「DAY FOR NIGHT」開設6周年記念企画

F私撰・韓国映画の20本

F's Choice : 20 Korean Films


第一部 知られざる時代

「旅人<ナグネ>は休まない」

"A Man with Three Coffins"(1987)

監督:イ・チャンホ

出演:キム・ミョンゴン、イ・ボヒ


 イ・チャンホ監督は、「ディープ・ブルー・ナイト」のペ・チャンホと共に「韓国ニューウェーブ映画」を支えた立て役者の一人。彼は「ニューウェーブ作品」群の先駆けとも言うべき「風吹く良き日」(1980)をつくり、そこで起用したアン・ソンギはその後一気にスーパースターへと成長した。逆に言えば、アン・ソンギはイ・チャンホに見いだされ、ペ・チャンホに育てられて地位を築いた大スターなのだ。

 「イ」とか「ペ」とか分かりにくくて大変申し訳ないが(笑)…この二人は「イ」が先輩、「ペ」が後輩という師弟関係にある。イ・チャンホもまたペ・チャンホ同様に商業性と作家性を両立させた男だが、その「両立のさせ方」はいささかペ・チャンホと異なる。ペ・チャンホがどの作品にも商業性を盛り込んでヒットさせつつ、同時に作家性を盛り込んで創作意欲を満足させていたのに対し、イ・チャンホは作品によって「お金儲け用」と「創作意欲満足用」に分けるような、明らかな違いを見せていた。これも今まで何度も述べた事だが…明らかに金儲け優先とおぼしき「外人球団」(1986)、「膝と膝の間」(1984)などでは臆面もなくスポ根やエロを追求した。どちらかと言えば多少商業性が優先したであろう大ヒット作「於宇同/オウドン」(1985)も、大いにエロを売り物にした。その一方で…自分がやりたい作品については、かなりブッ飛んだ事もやっていた。その典型とも言えるのが、「寡婦の舞」(1983)や「馬鹿宣言」(1983)。血管が切れそうなほど悲痛な慟哭とナンセンス・ギャグとも思える猥雑さやハチャメチャさが同居する、ちょっと作品が壊れちゃってるようなアナーキーな作風は決して大衆的とは言えまい。こうした彼の「作家的意欲」のための映画は、おそらくほとんど商業的には成功していなかったはずだ。イ・チャンホはこうした作品を撮るために、あえてセッセとベタで泥臭い「外人球団」や「膝と膝の間」を撮っていたのだ。

 そういう意味で、ペ・チャンホが「韓国のスピルバーグ」と言われたのに倣ってイ・チャンホを称するならば、彼は明らかに「韓国のコッポラ」だと思う。いや…別に「ゴッドファーザー」みたいな作品をこさえる人物として…ではない。作家意欲を燃やせる作品製作のために、あえて商業作品を割り切って撮るという臆面もない姿勢。意欲を燃やしてつくった作品で、意欲が勢いあまって時に構成が破綻しかねないという傾向。それと「スピルバーグ」ペ・チャンホの兄貴分であるあたりも、「コッポラ」の異名に恥じないのではないか。

 そんなイ・チャンホの…これは「作家意欲を満たす」究極の作品だ。

 亡くなった妻の遺骨を故郷へ戻そうと、北の土地へと目指してやって来る男。男はそこで、亡き妻にソックリな娼婦や看護婦に出会う。そのうち看護婦は、死期の間近い金持ち男に付き添ってこの地にやって来た。金持ち男は死ぬ前に一度故郷へ帰りたいと願ってここまで来たが、彼の故郷は北の彼方だ。結局思いを果たせずに、金持ち男は家族に連れ戻されてしまう。残された看護婦は主人公の男と結ばれるかに思えたが…。

 南北分断のアレコレについて、日本人である僕はさほど明るいとは言えない。だがそんな僕でも、この映画全編にベットリと塗り込められた「北」への思いは痛切に感じる。何とも陰鬱な北方の閑散とした田舎町、その冬の情景が見ている僕らもブルーにさせる。だが、主人公たちが本当に目指しているのは、さらにこの先の「北」にあるのだ。そして、そこには誰も行き着けない。

 今回は同じ「創作意欲」用作品にも関わらず、「寡婦の舞」や「馬鹿宣言」にあったような騒々しさは影を潜めている。作品の構成をも破綻に追い込むようなアナーキーさもない。いたって静かな佇まいの作品だ。ヨーロッパのアート系の作品のような味わいがある。ただただ象徴に次ぐ象徴の提示で、人々の「北」へのやるせない思いを描き出している。

 ただ…イ・チャンホ「らしい」と言えば、この映画には根底にシャーマニズムが出てくるところだろうか。霊的な存在である巫女がところどころ登場して、分断されているにも関わらず根底は一つのはずの朝鮮民族の「精神」を観客に感じさせる…おそらくはそんな意図があるのではないだろうか。韓国の歴史的・土俗的・風習的な事に詳しくない僕はこれくらいしか言えないが、それがしかと分からなくても大いに惹きつけられる。

 そしてエンディングに用意された、思わず「アッ」と驚かずにいられない展開。突然のシュールな展開と度肝を抜かれるラスト・ショットには、やっぱりどこかアナーキーなイ・チャンホらしさを感じる。これは極めて実験的な作品なのだ。

 ただしこの後のイ・チャンホは、どうも低迷を余儀なくされたようだ。日本にも作品がほとんど来なくなったし、実際本国でもつくっていないようだ。僕が唯一見ることの出来た「ミョンジャ・明子・ソーニャ」(1992)も往年のノリはすでになく、他の韓国映画の水準からも取り残されてしまった観が強かった。今にして思えば、この「旅人<ナグネ>は休まない」こそ、最後の残り火だったようにも思えるんだよね。

 ヒロインのイ・ボヒは、イ・チャンホ作品に出ずっぱりだった常連女優。僕がここに前述したイ・チャンホ作品にはすべて出演している、文字通り彼の「ミューズ」とも言えるスター女優だ。

 


 

 

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