保目神社例大祭 もどる


成田市寺台地区(旧・寺台村)にて7月下旬におこなわれる保目神社の例大祭です。
かつては7月27日におこなわれていましたが
現在では7月最終週の金・土曜日(日曜日は片付け)におこなわれます。
寺台地区は成田町(その後、1町6村が合併して成田市となる)が成立する以前は
寺台村として独立していました。
中世の城跡が存在することから、成田山明王院神護新勝寺の門前町が形成される以前から
村落を形成していたと思われる歴史ある地区です。
江戸期には地区内を流れる根木名川に河岸が置かれ
煮炊屋や旅籠ができ人々や物資が集積して栄えました。
また、保目神社の社紋が胡瓜の断面に似ていることから
「寺台の人は胡瓜を決して食べない」といわれ
成田出身の管理人からみても寺台地区は飯仲地区とならんで
独自の習慣や気質が感じられる地区となっています。
保目神社の例大祭は祇園祭を謳っており
往古は神輿と奉納相撲(管理人も子供の頃に参加したことがあります)による祭礼でしたが
昭和53年(1978年)に隣の東町地区から昭和9年(1934年)建造(柏木氏製作)の
屋台を譲渡されてからは、これの曳き廻しが付祭に加わるようになりました。
その後、現在の屋台が平成14年(2002年)に新調されました(車輪は先代屋台のモノ)。
保目神社の神輿は簡素な造りの二点棒ですが、実はコレには理由があります。
祭礼初日、懸仏(かけぼとけ)を奉戴した神輿が根木名川で「お浜下り」をおこなった後
独特の掛け声で地区内を渡御します。
昭和40年代末か50年代初頭までは、無類の「喧嘩神輿(あばれ神輿)」として
渡御の途中に何度も神輿を放り投げて壊していました(神輿は毎年造っていました)。
その光景は管理人も観たことがあります。
壊れた神輿の部材は人々が拾い、家の神棚に供えるのが習俗でした。
しかし、現在では「危ない」との理由で、警察の許可が下りません。
また、往古は九十九里の海まで酔狂の勢いにまかせて担いだという口伝も
残っているほどの「あばれ神輿」です。
非常に簡素な造りの神輿です(現在の渡御は初日のみ)。
基本的には寺台地区内の渡御だけですが、勢いがつくと隣の東町・田町へも渡御します。
神社に残る古写真にはボロボロになった神輿を担ぐ様子が記録されています。
RICOH GX200 ISO100 PGM 分割測光 AWB
JPEG/FINE/LARGE Retouch(シャープネス)
2009年撮影
歩道橋の上からの撮影です。
現在の屋台は二代目となります。
奉納相撲を題材にした軒彫刻が多数嵌め込まれています。
RICOH GX200 ISO100 PGM 分割測光 AWB
JPEG/FINE/LARGE Retouch(シャープネス)
2009年撮影
寺台・東町・田町の町境(私立成田高校前)です。
ここから東町→田町を巡行して自町へ帰還します。
町境では、各町役員が出迎えと見送りをします。
RICOH GX200 ISO100 PGM 分割測光 AWB
JPEG/FINE/LARGE Retouch(シャープネス)
2009年撮影
東町役員による見送りです。
東町を出て田町へ向かいます。
下座(囃子方)は東町の「あづま下座連」です。
RICOH GX200 ISO400 絞り優先 F4.6 分割測光 AWB
JPEG/FINE/LARGE Retouch(シャープネス)
2009年撮影
成田山総門の手前を右折して田町へ向かいます(神仏は互いの領域へは決して立ち入りません)。
寺台の屋台は成田では珍しい「せいご台」型式です。
「せいご台」型式の山車・屋台は寺台・上町・三和会・三里塚のみです。
RICOH GX200 ISO400 絞り優先 F4.4 分割測光 AWB
JPEG/FINE/LARGE Retouch(シャープネス)
2009年撮影
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