プロジェクトF

「DAY FOR NIGHT」の三年間

Project F

Three Years of DAY FOR NIGHT


  

 未発表没原稿公開

 The Junked Materials

 夫馬 信一

 by Shinichi Fuma

 

 

ここでは諸般の事情から、一旦は書き上げられながらアップされるに至らなかった没原稿のうち、差し障りのないものについて公開いたします。それらは大体映画感想文の冒頭部分なんですね。書いているうちにピントがボケてしまったり、取り上げる映画とあまりに関係なくなりすぎたりで、感想文のアップ間際で差し替えられたり削除されたりしたものも少なくありません。実はここに挙げた以外にも没原稿は多数存在していますが、今回はとりあえずその一部を公開させていただきます。

 

 

マルコヴィッチの穴

 「わが映画感想ザンゲ録」でもご紹介したように、実はこの映画よく分からなくて感想も訳わからない内容のものになっていました。だから、そのテーマについてさりげなく触れておくことが恒例のイントロ部分も、映画からどんどん離れたぼやけた内容のものにならざるを得なかったんですね。それがミエミエになってしまったんで、このイントロは取り外しということになりました。ただ、はずしたところで本文が救われたわけではないのですが。

 

 人間の本質がよく出る時ってのは、何かもの食べてる時と、男と女のことに関わる時だって、誰かが言ってたんだけど。

 あとは車を運転してる時だとか、マージャンやポーカーやってる時だとか言う人もいる。後者のほうは僕はやらないから、理解の範疇にあるのは前者の二つだね。とにかく自分の満たされない欲望満たそうとする時こそ、本性丸出しになると言う訳なんだろうね。

 まぁ、僕も人の事言えないし、こういう事って本当にパーソナルな問題だからね。どれが普通で本当で、どれが間違ってて異常だっていうのは、どこの誰にも神様にだって言えないんだよって、ある雑誌でのインタビューで風俗嬢が言ってた。彼女に言わせると…彼女が見てきたのは当然男ばかりなんだけど、あっちの流儀は一人として同じじゃなかったって。これ全く正解だと思うけどね。

 異常じゃないかという気持だったら、おそらく世界中の誰もが「俺って変態かな?」「あたしって異常なの?」ってみんな思ってるだろうしね。僕?…変態だよ、決まってるじゃないか(笑)! きっと貴方も貴女も…もちろん君もそうでしょう。

 そういう時の他人の生態ってのは、退いて見るぶんにはとっても面白い。例えばある女性の主宰するサイトなんて、彼女を女王蜂として取り巻く男たちの幻想と欲望が渦巻いてる。僕らはこれを「欲望渦巻くサイト」と呼んでいるんだよね(笑)。男たちの気を引きつつ相手が熱くなってきたら冷水かけて冷ますその手口はなかなか老練そのもの。でも、あんまり自分の力を過信すると、いつか計算狂って火傷しないとも限らないぜ。

 また、ある知人のことにもそれは言える。この人まっこと世話好きのいい人なんだけど、自らの寂しさを解消したくて何ぞやらかしてる様子。人の事は俺も含めて他人の知ったことではない。だが、あんまり露骨ミエミエはマズかろう。しかも寂しさそれでも解消しきれずに相手構わず、顔に「やりたい」って書いてある(笑)。善人でウソつけないのがアダ。もし仮に全部俺の間違いだったらいいけど、みんなにそう思われちゃってるんじゃあね。知らないフリしてるほうもツラいよ。

 もちろん俺だって清廉潔白なわけじゃない。そっちが不潔でこっちが清潔なんて、そんな事言う気はござんせん。おまけにコソコソしやがってって言うんだろう? そうしたくてやってるんじゃないけどね。

 僕だって時と場合によっては、そして自分の思い通りのことができるなら、結構ひどいことだって平気でやってしまう。いや、今までそういう事をしなかった…むしろ人からひどい目に合わされっぱなしだったと思っている人間こそ、一旦タガがはずれたらもっとひどいかも。僕を甘えさせてくれた人、僕を裁かなかった人、僕が何を言っても怒らなかった人…本当は一番大切で、大事に守らなければいけなかったはずの人に、僕はどんな仕打ちをしかかったか。相手に対する慣れが生まれ、安心し、相手が完全に武装解除していることが分かったとともに僕がやろうとしたことは…今まで自分がやられてきた、そしていつか誰かにやり返してやろうと思っていた残忍で冷酷な仕打ちなのだった。俺はこれでも人間か。それともケダモノなのか。それが俺の隠された欲望だったのか。

 人のいる場所である限り、そこは欲望渦巻く荒野なんだよ。セックスだけじゃない、人を殺したい、何かを奪いたい、破壊したい。残忍さ、冷酷さ、ウサばらしや復讐心。社会常識や通念や習慣や自我やらが枷となっているから普段はおとなしくしているものの、機会があって事情が許せば、そして自分が傷つくことさえなければ、何とかそんな自分の隠された欲望を解き放ちたいとみんな内心考えているはず。

 ちょうど都合のいい、穴みたいなものがあったならね。

(以下、現行の本文ストーリー説明に続く)

 

 

ギャラクシー・クエスト

 「自分がやっていることの意義を見い出す」というところに映画のテーマを置こうということで書いた、一番最初のイントロ。当然いつものように自分の身近な問題からそれを語ろうということで、ネットの話にしたわけです。しかし自分がネットでやっていること=「意義のあること」という結論づけを当のサイト上で行っては、単に自惚れにしかならないことに気付いて取り外しました。それでは読んでいる人も共感は出来ないでしょう。代わりに入れたイントロは、「あの人は今」的な内容のものです。

 

 のっけからこんなグチ聞かされてたまらんと思われるかもしれないけど、正直言って最近このサイト維持していくのもシンドイんだよねぇ。

 何?もっとジャンジャン更新して音を上げない人がいるって? ごもっとも。別に仕事じゃなくて好きでやってるんだから、イヤならサッサとやめろって? おっしゃる通り。まったくその通り。ここで、そんなゴタク読まされるほうの身になってみろってんだよな。

 でも、今の自分は何だか仕事とプライベートの他にネットってのがある感じ。ネットって明らかにプライベートの領域だったのにさ。バカげているんだよ。前だったらナントカ映画祭とかレイトショーとか細かく見てたし、評判にならずに一週間で終わりそうな映画まで見てたのに、最近は何だかロードショーでかかる作品中心にしか見れない。本当はこういう小粒映画に面白いのが埋ってるのに。しかも、ロードショー作品ですら全部追い切れない。だって、メチャクチャな本数公開されてるんだもの。

 こんな状態になるって言うのも、本来好きで楽しんで見てた映画なのに、最近このサイトの更新のために見てるような状態が続いてるからなんだろうな。本当は実際に見た映画より、もっと自分が見たい映画ってあったんじゃないか? これって何となく滑稽だよ。映画にもネットにも関心ない人間から見たら、こりゃまるでバカと言われても仕方ない状況だよな。

 こんな事してて何になるんだ?

 俺は今こんな事やってる場合なのか?

 僕は自分にこういう問いかけをしないネット映画ファンがいたら、それこそ問題じゃないかと思うよ。そして、やめちゃおうかとも思う。それは正直な自分の気持ちだね。

 では、なぜそうしないかと言うと、いろいろ理由がある。やっぱり映画が好きでそれを表現したいから、ここまで続けてきてコンテンツも溜まってきたのに中断するのは惜しいから、仕事よりも自由な場でものを書きたいから、多くの人々と自分のサイトを通じて知り合えたから…そう、僕にとってはこの一番最後の理由が大きいかもしれない。

 疲れてボ〜ッとした目でコンピュータのディスプレイを見つめながら更新でもしている時、親しくしているあの人から、今まで知らなかったとんでもない場所の人から、思いもかけない意外な人から、ネットを通じて自分のつくったものへ反応が返ってくる時…それは、例えどんなに疲れている時でも至福の時だ。思い上がっていると言わば言え。

 人間は自分のやっている事に、何か意味を見い出したいものなのだ。

(以下、現行の本文ストーリー説明に続く)

 

 

デンジャラス・ビューティー

 最初はミスコンがらみの映画だということでそちらの方向に寄ったイントロ文章(1)を書いていたのですが、どんどん映画の趣旨とはかけ離れた内容になってしまい、“ってな話かと思って見た「デンジャラス・ビューティー」は、実はかなり予想とは違った作品だった。”というこじつけの言葉で、ムリヤリ映画に持ち込まざるを得なくなったので取り外しました。改めてヒロインの心情に寄りそうかたちで書き直したイントロ(2)ですが、今度は自己憐憫の度合が強すぎて読むのにツラいし、一般の方から見て共感も難しいものになってしまったため、あえてこれも取り外してイントロなしの感想文としました。

 

その1:

 日に日に暑さが増してくる今日この頃、そろそろ夏のことが頭をチラつくようになり始めると、パブロフの犬みたいに高校野球のことが浮かんでくるって人たちもいるんだろうね。

 僕はこう言っては申し訳ないけどネオナチみたいなあの坊主頭(笑)とか見ると、どうもうっとうしくていけないんだね。年寄りとかは本気でアレがいいと思ってるのかね? 今時あんなことやってるからサッカーに人気で負けるんだよな。だからいい人材に逃げられる。野球全体もレベルと人気が沈下する。それもこれも、バカでフンぞり返った年寄りどもの言いなりになってたからなんだ。日本の経済や大相撲と同じ。全部老害なんだよ。

 まぁそれはともかく、それでも高校野球の夏はやってくる。結構好きな人は見てるもんだよね。僕は今じゃあプロ野球も見てないけど、昔は阪神戦中心によく見てたもんだよ。でも、昔も今も高校野球はまるで見てないな。何かあのキ〜ンっていう金属バットの音が耳障りでさ(笑)。

 それより何よりイヤなのが、あの「さわやか高校球児」って言い方なんだよね。気色悪いんだよ、このフレーズ。だって高校生にもなって「球児」はないだろう? それにあいつら本当に「さわやか」か? 高校野球の名門校なんかの奴らだと、ほとんどプロと変りないって言うじゃない。マスコミ応対も手慣れたもんで、態度でかいらしいしね。まぁ新聞社がやっきになって盛り上げようとしているってあたりは、どっかの金まみれでリーグ全体をシラケさせてるプロ野球チームを連想させるよね。あ〜ヤダヤダ。

 この高校野球に限らずだいたい体育会系の奴らって、マスコミに言わせると、どれもひたむきでさわやかってことになるらしい。確かに僕は体育会系じゃなかったから、これから言うことはやっかみ半分かもしれないよ。でもこうした体育会系の奴らが「ひたむき」で「さわやか」なのに、勉強に一直線のガリ勉連中はなぜ「不健康」だとか「青白くてひ弱」ってことになるのだろう? いや、たぶん世間で言われてる通りだとは思うよ。俺だってガリ勉連中はカワイげのないイヤな奴らだとは思うけど(笑)。だけど、この両者の扱いがあまりに落差ありすぎじゃあないか? ガリ勉も青春を勉強に賭けてて「ひたむき」で「さわやか」なんじゃないの?

 体育会系の奴らが鍛練によって精神鍛えてるって言うなら、ガリ勉だって絶えまざる勉強にじっと耐えている。ガリ勉の奴らが知識詰め込みばかりで片寄ってるって言うなら、体育会系の奴らは体ばかり使って脳味噌はパーっていうことになっちゃうじゃないか。僕は昔からこれはオカシイって思ってたんだよね。

 人間それぞれ何か取り柄がある。それは人によって違ってる。だから、その人その人によって、自分の一番得意なことを磨こう、それで勝負しようとするのは当り前で自然なことじゃないか? なのに、なぜ片方は「不健康」で片方は「さわやか」なんだ。どっちもオカシイんじゃないか?

 泳ぐのが得意な奴がいていい、楽器弾くのが得意な奴がいていい、しゃべりが得意な奴がいていい、絵が得意って奴がいていい、金勘定が得意って奴がいていい。ならば、見た目きれいな奴がそれで勝負してどこが悪いんだい(笑)?

 だから僕は、かつて一部のフェミニストの言ってたミスコン批判ってバカげてるって思ってたんだよね。もちろんああいった事がすごく良いことなんて思っちゃいない。だけど粉砕せよ!なんて正気の沙汰じゃない。あの程度の事で女を差別してるって言うなら、今日び男だってめっぽう女に差別されてるよ(笑)。

 まぁミスコンのプログラムの中には確かに今どき不適当なものもあるだろう。だが、それさえ改善すれば別に問題ないんじゃないの? 誰に迷惑が及ぶというんだ。何で水着じゃなきゃいけないの? なるほど、さよう。では何で水着じゃいけないの(笑)?

 容姿だけで人を判断するなんて…なんてゴタク並べる奴もいるけれど、そういう悪しき民主主義みたいなのは俺は大っキライなんだよね。容姿に自信のない人がかわいそう?そうさ、でもそれが世の中だ。世の中は厳しくツラく不条理で不平等なものなんだ。足の遅い子がかわいそうだから、そういう子だけ短いコースで駈けっこさせる…今この国の学校では、そんなバカなことがマジメに行われているんだって? 親も教師も教育委員会も文部省も、みんなちょっと頭を医者に診てもらったほうがよくはないか?

 誰にも迷惑はかからないんだ、やりたい奴には好きにやらせればいいだろう? 人はそれぞれじゃないか。男の一方的なモノサシや言い分を女に押し付けるなと主張しているはずのフェミニストが、どうして自分たちの言い分を平気で一方的に他人に押し付けようとするんだ。バカな男どものマネしたようなバカな事などやめろ。こういう奴らには「ショコラ」に出てきたチョコでも、鼻血が出血多量になるほど出るくらい食わせなきゃダメだな(笑)。

 ってな話かと思って見た「デンジャラス・ビューティー」は、実はかなり予想とは違った作品だった。

(以下、現行の本文ストーリー説明に続く)

 

その2:

 僕は早口でやかましい男…らしい。「らしい」と言うのは実は自信がないからで、例えば当然ながら自宅にいる時の自分は、あまりしゃべらないし声もうるさくはない。当然じゃないかと言われるだろうが、それじゃあ「早口でやかましい男」っていうのが本来の僕自身なのかどうかということは分からないんじゃないか?

 実際のところ、それは自分で意識的にやったというのが事実なのだ。ここの感想文でも何度か触れたと思うが、僕は小学校の頃にイジメでこっぴどくやられた。何年もいたぶられ続けたあげく、僕をぶっ叩いてた当人が引っ越していなくなって、ポッカリと自由の身になった時にさすがの僕も考えた。

 何でイジメられたんだろう?

 それは僕がイジメたくなるような奴だからだ…と幼な心に僕は考えたんだと思う。他にもいっぱい人がいるのに自分だけやられた理由は何なんだろう? それは僕に何かが欠けているからだ。

 その「何か」がどうして「早口でやかましい」に化けたのかは、僕にもしかと分からない。だが、幼い頃から大きくなるにつれて、その「何か」は実体のある言葉として僕の中で形づくられていった。

 自分には、人間的な魅力がないんだ。

 シラケる事を言う奴はいる、セコい奴もいる。もちろんカッコイイ奴、楽しい奴、人情味に厚い奴…彼らは彼らなりに面白かろうがつまんなかろうが、とにかく何らかの「人間的魅力」のオーラを持っているに違いない。だが自分には決定的にそれが欠けているのだ。

 だから一生懸命他人のためにやってあげても簡単に裏切られる。誰よりも味方をしてやった奴に悪口を言われる。頭から信じた相手に恐ろしいほどダマされる。僕よりいいかげんで調子良く振る舞っている人間はそんな目に合わないのに。それは、僕にだけ「人間的魅力」がないから。どんな酷いことをしてもいいと思われているんだ。そうに決まってる!

 そう思われないために面白いことをいろいろ考えては必死にしゃべった。他の奴なら気取って言えないようなことでもズバズバ言った。飛び抜けて面白い人間と思われたかったからね。「人間的魅力」に欠けた地球でただ一人の人間としては、他の人間の100倍くらい面白くないと切って捨てられる。ちょっとでもつまらない奴と思われたら、何をされるか分からない。大人になったらさすがにイジメられるということはないだろうが、金を奪われるか中傷を浴びるか、電車の中で女に痴漢の濡れ衣を着せられるか、知らない間にカバンに麻薬の包みを入れられるか…。大げさなバカな考えと思うだろうか。実はつい最近まで僕は本当に内心そのくらい他人を信用していなかった。実は今でも気にしなくなっただけで、別に信用しているわけではないがね。だって、人間ってのはどこまでも徹底的に想像を絶するくらい腹黒いし、平気でひどいこと出来るからね。これは本当だろ? 最近、小学校で何も悪いことしていない子供を何人も殺したのは、ライオンでもワニでもないよ。人間は恐ろしくて汚い。

 そう。人に面白く思われたいがゆえに「早口でやかましい男」になった僕だが、もう一方ではそんな周囲の人間たちに復讐するような気持ちでそうしているところもあったのだ。「よく下品なことを平気で言うわね」って? そりゃああんたたちが本当は好きで好きでしょうがないことを、代わりに言ってやってるだけだよ。それが証拠に、あんたたちはさも自分がお上品みたいな顔をして俺を蔑んだものの言い方をするが、俺の言ってることを聞いて涙を流さんばかりに喜んでるじゃないか。俺の姿に鏡のように写る、自分たちの薄汚いザマをしかと見ろ! こう心の中で思いながら、ピエロに徹する一方で溜飲を下げている自分がいたことは確かだ。ちょっと大げさに言えば「クイルズ」でジェフリー・ラッシュが演じたマルキ・ド・サドの気分。どいつもこいつも下衆どもが、お高くとまるんじゃねえよ。

 だが、それは正確じゃない。実はそうやっているうちに、「早口でやかましい男」が自分の一つの人格になってしまった。意識的にやっていたつもりが地になってしまった。それが自分の偽りの装いというネガティブな部分から出発したのにも関わらず、まるっきりの嘘や挑発ではなくて本当に愉快で楽しくなる時さえ出てきた。僕は正直言って、自分が一体誰なのか分からなくなっていたんだね。そして、そんな自分のことが好きになれるわけもなかった。

 そんな僕を引き裂かれたような思いから救い出したのは、ある人の一言だった。

 あなたはそのままでもつまらない人じゃない。

 それは僕自身が忘れてしまっていたけれど、ずっと昔から求めていた一言だった。本当は誰かにそう言って欲しかったんだ。たった一言でいいから…。

(以下、現行の本文ストーリー説明に続く)

 

  


 

 

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