アイルランド  デリーの街(2002/8)
北アイルランド、アルスター地域はイギリス連合王国に属する
アルスター西北部の街デリー
ロンドンデリーという名で一般には知られる
17世紀、イングランドの人々は大挙してアイルランドに移住し、先住のゲール人たちを土地から追放した
デリーに来たのはロンドンからのプロテスタント移住者だった
この街の名前の由来はここにある
しかしその名はゲール人には忌まわしい過去を思わせる
だからアイルランドの人はこの街をただデリーと呼ぶ
デリーの旧市街
瀟洒な家並みの続く Shinpquay Street
自動車の駐車以外
人通りはない
坂の頂上は中央広場 The Diamond である
デリーの旧市街は高さ5bの市壁で囲まれる
  壁の上は幅5bほどの道路
  壁伝いに旧市街をぐるっと廻ることができる
17世紀末、イングランド名誉革命
王位を奪われたジェイムズ2世はデリーに来た
この島のカトリック教徒を頼ったのだ
デリー市民はイングランド名誉革命体制を支持
ジェイムズ軍に抵抗した
1ヶ月の篭城戦、糧食も尽き、人々は餓死寸前に
だが、市壁の内部に敵勢力を寄せ付けはしなかった
やがてイングランドからの援軍到着
デリーは守られた
今でも語り継がれるデリー籠城戦の物語である
デリーのシンボル聖コラムズ教会
聖コラムズは6世紀後半のアイルランド僧侶
ヨーロッパ各地で伝道に生きた
市壁の外に建てられたギルドホール
デリー市民の誇りを象徴する

ギルドホール前広場に立つ観光案内表示
けれどもデリーを訪れる観光客は少ない