてありふれた風景に違いない。そこに車の追い越しという、これまた実にありふれた事件が起きる。これらを物語の冒頭から早々に、映像で実感させてしまったことがリアルな恐怖を生んだ。これは、回りにたくさんの家が建ち並び、人と車が込み合っている日本の道路では絶対描き得ない。アメリカ的な、あまりにアメリカ的なとほうもない風景なのである。

 

[Close−up] スティーブン・スピルバーグ Steven Spielberg

下記の作品の他、「レイダース/失われたアーク」(81)などでヒットメーカーの名を欲しいままにする彼だが、「E.T.」(82)などで見せるヒューマンな作風が彼本来の持ち味。最近では「ジュラシック・パーク」「シンドラーのリスト」(二作とも93)と、硬軟自在の活躍ぶりだ。

 


「HITAMICHI」1995年夏号/ROAD MOVIES フィルムをはしる道

 或る夜の出来事 It Happened One Night

 1934年/アメリカ

 監督:フランク・キャプラ/出演:クラーク・ゲイブル、クローデット・コルベール

 

 追っ手の目をかすめて切符を手に入れた大富豪の娘エレン(クローデット・コルベール)と、ハッタリをかまして意気揚々としている新聞記者ピーター(クラーク・ゲイブル)を乗せて、長距離バスが出発。アカデミー作品賞を獲得したフランク・キャプラ監督の傑作コメディ「或る夜の出来事」の物語は、ここから本格的に動き出す。キャプラ演出とロバート・リスキン脚本の巧みな語り口によって、エレンは父の反対する相手と結婚したためマイアミのクルーザーに閉じ込められ、たった今逃げ出したばかり、ピーターも編集長にクビになったばかりであることを、観客はすでに知っている。さらに、バスの積み荷を捨てて自分の席を確保するピーターのずうずうしさ、したたかさ、そこにチャッカリ座ってしまうエレンの傲慢さ…というキャラクター説明、それに続く二人のいがみ合いから、観客はいやおうなくストーリーに引き込まれていく。「オペラ・ハット」(36)、「スミス都へ行く」(39)と、理想主義ともいえる一種の「社会派」コメディで知られるキャプラ監督だが、ここでは肩の力を抜いた娯楽映画づくりに徹して、そのうまさをいかんなく発揮している。そういえば、「オペラ・ハット」のゲーリー・クーパーや、「スミス都へ行く」「素晴らしき哉、人生」(46)のジェームズ・スチュアートなど、キャプラ作品のヒーローたちに共通するストレートな純粋さや素朴さが、この作品の主人公たちには見られない。こすっからい小悪党ぶりを見せるピーター、手前勝手なエレンにしても、一見純粋さとは無縁の人物に見えるが…。

 その後、エレンの正体を知ったピーターが特ダネ目当てに近付き、物語はシェイクスピアの「じゃじゃ馬馴らし」的な展開になっていく。大雨でバスが橋を渡れなくなったため、モーテルの一室に二人で一泊せざるを得なくなるが、ピーターは毛布をつるして部屋を仕切り、「ジェリコの壁」と称してささやかながら紳士らしさを見せる。こうした旅の間に、二人の心の中には徐々に変化が現れ、恋が芽生えるのだ。訳あってバスを降りてヒッチハイクするはめになり、エレンが脚をチラつかせて車をつかまえるエピソードなど、映画はのどかで楽しい挿話を交えながら、人に心を許せず本当の自分も分からなかった二人の心根と、その頑なさが揺らいでいく様子を見せていく。それは当時にしてすでに資本主義文明の先端にあった、アメリカ人の心情の反映だったかもしれない。

 そんな二人の心は、いがみ合い和解しながら、バス、車と乗り継いだ道中のうちに癒されていく。それは殺伐たる世情の中、人の心も思いやりも忘れ去られたこの二○世紀末に生きる私たちにこそ、実は最も必要なものなのではないだろうか。

 

[Close up] クラーク・ゲイブル Clark Gable

「風と共に去りぬ」(39)のレット・バトラーその人。「荒馬と女」(61)を最後にこの世を去るまで、専属のMGMのみならず、文字通り「ハリウッドのキング」として君臨した。その人気と魅力の一端は、「ザッツ・エンタテインメント」(74)でもうかがい知ることができる。

 


 「HITAMICHI」1995年秋号/ROAD MOVIES フィルムをはしる道

 用 心 棒 Yojimbo

 1961年/日本

 監督:黒澤 明/出演:三船敏郎、仲代達矢、東野英治郎、山田五十鈴

 

 肩を怒らせ、荒野をのし歩く素浪人・三十郎(三船敏郎)。彼は道の分岐点にさしかかったとき、棒切れを拾って放り投げる。やがて、棒切れが地面に落ちると、それが差し示した方の道に向けて再び歩き出す…黒澤 明監督の「用心棒」のオープニングは、自由で気ままな主人公のキャラクターを鮮やかに表現して実に秀逸。そして、この時たまたま選んだ一本の道が、彼を二大勢力の対立する宿場町へと導くのである。

 「用心棒」でも、同じ主人公による姉妹編「椿三十郎」(62)でも、三十郎はしぶしぶイヤイヤ事件に関わっていくような顔をする。それなら面倒事に関わらず素通りすればいいのに、主人公はなぜか自ら渦中に飛び込んでいくように見える。実際、居酒屋のおやじ(東野英治郎)に町の事情を聞いた三十郎は、舌なめずりをしそうなくらい嬉しそうだし、対立するやくざの間を立回り、策を巡らすときも実に生きいきしている。しかし、自分が助けた百姓(土屋嘉男)とその女房(司 葉子)がお礼の言葉を言い始めると、「やめろ!」と怒鳴ってイライラする。「椿三十郎」でも、彼の働きに報いようとする人々を置いて去っていく。人と関わりを持ちたくないと言いながら、実際には大いに関わりを持ってしまう彼は、自分が人から受け入れられそうになるといつも激しく拒否してしまうのだ。それは、野盗を倒して村が平和になった後、侍たちが村人に感謝されるどころか冷ややかに無視されるという、黒澤の代表作「七人の侍」(54)のラストのように、自分が人に受け入れられようとしても所詮はうまくいかないということを自覚しているからに違いない。根っからの自由人が旅の途中に人と関わろうとして、結局ムリだと悟って再び旅に出る…これではまるで「男はつらいよ」シリーズの寅さんではないか。

 人に受け入れられ共に生きること、旅をやめて定住すること、それは定職を持ち家庭を持ち責任を持つということにつながる。しかし、三十郎にも寅さんにもそれができない。先行きの計画も裏付けもない極めて不安定な人生だ。だから、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、事件に関わり人と関わろうとするのではないか。彼はその時、確かに人のために役立っている、意味のある人間としての自分を疑似体験しているはずだ。しかし、事件が解決すれば、そこで自分の役目も終わることを三十郎は知っている。義務も責任も、彼には一時的なものしか耐え得ないからだ。

 道を選ぶ時、棒切れを宙に投げて決めた三十郎。その時、彼は豪快な男臭さとは裏腹に、自分の進路を決める裏付けを何ら持ち得ない、どこか不安で寂しい胸の内を覗かせたのかもしれない。

 

[Close up] 黒澤 明 Akira Kurosawa

「羅生門」(50)で日本映画の海外評価の先駆けとなった巨匠。「酔いどれ天使」(48)から「赤ひげ」(65)に至る三船敏郎との名コンビぶりは有名。90年には米国アカデミー賞の特別名誉賞を得るに至ったが、93年に「まあだだよ」を発表した現役最長老監督でもある。作品は他に「生きる」(52)、「デルス・ウザーラ」(75)など。

 

 

1995年春号 「激突!」

From the Spring Issue/1995 : "Duel !"

 

1995年夏号 「或る夜の出来事」

From the Summer Issue/1995 : "It Happened One Night"

 

1995年秋号 「用心棒」

From the Autumn Issue/1995 : "Yojimbo"

 

 

  

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