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ユーイチ号の憂鬱   2005/12/03
 
ミーレの業務用洗濯機
 
 
 
 
 
 
 
 

 

ドイツの家電のデザインはシンプルで機能的で本当に素敵です。
電気店に行って、洗濯機や冷蔵庫を片っ端から
開けたり閉めたりして遊んできます。
家にもミーレの掃除機・ユーイチ号がいます。
http://www.geocities.jp/daydream_web/hr_g4.html

掃除機をかけていてぎっくりさんになってしまった
だいおーのために購入したのですが、日本の家屋には大きすぎるしかなり重いので
ひっぱると壁に激突してしまうし、段差は持ち上げて運ぶには重いので
そのままチューブを引っ張っておろしたりすると、
お腹をだしてひっくり返ってしまいます。
早い話が、宝の持ち腐れ。

ユーイチ号は仕事で実力を十分に発揮できない、
ストレスいっぱいの満たされない憂鬱な日々を送ってます。
本当に申し訳ないことしていると思ってます。
いずれ家具や段差やでっぱりのない、広いお部屋に引っ越すことができたら
大活躍できると思うから、それまで待っててね。

そういえばアメリカから帰ってくるとき、当時使っていた掃除機がとてもお気に入り
だったのですが、どう考えても、日本の部屋を掃除するのは不向きだったので
泣く泣く人に譲ってしまったのでした。

Heidelbergにはミーレの洗濯機・乾燥機を使わせてくれる
コインランドリーがあります。
ミーレの洗濯機は洗濯物の出し入れ口が上ではなくて
洗濯機の側面にドアを開けるような仕組みになっているので
家のような賃貸のマンションでの設置は不可能。
このコインランドリーで使わせてもらえる以外は使ってみることはできません。

2人の5泊分の洗濯物だからけっこうな量になっていたので
洗濯物を見せながら「2台使った方がいいのでは?」と聞いてみたら
「1台で充分よ」とおねぇさんのお答えでした。
確かに洗濯が終了した他のお客さんが取り出す量を見ていたら
でてくるでてくる。
あっという間に運搬用の巨大なスポーツバッグが一杯になってしまいます。
いったい、中はどうなってるんだろう

ミーレの洗濯機は洗濯物の洗いが終了してからの脱水の回転の勢いが
すごいのなんのって、とても脱水のための回転とは思えませんでした。
あんなに回転したら、洗濯機ごとどこかに飛んで行ってしまうのではないかと
思えるような勢いでした。脱水が終わってでてきた洗濯物は
これ以上 乾燥が必要かなぁと思われるぐらいしっかり水気がなくなってました。
それからおおよそ1時間乾燥機にかけるのですが、あれだけの量を
一気にまとめてジーンズまでが常温まで下がった状態できちんと
乾ききっているのには、毎回驚かされてしまいます。

ミーレの洗濯機・乾燥機もいずれその実力を充分に発揮できる
受け入れ側の環境が整ったらぜひお越しいただきたいと思っています。
それまで待っててね。

今回学会で手配してくれたホテルは3カ所で、1つは学会会場に近い山の中腹の
研究所の国内外から訪れてくる研修者のための寮で
1つは私たちが宿泊したダウンタウンから路面電車で20分ぐらいのホテル。
もう1つはダウンタウンど真ん中のこのコインランドリーやレストランや
スーパーマーケットや銀行や郵便局などすべての場所から徒歩5分で
フランクフルト空港からのシャトルバスの発着所がホテルの裏側なんていう
絶好のロケーションのホテルでした。

学会の参加者はホテルと会場をバスで輸送されるだけの、早朝から深夜まで
拘束された一日を送るからどこに滞在しても同じです。
家族が来ている人には、優先的にこういうホテルに滞在させてくれればいいのに。
洗濯を待つ間、このホテルのロビーで絵はがきを書いたり
トイレを借りたりしながら1人で怒ってました。
科学者でもないのに、学会にひょこひょこついてくる家族なんて
そうそういないって。

Heidelbergは大学街でメジャーではないけれどお城もある古城街道の
観光地でもあるので若い活気にあふれ、きれいに整った気持ちのいい街です。
学生さんも○ルメスや○ャネルなんてバッグは持ち歩かないし
長い髪をゴムでまとめただけのポニーテールを久しぶりに見ました。
みんな清楚できれい。

つい最近ですが京都のR命館大学に向かうバスの中の女子学生の一団の
服装やメークにびっくりしたことあります。
こいつらなんだ?
キミタチ、いったいどこになにしにいくの?

同じ大学街のBerkeleyでも喫茶店や学食で学生が熱心に勉強している姿を
みかけました。ただBeekeleyはアメリカですから、安全な街といわれていても
危険な事件はすぐお隣でおこります。
普通に歩いていても、いつも回りを警戒する緊張感が伴います。
TVのニュースで被害者が銃で射殺された強盗事件を報道している駐車場が
当時住んでいたアパートから徒歩3分ぐらいの、最寄り駅の駐車場だったことも
ありました。車の運転ができない私は、通勤に使っていたのです。
U.C.Berkeleyのキャンパス内での殺人事件も未解決のままでした。
夜帰宅する学生のために、ガードマンがつくサービスもありました。

89年のSF大地震の後、会社の同僚と「地震の時どうしてた? 」という話になって
私は「日本では地震が多いから、学校では地震が起こったら外には飛び出さずに
机の下に入る訓練をするのよ。」といったら
「私たちも机の下に隠れる訓練はするけど、それは不審者が 銃を持って乱入してきた
場合を想定しての訓練よ」と言われました。

1番印象に残っているのは、U.C.Berkeleyのキャンパスのすぐ近くのホテルの
1Fのバーに銃を持った男がバーのお客さんを人質にとってたてこもり、
結局犯人はスワットに射殺され、人質にも犠牲者がでてしまった事件です。
そのニュースをTVで見ていて「ここって、あそこじゃん」
U.C.Berkeleyを訪れるお客さんが泊まる、歴史と由緒あるホテルでした。
高名な研究者や政治家も愛用のホテルだったけど、
宿泊料はリーズナブルな学生街のホテルだったから
私たちも帰国前日アパートを引き払った最後の日に、泊まりました。
1Fのバーで朝ご飯を食べながら「ここってあの事件が起こった所よね」

Heidelbergは外国なのに、緊張することも危険を感じることなく
とてもリラックスして歩けます。
日本の街を歩いているよりも、ストレスを全く感じません。
なんと言っても、子供と犬がとても幸せそう。
もちろん季節が良かったということもあるでしょうが、観光として訪れるには
物足りないかもしれないけど、生活するには自然と文化がいいバランスで
共存していて快適だろうなと思いました。
バスや路面電車の公共交通機関も安全で秩序だってきれいだし
タクシーはベンツだし。
ドイツ語が理解できれば、日本人にはとても住み易いでしょう。
でも冬は寒いんだろうなぁ....


フランクフルト駅のフランクフルト   2005/12/01
 
 
プンパーニッケル
ゴミ箱
最初はどこに何を棄てるのか
わからなかったけれど、
よく見たらちゃんと絵が
描かれてました
ドイツ鉄道 ICE
 
ICE1等車・1人がけ
ICE1等車・2人がけ
EC・6人掛け
コンパートメント
ミュンヘン市庁舎
ヴェルツブルグ
ノイミュンスター教会
 
 


ドイツといえばまず思いつくのは、ソーセージとビールです。
3年前にたかだかホットドッグなんて、どこで食べても
そんなには変わらないだろうと思ったのですが、
食べてみてあまりのおいしさにびっくりぃ!
今回はせっかくだから写真をと思って、フランクフルト駅のフランクフルトを
写真撮影用に買いました。

ウケればなんでもよかったので、一番大きなソーセージをと
思ったのですが、それはパンに挟むときに半分にカットされてしまうので
迫力が半減してしまいます。
2番目に長いソーセージをオーダーしました。
パンが10〜12cmぐらいだから、ソーセージは20cmぐらいはあるのかなぁ。
ソーセージがパンから大きくはみ出てしまうホットドッグの写真を撮影したあと
これ、どうしよう。
私は、ふだんそれほど好んでウインナーやハムを食べません。
とてもおいしのは知っていたし、お腹も空いていたけど、
まだ時差もあって、体調も万全ではなかったから、あまり食べたくなかった。
空腹ではあるのだけど、目がいやがってるって感じかな。
日本でだったら、駅の立ち食いうどんかお蕎麦ですませられるんだけどなぁ。
でもこのまま棄ててしまったら、回りのドイツ人に叱られそうだし。

少しかじってみてだめそうだったら、しょうがないかなと思って
アメリカでならセルフサービスで用意されてる、ザワークラフトやピクルスや
トマトなどのトッピング素材をさがしました。
あたりを見回したけどそんなもの何も置いてありません。
他の人の様子を見てもそんなもの挟んで食べてる人もいません。
テーブルにはシャンプーのボトルのようなポンプ付きのボトルが
2つ置いてあるだけで他には何もみあたりません。
1本はマスタードのようで、となると当然もう1本はケチャップかな。
まずマスタードをかけてもう1本のボトルのポンプを押したらそれは
コーヒー用のクリームでした。
あわわ...

幸いつまっていたから被害は少なかったので、何とか食べられそうです。
ドイツではどうやらシンプルにパンとソーセージとマスタードだけで
ワイルドに食するようです。
って3年前に経験済みなのに、すっかり忘れてしまってます。

これが、3年前の記憶をはるかにこえて、うんまっ!
そういえばTVでドイツのブンデスリーガのサッカー中継の解説者が
とにかくドイツのホットドッグはうまいんだ!と力説していたことを
思い出しました。たかだかホットドッグなんて、いえないぐらいうまいんだって。
ぜひ、ドイツのホットドッグを食べにブンデスリーガの観戦に来てくださいと
締めくくってました。

パンは日本で食べるホットドッグ用のパンとは全然違って表面は
さくさくとした食感で中はしっとりしていて
形もコロンとした丸みがありました。
どんなに気をつけててもぱらぱらとパンの粉があたり一面に飛び散ります。
マスタードは適度の酸味と辛みでソーセージの味をひきたてます。
ソーセージ自体も肉臭さが全くなくて、こんなもん1人でなんて
食べられないよと最初は思っていたのですが、気がついたら完食してました。
やっぱり、とてもおいしかったです。
たかだかホットドッグなんて、ごめんなさいでした。

フランクフルト鉄道駅は近隣の国からの乗り入れも多い大きな駅だから
旅行者やビジネスマン・ウーマンもスーツやネクタイにぱらぱらと
パンくずを巻き散らしながらおいしそうに食べてます。
驚いたのは70歳は過ぎているだろうと思われるおばぁちゃんが同じように
立ち食いのホットドッグをむしゃむしゃと食べていたことです。
日本人のおばぁちゃんが、駅でホットドッグを立ち食いするかなぁ。

ドイツのパンといえば、ホテルの朝食で食パンのスライスと並んで置いてある
真っ黒のパンがずっと気になってました。
トースターの脇に置いてあったから、きっとトーストするんだろうな
とは思っていたのですが、いまいち試してみる勇気がでませんでした。
でもここはやはり決心して、いってみないといけないでしょうね。
帰ってから検索してみたのですが、Pumpernickel プンパーニッケル
というライ麦パンでした。
http://www.marions-kochbuch.de/index/1566.htm
http://www.fukuneko-ya.org/NF/food.html#anchor8

今回もドイツ鉄道に乗りたいので日本でユーレイルパスを買って
目的をもたずに、ただただ電車に乗ることにしました。
学会が用意してくれたホテルは、鉄道駅からは路面電車で乗り換え時間も含めて
40分ぐらいかかってしまいます。

路面電車の停留所からは、住宅街を歩いて10分ぐらいですが
昼間はのどかなブドウ畑の麓の住宅街だから、公園で子供達が遊んでいたりするし
何も心配はないのですが、夜になると人通りがまったくなくなって
明かりも住宅からもれる光だけなので、路面電車の停留所からの帰り道は
ちょっと不安でした。暗くなる前に、ホテルに帰るには遅くとも6時には
鉄道駅に到着しておきたいとなるとどこに行くにも、
滞在時間が1〜3時間になってしまいます。

ユーレイルパスを料金分有効に使うには、ドイツが誇るICEの1等車両で
できるだけ遠くに行くという計画になってしまいます。
Heidelbergからいわいるロマンチック街道の人気スポットにでるには
乗り継ぎが複雑で日帰りは無理です。
結果、ミュンヘンやヴェルツブルグまで片道およそ3時間かけて、
滞在が1時間〜2時間なんてなにやってんの?なんて計画になってしまいました。

料金はこのデーターが新幹線と比較になるかどうかはわかりませんが
マンハイムからミュンヘンまでICE-Sprinterで所要時間がおよそ2時間40分。
その1等車両で114ユーロ・日本円で\16,000。
2等車両で74ユーロ・日本円で\10,500
ICEだと所要時間が3時間でその1等車両で99ユーロ・日本円で\14,000
2等車両で64ユーロ・日本円で\9,000

ユーレイルパスは1等車両が使えるから、1等車両に行きますが
2等車両でも新幹線よりはるかに快適です。
ヨーロッパ鉄道はパリ・ロンドン間のユーロスターが有名ですが
私はICEに関しては、ドイツ鉄道の勝ち!だと思います。

車内から外で子供達のサッカーの試合をしている様子が見えました。
総天然芝のコート上で小学校低学年ぐらいのまだ幼い子供達が
サッカーの試合をしています。
ぼぉ〜っと立ってるだけの選手もいたから
W杯を目指す子供というエリートクラスのレベルではなく
地元の子供会レベルのようでした。
たかだか子供のサッカーのゲームで、こんなに美しい総天然芝のコートが
使えるなんて、あまりに環境が違いすぎ!

ミュンヘンに向かう電車の中で、6人掛けのコンパートメントを1人で占領していたら
50歳後半ぐらいかと思われる1人旅の女性が「日本の方ですか?」
と声をかけてくれました。
彼女は京都出身で外国人に日本語を教える仕事をされてるのですが、休みを利用して
短期の語学留学でイラン人の家庭にホームステイされてるのだそうです。
熱狂的なタイガースファンなのですが、ドイツに来てからのタイガースのマジックの
情報が入らないのが、とても気になるとおっしゃるので
私の携帯でR子さんに連絡して、順調にマジックを消化していることを教えてあげて
とても感謝されました。
彼女もユーレイルパスを買って、その料金分を使うためにザルツブルグまで行って
滞在1時間30分で日帰りするそうで、2人で大笑いしてしまいました。
なぁにやってんだか。
ホームステイ先はイラン人の家庭だし、学校ではもちろん日本語は話せないし
日本語が沢山話せてとても嬉しかったそうです。

あのお年になられてもなお、短期とはいえ、ホームステイで語学留学なんて
ほんとにその気になれば、なんでもできるんだなぁって思いました。

やっぱり女性は、前向きでたくましい。

ドイツの郵政民営化   2005/11/28

ドイツの切手

学会のお供は会期中は単独行動なので、どうしても行動範囲はせばまってしまいます。
夜は、ほとんどホテルの部屋で過ごすので、テイクアウトの晩ご飯と
ポストカードとメールは、私には必要不可欠な旅のお友達です。

ポストカードに貼る切手は、その国の記念切手を探すというのも
旅行中の私自身への課題です。
こういうこともほんとに出会いと相性です。
窓口に立ってくれた担当の人とのコミュニケーションの成否もそれぞれで、
同じことを伝えようとしているのに、理解してくれる人くれない人いろいろです。
それはそれでおもしろいのですが。

Heidelbergは3度目なので、記念切手を豊富に取り扱ってくれる
郵便局もわかっているから後は、窓口の担当者との出会いです。
「私は記念切手を集めてるんです」窓口のおばさまは、にっこり。
よっしゃぁ!いけそう。
「日本へ絵はがきを出したいのですが、ドイツのきれいな記念切手を使いたいんです」
まずここで私の意図を理解してくれない担当者だと
エアメール専用の切手をだして「何枚?」って聞かれてしまいます。

ところが彼女は私が期待以上の理解をしてくれて
「日本へのエアーメールは1ユーロだから、この切手で55セントでしょう。
それに45セントの切手と2枚貼ればパーフェクトよ」
すばらしい!
たいては、料金はオーバーしてもいいからデザインの違う記念切手2枚で送れるように
とかなんとかいろいろ説明して、理解してもらえれば上出来なんです。
何でそんな無駄なことするの?何て事も言われてしまうこともありました。
たったひとことで、ここまで理解してもらえて
しかも1セントたりとも無駄にさせない計算までしてくれて。
さすがドイツ。

ところが彼女は「では、ここで55セントの切手10枚分を精算してね。
残りの45セントの切手は私は持っていないから、別の窓口に行ってちょうだい。
ちょっとお隣に聞いてみましょう。」
お隣の窓口のおじさんに事の成り行きを説明して45セントの切手を
持っているかどうかを確認してくれました。
お隣の窓口のおじさんは、45セントの切手を持っているので
彼の順番に回ってきた、別のお客さんがそのおばさまの方に行って
55セント切手10枚分の精算をすませた私が
そのおじさんの方に行くという、お客さんの交換トレードになりました。

手持ちの切手が違うってどういうこと?
精算をそれぞれの窓口で済ませるってどういうこと?

その後、ドイツで他の都市の郵便局でも何度か記念切手を2枚貼った
見本のポストカードを見せながら「これちょうだい」って
聞いてみたのですが、手持ちの切手のデザインも価格も個人個人で全然違っていて
「私はこれしか持ってないから、他の窓口に行ってちょうだい」
が何度もありました。

窓口ごとの独立採算制なんでしょうか。
日本の郵政民営化はドイツがお手本だということですが
もう1歩つっこんでみるだけの語学力は、残念ながらありませんでした。

テイクアウトの晩ご飯はHeidelbergは学生街で小さいけれど観光地でもあるので
安い持ち帰り用の店は豊富にありました。
前回の旅行でお世話になった中華料理の店はかなりあてにしていたのですが
もとあった場所に、その店はありませんでした。
ところがホテルに帰る路面電車の停留所まで歩いていて、ふと立ち寄った店で
「大盛り?小盛り?ソースはかけるの?」
あっ、もうそれでいいからってストップをかけてからも2〜3杯いれてしまって、
結局ぎゅうぎゅう詰めにしてしまうおねぇさんのこのかんじ.... 
覚えがあります。
お店は拡張して店内も赤と黒が基調のモダンなインテリアに改装してましたが
「Tiger&Dragon」の店名を覚えてました。
へぇ... もとあった場所になかったからてっきり閉店したのかと思っていたのですが
移転して大きくなってました。なんだかとても嬉しかったです。

滞在したホテルの1階にはイタリアンレストランもあったのですが
宿泊客とはいえ1人でレストランで食事というのもねぇ。
通りがかりにのぞいてみても、着飾ったお客さんが多そうだし。

ある日レストランのお客さんの一団の中に、同じ日の昼間
Heidelbergのダウンタウンの喫茶店で一緒だった
見覚えのある男性5〜6人の集団がいました。
私がお茶を飲んでいた店で、打ち合わせだったのかしら
スーツ姿の中に1人だけモヒカンヘアーにジーンズのおにぃさんがまざってて
クライアントとデザイナーの打ち合わせといった感じでした。
そのモヒカンくんが席を外して携帯で電話をするために
私の前を何度も通ったので印象深く覚えていたのです。

朝はそのレストランでバイキング形式の朝食だったのですが
どの料理も材料にとてもいいもの使ってたし、ウエイターさんウエイトレスさんの
自信と誇りをもったテキパキとした接客態度からみても
いいレストランだったのかもしれません。
ワイン用のブドウ畑の麓の、住宅街の一角にあるオープンでゆったりとした雰囲気の
レストランでした。ダウンタウンから車でわざわざ来るぐらいですものね。
滞在していた東洋人は私たちだけだったし
水を買うのでウエイトレスのおねぇさんとも話したりしていたから
一度ぐらい1人で食事してもよかったかな。ちょっと後悔。
私はその日は小盛り炒飯・ソースなしで2.8ユーロ・日本円で\400の晩ご飯でした。
そういえば、炒飯にソース?って思いながらも試してみる勇気がなくて、
3年越しのこの疑問はまだ未解決のままです。次回があれば次回の課題かな。

イタリアの切手も楽しみでした。
ウッフィツィ美術館の出口に臨時郵便局窓口がひとつだけあって
そこでイタリアの記念切手を購入することができました。
その窓口の担当のおばさまも、嫌な顔せずすべての切手を見せてくれて
1枚だの2枚だの細かい買い物も笑顔で受けてくれました。
そこは美術館の裏口から、予約も入場料なしでも入ってこられる場所にあるし
おそらく世界中からの観光客が美術館で絵はがきを買って書いて
そのまま投函するために開かれてる、専門?郵便局と思われるので
切手のデザインも豊富だし、担当者もいいかんじでお勧めです。
土日も営業しているようでした。

イタリアの郵便局でおかしかったのは「記念切手を集めてるのですが」
ときりだしたら、自分のファイルをぱらぱらとめくってみて
「今日はいいのがないから、明日の朝もう一回きなさい」
といわれたことです。
ぱらぱらとめくっている間にきれいな切手も見えたので
「それでいいんだけど絵はがきを出すだけだから」とくいさがったのですが
「これは良くない。明日来なさい」とガンとして受けつけてくれませんでした。
明日は来れないんだけどなぁとは思ったのですが
よくわからなかったので、すごすごと引き下がってしまいました。

旅行中は新聞と郵便物は届けを出して留めてもらってます。
新聞は郵便受けにあふれると不在が誰の目にもあきらかになってしまうので
何度も何度も念をおして頼むのですが、必ず何日分か入ってます。
朝刊は部屋の前のポストなので、まだ人目につかないのですが
夕刊は下の出入り口のポストに入れられるので、あふれると本当に困るのです。
ということを何度も言っているのですが、それでも必ず入ってますから
気をつけてくださいって、何度も言っているのです。

今回は、郵便物までが届けが通ってなくて、2週間分すべて入ってました。
そこの郵便局の仕事ぶりには、あきれることが多々あるのですが
今回はホントにあぜんとしてしまいました。
2週間分の郵便物と広告のチラシと数日分の夕刊と、よくまぁ入っていたものです。
管理人さんに旅行中郵便物があふれていたら保管して下さい
と以前に頼んだ事もあるのですが、断られてしまったのです。
今でも届け出を受け取った局員さんが窓口に立つと
怒りがこみあげてくるのですが、こういう場合ってちゃんとクレームを
つけるべきだったのかしらね。どう対処されただろう。
お詫びに切手でもくれたかしら。

イタリアの切手

日韓友好の架け橋は   2005/11/25


 

今回のドイツ遠征で初めて韓国の研究者と話をする機会がありました。
韓国の大学で助教授をされてる2人のコモチの女性研究者・宋さんと
その研究室の学生さんのオトコノコ・金くんです。

30代後半かな、40歳はいってないだろうと思われる宋さんは
キムチパワー全開で元気いっぱい、とってもよくしゃべる女性です。
田島せんせーをぐっとお若くした女性をイメージしてください。
アメリカ留学経験があるから、とても流暢なわかりやすい英語で
勝手にしゃべりまくってくれます。
留学経験があってもお互い英語は第2外国語だし同じ東洋人だから
基本的なバックグラウンドが共通している部分もあるし
同じ女性同士だしお相手をするのは、とても楽なタイプです。

金くんの方はシャイな印象で英語もあまり自信がないようで
先生の宋さんに助けてもらいながらの会話だったので
韓国語・日本語・英語が乱れ飛んでおまけにノートを使っての漢字での筆談と
なんとも楽しいお茶会になりました。

本来なら私の存在は全く無視されて、わけのわからない専門的な話になるのですが
そこは女性だし、なんと言っても今、日韓共通の話題といったら韓流スターでしょう。
試しにちょっとふってみたところ、こぉれがおおあたぁりぃ〜!でした。
よかった!

まずはぺさんです。
日本語の発音の「ぺ・よんじゅん」では通じないだろうと思ったので
英語のBae Yong Joonで聞いてみたら、一発で通じました。
日本での超ヒートアップ気味の人気ぶりもよくご存知でしたが
韓国では過去のスターという印象だということでした。

次は、チェジュウさん。これが通じないんです。
TVドラマでぺさんのガールフレンド役で共演した、背の高い美しい女優さんと
説明したら「あぁ、チェジュウね」って、さっきからそう言ってるじゃん!
私には同じに聞こえるけど、何か微妙に違うんでしょうね。
宋さんのご主人も研究者で、学会で日本に来日したときに学会会場で
日本人の中年男性研究者からチェジュウさんの話しばかり聞かれて
頭にきたということでした。

その後もいわいる四天王の残りの方々の名前をあげてみたのですが
やはり微妙に発音が違うようで、全然通じませんでした。
四天王なんて言葉も日本で作ったのかしら。
徴兵制度で兵役についたウオンビンさんは説明ができたので理解してもらえましたが、
他の2名は代表作品の英語のタイトルを思いつかなかったので
最後まで通じませんでした。

金くんも結構真剣に誰だ誰だって話しに乗ってくれたし
私も、もう少しこの話を引っ張って時間をつぶしたいと思ったので、
知ってる韓国人スターをアタマの中であれこれ捜してみました。
そうだっ!歌手の「ぴ(Jung Ji Hoop)」さんがいる。ぴさんなら通じるかも。
これがまた、おおあたぁりぃ〜!でした。
宋さんは「He is my favorite star」って大喜びでした。
大好きなんだそうです。
貧困層の出身で自分の力で今の人気を確立したがんばりやさんだそうで
彼のサクセスストーリーや、彼がいかに優しくて性格のイイコで体を鍛えてるか
ということをとうとうとしゃべってくれました。
決してハンサムとはいえない、幼さが残る顔立ちがたまらなくかわいいのだそうです。
洗練されてるとはいえないセンスもご愛嬌のようです。
大学の助教授先生もこうなると、きよしくんを愛するただのおばちゃんと同じです。
金くんも宋先生の意外な一面にふれることができて、楽しそうでした。
http://www.rain-official-club-japan.com/
http://www.jype.com/club.main.index.screen?p_club_id=rain

宋さんは女性で大学の助教授だしアメリカ留学もされてるし
ご自分でも「私はGood girlだったから」って何度もおっしゃってたし
あの超過激な韓国の受験戦争をすいすいとくぐり抜けてきた
本当に優秀な方なんだろうと思いました。
彼女が子供のころの韓国での日本のアイドルは「ヒデキ」だったそうです。
彼女の友達の部屋はヒデキだらけだったけど
「Good girlだった私は、全く興味がなかった」ということでした。
私は思わず「ロォラァ〜♪」と歌いながら
これからの日韓友好の架け橋は、クオリティの高いアイドルの輸出入に
かかっていることを痛感しました。

「M子はなんであんな**な○○○と結婚したのか?」の問題発言には
「こらこら、ここはドイツだし相手が私だから許されるけど、日本の学会に来て
誰かれかまわずそんなこと言ったら、二度と日本の地は踏めないわよぉ」
と脅かしておきました。
「私はM子が好きなのよ。なんでキャリアを棄ててまで結婚したんだろう。
ってとても残念なの。今、幸せそうじゃないし。」と慌ててフォローしていたけど
それはね、みんな思ってるけど、声にだしては言わないんだよ。
金くんの兵役体験の話もとても興味深かったです。

問題発言もあったけど、彼らの自由時間終了まで楽しく賑やかに話がはずみ
だいおーと3人で、お迎えのバス停まで走ってもどっていきました。

余談ですが、韓国でも相手の年齢を単刀直入に聞くのは失礼らしく
宋さんはその後「結婚して何年?」「アメリカにはいつごろ?」など
あの手この手で私の年齢を聞きだそうと、探りをいれているのがみえみえで
めんどくさいから「彼女は50歳」とはっきり言ってあげたそうです。
同じぐらいの年かと思ったって、あ・り・が・と!

ミュンヘン市内にたくさんいたライオンさん。
そういえばオーストリアには牛さんが、SFにはハートがたくさんいました。

 

妊婦さん作戦   2005/10/20



3月にSさんズがご結婚25周年とご自身の生誕50周年記念をかねて
フィレンツエ・ローマ旅行で下見をしてきてくれたおかげで
メジャーな美術館は事前に予約をしておかないと
長い行列に何時間も並ぶことになるという情報を教えてくれてました。

前回の旅行は10数年前だし、時期的にも10月末でちょっとシーズンをはずれていた
ということもあって、ウッフィツィもアカデミアもバチカンも並ぶことなく
すんなり入れていたので、美術館にはいるのに予約をとるなんて
考えてもみないことでした。

地球の歩き方を読んでも予約をお勧めしてあったし
日程的に土曜日にあたるので予約は必須のようです。
「予約は電話で直接美術館に」ってこのネット時代にそれはないだろう。
と思いながらまずホテルの予約をネットであたっているうちに
日本のサイトでしたが、ホテルの予約をすれば美術館の予約もやったるでぇ
のサイトをみつけました。
これはいいやと思って料金を調べてみたら
まずホテル自身が予算オーバーだし美術館の予約手数料も法外でした。
実際の入場料の3倍以上請求されてます。

自分で探すしかないですね。
ホテルを検索していくうちにイタリアのサイトの「チケットぴあ」のような
サイトにたどり着くことができました。
手数料も含めて2倍弱だから、自分で電話することを思ったら、悪くはなさそうです。
ウッフィツィ・アカデミア・最後の晩餐を予約しました。
ウッフィツィは1ヶ月以上前だったけれど、希望の時間はすでに満杯でした。

10数年前の旅行でもセキュリティはとても厳しくて
背中のバッグとハンドバッグでも大きいとクロークに必ず預けなくてはいけませんでした。
パスポート、トラベラーズチェックなどなくなったら誰が責任とってくれるんだろう。
イタリア人だものなぁ、全員が他の人を指さしていそう。
絵を見てても、そのことがとても気がかりでした。

こういう時代だからセキュリティはもっと厳しくなっているだろうし
また同じように貴重品を気にしながらの鑑賞は避けたいし、ということで
私のバッグに貴重品をいれてそれをジャケットの下に隠して前にまわし
ジャケットの膨らみを両手で抱える「妊婦さん作戦」でいくことにしました。
東洋人若く見えるし、入ってしまえばこっちのものです。

ところが大きな美術館は、もう空港なみのセキュリティでした。
ジャケットもバッグもすべてベルトに載せて探知機を通して、
ヒトは探知機のキンコンをくぐるあれですね。
私は空港でも問題ないのですが、だいおーはぬいでもぬいでも、出しても出しても
警告音がなってしまいます。
ところがそこはイタリア。
警備のおねぇさんは探知機の画面もヒトもまったく見てません。
おしゃべりに夢中です。
だいおーは結局、警備のおねぇさんの目を盗んで、探知機の外側をするっと
通り抜けてしまいました。
ずるっ!

あたり前のことですが、ほんまもんを見るというのは格別な感動があります。
まずはその大きさですね。
これはイタリアではありませんが、初めてピカソのゲルニカを見たときは
それ自体はコピーだったのですが、
うぅわっ!こんなにでかかったんだってびっくりしました。
だって教科書でしか見たことなかったから。

それからその作品の存在のあり方。
サン・マルコ美術館の壁に描かれた「受胎告知」は階段の下から登りながら
アカデミアのダビデ像は遠くからその姿が目にはいった時から
すでに言葉を失ってしまいます。
そしてその感動をそのまま静かに美術館の外まで運んで
ゆっくり時間をかけて、深く深く心の中に刻みこむことができます。

日本のデパート美術館も作品を収集するという点では、
とてもがんばってくれてはいるのですが
展示がない時にはバーゲン場になっている事実を知ったり
せっかくすばらしい作品を鑑賞して出てきても、
出たらそこには即バーゲン会場が広がっていたり
出口が、たかのさんのエステの入り口に直結していて店の前には大型のTVが置かれて、
GacktさんのCMやCMのメイキングのシーンがいつも流されていて
つい、足をとめて見入ってしまいます。
まぁ、それはそれでいいんだけど。

ところでウッフィツィ3Fのトイレは男性側に女性が侵入してても大行列ですが、
階段を下りた2Fはがら空きです。2Fから3Fにもどることもできます。
トイレの予約までは受けつけてはくれませんから。

 

過信が招いてしまったこと   2005/10/18


外国からPCメールを送信することと、その国の記念切手を郵便局で買って
ポストカードを出すことが、海外旅行中の私自身への課題です。

PCメールは2000年のイギリス遠征の時は、ネットカフェからカタコトの英語での
送信でした。夏休みに行くことが多かったので夏休み英語教室と
とても迷惑がられてい ました。
その国その国のキーボード を使うので、見慣れない文字や記号があって
それもまたおもしろかったです。
学会期間中は1人で行動するので、ついついネットカフェに長居したりしてました。

最近は自分のMacを持参するようになったので
ホテルの部屋の電話回線を利用して安価で使用ができる
プロバイダーとも契約して日本語での通信ができるようになりました。

ドイツのホテルでいつものように複雑な回線をつなげてプロバイダーに
OSXで接続しようとしましたが、プロバイダーにつながりません。
持参したMacにはOSXとOS9が入っているので
OSXでだめならと、OS9で試してみることにしました。
OS9でならプロバイダーとの接続はできるのですが
今度はメールソフトが立ち上がりません。
あっちがよければこっちがだめで....ってことですね。

(*なぜかOS9のEudoraを立ち上げるのに、serial No. とaccess codeを
入れろという表示がでるんですね。トホホーー)

私のメール送信はまぁ、いいけど
だいおーは予算申請の大事な書類をこの旅行中に提出するつもりだったようです。
そんなだいじなこと、出てくる前にやっとけよ!

(*書類を出さないといけないことを出発する日の夕方、うちに帰る10分前に
知ったのです。とほほーーー)

プロバイダーとの接続が可能なOS9で無料メールアドレスを取得しようということになり
Hotmailを試みましたが、それもなぜかアドレスを修得できません。
あきらめてYahooでトライしてみたら、やっとOK。

学会会場にも日本語変換ソフトが入ってるMacが置かれてるので
提出前の書類のチェックを、ラボや事務の人に、お願いしなくてはいけないし
時差の関係があるから頻繁にメールチェックをしなくてはならなかったので
Yahooで作ったおかげで、ホテルと会場と両方でチェックできて本当に助かりました。
ラボの方にだいおーにラボあてに送られてくるメールの転送手続きも
お願いすることもできて、とりあえずほっ!

事前に予定していたスケジュールやURLなどの資料を、送ったメールは
結局 見ることはできなかったけど、ホテルの予約受けつけメールと地図
美術館の予約メールなど重要書類は、念のためにプリントしてきて
持ってきていたのは、不幸中の幸いといったところでしょう。
過信が招いてしまったアクシデントです。

問題はイタリアです。
日程的的に書き上げた書類はイタリアから送信しなくてはいけません。
ホテルのランクをおとしているだけに不安です。
「インターネット?ないよ」
やっぱし。

ベニスの2つ星ホテルの部屋で電話回線を試みましたが、なんと電話線のプラグが古すぎて
持ってきたものと、 サイズがあわない。

ホテルでネットカフェのある場所を聞いて行ってみました。
でも日本語変換ソフトが入ってないと意味ないんです。
「日本語変換できますか?」「OK」とりえず読めました。
「書くのは?」
おねぇさんは「愛愛」いう怪しげな変換ソフトを立ち上げてくれました。
確かにローマ字入力でひらがなは書けます。
漢字やカタカナにはどうやって変換するんだろう。
試しに変換したいひらがなを選択して、メニューから漢字変換を選択してみたら
奇妙な漢字がでてきました。
「愛愛」は中国語と日本語の変換ソフトだから、なにかみょーです。
普通だったら、みなさんにも笑ってほしいので、そのまま送信してしまうのですが
予算申請はまちがいなく通らないでしょうね。

ただでさえ複雑な漢字や、わけのわからないカタカナが多い書類だから
これでは使い物になりません。ひらがなだけというわけにもいかないし。
かといってイタリア人のおねぇさんに、このひらがなを適切な漢字に変換するには
なんてこと説明しても、理解してもらえるわけないですものね。
漢字は「Chinese character」なのでトライはしてみたのですが
「あら、中国語にしたいのね」って「愛愛」を中国語変換に設定されてしまいました。

ふと、めをあげると、持ち込みのPCを使っているおにぃさんがいます。
「持ち込んでもいいの?」「いいよ」

私たちは船に乗ってホテルに帰って、また船に乗ってPCを持って引き返してきました。
閉店間際、お客さんは私たちだけになってしまってボーイフレンドが待ってるおねぇさんの
冷たい視線に耐えながら、なんとか書類を送信することができました。

その後フィレンツエとミラノでもトライしましたが、
フィレンツエの3つ星ホテルでは部屋の電話回線から見事にネットアクセスに成功。
ミラノのホテルはネット不可。電話回線からアクセスは一度はできるのだけど、
別のページに飛ぼうとするとつながらないので、結局、使えませんでした。

携帯は問題なく使えたので、何かあればそちらに連絡くれるだろうと
あきらめてしまいました。

業務連絡
H口さん、その節は本当にありがとうございました。
ラボあてのメールの転送設定や旅行のスケジュールなどを送っておいたメールソフトが
たちがらないときは、どうなることやらと思いました。


ヴェニスで天使が舞いおりた   2005/10/14
アリラグーラ
今日はゴミの日?
 
 
 
 
 
 
ポスター
Civic Gallery入り口
 
1位入賞作品

 

ドイツでの学会参加が決まったので、その後で夏休みをという計画でした。
例年ならロンドン在住のTさんが「帰りに寄ってよ」と
呼んでくれるのですが、さすがに今年はそのお誘いはありませんでした。
よりによって相手は私たち。何が起こっても不思議はないですから。

最初は3度目のドイツなのにまだノイシュヴァンシュタイン城に行ってないから
お城回りにしようかと、友達のYさんにルートヴィヒのDVDまで借りて
予習をしていました。そこにヴェニスのTeatrioという団体から
嬉しいニュースが飛び込んできました。
Teatrioは無名のイラストレーターを対象とした絵本やイラストのコンペを
企画しているヴェニスの団体で
今年はアンデルセン生誕200周年記念だとかで、そのポスターの
公募があって数ヶ月前に応募していたのでした。

同じイタリアのボローニア絵本原画展には
性懲りもなく10数年応募し続けてますが
毎年「We regret to inform you」という書き出しで
始まるメールや手紙の返事がきます。つまり落選ですね。
ところが今回は「We are glad to inform you」という書き出しで始まってました。
ん?なんかいつもとちゃうでぇでした。

賞金がもらえる3作品には届かなかったけれど佳作の30作品に入選して
ヴェニス郊外のAbano Termeで1ヶ月間作品の展示をしてくれるのだそうです。
日程的にドイツの学会後に回れるので、作品との再会をかねて
イタリアで夏休みということになりました。

学会終了後、会場からフランクフルト空港に直接運んでくれるバスに乗り
夕方の便でヴェニスに向かいました。

ヴェニスのマルコポーロ空港からヴェニス本島へのアプローチ方法は、
海路・陸路いろいろあるのですが「地球の歩き方」お勧めの
海からのアプローチにすることにしました。
「乗り合いだから島巡りをしながら回るので時間はかかるが
水上バスでサンマルコ広場に近づく風情はヴェネチア旅行の旅情を盛り上げる」
ということです。20分で行く水上タクシーもあるのですが、
値段は交渉だから日本人は、いいかもにされるという情報もあって
時間はかかるけど公共の乗り合い水上バス・アリラグーラにするほうが安心です。

これが、つまづきの始まりでした。
みなさんのうれしそーな顔が浮かんできます。
TVならここで私の大泣き顔のどアップの後、CMですね。

湖などの観光遊覧船規模の船をイメージしていたのですが
船着き場に停泊していたボートは屋形船型、つまりかなり平べったくて
背が低くてとても水面が近いのです。
これで1時間20分海を渡るの?不安がよぎります。
水面はかなり波がたって揺れてるし、なんと言っても水面があまりに近い。
海は浅瀬なので、水の色は泥色で大型船や高速タクシーとすれ違うと
その波の影響でかなり揺れそうです。
そうとう恐いものがありそう。
「水上から近づいていくサンマルコ広場は絶景」だけをささえに
ここまで来たら行くしかない。

........ところが、午前中の学会終了後の出発だったから
フランクフルト発4時過ぎのフライトでマルコポーロ空港着は5時30分。
それから6時過ぎの船に1時間20分乗ったら、サンマルコ広場に近づく時間は
とーぜんあたりは真っ暗!
ぽつぽつとあかりが見える以外はなんにも見えません。
大型船や水上タクシーとすれ違うたびに大きくゆれる泥水の上で
大型船とのすれ違いのために停泊して待つ時間も含めて
結局、1時間30分以上にわたって船酔いと恐い思いをしただけでした。

ちゃんと値段の交渉をして水上タクシーでくれば20分でホテルの入り口に
一番近い運河の乗船口まで到着できたのに。

すっかり落ち込んでしまった心の回復もままならいまま、ホテル探しです。
もちろん時間的にお腹もすいてます。
ホテル指定の船着き場で下船して、すぐ最初の橋を渡ってから左に曲がり
そこから数メートルに目指すホテルがあるというメールによる
案内だったのですが、そこに発見したホテルの名前は
私たちが探しているホテルの名前とは全く異なりました。

暗闇の中で地図を広げていたら、ヴェニスは旅行者が多いし
迷い込んだら迷路だから道に迷う旅行者は大勢いるのでしよう。
ヴェニス住人の方から声をかけてくれて、
イタリア語で行くべき方向を指さしてくれます。
私たちはホテルの名前をうわごとのように連呼しながら、
親切なヴェニス住人の指さす方向に、あっちこっちと移動しました

下はでこぼこの石畳み、運河にかかった橋は小さいけれど下を船が航行できるよう
すべてアーチ型になっているから、荷物を抱えて渡るには
かなりの力が必要です。暗闇で地図は見えなくなってくるし
手には豆もできて痛くなってくるし
人通りもなくなってくるし、空腹だし絶対絶命状態になっていってました。

すっかり人通りも途絶えた薄暗い狭い路地で、
ガス欠で動けなくなり放心状態でトランクの上に座っていたら
ヴェニスの天使が舞い降りてきました。
「道にまよったのね。ああ、このホテルね。私は仕事の帰りなんだけど
家はここからこのホテルに向かう途中にあるからついてきなさい」
ここまで極限状態になると、勉強したことのないイタリア語まで
理解できるようになります。
人間、空腹だと深く潜んでいる潜在能力がめばえてくるものなんですね。
やはりハングリーでないと、本当に必要な力は生まれてはこないんだ。
感心してる場合じゃないって!

「ここが私の家。ホテルはこの道を」といいかけて、
不安そうな私たちの表情をみてとって
結局そのホテルのあかりが見える場所まで案内してくれました。
水上タクシーを使っていれば、空港からここまで連れてきてくれていたのでした。

私たちは、メルシー・ダンケシェーン・グラッチェ・シェシェ・アリガトウ
思いつくありとあらいるありがとうのお礼の言葉を述べ
感謝の気持ちを伝えました。
これだけ言えば、どれかあたるだろう。

ホテルでやっとチェックインをすませると
「お部屋は1階だから、その階段を登って左ね」
1階なのに階段を登るって?
ヨーロッパでは日本の1階はグランドレベルで表示は「0」
つまりヨーロッパでの1階は 、日本の2階ということなんです。
ヴェニスはなんでも物価が高いのでホテルのランクを1つさげたから
エレベーターの設備がなかったのでした。

その後、そのふとっちよ天使の家の前を何度か通ったのですが、
そのたびに「ぱんぱん!」2拍1礼でした。


翌朝、ホテルの外に出てみると、各家のドアノブや開き窓の取手などに
スーパーの袋が1〜3個ぶらさげられていました。(写真参照)
ヴェニスには3泊したのですがこの光景に出会ったのは、この日だけでした。
ゴミの収集日のようですが、そのわりには量が少なすぎます。
ヴェニスは船が唯一の輸送手段だからゴミ問題は深刻という
書き込みを読みましたが、どういう対策をとっているのか興味を持ちました。

午前中ヴェニスの小さな教会を訪れたりしたあと、
午後から展示会場の Civic Gallery of Abano Termeに向かいました。
ヴェニスから電車で Padova駅まで30分ぐらい
そこからバスで40分ぐらいの温泉地です。
Civic Gallery への道を聞いてもほとんどが観光客なので誰もわかりません。
近くにある有名ホテルを目印にするように指示されていたので
なんとかたどりつくことができました。

小さなギャラリーの一角にアンデルセン生誕200周年記念ポスター展という
ポスターがはってりました。
私のお隣の作品がすばらしかったのではずかしかったのと、
プロの作品の参加もあるので、彼らと区別化するための紹介文の中の
「Young Artists」というのが、どうもごめんなさいでした。
とてもいい思い出になりました。
カタログを買って帰ってきました。

 

完璧なペアルック   2005/10/12
 
 
 
 
イタリアのおまわりさん
 
 
 
お食事中


フィレンツェでお腹がすいてしまって、
たまたま目の前に現れたレストランに飛び込みました。
ビュッフェスタイルのランチだから、イタリア語のメニューが読めなくても
目で選べるから助かります。
まず席を確保してから、料理をとりに行きました。

たくさんのお料理を前にして「はて、どうするんだろう」
ためらっているとウエイターのおにぃ?さんが、特有の歩き方で近づいてきて
私の腰にそっと優しく手を回して説明しててくれました。

「あのね、お皿はここよ」私の腰をそっと押して、
お皿の位置までリードしくれます。
「お料理はなんでも好きなだけ持っていっていいのよぉ」
「デザートはここねッ」
肩を抱いて、くるくるとやさしく方向転換してくれます。

彼のような男性?に腰や肩に手を回してタッチされるなんて、
全く初めての思いもかけないできごとでした。
こんな嬉しい想定外ならいつでもOKです。
荷物があるので、2人で同時に席をたつことができないので
入れ替わりにだいおーがお料理をとりに行った時には、
全く相手にしてもらえなかったそうです。
どうやらだいおーは彼のタイプではなかったようです。
SFでは意外ともてていたのですが、イタリア向きではないのかな。

サラダのドレッシングのオリーブ油を自分で持ってこなかったので
そのおにぃ?さんが私の側を通ってくれるタイミングをみはからって
「あのぉ...」「オリーブよね。まっててね」ってにっこり。
私のことは気に入ってくれたみたい?

そのレストランには、ちょっときつね顔の、きびきびしゃきしゃき働く
細身のウエイトレスのおねぇさんもいて、彼女と彼?がテーブルの間を
すれ違う時の歩き方の違いが、なんとも楽しかったです。
しゃきしゃき・さっさ&くねくね。
このレストランに飛び込んで、ほんとによかった!

10数年前、SFのコインランドリーで男性のペアーが
大きなシーツの端と端を持って手際よくたたんでいる様子を
まるで映画でもみているようにどきどきしながら見たことが、
彼らの存在を実体験として知った初めてのできごとでした。

それまで日本のTVや映画でおもしろおかしく描かれている
私が知ってる彼らに関する情報とは明らかに異なるひとたちです。
知的でもの静かでどこか人生を達観していて、
とってもピュアな印象でした。
もちろんいろんな方がいらっしゃると思いますが。

2人が洗濯物をたたんでコインランドリーをでていく姿を見送って
私はそれまで自分が持っていた彼らへの偏見が全くなくなりました。

そうか。
ヒトがヒトを愛してるんだ。
そう考えれば、全然OKじゃない。

同じタチイチでお互いの能力や人間性をRespectしあう愛のかたちは、
オトコだからこうあるべき、オンナだからこうあるべきという
既成概念にとらわれない、オトコ同志オンナ同志の方が
生まれやすいのかもしれない。
同じヒトとしてお互いの能力を刺激しあって
高めあっていくことのできる性別を越えた共生というライフスタイル

彼らにとっては、ごくごく自然な事なんだ。

「それにしてもフィレンツエって多いよな。そういうカップル」
と思っていたら白とブルーのストライプのポロのおそろいのシャツとパンツ
というまったく完璧なペアルックの50代と20代と思われる
親子ほどの年の差のペアーに出会いました。
2人ともとても気品があって理知的な印象の紳士でした。
イギリス映画にでてきそうな、格式高い私立大学の教授とその学生
といったイメージです。

SFでも多くのペアーを見てきましたが
ここまで完璧なペアルックで2人の関係を主張しているペアーは初めてでした。
しかもこの年齢差。
男性と女性のペアーでも、どうやって知り合ったんだろう
などとと思ってしまうのに、男性同士となるとなおさらです。
年輩の方の方がキャリアは充分おありになるだろうから
やはり声をかけたのは、彼のほうなのかしら。
などなど、勝手な妄想は膨らむばかりです。

12月の米国遠征の時、SFの横断歩道の信号待ちで
ベリーショートのパンツスーツ姿と長い髪のミニスカートの、
はぐはぐ&きすきすのあっつあつペアーが私のすぐ前に立っていました。
アメリカではべつに珍しいことではないので、気に留めてませんでしたが
信号がかわって歩き出して聞こえてきた声は、2人とも女性でした。
さすがにちょっとびっくりして、早足で追い抜いてさりげなくふりむいてみたら
ベリーショートのパンツスーツの方の胸にも、ふっくらお山が2つあります。
その後2人はすぐ近くのオフィスと思われるビルに入って行きました。
オフィスラブ?
ちょうどランチの時間だったから、その帰りだったのかしら。
手にコーヒーもってたし。
日本だったらオフィスラブは極秘なのに。

日本でも社会的に影響力のあるひとがカミングアウトするようになって
以前に比べれば偏見も少なくなってきているとは思いますが
本当の意味でRespectされて、活躍されているひとは
まだまだ少ないように思います。
まだまだ本人達の「アタシらどうせバケモノよ」の開き直りの上に
成りたっているように思えます。
これが私なんだからそれでいいんだって
これが本当の自分の姿なんだって
自分のあり方をもっと自然に普通に受け止めてむきあっていれば
彼らを取り巻く環境もかわっていくのではないでしょうか。

この話題とは全く関係ないけれど、スーパーでレジ待ちの列の
私の前にいたオトコノコは、手に買うものを何も持っていませんでした。
???
彼は自分の順番になるとレジのオンナノコのところに行って
あつぅ〜いあつぅ〜い、はぐはぐ&きすきすをしてそのまま店を出ていきました。
さすがに他の列のヒトも笑ってましたが
私は、彼がまた別のレジのオンナノコの列に並び直したら
おもしろいんだけどなぁって期待しちゃいました。
これはSFでのX'masの頃の話です。
全くの余談です。ふと思い出したので。

業務連絡
A川さん:書きかけていた「愛のかたちin SF」はこっちにまとめちゃいました。

 

CITI BANKは宇宙船   2005/10/10
pinkの唇模様の
コカコーラライト
 
 
 
 
 
 
 
ポルチーニ茸
 
 
 
乾燥ポルチーニ茸
 
 


旅費と参加費のクレジット決済を9月分でと計算していたはずが
この旅行中の経費と一緒に落ちてしまうことがわかり、
クレジット額のリミットを越えるかもしれなくなってしまいました。
カードは何枚か持ってきているしトラベラーズチェックもあるのですが
明日のチェックアウトは朝6時なので問題が起こった場合
対処のしようがありません。念のためにキャッシュを
用意しておくことにしました。
私たちが泊まるレベルのホテルやレストランや
買い物をする店では、あまりトラベラーズチェックを受け取ってくれないのです。

CITI BANKに海外でも出金ができる口座を作っているし
出金方法はHeidelbergでリハーサル済みで
問題ないはずです。

ミラノでたまたまCITI BANKをみつけたのでATMを探しました。
かなり大きな支店のようで入り口がいろいろあって、
すべてのドアはセキュリティーのため
固く閉じられていて銀行に入るためにはカードかIDが必要な気配です。
日本のように暑いから銀行で休憩なんてことはできないみたい。

銀行の回りをATMを探してぐるりと回ったら
やっとATMが置いてある部屋を見つけることができました。
でも、どうやってはいるんだろう。
入り口はちょうど人が1人だけはいれるような
「スタートレック」の転送装置みたいな
カプセル型の回転ドアが2つあって
その脇にカードを通すようなものが置いてあります。
やってみるしかないですね。
まず銀行のカードを通してみました。

反応なし。
目の前のドアを手であけてみようと押したり引いたりしてみましたが
びくともしません。
ふと眼をあげると目立つ黄色いボタンがあって何か書いてあります。
押してみよう。

前のドアが回転して開いた!
1歩前進!カプセルの中にはいりました。
するとなにやらアナウンスが言ってます。
カプセルの中で銀行に入る方のドアをあけてみようと試みましたが
びくともしません。
でたりはいったり同じことを何度か試してみました。
カプセルの中にはスムーズにはいれるようにはなりましたが
めざすATMへの道のりは閉ざされたままです。

他の人はどうしているんだろう。休憩して様子を見ることにしました。
カードを通して黄色いボタンを押して回転して開いたカプセルの中に
立つと、まず後ろドアが閉まってそれから銀行側の前の回転ドアが開いて
銀行の中に入っていきます。
とってもスムーズです。

あのアナウンスはいったい何を言っているんだろう。
体重オーバーってことはなさそうなのに

くまったくまったと立ちつくしていると
中から20代のちょーファッショナブルなおねぇちゃんがでてきて
そのまま左側のロッカーの所に行き
中からバッグやアクセサリーを取り出して身につけ始めました。

そうか、空港なみのセキュリティーチェックなんだ。
そういえばアナウンスのDepositという単語は聞き取れてはいました。
銀行にお金おろしに来て、なにをDepositするのかしらと
思っていました。

代表して私が行くことになりました。
というのも本当に空港なみのセキュリティーチェックなら
だいおーは、ほとんど裸にならないと入れません。
イタリアならそれもありかな。
ダビデくんもなんの躊躇もためらいもなさそうだし。

ロッカーの中にデイバッグやジャケットやハンドバッグを預けて
銀行のカードだけもって再挑戦しました。
カードを通して黄色いボタンをおしてカプセルの中にはいったら
まず後ろのドアがしまって、それから前のドアが開いて
すぐそこに見えていながらも、遠かったATMまでもうちょっとです。
外で見ているだいおーに思わず手を振って行ってきますです。
宇宙飛行士にでもなったような気分でした。
帰りは黄色いボタンをおすと回転ドアがあいて
中に入ると後ろがしまってから前があきました。

宇宙船から無事に生還して、ロッカーの中のものを取り出していたら
東洋人と思われる女性が私たちとまったく同じあやまちを
何度も繰り返しているのを見かねて
「もしもし、この銀行にはいるには...」
と手順を教えてあげていたら、会話の途中で
「日本の方ですか?」って。お返事がイタリア語の「Si」だったので
てっきり英語もわかるイタリア在住の東洋人だと思ってました。
彼女がロッカーに荷物をあずけて無事ATMに到達するのを見届けてから
私たちも立ち去りました。

帰りに銀行の中を覗きながら歩いてみたのですが
貯蓄とか投資とか用件によって出入りするドアが違って
それぞれにIDやカードが必要のようでした。
たかだかお金をおろすのにここまで厳重なセキュリティーチェックが
必要なのかしらと思うと同時に、これを日本で導入したらどうなるんだろう。
こんな田舎の銀行でも朝、お金おろしに行って帰ってくるのは昼過ぎだろうなぁ。
自宅預金者が増えて空き巣サンは大繁盛かしら。

HeidelbergのCITI BANK のATMはカードを通してドアを開ければよかったので
荷物を持っていても何人でも同時に中にはいれました。
出てくる人に便乗することもできます。
基本的にヨーロッパでは銀行のATMは外には置かないものなのかしら。
SFは外にも置いてあります。
この確認は次回の課題です。

ってCITI BANKのカードは欧州遠征を始めたときから使っているのに
今まで他でどうしてきていたのか全く思い出せないのが、こ・わ・い。

涙の最後の晩餐   2005/10/8


         

路面電車
 
改修中のドゥオーモ正面
 
ドゥオ-モ
 
ドゥオーモ
 
ドゥオーモ
 
ドゥオーモ内部
 
ドゥオーモ内部
 
ミラノのショウウインドウ
上段がDOMORIのチョコ
ミラノのショウウインドウ
上段がDOMORIのチョコ
ミラノのショウウインドウ
 
ミラノのショウウインドウ
 

旅行最終日のミラノでサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の
「最後の晩餐」見学を10時15分にネットで予約してありました。
20人ぐらいの少人数で15分間の予約制の見学だから予定時間の20分前までに
必ず集合しなくてはいけません。
地下鉄でミラノ鉄道駅から5つめで、そこからは徒歩数分です。

翌日の空港バスの位置や時刻表の確認もしておかなくてはいけないので
余裕を持って9時前にホテルをでました。
空港バスもすぐにチェックできて、では行きましょうと余裕綽々で
地下鉄駅に向かったら、タクシー乗り場に異常と思える長蛇の列が。
ん?
観光客と通勤者がいりまじって、あきらめきったようすの顔顔顔で
全然来ないタクシーを待つ異常な長さの列のこのかんじ。
どこかで見たことある。

ロンドンだ!地下鉄のストだ!
まさかまさか。
ロンドンの時は事前にロンドン在住のTさんが「明日地下鉄のストやで」
教えてくれていたから、予約していた劇場への行き方はバスと歩きと
事前にチェックできました。

どうしよう。
このタクシーの長蛇の列に並んだとしても10時15分の20分前に
間に合うわけはありません。
とりあえずホテルにもどってマネージャーに相談しなくては。
ホテルにもどる途中、背中のデイバッグに「ドン」と衝撃が。
ついに私にも、親切を装ったイタリアのサギがと振り返ったら
子供が数人笑っていて、泥か、う○ちかわからないけど
デイバッグに投げつけたようでした。
顔を見たら、ジプシーではなかったし、学校バッグも背負っていたので
ただの悪ガキのいたずらで、泥棒サギ予備軍ではなさそうでした。
しかし、なんでこんな時に!

フロントのマネージャーに「地下鉄のストだって」「そうやで」
朝出るとき教えてくれよ!そんな大事なこと。
「最後の晩餐」の予約があるんだけどと、予約をプリントした用紙を見せたら
「これ、予約になってないよ。教会の住所がベニスになってる。
それに今からタクシーで行ってもとうていまにあわないね。それでも行くなら
タクシーの予約はとってあげるよ。
いつ来るかはわからないけどね。セニョリータ」

えっ!?えっ!?えっ!?
デイバッグの汚れを洗いながらアタマの中は爆発しそうでした。
いったい私はどこの教会のLast Supper(英語ではほんとにこういうんです)
を予約したのかしら。
運が良ければ、朝予約を取ることもできるという書き込みがあったことを
心のささえに、とにかく行ってみることにしました。
教会に到着したのは10時17分。すでに予約時間を2分経過してました。
お隣の受けつけ窓口では「私たち今日しかないのよ。明日帰るんだから」
「今日は予約以外は見学できません」の押し問答です。
私の方は、とりあえず私の持ってきた用紙を受け取ってくれて
おねぇさんは予約券を探し始めてくれました。
これでよかったんだ。

やる気のなさそうなおねぇさんの手は何度も予約券の入ったケースを
行ったり来たりしていてなかなかみつかりません。
私に探させて!
諦めたおねぇさんはPCで再確認しながら、ふとその隣の空になったボックスに
眼をやりました。
1枚だけ残っていて、まさにそれ!だったのでした。
もうツアーは始まっていて、私たちはおいてきぼりにされてしまっていたのです。
「もう5分過ぎているよ」「だって、だって地下鉄のストなんだもの」
おねぇさんは、おえらいさんに電話で相談してくれて「10分だけだよ」と
入場を「OK」してくれました。

厳重な警戒の自動ドアを2回開けてもらってのご対面でした。
アタマの中で爆発していたものが、一気に涙になってあふれだしてきました。
ホテルのマネージャーや悪ガキに対する怒りと到達できた安堵の涙です。
あんたがよけいなこと言わなければ、もっと違ったアプローチができたはず。
「最後の晩餐」を見て感動しての涙ではなかったことが残念です。
もう一度普通に落ち着いて到着して、ゆっくり鑑賞したいものです。

ホッとしたのもつかのま「あのぉ、ぼく11時までにここから
ドゥオーモまで行かなきゃなんないんですが、今日地下鉄ストですよね。
どうすればいいんでしょう」
「はぁ?」
関西なまりの神戸のにいちゃんは、団体ツアーの参加者だけど
ひとりだけここで降ろしてもらって、11時にドゥオーモで集合の
予定なのだそうです。
添乗員さんからはタクシーでもひろってきてね
って放り出されたそうだけど、こんな日にそれって無謀すぎない?
私たちも時間の制限はないにしろ、同じ予定だったから
3人で作戦会議が始まりました。
教会の外に出てみたら路面電車の線路があって時々動いている様子。
停留所に待っている人に聞いてみたら、この路線でドゥオーモまでいくそう。
動いていれば。

しばらく待ってみたけれど時刻表には10分おきと記載されているけれど
全く来る気配はありません。待っていた地元の人たちも
徐々に散っていきます。
神戸のおにぃちゃんは、ついに「ぼく走って行きます」と
かけだして行きました。
私たちは、もうしばらく待ってみます。と彼を見送って残ったのですが
結局おにぃちゃんの後を歩いて追うことになりました。

ネット情報で、ドゥオ-モは現在修復中でフォローがかかってるとは
知ってましたが、こんな思いをしてやっとたどりついたドゥオーモがこれでは
かわいそすぎますよね。せめて修復中の所だけにフォローをかけるようにして
少しでも見えるように、遠くから訪れる者への配慮があってもいいのでは。

しかもゆっくり歩いてドゥオーモに到着してゆっくり見学して外にでてみたら
地下鉄はすでにストが解除されて動いてました。

これは後からわかったことだけど、ストは通勤ラッシュ時を避けて
9時ぐらいから始まって、午前中で解除されたのだそうです。
私たちの前の時間のツアーに参加されてた方は、地下鉄で来ましたよ
とおっしゃってました。
まるでまるで、私たちの予約を妨害するためのストライキだったようです。
そういえば、ロンドンでの地下鉄のストの他にもエアーフランスと
アリタリアイタリア航空機でもストに遭遇したことがありました。

ホテルに帰ってから マネージャーに「遅れたけど見れたよ。
しかもあの予約券でOKだった」
と怒りをぶつけたけど「最後の晩餐はすばらしいからね」って
今朝のでき事をなにも覚えてはいないようでした。
またムラムラと怒りが復活してしまいました。
あんたのよけいなひとことで、どんな思いをしたことか。
って言えない自分にも腹がたってきたし、早く忘れることにしよう。

翌朝前日下調べしたバス停で空港バスを待ったのですが
出発の5分前になってもこない。
切符売り場のおにぃさんが前から2番目のバス停だからって言ったのに。
他の会社のバスがいれかわりたちかわりずっと止まってます。
どうしたんだろう?
朝6時30分でまだ暗いからよく見えないけれど
他のバス停もすべて待機のバスが止まっていて、昨日確認した
私たちが乗るバスはどこにもみあたりません。
ついに1番のバス停の40分発の他の会社のバスが出発したら、
そのバスの影になった前方いた!
どこが2番のバス停なのよ。そこ、ただの駅前広場じゃない。
日本じゃ停車位置が50cmずれただけでも車両の位置を直すのよ!

帰りのルフトハンザ機内ではトイレでたばこをすったおおばかものがいて
(絶対日本人!)
航空法で機内の煙探知機が作用すると
緊急着陸しなくてはいけないから、近くの空港に緊急着陸するぞ!
なんてアナウンスもあったけど犯人が自首したようで
定刻通りに無事到着しました。

さすがにもうこういう旅行はしんどいかなぁって思います。
バックパックで夜行で移動して
朝到着した駅でその日のホテルを探していた
30代の自分はもうありえないです。

でもきっと疲れが回復したらまた行きたいって思うんだろうな。